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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数608

全608件 501~520 26/31ページ

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No.108: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

どんだけ「どんでん」したら、気が済むねん!

リンカーン・ライム・シリーズの10作目。今回も期待に違わず、最後までどんでん返しの連続だ(正直、ちょっとあざとさを感じるのだが・・・)。
アメリカ政府批判を繰り返していた活動家が、バハマで射殺された。スナイパーが潜んでいたと思われる場所から現場までは2000mの距離があり、犯人は超一流で、彼を雇ったのは米国の秘密諜報機関ではないかという疑いがもたれた。「法の正義」を信奉する地方検事補ローレルが、秘密諜報機関の長を起訴するための証拠集めをライムのチームに依頼する。現場はカリブ海、しかも遠距離からの射撃のため得意の微細証拠が集められず捜査が難航しているうちに、証拠隠しと思われる残酷な犯行が次々に発生した。
本作品のメインテーマは、「まだ罪を犯していない者に、権力は力を行使できるのか?」という難問。諜報機関が「テロリストの疑い」だけで暗殺することと、パトロール警官が「武器を所持している」と判断した人を射殺することとの間に、どれだけの違いがあるのか? 最近のアメリカでの白人警官による黒人射殺事件の数々を想起させる、重いテーマである。
今回は、微細証拠から科学的に犯人を追い詰めるという側面と、動機の面から犯人像を描いていくという側面が同じような比重を占めているところが、これまでのシリーズ作品とは異なる印象だ。また、極めて重要な証拠をライムが見逃し、サックスに指摘されたり、どんでん返しにつながったりするところも、これまでには無かったような気がする。
とまあ、全体的にピリピリしたところが減って、シリーズ物の安定感が増してきたというところか。それでももちろん、ジェットコースター並みのスリルとサスペンスが楽しめるのは、今回も保証付きだ。
ゴースト・スナイパー 上 (文春文庫 テ)
No.107: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

常識外の家族が紡ぐ、倫理の物語

2003年に発表され、2005年、文庫化に際して改稿された作品である。ミステリーと言えば言えなくはないが、本筋は家族の物語である。
兄・泉水、弟・春という仲の良い兄弟の家族の歴史には、心に深い傷を残した不幸な出来事があった。兄は遺伝子検査の会社に勤め、弟は街中の落書きを消すという仕事に就いていたある日、兄の会社が放火されるという事件が起きた。それはどうも、最近、仙台市内で発生している連続放火事件の一環らしいということが判明し、癌で入院中の父親も含めた三人で犯行動機、犯人像を推理し始めることになる。推理小説を読むような、謎解きのはずだった犯人探しは、想定外の結末を迎えることになる。
北上次郎氏の解説にある通り、本作は「放火と落書きと遺伝子の物語」だが、犯人探しのストーリー以上に、登場人物のキャラクターの特異さ、エピソードの面白さ、良質なユーモアが醸し出す「伊坂ワールド」の魅力に引き寄せられてしまう。メインテーマは「兄弟とは、家族とは」という、語り尽くされてきた古臭いものなのだが、北上氏が「古い酒でも新しい皮袋に盛れば、これだけ新鮮な物語に変貌するという見本のような作品」と書いているように、新鮮な感動を与えてくれる作品である。
重力ピエロ (新潮文庫)
伊坂幸太郎重力ピエロ についてのレビュー
No.106: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

戦争後で戦争前の時代を活写

1930年代のベルリン警視庁の警部ラートを主人公にしたシリーズの第三弾。時代背景を巧みに取り入れた、社会派警察小説である。
1931年6月、FBIからベルリン警視庁に「ニューヨークギャングの殺し屋、ゴールドスティンがベルリンに向かった」という連絡が入り、ラート警部はこの男を24時間監視するように命ぜられる。ゴールドスティンの目的が判明せず、疑心暗鬼に落ち入ったベルリン警察をあざ笑うかのように、ある日、ゴールドスティンは監視の目をかいくぐって姿をくらました。そのころベルリンでは、暗黒街で対立する二つの組織の顔役が姿を消し、組織に関係する故買屋が虐殺された。また、百貨店に盗みに入ったストリートチルドレンの少年を殺害した疑いをもたれていた警官が殺されるという事件も発生した。次々と複雑化する事件に、別々の理由から関わることになったラート警部と恋人のチャーリーは、お互いに反発しながらも協力し合い、隠されていた陰謀を徐々に暴いていくことになる。
警察の捜査活動がメインではあるが、社会民主党政権が弱体化し、共産党、ナチの対立が深刻化してきた、当時の騒然とした世相、中でも、ベルリンのユダヤ人社会が置かれた微妙な立場も大きなテーマとなっている。経済的な苦境と人種差別が影響し合って、第一次世界大戦の戦後が第二次世界大戦の戦前へと変わっていく様相は、現在の日本人にとっても決して他人事ではないと思わされる。
ラート警部シリーズにしては読みやすく、歴史的背景云々を抜きにしても楽しめる。
ゴールドスティン 上 (創元推理文庫)
No.105: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

