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魔境の女王陛下: 薬師寺涼子の怪奇事件簿



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魔境の女王陛下: 薬師寺涼子の怪奇事件簿の評価: 4.00/10点 レビュー 1件。 Eランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点4.00pt

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No.1:
(4pt)

薬師寺涼子の無敵ぶりはいかがなものか

薬師寺涼子シリーズも9作目。しかし8作目からのインターバルは長く、なんと5年ぶりの登場だ。

涼子とその部下泉田くんが今回赴くのはロシア。しかしモスクワといった大都市ではなく、シベリアの辺境の地だ。連続殺人鬼日下公仁がロシアに潜伏しているという情報を得た警視庁に涼子たちが派遣される。

そして彼らに同行したのは阿部真理夫と貝塚さとみのもはや涼子ファミリーとも云うべき一味。そして例に漏れずライバルの室町由紀子も加わり、その部下でキャリアでオタクの岸本もおまけとして付いてくる。

誇大妄想狂の政治家に、精神倒錯者の連続殺人鬼。
これほど物語の舞台としては背筋を寒からしめる材料が揃っているのに、薬師寺涼子には全く危機が訪れない。日下公仁と4人の精神倒錯者という大敵と絶滅したはずのサーベルタイガーの群れと、通常の小説ならば絶望的な状況であるのに、涼子は冷や汗すらかかない。

特に日下公仁は女性に対して肉体的、精神的苦痛を与えて愉しむ倒錯者であり、彼の秘密都市に囚われているという四面楚歌状態ならば、さすがの薬師寺涼子も無傷ではすまないのではないかとハラハラさせられたのだが、むしろ相変らず日本のみならず世界の、とりわけアメリカの政治・政策・思想に対する鋭い舌鋒による口撃が大半を占めるのみで、連続殺人鬼も涼子や室町由紀子、そして部下の貝塚さとみという、拷問するにはこの上ない材料が揃ったと述懐しているのにもかかわらず、捕えて拷問しようという素振りさえ見せないのだ。

これは読者に対する配慮、つまり薬師寺涼子は普通のヒロインなら陥るべき危機などとは全く無縁の、絶対的存在として君臨してほしいという女王崇拝的興趣を削がないためのストーリー展開なのだろうか(実際タイトルの女王陛下はてっきり秘密都市を治めているカリスマ的女性リーダーの存在を想像していたのだが、全く女性キャラは現れず、薬師寺涼子その人を指す単語だった)?
だとしたらは過剰な読者サービスで、物語作家としては失格だろう。そうだとしたらどんな強敵が現れても、常に薬師寺涼子はピンチに陥らなく、エンタテインメント小説の物語の要素として挙げられる「絶体絶命のピンチ」がこの小説には大きく欠けているからだ。例えれば雨霰のように降り注ぐ銃撃戦の中で涼しい顔をして歩いても、決して弾が当たらず、むしろ弾が避けているような存在になってしまっている。

特にこのシリーズが作者の他のシリーズと大きく異なるのは物語の軸となる大きな縦軸が設定されていないところにある。
当初この縦軸を担うのは薬師寺涼子と泉田との関係だと思っていたが、9作目になっても全く進展を見せない。むしろ物語としては舞台と敵を変えただけで同じ話を読まされている気がして、パターン化されているのだ。

確かにそんなシリーズは多々あり、いわゆるミステリの探偵物は事件発生~探偵登場~事件の調査~推理~解決と一定のフォーマットがあって、いわゆる大いなるマンネリが繰り返されているのだが、ミステリでは謎にヴァリエーションがあって一種不可解な謎をどのように解き、そしてどんな真相が現れるのかという求心的興味があるのに対して、このシリーズはそういった核となる謎もなく、敵が現れ、涼子が対峙し、撃退するという実に単純な構造である。
これは昔の連続ヒーローアニメ物に見られるパターンであり、昨今これほど物語に変化のないシリーズも珍しいのではないか。

『銀英伝』、『アルスラーン戦記』、『創竜伝』と数々の傑作シリーズを作ってきた田中芳樹氏がなぜ今頃こんなシリーズを続けているのだろうか?
その問いに対する答えは実は1作目のあとがきにある。解説にもあるが、シリーズ1作目はもともと文庫書き下ろしで刊行されたものだった。当初からサブタイトルに「薬師寺涼子の怪奇事件簿」と冠せられていたことから多分シリーズ化の頭はあったのだろうが、恐らく数巻ぐらいの構想だったのではないだろうか。
それが予想以上の好評を以て迎えられたのか、今に至るまでシリーズは続いている。そしてその1作目のあとがきに書かれているように1作目は作者のストレス解消の一環として書かれたものだった。これを字義どおりに受け取るか、冗談と取るかは読み手の判断だが、作中で繰り広げられる涼子の鋭い舌鋒に対する政治批判を読むとどうも本音のようだ。

本書が刊行されたのは2012年6月。東日本大震災から約1年3ヶ月経ってからの刊行だが、実際に書かれたのはおそらく1年後かそれ未満の頃だろう。とにかく本書では全編に東日本大震災での放射能漏れに対する日本政府への痛烈な批判と皮肉に満ちた記述に満ちている。

そのことからも解るようにこのシリーズは不甲斐ない、もしくは自分の求める理想や道徳的に悖ることが世の中に起きると、それを痛烈に罵倒するためのもので、やはり作者のストレス解消のために書かれているのだろう。これら国家権力に屈しない至高の存在である薬師寺涼子はいわば作者の代弁者で、つまり政治に、行政に不満がなければこのシリーズも新作が生まれないし、新作が生まれるときは日本の政治がおかしいと作者が感じたときなのだ。

そういう意味ではこのシリーズは今後も登場人物らに変化が訪れるような縦の発展はないだろう。年も取らず、常に同じような事件に合間見える横への展開が繰り返されるだけだ。
次の薬師寺涼子も絶対無比の無敵振りを発揮するだけだと思うと次作への興味も薄れてしまうのだが。でも恐らく次が出ても読むのだろうな、私は。


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