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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数608

全608件 41~60 3/31ページ

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No.568: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

記憶喪失・入れ替りものの古典。一読の価値あり

1962年に刊行されたフランスのミステリー(東京創元社の2012年の新訳版)。火事で大火傷を負って救出された若い女性・ミは伯母の莫大な遺産を受け継ぐことになるのだが、同じ現場で焼死した若い女性・ドと入れ替わったのではないか? 火事の衝撃で記憶を喪失したミには、自分がミなのか、ドなのか自信が持てず、周囲の証言を聞くたびに揺れ動いてしまうという、極めてトリッキーな謎解きミステリーである。
物語は主人公が探偵・証人・被害者・犯人であるという衝撃的な構成で、しかも記憶喪失のため確かな証言が得られず、視点人物が替わるごとに事件の様相が変わってくる。物語の最後まで、読者は作者が繰り出す場面転換の妙に幻惑され、最終盤の謎解きでも疑心暗鬼に陥るのを免れない。蜘蛛の巣に絡め取られた昆虫の境地を味わされる。
記憶喪失・入れ替りものの古典的名作で、一読の価値ありとオススメする。
シンデレラの罠【新訳版】 (創元推理文庫)
No.567:
(7pt)

珍しい舞台、珍しい事件だが、あまり納まりが良くない

オーストラリアのベテラン・ジャーナリストの小説デビュー作で、英国推理作家協会最優秀新人賞受賞作。内陸部の小さな町で一年前に起きた事件をテーマにしたルポのために訪れた記者が新たな事件に遭遇し、閉鎖的なコミュニティの隠された人間関係と現代社会の闇に迷う、ワイダニットミステリーである。
オーストラリア内陸の小さな町の教会で、牧師が銃を乱射して5人を殺害してから一年、町の変化を取材しようと訪れた新聞記者のマーティンは旱魃で干上がった生気のない町、姿を見せない住人に戸惑いながらも地元警察の巡査、ブックカフェの女主人などと知り合い、町がどうやって事件を受け入れたのかを取材する。すると、忌まわしい事件を起こした牧師を非難するより擁護する声が多いことに気付く。事件は犯人である牧師が地元警察の巡査にその場で射殺されて一件落着したのだが、犯行動機については不明点ばかり残されていた。そんな中、大規模な山火事がきっかけで身元不明の遺体が2体発見され、事態は一気に混沌としてくるのだった…。
住民から親しまれていた牧師は、なぜ銃を乱射したのか。身元不明の遺体との関連は? 探偵役が記者で捜査権が無いため、真相解明のプロセスは行ったり来たり、読んでいてもどかしさが募っていく。しかも途中から警察ばかりでなく国の情報機関も介入してきて話があちらこちらに飛び、さらにコミュニティ内部の複雑な人間模様、ジャーナリスト間のつばぜり合いも目が離せなくなる。そのため、最後は状況説明を重ねてクライマックスにするという、収まりの悪い作品になったのが残念。オーストラリアの大乾燥地帯という珍しい舞台設定を差し引くと、かろうじて合格レベルのミステリーである。
スーパーヒーローではない主人公が悩み、惑いながら真相に辿り着くヒューマン・ミステリーのファンにオススメする。
渇きの地 (ハヤカワ・ミステリ)
クリス・ハマー渇きの地 についてのレビュー
No.566:
(7pt)

いろいろと型破りだが、まとまりが悪いかなぁ

スウェーデンで人気上昇中という作家の新シリーズ第1作。切れ者の女性刑事が警察内部の性差別と闘いながら連続誘拐殺人犯と対決する、警察ミステリーである。
マルメ警察署重大犯罪課の若手女性警部・アスカーは、二人の若者の失踪事件の捜査を進めていたのだが、元上司で国家作戦局のヘルマン警視に指揮権を奪われ、署内の吹き溜まり部署に左遷されてしまう。やる気も能力もなさそうな同僚に囲まれながらもアスカーは決して諦めず、独自の捜査を続け「山の王」と名乗る連続誘拐殺人犯のサイコパスを追い詰めていく…。
一匹狼の女性刑事(よくあるキャラクター)もの、問題児ばかりの吹き溜まり部署(最近、多くなったジャンル)もの、サバイバリストの父親に育てられた過去が影を落とす主人公のキャラクター(これも、最近増えている)もの、さらには都市廃墟探検や鉄道模型ジオラマといった特殊な分野の舞台設定など、これまでの北欧警察ミステリーでは見られなかった物語構成が、本作の最大の特徴である。これだけの多彩なジャンルを統合して論理的に破綻のない物語を作り上げるのは並大抵ではないとみえて、事件の真相はきちんと明らかにされるのだが、登場する様々なエピソードの関連性にやや無理があり、全体としてまとまりが悪いのが残念。
正統派北欧警察ミステリーというより、キャラクターゲーム的なエンタメ作品として読むことをオススメする。
(下巻373ページの最後の行にガクッとする誤訳?、校閲の誤りがあった)
山の王(上) (海外文庫)
アンデシュ・デ・ラ・モッツ山の王 についてのレビュー
No.565: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

