■スポンサードリンク


栄花物語



新規レビューを書く⇒みなさんの感想をお待ちしております!!

栄花物語の評価: 4.23/5点 レビュー 22件。 Bランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点4.23pt


■スポンサードリンク


Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全22件 1~20 1/2ページ
12>>
No.22:
(5pt)

江戸時代

山本周五郎のシリーズを読みたく、安価に購入できました。
栄花物語 (新潮文庫)Amazon書評・レビュー:栄花物語 (新潮文庫)より
4101134219
No.21:
(4pt)

周五郎作品の再読。

殆どの文庫本は持っているが、kinndleは便利なので。「樅木は残った」の原田甲斐と同様、一般的には悪評の高い人物を、逆の方向から見つめたこの作品に好感。ほとんどが、商社の立場で書かれたり、大衆の迎合する様な評価が多い中、大変興味深く読んだ。
栄花物語 (新潮文庫)Amazon書評・レビュー:栄花物語 (新潮文庫)より
4101134219
No.20:
(4pt)

面白い!

徳川中期、時の先覚者として政治改革を理想に、非難と悪罵の怒号のなか、頑なまでに己れの意志を貫き通す老中田沼意次――従来、賄賂政治の代名詞のような存在であった田沼親子は、商業資本の擡頭を見通した進取の政治家であったという、新しい視点から、絶望の淵にあって、孤独に耐え、改革を押し進めんとする不屈の人間像を、時流に翻弄される男女の諸相を通して描く歴史長編。
栄花物語 (新潮文庫)Amazon書評・レビュー:栄花物語 (新潮文庫)より
4101134219
No.19:
(1pt)

間違えた

娘が古典の栄花物語が欲しいと言ったので購入。有名な山本周五郎による同名のまったくちがう小説でした。私が無知なのも悪いけど、紛らわしい。娘はこっちには全く関心がなく、積ん読されています。
栄花物語 (新潮文庫)Amazon書評・レビュー:栄花物語 (新潮文庫)より
4101134219
No.18:
(5pt)

これど山本周五郎!

樅木は残ったど双璧の著者大傑作。 今これほどの作品をかける作家はいない。
栄花物語 (新潮文庫)Amazon書評・レビュー:栄花物語 (新潮文庫)より
4101134219
No.17:
(4pt)

現実的な、あまりに現実的な

1953年七月から九月まで「週間読売」に連載されたと解説にある。解説の山田宗睦氏は、翌年七月から連載された
「樅の木は残った」の先駆的作品と位置づけている。江戸後期、田沼時代の「砒」政を正すべく登場した松平定信の寛
政の改革を是とする従来の視点に物申し、田沼意次個人に焦点をおきながら、武家社会、とりわけ幕府と台頭する豪
商たちの寄り合いである商業資本との釣り合いをいかに調節するか、その経済政策の苦衷を淡々と描いている。
緊縮財政を盾に絹物会所、金銀会所、貸金会所を設けた金融政策への幕府の介入に加えて、新事業として印旛沼や
手賀沼の干拓事業を推し進めたい意次の急進政策に真っ向から反対し、作中では武家の権威を嵩に、これら豪商の
政治献金によって幕府の財政を建て直そうと図る松平定信ら守旧派の景気懐柔政策は庶民からは喝采を受けた。
こうした為政者たちの権力闘争の影響下にあっても、お膝元の江戸庶民や貧乏旗本の人々は、虚無的な世相をあえ
て面白可笑しく生きようとする健気な情緒が市中には渦巻いている。登場人物である青山信二郎、友人の藤代保之
助、千吉、その子、はま、さだ、華扇・・・かれらの生きざまは悲喜交々だ。
剛柔おり交ぜた、飽きさせない物語の展開はあい変わらずで、読者冥利に尽きる作品である。
愛蔵決定版山本周五郎全集 第7巻 (7) 栄花物語Amazon書評・レビュー:愛蔵決定版山本周五郎全集 第7巻 (7) 栄花物語より
4106440075
No.16:
(1pt)

