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egut さんのレビュー一覧
egutさんのページへレビュー数212件
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作者の野宮有は2025年度の江戸川乱歩賞受賞作家です。すでに商業作品が出版されているという事から本書を手に取りました。
本書を読む限り、今年の乱歩賞作品に期待が高まりました。 本書は能力者が集まる学園を舞台とした詐欺師の物語です。レーベル通り雰囲気はライトノベルです。 主人公は異能が使えない一般人。無能力者にも関わらず、ある目的の為に学園に潜入し、詐欺と策略で異能学園の戦いを勝ち進む下剋上ものの物語。 シリーズものではありますが、1巻だけでも物語としてのまとまりがあり、しっかりと楽しめました。 ミステリーのような大仕掛けを期待するタイプの作品ではありませんが、ライトノベルという枠組みの中では、仕掛けも十分に楽しめました。不自然に凝りすぎることもなく、内容が簡単に把握しやすいギミックなので気軽に楽しめます。 主人公とヒロインの性格や関係性もいい塩梅で読んでいて楽しいので、キャラクターものとしても良かったです。心理戦や詐欺にまつわる駆け引きも、コンゲーム小説としてしっかりと描かれており、そうした知的な読みどころも面白く感じました。 ライトノベルとして設定だけを見ると、アニメやラノベでは見慣れた印象もあり、突出した個性があるわけではないため、映像映えもやや難しく、ジャンルの中での立ち位置は少々曖昧ですが、文章や語り口や心情などは面白いので確かに一般小説で読んでみたいなと思わせる感覚で個人的には好みで楽しめました。 文章は読みやすく、詐欺師の騙し合いの内容も面白かった為、乱歩賞を取った『殺し屋の営業術』という文芸作品がどのようになっているか楽しみになりました。 |
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2024年度の宝島社の『このミステリーがすごい!』大賞受賞作。
広義のミステリーゆえ、本格や謎解き推理を期待するタイプの作品ではなく、かなりライトな内容です。 個人的には小中学生向けの読者層が適していると感じました。安心して子どもに読ませられる児童書ミステリーとしておすすめできそうな作品です。そう考えると非常によくできた一冊だと思います。 大学生の主人公がアルバイトとして働くパン屋の描写は、温かさに包まれていて心地よく魅力的です。パンに情熱を注ぐ店長や、派手でイケてる先輩など、登場人物たちがつくる職場の雰囲気も非常に良いです。物語はパン屋を舞台とした「日常の謎」を扱っています。謎や推理そのものは正直やや簡単すぎてミステリーとしての重みはあまり感じられませんでしたが、児童向け作品として考えればちょうどよいレベルで前向きに評価できます。また読後に嫌な印象が一切残らない点も好印象でした。 手がかりがそろった際に使われる「思考が一気に膨らんだ」というパンにちなんだ表現は好みです。パン屋ならではの比喩として効果的でした。一方でミステリーとしてパン屋という設定が必然だったのかという点についてはやや物足りなさを感じました。テーマとの結びつきが弱く他の職業のバイト先でも成立しそうな内容です。パン屋という舞台は、あくまで表紙から感じられる温かな雰囲気や、パンを好む子どもたちに向けた空気感の演出に貢献しているにとどまっているように思えました。パン屋はミステリーのための舞台というよりは、作者自身の経験がベースになっているのかもしれません。漫画家を目指す主人公や、工学部に通う紗都美さんとの交流などからも、作者の実体験や思いが反映されていると感じられ、リアルに伝わってきました。 総じてミステリーというよりは物語として楽しめる一作でした。 正直な気持ちとしてミステリーとしては☆4-5ぐらい。小学生くらいの子どもが手に取るミステリー作品として良いと思った作品でした。 |
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2025年本屋大賞を受賞という事で手に取りました。作者の作品を読むのは今回が初めてです。