こんな初期作品が邦訳されただけで幸せ

巨匠の初期も初期、1967年に発表された長編第2作目。アフリカの小国の首相選挙に駆り出された選挙コンサルタントと広告マンがあらゆる手段を講じて狙い通りの結果を引き出そうとする、寓話的コン・エンターテイメントである。
選挙コンサルタントと広告マンの二人が、イギリス連邦から独立しようとする小国を引っ掻きまわす様相には、「五百万ドルの迷宮」などの後期作品につながるスケールの大きなコン・ゲームもの(大ボラもの)の萌芽が感じられる。ただ、絶頂期の作品に比べると暴力、仕掛けの巧妙さ、サブストーリーのユニークさなどの点で力不足。それでもロス・トーマスらしさは十分に味わえる。登場人物の関係が分かりやすいのも良い。
コン・ゲームとしても、政治エンタメとしても完成度は高くないが、歴史的価値でロス・トーマスファンには喜ばれる作品と言える。
狂った宴
ロス・トーマス狂った宴 についてのレビュー
No.564: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

監禁サバイバルものの新機軸ではあるのだが

パリで育ちアメリカでジャーナリストとして活動している女性作家のデビュー作。連続監禁殺人犯に監禁されたた女性が脱出するサバイバル・サスペンスである。
監禁殺人犯・エイダンにレイチェルと名付けられた若い女性はエイダンと妻、娘が住む屋敷の小屋に閉じ込められていたのだが、妻が死亡したことから引っ越すことになり、新たな家でのレイチェル、エイダン、娘のセシリアの3人による奇妙な同居生活が始まった。物理的な監禁以上に精神的に支配されたレイチェルは家の中では動けるものの一歩も外に出ることはできなかった。それでも脱出の望みは消えることなく心の奥に燃え続けていたのだが、エイダンの娘・セシリアを置いて逃げることは想定できず、焦燥感を募らせていた。ある日、エイダンに熱を上げる女性・エミリーが無断で家に入ってきたことから事態は急展開することになった…。
女性が監禁される作品は数多あるが、家の中を自由に動き、毎日、犯人の娘とも一緒に食事をする被害者というのが新機軸。さらに、周囲からは好人物と評価されている犯人を娘、恋人、被害者の3人の女性の視点から描くことで単なるサバイバルものを超える不気味さが生まれている。ただ、話を広げ過ぎた結果、話の結末がパターン化されてしまってるのが物足りない。
監禁・脱出もののファンにオススメする。
寡黙な同居人 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
クレマンス・ミシャロン寡黙な同居人 についてのレビュー
No.563:
(7pt)

D.D.とフローラのコンビにキンバリーが加わる豪華メンバーで

ボストン市警の部長刑事「D.D.ウォレン」シリーズでは11作目、監禁事件からの生還者「フローラ」とのタッグでは4作目。かつてフローラを監禁したジェイコブの過去が再び露わになり、FBI捜査官・キンバリーと組んでアパラチア山中の町に隠されてきた闇を暴いていくサスペンス・ミステリーである。
ジョージア州北部、アパラチア山中で発見された遺骨は、8年前にフローラを誘拐監禁したジェイコブが15年前に誘拐した最初の被害者と判明した。事件を担当することになったキンバリー特別捜査官は、地元の保安官事務所と組んだ捜査本部にジェイコブの被害者でサバイバーのフローラとD.D.を呼び寄せた。さらにフローラの友達でコンピュータ・アナリストのキースも加わり事件の真相を探り始めるのだが、すぐに新たな遺骨が3体分見つかり、事件は異なる様相を見せ始めた…。
D.D.とキンバリーのベテラン捜査官の細い糸を手繰るような綿密な捜査、フローラとキースの直感と信念に突き動かされた行動が相まって、山中の観光地で隠されてきたみにくい秘密が露わになるプロセスはダイナミックで面白い。さらに、子供の頃の傷が原因で口を聞けない10代の少女「わたし」が事件のキーポイントとして独自性を発揮しているのも味がある。巨悪の背景がやや弱い点を除けば読み応え十分なサスペンス・ミステリーである。
シリーズ愛読者はもちろん、サイバイバーもののファンにもオススメしたい。
夜に啼く森
リサ・ガードナー夜に啼く森 についてのレビュー
No.562: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