ばかばかしい

周五郎の安っぽい正義感やヒューマニズムで田沼を描くとこういう物語になるのか。田沼を評価し直すといっても中途半端で意味不明。
ばかばかしい小説でした。
栄花物語 (新潮文庫)Amazon書評・レビュー:栄花物語 (新潮文庫)より
4101134219
No.15:
(1pt)

有名作家の田沼もの

元禄太平の田沼時代を覗いてみたかったが、

途中放棄

時代が見えない。田沼意次の人物像もわからなった
栄花物語 (新潮文庫)Amazon書評・レビュー:栄花物語 (新潮文庫)より
4101134219
No.14:
(5pt)

はてさて、なにをあぶりだすのか……

毎度のことながら、レヴューしようとして思うのは、私ごときに何が書けるのか、という一点で、そんなことを思うなら、いっそ書かないほうがいいのではないか、と逡巡するのだが、やけくそにも似た気持ちで、毎度、レヴューしてしまう自分がいる。
さて本題に入るが、今回は読みの可能性の提案、あるいは、問題提起のような感じのことを書こうと思う。
 作中で信二郎は「世話太平記」という書物をものする。それには「隠された主題」が潜ませてあった。

田沼家と反田沼家との関係で、男(田沼家)の位置を女(反田沼)が取っても、能力の差には勝てない、という意味を諷したのであった。

 本作「栄花物語」においてはどうか? 山本氏が本作を寓意的に描いていたのだとしたら? あぶりだしで出現するのは、どんな物語なのか? それを考えるには私の手にはあまる。どなたかの説を待ちたい。
栄花物語 (新潮文庫)Amazon書評・レビュー:栄花物語 (新潮文庫)より
4101134219
No.13:
(5pt)

時代小説でワクワクしました

山本周五郎は以前短編集を読んで,時代の掟に縛られて生きていく人々の話,という印象がありました。
が、これはすごい。劇画的で、数少ない主人公が入り組み、同時進行で舞台が変わり,まるで映画をみているかのようにワクワクして読みました。
映画「どら平太」の原作も周五郎ですが,こんなにドラマチックな作風とは思ってみませんでした。
長編をどんどん読みます!
栄花物語 (新潮文庫)Amazon書評・レビュー:栄花物語 (新潮文庫)より
4101134219
No.12:
(5pt)

お見事というしかない

江上照彦著『悪名の論理―田沼意次の生涯』で紹介されていたので本書を読んでみた。賄賂政治の温床をつくった悪名高い田沼意次を、先見性をもって、幕府の経済基盤を再構築することに尽力した政治家ととして位置付けている。ただ本書では、意次を中心にものがたりが展開するわけではなくて、その時代に生きる市井の人々をとおして政治家 田沼意次がかたちづくられていくようにみえる。中でも、正義を貫くことを則とする交代寄合 藤代(河井)保之助と、何物にも縛られないことに重きをおく戯作者 青山信二郎の日々に重点がおかれていて、(間接的ではあるものの)意次の政策に翻弄されていく様が見事に描かれている。信二郎が、保之助にはからずも言う「人間が善良であることは決して美徳じゃないぜ・・・自分の良心を満足させることはできるが、現実には何の役にも立たない、そのうえ周囲のものにいつも負担を負わせるんだ」という言葉は、意次の理想と現実のギャップを象徴的にものがたっているように思える。保之助の清廉潔白であろうとする実直さと、意知を殺傷することとなる佐野善左衛門の俗物さの対比、不義密通を重ねる保之助の妻その子の奔放さと、保之助と運命をともにする藤扇の可憐さの対比など、読み込めば読み込むほど新しい見かたができる。お見事というしかない。特に、旧態然とした武家社会にこだわる松平定信と、新しい時代に即した理想を掲げる意次の対立は、昨今の日本の政治に似たところがあって興味深い。はずかしながら山本周五郎氏の作品は初めて読了したのだが、今後も読み続けていきたい作家だな。
栄花物語 (新潮文庫)Amazon書評・レビュー:栄花物語 (新潮文庫)より
4101134219
No.11:
(5pt)