ミステリとは関係のない一般文芸かと思いきや、散りばめられた伏線や謎の隠し方がミステリーの技法であり驚きました。期待していなかったのもありますが、意表を突かれて強く印象に残った次第。作者の過去の作品を調べると、創元推理文庫から『金環日蝕』という作品があるので、ミステリー的な要素を取り入れる事もできる作家さんなのだと感じました。ただし、念のために付け加えると、本作はあくまで家族小説に近い作品であり、ミステリーを期待して読むものではありません。その技法が、物語の印象を深める演出として使われていたという印象です。 物語の主人公は、40代で法務局に勤める真面目な女性。夫から突然離婚を切り出され、心を通わせていた溺愛の弟は急死し、独り身の状態。弟の遺産整理や遺言状をめぐる手続きを進める中で、価値観の異なる弟の元恋人と出会い、彼女との交流を通じて主人公の内面に少しずつ変化が生まれていく――というお話です。 この作品は好き嫌いが分かれやすいと感じました。特に序盤の主人公は鬱屈した描かれ方をしており、読むのが少しつらくなるかもしれません。正直なところ、私は最初の方は苦手に感じました。しかし、物語全体の構造を見れば、主人公の変化を描くためにあえて序盤をマイナスの状態に設定していることが分かります。作品に対する評価は、物語の内容そのものを重視するか、それとも構成や演出の巧みさを評価するかによって分かれそうです。私は、後者の「作り方」に惹かれた次第です。 少し余談ですが、本屋大賞の傾向について。 ここ数年の受賞作には、弱い立場にいる女性やマイノリティの女性が主人公であり、彼女たちが自分らしく生き、成長や自立していく作品が目立つ印象を受けます。そのため、すでに自立していたり、現状の人生に一定の満足感を持っている読者にとっては、主人公と考え方や感情が合わず、距離を感じる場面があるかもしれません。そうした感覚が作品の「好き嫌い」に影響しているようにも思います。 個人的には物語の成長譚は好みに刺さらなかったのですが、読者の感情を揺さぶる為に発生している要所要所のポイントやミスリード的な構成には強く印象を受けました。 ▼以下、ネタバレ感想 |
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図書館を舞台としたミステリ。
ミステリ要素となるのは、図書館で起きた火災事件と、その焼け跡から発見された焼死体、そして遺体が見つかった地下書庫における密室要素です。図書館関係者への聞き込みを主人公の刑事が担当するという王道の構成であり、正統派のミステリとして楽しめました。さらに現代では珍しくなった「読者への挑戦」付きの推理小説なのが好感でした。これがあるだけで、手がかりや推理がしっかり考えられて作っていることが伝わってきて、作者の意気込みを感じます。 本作は単なる謎解きだけでなく、「図書館」という場所に関わる人々の思いや姿が描かれていたのが印象的です。不登校の生徒の居場所となっていたり、地域の交流の場となっていたりと、利用者の視点だけでなく、運営側や司書、職場環境に至るまで、図書館を軸にした多面的な描写がなされていました。 事件やトリックに派手さはなく、やや地味に感じる面もありましたが、図書館という舞台とミステリ要素がしっかり結びついており、全体としてきちんとまとまった作品だと感じました。推理小説を読みたいけど古い作品が苦手という方や、ミステリ初心者にオススメしやすい作品です。 ▼以下、ネタバレ感想 |
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2024年度の鮎川哲也賞受賞作品。
物語は救急医の元に搬送された溺死体が主人公に瓜二つであった事から始まる。彼は何者なのか? なぜ同じ顔をしているのか?ミステリとしての謎が魅力的であり、文章も読みやすく没入感がある作品でした。 作者は現役の女性医師である方。その為か医療現場の雰囲気や描写が専門的で面白く刺激になりました。特に救急現場のシーンは臨場感があって引き込まれました。そして作者が女性医師というのは、本書の評価において重要な要素の一つになっていると感じます。世のレビューにも多くみられますが、ミステリーとしての物語を作る為か、倫理感が独特だったり、嫌悪されるであろう要素がいくつか見られます。でもこの作者なら、理解した上で書いているのだと納得できる為です。一般的な男性作家だったら非難を受けていたかもしれません。予備知識がない方が楽しめる作品なので、どういう要素なのかはネタバレ側で後述しますが、小説というフィクションだから描ける社会問題を内包した作品です。 タイトルの作り方が巧みで、意味合いや印象も抜群でした。事件の結末や探偵役のキャラクターも魅力的で好みでした。後味は好みが分かれるかもしれませんが、強く印象に残るのは大きな魅力。シリーズ化されるなら次作も読んでみたいと思わせる作品でした。 ▼以下、ネタバレ感想 |