信用できない語り手の新バージョン

ヤング・アダルトで実績がある米国女性作家の初の大人向け長編ミステリー。ボスに強制されてなりすましで仕事をしてきた若い女性が調査対象者に恋をして、揺れ動きながら組織に反逆するノワール・サスペンスである。
エヴィーと名乗って調査対象のライアンに近づき、いい関係に持っていき着々と任務を果たしていたのだが、ライアンと出かけた先で自分そっくりの外見で、自分の本名であるルッカと名乗り、自分の経歴を披露する女性に出会い驚愕する。「私になりすましてるの何者か? 何の目的があるのか?」。ルッカの正体を追い始めたエヴィーは組織のボスの意図を察知し、自分の任務や役割が変化していることに気が付いた。果たして今まで通りのやり方でいいのか、否か。ITの天才でかけがえのない仲間であるデヴォンとともに知恵を凝らして組織に対抗しようとする…。
ライアンの調査という現在のパートと、エヴィーになるまでの経緯が語られる過去のパートが重なり合って、物語の全体像が明らかにされるストーリー展開は見事でサスペンスがある。最後のオチもなかなか。「信用できない語り手」の作品は数々あるが、その中でも斬新なアイデアが光る作品である。欲を言えば、恋愛のパート、人物造形がいかにもヤング・アダルト風でやや物足りない。
ロマンス風味が強いノワールもののファンにオススメする。
ほんとうの名前は教えない (創元推理文庫)

No.561:

眩暈

眩暈

東直己

No.561: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

卑しい街の悲しい風に抗う、家族思いの探偵・畝原

探偵・畝原シリーズの第七作。偶然、少女殺害事件に関わってしまった畝原が、誰に依頼された訳でもないのに事件の真相を解明していくハードボイルド・ミステリーである。
夜中にタクシーで帰宅途中、何かから逃げている様子の少女を見かけた畝原は一旦は通り過ぎたのだが気になって引き返し、運転手と共に探したのだった。しかし少女は見つからず翌日、刺殺死体で発見された。少女を見かけた時点で声をかけていればと自責の念に駆られた畝原は、償いのつもりで事件の真相を探ろうとする。最初に被害者の両親を訪ねたのだが、彼らの反応は要領を得ず、何の成果も得られなかった。そうこうするうちに、タクシー運転手が殺害されて見つかった。彼も自責の念からあれこれ探っていたようだった。一方、ネット世界では10年前に少女連続殺人を犯した少年Aが社会復帰し、札幌に住んでいて、真犯人ではないかと騒がれていた。果たして2つの殺人と少年Aは関係があるのだろうか?
依頼者がある仕事ではなく、ただただ自分を納得させるために卑しい街を駆け巡る探偵・畝原のひたむきさが印象的。その畝原のバックボーンとなっているのは家族への愛で、損得抜きの純粋さが眩しい。世の中の権威や風潮に従わず、己の信念を貫くところはハードボイルドだが、その言動には常に弱者への優しさがある。これが畝原シリーズの最大の読みどころ。家族を愛する畝原にとっては苦さばかりが蔓延っている現代だが、それでも希望を見出すところに微かな救いがある。
本シリーズの中では動機や犯人像に力がない作品だが、絶対に読んで損はない。オススメだ。
眩暈
東直己眩暈 についてのレビュー
No.560: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

謎解きミステリーの真髄、という謳い文句は妥当か?

