色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

【この小説が収録されている参考書籍】

【この小説が載っている参考書籍】

評判

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年の評価:

3.41/5点 レビュー 1,022件。 B ランク

Amazon書評・レビュー点数毎のグラフです

平均点3.41pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全1,024件 901〜920 46/52ページ
No.124
(4pt)

つくるは好きだ

32歳、女です。 
今回の新作の発売で印象深かったのは、世間のミーハーな人たちがぜんぜん食いついていなかったことです。前作の1Q84の時は、村上春樹作品を読んだこともないような人が、ベストセラーだからとか、ノーベル賞候補だからとか、すごく売れてるからとか、意味深な出版社の売り方が目立っていてとにかく買ってみたとか、とりあえず買っとけば知的ぶれるとかいう輩が多かったと思います。そういう人たちは、途中で読むのを放棄した人が大半ではないでしょうか? 読んでも理解できない人が大半だと思います。村上作品は大衆文学ではない。読み捨てされるような作品ではありません。
ファンにとっては、とても個人的で大切な作品です。
 だから今回の売り方は、とても好感をもてました。一気に読みましたが、孤独感、人と深くかかわることで得られるものや失ってしまったこと、色を持つということなど、読後も心の中に残っています。
つくるの孤独感の描写がよかったです。以前、心の闇という言葉を簡単に使われたくないと、春樹氏が言っていらっしゃったと思いますが、不気味な闇を感じました。これは心の闇なのでしょうか?
主人公はとても好きです。村上作品らしい主人公です。春樹氏に似ているのか? わたしに似ているところもあるのかもしれない。

もう少し深く人物のことが知りたかったかなと思います。心に迫るフレーズ、感動が欲しかった。けれど、この読後感こそ春樹作品の醍醐味かもしれない。
別に、春樹氏は、わかりやすい感動や、お涙ちょうだいを狙っているわけではないのだから。春樹氏が伝えたいこととはなんだろう。
もしかしたら、この作品にメッセージはないのかもしれない。春樹氏が生み出した作品は、確かに私の心をゆさぶり、話の世界へと連れていった。そして読んだ後も、今も考えている。
それでいいと思う。


色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 Amazon書評・レビュー: 色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年より
4163821104
No.123
(5pt)

先入観を除けば、優れた小説と言える

『国境の南、太陽の西』や『ノルウェイの森』の路線に連なる、リアリズム小説で、おそらく『1Q84』で非リアリズム方向にかなり傾いた彼の意識を揺り戻すために書かれたような気もする。そういう意味では、初めて村上作品を読む人にとっては非常に読み易いかもしれないし、単純に感動して涙(過去作品で流し得る涙とは別種の)を流すような読者ありうる作品だろう。ただし、この本でファンになったところで『ねじ巻き鳥』で井戸に放り込まれて行き場を失うだろうが・・・。
確かに、初期4部作ファンも、ねじまき・世界の終わり・カフカ系統のファンも、期待を裏切られる形にはなるとは思うが、あくまでも小説は書かれた瞬間に小説家からは独立したものだとするのならば、この小説は優れた小説だと断言して良いと思う。
ただ、これだけ注目され、騒がれ、過去に大量の傑作があることによって、妙な先入観が入り、純粋に作品単体を評価できなくなっている読者は多いだろう。
しかし、少なくともこの小説で表現されていることは、3.11以降の日本、あるいはグローバル化・価値観が多様化し、混迷化する世界の中で我々自身の心に「駅(=ターミナル)」を「つくる」必要があるということだろう。少なくとも私はそう読んだ。
色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 Amazon書評・レビュー: 色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年より
4163821104
No.122
(5pt)