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興味が湧くタイトルが一品。それを実現させる作品作りの意気込みが好感です。
ただ難点は期待値が高すぎるものになる為、「思っていたのと違った」と感じ、世の中の評判は控えめになってしまうのは避けられないかなと思いました。個人的には、こうしたテーマを持って作られている作品は好きです。 物語は過去の事件の再調査もの。 過去の事件現場を模した場所に集められた7名。「犯人以外は毒ガスで殺される」というデスゲームに巻き込まれる流れ。生き残るためには「自分が犯人だと認められなければならない」というひねりの効いた設定が面白い作品です。 自分が犯人になるために、事件のトリックや背景を自供する。しかし、その主張に対して他者が探偵役となり、矛盾を突いて反論していく。そんな巧妙な構造が展開される物語です。タイトルに偽りなく、変わったミステリーとしての面白さがありました。 一方で悩ましかったのは、真実か嘘なのかに関係なく「犯人にされるためのエピソード」が語られるため、内容の把握が難しく興味を持ちにくかった点です。後で覆されるかもしれない嘘の物語を、ちゃんと把握して読もうとは無意識で思えなかったからです。何か印象に残るトリックやキャラクターなど魅力が欲しかったのが正直な気持ち。内容ではなくタイトルが一番目立ってしまったのが残念に感じました。 似ている雰囲気のアニメやミステリー系のゲームやマーダーミステリーなどが思いあたるのですが、それらは強烈な個性のキャラやイラストで彩られ、面白く引き立てているなと改めて感じました。ライト系なら何でもアリな設定が誤魔化せますし。本作はリアル寄りのミステリに作者が挑んだという結果として意気込みは好感なのですが、やや地味に終わってしまったのが惜しく感じました。 |
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シリーズ3作目。単体では楽しめないのでシリーズを読んできた人向けです。
本作は、通常のミステリでは扱いづらい非現実的な密室トリックを次々と繰り出す作品です。 作中では登場人物のセリフを通じて、読者の心情を代弁するような呆れた反応も示されており、それも作者の計算のうちでしょう。 細かい現実性にとらわれず、純粋に奇想天外なトリックを楽しむ作品です。 そうした視点で読めば、堪能できます。 トリック以外の要素には特に重きが置かれていません。 登場人物の名前も分かりやすく記号的で、ストーリーや舞台もあくまでトリックを引き立てるためのもの。 物語として何か深く感じ取るような内容ではなく、純粋に仕掛けを楽しむ作品です。 内容とは別に、2作目から急に値段が上がっている点が残念でした。ファンなら購入することを見越した価格設定ですし、それ自体は理解できます。ただ本作はトリック重視でストーリーの面白さを求める作品ではないため、価格に対してやや割高に感じてしまうのも否めません。とはいえ、不思議と次回作も手に取ってしまう魅力があるシリーズなのが悩ましいところです。 |
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コロナ禍を背景に、他人の転落人生を描いた作品です。