本邦初訳となるオーストラリア作家の長編ミステリー。最近のミステリーが物足りなく、探偵小説黄金期の手法で現代ミステリーを書いたのが本書だという。前文に1930年の「ディテクション・クラブ会員宣誓」を、本文の前にわざわざ「ロナルド・ノックス『探偵小説十戒』(1928年)」を掲載してあることからも、その意気込みが分かる。
スキーシーズン真っ盛りのスキーリゾートに、カニンガム一家が顔を揃えることになった。主人公はミステリーの書き方ハウツー本を業とする作家アーニーで、殺人で服役していた兄のマイケルが3年ぶりに戻ってくるのを祝うためだった。ところが猛吹雪に襲われた翌朝、ゲレンデで見知らぬ男の死体が発見され、マイケルが地元警官に拘束されてしまった。カニンガム一家は35年前に父親が強盗事件で警官を射殺し、自分も殺されたのを筆頭に、交通事故で相手を殺してしまった叔母、外科手術で患者を死なせた義妹などメンバー全員が何らかのやましい過去や隠し事を持っていた。アーニーは身元不明死体の謎を解くべく調査を始めるのだが、すぐに第二の殺人が発生。さらに猛吹雪で全員がロッジに閉じ込められることになる。
外部から切り離された環境、怪しい動機を隠したメンバーが一人、また一人と消えていく。まさに古典的フーダニットの典型である。また、ノックスの十戒に忠実に謎解きの鍵は全て本文中に書かれていて、読者に名探偵になるチャンスを与えている。英国本格派謎解きミステリーのファンなら垂涎の作品だろうが、アーニーの謎解き大団円にちょっとした違和感があり、個人的には不満が残った。
本格フーダニットのファンにオススメする。
ぼくの家族はみんな誰かを殺してる (ハーパーBOOKS)
No.559: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

自分の弱さを自覚した上でも、日本社会の同調圧力に立ち向かっていけるか?

2020年の江戸川乱歩賞受賞作家の受賞第一作。周囲から羨望の目で見られる高級住宅街で起きた一家失踪事件と幼児誘拐事件、二つの事件の背後にうずくまる忖度と同調圧力の「村八分」社会を暴いていく、社会派ミステリーである。
真崎が調査員を勤める法律事務所を訪ねて来た若い娘は望月麻希と名乗り、「所長の昔の友人・望月良子の娘」だと主張した。望月一家は19年前に失踪し、赤ん坊だった自分は捨てられ施設で育ったという。言ってることにはかなりの信ぴょう性があり、所長は真崎に経緯を調べてほしいと言う。現在の住まい、麻希が育てられた施設などを訪ね歩いた真崎は、一家が失踪当時に住んでいた町へ足を運んでみることにした。すると、町の住人は外部の人間にはまともに口を聞いてくれず、真崎は誰かから監視されている気配を強く感じるのだった…。
一家失踪の謎を探る調査が、その3年前に起きた幼児誘拐殺人に繋がり、町ぐるみでの隠蔽工作と対峙することになる調査員ものではよく目にするストーリーだが、町の住民たちの同調圧力の凄まじさが本作の読みどころ。日本中、どこにでも同じような町や村があるよなぁ〜と苦笑させられた。また、真崎をはじめとする調査側が無敵のヒーローではなく、それぞれに弱点を抱えた弱い人なのも感情移入を誘う。
謎解きと日本人ならではの人間ドラマが楽しめる作品としてオススメする。
誰かがこの町で (講談社文庫)
佐野広実誰かがこの町で についてのレビュー
No.558:
(7pt)

とても短いが歯応えがある、女性ハードボイルド

日本でも「破果」が大ヒットした韓国の女性作家の新作。「破果」のヒロインがいかにして作られたかをハードな文章で描いた、「破果」の外伝である。
わずか80ページほどの短編だが、二十歳前の少女が殺人マシーンになるための厳しい訓練がクールに濃密に描かれており、アメリカン・ハードボイルドの短編を読んでいるような味わいがある。さらに、女性の主人公ならではの脆さ、若い主人公ならではの未熟さもいいアクセントになっている。
「破果」を高評価した人はもちろん、未読の方も楽しめるエンターテイメント作品としてオススメする。
破砕
ク・ビョンモ破砕 についてのレビュー
No.557: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