お見事

江上照彦著『悪名の論理―田沼意次の生涯』で紹介されていたので本書を読んでみた。

賄賂政治の温床をつくった悪名高い田沼意次を、先見性をもって、幕府の経済基盤を再構築することに尽力した政治家ととして位置付けている。ただ本書では、意次を中心にものがたりが展開するわけではなくて、その時代に生きる市井の人々をとおして政治家 田沼意次がかたちづくられていくようにみえる。中でも、正義を貫くことを則とする交代寄合 藤代(河井)保之助と、何物にも縛られないことに重きをおく戯作者 青山信二郎の日々に重点がおかれていて、(間接的ではあるものの)意次の政策に翻弄されていく様が見事に描かれている。

信二郎が、保之助にはからずも言う「人間が善良であることは決して美徳じゃないぜ・・・自分の良心を満足させることはできるが、現実には何の役にも立たない、そのうえ周囲のものにいつも負担を負わせるんだ」という言葉は、意次の理想と現実のギャップを象徴的にものがたっているように思える。

保之助の清廉潔白であろうとする実直さと、意知を殺傷することとなる佐野善左衛門の俗物さの対比、不義密通を重ねる保之助の妻その子の奔放さと、保之助と運命をともにする藤扇の可憐さの対比など、読み込めば読み込むほど新しい見かたができる。お見事というしかない。特に、旧態然とした武家社会にこだわる松平定信と、新しい時代に即した理想を掲げる意次の対立は、昨今の日本の政治に似たところがあって興味深い。

はずかしながら山本周五郎氏の作品は初めて読了したのだが、今後も読み続けていきたい作家だな。
栄花物語 (1953年)Amazon書評・レビュー:栄花物語 (1953年)より
B000JBA5IC
No.10:
(5pt)

周五郎再び!

『正雪記』でも、家光時代の取り潰し、改易などで日雇いに落ちぶれた浪人の必死の叫びが繰り返し登場するが、本書『栄花物語』では武士ではない日雇い労働者が、日当からの搾取について激情を爆発させる場面が冒頭にある。
ケータイ電話で日雇いの連絡が入り、職にありつき(掛け持ちするのは当然)、ようやく戴いた日当からピンハネされる現代のワーキングプアと同断の風景である。
現代、現在こそ山本周五郎のブレない目線が際立つ!!!
冒頭の日雇い人足の怒りとその妻の哀しみがわかれば、田沼意次の評価そのものは極論すれば題材に過ぎない。『樅の木・・』でもそうだったが、世評に対する反骨、異論を敢えて唱え、なおかつ物語として深くまで達することのできる力量は、別格だ。群像劇の描写などテクニックもプロ中のプロならではであり、おそらく比肩できる作家は山田風太郎くらいだろう。
ロシアン・マルキシズムの崩壊以来、歴史観と言うと「歴史決定論」として切り捨てられるが、私見では歴史観なき物語など読むに値しない。周五郎には確固とした歴史観があった。
それは人間を見る目、人間組織、ひいては社会を見る目である。それは人情モノなどというレベルのものではなく、経済に対する冷徹な思考であり、なおかつ経済を基盤とする社会(人間は飯を食わねば生きていかれないのだから)には人間が生きているという当たり前の認識だ。
そこに生きる人間が不幸であったり、悲惨であったりすることには勿論偶然もあるが、何よりもシステムとしての時代性が、歴史的背景があるのである。これを掴むことが歴史観を得るということに他ならない。
周五郎は「時代作家」として、その細やかな人間観察、温かい視線が評価されるが、『正雪記』にしても本書にしても、ある時代を描く歴史作家としても抜きん出た存在なのだ。司馬遼太郎などを遼に凌ぐものと言わねばなるまい。
栄花物語 (新潮文庫)Amazon書評・レビュー:栄花物語 (新潮文庫)より
4101134219
No.9:
(5pt)

周五郎再び!

