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海から何かがやってくる: 薬師寺涼子の怪奇事件簿



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海から何かがやってくる: 薬師寺涼子の怪奇事件簿の評価: 4.00/10点 レビュー 1件。 Fランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点4.00pt

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No.1:
(4pt)

社会を批判しながらも批判的な行動を取る主人公は批判されるべき

久々の薬師寺涼子の怪奇事件簿シリーズである。そしてシリーズも10作目を数えることとなった。1996年から始まったこのシリーズだが、薬師寺涼子の年齢はまだ27歳である。
現在ではシリーズキャラクターは物語を追うごとに歳をとっていく傾向にあるが、薬師寺涼子は昔のマンガなどにみられるように、永遠に年を取らない設定のようだ。

それは薬師寺涼子が世の常識を超越した、天下無敵でありながらも絶世の美女であるという理想を絵に描いたようなキャラクターであるからだろう。
偶像は永遠の存在でなければならないというわけだ。

さてそんな“永遠の天上天下唯我独尊的超絶美女警視”の薬師寺涼子一行が今回訪れたのは小笠原諸島の聟島から200キロ離れた無人島サメ島だ。そこにあるかつて郵政省が100億円以上かけて建設したものの経営破綻し、それを薬師寺涼子の父親の警備会社JACESのライバル会社NPPがたった500万円で買い取って30億円かけて追加投資して再建したリゾート施設である。
薬師寺涼子と部下の泉田準一郎、そしてベテラン刑事の丸岡警部に阿部真理夫巡査と貝原さとみ巡査の5人がそこに訪れたのは10年前に起きた田園調布一家殺人事件の犯人がこの島にいるという匿名の手紙が届いたことによる。上司の刑事部長は厄介払いとばかりに薬師寺涼子とその部下たちにサメ島に赴いて事件の捜査を行うよう指示したのだった。

しかしこのシリーズはそんな大真面目な過去の事件の捜査がメインではなく、怪奇事件簿の名がサブタイトルについているように、人知を超えた怪物との戦いがメインである。

さてこの怪物のファーストインパクトは再建したリゾート施設のオープン前のお披露目会としてこの島に訪れた取り巻き連中と共に到着した防災担当国務大臣兼消費者問題担当国務大臣兼国家公安委員長の天神原アザミ議員たちが乗ってきた飛行艇が突如海中から飛び出した巨大な水の槍で破壊されるシーンだ。そしてこの議員の取り巻き連中の中に警護の仕事を仰せつかったライバル室町由紀子とその部下の岸本が加わり、またもやレギュラーキャストが揃うのである。

そして天神原アザミ議員を救出すべく海上保安庁と海上自衛隊がこぞってサメ島に到着する。しかし彼らは議員を乗せて東京へ帰ろうとするが乗ってきた巡視船、オスプレイがまたもや水の槍によって破壊されて彼らもまた帰れなくなるのだ。

今回の敵はほとんど無敵の存在だが薬師寺涼子は例によって例の如く、動じず、減らず口を叩きながら敵と立ち向かう…と云いたいところだが、今回どうも彼女の動きはそれほど活発ではない。

というのも天神原アザミを救出に来た海保と海自、特に海自を率いて上陸してきた西原二等海佐は威圧的で明らさまに敵対心を露わにし、薬師寺涼子たちに行動制限を強いる。もちろん涼子はそんなことは聞く耳を持たないのだが、今までと異なり積極的に動くまでもなく、寧ろ海自と海保が未知なる生物―便宜上、海王星人としよう―との戦いでどんどん隊員を減らしていくのを傍観しているようなのだ。

従ってどうも今までの物語に比べて間延びした感が否めない。350ページ強あるのだが、幕間を帰れないと騒ぐ天神原アザミとその仲間たちの愚痴のオンパレードとその会話の中で登場するエピソードの蘊蓄がところどころ挟まれる、そんな動きのない展開なのだ。

そしてようやく涼子が怪生物退治に乗り出すのが200ページを過ぎてから。

その後も雇ったトムとハックの裏切りに遭ったり、海底火山が島のすぐそばで起きたりとそれなりにスペクタクルはあるものの、それほど盛り上がりを感じない。

これは単なる手抜きか田中氏なりの仄めかしか、いやそれとも校閲の段階で待ったがかかったのか解らないが、なんとも歯切れの悪さを感じた。

さてこのシリーズが今なお作者が書いているのはどういった理由からだろうか?
アルスラーン戦記や創竜伝などの大河小説とは異なり、本書は基本的に1話完結ものであるが、なぜか思い出したかのように刊行され続けている。

私はそれは作者が日本の抱える色んな社会問題にメスを入れて喧伝するためだと思う。薬師寺涼子という傍若無人、天上天下唯我独尊の絶対的美女という最強毒舌キャラクターの口を借りてそれらの批判を思う存分に声高に行うためであると思うのだ。

本書でも様々な日本社会の歪みや政治批判が書かれている。
例えば原子力産業界の抱える闇の深さだったり―反抗すれば粛清を受ける可能性が知事であってもあり得ること、非核三原則に従う日本は持たず、つくらず、持ち込ませずといった3つの宣言がありながらも「使わず」の文言がないため、核兵器を使用できる状況にあること。興味深かったのはなぜ日本の6月には祝日がないかという疑問だ。
これについてウェブで調べてみたが、薬師寺涼子が云うほどの不気味な理由が見つからなかった。一体これはどういった理由なのだろうか。

また日本政府への批判に留まらず、海外、特にアメリカの批判も入れられている。1593年に小笠原貞頼が小笠原諸島を発見し、そのことを日本政府が1876年に主張したことで本来なら日本の物になるはずなのに1968年までアメリカ軍の占領下にあったこと、更にそのアメリカ軍の全兵士の75%が貧困層の出身者、つまり就職先がないために兵士になった連中が多いこと、など。

まあこのような国内外のあらゆる社会の歪みに対する不平不満が溜まった時にそれらをぶちまけるためにこのシリーズはあると云っていいだろう。

さて本来の薬師寺涼子たちの出張の目的である田園調布一家殺人事件の犯人捜しの真相は、なんとも脱力系だが、この手はもう二度と使ってほしくない。
つまりこのような猟奇殺人の犯人が捕まっていないという痛切な事実を空出張のネタに利用するのが正論と圧倒的な財力を持って社会の矛盾と悪徳政治家や権力者に立ち向かう最強ヒロインのやるべきことではないし、それは断固として認めるべきではないからだ。

ここにきて何となくだが、薬師寺涼子の存在意義自体が揺らいできたようにも思える。海自の本来の目的をぼやかしたことと云い、手放しに涼子の傍若無人ぶりを愉しめなくなってきた。

やはり田中氏も衰えてきたということだろうか。
もしくは私の方が年を取り、頭が固くなってしまったということだろうか。
いずれにせよ、本シリーズも田中氏の終活の一環としてそろそろ幕引きすべきではなかろうかと思うのは私だけではあるまい。

▼以下、ネタバレ感想

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