映画向きの派手なアクションと涙

おなじみ「ハリー・ボッシュ」シリーズの最新翻訳作品。期待にたがわない、アクションミステリーである。
LAのダウンタウンで酒店を経営する中国移民の店主が銃撃で殺され、レジの売上が奪われた。単純な強盗殺人事件と思われたが、事件の背景に中国系の闇組織・三合会の存在が浮かび、ボッシュは香港に逃亡しようとした容疑者を空港で逮捕する。ところが、「捜査をあきらめろ」という脅迫電話がかかってきたのに続いて、香港に住むボッシュの娘・マデリンが監禁されている動画が送り付けられてきた。
娘を救出するために香港に飛んだボッシュは、前妻・エレノアと彼女の恋人の力を借りながら、香港の裏社会を駆け巡る・・・。
特に、香港に舞台を移してからは派手なアクションの連続で、まさに映画的な展開を見せる。また、これまでのシリーズ作品ではあまり描かれていなかったボッシュの人情的な弱点、娘とのぎこちない交流に重点が置かれているところも、シリーズ読者には新鮮味がある。マイクル・コナリー自身が本人のHPの「ナインドラゴンズを書いた理由」という文章で、「ハリーと彼の娘の物語である。(中略) そして何よりも父親としての脆弱性(よわさ)を描いた物語である」と書いているように、今後のハリーの転換点になる作品となるのかもしれない。
登場人物それぞれに、ぴったりな俳優を想像しながら読んでみるもの面白いと思う。
ナイン・ドラゴンズ(上) (講談社文庫)
マイクル・コナリーナイン・ドラゴンズ についてのレビュー
No.104:
(7pt)

ジャンル分け不能の怪作!

アメリカの版元は「ジャンル・ツイスティング・ミステリ」という宣伝文句を使っているというが、まさにジャンルを越えた(というか、ジャンルを混交させた)作品だ。サイコ・スリラーの王道をゆくような導入からホラーサスペンス、SF、アクション・ミステリーへと激しく変化し、最後は文芸的なエンディングを迎えるという、まったくつかみ所が無い作品で、決して読みやすくは無いし、まったく受け入れられない読者も多いことだろう。
「騙されてもいい、面白い小説を読みたい」という読者には、オススメ。
プリムローズ・レーンの男〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)
No.103: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

「強い女性」の物語

表紙からして女性を意識した作品で、第二次大戦下を生き延びた女性のいき方を中心に据えた物語だが、ミステリーとしての完成度もなかなかで、男性読者にも十分読み応えがある。
16歳の時、自宅を訪ねてきた見知らぬ男を母・ドロシーが殺害するという衝撃的な場面を目撃したローレルは、50年後、死に瀕した母親を見舞うために故郷の家を訪れた。そこで、思い出の品々に触れている内に、50年前の恐ろしい記憶が甦った。あの事件はローレルの証言もあって、当時、近隣に出没していた連続強盗に遭遇した母の正当防衛として処理されたが、実は、男は「やあ、ドロシー、久しぶりだね」と声を掛けていたのだった。明らかに、男と母は知り合いだったのだ。男の正体は、何者なのか? そして、母はなぜ、あの男を殺してしまったのか? ローレルは、残された写真や関係者の証言によって母の秘密を探ろうとする。
母の秘密を探るストーリーは、現在と戦時下のロンドンを行き来しながら、ゆったりと進んでいく。そこでは、ドロシーや関係する人々の生活を通して、1930年代から60年代ごろの女性の生き辛さと力強さが描かれている。派手なアクションやどんでん返しとは無縁だが、読者をぐいぐい引き込んで行くパワーが感じられる。
母の秘密が暴露された後に付け加えられた小さなエピソードがしゃれているのは、訳者あとがきによると、この作家ならではのもののようである。
秘密<上>
ケイト・モートン秘密 についてのレビュー
No.102: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