『正雪記』でも、家光時代の取り潰し、改易などで日雇いに落ちぶれた浪人の必死の叫びが繰り返し登場するが、本書『栄花物語』では武士ではない日雇い労働者が、日当からの搾取について激情を爆発させる場面が冒頭にある。
ケータイ電話で日雇いの連絡が入り、職にありつき(掛け持ちするのは当然)、ようやく戴いた日当からピンハネされる現代のワーキングプアと同断の風景である。

現代、現在こそ山本周五郎のブレない目線が際立つ!!!
冒頭の日雇い人足の怒りとその妻の哀しみがわかれば、田沼意次の評価そのものは極論すれば題材に過ぎない。『樅の木・・』でもそうだったが、世評に対する反骨、異論を敢えて唱え、なおかつ物語として深くまで達することのできる力量は、別格だ。群像劇の描写などテクニックもプロ中のプロならではであり、おそらく比肩できる作家は山田風太郎くらいだろう。

ロシアン・マルキシズムの崩壊以来、歴史観と言うと「歴史決定論」として切り捨てられるが、私見では歴史観なき物語など読むに値しない。周五郎には確固とした歴史観があった。
それは人間を見る目、人間組織、ひいては社会を見る目である。それは人情モノなどというレベルのものではなく、経済に対する冷徹な思考であり、なおかつ経済を基盤とする社会(人間は飯を食わねば生きていかれないのだから)には人間が生きているという当たり前の認識だ。
そこに生きる人間が不幸であったり、悲惨であったりすることには勿論偶然もあるが、何よりもシステムとしての時代性が、歴史的背景があるのである。これを掴むことが歴史観を得るということに他ならない。

周五郎は「時代作家」として、その細やかな人間観察、温かい視線が評価されるが、『正雪記』にしても本書にしても、ある時代を描く歴史作家としても抜きん出た存在なのだ。司馬遼太郎などを遼に凌ぐものと言わねばなるまい。
栄花物語 (1953年)Amazon書評・レビュー:栄花物語 (1953年)より
B000JBA5IC
No.8:
(5pt)

そして、明日が来る。

江戸後期、田沼意次を軸に、彼に関わる回りの人々の日々が生き生きと描かれています。登場人物の性格、思考がさまざまで、ある時は信二郎に喝采し保之助、新助に同情し、善左衛門に悲しみます。因果な女性も「さもありなん」、「なるほど」、「へえー」と驚くばかりです。平凡な毎日、一人の心の中もこのように多様であると思われます。己は何をしようとしているのか。どう生きているのか。黒い継ぎ裃姿の意次が語りかけるようです。登場人物が幾重にも重なり、物語の展開もあきさせません。作者の世界に入りながら自らの心のうちを旅しているようです。
栄花物語 (1953年)Amazon書評・レビュー:栄花物語 (1953年)より
B000JBA5IC
No.7:
(5pt)

そして、明日が来る。

江戸後期、田沼意次を軸に、彼に関わる回りの人々の日々が生き生きと描かれています。登場人物の性格、思考がさまざまで、ある時は信二郎に喝采し保之助、新助に同情し、善左衛門に悲しみます。因果な女性も「さもありなん」、「なるほど」、「へえー」と驚くばかりです。平凡な毎日、一人の心の中もこのように多様であると思われます。己は何をしようとしているのか。どう生きているのか。黒い継ぎ裃姿の意次が語りかけるようです。登場人物が幾重にも重なり、物語の展開もあきさせません。作者の世界に入りながら自らの心のうちを旅しているようです。
栄花物語 (新潮文庫)Amazon書評・レビュー:栄花物語 (新潮文庫)より
4101134219
No.6:
(5pt)

素晴らしい感性

 山本周五郎と言う人は素晴らしい感性をしていたのだと改めて思わせれました。今では田沼意次といえば革新的な経済基盤を画策した人物であるということはちょっと勉強すれば知っていることです。しかし、この意見が固まる前、すなわち山本周五郎の生きていた時代には、田沼=賄賂政治という感じだった。 そんな中でこんな素晴らしい物語を創りだしてしまう感性に凄さを感じてしまう。 歴史的な新注釈もすごいけれど、物語が素晴らしいから、もう文句のつけようがない。田沼×松平×政治の主導権と保之助×信三郎×その子の関係性が対応されて書かれている気がしてならない。 物語の長さが気にならないほどに引き込まれてしまう周五郎の作品は多いが、この作品もまたその中の一つである。 歴史的なことよりも、まずは物語自体を楽しんで欲しいと僕は思います。
栄花物語 (新潮文庫)Amazon書評・レビュー:栄花物語 (新潮文庫)より
4101134219
No.5:
(5pt)

