色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

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評判

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年の評価:

3.41/5点 レビュー 1,022件。 B ランク

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平均点3.41pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全1,024件 981〜1,000 50/52ページ
No.44
(1pt)

読まずにすませろ(笑)!

3月中に、題名が発表になり、題名を見て、「巡礼の年」という言葉に大変想像力を刺激された。本書の中でも言及されていたが、リストの「巡礼の年」を思い出したし、本書ではなんのほのめかしもなかったが、リルケの詩「巡礼の巻」を連想したからだ。しかも「巡礼」→十字軍という事柄さえ思い浮かべたが、そういう高尚なものとはまったく無縁で、著者には、そのような教養、古典の下地(したじ)もないようだった。

 簡単に言えば、本書は、"毎度の"ストーリーのみでできあがっている(400字詰原稿用紙換算、700枚前後)。

 主人公、多崎つくるが、大学の2年に、高校時代からの親友4人から、理由を明かされないまま絶交を言い渡され、死を考える。そんななか、後輩の男と知り合い、リストの「巡礼の年」と、それにまつわるエピソードを知る。以上のような経歴を、小説の現在である時間の恋人に語って聞かせ、彼女の勧めと協力で、なぜ多崎が4人の友人に絶交されたかを探っていく。あいだにはさまれる、「行方不明」「殺人」。推理小説のようには、犯人も理由も明かされない。それは、あくまで、物語をミステリアスにするための装飾である。
 ちなみに、高校時代の4人の親友の名前が、白、黒、赤、青、という文字が名字に入っているが、これは、中国神話の四神で、司っている東西南北を表す色である。これは、小説(庄司薫とか(笑))やゲームなどに、結構使われている。そして本書では、やはり思わせぶりの装飾の域を出ていない。

 小説が文学であるためには、それが事実であるかどうかという意味ではなく、リアリティというものが必要である。また、エンターテインメントであるためには、該博な知識が必要になってくる。本著者のように、ただ感覚的なものだけで押していくと、なにを語っても抽象的になり、数作はそれでもいいかもしれないが、やがて、自己模倣の隘路へと入り込んでいく。日本の文壇からは完全に無視されている著者であるが、ただバカ売れしている書き手に対する嫉妬からだけとも言い得ない。このような「お話」は、文学とは言えない。ただそれだけである。
 それにしても、大学生にもなって、高校時代の仲間に絶交されただけで、死を考え、結局それを実行できない人物というのは、昨今、追い詰められて、どんどん死んでしまう小中学生が存在する現実に対して、どうなんでしょう? 著者はニュースすら見ていないのかもしれないと勘ぐってしまう。

 綿矢りさは、十代で女子高校生の世界を描き注目されたが、十年経った今も、女子高校生の世界を描いている。このぶんで行けば、十年後も描いているかもしれない。同様に、とうに還暦すぎた村上春樹が、いまだ、高校時代の人間関係で傷つき死を考える青年を描いているのを見ると、これは、70歳になっても、こういう世界を描き続けるのかな、と人ごとながら思う。まあ、行けるところまで行ってください(合掌)。次は、どのような興味深い題名でも、Amazonで予約をしてしまうという愚は犯さないようにしますから。
色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 Amazon書評・レビュー: 色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年より
4163821104
No.43
(3pt)

純文学なのかエンタメなのか、はっきりせず

主人公・多崎つくるくんとは同い年、
村上春樹さんの作品は二十歳のころに読んだ
「ノルウェイの森」以来。
つまりファンではない一般読者です。

学生時代、親友たちから突如絶縁されたつくるが
新しい恋人の助言で旧友たちと再会し、
真相を突き止めながら再生へと向かう話でした。

友人たちとの会話は大変読みやすく、
喪失と再生のニュアンスも文章からじんわり伝わります。

ただ、生と死に関する文章は哲学的で
よくわからず、モヤモヤします。

村上さんのファンの方はいままでで
一番読みやすいとおっしゃいましたが、
軽く読めるところと難解なパートが交互にあり、
ちょっと戸惑いました。

著者名を伏せて純粋に物語に触れたとしたら、
普通というか。絶賛でも酷評でもない、中間。
自分がストーリーテリングの劇的なものに
慣れすぎてしまったからかもしれません。

