おわかれはモーツァルト
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| 書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点5.67pt | ||||||||
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展開は面白いです。が、ピアノやクラシックに縁が無いと細かい描写は退屈に思える…。 | ||||
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音楽を読む。これは面白い。 | ||||
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岬洋介シリーズの中でもトップクラスに面白かった。全盲のピアニストは実在するし、全聾の音楽家のふりをした詐欺師も実際にいたが、それを意識させながら、演奏シーンでは主人公・榊場隆平の超絶ぶりをしっかり描いている。演奏シーンはこのシリーズの最も特徴的で個人的にも好きな場面です。 | ||||
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※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
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| 岬洋介シリーズ第7弾。盲目のピアニスト榊場隆平が、モーツアルトに挑む。榊場隆平は、岬洋介シリーズ第4弾の『いつまでもショパン』で、ショパン国際コンクールで入賞した。それで、話題となった。 同じコンクールに岬洋介も参加し、演奏途中に突発性難聴にかかった。ファイナリストは、音楽を通じて親友となる。 榊場隆平の盲目に対して、母親の由布花が生活と食の面倒を見る。TOM山崎は芸能事務所のマネージャーで榊場を担当する。潮田は、ピアノ教師。三人が盲目のピアニストを支える。 榊場隆平はモーツアルトのピアノ協奏曲20番、21番、23番を演奏する。20番は1785年に作られ、激しい情熱の表出、暗く不安げな旋律、劇的な展開がある。この曲の初演の前日になってもまだパート譜の写譜が間に合っていない状態だった。それが、モーツアルトのピアノ協奏曲の代表作となった。21番は、スウェーデン映画『みじかくも美しく燃え』に2楽章が使われた。 「モーツアルトは、指揮しようがピアノを弾こうが、とにかく演奏家にとって非常に難しい作曲家だ。確かに楽譜は簡潔、音符も決して多くない。しかし、その一つ一つの音の中に様々な意味が込められている。従って技巧としては簡単かもしれないが、フレーズ一つでも何百通りもの解釈が可能であり、だからこそ難曲なのだ。しかし、最も好きな作曲家としてもモーツアルトの名前をあげるものが多いだろう」アンドレ・プレヴィン ゲーテは、モーツアルトの演奏を聴いて、「そのレベルは、絵画のラファエロ、文学のシェクスピアに並ぶ」といった。バッハは音楽の父、ベートーヴェンは楽聖、ショパンはピアノの詩人、モーツアルトは神童と呼ばれた。 その盲目のピアニストに、雑誌に記事を書くフリーランスの寺下博之が取材に来た。そして、榊場隆平は、盲目ではなく目が見えているという記事を書くという。そんな記事が出されたくなければ、金をよこせと言い、拒絶すると、ネットで流し始める。そして、コンサートで、寺下は「どうせ見えてるんだろおー」とヤジを飛ばす。 そこから、隆平はピアノ演奏の運指がうまくいかなくなり、散々な結果となる。寺下は、そうやってフェイクニュースを作り、画像まで捏造し、芸能人たちからお金をとり、引退させたり、自殺させたりしていた。人の弱点に漬け込んで、フェイクを捏造し、そのフェイクを信じる人がいる。 次の講演会の前に、榊場隆平たちは、寺下に会う約束したが、榊葉の離れの練習室で寺下が殺されていた。殺したのは、榊場隆平に違いないと刑事たちは思って捜査する。 そこに、岬洋介が、榊場隆平のSOSに対して、乗り出す。そして、なぜ寺下が殺され、誰が犯人なのかを明らかにする。そして、岬洋介は、榊場隆平とピアノ協奏曲10番を二台のピアノで演奏した。 盲目だから、ショパンコンクールで入賞したわけでなく、そのピアニズムの技量に対して入賞したのだ。そのため、楽譜も持たず、聴くことで、音楽を再現できるという特殊能力を持つ。暗譜力にも優れている。盲目は一つの個性で、そのことで張力、臭覚が発達する。弛まない努力だ。ピアノによって人を感動させる力がある。 | ||||