いろんな意味で「お疲れ様、ウィンズロウ!」

「業火の市」、「陽炎の市」と続いた「ダニー・ライアン」三部作の完結編にして、ドン・ウィンズロウの最後の作品。ラスヴェガスでカジノホテル経営に成功したダニーが東海岸時代からの因縁に絡め取られ、再び地で血を洗う暴力抗争を繰り広げる壮大な物語である。
ラスヴェガスのホテル業界で覇権を争う実力者となったダニー。さらなる夢を求めて新たなホテルを構想した結果、最大のライヴァルであるワインガードと対立することになった。なんとか妥協点を見つけようとしたのだが、些細なことから両者の関係に亀裂が生じ、ダニーは争いに勝つために昔の恩人、イタリアン・マフィアの大物の力を借りた。当然、ワインガードが黙っているはずはなく、ビジネスと家庭だけに専念したいというダニーの願いも虚しく、古くからのアイルランド・マフィアの仲間とともに命をかけた戦いを余儀なくされた…。
後ろ暗いとことがあるビジネスの常として犯罪組織との関係が深く、個人の力ではどうしようもない状態になっているギャンブル業界の非常さ、冷酷さ、権謀術策が縦横に登場し、ビジネス小説でありなが濃密なノワールとなっている。また、家族の絆に対するダニーの熱い思いが迸るエピソードも多く、世代を超えた血の物語でもある。
三部作の完結編として壮大なロマンをまとめ上げようとしたためか、細部の描写、話の転換の機微がややおろそかな感を受けたのが、ちょっと残念。巨匠ウィンズロウも力を使い果たしたということか。
それでも、ウィンズロウ・ファンには必読の一冊であることは間違いない。
終の市 (ハーパーBOOKS, H211)
ドン・ウィンズロウ終の市 についてのレビュー

No.556:

墜落 (ハルキ文庫)

墜落

東直己

No.556: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

ハードボイルドと家族小説の融合

「探偵・畝原シリーズ」の第5作。女子高校生の素行調査から殺人事件に巻き込まれていく畝原の冷静沈着な思考と熱い家族愛が融合したハードボイルド家族小説である。
高校生の娘の素行を案じる継母からの依頼を受けた畝原は、自分の思い込みを破壊する彼女たちの言動に驚愕した。あまりにも想像外のことに、大学生になった長女・真由に助けを求めて状況を理解しようとするのだが、その過程で地元不良グループが起こした事件に巻き込まれてしまった。さらに、地元名士から脅迫状について相談を受けて会いに行ったのだが、依頼者の駐車場に停めた自分の車のタイヤがパンクさせられ、しかも駐車場管理の老人二人が殺害された事件にも巻き込まれてしまった。事件は地元名士を狙ったものか、自分を狙ったのか。調査を進めると二つの事案に共通するものが見えてきた・・・。
いつも通りに事件を解決していく物語だが、今回は事件のスケールが小さく、背景となる社会病理もややあやふやでミステリー、サスペンスとしては小粒な印象。それよりは畝原家族を始め、事件関係者の家族関係の物語の方が数倍読み応えがある。特に、畝原との娘たちの関係性の変化、親としての心情の揺らぎが面白い。
安定した面白さが味わえる良作で、シリーズ愛読者はもちろんハートウォーミングなハードボイルドのファンにオススメしたい。
墜落 (ハルキ文庫)
東直己墜落 についてのレビュー
No.555: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

デビューから33年、さすがに作者もボッシュも老いてきた

コナリーの長編37作目、レネイ・バラード&ハリー・ボッシュ・シリーズの第4作。ロス市警に未解決事件班を復活させたバラードがボッシュを呼び戻し、二つの未解決事件に挑戦する警察ミステリーである。
班の責任者であるバラードは班の復活に尽力してくれた市会議員・パールマンが望んでいる30年前の事件(パールマンの妹が強姦殺害された)を最優先に取り組みたいのだが、ボッシュは自分が関与した一家殺害事件に取り憑かれており、相変わらずの独断専行で捜査を進めようとする。さらにボランティアで構成されたメンバーは統一感がなく、強すぎる癖でバラードを悩ませるのだった。それでも衝突と妥協を繰り返しながボッシュとバラードは新たな視点、証拠、科学捜査力を駆使して議員の妹殺害の容疑者を絞り込んでいく。さらにボッシュは独自の執拗な聞き取り調査で一家殺害の容疑者を特定し、犯人が潜伏するフロリダに単身で乗り込んで行く・・・。
初登場から30年以上が過ぎ、70代になった(はず)ボッシュだが正義を求める怒りの炎は消えることなく、というか肉体的衰えは隠せないものの精神的強靭さは一層高まってきている。よく言えば不滅の刑事魂だが、一歩間違えると独善的でゆとりがない老人が顔を見せている。作者、主人公が年相応に老いてきた証なのだろう。
なかなか意味深なエピローグもあり、ボッシュ・シリーズのファンには必読。正義感と銃で問題解決するアメリカン警察小説のファンにもオススメする。
正義の弧(上) (講談社文庫)
マイクル・コナリー正義の弧 についてのレビュー
No.554: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