もしくは、作者や作品の話題性が大きすぎて
純粋には作品に入り込めていないかも。
色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 Amazon書評・レビュー: 色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年より
4163821104
No.42
(2pt)

過ぎてゆく若い日

『1Q84』以外の小説は一通り(中には複数回読み返した作品も)読んでいる、なんちゃってハルキストです。
※『1Q84』は手に取らなかったのではなくて、私には全く合わなくてかなり前半部分で挫折してしまいました。

『1Q84』で自分の中の春樹さんは「終焉」でしたが、今回も「挑戦」し、敗北。題名からかなり不安でしたが。
読後感はよろしくありません。謎解き、という程でもなくて、何となくモヤモヤした感じでずるずるいく感じかな。

舞台が名古屋である必要はありませんでした。素直に東京近郊でよかったのでは。「名古屋感」出てないし。
あと「友人になりたいな」「好きになりそうだな」という登場人物も特にいませんでした。魅力がないのですね。

全体的に「くどいヤツ」ばかり出て来ます。善だとか悪だとか以前に、皆が皆、鬱陶しい感じで「う〜む」と唸り。
月影の如き喪失感を描きたかったのか。紅蓮の如き情熱や欲望を描きたかったのか。鼠や羊もいないしな。

「若い日は秒殺で過ぎてゆくのだな」と感じました。春樹さんは勿論、読者の己も年を重ねているわけで(当然)。
老獪、熟練の「技」はあるのだろうけれども、贅肉が付き過ぎか。もうヒリヒリする様な「若さ」は描けないのでは。

『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド(1985年)』が個人的に一番好みの作品でした。本作はストレス。
もう私も「卒業」の時期なのかも。あとは音楽だとか旅だとか走ることだとかのエッセイ系を期待して読みます。
色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 Amazon書評・レビュー: 色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年より
4163821104
No.41
(1pt)

村上さんは二十歳のまま

村上春樹は私にとって、一度深く愛し、その後決別した作家だ。
青春時代に愛した村上さんは、社会に出てからも付き合い続けるにはあまりに脆弱すぎたのだ。

今回、この本を読んでみたのは友達に触発されたからだが、はっきり言うと村上さんはある年齢で成長を止めてしまったんだなぁ、という、決別したときと同じ思いしか感じなかった。
また、この内容なら、もう少し簡潔にできたはずでは、とも思った。心理描写が少ないのにこの量は少し冗長すぎる。
(逆に、心理描写を付け加え、作品中のすべての伏線を回収しようと思ったら、二冊構成ぐらいにしないとおさまらないだろう)

村上さんは、イニシエーション以前〜イニシエーションまでを描くのは恐ろしく巧い(と感じさせる)が、イニシエーション後については、彼は描かない。イニシエーション後が彼にとって未知の世界だから描けない、なのか、自分のイニシエーション後観を不特定多数の他者に見せたくないから描かない、なのか、どちらかわからないけれど。

しかし、今後も、イニシエーション後を描け(か)ない作家で居続けるのであれば、彼はノーベル文学賞を取ることなどできないだろう。
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4163821104
No.40
(3pt)

良くも悪くも期待を裏切らない作品でした

物語自体はシンプルで文章も難解ではなく、すんなりと読み進めることができます。
村上春樹ブランドに恥じない丁寧に磨かれた文体で、印象に残る言い回しもいくつかあります。
基本となる物語は誰もが体験しうる内容で、大なり小なり共感できる部分があると思います。

高校の頃の親密な友人グループからの締め出し、昔とは決定的に変わってしまい元には戻れない関係。
本当の自分を解放するための行動。
作者の過去の作品「国境の南、太陽の西」や、他の作品に出てくる喪失感のようなようなものを今回も感じとる事ができます。

不満な点もいくつかあります。

まず、全てを明瞭に語ることなく読者の想像にゆだねるような結末。(これについては、読む前からある程度覚悟はしていましたが。)

