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iisan さんのレビュー一覧
iisanさんのページへレビュー数529件
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刑事事件専門の女性弁護士アイゼンベルク・シリーズの第2作。殺人容疑で逮捕された友人の女性映画プロヂューサーを弁護することになり、警察とは別に、アイゼンベルクが独自に犯人探しをするサスペンス・ミステリーである。
友人であるユーディットが恋人を爆弾で殺害したとして逮捕され、アイゼンベルクに弁護を依頼してきた。ユーディットは無実を主張するのだが、彼女の自宅から爆薬の包装紙、爆破に使われたと思われる使い捨て携帯が発見され、警察はユーディットの犯行と決めつけ、他の可能性を捜査しようとはしない。アイゼンベルクもユーディットの犯行ではないかと疑いながらも事件の様相に違和感を持ち、独自に背景を探り始めた。すると、ユーディットの事業を巡る陰謀が見え隠れし、事件は思わぬ様相を呈して来るのだった・・・。 本筋は、ユーディットの犯行か否か、ユーディットが無実なら誰が、何のために事件を仕組んだのか、という犯人探し、犯行の動機探しである。これに、5年前に起きた連続女性殺害事件とアイゼンベルクの姉の死にまつわる隠されてきた秘密という、二つのエピソードが絡んでくる。前作はストーリー展開にやや強引な印象があったのだが、本作は各エピソードの連関も納得がいき、ミステリーとしてもサスペンスとしても完成度が高くなっている。 北欧ミステリーファン、弁護士ものの謎解きミステリーのファンにオススメする。 |
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3年後に発売された「モダンタイムス」と合わせて「魔王」シリーズと呼ばれる作品。2004年と05年に雑誌掲載された2本の連作を合わせた、社会派エンターテイメントの中編集である。
両親を交通事故でなくし、学生時代から理屈っぽいと言われてきた兄と直感型の弟の兄弟二人で暮らす安藤兄弟。前半の「魔王」は兄が主人公で、後半の「呼吸」は5年後の弟が主人公である。2作品に共通するテーマは、社会の流れが大きく変わろうとする時、個人に何が出来るのか、である。現実の日本の政治状況に限りなく近いフィクションの世界で、ファッショ化する国を動かして行くのが誰なのか、どんな思想や意思、あるいは無意識、無関心なのかを超能力というファンタジーを使いながら解き明かして行く。もちろん完全なフィクションであり、特定の政治的な視点に基づくものではない。ただ、時代の気分という大洪水(ファシズムへの道)に遭遇したとき、それに気が付き、自分の考えで行動できるかどうかが要点であるということは書かれている。これは、他の伊坂幸太郎作品にも共通する視点である。 極めて現代性を帯びた社会派エンターテイメントとして、多くに人にオススメしたい。 |
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ハリー・ボッシュ・シリーズの第18作。ロス市警を生き甲斐としてきたボッシュがリンカーン弁護士・ミッキー・ハラーと組んで強姦殺人の容疑者を弁護するという、変則的な警察・法廷ミステリーである。
定年延長制度中にも関わらず市警を退職させられたボッシュは、異母弟のハラーを代理人に立てて市警への異議申し立てを行い、古いバイクの修理でリタイア生活を過ごそうと計画していた。ところがハラーから、女性公務員が強姦殺害された事件の犯人として逮捕された元ギャング・フォスターの弁護活動の調査員になってくれと頼まれた。被害者に残された精液のDNAがフォスターのものと一致したとして逮捕された上、刑事弁護士に協力するのは警察に対する裏切りになると考えるボッシュは協力を渋っていたのだが、事件の詳細を知るにつれ、冤罪ではないかと疑い始める。さらに、ボッシュが調査を進めると何者かがそれを妨害する事態が頻発し、ボッシュは身の危険を感じるようになった・・・。 