粗削りでパワフルなところが魅力的

27歳のスイス人作家のデビュー作でフランスを始め、ヨーロッパでベストセラーになったという。ストーリーもキャラクターも登場人物の会話も、ぐいぐい引き込まれて行く面白さとちょっと乱暴過ぎる部分とが混在していて、若い作家のパワー全開というところが、作品の内容とシンクロして人気を呼んだのではないだろうか。
デビュー作が大ヒットして二十代で人気作家となったマーカスだが、二作目が書けなくて行き詰まっていた。そこで、大学時代の恩師でアメリカを代表する作家でもあるハリーの家を訪ねてアドバイスを受け、再び執筆への意欲を取り戻し始めていた。ところが、ハリーの家の庭から33年前に行方不明になっていた15歳の少女・ノラの白骨死体が発見され、ハリーが容疑者として逮捕される事態になった。ハリーの無実を信じるマーカスは、ハリーを助ける為に独自に事件の真相を調べ始め、それを二作目の本にすることを決意する。マーカスのドキュメンタリー小説は空前のベストセラーになり、ハリーも起訴を取り下げられて釈放されたが、マーカスの作品に致命的な欠陥が見つかった・・・。
街中の人々に愛されていたノラを殺したのは、誰か? ミステリーとしてのポイントは犯人および動機の解明で、33年前の事件と現在の状況を行き来しながらダイナミックな展開で読者を引き付ける。特に、終盤でのどんでん返しの連続は上手い。少女殺人事件だけに絞った作品にしていたら、全体の長さは2/3ぐらいに凝縮され、評価は1.5倍になっていただろう。
しかし、著者はミステリーを書こうとした訳ではないという。「とにかく面白い話を書きたい」ということで、エンターテイメントの一要素として殺人事件を取り入れたのであり、作品の主眼はマーカスとハリーの師弟関係にあるという。こうした背景が作品の性格を複雑で曖昧にし、読者の評価が大きく分かれる要因といえるだろう。
ミステリーに絞れば冗長な印象は否めないが、エンターテイメントとしては上出来の作品である。
ハリー・クバート事件 上
No.101:
(7pt)

桐野夏生が迫る、林芙美子の激情(非ミステリー)

第二次世界大戦当時、従軍記や戦場報告記で戦意高揚に貢献した林芙美子の愛と葛藤を描いた作品。まさに桐野夏生らしい視点と表現で、林芙美子の破天荒な生き方を活写している。
ミステリーとは無関係な作品である。
ナニカアル
桐野夏生ナニカアル についてのレビュー
No.100: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

読みやすくて、分かりやすいが、こわい

英国ミステリーの女王・ウォルターズが「普段、本を読まない人、あまりミステリーを読まない人」向けに、読みやすさを重視して書いたという中編が2作、納められている。しかし、そうした背景から想像するような軽めの作品ではなく、どちらも普通の人間がちょっとしたことから育ててしまう狂気がしっかりと描かれており、なかなかの読み応えがある。
「養鶏場の殺人」は実際にあった事件を小説化したもので、物語が終わったあと、裁判結果に異を唱える作者の意見が付け加えられている。主人公(この作品では、加害者と被害者の双方)の心理を丁寧に描き出すことで、単なる事件再現ものではなく、味わい深いミステリーとなっている。
「火口箱」は、最新作「遮断地区」同様に人種的偏見を取り上げた、ウォルターズらしい作品。イギリスの静かな片田舎で起きた老女殺人を題材に、アイルランド人に対する偏見と差別を描いている。さらに、「誰が、何故?」という謎解きについても、周到な伏線と見事などんでん返しが用意されていて、短くてもレベルが高いミステリー作品になっている。
養鶏場の殺人/火口箱 (創元推理文庫)
No.99:
(7pt)

