黒死館殺人事件

評判

黒死館殺人事件の評価:

3.89/5点 レビュー 150件。 D ランク

Amazon書評・レビュー点数毎のグラフです

平均点3.89pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全504件 361〜380 19/26ページ
No.144
(2pt)

好き嫌いの問題ではない。

もう、とにかく難解の一言につきます。
誰か助けて、説明して〜と言いたくなるほど文章が難しい。
参考文献積み上げても読めそうもない。
読んでレビューが書ける方はすごいです。
馬鹿ではないつもりの人が「私って馬鹿なの?日本語わかるの?」って自問したくなります。
黒死館殺人事件 (1956年) (世界探偵小説全集) Amazon書評・レビュー: 黒死館殺人事件 (1956年) (世界探偵小説全集)より
B000JB23AU
No.143
(2pt)

好き嫌いの問題ではない。

もう、とにかく難解の一言につきます。
誰か助けて、説明して〜と言いたくなるほど文章が難しい。
参考文献積み上げても読めそうもない。
読んでレビューが書ける方はすごいです。
馬鹿ではないつもりの人が「私って馬鹿なの?日本語わかるの?」って自問したくなります。
黒死館殺人事件 (1969年) Amazon書評・レビュー: 黒死館殺人事件 (1969年)より
B000J95PKM
No.142
(2pt)

好き嫌いの問題ではない。

もう、とにかく難解の一言につきます。
誰か助けて、説明して〜と言いたくなるほど文章が難しい。
参考文献積み上げても読めそうもない。
読んでレビューが書ける方はすごいです。
馬鹿ではないつもりの人が「私って馬鹿なの?日本語わかるの?」って自問したくなります。
黒死館殺人事件 Amazon書評・レビュー: 黒死館殺人事件より
480602063X
No.141
(2pt)

好き嫌いの問題ではない。

もう、とにかく難解の一言につきます。
誰か助けて、説明して〜と言いたくなるほど文章が難しい。
参考文献積み上げても読めそうもない。
読んでレビューが書ける方はすごいです。
馬鹿ではないつもりの人が「私って馬鹿なの?日本語わかるの?」って自問したくなります。
黒死館殺人事件 (河出文庫) Amazon書評・レビュー: 黒死館殺人事件 (河出文庫)より
4309409059
No.140
(2pt)

好き嫌いの問題ではない。

もう、とにかく難解の一言につきます。
誰か助けて、説明して〜と言いたくなるほど文章が難しい。
参考文献積み上げても読めそうもない。
読んでレビューが書ける方はすごいです。
馬鹿ではないつもりの人が「私って馬鹿なの?日本語わかるの?」って自問したくなります。
黒死館殺人事件 (ハヤカワ・ミステリ 240) Amazon書評・レビュー: 黒死館殺人事件 (ハヤカワ・ミステリ 240)より
4150002401
No.139
(3pt)

常習性有り

[この物語は、超人探偵法水麟太郎が、必殺技エンサイクロペディアを 繰り出して、黒死舘の怪人をバッタバッタと薙ぎ倒す 通快娯楽活劇です。]

はい、違いますね、やっと読み終えて脳が、おかしくなってます。
かと言ってまるで間違いでもありません。
エンサイクロペディアとは、百科辞典です。つまり、すごい博識な[知ったかぶり]が武器です。 
事がおこると、合っているのか、いないのか、よく解らない知識を ひけらかし関係者に厭がられています。 
作品のジャンルは[絶望探偵の事件簿]的なものです。 
謎は解くけど、解決できず、バッタバッタと人が死に、いつの間にか事件が終わっている、金O一さんみたいな、そういう
小説です。
どうやら、この小説は理解するのでは無く雰囲気を味わうのが
正しい作法のようです。
ところで、この作品 カーを思い出しませんか
[黒死荘の殺人]もそうですが
[曲がった蝶番]の 自動人形、虫太郎の名前は
[盲目の理髪師]にでてくる、電動式殺虫剤噴霧器(電灯付)を
思わすではありませんか、(オイオイ)
そして、いけすかない性格の探偵。
実際はどうなのでしょうね、 まあ、クセになる小説ではありますよね。
黒死館殺人事件 (1956年) (世界探偵小説全集) Amazon書評・レビュー: 黒死館殺人事件 (1956年) (世界探偵小説全集)より
B000JB23AU
No.138
(3pt)

