華氏451度

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華氏451度の評価:

4.08/5点 レビュー 60件。 D ランク

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平均点4.08pt

Amazonレビュー一覧

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※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全130件 81〜100 5/7ページ
No.50
(5pt)

本を焼くことは人を焼くこと

主人公のモンターグは焚書官だ。耐火素材で作られた家屋を燃やす。その中にある本を燃やす。
それが、本の舞台の政府の方針だからだ。
人は本を読んではいけない。知恵を身につけてはいけない。自分の頭で考えてはいけない。
それが唯一の心の平和を保つ方法だと謳って。考えるから不安になるのだから。
代わりに与えられた、人々を考えさせないようにする装置は、壁面のテレビと、耳に差し込む<海の貝>という通信機器。

私もブログを書くし、SNSを利用しているが、携帯やPCを手放せない今時の生活を鋭く批判されたような気がして、その詩人の直観の鋭さにぞっとした。
この本が書かれたのは1953年。新聞も雑誌も書籍も、まだ力があったからこそ、この本は警句となりえた。
活字離れが進み、この本もまた情報の海に埋もれて読まれなくなることは、もっともっとぞっとする。
不朽であり続けてほしい本である。読んでよかった。そう思った。
華氏451度 (ハヤカワ文庫SF) Amazon書評・レビュー: 華氏451度 (ハヤカワ文庫SF)より
4150116911
No.49
(5pt)

本を焼くことは人を焼くこと

主人公のモンターグは焚書官だ。耐火素材で作られた家屋を燃やす。その中にある本を燃やす。
それが、本の舞台の政府の方針だからだ。
人は本を読んではいけない。知恵を身につけてはいけない。自分の頭で考えてはいけない。
それが唯一の心の平和を保つ方法だと謳って。考えるから不安になるのだから。
代わりに与えられた、人々を考えさせないようにする装置は、壁面のテレビと、耳に差し込む<海の貝>という通信機器。

私もブログを書くし、SNSを利用しているが、携帯やPCを手放せない今時の生活を鋭く批判されたような気がして、その詩人の直観の鋭さにぞっとした。
この本が書かれたのは1953年。新聞も雑誌も書籍も、まだ力があったからこそ、この本は警句となりえた。
活字離れが進み、この本もまた情報の海に埋もれて読まれなくなることは、もっともっとぞっとする。
不朽であり続けてほしい本である。読んでよかった。そう思った。
華氏451度 (ハヤカワ文庫 NV 106) Amazon書評・レビュー: 華氏451度 (ハヤカワ文庫 NV 106)より
4150401063
No.48
(5pt)

21世紀を予見しているよう

主人公ガイ・モンターグの仕事はファイアマン(焚書官)。といっても、灯を消すのではなく、本を焼き尽くすことが仕事。仕事の手順は、まず密告。夜間職場に待機し、「誰それが本を隠匿している」と密告があると、石油(使用燃料が時代を表しているなあ)を搭載した輸送車で出動、本をすべて灰燼と化すまで燃焼させる。作品中では、本の所有は法律違反なのだ。
 彼には妻がいるが、ただ「妻」と呼ばれる人が同じ家に住んでいるだけ。ベッドは別々、広い部屋の端と端に離れて置かれている。夫婦らしい会話は何もない。

 では、人々は仕事以外の時間は何をしているのか。大型スクリーン(オーウェルのテレスクリーンのような人間監視機械ではないが)から一方的にわめき立てるヴァーチャル「家族」と団欒ごっこ、あるいは、内容もなくひたすら単純化された番組がひたすら垂れ流される。
 耳には「海の貝」(イヤホン)をつねに取り付け、現実の人間とはまともな会話も交わさない。
 この世界の人は、中身のない、単純で、想像力を刺激しようもない番組やスクリーンに登場する「家族」、ひたすら受け取るだけの映像と音声に満足している。

