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幻肢



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【この小説が収録されている参考書籍】
幻肢
幻肢 (文春文庫 し)

幻肢の評価: 6.00/10点 レビュー 2件。 Dランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点6.00pt

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全2件 1~2 1/1ページ
No.2:
(7pt)

愛もまた幻?

これはいわゆるよくある記憶喪失物のミステリを最新の脳医学の知識と技術の方向から光を当てた、島田氏の持論である21世紀ミステリを具現化する作品である。

島田荘司氏が特に2000年代に入って人間の脳について興味を持ち、それについて取材を重ね、次作のミステリにその最新の研究結果を盛り込み、21世紀本格ミステリとして作品を発表しているが、本書もその系譜に連なる作品で、タイトルが示すように幻肢、つまり実在しないのに恰も実在しているかのように感じられる欠損した手足の存在を足掛かりにそれが引き起こす脳の仕組みを解き明かし、そして最新の医療方法によって、失われた記憶を呼び覚ましていく。

まずこの幻肢、つまりファントム・リムよりも幻痛、ファントム・ペインとして以前より知られており、私も興味があったが、本書ではその幻痛、いや現在では幻肢痛と呼ばれるこの現象についても最新の研究結果が盛り込まれており、大変興味深く読むことが出来た。

幻肢痛とは生まれながらに手足が欠損した人々も含めて、事故や病気で手足を喪った人々がその後もないはずの手足に痛みを感じる現象のことを指すが、これは脳が手足がないことを認識していないために起こる現象であると本書では説明されている。手足を動かす指令は脳から出されるが、それらを喪っても脳はそれを感知せずに通常と変わらぬ指令を出すためにこのような現象が起きる。この治療法として鏡を据えた箱に健全な方の手足を入れ、鏡に映った手足を無いはずの側の手足、例えば右手があれば右手をその箱に入れれば右手の鏡像が左手の代わりとなり、右手を動かすことで恰も左手が存在して動いているかのように認識され、その後このような幻肢痛は起こらないことが証明されているらしい。つまり視覚によってようやく脳がそれを感知するのだ。視覚から得る情報は8割にもなるというが、それを実証するかのようなエピソードだ。

しかし島田氏はそこからさらに幻肢の解釈を拡げていく。
幻肢とは即ち手足のみを示すのではなく、人の全身さえも幻視させることが出来るというのだ。心霊現象を人間に見せると云われている側頭葉と前頭葉の間にある溝、シルヴィウス溝に刺激を与えることで幻視が起こるというのが本書での説だ。
このシルヴィウス溝はアレキサンダー大王、シーザー、ナポレオン、ジャンヌ・ダルクといった歴史上の英雄やゴッホ、ドストエフスキー、ルイス・キャロル、アイザック・ニュートン、ソクラテスといったその道の天才らが癲癇もしくは偏頭痛を持っており、それがシルヴィウス溝に強い刺激を与えて、常人にはない閃きや神の啓示などを聞いたとされている。ここに蓄えられているのは過去に経験した、忘れられた記憶も呼び覚ますことになり、それがかつて存在した手足があるように錯覚させたり、もしくは人そのものをも存在しているかのように思わせたりする、そんな仮説から本来ならば鬱病の治療としてその原因とされている左背外側前頭前野のDLPFCに、経頭蓋磁気刺激法、即ちTMSという脳に直接磁気を当てて刺激して血流を促し、脳の働きを活性化させる治療法をシルヴィウス溝に適用させるという方法で遥は雅人の幻を見ようと試み、そして成功するのだ。それはまた遥が失った事故当時の記憶を呼び覚ますことにも繋がる。遥は雅人の幻とのデートを重ねるうちに雅人への愛情が甦り、「あの日」の記憶を懸命に呼び覚まそうとする。

彼女は今日も幻とデートする。
それは大学から自宅までのほんの数キロのデート。
彼女しか見えない彼はいつも彼女のアパートの前で消え去る。
その短い逢瀬が楽しければ楽しいほど、彼女の寂しさは募っていく。
それでも彼女は亡くした彼に逢いたいがために今日も自分の脳を刺激する。
そしてまた刹那のデートを繰り返す。

そんなペシミスティックなコピーが思いつきそうな感傷的な展開を見せるが、そんな切ない幻との恋愛も次第に様相が変わっていく。その展開についてはまた後ほど語ることにしよう。

上述のように遥が失った事故当時の記憶をTMSでの治療を重ね、雅人の幻との逢瀬を重ねることで徐々にその内容を明かしていくのが本書のメインの物語であるが、それ以外にも随所に織り込まれる最新の脳科学の知識のオンパレードが実に興味深く、素人でも理解できるよう非常に解りやすく書いており、内容は実に面白い。