常習性有り

[この物語は、超人探偵法水麟太郎が、必殺技エンサイクロペディアを 繰り出して、黒死舘の怪人をバッタバッタと薙ぎ倒す 通快娯楽活劇です。]

はい、違いますね、やっと読み終えて脳が、おかしくなってます。
かと言ってまるで間違いでもありません。
エンサイクロペディアとは、百科辞典です。つまり、すごい博識な[知ったかぶり]が武器です。 
事がおこると、合っているのか、いないのか、よく解らない知識を ひけらかし関係者に厭がられています。 
作品のジャンルは[絶望探偵の事件簿]的なものです。 
謎は解くけど、解決できず、バッタバッタと人が死に、いつの間にか事件が終わっている、金O一さんみたいな、そういう
小説です。
どうやら、この小説は理解するのでは無く雰囲気を味わうのが
正しい作法のようです。
ところで、この作品 カーを思い出しませんか
[黒死荘の殺人]もそうですが
[曲がった蝶番]の 自動人形、虫太郎の名前は
[盲目の理髪師]にでてくる、電動式殺虫剤噴霧器(電灯付)を
思わすではありませんか、(オイオイ)
そして、いけすかない性格の探偵。
実際はどうなのでしょうね、 まあ、クセになる小説ではありますよね。
黒死館殺人事件 (1969年) Amazon書評・レビュー: 黒死館殺人事件 (1969年)より
B000J95PKM
No.137
(4pt)

三大奇書を全作読了しました

日本推理小説の中で、「三大奇書」と呼ばれる本作品を、オジサン化した今年(2013年)、完読しました。
「虚無への供物」「ドグラ・マグラ」は既に読んでいるので、これで、三大奇書を全て読み終えたことになります。

三大奇書のうち、一番推理小説的なのが、「虚無への供物」、もっとも推理小説らしくないのが、「ドグラ・マグラ」で、本作品はその中間に位置すると考えています。

探偵役は「法水麟太郎」という刑事弁護士で、黒死館という、西洋文化を取り入れた、いわば「洋館」での事件発生に駆けつけ、独自の推理を披露していくという物語。

体裁は、発表当時(1935年[昭和10年]に単行本が発刊)の探偵小説の王道を行くもので、いわば「本格推理」と言えると思われます。

ところが、実際読んでみると、「本格推理」は表面上のことで、探偵役の法水の推理に、多くの読者は幻惑されることになるでしょう。

とにかく、○○学と称されるような知識を駆使しての推理で、一見すると、合理的に思われるのですが、真犯人が、そんな学問的な暗示どおりに犯罪を行うとは考えられず、「じつは真相究明からかけ離れた推理」が展開していきます。

ここが、評価の分かれ目でしょう。
「単なる衒学趣味だ」とマイナスに評価するか、「独特の作品世界を構築している」とプラスの評価をするか、読者の評価は、二極化すると考えられます。

私は、後者寄りの意見です。あくまでフィクションなのだから、独自の作品世界に引き込んでくれるのは嬉しい。

そのため、推理小説(ミステリ)としての評価は、それほど高くはありませんが、さすが「奇書」と呼ばれるだけのことはあると、感じられます。

ミステリ好きなら、読んで損はない作品。
何しろ、現在は著作権消滅により、無料で読めるのですから…。
黒死館殺人事件 (1956年) (世界探偵小説全集) Amazon書評・レビュー: 黒死館殺人事件 (1956年) (世界探偵小説全集)より
B000JB23AU
No.136
(4pt)