やはり二匹目のドジョウはいなかった

デビュー作ながら圧倒的な人気を博した「自由研究には向かない殺人」の続編。友人・コナーの兄・ジェイミーが失踪し、またまたピップがSNSを駆使して真相を探り出す謎解きミステリーである。
全体的な印象は前作を受け継いでおり、謎解きと青春物語がミックスされたオーソドックスなミステリーである。正統派イギリス・ミステリーらしく凄惨な暴力シーンはないのだが、ピップの正義感が暴走気味なのはちょっといただけない。また犯罪の動機や背景、関係者の言動にもイマイチ納得がいかず、途中で中だるみになる。結論としては「二匹目のドジョウはいなかった」。
前作を高評価した方は肩の力を抜いて読むことをオススメする。
優等生は探偵に向かない (創元推理文庫)
No.553: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

安楽死と終末期鎮静に違いはあるのか。医療と死の境のヒューマンドラマ(非ミステリー)

夕刊紙連載をベースにした6作品の連作長編。ホスピスに勤務する医師が苦痛を訴える患者とどう向き合うかを考え尽くす、医療ヒューマン・ドラマである。
ホスピスに勤務するベテラン医師が3件の安楽死で逮捕され、裁判に掛けられた。仕事熱心で患者思いの先生として慕われていたが、なぜ安楽死に関わってしまったのか。起訴された3件を含む6つのケースについて、そこに至る事情が医師の視点、終末期患者の視点、家族の視点から語られる。6作の通奏低音は安楽死の是非、医療と死の境界の曖昧さ、誰が決断するのか、決断の責任は誰にあるのかなど、極めて重く、明快な答えが得られていないテーマである。6つのケース、それぞれに事情がありドラマがあるが、解かれるべき謎はない。従って、ミステリーというよりヒューマンドラマとして読むのが正解だろう。
安楽死問題に関心がある方にオススメする。
白医 (講談社文庫)
下村敦史白医 についてのレビュー
No.552: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

社会派から暴力派へ、作品のテイストが変わってきた

ワイオミング州猟区管理官「ジョー・ピケット」シリーズの第17作。ジョーに復讐を誓うダラス・ケイツ(15作目「嵐の地平」の悪役)が出所し、ジョーの家族に危機が迫ったためジョーが激しく容赦ない反撃を加えるアクション・サスペンスである。
本シリーズはアメリカ社会が招いてしまった様々な社会悪と、大自然に自分の根拠を置く正義感の塊・ジョーが否応なく対立してしまう、社会派ミステリーだったのだが、前々作あたりから悪と認定したものには容赦無く実力行使する、正義暴走型のアクションものに変わってきたようで、ランボー・シリーズを見ているような薄っぺらさが目立ってきた。
もちろん、ストーリー構成は堅実で、人物のキャラ、エピソードもしっかりしているので、アクション・サスペンスとして一級品であることは間違いない。
シリーズのファン、シンプルな勧善懲悪サスペンスのファンにオススメする。
暁の報復 (創元推理文庫)
C・J・ボックス暁の報復 についてのレビュー
No.551: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

英国本格謎解きミステリーのマニアにオススメ

2000年代の最初の十年間に邦訳された本格ミステリーの頂点に選ばれたという、英国女性作家の1987年の作品。無実の殺人事件で16年の刑に服した男が復讐を誓い、真犯人を暴き出すフーダニットの傑作である。
1970年、イギリスの大企業役員のホルトが不倫相手の女性と現場を目撃したらしい私立探偵の2人を殺害したとして逮捕された。身に覚えがないホルトは無実を主張するが、数々の状況証拠によって有罪とされ、16年後に仮釈放されたホルトは同じ会社の役員の誰かが自分を罠に嵌めたと確信し、真犯人を暴き出し殺すために執拗に関係者を訪ね歩き、仮説を立て、検証し、さらに推理を重ねていく。全てを犠牲にして謎解きに邁進する「復讐の鬼」ホルトはついに真相を突き止めたのだが…。
事件発生時と現在を行き来する展開がやや分かりづらいし、16年も前の出来事を執拗に聞き出すプロセスも同じようなシーンの繰り返しで冗舌である。まあ、それが英国本格派といえば、それまでなのだが。
名探偵による最後の謎解きシーンが楽しみで、伏線や気になるヒントを探して前のページを繰るような本格謎解きマニアにオススメする。
騙し絵の檻【新装版】 (創元推理文庫)
ジル・マゴーン騙し絵の檻 についてのレビュー
No.550: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