強姦殺人の犯人探しと事件の構図を描いた黒幕の追求という、大きな二つの物語がテンポよく進み、最後はリンカーン弁護士の鮮やかな法廷戦術で幕を閉じる。つまり、フーダニットの警察ミステリーとワイダニットの法廷ミステリーの二重奏である。警察からは蛇蝎のごとく嫌われているハラーに協力することで苦悶するボッシュだが、その正義を貫く態度が警察内にも仲間を作り出し、信念を貫き通す美学は本シリーズの真骨頂である。 ボッシュ・シリーズ、リンカーン弁護士シリーズのファン、コナリーのファン、さらに警察ミステリーのファンに自信を持ってオススメする。 |
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雑誌連載の長編小説。病院で知り合った素人3人組が暴力団組長を誘拐して身代金を取ろうとする、痛快なノワール・アクションである。
交通事故の骨折で入院した友永は入院中に知り合った稲垣に誘われ、稲垣の仲間であるケンと三人組でノミの元締めの暴力団幹部を誘拐し、見事に一千万という身代金を獲得した。それぞれの分け前を手に解散した三人だったが、その三ヶ月後、懐が寂しくなりかけた友永は、もう一度誘拐をやろうという稲垣からの誘いに乗った。今度の狙いは組織暴力団の金庫番と言われる組長・緋野で、身代金は三千万と目論んだ。緋野のあとを付け、追突事故に見せかけて誘拐に成功し、緋野の組から金を届けさせようとしたのだったが・・・。 金の受け渡し、人質の交換を巡る無鉄砲な三人と極道のメンツを賭けたヤクザの丁々発止のやりとりが本作の読みどころ。陰謀あり、心理戦あり、カーチェイスあり、暴力あり。著者の十八番である関西弁でのテンポのいい会話とスピーディーな展開が理屈抜きに楽しめる。 黒川博行ワールドにはまっている方には絶対のオススメ。和製ハードボイルド、ノワールのファンにも文句なしのオススメ作である。 |
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90年代後半の雑誌掲載作品5本を収録した連作短編集。古美術の世界でひと儲け、濡れ手に粟を企む男たちの容赦ない騙し合いを描いた、古美術コンゲーム小説である。
水墨画、茶道具、陶磁器など、各作品ごとに主題となるジャンルは異なるものの、いずれも贋作作りの手法と騙しのテクニックをユーモラスに、しかもリアリティ豊かに描いている。贋作と分かっていて素人に売るのは恥だが、同業者に売るのは構わない、騙された方が笑い者になるという世界の物語は、実に魅力的。犯罪と言えば犯罪なのだが、殺人も暴力場面も出て来ないので読後感は爽やかである。登場人物たちの関西人らしい振る舞い、大阪弁の軽やかさも作品のテイストにぴったり合っている。 黒川ファンはもちろん、コンゲームもののファンにはぜひ読んでいただきたい傑作である。 |
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2019年のMWA最優秀長編賞(エドガー賞 長編賞)受賞作。元警官のニューヨークの私立探偵・オリヴァーが警察の腐敗を追及することで自分を再生させようとする、正統派のハードボイルド作品である。
十数年前、NY市警の刑事だったジョー・オリヴァーはハニートラップに引っ掛かって市警を首になり、妻には愛想を尽かされ、しがない私立探偵として漫然と日々を送っていたのだが、ある日、かつてオリヴァーにハニートラップを仕掛けた女性から手紙が届き、事件を謝罪し、彼の無罪を証明するために証言台に立つと言われた。その直後、2名の警官を射殺したとして死刑を宣告された黒人活動家の無実を証明して欲しいという依頼人が現われた。まったく無関係な二つの出来事だが、その背後には権力の陰謀があると考えたオリヴァーは自分自身の誇りを回復するためにも、巨大な悪に立ち向かうことを決心した・・・。 美女に弱く、古いジャズを愛好し、高校生の愛娘を溺愛する主人公・オリヴァーの人物設定が成功している。ヒーローには似つかわしくない様相なのだが、警察に愛着を持ち、しかも黒人としてのアイデンティティを深く持っており、正義感が強い。さらに信義や他人に平等に接する態度を大事にしてきたことで、陰に陽に協力してくれる人物にも恵まれ、孤独な戦いの過程で多彩な援軍が現われて来る。無力に見えた男が巨悪に挑戦し、苦しい戦いの中でプライドを取り戻して行く、まさにハードボイルドの王道を行く作品で、物語が進展するに連れてどんどんサスペンスが高まって来る。そして迎えたクライマックス。読後の余韻も心地よい。 ハードボイルド・ファンには絶対のオススメだ。 |