複数の視点で展開される群像劇となっており、場面が適度に切り替わるため、テンポよく読めて最後まで飽きることなく楽しめました。 群像劇の構成は、仕掛けミステリーを狙ったものというより、読者がスムーズに読み進められるよう工夫されたものです。なおミステリー要素はあまりありません。 転落人生や不幸を描いた作品なので、あまり気持ちの良い読書ではないです。なのでそういうのが苦手な方は事前にご注意を。 個人的に本書で感じた感想は、コロナ禍で孤立した人々への救済物語です。 コロナ禍で人との接触が減り、一人で孤独や不幸を感じていた人に、他人の強烈な不幸を描いた物語を届けることで、共感や「自分はまだマシ」と感じたり、少しでも前向きに生きるきっかけを与えたい。そんな思いも込められているように感じました。 さらに、不幸に陥る人物たちのパターンや、浅はかな思考が描かれる様子は、ある意味で半面教師的な教訓としても受け取れる部分があります。そのため、若いうちに読んでもらいたい作品とも思えました。 |
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ネットでの出会い系トラブルを題材とした現代ホラー作品です。
インターネットが一般に普及し始めた2001年の作品であり、当時の時代背景を巧みに取り入れた作品だと感じます。 ネットや出会い系といった要素や設定自体は特に特別なものではありませんが、読ませる文章に引き込まれた読書でした。 今読んでも古臭さを感じさせない面白さには驚きました。携帯やネット環境などの話は昔のものですし、ネットトラブルを用いた作品は世に沢山あり見慣れてしまっているのですが、古臭さを感じず惹き付けられます。なんといいますか、変に奇を衒わない王道のホラーとして無駄のない話構成で高い完成度を感じた次第。主人公やリカの人物像も現実にいそうなリアルさがあり、身近で現実的な怖さをジワジワ感じる魅力的な作品でした。 幻冬舎文庫版では、ラストに結末が追加された完全版となっています。この追加エピソードが、物語の結末をさらに際立たせており、ホラー作品としてよい後味でした。 シリーズ化されていますが、本作内に無理にシリーズ化を狙ったような伏線はなく、この一作目だけで無駄なく完結している点に好感です。 |
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今年の横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈読者賞〉受賞作。
ホラーとミステリが巧みに組み合わされた、まさに賞の趣旨にふさわしい作品でした。 文章や扱われる言葉がオカルトや民俗・伝承の要素を取り入れた雰囲気のあるもので、とても魅力的でした。髪の毛を題材にした怪異的なホラー小説として存分に楽しめた一方で、単なる怪異ホラーにとどまらず、密室や死体の入れ替わりといった要素を取り入れた本格ミステリ寄りの構成も見事でした。 怪異的なホラー小説というジャンルが現代でどれほど通用するのか気になるところではありますが、本作においては、閉ざされた富豪の屋敷という舞台設定が非常によく考えられていると感じました。広大な屋敷内で展開される物語だからこそ、多様な条件や空間の存在に説得力が生まれており、納得感のある作品に仕上がっていると感じます。少し気になった点を挙げると、終盤の展開で事件の全容がやや分かりづらく、スッキリとした読後感が得られない部分もありました。ただ、これは私自身の読解力の問題かもしれません。 ホラー×ミステリー作品として雰囲気もライトで読みやすい作品でした。シリーズ化するなら次作も読んでみたいと思います。 |
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奇想の物語による特殊設定ミステリ。
ミステリの為の物語ともいえるし、物語の為のミステリともいえる一作です。複雑な構成なのですが、新しい物語の体験として心に残る印象的な作品でした。 物語は古来より存在していた人間に寄生する生命体『蛇』の物語。 『蛇』は無敵の存在。人に寄生し、その人の記憶を継承して人間に成りすまして生活している。宇宙生物的な感覚で捉えるとイメージしやすいです。 そしてこの蛇は死なない蛇。死んでも蘇る。ただし死んだり消滅する時にはそれなりのデメリットがある。現代では5匹存在しており、その5匹の「衣装変え」という名の人間の寄生先を変えるイベントで事件が発生するという展開です。 正直なところ「ミステリの謎を解く事を楽しみにする」という視点で読むには向かない作品です。 その理由は、物語があまりにも奇抜で現実的に考えられないからです。