次に、自分は主人公の年齢に近い37歳ですが、出てくるアイテムに少し違和感を覚えました。
ラップトップパソコン?ブルックス・ブラザーズ?エルヴィス・プレスリー?
作者が自分たちの年代に擦り合わせきれていないのか、意図的に配置しているのかはわかりませんが、
そのようなアイテムが出てくるたびに自分達の年代の話ではなく、もう少し上の世代の話を聞いている気分になりました。

さらに、これは「1Q84」を読んだ時にも感じたのですが、終わり方が少しくどい印象を受けました。
個人的には後半の数ページは省いても良かったと思います。
(素人が一度読んだだけでの感想ですので、全くの見当外れであったらお許しください)

最近の村上春樹氏の作品には、昔の作品にあったような強烈な中毒性が薄らいでいるように感じられるのが少し残念です。
でもこれは作品のせいじゃなく、自分が変わったからかもしれせん。
村上春樹氏の作品を読んだことのない若い人には響く可能性もあります。
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4163821104
No.39
(3pt)

むしろ凡作!

続編があるかもしれないのでそちらに期待すべきかも・・・・・
 沙羅にフラれたつくる君の死への葛藤がみられるかも・・・・・

 「ノルウェイの森」の延長線上にある「射精小説」かも・・・・・・ 

 36歳にもなったええ男が「なんやねん!」って感じのつくる君だけど、本書を英訳するときにJay Rubinさんのような翻訳者は4人のカラフルメンバーのネーミングをどう訳すのかなって気がした。まず、これが最初の印象。赤松はRedpineか?青海はBluesea!わっ綺麗。白根がWhiterootだとどうもピンとこないし、黒埜はBlacksand-beachならハワイっぽいな。アローハ!

 「巡礼の年」から想像するに、当初、宗教的なものだなって思った読者にとっては、サプライズな感じ、みたいだったな。でもこれが今回のメインな音楽。

 またまた今回もお食事シーンがいろいろと出てくる(ホーム・ドラマでもないし・・・・)。中央線新宿発松本行きの特急が午後9時ちょうど、時間通りに発車していったのを確認してから近くのレストランに入ったつくる君。ミートローフとポテトサラダを注文するのはいい。半分残すのもいい。で、その半分残した理由が「ただ食欲がなかったのだ。」って、なんでやねん!食欲がなかったなら、レストランに入るなっちゅうの。

 無理に文春に義理立てすることもなかったのに・・・・・。もっと時間かけて、いいもの書けばよかったのに・・・・・。
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4163821104
No.38
(4pt)

実感させてくれます。世の中には実に沢山の人が生活しており、その「沢山の人」は代替不能

氏の作品は全て読んでいるファンですが、できるだけ冷静にレビューを書こうと思います。いくらかネタバレを含みます。

読後感は「国境の南、太陽の西」に似ています。つまり、切ない終わり方であり、明快な解決は与えられないんだけど、主人公がひとつの哀しみを通り過ぎて、それでも尚も生きつづけているという体温みたいなものが、確実に伝わってきたということです。

構成や展開に奇想天外な要素はないし、度肝を抜くような仕掛けはなく、氏の系譜のなかでは寧ろ異端の、静やかなリアリズム作品ということができるかもしれません。ただ、そのように構成なり題材なり手法なりが静やかであるからといって、読み手の心が「静やか」なままであるとは限りません。主人公の切なさに感応してしまった、自分の物語のように感じてしまったという点では、少なくとも私にとって、この作品は近年のベストです。

思想やメッセージ(時には結論さえも)が、かなり直接的に語られ、思わせぶりな部分が少なく、恐らくは文学作品を読まない層に向けて書かれている点は、好き嫌いが分かれると思います。こんなのは(高尚な)文学じゃないと切り捨ててしまうかも人もいるだろうし、励ましをストレートに受け取って涙を流す人もいるに違いありません。個人的には「人はまず駅を作らなくてはならない(駅にならなくてはならない)」という比喩が、とても素敵だと思いました。つまり、相手がどう出るにせよ、環境がどうであるにせよ、迎え入れるだけの準備は(まず自分から)始めなければというメッセージです。