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大阪府警シリーズの第6作。しかし、他の作品と異なり本格的な密室の謎解きが中心になった警察ミステリーである。
「ブンと総長」と呼ばれる府警捜査一課の文田巡査部長と総田部長刑事が担当することになったのは、頭部が腐乱し、脚部はミイラ化した不思議なバラバラ死体事件だった。死体発見の数日後、マンションでの心中事件現場からバラバラ事件の記事の大量の切り抜きが見つかった。二つの事件を関連させて捜査することになり、ブンと総長コンビに京都育ちの新入り五十嵐刑事を加えたチームは、それぞれの関係者の背景を洗い出すうちに、心中事件の二人も殺害されたのではないかと疑うようになった・・・。 大阪府警シリーズではあるが、警察の内部事情や刑事たちの個性的な言動より、密室殺人の謎を解く本格ミステリーの色合いが濃い。事件の様相や捜査の進展具合なども本格ミステリーに則っており、読者は作者との知恵比べが楽しめる。もちろん、大阪弁でのとぼけた会話の面白さは健在で、一冊で二度楽しめる作品である。 大阪府警シリーズのファンはもちろん、黒川博行ワールドのファン、さらには本格ミステリーのファンにもオススメする。 |
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独特の小説世界を築いて人気があるボストン・テランの2018年の作品。19世紀後半、南北戦争前のアメリカを舞台に、12歳の少年がニューヨークからミズリーまで一人で旅し、様々な戦いの中でアイデンティティを確立していく傑作ロードノベルである。
詐欺師の父親と12歳の少年・チャーリーはニューヨークで、奴隷制度廃止のための資金を南部の活動家に届けるという名目で大金を巻き上げた。金を持って逃げようとした父子だったが、大金を狙う悪党2人に襲われ、父が殺されてしまう。辛くも悪党から逃げられたチャーリーは、それまでの自らの悪行を償うために、一人で約束通り金を届けようと決心する。執拗に追いかけて来る悪党から逃げながら、奴隷解放をめぐって騒然としたアメリカ南部をたった一人で旅する少年は、様々な人々の助けを得て自らが課した任務を全うするべく戦うのだった・・・。 基本的には、悪党に追われる少年の逃避行がメインのロードノベルかつ犯罪小説だが、詐欺を働いていた自分を変えたいという贖罪の物語でもあり、少年が青年へと変わる成長物語でもある。さらに、暴力や犯罪を描いた傑作を発表してきたボストン・テランらしく残酷なまでの現実を描いた社会派ミステリーでもあり、少年の成長が感動的だが、単に清々しい成長物語だけでは終わっていない。ストーリーは波乱に富み、登場人物も多士多彩で飽きることが無い。ぜひとも映画化してもらいたい作品である。 ミステリーの枠に収まらない傑作青春ロードノベルとして、多くの人々にオススメしたい。 |
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大阪府警の丸暴刑事「堀内・伊達」シリーズの第1作。ヤクザの上前をはねる悪徳刑事コンビがヤクザを利用する悪徳商売人に挑戦する、社会派のエンターテイメント作品である。
