遠い山なみの光
評判
遠い山なみの光の評価:
3.92/5点 レビュー 119件。 D ランク
Amazonレビュー一覧
Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全120件 21〜40 2/6ページ
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遠い山なみの光の評価:
3.92/5点 レビュー 119件。 D ランク
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覚えた。
本書はイシグロが五歳のときの記憶を封印したまま、大人になって「母語としての英語」でその記
憶を留めるために書かれた。普通の日本人は、成長とともにその記憶が「上書き」されるから、日
本人が日本語で書いた小説が英訳される場合と一線を画して、英国人にとって、日本人の自殺願望
があるという「ステレオタイプ」が見事に解消されている。
イシグロ本人は、初期長崎2作のあと、『日の名残り』において、プルーストに寝覚めたことが、
その後の『充たされざる者』、『わたしたちが孤児だったころ』、『わたしを離さないで』に至っ
て、もはやイシグロのトレードマークとさえ言われる”信頼のおけない語り手”手法を駆使すること
によって、ノーベル賞受賞に至ったとわたしは考えていた。
『忘れられた巨人』、『クララとお日さま』で、イシグロの作品は文学と言うより、哲学作品の様
相を呈してきたと思う。例えば第二次世界大戦後は日本人にとって「深刻なパラダイムシフト」を
迫られることで、未だに混乱している日本人は多いが、イシグロの場合は過去を深刻に後悔し、絶
望と困惑に沈むだけではなく(無論日本人が反省しないと糾弾するのでもなく)、そこから希望の
光を見出そうとする。尤もそれ(=イシグロの根底にある「平和志向」)は、明るいというよりは、
薄暗がりの作風ではある。
映画では『生きる』のリメイクと同様、イシグロが総合プロデュースしているから、本作の場合、
イシグロが『青い山なみの光』をもしリライトするか、手を加えてより完成に近づけようとする
なら、”こうなる”と考えてのイシグロの「答え」であるように思われた。
イシグロは多くの人がカフカ的だとか、プルースト的だとか言うが、わたしは彼らを超えていると
さえ言えると思う。
今回、本作を日本語訳で読んでみて、本作の映画が原作と大きく違うことはなかった。尤も原作で
は当然長崎でのエピソードの方がイギリスでのエピソードより多く書かれており、映画ではむしろ
「逆」に描かれているのは、興行成績を思えば自然なことであろう。
初めて日本語訳を読んで、訳者の卓越した「異化翻訳」の手法に感動した。例えば、日本語では
「~ところ」という。小野寺氏はそれを「~とこ」というふうに、正統英語風をそのまま日本語に
「同化翻訳」するのではなく、あえて「異化翻訳」の技巧を用いている。日本人は、同化翻訳こそ
「翻訳の王道」と考える人が多いと思うが、ここは日本人が今日日常的に用いる日本語表現通りに、
正統英語を今日的な現代日本語に合うよう「異化翻訳」されたのに唸ってしまう。
(日本人が「自然に」日本語を読める。)
また小野寺氏は人名をイギリス人原作らしく、カタカナ表現にしようとお考えだったようだが、イ
シグロ氏から「ある人名の”漢字”に、ある漢字だけは使ってほしくない」と突然の注文があったら
しい。小野寺氏はその時点で、イシグロ氏の頭の中に「漢字がある」と察して、想像たくましく漢
字名を当てられたそうである。翻訳レベルの高さをも味わうことができて、大変幸せな読書のひと
ときでもあった。