三大奇書を全作読了しました

日本推理小説の中で、「三大奇書」と呼ばれる本作品を、オジサン化した今年(2013年)、完読しました。
「虚無への供物」「ドグラ・マグラ」は既に読んでいるので、これで、三大奇書を全て読み終えたことになります。

三大奇書のうち、一番推理小説的なのが、「虚無への供物」、もっとも推理小説らしくないのが、「ドグラ・マグラ」で、本作品はその中間に位置すると考えています。

探偵役は「法水麟太郎」という刑事弁護士で、黒死館という、西洋文化を取り入れた、いわば「洋館」での事件発生に駆けつけ、独自の推理を披露していくという物語。

体裁は、発表当時(1935年[昭和10年]に単行本が発刊)の探偵小説の王道を行くもので、いわば「本格推理」と言えると思われます。

ところが、実際読んでみると、「本格推理」は表面上のことで、探偵役の法水の推理に、多くの読者は幻惑されることになるでしょう。

とにかく、○○学と称されるような知識を駆使しての推理で、一見すると、合理的に思われるのですが、真犯人が、そんな学問的な暗示どおりに犯罪を行うとは考えられず、「じつは真相究明からかけ離れた推理」が展開していきます。

ここが、評価の分かれ目でしょう。
「単なる衒学趣味だ」とマイナスに評価するか、「独特の作品世界を構築している」とプラスの評価をするか、読者の評価は、二極化すると考えられます。

私は、後者寄りの意見です。あくまでフィクションなのだから、独自の作品世界に引き込んでくれるのは嬉しい。

そのため、推理小説(ミステリ)としての評価は、それほど高くはありませんが、さすが「奇書」と呼ばれるだけのことはあると、感じられます。

ミステリ好きなら、読んで損はない作品。
何しろ、現在は著作権消滅により、無料で読めるのですから…。
黒死館殺人事件 (1969年) Amazon書評・レビュー: 黒死館殺人事件 (1969年)より
B000J95PKM
No.135
(4pt)

超絶トリックと超絶推理

買ってはみたものの、長らく放置していた小栗虫太郎集。少し読んでは放り、思い出しては再び手に取り、を繰り返してやっと読了した。これを一気に読んだ人は、こらえ性があって偉いと思う。収録されているのは、堂々たる代表長篇『黒死館殺人事件』のほか、『完全犯罪』『後光殺人事件』『聖アレキセイ寺院の惨劇』『オフェリヤ殺し』の短篇4作。

恐るべき衒学趣味を縦横無尽にちりばめ、複雑怪奇な舞台設定をこしらえ、変わった名前の外国人もたくさん出てきてややこしい。これらを多くは名探偵・法水麟太郎が解決するのだが、正直すべてをつぶさに理解するのは不可能に近い。ここで展開されるのは、超絶トリックであり超絶推理である。すごいことをやっているのだけれど、そのすごさがピンとこないようなもどかしさがある。快刀乱麻を断つ、というようなすっきり感がない。

すっきりしないミステリってどうよ、という気もするが、「まあこういうものなんだろう」という鑑賞態度が一番正しいように思う。とりわけ『黒死館殺人事件』はミステリファンとして踏破せずにはいられない高峰のひとつであることは間違いないわけで、もはや教養として読んでおくべき類のものだろう。でも実際やっていることは、ヴァン・ダインなど当時流行していた海外ミステリを手本にした、壮大なバーレスク(文芸パロディ)という気がしないでもない。それを大真面目にやっている印象だ。探偵の防御率がゼロ、なんてのもジョークのよう。