 子供の頃からそういう環境におかれているから。
 学校教育は、流されるフィルムを見ているだけで実技も学習もない。ただ映像を受け取ることに慣れるよう教育が仕組まれている。だから人々は何も考えない。

 ところが、実はモンターグは、焚書をしながら少しずつ本を自宅に隠していたのだ。だが、妻に密告され、追われる身となる。しかし、本がこの世から消えることを憂える人々に助けられ、未来に知識を伝えるために進み出す。

 本を読まず、想像力を広げることをせず、自分で考えず、学ぶことを身につけず、競争を経験していない現代の高大生。大学生活4年間、一冊の本も読まずに「卒業」していく学生がどれほど多くいるだろう。
 本を読まず、読んだことに思いをはせることをしたことのない人間は、簡単に操られる。彼らはそれに気づく力をもたない。彼らにとって、努力のハードルはきわめて低い。みずからを向上させることを何もしてこなかったにもかかわらず、就職できないのは「社会が悪い」。
 
 現代に焚書官はいないけれど、人々の行動それ自体が本を火にくべ、知識をこの世から抹消しているようだ。
華氏451度 (1964年) (ハヤカワ・SF・シリーズ) Amazon書評・レビュー: 華氏451度 (1964年) (ハヤカワ・SF・シリーズ)より
B000JAGPH8
No.47
(5pt)

21世紀を予見しているよう

主人公ガイ・モンターグの仕事はファイアマン(焚書官)。といっても、灯を消すのではなく、本を焼き尽くすことが仕事。仕事の手順は、まず密告。夜間職場に待機し、「誰それが本を隠匿している」と密告があると、石油(使用燃料が時代を表しているなあ)を搭載した輸送車で出動、本をすべて灰燼と化すまで燃焼させる。作品中では、本の所有は法律違反なのだ。
 彼には妻がいるが、ただ「妻」と呼ばれる人が同じ家に住んでいるだけ。ベッドは別々、広い部屋の端と端に離れて置かれている。夫婦らしい会話は何もない。

 では、人々は仕事以外の時間は何をしているのか。大型スクリーン(オーウェルのテレスクリーンのような人間監視機械ではないが)から一方的にわめき立てるヴァーチャル「家族」と団欒ごっこ、あるいは、内容もなくひたすら単純化された番組がひたすら垂れ流される。
 耳には「海の貝」(イヤホン)をつねに取り付け、現実の人間とはまともな会話も交わさない。
 この世界の人は、中身のない、単純で、想像力を刺激しようもない番組やスクリーンに登場する「家族」、ひたすら受け取るだけの映像と音声に満足している。

 子供の頃からそういう環境におかれているから。
 学校教育は、流されるフィルムを見ているだけで実技も学習もない。ただ映像を受け取ることに慣れるよう教育が仕組まれている。だから人々は何も考えない。

 ところが、実はモンターグは、焚書をしながら少しずつ本を自宅に隠していたのだ。だが、妻に密告され、追われる身となる。しかし、本がこの世から消えることを憂える人々に助けられ、未来に知識を伝えるために進み出す。

 本を読まず、想像力を広げることをせず、自分で考えず、学ぶことを身につけず、競争を経験していない現代の高大生。大学生活4年間、一冊の本も読まずに「卒業」していく学生がどれほど多くいるだろう。
 本を読まず、読んだことに思いをはせることをしたことのない人間は、簡単に操られる。彼らはそれに気づく力をもたない。彼らにとって、努力のハードルはきわめて低い。みずからを向上させることを何もしてこなかったにもかかわらず、就職できないのは「社会が悪い」。
 
 現代に焚書官はいないけれど、人々の行動それ自体が本を火にくべ、知識をこの世から抹消しているようだ。
華氏451度 (ハヤカワ文庫SF) Amazon書評・レビュー: 華氏451度 (ハヤカワ文庫SF)より
4150116911
No.46
(5pt)