それにしても「世の中には実に沢山の人が生活している」ということと、「その沢山の人は代替不能の個人から成っている」ということを、かくもリアルに実感させてくれる小説というのは、本当に尊いと思います。新宿駅の描写など、特にそう感じさえましたし、主人公や幼なじみが大人への階段を辿っていく様、慈善と偽善の間を揺れつつ過去に惹かれながらも、否応なく歩みを進んでいく様子は、誰の人生にも多かれ少なかれ重なってくるのではないかと思います。

減点要素もあります。主人公が、もしかしたら自分は気付かぬうちに、別の自分の手によって何かを殺したり損なっているかもしれないと考察する場面です。これは「海辺のカフカ」でも扱われた命題で、その焼き直しであると思われますし、むしろ「カフカ」よりも踏み込みが浅いです。いくつか「この手の考察は、過去の作品の主人公もしてたけど、彼ら(彼女ら)のほうが熟考してたんじゃないかな」と思わせる点がありました。

それでもなお、私が評価を4とするのは、氏が直接的に、真っ直ぐに、主人公を励まそう、それによって読み手を元気づけようとしているように感じたからです。難解なもの、入り組んだもの、複雑怪奇なものを書こうと思えば書ける作者が、あえてストレートにものを書くと、かくも温かな世界が広がるのかという感動がありました。少なくとも私は、主人公と「巡礼」をして良かったと思っています。
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4163821104
No.37
(2pt)

やっぱり村上春樹って上手いですね!

本作は、よくも悪くも「村上春樹ワールド」炸裂!、といった印象を受けました。熱烈なハルキストの人にはたまらない一冊になるのではないでしょうか?

個人的にはあまり心にぐっとくるものはなかったのですが、この人は、ストーリーテラー・流行作家として本当に上手い人だな、というのは感じます。

今回の作品もマスコミの報道などが過熱することに比例して、驚くほど売れるのでしょうが、これがノーベル文学賞か?と言われると、正直それはないだろうなと思います。
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4163821104
No.36
(3pt)

期待してましたが、これは・・

初レビューです。25年位前からファンで、これまでの春樹さんの小説は多分全部読んでて、本棚は春樹さんの本ばかりで、無条件に春樹さんの文章や表現に感動し、受け入れてきました。春樹さんの本を読むと、翌日学校や会社に行けなくなるくらい、物語に「インヴォルブ」されてきました。
この本も、発売日に買って、とても楽しみにして読みました。
で、読後の感想なんですが、うーん。。
これ、確かに春樹さんらしい表現や文章がいっぱい詰まってるけど、正直、昔読んだことのあるモチーフばかりというか、既視感が半端ないのと、登場人物の描写が(名前に特徴がある以外は)あまりにステレオタイプで薄っぺらいので、正直誰にも感情移入できず、感動できませんでした。ごめんなさい。。(「スプートニクの恋人」も既視感あったけど、登場人物がたまらなく魅力的でした)
本当に、春樹さんが、何も計画せずに、思いつくまま、自分の筆のおもむくままに書かれたのではないかなあという気がします。
これ、もし春樹さんの本だと言わずに世に出ていたら、凡庸な評価しか得られないのでは??
これがベストセラーって、日本の文学のレベルって、どうなの?ノーベル文学賞って何?とまで思ってしまいました。。
文体すら段落ごとにばらばらで、統一されていないような(出版社が変わって、校正の考え方が変わった?)。。
ただ、主人公が自分のことを「おれ」と言ったり(新鮮でした)、今までにない新鮮な表現にも挑戦されています。
そういう意味では、春樹さんの現在地を確認する、という意味で、ファンは読む価値があると思いますので、星は3つです。。
これ、僕が気づいていないだけで、春樹さんのことだから、きっと、考えがあってのことなんだろうな(と思いたい)。。
あまりに肩すかしだったので、もう一回読んでみます。。次回作に期待かな。。
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4163821104
No.35
(3pt)

ハルキストは、これで満足だろうか?