仏教世界への挑戦

しかし、これは不吉な作品である。
「1Q84」をbook3まで読んだとき、私は何故か三島由紀夫の「豊饒の海」が連想されてならなかった。したがって、もしbook4が発売されるならば、それは聖書的世界に、さらに日本性を強く打ちこんだものになるだろうとも思った。
その予感は、ある意味当たったと言えると思う。
現代日本に生きる我々は、仏教とキリスト教に挟み撃ちされて生きている。
・・・しかし、春樹氏の場合、(出生のためなのか?)理由はよくわからないけれども、
この作品で、無意識に仏教世界への回帰を果たしているように思える。
そこにはもはや、現代文学が問題とするビルドゥンスクと言ったような問題は、存在しないかのようにすら思える。
ただ、人は人として、ものはものとして、性は性としてそこにあるだけなのだった。
もし、読者が赤、青、白、黒、そして沙羅の仏教的意味合いを解読できないのであれば、この作品の面白さはわからないだろうと思う。
この作品は、ミステリーとしては不十分と言うか破綻しているけれども、そもそも日本において、ミステリーとはなんぞや?とすら思わせる「怪談」なのである。
が、ただよくない予感がするのは、才能に疲れたピアニスト緑川が、「あと1か月の命だ」とはっきり予告するくだりと、最後に沙羅に去られた(?)主人公が死を思うシーンである。
この「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」が、村上春樹のスワン・ソングとならないよう心から祈る。
色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 Amazon書評・レビュー: 色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年より
4163821104
No.121
(3pt)

ブックオフ逝き?

名古屋郊外の高校を卒業して一人東京の大学に進学して先日まで東京で暮らしていた40男でしたので
過剰な宣伝に踊らされてノルウェイ、ダンス3以来の読書をしてみました

因に先週まで藤沢周平、松本清張を読んでいました

いやぁー、相変わらずフワッとしてました
観念部分8割というかリアルと夢の能書きにゲンナリしました

このような者たちに身近感が無いのでセリフの物言いに始終違和感が
(リーガル・ハイSPを途中で挟んだせいもある?)

好きだっただの絞殺されただのレクサスは造語だの「ふぅ〜ん。で?」という印象で
自分が味わってきた過ぎし日の方がセレナーデになっています

文体というか展開が大正時代な感じで、大正時代の自己否定な鉄道設計士が主人公だと思わせます

しかし、大学後輩との微妙な関係とかありますが、100万部の方が読みますか
装丁の抽象性の通り万人受けは皆無と判断しますが

とりあえず今週の東野圭吾最新刊で口直ししたいと思います
色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 Amazon書評・レビュー: 色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年より
4163821104
No.120
(4pt)

欠落の回復を目指す旅の物語

大作と大作の間の「箸休め」のような作品である。
ここではノモンハンも出てこないし、
カルト教団も出てこない。
16年という時間の経過は描かれるが、
月が二つある世界は描かれず、
基本はリアリスティックな物語である。

「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」は、
できが悪くはないが、傑作というわけでもない。

ここには「風の歌を聴け」から今に至る、
欠落の回復を目指す旅、というモチーフが踏襲されている。
構造のシンプルさといい、
初期作品に帰った、と言ったほうがいいかもしれない。
何度も書かれた旅。
今回の旅も含めて、それを「巡礼」という言葉で語り直している、
という印象を受けた。

この小説には、
古い村上春樹ファンにとって、
ホッとさせるモチーフが数多く描かれる。
既視感が多い、
とも言える。
またかよ、
と言いたいような気もする。
しかし、
だからダメだ、とは思えないのだ。

村上春樹自身はどう思っているのだろう。

自己模倣だとは思っていないだろうか。

[・・・]
色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 Amazon書評・レビュー: 色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年より
4163821104
No.119
(3pt)

ピークを過ぎた感

作家は、晩年になって熟成し、ますます深みを増した傑作を生み出すタイプと、
やおら筆の勢いが落ちてしまい、急激に作品が色あせていくタイプとありますが…
忌憚のない意見を述べさせていただくと、この本書を手に取って感じたのは、
間違いなく後者でした。

村上春樹さんの本を、20代はじめより愛読し続けてきました。
近年は「昔のほうが面白かった」「登場人物から何から昔は勢いがあったのにな」
と、薄々感じてはいましたが、この本書でついに確信しました。

“村上春樹さんは終わった”と。

村上春樹さんの新作と聞けば、どうしても昔の栄光からつい読みたくなってしまいます。
そして買っては「あれ…なんか妙な方向に走ってるな」
と、違和感を覚えることの繰り返し。

しかし、それも今回で読み収めとなりそうです。

ダンスダンスダンス、ノルウェイの森、羊をめぐる冒険、ねじまき鳥などの小説、
そしてギリシャミコノス島での日々を書き連ねた、明るくユーモアの混じったエッセイ。
あの時代の村上春樹さんの作品は、もう今後は出てこないのでしょうね。