21世紀を予見しているよう

主人公ガイ・モンターグの仕事はファイアマン(焚書官)。といっても、灯を消すのではなく、本を焼き尽くすことが仕事。仕事の手順は、まず密告。夜間職場に待機し、「誰それが本を隠匿している」と密告があると、石油(使用燃料が時代を表しているなあ)を搭載した輸送車で出動、本をすべて灰燼と化すまで燃焼させる。作品中では、本の所有は法律違反なのだ。
 彼には妻がいるが、ただ「妻」と呼ばれる人が同じ家に住んでいるだけ。ベッドは別々、広い部屋の端と端に離れて置かれている。夫婦らしい会話は何もない。

 では、人々は仕事以外の時間は何をしているのか。大型スクリーン(オーウェルのテレスクリーンのような人間監視機械ではないが)から一方的にわめき立てるヴァーチャル「家族」と団欒ごっこ、あるいは、内容もなくひたすら単純化された番組がひたすら垂れ流される。
 耳には「海の貝」(イヤホン)をつねに取り付け、現実の人間とはまともな会話も交わさない。
 この世界の人は、中身のない、単純で、想像力を刺激しようもない番組やスクリーンに登場する「家族」、ひたすら受け取るだけの映像と音声に満足している。

 子供の頃からそういう環境におかれているから。
 学校教育は、流されるフィルムを見ているだけで実技も学習もない。ただ映像を受け取ることに慣れるよう教育が仕組まれている。だから人々は何も考えない。

 ところが、実はモンターグは、焚書をしながら少しずつ本を自宅に隠していたのだ。だが、妻に密告され、追われる身となる。しかし、本がこの世から消えることを憂える人々に助けられ、未来に知識を伝えるために進み出す。

 本を読まず、想像力を広げることをせず、自分で考えず、学ぶことを身につけず、競争を経験していない現代の高大生。大学生活4年間、一冊の本も読まずに「卒業」していく学生がどれほど多くいるだろう。
 本を読まず、読んだことに思いをはせることをしたことのない人間は、簡単に操られる。彼らはそれに気づく力をもたない。彼らにとって、努力のハードルはきわめて低い。みずからを向上させることを何もしてこなかったにもかかわらず、就職できないのは「社会が悪い」。
 
 現代に焚書官はいないけれど、人々の行動それ自体が本を火にくべ、知識をこの世から抹消しているようだ。
華氏451度 (ハヤカワ文庫 NV 106) Amazon書評・レビュー: 華氏451度 (ハヤカワ文庫 NV 106)より
4150401063
No.45
(4pt)

読みやすい。

アンチユートピア小説の中では、筋が追いやすく、読みやすい。SF社会の中の人々の、思考の滑稽さ=著者の危惧が伝わってくる。

ハッピーエンドなのは、救いが感じられる。1984は死にたくなるような(笑)ラストだったので、それに比べると少し物足りない鴨
華氏451度 (1964年) (ハヤカワ・SF・シリーズ) Amazon書評・レビュー: 華氏451度 (1964年) (ハヤカワ・SF・シリーズ)より
B000JAGPH8
No.44
(4pt)

読みやすい。

アンチユートピア小説の中では、筋が追いやすく、読みやすい。SF社会の中の人々の、思考の滑稽さ=著者の危惧が伝わってくる。

ハッピーエンドなのは、救いが感じられる。1984は死にたくなるような(笑)ラストだったので、それに比べると少し物足りない鴨
華氏451度 (ハヤカワ文庫SF) Amazon書評・レビュー: 華氏451度 (ハヤカワ文庫SF)より
4150116911
No.43
(4pt)

読みやすい。

アンチユートピア小説の中では、筋が追いやすく、読みやすい。SF社会の中の人々の、思考の滑稽さ=著者の危惧が伝わってくる。

ハッピーエンドなのは、救いが感じられる。1984は死にたくなるような(笑)ラストだったので、それに比べると少し物足りない鴨
華氏451度 (ハヤカワ文庫 NV 106) Amazon書評・レビュー: 華氏451度 (ハヤカワ文庫 NV 106)より
4150401063
No.42
(5pt)

今、これを読んで笑えるか?