犬以外、登場人物はみんな嘘つき

技巧を凝らした語りで「どんでん返しの女王」と呼ばれるフィーニーの第6作(邦訳は4作目)。10代、30代、50代、80代の4人の女性の複雑に絡んだ関係をあざといミスリードで幻惑し、意表を突くクライマックスで読者を楽しませるエンタメ作である。
娘のクリオにケアホームに入れられた80歳のエディスは、ホームの職員である18歳のペイシェンスとは馬が合い、その助けを借りて脱出を計画していた。ペイシェンスは事情があって本名を名乗れず、低賃金の不安定な仕事を我慢せざるを得ない状況だった。テムズ川に浮かぶボートで暮らす38歳のフランキーは一年前に家出した娘を探すために、現在の全てを捨てる覚悟で行動を開始した…。
エディスのホームからの脱走、それと時を同じくして起きたホーム施設長殺害事件、この2つを軸に4人の女性たちの交互に絡み合った事情が徐々に解き明かされていく。ミステリーとしては殺人事件が起きるのだが、それより4人の関係性の方がミステリアスで比重が重い。登場人物が全員、嘘をついているようで読者は常にセリフの裏を読みながら関係を探って行くことを強いられる。そこが本作の肝であり、物語の始まる前の一文「世の母親と娘たちへ…」が示すように母と娘の物語である。
前半はちょっと混乱するが4人の関係がぼんやり分かってくる途中からはリーダビリティも良くなり、最後にはそれなりのクライマックスが待っている。
あざといまでの技巧を凝らしたストーリーが違和感なく楽しめる方にオススメする。
グッド・バッド・ガール (創元推理文庫)
No.549: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

トナカイ警官が殺人の捜査? これまで読んだことがないジャンルだ!

ノルウェーのトナカイ警察(本当に存在するらしい)の警官コンビが不可解な殺人事件を解明する、警察ミステリー。主人公も舞台もノルウェーであり、間違いなく北欧ミステリーなのだが、作者は20年以上に渡って「ル・モンド」紙の北欧特派員を勤めたフランス人でフランス語で書かれた作品である。本作はデビュー作にも関わらずフランスで数々のミステリー賞を受賞し、ドラマ化、漫画化された他、19ヶ国語で翻訳され、「トナカイ警官シリーズ」として大成功をおさめている。
トナカイ飼育者間のトラブル解決を主任務とするトナカイ警察のベテラン警官・クレメットと新人のニーナが勤務するラップランドの警察署に、全く日が差さない四十日間の極夜が明ける祝い事の日に苦情電話がかかってきた。トナカイ放牧者・マッティスのトナカイが境界線を越えて来たという隣人からの苦情である。同じ日、地元の博物館から先住民族サーミ人の神聖な太鼓が盗まれているのが発見された。さらに、訪問したばかりのマッティスが殺害され、両耳が切り取られているのが見つかった。トナカイの放牧を続けるサーミ人と開発・自然破壊を進める開拓者である北欧人の対立が激化したのか、サーミ人同士の争いか。
世界中どこにも見られる先住民に対する人種差別に加え、国境など関係ない生活を続けてきた人々とルールを強制るる現代社会との軋轢、厳し過ぎる環境を生き延びるための合理的とは言えない習慣や信条などが複雑に影響し合い、単なる殺人の謎解きでは終わらない長編物語である。見たことも、聞いたことも、想像することもなかった極北の先住民族サーミ人の暮らしが印象深い。
いわゆる北欧ミステリーとはちょっと違うテイストだが、警察ミステリーの基本はしっかり守られているので、北欧ミステリーのファンには安心してオススメしたい。
影のない四十日間 下 (創元推理文庫)