盛りを過ぎ、細々と消えゆく才能とは、なんと切ないものかと思います。
この作品から感じたのは、村上春樹さんの老いでした。

どんな作品であっても村上春樹さんそのものをリスペクトし、受け入れられるほどの器量。
または村上春樹さんと同じ目線、感性がなければ、
本書に対して拒絶反応の方が強いと思います。

全盛期の村上春樹さんの小説は、何度も読み返したくなります。
今でも何度も読み返します。

しかし、近年の村上春樹さんの作品は一度目を通したらもう充分。
読み返すことは全くありません。
そんな現実が切ないです。
色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 Amazon書評・レビュー: 色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年より
4163821104
No.118
(5pt)

おそらく最高傑作だろう

これまでの村上春樹の作品のなかで、最高傑作の1つだろうと思う。
読み進めながら、ときに『ノルウェイの森』や『ねじまき鳥』を読んだときの印象が思い起こされる。それから『ダンスダンスダンス』も。
彼の小説を読みながら、胸が熱くなったり、涙がこぼれそうになったりしたことは
あまりなかったように思う。けれども、この本はそんな感情を起こさせる。
主題は、「人生に生きる意味はあるか」だと思う。
それに対して村上春樹は、作品を通して「イエス」と言っている。
私にはそう思える。
久しぶりに何度か読み直したい本に出合った。
蛇足:このページ数の小説は通常1500円の値付けだが、1700円をつけたところに出版業界の今後が少し見える。
色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 Amazon書評・レビュー: 色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年より
4163821104
No.117
(2pt)

ピーマン本、カフカの物まねか

相変わらず思わせぶり的で、中身の薄い内容の作品で、世界的作家カフカとはレベルが違い過ぎます。作者は正業に就いた経験が無いために、本当の世の中を知らない方のようです。よって世間の確信部分が解っていないので絵空事しか描けないのです。作者は聞く所に拠ると、圧倒的に女性フアンが多い方だと聞いております。世間に長けている人には物足りない作品。但し、女性にこれだけ受ける才能は大したものです。
色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 Amazon書評・レビュー: 色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年より
4163821104
No.116
(4pt)

「心の整理がつかないまま放置されている思い出がある」大人へ

「心の整理がつかないまま放置されている思い出がある」人にオススメします!

主人公の多崎つくるは
仲の良い高校の友人4人からいきなり絶縁され傷ついた経験があり、
36歳になった現在、理由を確認するために、彼らを”巡礼する”物語です。
村上春樹はよく分からないと思っている方も多いかもしれませんが、
パラレルワールドや不思議な世界に向かわないので、とても読みやすい作品です。
私自身は海辺のカフカのような作品が好きなので☆を-1しました。

社会生活は問題ないものの、「心の整理がつかないまま放置されている思い出がある」ことは
決して遠い問題でなく、だからこそ、誰もが主人公の心に引き込ます。
そして、過去の友人と会い、心の整理をしていく過程を読み進めると、
今をがむしゃらに生きるだけでなく、時に立ち止まって対話することの重要さを感じます。
私自身、今だからこそ話せることがありそうな気がして、
読んだ後、意味もなく、高校時代の友達に電話してしまいました。

ちなみに、タイトルに入っている「巡礼の年」は
作品のモチーフに使われている、リストのピアノ曲のタイトルです。
とても旋律が美しい曲なので、本と併せて、オススメします☆
色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 Amazon書評・レビュー: 色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年より
4163821104
No.115
(5pt)

共感出来る点がいくつあるか

村上春樹作品は20年程前に初めて読み(その際、私は19歳で2つ年上のガールフレンドから羊をめぐる冒険を進められ、貸してもらったのが始まりでした。)以来、全ての作品を読ませていただいています。

今回の作品もそうですが、過去の作品も含めて言えること。それはどれだけ共感出来る(自分と重ね合わせる)部分があるかにより随分と作品のニュアンスが変化し、言葉の読み取り方、感じ方が変わってくると言うことです。

今回の作品に関して評価が分かれている様ですが、『つまらない、駄作』と思われた方は恐らくある意味で平穏無事な生活(それをつまらない人生とまでは言いませんが)を送られている幸福な方々なのだと感じます。

この作品の中に自分の分身である部分を見付け、過去や未来の自分(主に過去との対比になると思いますが)と重ね合わせながら読んで行けた方の評価は自ずと高評価になるのは当然だと思います。私を含め、その方々が波乱万丈で不幸な人生を送っているかと言われれば、それはそのポイントによって感じ方は変わりますよね。

一度読んだ作品を5年後、10年後にもう一度読んでみると評価は変化します。それは村上春樹作品ではないどの小説にも起こり得ますが、この作品は特にその色が濃いのだと皆様の評価を拝見し、面白く感じました。
色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 Amazon書評・レビュー: 色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年より
4163821104
No.114
(4pt)

good, but...