でき過ぎた女房の怖さ

人並み以上の野心と努力で成功を収めた不動産開発業者のトッドは、美しく聡明なサイコセラピストで主婦としての役割も完璧に果たすジョディとふたり、シカゴの高級コンドミニアムで事実婚生活を送っていた。一緒に住み始めて25年、トッドの浮気性が多少の波風は立てるもののジョディの落ち着いた対応で平穏な日々が続いていた。ところがあるとき、トッドが少年時代からの旧友の娘・ナターシャに心を奪われ、妊娠させたことから、二人の間に亀裂が生じ、その溝は徐々に深まっていった。浮気を隠しおおせているつもりでいて、秘かに子供の誕生に期待するトッド、夫の浮気を知りながら沈黙を続けるジョディ、ジョディと別れて結婚するように迫るナターシャ、三人の思惑がぶつかり合い、静かな緊張感が高まっていき、やがて悲劇のクライマックスを迎えることになる。
本作の読みどころは、美人で性格が良くて、主婦としても妻としても申し分が無く、しかも自立した女性でもあるジョディが、深い沈黙の影でじわじわと復讐心を育てていく怖さにあるのだが、もう一面から言うと、これだけ完璧な妻を持ちながら若くて奔放でわがままなナターシャに惹かれ、なおかつ女房との生活もだらだらと維持していきたいという能天気なダメ男であるトッドの浮世離れした物語でもある。トッドの視点から見れば、訳が分からない内に悲劇に巻き込まれた男のコメディーとも言えるのが面白い。もちろん、トッドは正真正銘の当事者なんだけど。
なお、著者のハリスンは本作刊行の2ヵ月前にガンで死去し、これだけ優れたデビュー作が遺作となってしまったという。もうけっして次作を読むことができないというのは、誠に残念というしかない。
妻の沈黙 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
A.S.A.ハリスン妻の沈黙 についてのレビュー
No.98:
(7pt)

古さを感じさせない、ロマンチックミステリー

アメリカ心理ミステリの随一の鬼才(扉の紹介文)マーガレット・ミラーの1950年の作品。少しも古さを感じさせない、ロマンチックサスペンスである。
独身女性医師・シャーロットの診療所に予約無しで訪ねてきた若い女性・ヴァイオレットは、望まぬ妊娠をしており堕胎をして欲しいと頼み込んできた。依頼を断ったシャーロットだったが、診療所から姿をくらませたヴァイオレットが気になり、その夜遅く彼女の下宿先を訪ねてみた。そこでヴァイオレットが二人連れの男に連れ出されたと聞かされ、さらにシャーロットは戻った自宅で強盗に襲われる。次の日、ヴァイオレットの水死体が発見され、刑事が診療所に訪ねてきた。ヴァイオレットの死とシャーロットの間には、いつの間にか悪意の糸が張り巡らされていた・・・。
当時には珍しく自立した女性であり、仕事にプライドをもつ医師であるシャーロットは、患者の夫である弁護士・ルイスと不倫関係も前向きにとらえ、健康的に生きていた。一方、ヴァイオレットは、どうしようもない暴力的な夫や小悪党の叔父たちとの田舎の貧乏暮らしからの脱出を夢見ながらあがいていた。対照的な二人女性の生き方を対比させながらストーリーは犯人探しへ、さらなる事件へと、サスペンスを高めながら進み、悲劇的なクライマックスを迎えることになる。
時代を先取った女性の心理ミステリーとして、今でも十分に読み応えがある作品だ。
悪意の糸 (創元推理文庫)
マーガレット・ミラー悪意の糸 についてのレビュー
No.97:
(7pt)

ハートレスな物語

闇の探偵バーク・シリーズのヴァクスが、シリーズ中断中の1993年に発表した単発作品だが、作品全体のテイストはバーク・シリーズと共通している。
ゴーストと呼ばれる殺し屋は、かつてコンビを組んで美人局をやっていた相棒で、彼が服役中に姿を消したシェラを探すために、闇の世界の奥深くへと分け入っていく。アメリカのさまざまな都市のいかがわしい街を探し回るのだが、ひとりでは成果が得られず、闇社会の情報通を頼ることになり、相応の見返りを求められる。必殺の武器である自分の両手を頼りに困難で血なまぐさい任務を果たしたゴーストは、ついにシェラの居場所に辿り着くが、そこに待っていたのは・・・。
冷酷非情でありながら純粋な恋情を抱き続ける不器用な主人公の生き様が心に響く、切ないノワール小説で、バーク・ファンには文句なしにオススメできる。ただ、あまりにも非情というか、ハートの無いストーリーなので、ハードボイルドにもロマンを求める読者には合わないかもしれない。
凶手 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 189-7))
アンドリュー・ヴァクス凶手 についてのレビュー
No.96:
(7pt)