私は、殆ど村上春樹の小説を読んだことがない。所謂、ハルキストではない。ふだんから、そんなに小説を読む方ではない。
しかし、根がミーハーなので、つい、購入して、一気に読んでしまった。
この小説は、決してよみにくくはない。次から次へと読み進めることができる。小説の世界に感情移入しにくい私も
読めてしまったくらいである。
この小説を読んだ後、これが期待通りの秀作かと聞かれると、色々と疑問点が数多くある。
はたして、現代の36歳の男性は、このような話し方、考え方をするのだろうか。
会話の内容が極めて洗練されており、知的であるが、果たして?
登場人物の会話も知的で、所謂、「おしゃれ」である。かっこいい、のである。
果たして、リアリズムは?
等々。
他に、この小説の物語についても、不満が残る。ラストは、あれで良いの?
期待をしていたのに。そのラストは、読者のそうぞうりょくにまかせる、というものなのか?
ただ、村上春樹の小説の特徴だと言われているのかもしれませんが、「言葉の力」のようなものは
よんでいて、ひしひしと感じていた。読んで、数時間たったいまでも、何か頭に残っているような気分である。
とにかく、良い意味でも悪い意味でも「大人の小説」であろう。
このレビューのように、評価は二分されるだろう。
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4163821104
No.34
(1pt)

駄作やね。

1Q84もアホらしく、読み続けるのが辛くて、3巻の途中で何年も過ごしている。再度アタックをかけるんだけど、やっぱりダメ。その間に他の小説は何冊も何冊も読破。そんな状況下で、馬鹿な奴だと思いながら、新作に手をだしてしまった。本当に馬鹿。やめればよかった。今回もひどい。作家名がわからなかったら、誰も買わないし、見向きもしない。商売が上手やね。次は本の売り方の指南書を書いたらどうでしょうか。とにかく、後悔の嵐。ほんと、私は馬鹿です。誰かが言ってたよね。それぞれの作品はピースの一部分であるとね。そして、それぞれに意味があるとね。すべて埋まったとき、わかるんだよね。そうだったよね。詭弁家さん。もう、力がないんだ。やっと、理解した。おわり。
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4163821104
No.33
(5pt)

村上春樹らしい作風健在

村上春樹もつくづく不運だと思う。読んでもいない批判論者にレビューを書き込まれて。まあ文学界では異端児だし、メディアに勝手に持ち上げられ目立つしで敵も多い。

これまで大抵の村上春樹の作品を読んできましたが、読むのが苦痛だった1Q84とは一転、本作は非常に読みやすく、村上春樹らしさを取り戻したのではないか。一方、登場人物に関する描写は少なく、かつキャラクターの魅力も薄く感じる。読了後の満足度も他の作品と比べても多いとは言えない。他の方が指摘するような違和感や、これまでのような現実世界と少し離れた世界との織りなす物語も少ない。

しかし一度読めば、お馬鹿な酷評レビュアーがいかに“読まずして必死に書き込んでいるか”が分かります。どこの関係者なのか、いくらもらってるのか甚だ疑問です。
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4163821104
No.32
(3pt)

うーむ、村上春樹には違いないが、ミステリアスな部分が薄いかな。

冒頭から、村上春樹ワールド炸裂で、ああ、やっぱり
村上春樹だ(意味不明)と納得する一冊。

考えや思いが、時間を前後して登場したり
短いフレーズの比喩が複雑な気持ちを鮮明に
表現していたり、洋書のような単語を使ったり、
クラッシック曲の蘊蓄があったり。

だが、ファンタジックな、というかミステリアスな
部分が陰を潜め、リアルな空間を作っているところが、
良くもあり、悪くもあると思った。
あまり、冒険をしなかった作品ではないか。
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4163821104
No.31
(4pt)

春樹は無条件購入

僕は村上春樹に期待しすぎているのかもしれない...
ノルウェイや世界の終わりのような感動はもう得られないのか
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4163821104
No.30
(4pt)

なんとなく、夏目漱石の「こころ」を現代に翻案したような

読みやすかったです。

なんとなく、昔読んだ夏目漱石の「こころ」に似ているような感じがしました。(あくまでも個人的印象です。)

舞台が現代なので、登場人物やその人間関係は、より現代的状況を反映したものになっていますが。

Facebookなどが出てくる割に、つくるの設計技師としての日常やその背景には、現代の鉄道(駅舎)設計のリアリティやディテールが希薄で、それが共感を薄くしましたが、これが春樹的世界なのかもしれません。
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No.29
(3pt)