ただし、訳が分からないから楽しめないのかというとそうではなく、複雑で難解な内容ながらも、読んでいると不思議と面白いのが不思議な味。人間を殺したり乗っ取ったりと倫理感に欠ける部分もありますが、どこか青春ミステリーのような味わいがある奇妙な味わいでした。 特殊設定ミステリとしても適当な特殊性なのではなく、この物語の設定だから可能とするミステリが見事でした。 発想は物語が先なのかミステリの仕掛けが先なのかわかりませんが、絡み合った構造が非常に巧妙でした。 前半の1章・2章ぐらいまでは内容が把握しやすく楽しめたのですが、3章からはかなり複雑な事件模様となり、理解するのが難しくなりました。 ミステリの内容については「整合性がとれているのか」や「他に可能性がないのか」といった点を気にするのはやめ、あまり考えず物語の雰囲気を楽しむ読書となりました。 普通のミステリは読み慣れてしまっていて、新しい変わった特殊設定もの作品を求める方にオススメです。 |
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心温まる物語で楽しめました。
500年の時を経て現代に目覚めた呪いの人形・お梅。呪いで人を殺そうと奮闘するものの、思うようにはいかず……。むしろ、お梅に関わる人々は人生の転機を迎えることに――そんなお話です。 作者の人柄が感じられ、読者を楽しませながら笑顔にさせる物語作りがとても巧みです。心地よい気持ちで読み進められ、思わず一気読みでした。 帯には『伏線回収』とありますが、ミステリー的な要素は弱いので、気軽に楽しめるハートフルストーリーとして手に取ると良いと思います。 |
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謎解きを主軸にしたパズラー小説。
本書はミステリの物語における登場人物たちの感情や背景、深刻さが排除されており、設定や要素が純粋に謎解きの為に活用されています。前作同様に気軽に読めて楽しめるミステリの為、純粋に謎解き堪能しました。 やはり『ワトソン力』という設定が発明もので面白いです。『ワトソン力』は周囲の人物に対して推理能力を飛躍的に高めて発言したくなる能力を付与します。発生した事件に対して色んな可能性の推理を登場人物達が皆で言い合う推理合戦が見どころです。 個人的には『服のない男』が好み。パズラー小説なのでリアルさや感情は抜きで考えた時、行われた理由や背景などがユーモアあふれる謎解き作品として決まっていると感じました。 |
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1作目で完結していた物語に、まさかの2作目が登場。とても嬉しい読書でした。
本作は前作のファンに向けたボーナス的な作品で、いわばおまけストーリーです。ミステリーを用いた要素はありますが、冒険ファンジー寄りの小説となります。 設定自体はどこかで見たようなエピソードが並びますが、何故か読書中はすごく面白い。登場人物たちの熱い想いがとても心に響いてくるのが不思議。これは著者の表現力や文章力によるものでしょう。優しさ溢れる作風が好み。キャラクターの魅力や、読後感の良さもまた心地よいです。 前作が素晴らしかったため、蛇足にならないかと懸念していましたが、見事に物語が繋がっていて驚かされました。 ▼以下、ネタバレ感想 |
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前作の続編がまさかの登場。
世界観が前作の延長にあるため、爆弾事件後の物語が描かれています。前作を読んでおくことを強くおすすめします。 爆弾魔かつ愉快犯の「スズキタゴサク」という人物設定がかなり魅力的であり、今作も良い味を出していました。いわゆる「無敵の人」である知能犯。相手を不愉快にさせる言動や行動は今作も健在。特徴的なセリフ回しが、キャラクターを際立たせています。前作を楽しんだ方や、この犯人に興味を持った方は、今作も間違いなく楽しめるでしょう。 裁判所を舞台とした立てこもり事件。100名近い人質をコントールしているという事に納得できる文章の緊迫した雰囲気が見事でした。この手の作品では、文章が軽いとどうしても現実味が薄れたり、無理のある展開に感じてしまうことが多いですが、本作はそうした不安を感じさせない圧倒的な緊張感で引き込まれます。 