誰も信用しない、信用できない悪者たちの輪舞

シリーズ主人公のハゲタカこと、禿富鷹秋警部補が死んで終わったはずの「禿鷹シリーズ」だが、「禿鷹外伝 禿鷹V」が登場し、新たなシリーズが展開されるようだ。
警察史上最悪の悪徳刑事・ハゲタカが命を賭けて隠そうとした神宮警察署の裏帳簿のコピーは、同僚の御子柴から警察庁の特別監察官・松国を経由して警察官僚の上層部に渡されたが、上層部はこれを握りつぶすことを決めた。この決定に不満を持つ松国はメディアでの暴露を工作する。それを察知した上層部は、ハゲタカの天敵・岩動警部にコピー回収を命令する。岩動は南米マフィアの残党や新宿を根城とするヤクザを操って回収に乗り出し、ハゲタカと懇意で渋谷を縄張りとするヤクザ渋六興業を巻き込んだ壮絶な戦いが繰り広げられることになる。
シリーズお馴染の登場人物に新たに加わった強烈なキャラクターが、ハゲタカの未亡人・司津子。若い頃の岩下志麻をしのぐ和風美人ながら、ハゲタカ以上に得体がしれない不気味さを秘めている。さらに、これまでは脇役に徹していた、冴えない中年警部補の御子柴がハゲタカ譲りの図々しさを発揮してヤクザや同僚を振り回すという変身を見せる。御子柴の新たな相棒になった嵯峨警部補も相変わらずの食えない言動で、周りに疑心暗鬼を引き起こしていく。
とにかく、登場人物全員が悪人というか、腹に一物を持つ人物ばかりで、誰が正義か、何を信用すれば良いのか分からないまま暴力的なクライマックスを迎えることになる。読者は正邪の判断は保留して、スピーディーでスリリングなストーリー展開と派手なアクションを堪能するのが、本作の楽しみ方だと言えるだろう。シリーズファンはもちろん、単発で読む読者も楽しめること請け合いだ。
兇弾
逢坂剛凶弾 禿鷹V についてのレビュー
No.95:
(7pt)

少女の健気さが印象的なロードノベル

マーク・マクガイアとサミー・ソーサが熾烈な最多ホームラン数争いを繰り広げていた1998年夏、ノース・カロライナ州の養護施設に暮らすイースターとルビーの姉妹のところへ、3年前に母親と離婚し行方が分からなくなっていた父親ウェイドが訪れ、一緒に暮らそうという。しかし、親権を放棄していた彼には娘達を引き取ることは許されず、ある夜、娘達の部屋に窓から忍び込んで二人を連れ出してしまう。イースターとルビーの訴訟後見人で元刑事のブレイディは姉妹を連れ戻すために三人の行方を追い始めるが、もうひとり、三人を追ってくる凶暴な人物がいた・・・。
ストーリーの本筋は、新しくやり直したい父親と娘が車での逃避行の間に親子の絆を構築できるかというロードノベルであり、サブとしてブレイディの捜査活動と、地元の悪役のボスがウェイドに盗まれた金を取り戻すために差し向けた殺し屋の追跡が、サスペンスを加えている。
ミステリー、サスペンスとしてはさほどの出来ではないが、親子の情、アメリカ南部の情景、ソーサとマクガイアに熱狂する時代状況などが物語に深みを与えており、しみじみとした味わいがある。何より印象的なのは、12歳の多感な少女・イースターの強さと優しさである。メジャーリーグを目指しながら挫折した父親ウェイドをはじめ、悪役のボス、地元警察など周りの大人がやや間抜けなだけに、イースターの健気さが際立っていた。
ロードノベルファンにはオススメだ。
約束の道 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ワイリー・キャッシュ約束の道 についてのレビュー
No.94: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

甘くて切なくて、ハーフボイルド?