自分の記憶を隠すのではなく、記憶と対面し、選択をすることを教えてくれる物語

とても完璧な調和関係にあった友人4人から大学時代に絶交を告げられ、心に傷を負って臆病になった主人公。その主人公が、36歳になった今、彼女の勧めで過去の友人たちと再会し、なぜ自分が拒絶されたのか、理由を探っていく物語。

『1Q84』ほどの大仕掛けのミステリーや計算されたプロットはない。したがって、『1Q84』と比較すると、壮大さや迫力には欠ける。ストーリー性(物語性)については、『1Q84』の方が遥かに上である。

『1Q84』がグランドデザインのある、非常にマクロ的な作品だとするなら、本作は過去の友人たちと自分の彼女という、非常に小さな半径の円の中の物語、小さなミクロ的な作品である。

 性夢の中での3Pなど、また評論家から「村上春樹はセックスばかり描いている」と批判されそうなシーンがあるけれど、ぼくは批判に値するとは思わない。注意深く読めば、描かれているセックスが、セックスであるだけでなく、それ以外のものを象徴していることが見えてくるはずだ。

 読み解くためのキーワードは、「限定的」「完璧な調和」「五角形」「五本指」「六本指」「枠」「記憶」「歴史」「性的関心」「性夢」「シロとクロ」「グレー」「悪霊」「選択と本物の人生」。

 4人の友人に名字には、色がついている。

・赤松慶……男性。高校時代の友人。通称、アカ。
・青海悦夫……男性。高校時代の友人。通称、アオ。
・白根柚木……女性。美人。高校時代の友人。通称、シロ。
・黒埜恵理・黒埜恵理……女性。巨乳。高校時代の友人。通称、クロ。

 4人はみな、個性のある、いわば色のある存在たち。対して主人公の名前「多崎つくる」には、色がない。タイトルの「色彩を持たない多崎つくる」とは、そういう意味。

 多崎つくるは、自分には色彩がない、自分は空っぽの容器だと感じている。そのせいか、全的に異性に対面するということがなく、第三者的なポジションにいて恋愛やセックスをするという形をつづけてしまっている。
 
 その多崎つくるが、彼女の助言によって過去と対峙し、そのことで自分の3つの問題をクリアーしていく――そういう物語だ。

 多崎つくるは、20歳の時に自分が拒絶された記憶に蓋をして、思い出さないように、あるいは人に話さないようにしている。ある意味、枠の中にとどまろうとしている。それに対して、今の彼女は言う。

「記憶を隠せても、それがもたらした歴史を消すことはできない」

 カバーをめくると、英語のタイトルが書いてある。
 Coloress Tsukuru Tazaki and His Years of Pilgrimage。「巡礼の年」は「Years of Pilgrimage」と複数形になっている。
 
 巡礼とは、完璧な調和関係だった5人の一体感から抜けて、再び友人たちと対面し、自分を見つめなおしていくまでの16年を意味しているのだろう。
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No.28
(3pt)

過去に向き合うこと、今を生きること

ニュートラルな文体に、村上春樹の長編には珍しくリアルにありそうな(あるいはなくもなさそうな)プロ
ットで、読んでいるうちはなんというか随分とオーソドックスな探偵小説のような印象を受けました。
章の末尾の引きも強いですし。

作中には色んな謎が出てきますが、多くは解明されません。あるいは「え?そんなもん?」と拍子抜けする
ような答えであったり、解明のされ方をすることも多いです。

むしろこの小説は、1人のなんでもない男が、なんだかよくわからないもの、自分のあずかり知らないもの
たちに翻弄され、それでもなんとか強く生きようと決心し、行動し、その結果以前居た場所とは違うところ
にたどり着く、という「流れ」が大事なのであって、そこでは謎がなんなのか、答えがなんなのかは、副次
的で交換可能なものでしかないという気もしました。
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4163821104
No.27
(5pt)

“1Q84の続編”、そして“村上春樹による村上春樹論”

『1Q84』で回答が提示されなかった“天吾の母親はなぜ死んだのか?”という謎。そして、天吾にとっての“母親はどこに行ったのか?”(実は絞殺されていたのだが)という謎の回答を、村上さんは、この物語の力を使って導き出した。