1953年に書かれた、ブラッドベリの代表作です。

本と言う本が全て禁止された世界。
今の消防士が本を燃やす職業になっている、近未来の話。

当時、テレビが普及し始め、映像により人々が洗脳されていく社会が出来上がりつつある中、映像社会の危険性が訴えられています。
冷戦が始まり、核戦争の恐怖が認識され始めた時代でもあり、これらが併せて、恐怖として描かれています。

アニメの「図書館戦争」にも出てきましたが、朝日新聞やTBSをはじめとした大手マスコミの偏向報道や、アニメやマンガの表現規制が画策されようとしている今の世の中で、笑うことのできない小説です。

半世紀以上前の小説なので多少古臭くはありますが、珠玉のエンターテインメント作品でもあります。
華氏451度 (1964年) (ハヤカワ・SF・シリーズ) Amazon書評・レビュー: 華氏451度 (1964年) (ハヤカワ・SF・シリーズ)より
B000JAGPH8
No.41
(5pt)

今、これを読んで笑えるか?

1953年に書かれた、ブラッドベリの代表作です。

本と言う本が全て禁止された世界。
今の消防士が本を燃やす職業になっている、近未来の話。

当時、テレビが普及し始め、映像により人々が洗脳されていく社会が出来上がりつつある中、映像社会の危険性が訴えられています。
冷戦が始まり、核戦争の恐怖が認識され始めた時代でもあり、これらが併せて、恐怖として描かれています。

アニメの「図書館戦争」にも出てきましたが、朝日新聞やTBSをはじめとした大手マスコミの偏向報道や、アニメやマンガの表現規制が画策されようとしている今の世の中で、笑うことのできない小説です。

半世紀以上前の小説なので多少古臭くはありますが、珠玉のエンターテインメント作品でもあります。
華氏451度 (ハヤカワ文庫SF) Amazon書評・レビュー: 華氏451度 (ハヤカワ文庫SF)より
4150116911
No.40
(5pt)

今、これを読んで笑えるか?

1953年に書かれた、ブラッドベリの代表作です。

本と言う本が全て禁止された世界。
今の消防士が本を燃やす職業になっている、近未来の話。

当時、テレビが普及し始め、映像により人々が洗脳されていく社会が出来上がりつつある中、映像社会の危険性が訴えられています。
冷戦が始まり、核戦争の恐怖が認識され始めた時代でもあり、これらが併せて、恐怖として描かれています。

アニメの「図書館戦争」にも出てきましたが、朝日新聞やTBSをはじめとした大手マスコミの偏向報道や、アニメやマンガの表現規制が画策されようとしている今の世の中で、笑うことのできない小説です。

半世紀以上前の小説なので多少古臭くはありますが、珠玉のエンターテインメント作品でもあります。
華氏451度 (ハヤカワ文庫 NV 106) Amazon書評・レビュー: 華氏451度 (ハヤカワ文庫 NV 106)より
4150401063
No.39
(4pt)

ちょっと尻すぼみ?

物語がはじまった当初はなにかを期待させる要素がたくさんあるのですが、それがうまく活かされず、尻すぼみ的で中途半端な展開で終わってしまっているのは残念。ただし、それでも物語に引き込んでゆく魅力はあり、一気に読み終えました。
華氏451度 (1964年) (ハヤカワ・SF・シリーズ) Amazon書評・レビュー: 華氏451度 (1964年) (ハヤカワ・SF・シリーズ)より
B000JAGPH8
No.38
(4pt)

ちょっと尻すぼみ?

物語がはじまった当初はなにかを期待させる要素がたくさんあるのですが、それがうまく活かされず、尻すぼみ的で中途半端な展開で終わってしまっているのは残念。ただし、それでも物語に引き込んでゆく魅力はあり、一気に読み終えました。
華氏451度 (ハヤカワ文庫SF) Amazon書評・レビュー: 華氏451度 (ハヤカワ文庫SF)より
4150116911
No.37
(4pt)

ちょっと尻すぼみ?

