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iisan さんのレビュー一覧
iisanさんのページへレビュー数620件
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2020年のフランスでベストセラーに輝いた警察ミステリーの傑作。セルヴァズ警部補(警部)シリーズの第6作である。
停職処分を受け、拳銃も警察バッジも取り上げられて身動きがままならないセルヴァズ警部補(警部から降格された)のもとに8年前から行方不明になっている最愛の恋人・マリアンヌから「お願い、助けてほしい」との電話があった。にわかには信じられなかったセルヴァズだが、違法を承知で元の部下に依頼して発信元がピレネー山地であることを確認すると、即座に駆けつけた。だが何の手掛かりも得られず焦燥を深めるうちに凄惨な殺人事件に遭遇し、捜査の指揮を取る憲兵隊大尉・ジーグラーと再会した。ジーグラーから、この地で以前にも同様な猟奇殺人が起きていたことを聞かされ、マリアンヌの失踪との関連を疑って捜査を始めた矢先に、外部へ通じる道路が爆破で通行不可能にされ村は孤立してしまった。停職中で何の権限もないセルヴァズはもどかしい思いに苛まれながらジーグラーに協力し、殺人の捜査とマリアンヌ救出をめざす。だが、追い討ちをかけるように新たな猟奇殺人が発生し、村は不穏な空気に包まれていく…。 まさかまさかの過去からの呼びかけに慌てて走り出したものの、停職中で十分な捜査ができないセルヴァズの焦りが強すぎて、警察ミステリーとしては展開が重苦しい。だが、切れ者のジーグラー、妖艶な精神科医、世の悩みを一身に引き受けたような修道院長、さらには全霊を掛けても守りたい息子、新たな恋人など、さまざまな登場人物が絡み合うヒューマン・ドラマとしての多彩さが物語を盛り上げている。その背景にあるフランス現代社会の分断に対する嘆きも、日本の読者にアピールするものがある。 謎解きミステリーとしては傑作ではないが、さまざまな読み方ができる社会派ミステリーとして一読をオススメしたい。 |
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ワニ町シリーズの第7作。相変わらず事件に飛び込んでいく3人のはちゃめちゃな大暴れが楽しめるユーモア・ミステリーである。
新町長になったシーリアの夫で長年行方不明で死んだと思われていたマックスがシンフルに姿を現したため、町は不穏な雰囲気に包まれた。そこへハリケーンがやって来て大騒ぎになり、なんとか嵐は去ったものの、シーリアの家でマックスが銃殺されているのが発見された。その犯人探しに首を突っ込んだ3人組が調査を進めると、武器商人でフォーチュンの仇敵であるアーマドの影がチラついていた。フォーチュンの首に懸賞金をかけて追いかけるアーマドがついにシンフルに近づいて来たのか? フォーチュンは絶体絶命の危機を乗り越えられるだろうか? お約束通りの展開なのだが、本作は殺人や偽札造りなど派手な犯罪が起きるのと、フォーチュンの恋人・カーターとの間に微妙な問題が影を落とすのが読みどころ。シリーズの流れが変化する予感を抱かせる微妙なエンディングが、次作への期待を高めてくれる。 シリーズ・ファンには安定の面白さで外せない作品で、本シリーズ未読の方にはぜひ第1作から読むことをオススメする。 |
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リンカーン・ライム・シリーズの第15作。住民が就寝中の高級アパートに鍵を破って侵入しながら何も盗らず、しかもまた鍵を掛け直して立ち去るという奇妙な犯罪者とリンカー・ライムの丁々発止の知恵比べが魅力のサスペンス・ミステリーである。