巻末には、『虚無への供物』の作者である中井英夫による解説や、中島河太郎による小栗虫太郎年譜などが付いている。意外に面白く読んだのは、虫太郎の次男・小栗宣治が書いた「小伝・小栗虫太郎」。虫太郎の人となりがよく分かるだけでなく、文章そのものに読ませる力がある。この宣治という人のことをネットで調べてみたが、筆で生計を立てた人かどうかは分からなかった。
日本探偵小説全集〈6〉小栗虫太郎集 (創元推理文庫) Amazon書評・レビュー: 日本探偵小説全集〈6〉小栗虫太郎集 (創元推理文庫)より
448840006X
No.134
(4pt)

一種の壮大な文芸パロディ

わが国におけるミステリの三大奇書の一つ、なんてことは今さら説明のいらない歴史的名著である。ミステリファンならば避けて通れない高峰であることは間違いない。正直いうと、僕はこの手のうんちく系ミステリが苦手。気が進まないまま読んでいたのだが、途中で「どうもこれはメタミステリではないか」と気づいた。メタやアンチとして鑑賞する態度が正しいとすれば、「訳の分からない」内容も「まあそういうものなんだろう」と消化不良のまま受け入れることができる。

いま読み終えて思うのは、「大まじめにやってるけど、これは一種の壮大な文芸パロディではないか」ということ。もちろんお手本にしていたのは、当時流行していた海外ミステリだ。とりわけヴァン・ダインのことはすごく意識していただろう。僧正〜とかグリーン家〜の名前が繰り返し出てくることからも、それが分かる。名探偵・法水麟太郎が能書きを垂れている間に次の殺人が起こって、探偵としての防御率はゼロ、というのも大きなジョークのよう。それにしても、超絶技巧を駆使して、いい気持ちだったろうなあ作者は。

ところで、江戸川乱歩の知り合いが、小栗虫太郎の作品を評して「文学以前の感じ」といったことがあるとか。乱歩はその発言を「如何にも夥しい素材の羅列であって、評者はこの作品(注・黒死館のこと)の一面の真実を語っていた」と好意的に解釈しているが、実際には「こんなもん文学とはいえないよ」という、もっと手厳しい意見だったのではないかと思う。結局、本書に出てくる膨大なペダントリーがどこへ収斂していくかといえば、機械的なトリックだったりするわけで、がっかりしてしまうことは正直あった。

思うに、文学とは物理的な現象を並べるのではなく、心理的な現象をすくい取っていく作業なのかもしれない。だとすれば、ミステリがそれなりの質量を持った文学作品として評価されるのは、松本清張の登場をまたなければならないことになる。一方、それより早く本格物はエンタテインメント方面へと大きく舵を切っていく。こちらはやはり横溝正史の功績が大きかった。今はいろんな枝別れやクロスオーバーを経て百花繚乱のミステリ界だが、まだ黎明期だった戦前に本作が産声を上げたと考えると、好むと好まざるとにかかわらず「よくやったな」の感はある。
黒死館殺人事件 (1956年) (世界探偵小説全集) Amazon書評・レビュー: 黒死館殺人事件 (1956年) (世界探偵小説全集)より
B000JB23AU
No.133
(4pt)

一種の壮大な文芸パロディ

わが国におけるミステリの三大奇書の一つ、なんてことは今さら説明のいらない歴史的名著である。ミステリファンならば避けて通れない高峰であることは間違いない。正直いうと、僕はこの手のうんちく系ミステリが苦手。気が進まないまま読んでいたのだが、途中で「どうもこれはメタミステリではないか」と気づいた。メタやアンチとして鑑賞する態度が正しいとすれば、「訳の分からない」内容も「まあそういうものなんだろう」と消化不良のまま受け入れることができる。

いま読み終えて思うのは、「大まじめにやってるけど、これは一種の壮大な文芸パロディではないか」ということ。もちろんお手本にしていたのは、当時流行していた海外ミステリだ。とりわけヴァン・ダインのことはすごく意識していただろう。僧正〜とかグリーン家〜の名前が繰り返し出てくることからも、それが分かる。名探偵・法水麟太郎が能書きを垂れている間に次の殺人が起こって、探偵としての防御率はゼロ、というのも大きなジョークのよう。それにしても、超絶技巧を駆使して、いい気持ちだったろうなあ作者は。