この小説を読み終えたあと、僕はまずそう思った。

村上さん自身が『1Q84』執筆後、それらの謎を解決させて読者に伝えなければ、と頭の片隅で思っていたのだろう。
だって、シロとの性交シーン(ふかえりとのシーンと同じだ)や『トークン』(これはリトル・ピープルと同義だ)という、
あんなわかりやすい場面や例えを、村上さんが意味もなく持ち出すはずがないから。

なので、「それは突飛な意見だ」と言う方もおられるかもしれないが、
僕はこの小説を『1Q84』の続編だと思っている。

そしてそれと同時に、
この小説は、村上春樹による村上春樹論だとも思っている。

というのは、まだ巧く言葉にできないけれど、この小説を読んでいるとき、
なぜか僕は、村上作品のキャラクターたちの顔や声が鮮明に蘇ってきたからだ。

たぶん、これは僕だけじゃない。
きっと、同じことを思った村上春樹ファンでは多いはずだ。

『羊をめぐる冒険』で羊にとりつかれて自殺をした鼠。
『ねじまき鳥クロニクル』で奥さんを取り戻そうとしている岡田亨。
『海辺のカフカ』で起きたら血だらけになっていたカフカくん。
『1Q84』で自分の名前をひどく気にしている青豆。

この小説のページをめくるたびに、みんなが次々に脳裏を横切り、次々に言葉を発していった。

発せられた彼らの声は方向や高さを合わせ、徐々にしかし確実に
この物語が導き出そうとする回答へと集約していった。

だから、僕はこの小説を読んでいるあいだ、すごく懐かしい気持ちになった。

なんていったって、鼠やカフカ君にまた逢えるのは、
たとえそれが頭の中であれ、ファンにとって、とてもとても嬉しいことだから。

そんな風にして村上作品の過去の登場人物に出会うしかけ(のようなもの)を
村上さんが創り出したのなら、この作品には、村上春樹による村上春樹論的な要素が含まれているかもしれない。
そしてそれは、村上作品の総まとめということもいえるのかもしれない。つまり、僕はそう思ったわけだ。

で、だからこそというべきか、
僕は、この小説を読んでいるときも、読み終わったときも、懐かしいと思うと同時にひどく哀しい気持ちになった。

もう村上さんは多くの作品を世に残すことができないんじゃないか。
もしかすると死期が近づいてるのでは。
そんな風に訝ってしまった。もちろん勝手な想像だけど。

ともかく、村上さんは、マイルズ・デイビスとは違った人生終盤の歩み方をしている。
ドストエフスキーとも違う。

次の作品は、おそらく短篇集になると思うけど、
楽しみに待っていよう。
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4163821104
No.26
(2pt)

何か凄いものがあるように見えて……

この人の作品を読んでいて毎回、思うのですが、謎が謎のまま終わってしまう。もしくは、あいまいなまま終わってしまう。
何かあるように見せて読者を引っ張る、その力はすごいです。でも、いつもたいしたものがない。
途中までは面白いが、最後まで読むと、何もこころに残らない。
エヴァンゲリオンや浦安直樹の漫画と同じ系統の作品のように思います。

今回の作品は読みやすかったですが、こんなにページ数を使ってまでやる内容ではないと思いました。
たぶん、西原理恵子が書いたら、三ページで終わるでしょう。

登場人物がみんな理屈っぽい。ぐだぐだ言いすぎ。モブキャラですら、小難しい理屈を語る語る。
しかも、生まれも育ちも名古屋なのに、みんな標準語。

今回、半分までは夢中になって読みました。三分の二を過ぎた辺りから、またいつものパターンじゃないだろうか、
何かあるように見せて、実は何もないパターンじゃないだろうかと危惧しはじめ、
五分の四あたりで、がっかりして読む気が失せました。
いちおうは最後まで読みましたが、残念感がたっぷりです。
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4163821104
No.25
(1pt)

過去の作品のエキスを集めた感じ?