解錠師と名乗る不思議な犯罪者がニューヨーク市民を恐怖の底に落とし入れ、市警はライムに捜査を依頼。さっそく動き出したライムのチームだったが、徹底して用心深い犯人はわずかな物的証拠も残しておらず捜査は難航を極める。さらに、大物ロシア・マフィアの裁判で検察側証人として出席したライムが弁護側にやり込められて無罪判決になるという失態を起こし、激怒した市の上層部、市警幹部から契約解除を言い渡された。強敵の出現に執念を燃やすライムはあの手この手で捜査を進めようとするのだが、市警の捜査に関われば捜査妨害の罪に問われる可能性があり、思い通りに捜査を進めることができなくなった…。 完全無欠の捜査官・ライムが弁護士に負けるという想定外の事態から始まって、動機不明な上に微細な証拠も残さない犯人、SNSを始めとする煽動に容易に乗ってしまう現代社会の脆弱さなど物語を構成する要素が複雑で、ストーリー展開の全体像を掴むまでに苦労する。だが、主要な登場人物やストーリーの流れが分かってくる中盤からは読みやすくなる。もちろん、最後の最後までどんでん返し連発で気を抜けないのは、いつものディーヴァ〜・ワールドである。 宿敵・ウォッチメイカーに繋がるような位置付けなので、ライム・シリーズのファンには必読とオススメする。 |
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2023年版の国内ミステリーランキングで2冠を獲得した大ヒット作。連続爆弾事件を実行する、悪意の塊のような中年男に振り回される刑事たちの焦燥と戦慄を描いたサスペンス・ミステリーである。
軽微な傷害事件で逮捕された冴えない中年男が取調べの刑事に爆弾事件を予言し、事実、爆発が起きた。しかも、この後、二度、三度と爆発が起きると言う。予言しただけで肝心の情報を漏らさない男に対し、警察はあの手この手で情報を引き出そうとするのだが、男はのらりくらりとはぐらかすばかりで、逆に刑事たちが心理的に翻弄されてしまう。次の爆発を防ぐために情報を得たい警察の焦りを狡猾に利用する男の悪辣さ、それと対照的な真面目な刑事たちの情の深さと弱さが見事なコントラストを見せ、日本のミステリーでこれほど反感を招く悪役も珍しい。さらに、犯行の動機には社会に対する得体の知れない悪意があり、しかも警察内部の人間関係が捜査の進展を複雑にしてサスペンスを盛り上げる。ストーリーの中盤、無敵の男と刑事がクイズ合戦を繰り広げる部分は白けるが、それを補って余りある緊張感とスピードがある。 警察ミステリーのファンのみならず、多くの方が楽しめるサスペンス・ミステリーとしてオススメする。 |
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キース・ピータースン名義の新聞記者ジョン・ウェルズを主役にしたシリーズで知られるクラヴァンの21年ぶりの邦訳作品。アメリカでは2021年から年に1作ずつ刊行されている新シリーズ、英文学教授探偵「キャメロン・ウィンター」シリーズの第1作である。
主役のキャメロンは元海軍特殊部隊員で英文学教授という、文武両道に秀で見た目もセクシーな30代後半の独身男。おまけに人が話すことやニュースに接すると「その世界に入り込み真相を探り出す」という、特殊な思考の習慣」を身に備えているのだからまさに無敵。難事件もスッキリと解決してしまう。その割には出会った女性たちとの関係作りが下手くそで、読者をヤキモキさせるのがご愛嬌。本作は恋人の殺害を自供した元軍人の弁護士となった、かつての教え子女性からの依頼で、事件の背後に隠された驚くべき真相を明かすという謎解きが本筋なのだが、それ以上にキャメロンの思考プロセスの重要度が高いため、ミステリーとしてはやや物足りない。 緻密な証拠集めと推理で謎を解く探偵ではなく、なるほど、こういうキャラ設定もアリなのかと納得できそうな方にオススメする。 |
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84歳のマット・スカダーがローレンス・ブロックに促されてポツリポツリと綴った自伝である。