道警シリーズの最新作。第7弾ともなるとマンネリの感が拭えず、今回も安定した面白さではあるが、読者を引き込む様な迫力は感じられなかった。
宝石商強盗事件に出動した津久井は、犯人逮捕の現場となったホテルのラウンジでピアノを演奏していた女性が気になった。その後、お馴染のジャズバー・ブラックバードでそのピアニスト・奈津美に再会し、お互いに惹かれ合う。奈津美は、札幌の夏の風物詩「サッポロ・シティ・ジャズ」にサックス奏者四方田純カルテットに誘われての出演が決まり、張り切っていた。ところが、公演の前日、四方田純のファンの女性の刺殺体が発見され、奈津美にも犯行に関与しているとの容疑がかけられた。
ストーリーは、強盗事件の捜査と女性殺害事件の捜査が並行して進行し、重要参考人を庇いたい津久井の苦悩を描いていく。同時に、佐伯と小島百合の大人の関係の進展、新宮の成長など、シリーズ作品ならではのエピソードが挿入されてくる。
事件、犯行、犯人に複雑さや奥深さは無く、警察の捜査としては「ちょっと、どうなの?」という面もあり、道警シリーズの初期のような警察小説としての面白さは薄れている。大人のロマンス小説、ハーフボイルドという印象を持った。
憂いなき街
佐々木譲憂いなき街 についてのレビュー
No.93:
(7pt)

羊頭狗肉の感あり

「刑事ヴァランダー・シリーズ」でお馴染の現代スウェーデンを代表するミステリー作家、ヘニング・マンケルのノンシリーズ作品。上下巻の表紙裏扉の惹句が「北欧ミステリの帝王ヘニング・マンケルの集大成的大作」、「現代の予言者マンケルによる、ミステリを超えた金字塔的作品」とあって、読む前から期待が高まること間違い無しだったのだが・・・。
2006年の1月、スウェーデン北部の寒村で、村のほぼ全員が殺された。ほとんどが老人の被害者達が鋭利な刃物で滅多斬りにされるという惨劇は、狂人の犯行なのか? 犯人が狂人ではないとしたら、何の動機、目的があったのだろうか? 被害者の中に、いまは亡き自分の母親の養父母が含まれていたことを知った女性裁判官ビルギッタは、自身が休暇中だということもあって現場に赴き、現地警察に疎まれながらも事件の真相を探り始める。すると、謎の中国人が浮かび上がってきた。
ここから話は一気に、1863年の中国・広東に飛び、極貧の村から逃げ出したものの広東で悪人につかまり、奴隷労働のために売られてアメリカに連れて行かれる貧しい兄弟が登場する。大陸横断鉄道敷設現場で過酷な労働を強いらながら何とか生き延び、再び中国に戻った青年・サンは、その労苦を刻んだ日記を残していた。そして、再び2006年、サンの子孫は中国経済を牛耳る大物として、これからの中国の進む道を決定しようとしていた。
村全体を虐殺するというド派手な幕開けで始まったストーリーは現代と19世紀後半、スウェーデンと中国、アメリカを自由に往来し、どんどんスケールアップして行く。ただし、ミステリーとしては、オープニングに比べて結末がちょっとしょぼくて、やや羊頭狗肉の感があった。本作品は、毛沢東の文化大革命の洗礼を受けた世代が、現在の中国をどう評価するかを問う、社会性の強い作品として読む方が正解だと思う。
北京から来た男 上
ヘニング・マンケル北京から来た男 についてのレビュー
No.92: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

スペイン愛が書かせたハードボイルド

1986年に発表され、直木賞と日本推理作家協会賞、日本冒険小説協会大賞を受賞した逢坂剛の代表作とも言える作品だが、著者自身による「文庫新装版あとがき」によると、実は作家デビュー前の1977に書いた処女作だという。著者も言う通り「処女作の持つ熱気」があふれた、粗削りで力強い恋愛ハードボイルド作品である。
小さなPR会社を経営する漆田は、最大のクライアントである日野楽器からスペインの有名なギター製作者ラモスの日本招聘関連の業務を受注した。その中で、二十年前にラモスを訪ねてきた日本人のフラメンコギタリストでサントスと名乗った人物を探して欲しいという依頼を受けた。日本のフラメンコ業界を中心に人捜しを始めた漆田だったが、楽器業界のライバル社や過激派組織などが登場し、思いも掛けない事件に巻き込まれることになった。さらに、ラモスがサントスを探している理由が、「カディスの赤い星」といういわく付きのギターを取り戻すことだったことが判明する。「カディスの赤い星」がスペインに持ち込まれたことを突き止めた漆田はスペインに渡るが、そこで待ちかまえていたのはフランコ独裁体制の終盤を迎えて対立が激化していた複雑な政治情勢だった。
前半は日本の楽器業界を舞台にしたハードボイルドだが、後半になると一気に国際冒険小説風味で派手なアクションと謀略戦が繰り広げられ、最後は過去に葬られた男女の欲望や悲しみがあらわになり、新たな悲喜劇を生むことになる。
確かに粗削りな部分やご都合主義な部分もあるが、スペインへの愛があふれた、情熱的なハードボイルド作品である。
新装版  カディスの赤い星(上) (講談社文庫)
逢坂剛カディスの赤い星 についてのレビュー
No.91:
(7pt)