他の方が仰っているように、ある意味村上氏のこれまでの仕事のラップアップみたいな感じを抱きます。最近の長編化傾向に若干面倒さを感じていたところですし、私は好感持ちました。他方、大事な人を失い、再度生きることを立て直すという、青春期的で明確な喪失感と再生の物語だけではなく、高村薫氏的な、中年が磨り減っていく喪失感や、再生もへったくれもない袋小路感を、この村上氏が書き始めたらどんな作品になるのだろうという期待も、読者になって25年、そろそろしてしまいます。
色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 Amazon書評・レビュー: 色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年より
4163821104
No.113
(4pt)

これまでのモチ−フの集大成

真空とはなにもない状態ではなく、その物理系の最低エネルギー状態として定義される。たとえば電子と陽電子が生成と消滅を繰り返している状態。村上春樹の小説の主人公はいつも真空をかかえて登場します。からっぽに見える人格は真空よりもエネルギ−準位の高いどんな外界のエネルギ−も吸収してしまう。自分では気づかず人々の尖った余計なものを吸収する、人々になにか安心感を与える、ように登場してくる。今回の主人公「つくる」もその一人である。そして、真空が壊れて別のなにかに満たされることができるかどうか、という甦生の物語である。「色彩を持たない、多崎つくると、彼の巡礼の年」。
  いつものように、スリリングな暗喩の数々がはじめから炸裂している。「壁にもたれて死について、あるいは生の欠落について思いを巡らせた。彼の前には暗い闇が大きく口を開け、地球の芯にまでまっすぐ通じていた。・・聞こえるのは鼓膜を圧迫する深い沈黙たった。」 なにかが真空の中にしのびよりそのエネルギ−バランスを壊し始めた。
  真空の別名でしょうか、深くて遠い疎外感、を補強するための挿話がこの小説でも語られる。人々のもつ色を見分ける能力をもつ人たち、昔主人公の友人だった人たちの現在、娯楽映画MATRIXの有名な言葉のパロディ。"Welcome to the real world"、リアルワ−ルド、リアルライフとはなにか?
  この小説を引っ張る音楽は今回はリストの巡礼の年第一年スイス。前作で小説のリズムを刻んだヤナ−チェクのシンフォニエッタは小説1Q84の販売とともに店頭からCDが消えたという。今回もそうでしょう。ベルマン演奏。
  P343、「あるとき」は「あのとき」の誤植ではないでしようか? そうならば クライマッスでの一文字の誤植は興ざめ。総じて、村上春樹のこれまでのモチ−フの集大成です。
色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 Amazon書評・レビュー: 色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年より
4163821104
No.112
(2pt)

ハルキスト達が朝一で書店にならぶお馴染みの小説

タイトルの色彩を持たない〜ってのが面白い謎になっていると発売日前にテレビの女子アナウンサーが言っていた
どんなものだろうかとそこだけ(本体にそこだけ)期待したが実際は大したものではなかったので残念だった
なんか業界が必死にマーケティングするのが見えてしまって萎えてしまうので過大な宣伝は辞めて欲しい

もうハルキストと呼ばれる人達が買い続けてればいい
村上春樹が書いたから評価されるのであって決して面白い小説ではない
子供達にもあまり見せたくない内容なのでテレビでアッピールは本当に辞めろ
色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 Amazon書評・レビュー: 色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年より
4163821104
No.111
(4pt)

村上春樹の新作長編小説

主人公である多崎つくるが、人生のある一点を経てから、「自分の本当の気持ち」に蓋をして生きるようになる。蓋をしている間は、主人公自身、そのことに気付かない。 しかし、ある女性との出会いをきっかけに、蓋をしている自分の姿に気が付いた。 そうして彼の「巡礼の旅」が始まる。旅に出るのは、主人公自身が望み選んだことだ。旅の行く先は、ネタバレになるので本書を読んで確かめてほしい。後悔はしないはずである。いや、しないでほしいというのがレビュアーの希望だ。
色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 Amazon書評・レビュー: 色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年より
4163821104
No.110
(5pt)