少年時代から警察官になるきっかけ、新人警官時代、刑事への昇進と酒に溺れるようになるまでの「人生の最初の三十五年間」のあれこれを、シリーズを通してスカダーとともに歩んできた読者にはたまらないテイストで振り返っていく。ほとんどはシリーズで出てきたエピソードだが、スカダーには生まれてすぐに死んだ弟がいたなど、これまで出てこなかった話もあって驚かされる。80歳を過ぎても主役を張っていたスカダーもどうやら引退のようで、本作はシリーズ最終作となりそうだ。 スカダー・ファンには必読。それ以外の人には何のこっちゃであろう。 |
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2024年の新聞連載に加筆修正した長編小説。九州の小島に集められた富豪一族と元刑事、探偵が米寿を迎えた富豪の失踪と失われた宝石の謎を解く、軽めのミステリーである。
一代で財を成した梅田壮悟の米寿祝いに梅田氏所有の島に集められた面々は、豪華な宴会の翌朝、梅田壮悟が姿を消したことに気が付く。ちょうど台風が襲ってきた日で島の外に船を出すのは無謀と思われたのだが、壮悟が残したメモ(ヒント)を頼りに、壮悟が隣にある小島に渡ったのではないかと結論付けた。さらに時価35億円の宝石が行方不明になっていることも関係しているようだった。激しい嵐を突き切って面々が隣の小島にたどり着いてみると、そこには梅田壮悟の人生の秘密が隠されていた…。 宝石探しと失踪した富豪探し、二つの探し物に、終戦直後の世相と未解決殺人事件を絡めたミステリーではあるが、「悪人」や「怒り」のサスペンスを期待すると裏切られる。良くも悪くも読みやすさ重視、媒体のレベルに合わせた新聞小説ミステリーというしかない。 読んで損はないけど、絶賛してオススメする作品とは言えない。 |
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アメリカ・ミステリー界に不動の地位を築いているジョン・ハートのデビュー作。若き弁護士が偉大な弁護士だった父の殺害を機に家族との関係、自分の生き方を直視し、父の死の謎を解きながら人生を再生する家族物語ミステリーである。
失踪してから18ヶ月後、辣腕弁護士として知られていた父・エズラの射殺死体が発見された。エズラの一人息子で弁護士のワークは父の死には動揺しなかったものの、父との折り合いが悪かった妹のジーンが犯人だと直感し、精神状態が悪いジーンが逮捕・投獄されることに大きな不安を抱く。たった一人残された家族であり、最愛の妹であるジーンを守るためなら自分が身代わりになってでもと決心するワークだったが、ワークに莫大な遺産を残すというエズラの遺言が明らかになると警察はワークを最重要容疑者と目するようになる…。 ワークに疑いの目を向ける警察の捜査と、ジーンを守りながら真相を探るワークの独自の調査が絡み合いながら徐々に真相が明らかにされる犯人探しがストーリーの本筋。だが、それ以上にエズラ、ワーク、ジーンの家族関係、とりわけ偉大な父親とその影響下から逃れられない息子の息苦しいまでの切なさが大きな比重を占めている。犯人探しはそれなりに面白いのだが、親子・家族の物語が重くて、ジョン・ハートはやはり家族物語の作家だと再認識した。 ファザコンの若者の再生物語として読むことをオススメする。 |
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ピュリッツァー賞受賞のアフリカ系アメリカ人作家による2021年刊行のベストセラー小説。1950年代後半から60年代前半のハーレムを舞台にビジネスでの成功を目指しながら、置かれた環境に翻弄され、それでも自分を貫く黒人青年の成長物語であり、ハードボイルド作品である。
ハーレムで中古家具店を営むカーニーは愛する妻と子供たちのために懸命に誠実に働いていた。だが状況は厳しく、たまには従兄弟のフレディが持ち込む盗品の売買に関わっていた。正直な家具屋と盗品故買屋の二つの顔を使い分けていたカーニーだったが、フレディが引き起こした強盗事件に巻き込まれ、ギャングや悪徳警官と関わる羽目に陥った。徐々に裏社会との関係を深めたカーニーは自分だけでなく家族まで命を狙われる危機を招いてしまったのだった…。 物語は盗品故買に手を染め始める1959年、ハーレムの裏の権力に近付いていく1961年、人種間トラブルに直面する1964年の三部構成で、それぞれの年が中編小説になっている。全体の通奏低音は人種、貧富、暴力、権力犯罪という重いテーマだが、登場人物のキャラクター、時代を映すエピソードは洗練されており、都会的なハードボイルド、クライム・エンタメとして読みやすい。 60年代のアメリカ、特にブラック・カルチャーに興味がある方にオススメする。 |