ヤクザ組織の賭場の情報をつかんだ丸暴刑事・堀内は、相棒の伊達とともに内偵を重ね、現場に踏み込んで27人を逮捕するという手柄を立てた。捜査で知った情報をもとにイエローペーパー発行人・坂辺と組んで強請を働くという「裏のシノギ」をやってきた堀内は、今度も新たな金づるをつかもうとしたのだが、坂辺が車にはねられて死亡し、堀内はヤクザに尾行されるようになった。金づるにしようとした学校法人理事長にはどんな裏があるのか、だれがヤクザを動かしているのか、警察内部の監察部門の目を気にしながらも堀内と伊達は、自分たちのシノギを遂行しようとする・・・。 話の最初から最後までとにかく、刑事もヤクザもビジネスマンも、出て来る人物は全員が悪者と言っても過言ではない。お互いがお互いの上前をはね、さらなる大金をつかむべく知恵と度胸で渡り合う。その丁々発止は細部までリアリティがあり、しかも軽妙で魅力的な大阪弁のやり取りが加わり、まさに全編、黒川博行ワールドである。 警察小説、ハードボイルドというよりノワール・エンターテイメントの傑作として、肩が凝らない社会派エンターテイメント作品を読みたいという読者にオススメする。 |
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日本でも安定した人気を誇る「刑事オリヴァー&ピア」シリーズの第7作。臓器移植の闇をテーマに、連続殺人の犯人と動機を解明する警察捜査の面白さを追求した傑作ミステリーである。
クリスマスを目前に控えたフランクフルト郊外の町で、早朝に犬を散歩させていた女性が射殺された。翌日、訪れた娘と孫のためにクッキーを焼こうとしていた女性が、自宅のキッチンで窓越しに射殺された。さらに数日後、一人暮らしの父親を訪ねてきた若い男性が父親宅の玄関前で射殺された。いずれも一発の弾丸で確実に殺害するという凄腕スナイパーの出現に町はパニックになり、オリヴァーとピアたち警察には早期解決のプレッシャーがかけられるのだが、被害者たちに共通点が見つからず、犯行動機すらつかめなかった。そんな捜査陣をあざ笑うかのごとく、「仕置き人」と名乗る犯人から謎めいた殺害理由を書いた死亡告知が届けられた。犯人の狙いは何か? 被害者たちを繋ぐ犯行動機とは何か? オリヴァーとピアは体力、気力を極限まで振り絞り犯人を割り出そうと奮闘するのだった・・・。 ここ数作は登場人物たちのヒューマン・ドラマの側面が強かった本シリーズだが、本作は久しぶりに警察による犯人探しのプロセスが充実し、緊張感のあるミステリーとなっている。背景となる臓器移植の問題は、まさに日本でも同じような状況が起きかねないだけにリアリティもあり、社会派サスペンスとして読み応えがある。また、シリーズの主役でありながら背景が不明だったピアの家族関係が明かされているのが、シリーズ愛読者には興味深い。 シリーズ愛読者には必読。シリーズ未読であっても十分楽しめる内容なので、本格警察小説ファンに自信を持ってオススメする。 |
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フレンチ・ミステリーのリーダーの一人であるグランジェの長編第9作(邦訳は4作目)。上下2段組みで700ページ、重さ670gという、最近では珍しい重厚長大な一冊だが、サスペンス・アクションの醍醐味が詰まった傑作である。
ボルドー中央駅構内でホームレスが殺害された現場近くにいた男が保護されたのだが、記憶喪失に陥っていたため、マティアス・フレールが医長を勤める精神病院に運ばれてきた。マティアスは、男が記憶を取り戻すための手助けをしようと治療に取りかかる。一方、事件を担当することになったボルドー警察の女性警部アナイス・シャトレは、これをチャンスとし、何としても事件を解決するべく強引な捜査を進めようとする。事件に対し反対方向から対応する二人は、激しくぶつかり合うのだが、アナイスはマティアスに惹かれるものがあった。しかし、事件現場で採取された指紋が、遠く離れたマルセイユで逮捕歴があるホームレスのものと一致し、さらにホームレスの写真がマティアスに似ていたことから事件は急展開を見せ、アナイスとマティアスは追う者と追われる者になる・・・。 解離性遁走と呼ばれる人格の分裂がメインテーマとなり、それにスパイ小説、犯人追走劇、政治的陰謀などが加わった、盛りだくさんの物語である。あっという間に人格が分裂して全くの別人として生きているという設定がやや気になるものの、アクションもサスペンスも非常にレベルが高く、700ページをまったく緩み無く疾走する作品である。 グランジェ・ファンはもちろん、フレンチ・ミステリーのファン、ミッション・インポッシブルのファンにオススメしたい。 |
