あなたは誰?
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カミュやべケット、カフカとともに、ある種不条理なものへの接近を持つ作家である。 しかし、べケットの「ゴドーを待ちながら」の人間の中の無意味さを見せられるものや、カフカの「変身」の社会の片隅に存在すること、もしくは社会に帰属不可能なことを感じるものと違って、その帰属不可能性がアンナ・カヴァンという人自体の精神分裂的な存在から出てくるような感じがする。つまり、不条理でないもののはずである日常性の混濁が外部からではなく、自分の内部から出てきてしまう。自分が間違った生を生きているという自覚がありながらも、なぜかそれから逃れることができない。 Who are you?とカッコウは囁き、彼女は常に自分の不確かさに揺れ動く。彼女は自分の意志のようなものに気付きながらも行動はなく、変化を望みながらも昨日と同じ明日を望む。そして、幻想の中で夢見ている。現実は常に不確かに不安に満ち溢れーーー。 これを読んで、現代社会と似ていると思うことは、長期化するひきこもりの葛藤や学生生活を長く継続する学生の宙吊りの不決断、会社を辞めたいと思いながらもやめられない心境である。社会的な理由が決め手だと言い切ることはできず、でもよくわからない不確かさに囚われている。どうしてこうなっているのか、自分でも分からない、ーー外部はいつも沈黙していてーー、カフカのように異常なことが起こったわけでもないのに。 また、他の作品も読むと、当時の知的に優秀な女性の悲哀も感じられる。まだ結婚したくないと思いながら結婚し、まだ学問したいと思いながらもやめてしまい、そんな自分の意志とかけ離れた社会を生きていた女性の悲しさである。 男性優位な社会が、変化しようとしている途上に生きた女性のどっちつかずの悲しみ。役割が不明で、どちらも批判される時代。自由に生きる女性も非難され、保守的に母親を生きても非難される。どの生き方も正しいとは言われずにーーー、しかし自分はこれが正しいと決めることもできずーーー。 | ||||
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