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| 岬洋介の登場は、分かっていてもワクワクして、どんどん読み進めたくなってしまう。次はどんな活躍、誰を助けるの?と。 ピアノの場面は、文字なのにコンサートの場所にいるような臨場感で、頭の中でクラッシック音楽が鳴っている。 次回はどんな音楽を聴かせてくれるのか、楽しみでしょうがない。 | ||||
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| ショパンコンクールのファイナリストとの協奏ツアーの始まりですね。『合唱』で、岬陽介は決まっていたコンサートツアーをキャンセルしてしまい多大な借金を負いました。 その為、今後はマネージャーの言うがままコンサートを続けけることになります。(笑) 今回は、その前の『合唱』で、コンサートツアーをキャンセルしまだ、仕事が決まっていないタイミング。無事、司法研修所時代の友達のピンチを救う事が出来た直後です。 ショパンツアーのファイナリストの盲目の日本人、若き天才ピアニスト榊場隆平にかかったゴシップ記者殺害容疑。 そのピンチに、話が2/3終わった頃、コンサートツアーの2回目に目玉の企画として呼ばれた岬陽介。 今回は、岬陽介シリーズ定番な感じですね。演奏シーンの詳細な解説と、中心となる人物目線でのストーリーの展開と、優秀過ぎる探偵である岬陽介による事件解決。 今回は、シンプルな感じでした。 このシリーズを読み続けます。 | ||||
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| 星1もつけられません。 1作目が面白かったのでシリーズを順に読みましたが、続くほどダメになっています。 あまりにひどいので今作で見限りました。今後この筆者の本は一切読みません。 筆者がクラシック音楽が好きなのは良くわかりました。 しかしながら私は面白いミステリーが読みたいのであり、クラシック音楽の蘊蓄を読みたいのではありません。こんな雑でおまけのようなミステリー構成にするのであれば、いっそのことクラシック音楽の小説にすれば良いかと。それであれば不満や文句もありません。いまは完全にミステリー部分が邪魔になっており、そのお陰で恐ろしいほどに駄作となっています。 大前提として、岬という主人公が探偵役として存在するシリーズであるのなら、ミステリーのベースの上にクラシック音楽がなくてはなりません。でなければ岬の存在理由が必要ないからです。しかしながら、いまはクラシック音楽を書きたいためにシリーズを出すという手段が目的になっています。 こんなことを私が言わずとも、筆者も出版側も理解しているかと思います。 作中で才能とは何ぞや、友情や利他の気持ちが大切である的な高尚なことを述べていますが、このあたり筆者自身が書いたことを筆者自身に真剣に読んで頂きたい。 ここまでひどいと、いままでは楽しく読めていた演奏部分の描写も気持ち悪く、そんな自己満足で悦に浸っている時間があるのなら読者を驚かせるトリックの一つでも考えてほしいと激しい怒りが沸きます。 残念ですが、もう読みません。 | ||||
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| これまでのシリーズ作品と比べてや小粒な印象を受けましたが、途中から話に飛び込んでくる岬洋介のキャラクターの魅力もあって、後味の良い音楽ミステリーでした。 ミステリー小説の妙味として一点、印象に残ったのは、殺される人物の周囲にいる三人の人間が三人とも、全く同じ心の声を独白する場面でした。その独白の台詞は、以下のとおりです。ここでは伏せ字にしましたが、●●には殺される人物の名前が記されています。 《 人のかたちをした害毒だと思った。 ●●は必ず榊場隆平(さかきば りゅうへい)に禍(わざわい)となる存在だ。 何とかしなければ。 》 上にある全く同じ台詞が三ヵ所、記載されてるところ。「この人たちの誰かが、ひょっとして‥‥」と、不穏なムードを醸し出す効果がありますし、ちょいと、アガサ・クリスティーの書き方に(こんな風にぼかして書くことでミステリーのムードを盛り上げることを、クリスティーはよくします)似ているなと、面白く感じました。 それと、岬洋介が活躍するこの音楽ミステリーのシリーズでは、毎回、ある作曲家の音楽(演奏)が実に魅力的に描写される愉しみがあるんですけど、本作ではモーツァルトの「ピアノ協奏曲第23番 イ長調 K.(ケッヘル)488」の音楽が一番心に残りました。私はこの音楽、若い頃に繰り返し聴いたアシュケナージの弾き振り(ピアノとともに、フィルハーモニア管弦楽団を指揮した演奏)が、脳裏に甦りましたねぇ。懐かしくも心地よい音楽と読書のブレンドされたひとときを、またも楽しむことができました。感謝です。 | ||||
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