非常に感情移入して息をつめるようにして読みました。

この作家の、人と人との繋がり方、男女の繋がり方が
自分自身には極めてリアルで、苦しいような感情に流されるように
読みました。
個人個人の生は、かけがいのないものであるけれど、
絶対的な孤独を抱えながら繋がろうとするそのこと自体から、
人生や世界とのかかわりの真実が現れてくると感じました。
大文字の言葉から小文字を見るのではなく、
小文字の生きていく軌跡から大文字の真実を浮かび上がらせていく。

恋愛をするとき、男性はこのように行動し、女性はこのように言葉を選び行動する。
そのリアルさにどんな恋愛小説よりも震撼した。

この作家は、やはり只者ではない。
唯一の存在である。

ドストエフスキーのような作品を書きたいというその思いが、
この時代とシンクロして、朧に形を現していく。

スリリングな作家と作品である。
色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 Amazon書評・レビュー: 色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年より
4163821104
No.109
(3pt)

さらっと読めて、いつもと同じ。

さらって読めます、リーダビリティ高いです。いつも通りの、主人公は悪くないけどいろいろなタイミングが重なって損なわれるけど、最終的にみんな許しますよ、という話し。主人公にとって都合の良い彼女が出てきて物語を前に進める原動力を与えてくれますが、何故彼女がそんなに主人公に惹かれてしまうのか謎。で、もちろん主人公がそれを受け入れるのも謎。

と、ネガティブな意見もありますが、もちろん面白く読みました。いつも通りの春樹さん節でぐいぐい読めますよ。

灰田くんはどうなったのかなぁ。続き出るのかなぁ。「ねじまき鳥」や「1Q84」商法みたいにしばらくしてしらっと続編出てもおかしくない結末。「羊」の頃から同じだけど、読みたくさせるチカラ強いです。
色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 Amazon書評・レビュー: 色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年より
4163821104
No.108
(2pt)

ここには僕が好きだった村上春樹はもう居ないんだなあ

まず、本作が内容などの情報を規制して人の気持ちを煽ったり、既に50万部刷られる事が決定したというニュースを耳にしたり、
というような事にうんざりさせられたりしたが、発売日の夕方に本屋さんを覗くと存外たくさん積まれていたので ”思い切って”
手に取ってみた。

思えば、新人文学賞受賞のニュースとともに「風の歌を聴け」を読んで以来、村上春樹は僕を成すもののひとつになった。
本を開けばいつでもどこでも、その世界に入り込めた。

この間「村上春樹」で飯を食ってるようなものには一切触れなかったし、好んで村上さんの生活を思わせるようなニュースも遠ざけ、
(高倉健さんが私生活をいっさい見せないように気を使われている事に敬意を表します)ただひたすらに、その世界の中で想いに耽っていました。

発売とともに買い込んで、永らく本棚に積んであった「1Q84」を、ついこの間何とかやっつけて、それでも、
「そんなに毎回毎回、良いのができるっていうのもなあ」とか「自分の中の何かが変わってしまったのかなあ」
などと思ったりしながらの今回の新作でした。

この喪失感もいずれ忘れて行くのだろうか。
色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 Amazon書評・レビュー: 色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年より
4163821104
No.107
(5pt)

村上春樹の巡礼として

本作のこれまで作品との決定的な相違点は、主人公が職業を得て、その職業が仮のものでなく天職だという点にある。これまでの主人公も職業に就いてないことはなかったが、その職業は便宜的に設定され、ほぼ形骸化していた。主人公は、たとえば予備校講師にしろ、学校の教師にしろ、一応職業に就いてはいたものの、その職業に大して関心を持つことができずにいるし、その所属する組織なり共同体に本質的には所属することができずにいる。村上春樹の物語は、そもそもその所属することへの不可能性、違和感が推進力として作用してきたわけだが、本作の主人公多崎つくるは、駅をつくるという職業を、天職として、それ以外にはあり得ないものとして保有し、また、その職業として必要不可欠な組織上の関係をそれなりに健全に全うしている(全うしようとしている)。