素晴らしい感性

山本周五郎と言う人は素晴らしい感性をしていたのだと改めて思わせれました。今では田沼意次といえば革新的な経済基盤を画策した人物であるということはちょっと勉強すれば知っていることです。しかし、この意見が固まる前、すなわち山本周五郎の生きていた時代には、田沼=賄賂政治という感じだった。
 そんな中でこんな素晴らしい物語を創りだしてしまう感性に凄さを感じてしまう。
 歴史的な新注釈もすごいけれど、物語が素晴らしいから、もう文句のつけようがない。田沼×松平×政治の主導権と保之助×信三郎×その子の関係性が対応されて書かれている気がしてならない。
 物語の長さが気にならないほどに引き込まれてしまう周五郎の作品は多いが、この作品もまたその中の一つである。
 歴史的なことよりも、まずは物語自体を楽しんで欲しいと僕は思います。
栄花物語 (1953年)Amazon書評・レビュー:栄花物語 (1953年)より
B000JBA5IC
No.4:
(4pt)

山本周五郎って、辛さ苦しさを良く知っていて

苦労人で名人、山本周五郎のベストを挙げよと言われれば、「樅の木は残った」あるいは「さぶ」のどちらかと思っています。この、栄華物語は「樅の木、、、」の系統で、田沼意次を題材に取って、田沼の改革に賭ける苦難と情熱を流れの中心に据え、真面目で真実味もある男「保之介」、旗本の息子仲間の親友で、世の中が見えすぎているものの信念はある男「信三郎」、かつての信三郎の恋人で保之介の女房となった自分の欲情に恥じることなく忠実な「その子」、実直に暮らしていくことのみを考えつつも、正義感から運命の悪戯によって、盗賊となり最後は殺される稲葉小僧(田舎小僧)、そして残されたおかみ。結局、正直に一生懸命生きたほとんどの者達が滅びの道を歩むか、辛苦を与えられ、安泰な人生を与えられることは例外ということになる。 山本周五郎の現実を見る目は正鵠であり辛いが、人を見る目は限りなく優しいまなざしである。名作「樅の木は残った」に比べ荒削りではあるが、見逃せない作品である。 なお、田沼親子を悪徳政治家とする史観に一石を投じたという解説もあったが、我々の世代では田沼は市場経済化を図ろうとした改革者というイメージがすでにあるので、「ふーん」と時代の差を感じた。池波正太郎の「剣客商売」でも良い人だしね。
栄花物語 (新潮文庫)Amazon書評・レビュー:栄花物語 (新潮文庫)より
4101134219
No.3:
(4pt)

山本周五郎って、辛さ苦しさを良く知っていて

苦労人で名人、山本周五郎のベストを挙げよと言われれば、「樅の木は残った」あるいは「さぶ」のどちらかと思っています。この、栄華物語は「樅の木、、、」の系統で、田沼意次を題材に取って、田沼の改革に賭ける苦難と情熱を流れの中心に据え、真面目で真実味もある男「保之介」、旗本の息子仲間の親友で、世の中が見えすぎているものの信念はある男「信三郎」、かつての信三郎の恋人で保之介の女房となった自分の欲情に恥じることなく忠実な「その子」、実直に暮らしていくことのみを考えつつも、正義感から運命の悪戯によって、盗賊となり最後は殺される稲葉小僧(田舎小僧)、そして残されたおかみ。結局、正直に一生懸命生きたほとんどの者達が滅びの道を歩むか、辛苦を与えられ、安泰な人生を与えられることは例外ということになる。
 山本周五郎の現実を見る目は正鵠であり辛いが、人を見る目は限りなく優しいまなざしである。名作「樅の木は残った」に比べ荒削りではあるが、見逃せない作品である。
 なお、田沼親子を悪徳政治家とする史観に一石を投じたという解説もあったが、我々の世代では田沼は市場経済化を図ろうとした改革者というイメージがすでにあるので、「ふーん」と時代の差を感じた。池波正太郎の「剣客商売」でも良い人だしね。
栄花物語 (1953年)Amazon書評・レビュー:栄花物語 (1953年)より
B000JBA5IC

スポンサードリンク

  



12>>
新規レビューを書く⇒みなさんの感想をお待ちしております!!