ところで、江戸川乱歩の知り合いが、小栗虫太郎の作品を評して「文学以前の感じ」といったことがあるとか。乱歩はその発言を「如何にも夥しい素材の羅列であって、評者はこの作品(注・黒死館のこと)の一面の真実を語っていた」と好意的に解釈しているが、実際には「こんなもん文学とはいえないよ」という、もっと手厳しい意見だったのではないかと思う。結局、本書に出てくる膨大なペダントリーがどこへ収斂していくかといえば、機械的なトリックだったりするわけで、がっかりしてしまうことは正直あった。

思うに、文学とは物理的な現象を並べるのではなく、心理的な現象をすくい取っていく作業なのかもしれない。だとすれば、ミステリがそれなりの質量を持った文学作品として評価されるのは、松本清張の登場をまたなければならないことになる。一方、それより早く本格物はエンタテインメント方面へと大きく舵を切っていく。こちらはやはり横溝正史の功績が大きかった。今はいろんな枝別れやクロスオーバーを経て百花繚乱のミステリ界だが、まだ黎明期だった戦前に本作が産声を上げたと考えると、好むと好まざるとにかかわらず「よくやったな」の感はある。
黒死館殺人事件 (1969年) Amazon書評・レビュー: 黒死館殺人事件 (1969年)より
B000J95PKM
No.132
(4pt)

一種の壮大なバーレスク

わが国におけるミステリの三大奇書の一つ、なんてことは今さら説明のいらない歴史的名著である。ミステリファンならば避けて通れない高峰であることは間違いない。正直いうと、僕はこの手のうんちく系ミステリが苦手。気が進まないまま読んでいたのだが、途中で「どうもこれはメタミステリではないか」と気づいた。メタやアンチとして鑑賞する態度が正しいとすれば、「訳の分からない」内容も「まあそういうものなんだろう」と消化不良のまま受け入れることができる。

いま読み終えて思うのは、「大まじめにやってるけど(超絶技巧を駆使して、いい気持ちだったろうなあ作者は)、これは一種の壮大なバーレスクではないか」ということ。もちろんお手本にしていたのは、当時流行していた海外ミステリだ。とりわけヴァン・ダインのことはすごく意識していただろう。僧正〜とかグリーン家〜の名前が繰り返し出てくることからも、それが分かる。名探偵・法水麟太郎が能書きを垂れている間に次の殺人が起こって、探偵としての防御率はゼロ、というのも大きなジョークのよう。

ところで、江戸川乱歩の知り合いが、小栗虫太郎の作品を評して「文学以前の感じ」といったことがあるとか。乱歩はその発言を「如何にも夥しい素材の羅列であって、評者はこの作品(注・黒死館のこと)の一面の真実を語っていた」と好意的に解釈しているが、実際には「こんなもん文学とはいえないよ」という、もっと手厳しい意見だったのではないかと思う。結局、本書に出てくる膨大なペダントリーがどこへ収斂していくかといえば、機械的なトリックだったりするわけで、がっかりしてしまうことは正直あった。

思うに、文学とは物理的な現象を並べるのではなく、心理的な現象をすくい取っていく作業なのかもしれない。だとすれば、ミステリがそれなりの質量を持った文学作品として評価されるのは、松本清張の登場をまたなければならないことになる。一方、それより早く本格物はエンタテインメント方面へと大きく舵を切っていく。こちらはやはり横溝正史の功績が大きかった。今はいろんな枝別れやクロスオーバーを経て百花繚乱のミステリ界だが、まだ黎明期だった戦前に本作が産声を上げたと考えると、好むと好まざるとにかかわらず「よくやったな」の感はある。
黒死館殺人事件 Amazon書評・レビュー: 黒死館殺人事件より
480602063X
No.131
(4pt)