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時代が抱える社会病理にファンタジー色を散りばめた書き下ろし長編ミステリー。
週刊誌記者の今井柊志は偶然手に取った小説に激しく動揺した。そこには封印してきたはずの自分の過去、兄によるリンチ殺人と姉の死が描かれていたのだ。ことに自分と姉が二人だけ残された時の悲しい記憶が、自分の日記を読まされているように克明に描写されていた。さらに柊志の編集部に「今井柊志の兄は少年を殺した」という匿名の通報があり、両親に見捨てられた柊志を育ててくれた伯母にも同じことが起きた。誰が、何のために攻撃を仕掛けてきたのか。柊志は必死の覚悟で思い出したくもない過去に向き合い、真相を探ろうとする…。 元々崩壊していた家族が兄が犯罪者になったことでバラバラになり、唯一自分を庇ってくれていた優しい姉まで事故で亡くすという悲惨な過去を持つ週刊誌記者が、自分の過去を調べることで自分の秘密を守ることと他人の秘密を暴露する自分の仕事の意味を考え直すというのが一本の筋で、そこに巷に溢れるいじめや言葉の暴力の問題を絡めている。隠してきた過去が小説に描かれているのを発見するという発端と、その小説の作家が判明し、動機を明らかにしていく終盤は意外性のある展開で惹きつけられた。リンチ殺人といじめの実相が明らかになる部分は、やや展開がまどろっこしい。 ファンタジー色のあるミステリーが好き、という方にオススメする。 |
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「ガリレオ」シリーズの中では長編となる「透明な螺旋」に雑誌掲載の短編1本がおまけに付いた文庫版。殺人事件の犯人探しと親子の絆の切なさを両立させた人情ミステリーである。
房総の海岸で男の銃殺死体が発見された。行方不明届が出されていたためすぐに身元は判明したのだが、驚いたことに届を出した同居人の女性が姿をくらませてしまった。草薙と内海たちが女性の行方を探していると、思いがけず湯川の名前が出てきて草薙が湯川を訪ねたことから、警察の捜査と並行して湯川も真相を探ろうとする。そして、二つの捜査が合流した時、草薙も湯川も重くて苦い想いを飲み込むのだった。 犯人探しの部分は犯行様態は単純だが動機、関連する人間関係が複雑でミステリーとしてよく出来ている。それ以上に、本作は湯川の過去に関わるエピソードが明らかにされることの方がファンにはインパクトがあるだろう。 ガリレオファンは必読。もちろんミステリーファンなら誰でも満足させる安定作としてオススメする。 |
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イギリスを舞台にしたミステリーで人気のドイツ人作家の「刑事ケント・リンヴィル」シリーズ第2作。ヨークシャーで起きた14歳の少女が連続して行方不明になる不可解な事件に、管轄外のスコットランド・ヤードの女性刑事が単独で挑むミステリー・サスペンスである。
実家を処分するためにヨークシャーに来たケイトは宿を取ったB&Bで、その家の娘・アメリーが行方不明になる事件に巻き込まれた。同じころ近くで一年前に失踪した少女の遺体が発見されたため、連続少女誘拐殺人かと思われたのだが、アメリーは嵐の夜に港で通りがかった二人の男性に助けられた。しかし、アメリーは救出時までの記憶が消えてしまっていて、誘拐犯につながる手がかりは全く得られなかった。管轄外のため躊躇していたケイトだったが、アメリーの両親に懇願されて密かに調査を開始する。すると、ここ数年で他にも消えた14歳の少女たちがいることを発見し…。 複数の少女失踪事件が複雑に絡み合い、事件の構図がなかなか見えて来ず、ストーリーはどんどん広がっていく。さらに、関係者家族の人間模様、ケイトと地元警察の微妙な力関係も重なり、最後まで予断を許さない読み応えがあるサスペンスである。ただいかんせん、主役のケイトをはじめとする主要な女性たちのキャラクターが暗くて、どんよりして、おおよそ共感を誘うものではないため、途中で中だるみしてしまうのが欠点である。 生きづらさを抱える女性の心理描写が好きな方にはオススメできる。 |