物語がはじまった当初はなにかを期待させる要素がたくさんあるのですが、それがうまく活かされず、尻すぼみ的で中途半端な展開で終わってしまっているのは残念。ただし、それでも物語に引き込んでゆく魅力はあり、一気に読み終えました。
華氏451度 (ハヤカワ文庫 NV 106) Amazon書評・レビュー: 華氏451度 (ハヤカワ文庫 NV 106)より
4150401063
No.36
(5pt)

SFが描く普遍的問題

深く思考すること、および知識を蓄積することは許されない。したがって、本の閲覧も所蔵も重罰に処せられる社会。許される娯楽は、刹那的な快楽の享受を約束してくれる<<テレビ>>の視聴とその中の<<家族>>との対話のみ。没収された本はすべて焼き尽くされる、そこに書かれてある内容とともに、華氏451℃の業火によって。
主人公モンターグは、書物を見つけ次第火炎放射器で焼き尽くす当の焚書官ではあるが、不思議な少女クラリスに出会ったことで、物事を「なぜ?」と疑ってかかる思考を取り戻す。そして本を一掃する自分の仕事、本を憎み焼き尽くす社会をごく当たり前のものとして受け入れていた彼の世界観にもほころびができてきて・・・。

レイ・ブラッドベリがSFを通して描き出すのは、まるで想像がつかないような遠い世界のようで、僕らの間近に迫っている問題のようにも思える。それは荒唐無稽なようで、僕らの生きる社会のゆがめられた戯画でないと誰が言えよう。
情報がその内容の質ではなく、膨大な量で計れるこの時代は紛れもなく情報過多である。
しかしそれら情報によって、僕らはより優れた選択をさせてもらっているというよりも、その情報のインフレーションの中で何も考えられない迷い子にはなっていやしないだろうか。そうだとすれば、パソコンのモニター画面に没頭する僕らは、<<テレビ>>に夢中になるミリーたちとなんら変わりない。

老教授たちが諭すとおり、答えは書物や情報の中にすでに収められているわけでは決してない。
あるのは答えでなく手段であり、あくまで僕らは自らの答えを、その思考をもってして紡ぎ出さなければならないのだから。
華氏451度 (1964年) (ハヤカワ・SF・シリーズ) Amazon書評・レビュー: 華氏451度 (1964年) (ハヤカワ・SF・シリーズ)より
B000JAGPH8
No.35
(5pt)

SFが描く普遍的問題

深く思考すること、および知識を蓄積することは許されない。したがって、本の閲覧も所蔵も重罰に処せられる社会。許される娯楽は、刹那的な快楽の享受を約束してくれる<<テレビ>>の視聴とその中の<<家族>>との対話のみ。没収された本はすべて焼き尽くされる、そこに書かれてある内容とともに、華氏451℃の業火によって。
主人公モンターグは、書物を見つけ次第火炎放射器で焼き尽くす当の焚書官ではあるが、不思議な少女クラリスに出会ったことで、物事を「なぜ?」と疑ってかかる思考を取り戻す。そして本を一掃する自分の仕事、本を憎み焼き尽くす社会をごく当たり前のものとして受け入れていた彼の世界観にもほころびができてきて・・・。

レイ・ブラッドベリがSFを通して描き出すのは、まるで想像がつかないような遠い世界のようで、僕らの間近に迫っている問題のようにも思える。それは荒唐無稽なようで、僕らの生きる社会のゆがめられた戯画でないと誰が言えよう。
情報がその内容の質ではなく、膨大な量で計れるこの時代は紛れもなく情報過多である。
しかしそれら情報によって、僕らはより優れた選択をさせてもらっているというよりも、その情報のインフレーションの中で何も考えられない迷い子にはなっていやしないだろうか。そうだとすれば、パソコンのモニター画面に没頭する僕らは、<<テレビ>>に夢中になるミリーたちとなんら変わりない。