ここでポイントになるのは多崎つくるの「駅をつくる」という職業だが、村上春樹がその職業に暗喩として込めた意味を読み取るとすれば、それは、村上春樹における「小説を書く」という職業を寓意してると読み取るのが、素直な読み方だろう。

「駅」が、目的地へ人を運ぶために必要不可欠だという合目的的存在であること、あるいは建造物としての個性が必要以上に求められない(駅という機能を最優先する必要がある)点、なによりターミナルとして交通を整理する点、駅という存在は、思考において小説の果たす役割をかなり率直に比喩している。

そういう理解で物語を理解しようとすれば、本作は「多崎つくるの巡礼」にまつわる物語でありつつ、ある意味では「村上春樹の巡礼」の物語として読むことも可能だ。

そのことは、主人公多崎つくるが、ある日とても仲のよかった友人達に、一方的に理不尽に関係を切られるというプロットからも読み取れる。村上春樹は「風の詩を聴け」でデビューし「1973年のピンボール」、「羊をめぐる冒険」と完成度の高い3作品を上梓するが、芥川賞の選考ではほとんど箸にも棒にもかからず、その後、彼の代表作となってしまう「ノルウェーの森」では、要約すれば「チープで悲劇的で気取ったリアリズム小説」として、大々的に批判され、決定的に日本の文壇から疎外されてしまう。彼は、文壇に一切関与しようとしなかったが、あるいはそれが一因ともなって、当時の文壇関係者に徹底的批判される。それは、本作において理不尽に一方的に関係を切られる多崎つくるの置かれた心境に、重ねて読むことが難しくない。(このときの心境は、例えば「考える人」2010年夏号のインタビューに詳しい)知っての通り、村上春樹は批評的な側面においては、世界的な評価を得て日本に返り咲いた作家だ。

つまり多崎つくるの物語は、ある時期の村上春樹の物語として読むことができるのだ。

ネタバレを含んでしまうので、これ以上本作とこれまでの作品との相違は明示しないが、本作における多崎つくるの問題との対峙の仕方は、これまでの村上春樹作品が有することのなかった、力強いポジティヴィティを有している。

「神のこども達はみな踊る」は、村上春樹にとってターニングポイントを迎えた作品だったが、そういった視点において、本作はもうひとつのターニングポイントとなる作品ということもできそうだ。

「神の・・・」以降の作品で、彼は「責任」について言及し、社会にコミットすることを問うてきたが、本作では「責任」ではなく「意思」によって社会に関与し、そのために自分を変革することを模索している。変われない自分に諦念しながら「やれやれ」などと社会を呪ったりしてはいない。多崎つくるは、幾人かの友人に支えられて、自らの意思によって、社会にしがみつこうとする。

それは、今までにない突き抜け方だ。

色彩を持たず、仲間はずれになった多崎つくるは、いかにして自分と向き合い、自分を、色彩を取り戻すのか。その、過程には現代人が普遍的に見失いつつある、魂の葛藤が描かれている。
色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 Amazon書評・レビュー: 色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年より
4163821104
No.106
(5pt)

作中の音楽「巡礼の年」にこめられた作家の意図

村上春樹氏の小説には、デビュー作「風の歌を聴け」以来、作中に音楽が頻繁に登場し、重要な役割を担っています。ビートルズの「ノルウェイの森」はそのままタイトルに使われましたし、前作「1Q84」ではヤナーチェックの「シンフォニエッタ」が天吾と青豆を結びつけるキーファクターでした。村上作品を読む楽しみのひとつは、音楽に造詣の深い村上春樹氏が取り上げる曲にどのような意味を込めたのかを思いめぐらしながら、彼に導かれて音楽を聴くことだと私は考えています。

この新作では、フランツ・リストがかつて訪れた土地の印象を表現したピアノ曲集「巡礼の年」がそのままタイトルに使われています。また、4集あるうちの第1集「第1年スイス」から8曲目「郷愁 Le mal du pays」(作中では「ル・マル・デュ・ペイ」と表記される)が繰り返し出てきて、作品全体の通奏低音の役割を果たしています。