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1962年に刊行されたフランスのミステリー(東京創元社の2012年の新訳版)。火事で大火傷を負って救出された若い女性・ミは伯母の莫大な遺産を受け継ぐことになるのだが、同じ現場で焼死した若い女性・ドと入れ替わったのではないか? 火事の衝撃で記憶を喪失したミには、自分がミなのか、ドなのか自信が持てず、周囲の証言を聞くたびに揺れ動いてしまうという、極めてトリッキーな謎解きミステリーである。
物語は主人公が探偵・証人・被害者・犯人であるという衝撃的な構成で、しかも記憶喪失のため確かな証言が得られず、視点人物が替わるごとに事件の様相が変わってくる。物語の最後まで、読者は作者が繰り出す場面転換の妙に幻惑され、最終盤の謎解きでも疑心暗鬼に陥るのを免れない。蜘蛛の巣に絡め取られた昆虫の境地を味わされる。 記憶喪失・入れ替りものの古典的名作で、一読の価値ありとオススメする。 |
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オーストラリアのベテラン・ジャーナリストの小説デビュー作で、英国推理作家協会最優秀新人賞受賞作。内陸部の小さな町で一年前に起きた事件をテーマにしたルポのために訪れた記者が新たな事件に遭遇し、閉鎖的なコミュニティの隠された人間関係と現代社会の闇に迷う、ワイダニットミステリーである。
オーストラリア内陸の小さな町の教会で、牧師が銃を乱射して5人を殺害してから一年、町の変化を取材しようと訪れた新聞記者のマーティンは旱魃で干上がった生気のない町、姿を見せない住人に戸惑いながらも地元警察の巡査、ブックカフェの女主人などと知り合い、町がどうやって事件を受け入れたのかを取材する。すると、忌まわしい事件を起こした牧師を非難するより擁護する声が多いことに気付く。事件は犯人である牧師が地元警察の巡査にその場で射殺されて一件落着したのだが、犯行動機については不明点ばかり残されていた。そんな中、大規模な山火事がきっかけで身元不明の遺体が2体発見され、事態は一気に混沌としてくるのだった…。 住民から親しまれていた牧師は、なぜ銃を乱射したのか。身元不明の遺体との関連は? 探偵役が記者で捜査権が無いため、真相解明のプロセスは行ったり来たり、読んでいてもどかしさが募っていく。しかも途中から警察ばかりでなく国の情報機関も介入してきて話があちらこちらに飛び、さらにコミュニティ内部の複雑な人間模様、ジャーナリスト間のつばぜり合いも目が離せなくなる。そのため、最後は状況説明を重ねてクライマックスにするという、収まりの悪い作品になったのが残念。オーストラリアの大乾燥地帯という珍しい舞台設定を差し引くと、かろうじて合格レベルのミステリーである。 スーパーヒーローではない主人公が悩み、惑いながら真相に辿り着くヒューマン・ミステリーのファンにオススメする。 |
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スウェーデンで人気上昇中という作家の新シリーズ第1作。切れ者の女性刑事が警察内部の性差別と闘いながら連続誘拐殺人犯と対決する、警察ミステリーである。