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夕刊紙連載に加筆・修正した長編小説。大阪府警シリーズには分類されていないが、大阪府警の刑事二人を主人公にしたクライム・アクションである。
府警麻薬対策課の桐尾と上坂は34歳の同期生。同じ班に配属されている二人が覚せい剤取引捜査中に、容疑者が借りていたガレージで中国製のトカレフを発見した。本部長表彰も貰えるのではないかと期待したのだが、その拳銃が迷宮入りした和歌山県での銀行副頭取射殺事件で使用されたものであることが判明し、二人はその事件への専従捜査を命じられる。事件を担当した和歌山県警に赴くと、二人を迎えたのは定年間近でやる気が無い、ハグレ刑事の満井だった。やってるフリだけの捜査を進めていた三人だったが、満井は桐尾と上坂に「事件に関係したと目される暴力団幹部に、偽って別のトカレフを売りつけよう」と持ちかけてきた。刑事が暴力団に拳銃を売るという、とんでもない犯罪行為だが、金に釣られた二人は誘いに乗って危険なおとり捜査に加担することになった・・・。 とてつもなく無茶な話だが、前半の麻薬常習者との内偵捜査の駆け引き、後半のやくざたちとの取引ともに、黒川節でテンポよく語られて行くと妙なリアリティがあり、どんどん引き込まれていく。また、大阪弁での会話の躍動感がストーリーを生き生きと彩って飽きさせない、一級品のエンターテイメントである。 黒川博行ワールドにどっぷり浸れる作品として、自信を持ってオススメできる。 |
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ヴァイオリン職人シリーズの第3作で、なんと日本向けの特別書き下ろし作品だという。北欧ノルウェーを舞台に人間の愚かさ、切なさ、愛しさを描いた人間味豊かな傑作ミステリーである。
20年前にイタリア・クレモナのヴァイオリン製作学校でジャンニの教え子だったノルウェー人・リカルドが母校を訪れ講演をした夜、殺害され、ノルウェーから持ってきていた古い弦楽器ハルダンゲル・フィドルが消えてしまった。大した市場価値がある訳でもない楽器が、殺人の動機になるのだろうか? クレモナ警察の刑事で友人のアントニオの捜査に協力するためにジャンニは、真相解明のためアントニオ、恋人のマルゲリータと一緒にリカルドの葬儀に参列することになったのだが、雨の日ばかりが続くフィヨルドの港町・ベルゲンで三人が出くわしたのは、新たな殺人事件だった・・・。 前2作と同様、本筋は犯人探しなのだが、本作でもヴァイオリンや音楽にまつわるエピソードが重要な役割りを果たしており、殺人事件ながら血腥いところや暴力的なところはほとんどない。だからといって退屈ではなく、謎解き、サスペンスはたっぷり堪能できる。さらに、老練な職人であるジャンニの深い人間観察から発せられる含蓄に富んだコメントが味わい深く、ヒューマン・ドラマとしても傑作と言える。 幅広いミステリーファンが満足できる作品だが、シリーズ物なので、先に前2作を読むことをオススメする。 |
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テレビドラマ脚本家の長編デビュー作で、2018年エドガー賞最優秀新人賞の受賞作。無法者の父親と11歳の娘がギャング団に報復する、暴力的で痛快なアクション・ノワールである。