さらに凶暴に、狡猾に

悪徳刑事・禿鷹シリーズの第3作。禿鷹の凶悪さ、傍若無人はとどまるところを知らない。
渋谷への進出を狙う南米マフィア・マスダが渋谷の古参組織・敷島組の幹部を拉致殺害し、渋谷で対抗するヤクザ渋六興業のシマに放置するという事件が起こった。マスダ、敷島組、渋六興業の三つ巴の抗争に発展しそうな事態を引き起こしたのは、禿鷹だった。禿鷹は何のために、事態を複雑にして渋谷に波風を立てようとするのか? 
警察も暴力団も関係なく、組織の論理を嘲笑って身勝手な言動を繰り返す禿鷹は、誠実な社会人である一般読者にとって、実に憎たらしい存在であると同時に、日頃のうっぷんを一気に晴らすような、妙に痛快な思いを味あわせてくれるアウトローでもある。
最後にびっくりする結末が待っていたが、まだまだシリーズは終わらない。ということは、禿鷹の凶暴さがさらにとんでもない地点にまで行ってしまうということだろうか。主人公に対する好き嫌いで、かなり評価が別れる作品だが、ノワール系がお好きな方にはオススメできる。
銀弾の森―禿鷹〈3〉 (文春文庫)
逢坂剛銀弾の森 禿鷹III についてのレビュー
No.90:
(7pt)

女にも荒ぶる魂がある

女子プロレスが舞台のヒーロー物といえば、いちばん分かりやすいだろうか。
主人公は、女子プロレスのスター選手・火渡の付き人で、本人は連戦連敗でいまだに未勝利の近田選手。ある試合で、火渡が対戦した外人選手ジェーンが試合放棄しリングから逃走してしまった。後日、ジェーンと年格好が似た死体が発見され、ジェーンが殺されたのではないかと疑問を抱いた火渡は、近田、プロレス雑誌の編集者松原とともに真相を探るべく行動を開始する。
ストーリーの筋は、ストイックなまでにリングにかける火渡の荒ぶる魂、初勝利をめざす近田の成長物語、女子プロレスの周辺に生息する怪しげな奴等の陰謀、という3つがあり、相互に絡み合いながら進行していく。
ミステリーの要素はきわめて薄く、作者「あとがき」にあるように「女にも荒ぶる魂がある」ということを証明するための女子プロレスへのオマージュと言える。
ファイアボール・ブルース (文春文庫)
桐野夏生ファイアボール・ブルース 逃亡 についてのレビュー
No.89: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

面白いサバイバル小説

13秒間の時空の歪みで、別世界の東京に移動してしまった13人のサバイバル物語。ミステリーというより、小集団が生き延びるために何を成したか、人はどう行動するのかを描いた群像小説だ。
建物や植物は残されているのに人間や動物が消えてしまった東京で出会った、年齢も職業も性別も様々な13人。大地震や破壊的な豪雨が襲う廃虚の東京で、ばらばらだった人々が共通の目標のために協力関係を築き力を合わせて生き延びようとする。だが、先が見えない状況に人々の心は乱れ、さまざまな軋轢が生じてくる。生き延びるために優先すべきは、エゴか、共助か、倫理か、本能か?
なぜパラレルワールドが出現したのかとか、元にもどれる方法はあるのかとか、SF的な読み方をするより、無人島もの、難破船もの、山岳遭難もの的な読み方をした方が楽しめる。パニック映画の原作としても使えるだろう。
パラドックス13 (講談社文庫)
東野圭吾パラドックス13 についてのレビュー