マルメ警察署重大犯罪課の若手女性警部・アスカーは、二人の若者の失踪事件の捜査を進めていたのだが、元上司で国家作戦局のヘルマン警視に指揮権を奪われ、署内の吹き溜まり部署に左遷されてしまう。やる気も能力もなさそうな同僚に囲まれながらもアスカーは決して諦めず、独自の捜査を続け「山の王」と名乗る連続誘拐殺人犯のサイコパスを追い詰めていく…。 一匹狼の女性刑事(よくあるキャラクター)もの、問題児ばかりの吹き溜まり部署(最近、多くなったジャンル)もの、サバイバリストの父親に育てられた過去が影を落とす主人公のキャラクター(これも、最近増えている)もの、さらには都市廃墟探検や鉄道模型ジオラマといった特殊な分野の舞台設定など、これまでの北欧警察ミステリーでは見られなかった物語構成が、本作の最大の特徴である。これだけの多彩なジャンルを統合して論理的に破綻のない物語を作り上げるのは並大抵ではないとみえて、事件の真相はきちんと明らかにされるのだが、登場する様々なエピソードの関連性にやや無理があり、全体としてまとまりが悪いのが残念。 正統派北欧警察ミステリーというより、キャラクターゲーム的なエンタメ作品として読むことをオススメする。 (下巻373ページの最後の行にガクッとする誤訳?、校閲の誤りがあった) |
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巨匠の初期も初期、1967年に発表された長編第2作目。アフリカの小国の首相選挙に駆り出された選挙コンサルタントと広告マンがあらゆる手段を講じて狙い通りの結果を引き出そうとする、寓話的コン・エンターテイメントである。
選挙コンサルタントと広告マンの二人が、イギリス連邦から独立しようとする小国を引っ掻きまわす様相には、「五百万ドルの迷宮」などの後期作品につながるスケールの大きなコン・ゲームもの(大ボラもの)の萌芽が感じられる。ただ、絶頂期の作品に比べると暴力、仕掛けの巧妙さ、サブストーリーのユニークさなどの点で力不足。それでもロス・トーマスらしさは十分に味わえる。登場人物の関係が分かりやすいのも良い。 コン・ゲームとしても、政治エンタメとしても完成度は高くないが、歴史的価値でロス・トーマスファンには喜ばれる作品と言える。 |
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パリで育ちアメリカでジャーナリストとして活動している女性作家のデビュー作。連続監禁殺人犯に監禁されたた女性が脱出するサバイバル・サスペンスである。
監禁殺人犯・エイダンにレイチェルと名付けられた若い女性はエイダンと妻、娘が住む屋敷の小屋に閉じ込められていたのだが、妻が死亡したことから引っ越すことになり、新たな家でのレイチェル、エイダン、娘のセシリアの3人による奇妙な同居生活が始まった。物理的な監禁以上に精神的に支配されたレイチェルは家の中では動けるものの一歩も外に出ることはできなかった。それでも脱出の望みは消えることなく心の奥に燃え続けていたのだが、エイダンの娘・セシリアを置いて逃げることは想定できず、焦燥感を募らせていた。ある日、エイダンに熱を上げる女性・エミリーが無断で家に入ってきたことから事態は急展開することになった…。 女性が監禁される作品は数多あるが、家の中を自由に動き、毎日、犯人の娘とも一緒に食事をする被害者というのが新機軸。さらに、周囲からは好人物と評価されている犯人を娘、恋人、被害者の3人の女性の視点から描くことで単なるサバイバルものを超える不気味さが生まれている。ただ、話を広げ過ぎた結果、話の結末がパターン化されてしまってるのが物足りない。 監禁・脱出もののファンにオススメする。 |
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ボストン市警の部長刑事「D.D.ウォレン」シリーズでは11作目、監禁事件からの生還者「フローラ」とのタッグでは4作目。かつてフローラを監禁したジェイコブの過去が再び露わになり、FBI捜査官・キンバリーと組んでアパラチア山中の町に隠されてきた闇を暴いていくサスペンス・ミステリーである。