一種の壮大なバーレスク

わが国におけるミステリの三大奇書の一つ、なんてことは今さら説明のいらない歴史的名著である。ミステリファンならば避けて通れない高峰であることは間違いない。正直いうと、僕はこの手のうんちく系ミステリが苦手。気が進まないまま読んでいたのだが、途中で「どうもこれはメタミステリではないか」と気づいた。メタやアンチとして鑑賞する態度が正しいとすれば、「訳の分からない」内容も「まあそういうものなんだろう」と消化不良のまま受け入れることができる。

いま読み終えて思うのは、「大まじめにやってるけど(超絶技巧を駆使して、いい気持ちだったろうなあ作者は)、これは一種の壮大なバーレスクではないか」ということ。もちろんお手本にしていたのは、当時流行していた海外ミステリだ。とりわけヴァン・ダインのことはすごく意識していただろう。僧正〜とかグリーン家〜の名前が繰り返し出てくることからも、それが分かる。名探偵・法水麟太郎が能書きを垂れている間に次の殺人が起こって、探偵としての防御率はゼロ、というのも大きなジョークのよう。

ところで、江戸川乱歩の知り合いが、小栗虫太郎の作品を評して「文学以前の感じ」といったことがあるとか。乱歩はその発言を「如何にも夥しい素材の羅列であって、評者はこの作品(注・黒死館のこと)の一面の真実を語っていた」と好意的に解釈しているが、実際には「こんなもん文学とはいえないよ」という、もっと手厳しい意見だったのではないかと思う。結局、本書に出てくる膨大なペダントリーがどこへ収斂していくかといえば、機械的なトリックだったりするわけで、がっかりしてしまうことは正直あった。

思うに、文学とは物理的な現象を並べるのではなく、心理的な現象をすくい取っていく作業なのかもしれない。だとすれば、ミステリがそれなりの質量を持った文学作品として評価されるのは、松本清張の登場をまたなければならないことになる。一方、それより早く本格物はエンタテインメント方面へと大きく舵を切っていく。こちらはやはり横溝正史の功績が大きかった。今はいろんな枝別れやクロスオーバーを経て百花繚乱のミステリ界だが、まだ黎明期だった戦前に本作が産声を上げたと考えると、好むと好まざるとにかかわらず「よくやったな」の感はある。
黒死館殺人事件 (河出文庫) Amazon書評・レビュー: 黒死館殺人事件 (河出文庫)より
4309409059
No.130
(4pt)

一種の壮大なバーレスク

わが国におけるミステリの三大奇書の一つ、なんてことは今さら説明のいらない歴史的名著である。ミステリファンならば避けて通れない高峰であることは間違いない。正直いうと、僕はこの手のうんちく系ミステリが苦手。気が進まないまま読んでいたのだが、途中で「どうもこれはメタミステリではないか」と気づいた。メタやアンチとして鑑賞する態度が正しいとすれば、「訳の分からない」内容も「まあそういうものなんだろう」と消化不良のまま受け入れることができる。

いま読み終えて思うのは、「大まじめにやってるけど(超絶技巧を駆使して、いい気持ちだったろうなあ作者は)、これは一種の壮大なバーレスクではないか」ということ。もちろんお手本にしていたのは、当時流行していた海外ミステリだ。とりわけヴァン・ダインのことはすごく意識していただろう。僧正〜とかグリーン家〜の名前が繰り返し出てくることからも、それが分かる。名探偵・法水麟太郎が能書きを垂れている間に次の殺人が起こって、探偵としての防御率はゼロ、というのも大きなジョークのよう。