犯人が明かされているミステリーながら、犯行理由や目的が謎に包まれており、その点が非常に興味を引きます。キャラクター造形や警察ものとしての要素も楽しめる作品でした。 ミステリーの仕掛けや社会的テーマが現代的な要素に巧みに絡んでおり、まさに今の時代にふさわしいミステリー作品だと感じました。"スズキタゴサク"の今後の展開が非常に楽しみです。 余談ですが、この爆弾シリーズの装丁が好みでした。表紙画像だとわからないですが、実物はモノトーンの写真にツルツルした加工の飛沫が施されており、その触り心地が面白い。こだわりを感じる表紙でした。 ▼以下、ネタバレ感想 |
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今年の江戸川乱歩賞受賞作。
本作は乱歩賞作品の中では、新人賞とは思えないぐらい大変読み易い文章であり、明るい雰囲気で楽しめる作品でした。 物語はアイドルがたった3カ月間のトレーニングでボディビル大会で上位入賞を果たすのですが、「そんな短期間ではあの筋肉ができるわけがない」とドーピング疑惑でSNS炎上する始まり。 SNSの炎上から始まる展開が現代的で面白いです。本書は新人記者がその疑惑を調査するため、アイドルが運営するパーソナルジムに潜入するという、潜入調査ものの作品です。 乱歩賞作品に対する個人的なイメージは社会派で難しい印象だったのですが、本書は気軽に楽しめる雰囲気で、その点に驚きました。 「筋肉は本物なのか?」というわかりやすい謎かけ。潜入調査ものながら、内容は大変コミカルで、主人公の行動には思わずクスッとさせられます。コツコツ筋トレして努力は人を裏切らない的な、成長小説にも感じる作品であり、読後感がとても良い作品でした。欲を言えば成長性をより感じさせる為に、失敗や苦難も描いてほしかったかな。トントン拍子で進むのでちょっと物足りなかったです。ただその分スピード感を優先したのかもですね。 一方で、雰囲気や読みやすさは抜群ですが、ミステリとしての要素、特に謎解きや社会派のテーマといった従来の乱歩賞作品をイメージする部分においては、物足りなさを感じるかもしれません。ミステリに対する正直な感想としまして、何か驚きやテーマを感じさせて欲しかったです。仕掛けの面でもやや弱さを感じ、提示された謎に対する解答にも少し問題があるように思いました。この点については、ネタバレ側で記載します。 個人的には、乱歩賞作品というよりも「メフィスト賞」や「このミステリーがすごい!大賞」の印象を受けました。ユーモアミステリではなくライトミステリの部類かと思います。しかし、ポジティブに考えますと、乱歩賞の苦手な部分のイメージが払拭でき、気軽に楽しめる万人向けなミステリーとして、多くの読者を獲得できる可能性がある作品だと感じました。 読みやすく、楽しめる作品であることは間違いありません。また、作者はこれまでに何度か乱歩賞に応募している方なので、今後の作品にも期待です。 ▼以下、ネタバレ感想 |
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シリーズ3作目。このシリーズは1作目から順に読む事が必須です。
1作目は少し好みと違う作品でしたが、その後の2作目、3作目は期待通りの面白い作品となっています。4部作なので、次巻も楽しみです。 シリーズを通して感じる「名探偵とは」のテーマは今回も健在です。さらにそのテーマに負けないくらいミステリ要素が豊富なのが魅力的でした。地震&落石によるクローズド・サークル、交換殺人、序盤は片側の犯人視点による倒叙ミステリ、後半は館で起こる連続殺人。ミステリ好きにはたまらない展開です。ただ、豊富なミステリ要素は大好物ですが、数が多すぎて事件の把握に難航しました。加えて、600ページ超の長さなので読了までかなりの時間がかかったのが少し大変でした。読みやすく面白かったのですが、読書中は先が気になる面白さというより、犯人や結末をなんとなく予感してしまい、答え合わせまでの道のりが長く感じました。 とはいえ、3人組のキャラや元名探偵との間柄も好みですし、近年のミステリの新作の中では期待のシリーズです。次巻の災害は嵐をテーマにしたものでしょうか。とても楽しみです。 ▼以下、ネタバレ感想 |