ジョージア州北部、アパラチア山中で発見された遺骨は、8年前にフローラを誘拐監禁したジェイコブが15年前に誘拐した最初の被害者と判明した。事件を担当することになったキンバリー特別捜査官は、地元の保安官事務所と組んだ捜査本部にジェイコブの被害者でサバイバーのフローラとD.D.を呼び寄せた。さらにフローラの友達でコンピュータ・アナリストのキースも加わり事件の真相を探り始めるのだが、すぐに新たな遺骨が3体分見つかり、事件は異なる様相を見せ始めた…。 D.D.とキンバリーのベテラン捜査官の細い糸を手繰るような綿密な捜査、フローラとキースの直感と信念に突き動かされた行動が相まって、山中の観光地で隠されてきたみにくい秘密が露わになるプロセスはダイナミックで面白い。さらに、子供の頃の傷が原因で口を聞けない10代の少女「わたし」が事件のキーポイントとして独自性を発揮しているのも味がある。巨悪の背景がやや弱い点を除けば読み応え十分なサスペンス・ミステリーである。 シリーズ愛読者はもちろん、サイバイバーもののファンにもオススメしたい。 |
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ヤング・アダルトで実績がある米国女性作家の初の大人向け長編ミステリー。ボスに強制されてなりすましで仕事をしてきた若い女性が調査対象者に恋をして、揺れ動きながら組織に反逆するノワール・サスペンスである。
エヴィーと名乗って調査対象のライアンに近づき、いい関係に持っていき着々と任務を果たしていたのだが、ライアンと出かけた先で自分そっくりの外見で、自分の本名であるルッカと名乗り、自分の経歴を披露する女性に出会い驚愕する。「私になりすましてるの何者か? 何の目的があるのか?」。ルッカの正体を追い始めたエヴィーは組織のボスの意図を察知し、自分の任務や役割が変化していることに気が付いた。果たして今まで通りのやり方でいいのか、否か。ITの天才でかけがえのない仲間であるデヴォンとともに知恵を凝らして組織に対抗しようとする…。 ライアンの調査という現在のパートと、エヴィーになるまでの経緯が語られる過去のパートが重なり合って、物語の全体像が明らかにされるストーリー展開は見事でサスペンスがある。最後のオチもなかなか。「信用できない語り手」の作品は数々あるが、その中でも斬新なアイデアが光る作品である。欲を言えば、恋愛のパート、人物造形がいかにもヤング・アダルト風でやや物足りない。 ロマンス風味が強いノワールもののファンにオススメする。 |
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探偵・畝原シリーズの第七作。偶然、少女殺害事件に関わってしまった畝原が、誰に依頼された訳でもないのに事件の真相を解明していくハードボイルド・ミステリーである。
夜中にタクシーで帰宅途中、何かから逃げている様子の少女を見かけた畝原は一旦は通り過ぎたのだが気になって引き返し、運転手と共に探したのだった。しかし少女は見つからず翌日、刺殺死体で発見された。少女を見かけた時点で声をかけていればと自責の念に駆られた畝原は、償いのつもりで事件の真相を探ろうとする。最初に被害者の両親を訪ねたのだが、彼らの反応は要領を得ず、何の成果も得られなかった。そうこうするうちに、タクシー運転手が殺害されて見つかった。彼も自責の念からあれこれ探っていたようだった。一方、ネット世界では10年前に少女連続殺人を犯した少年Aが社会復帰し、札幌に住んでいて、真犯人ではないかと騒がれていた。果たして2つの殺人と少年Aは関係があるのだろうか? 依頼者がある仕事ではなく、ただただ自分を納得させるために卑しい街を駆け巡る探偵・畝原のひたむきさが印象的。その畝原のバックボーンとなっているのは家族への愛で、損得抜きの純粋さが眩しい。世の中の権威や風潮に従わず、己の信念を貫くところはハードボイルドだが、その言動には常に弱者への優しさがある。これが畝原シリーズの最大の読みどころ。家族を愛する畝原にとっては苦さばかりが蔓延っている現代だが、それでも希望を見出すところに微かな救いがある。 本シリーズの中では動機や犯人像に力がない作品だが、絶対に読んで損はない。オススメだ。 |
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