リストは「ル・マル・デュ・ペイ」でふるさとへの望郷の念を表現しています。主人公の多崎つくるに置き換えれば、高校時代の友人との親密な関係への「郷愁」に当たるでしょう。彼が高校時代にあこがれた美少女「シロ」は「ル・マル・デュ・ペイ」をピアノで弾いて何度も彼に聴かせました。彼は一方的に拒絶されて「シロ」に会えなくなってもこの「ル・マル・デュ・ペイ」を弾く彼女の姿をなつかしく思い出すのです。やがて彼は大学の後輩・灰田からこのLPを譲り受けて、繰り返し聴くようになります。多崎は、恋人の勧めにしたがって彼に死を考えさせた出来事の真相を知るために高校時代の友人を訪ねる「巡礼」へと出発します。そして最後のフィンランドへの「巡礼」の旅で「クロ」と再会し、真相の一端を掴むのでした。

村上春樹氏は「巡礼の年」と「ル・マル・デュ・ペイ」をリストの作曲動機にまで遡って考察し、この曲をモチーフに選んだのは明らかです。作家はこの曲からストーリーを着想してのでしょうか、それともストーリーが先にあって曲を選んだのでしょうか、私の疑問です。ピアニストに有名なアラウやブレンデル盤ではなくベルマン盤を選んでいるのには理由があります。前2者の演奏にベートーベンのような剛直さがみられるのに対してベルマン盤にあふれるロマンチズムが女子高生の演奏に通じると共にこの小説の主題にふさわしいからでしょう。この作品の読後感とピアノ曲の印象は共にあたたかく、両者がシンクロしているように感じられました。村上春樹氏は何と思慮深く、センスのいい文学者だろうと、私は感嘆したのでした。
色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 Amazon書評・レビュー: 色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年より
4163821104
No.105
(5pt)

現実感はそんなに必要なのでしょうか…。

内容の良さは多くのレビューに書いてある通りなので特に書きません。
じゃあ何が書きたいのかと言えば、否定的なレビューに対して感じた部分についてです。

否定的なレビューのほとんどは「リアルさ」=「現実感」に依拠しているように思われます。
《こんなことは起こらない、冷静すぎる、訛りが無い……》
あげれば際限がないのですが、だいたいが「リアリズム」に関するものでした。

しかし私は、それらをひっくるめて、
「小説はすべてがリアリズムであるわけではない」
ということを言いたい。

「本当に世の中で起こったこと」や「起こりそうなことをそのまま書く」ことを求めるのなら、小説は読まなくても良い、あるいは、読まない方が良い、と思います。
もちろん小説には様々なものがあって良いのであって、徹底的にリアリズムを突き通すものがあってもいいでしょう。それは否定しません。
しかしだからと言って、(だからこそ)現実感を欠いた小説が否定される必要もないでしょう。
むしろ、現実をそのまま描くのではなくて、現実を別の角度から、もっと言えば、有り得ないことを想定することによってこそ、現実と言うものを、今までにない、もっと現実的な見方で捉えなおすことが出来る場合だってあるのではないでしょうか。非常に簡単な例ですが、顕微鏡と言う装置を使うことによって、我々は自分たちが捉えきれる限界を超えて、そこに有るものを知覚しえるわけです。

********************************************************

ここからは完全に私見ですが、この小説を否定しきれる人は「現実にべったり適応でき、タフに生きていける人」なのでは。(アカやアオにそれを感じました。シロやクロのような陰のある生き方=現実から大きく離れてしまった存在、に比べて華やかな色合いをしているのも、そのような意味合いがあるのかもしれません)それは悪くない生き方だし、むしろ良いともいえる。レクサスを売ることも大切だし、セミナーを必要とする人にその機会を与えるのもいいでしょう。

しかし、世の中にはそうじゃない人だっていると言うことを考える必要もあるでしょう。それこそがシロ=ユズであり、つくるでもあるのかと。

では彼らはどうやって生きていくのか。現実に生きる場所を見いだせない彼らはどうするのか。様々な生き方が(或いは死に方が)あるのでしょうが、僕なら村上春樹のような稀有な作家の小説を読んで、そこに生きる場所を見出して生きていくと思う。現実では生きていけないのだから、フィクションで生きていくしかないんです。

********************************************************

現実感のなさを引き合いに否定する人には、小説とはそもそも現実感を求めるだけに存在しないということ、そして現実世界で生きていくことの出来ない人、のことをもう少し考えてほしいと思いました。
色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 Amazon書評・レビュー: 色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年より
4163821104