例えば脳はそれ自体が電気を発するので絶縁体である脂肪で出来ていること、そして最も頑丈な骨、頭蓋骨で守られていること、記憶に不可欠な物質グルタミン酸は非常に興奮をもたらしやすい性質があり、神経細胞をも破壊する恐れがあるため、過剰分泌を抑えるため、アデノシンが分泌され、一時的に活動がストップされること、それが恰も電力使用量を超過した際に自動的に遮断される電気のブレーカーと実に似ていることなど、知的好奇心が促される。

そして脳の秘密を解き明かすことで、即ち昔から怪奇現象と思われていた不可解事の正体や上にも書いた神の啓示や天才の閃きなども解き明かすことに繋がる。つまり広い意味で古来から不思議とされていた事象の謎を解いていくことでもあるのだ。

それは脳という複雑でしかもコンピュータのように精緻な仕組みを持った特殊な機関が我々人間たちに負荷をかけないようにそれ自体が人間から都合の悪い事を見せないように騙し、また故意に忘れさせようと自己防衛機能を備えていることが興味を尽きさせないからだ。
記憶でも思い出の記憶であるエピソード記憶、体得した生活やスポーツでの動きを司る手続き記憶、そして物事の意味を覚える意味記憶と3種類に分かれ、エピソード記憶は海馬に送られ、2年程度保存された後、ある程度、出入力が反復されると大事な記憶として大脳皮質や小脳に送られ、手続き記憶や意味記憶として忘れらない記憶となると述べられている。

この忘れやすいエピソード記憶は即ち我々読書好きの人間にとっては常にその維持との戦いを強いられる。
私がこのように感想を書くのは読み終えた本を極力覚えておきたいからだが、無論それでも忘れてしまう。正直感想を読み返してもどんな話だったか思い出せない作品も確かにある。

だが一方で内容が衝撃的すぎる、もしくは大いに感動した物語は細部は忘れてもその強い印象はずっと残っているのだ。しかもそんな作品でもいつも誰かと話したり、ウェブで感想を読んだりしているわけではなく、インプット・アウトプットの頻度はさほどインパクトの強くない作品のそれとは変わらないように思えるのに、なぜいつまでも覚えているのか。そこの説明が上の内容では成立しないように思えるのだ。
まあ、とにかく読み終わった本を極力覚えているには、どうにか2年の間、海馬にある段階で頻繁にインプット・アウトプットしていくように努めなさいということになるだろうか。

と、このように記憶1つ取ってもこれだけ話が生み出される脳について語られる。従って、通常ミステリならば例えば館の見取り図が欲しくなったりするが、本書では脳のそれぞれの部位が成す役割を詳らかに語るため、脳の各部位を示した図が欲しいと思った。
海馬、大脳皮質、小脳、シルヴィウス溝、側頭葉、前頭葉とここに至るまでにそれだけの脳の部位が出てきた。更には記憶のルートは頭頂葉、側頭葉、帯状回を経由する、恐怖心や不安感をもたらす扁桃体、その中にある背外側前頭前野のDLPFC、等々が続々と登場する。これらそれぞれの部位を示した図があれば、それをもとに自分の頭に照らし合わせて読むとまた格別に理解できただろう。

さて遥が次第に事故当時の記憶を思い出していくごとに不穏な空気が漂ってくる。特に主人公の遥だ。どんどん感情的になっていき、周囲の目を気にせずに幻の彼、神原雅人に嫉妬心を募らせていく。そしてTMSによって思い出した事故当時の記憶はなんとも自己嫌悪に陥るしかない最悪の結果だった。

なんともバカげた真相である。島田氏の女性観はある種、独断と偏見を感じるところがあるが、この主人公糸永遥の性格と行動はまさにその独特の女性観が悪い方向に出たような形だ。
この糸永遥という女性、女性読者から見れば、確かに周囲にいそうな女性ではあるのだけれど、どんな感じで捉えられるのだろうか?

しかしそんな真相の後にどうにか救いはあった。

しかし島田作品初の映画化作品として選ばれた本書。いや映像化を前提に書かれたのかもしれないが、亡くなった彼の幻との短いデートという儚げなラヴストーリーが、一転して事故の真相を知った途端に視聴者はどんな思いを抱くだろうか?
私は前述したようにもっとどうにかならなかったのかと思って仕方がない。機会があれば映画の方も見てみよう。


▼以下、ネタバレ感想

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Tetchy
WHOKS60S
No.1:1人の方が「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(5pt)

幻肢の感想

TMS治療と幻肢を主軸とした恋愛ミステリ。脳機能に関する話は興味深く読めました。どちらかというと恋愛小説として面白かったです後半のヒロインが完全にヤンデレ過ぎてちょっと怖かった。

水生
89I2I7TQ

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