老教授たちが諭すとおり、答えは書物や情報の中にすでに収められているわけでは決してない。
あるのは答えでなく手段であり、あくまで僕らは自らの答えを、その思考をもってして紡ぎ出さなければならないのだから。
華氏451度 (ハヤカワ文庫SF) Amazon書評・レビュー: 華氏451度 (ハヤカワ文庫SF)より
4150116911
No.34
(5pt)

SFが描く普遍的問題

深く思考すること、および知識を蓄積することは許されない。したがって、本の閲覧も所蔵も重罰に処せられる社会。許される娯楽は、刹那的な快楽の享受を約束してくれる<<テレビ>>の視聴とその中の<<家族>>との対話のみ。没収された本はすべて焼き尽くされる、そこに書かれてある内容とともに、華氏451℃の業火によって。
主人公モンターグは、書物を見つけ次第火炎放射器で焼き尽くす当の焚書官ではあるが、不思議な少女クラリスに出会ったことで、物事を「なぜ?」と疑ってかかる思考を取り戻す。そして本を一掃する自分の仕事、本を憎み焼き尽くす社会をごく当たり前のものとして受け入れていた彼の世界観にもほころびができてきて・・・。

レイ・ブラッドベリがSFを通して描き出すのは、まるで想像がつかないような遠い世界のようで、僕らの間近に迫っている問題のようにも思える。それは荒唐無稽なようで、僕らの生きる社会のゆがめられた戯画でないと誰が言えよう。
情報がその内容の質ではなく、膨大な量で計れるこの時代は紛れもなく情報過多である。
しかしそれら情報によって、僕らはより優れた選択をさせてもらっているというよりも、その情報のインフレーションの中で何も考えられない迷い子にはなっていやしないだろうか。そうだとすれば、パソコンのモニター画面に没頭する僕らは、<<テレビ>>に夢中になるミリーたちとなんら変わりない。

老教授たちが諭すとおり、答えは書物や情報の中にすでに収められているわけでは決してない。
あるのは答えでなく手段であり、あくまで僕らは自らの答えを、その思考をもってして紡ぎ出さなければならないのだから。
華氏451度 (ハヤカワ文庫 NV 106) Amazon書評・レビュー: 華氏451度 (ハヤカワ文庫 NV 106)より
4150401063
No.33
(5pt)

50年

新聞記事より現代社会を映しているのでは、と思わせる小説。

本を持つことは罪、
本は焼かれ、読んだ人は焼かれ
人は単純な快楽を求める世界

本書の世界が想像のものだとはいえないのがとても残念。
一度は読んでもらいたい作品。
華氏451度 (1964年) (ハヤカワ・SF・シリーズ) Amazon書評・レビュー: 華氏451度 (1964年) (ハヤカワ・SF・シリーズ)より
B000JAGPH8
No.32
(5pt)

50年

新聞記事より現代社会を映しているのでは、と思わせる小説。

本を持つことは罪、
本は焼かれ、読んだ人は焼かれ
人は単純な快楽を求める世界

本書の世界が想像のものだとはいえないのがとても残念。
一度は読んでもらいたい作品。
華氏451度 (ハヤカワ文庫SF) Amazon書評・レビュー: 華氏451度 (ハヤカワ文庫SF)より
4150116911
No.31
(5pt)

50年

新聞記事より現代社会を映しているのでは、と思わせる小説。

本を持つことは罪、
本は焼かれ、読んだ人は焼かれ
人は単純な快楽を求める世界

本書の世界が想像のものだとはいえないのがとても残念。
一度は読んでもらいたい作品。
華氏451度 (ハヤカワ文庫 NV 106) Amazon書評・レビュー: 華氏451度 (ハヤカワ文庫 NV 106)より
4150401063