ノルウェイの森に、その後の長編のエッセンスを盛り込んだような感じ。(一部アンダーグラウンドやマラソン・水泳のエキスも1滴くらい入っている)
具体的に自分にわかったのは、「想像したことは現実に起こってなくても起こったのと同じ」みたいなあれ。あれをノルウェイの森の中に持ち込んだらこうなった、という感じ。あと、夢で性行為をするところはリトルピープルの出てくる作品の中で出てきた夢か現実かわからないみたいな、女子高生と交わるシーンと似てる。(私はこの一連の性行為シーンが気持ち悪くてダメです)
この子は直子、この人はレイコさん、この人ははつみさんの彼氏の人、もちろん主人公はワタナベ、みたいに過去の人物が容易に浮かび上がります。

「裏の顔」、「自分がシロを殺したのかもしれない」、灰田君が大学を中退して田舎に戻ったこと、これらは全部多崎氏の激悪なダークサイドにつながる扉だったと思うのですが、結局その極悪な裏の顔の解明は回避され、それどころか、シロは自分に殺されることを望んでいたのかも、うん、きっとそうだら〜そういうことにしとこう!と開き直った。さらにはシロに表されるような弱い人間、美しいが壊れやすいものは時として過酷な人生においては犠牲・生け贄になっても仕方なく、そういう役割を担う人間は必要とまで言っている。何に必要なのか、それは多崎のようなタフな人間が生き残って、人生を謳歌するためにだ。私にはそういうふうに読めた。これでは世の中のシロのような人たちにとってひどすぎないか?シロのようなものの側に偏って見てしまう自分が偽善的なのかもしれないし、おぼこいのかもしれない。だけど、シロや灰田君のような弱く美しいものが、多崎のような人間に殺されてもやむを得ない世界なんて私は嫌である。卵の側につくと言ったのは誰だった?
私も40年弱生きてきて、心の中で思ったり想像したことが、ものすごく遠回りして誰かの人生に悪い影響をもたらすのではないかという感覚は理解できるので、そういう考えに至った多崎にはもっとそこを追求してほしかった。自分の不作為や作為で友達が死んだのかもしれないと思ったなら、自分は何をするべきだったのか、追求してほしかった。

そういう追求もせずに、最後に多崎がカッチカチに勃起して沙羅とのセックスに成功してめでたしめでたしだったら、本当にこの作者に今後一切お金を落とすことはやめようと決めてよんだ。できれば最後に多崎が沙羅に完膚なきまでに振られ、(言葉は悪いですが)名実ともに死ねばいいのにと思った。
自分の想像した最低の結末は免れたが、当然ですよね。最低ラインですよね。
つるつるの、エロ小説から出てきたような女性キャラクターが「つくる、死ねばいいのに」と一言でも言ってくれればまだ溜飲も下がったかもしれない。でもそんなことは絶対に起こらない。それどころか深夜4時の多崎の電話にも喜んでホイホイ出て、さらに多崎を心配して電話して2度も無視されても怒りもしない。

この作者の本がごく一部のファンによって喜ばれているのなら全く健全な状況だと思うが、現実はそうではない。洗練された非常に手触りの良い子猫のような毛皮をかぶった本の中に悪魔がいる、と私は思う。弱い者、女性に理解を示すような言葉はいっぱい並んでいるけど、その裏の心は、そういうものをとても見下して、踏み台にすることに何ら罪悪感もないのが感じられる。そんな本がばかすか売れている。まさに洗練された商売そのものだと思う。私の感じ方がおかしいのだろうか。

これまで作者の本は出たら中も見ずに買うことを続けてきたが、もうやめようと思う。自分がお金を落とすことで、自分でも気付かないうちに一体何の片棒を担いでいるのか、よく考えなければだめだと、今回身にしみて思った。1700円はその対価だと思う。

私がこのように思ったことも、作者の考えによれば、私と作者をつなぐ地下水路があって、それを伝っていつか作者に伝わるのですよね。

あいかわらず比喩表現はうまく、ノーベル比喩賞があれば、まっさきに差し上げたらよろしいのではないかと思う。「つぶてのような硬そうな痰」には笑いました。デトロイトメタルシティという漫画のある1コマを思い出しました。
色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 Amazon書評・レビュー: 色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年より
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