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96年に書かれたコンピューターウィルスを用いたサイバーミステリー。
MS-DOSやパソコン通信時代が描かれており、その時代ですでに人工知能を巧く絡めた作品となっているのが驚きでした。 90-00年代のパソコン好きやエンジニアの方にとても楽しめる作品となっております。ミステリーやサスペンス的な要素や構成については今読んでも十分に面白く、コンピューターやウィルスの進化の目的は今読んでも違和感がないのが素晴らしいです。著者の当時からのコンピューターの知識量が垣間見れる作品でした。 MS-DOSやフロッピー、モデムなど、機材や環境については古い単語である事は否めませんが、それを気にしなければコンピューターのベーシックな要素で物語が進むため、ネットワークやコンピューターの原理など初心者エンジニアの方にはそういう面でも楽しめそうです。 ウィルスは何故広まるのか、どこへ到達するのか、終盤の1つの解については現代のAIとの関りの考え方と違和感のない道を示しています。著者の先見性に驚かされました。 ▼以下、ネタバレ感想 |
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2024年の本屋大賞超発掘本に選ばれたきっかけで読書。
1994年の作品であり、その年代を考えればやはり先駆け的存在の1つだと感じます。思い返せば90-00年代ごろこのネタが流行りました。そのままの単語が使われている映画も頭によぎるぐらいです。とはいえ本書のテーマが分かってしまっても先が気になる面白さの作品である事は間違いありませんでした。 読者はワープロで打たれた54個の文書ファイルを読み進めるという構成です。 複数名によって書かれた文書を読み進めるうちに奇妙な違和感が起きてきて、序盤は誰かの勘違い?こういう事なのでは?と思ったらそんなの想定済みですよと言わんばかりにその考えをボツにする展開が発生し、この作品はホラーなのか?SFなのか?一体これはどういう事なのだ?と先が気になる物語で楽しみました。 ▼以下、ネタバレ感想 |
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メフィスト賞受賞の『線は、僕を描く』の続編。前作は必読。本作は完全に非ミステリの青春小説です。
前作同様、文章の表現力が凄まじく素晴らしい読書体験でした。 物語の好みとしては良い面と悪い面があり、ちょっと悩ましい方が強かったのが正直な気持ちです。 1作目はサクセスストーリーの展開でゴールが綺麗に決まっていた為、その続きとなる本書はどう始まるのだろうと手に取りました。あらすじにありますが序盤は主人公の苦悩が描かれたスタートでした。進路に悩み優柔不断な主人公の姿が描かれます。正直な気持ちとして、読んでいてあまり良い気持ちではありませんでした。ウジウジした主人公の姿を見て、一作目のあの姿はどこに行ったんだと思う次第。きっと1作目で盛り上がったゴールを描いたので、一度その雰囲気をリセットする為に主人公を逆境に立たせたんだろうという構成の都合を感じてしまった次第。1作目と2作目の物語の繋がりが弱く、急に逆境だったから変に感じたのかもしれません。その感覚だった為、終盤近くまではどんよりした気持ちを感じながらの読書でした。1作目のような水墨画での新しい知的好奇心は得づらく刺激を変える事が少ない為、読者は最初に得た気分のまま読み進めるんじゃないかなと思いました。 と、気になる事はありましたが、その苦悩が伝わるぐらい文章表現が巧い。関わる人のちょっとした全てを語らないセリフや想いなど、読書体験としては素晴らしかったです。好みと合わない点は多いのですが作品の水準はとても高いです。逆境からスタートである構成も相まって終盤の力強いシーンは圧巻でした。揮毫会や水墨画家達の大団円も見事で映像化が期待されます。 主人公の決断は好みと違うものだったり、ラストから感じる画家たちとの関係性もなんだかピンと来ないので、個人的には物語は1作目で完結な気持ちでした。 |
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