ところで、江戸川乱歩の知り合いが、小栗虫太郎の作品を評して「文学以前の感じ」といったことがあるとか。乱歩はその発言を「如何にも夥しい素材の羅列であって、評者はこの作品(注・黒死館のこと)の一面の真実を語っていた」と好意的に解釈しているが、実際には「こんなもん文学とはいえないよ」という、もっと手厳しい意見だったのではないかと思う。結局、本書に出てくる膨大なペダントリーがどこへ収斂していくかといえば、機械的なトリックだったりするわけで、がっかりしてしまうことは正直あった。

思うに、文学とは物理的な現象を並べるのではなく、心理的な現象をすくい取っていく作業なのかもしれない。だとすれば、ミステリがそれなりの質量を持った文学作品として評価されるのは、松本清張の登場をまたなければならないことになる。一方、それより早く本格物はエンタテインメント方面へと大きく舵を切っていく。こちらはやはり横溝正史の功績が大きかった。今はいろんな枝別れやクロスオーバーを経て百花繚乱のミステリ界だが、まだ黎明期だった戦前に本作が産声を上げたと考えると、好むと好まざるとにかかわらず「よくやったな」の感はある。
黒死館殺人事件 (ハヤカワ・ミステリ 240) Amazon書評・レビュー: 黒死館殺人事件 (ハヤカワ・ミステリ 240)より
4150002401
No.129
(4pt)

あまりにも特異な頭脳

初期の傑作「完全犯罪」から一大奇書「黒死館殺人事件」に至るまで、虫太郎氏の代表作を網羅したお得な文庫。

ペダントリーが数多とちりばめられた文章の難解さといい、極度に知的で論理的に展開される迷宮のようなストーリーといい、読み手にかかる負荷は生半可なものではない。とりわけ、虫太郎氏の天才的頭脳が臨界点に達した「黒死館〜」に至っては、もはや言葉を失う。「古今東西の材料を調理せずにそのまま大陳列した」かのようと評した江戸川乱歩に倣い、そのペダントリーの大伽藍をただ見上げるのもひとつの読み方かも知れぬ。

一方、「完全犯罪」のような取っ付きやすい作品もある。虫太郎氏の文章は名文・悪文の評が割れるが、本作の文体は名文の類いであろう。もっとも、芸術性を追求した殺害方法と真犯人の動機には背筋が寒くなるのだが。

ミステリがある種の知的遊戯だとしても、江戸川乱歩や横溝正史の作品には智と情が複雑に絡まり合っていた。虫太郎氏の緒作品は、無機質な智のみが不気味に自律していると感じる。それこそがこの特異な作家の骨頂であり、読む価値なのではないか。
日本探偵小説全集〈6〉小栗虫太郎集 (創元推理文庫) Amazon書評・レビュー: 日本探偵小説全集〈6〉小栗虫太郎集 (創元推理文庫)より
448840006X
No.128
(5pt)

なんじゃこりゃ〜

まさしく奇書!全く理解できない!おいてきぼり!でも、最高です!
誰か注釈本を書いてください。
黒死館殺人事件 (1956年) (世界探偵小説全集) Amazon書評・レビュー: 黒死館殺人事件 (1956年) (世界探偵小説全集)より
B000JB23AU
No.127
(5pt)

なんじゃこりゃ〜

まさしく奇書!全く理解できない!おいてきぼり!でも、最高です!
誰か注釈本を書いてください。
黒死館殺人事件 (1969年) Amazon書評・レビュー: 黒死館殺人事件 (1969年)より
B000J95PKM
No.126
(5pt)

なんじゃこりゃ〜

まさしく奇書!全く理解できない!おいてきぼり!でも、最高です!
誰か注釈本を書いてください。
黒死館殺人事件 Amazon書評・レビュー: 黒死館殺人事件より
480602063X
No.125
(5pt)

なんじゃこりゃ〜

まさしく奇書!全く理解できない!おいてきぼり!でも、最高です!
誰か注釈本を書いてください。
黒死館殺人事件 (河出文庫) Amazon書評・レビュー: 黒死館殺人事件 (河出文庫)より
4309409059