刑務所でギャング団とトラブルを起こしたネイトは、出所したときに自分はもちろん、元妻と娘にも抹殺指令を出されたことを知る。元妻と娘を守るために駆けつけたのだが、元妻は既に殺害されていた。残された娘・ポリーを何が何でも守ろうと、ネイトはポリーを連れてロサンゼルスへ逃げ込んだのだが、最終的にギャング団の抹殺指令を解除させるには反撃するしかないと決心し、ポリーと二人で命を賭けた戦いを挑むことになる・・・。 11歳の娘と組んで強盗をやりギャング団をやっつけるという荒唐無稽な話であり、作者が「レオン」や「子連れ狼」にインスパイアされたと語っている通り、映像的、漫画的な作品で、ストーリーや場面の華やかさ、スピード感を楽しむ作品である。物語の背景やテーマがどうのこうのではない、シンプルなエンターテイメントとして楽しめる。 まさに「レオン」や『子連れ狼」、タランティーノ作品がお好きな方にオススメだ。 |
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「ワイオミング州猟区管理官・ジョー・ピケット」シリーズの第2作。猛烈な雪嵐が襲う深い森林を舞台に、正義を貫き、弱者を守ろうとする心優しきヒーローを描いた情感豊かなミステリー・アクションである。
ジョーは、何頭ものエルクを射殺した違法ハンターを逮捕したものの連行中に逃げられ、激しく降り始めた雪の中でようやく追い付いてみると、ハンターは無惨に殺されていた。日ごろから対立している保安官と折り合いを付けて犯人探しに加わったジョーだったが、殺されたハンターが森林局の役人だったことから乗り出してきた政府の役人たちに振り回されることになる。さらに、反政府主義グループが地元の国有林にキャンプを張り、状況は一段と悪化していった。しかも、そのグループにはジョー夫妻が養女にしようとしているエイプリルの母親がいて、エイプリルの親権を主張し、取り戻そうとする問題も発生した。理不尽な法律や邪悪で卑劣な人々に対し、家族を愛する実直な正義漢・ジョーは限界まで戦いを挑んでいく・・・。 古き良きウェスタンを思わせる主人公と悪役との対立という構成が成功している。さらに、ジョーの人柄の良さが読者を引きつけるし、悪役の狡猾さが際立っているので、窮地に陥ったジョーが反撃に出た時は思わず拍手喝采、まるで高倉健の唐獅子牡丹のような爽快さを覚える。猟区管理官という、武器を携帯する役人ながら大した権力を持たない主人公の設定が、単なる銃撃戦だけのアクション小説とは一線を画し、自然や家族に対する愛情が伝わる味わい深い物語となっている。 本作以降の作品では重要な役割りを果たすことになる鷹匠・ネイトが登場する、シリーズ的に重要な作品として、シリーズ愛読者には必読。さらに、現実感のあるヒーローもののファンにもオススメする。 |
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「狐狼の血」シリーズの第2弾。ヤクザ相手の捜査でヤクザ以上に外道の道を歩むことになる、若き警察官の成長物語である。
先輩刑事・大上の不祥事の余波で広島の田舎の駐在に左遷された日岡は、久しぶりに立ち寄った小料理屋「志乃」で旧知のヤクザ幹部たちが接待している男が、対立する組織の首領を暗殺して逃亡し指名手配中の国光であることに気が付いた。旧知のヤクザたちへの迷惑を考えてその場を去った日岡だったが、彼が駐在する町のゴルフ場建設現場に国光たちが潜伏しているのを発見した。指名手配犯を逮捕すれば元の刑事に戻れるのではないかと考えた日岡だったが、国光と接触するうちに彼の男気に感化され、逮捕をためらうようになった・・・。 無軌道な暴力刑事だった大上に教育され、捜査のためなら違法行為も辞さない日岡が、男心に惚れたヤクザにどう対処して行くのか。予想を覆す日岡の行動が刺激的で、正義や法規より筋を通すことを重視する、ある種の狂気の世界に誘われる物語である。「仁義なき戦い」のように映画化されたら面白いだろう。 全体に前作のトーンを継承しており、前作を読んでいればすんなり物語世界に入って行けるため、ぜひ前作から順を追って読むことをオススメする。 |
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ご存知、フランスを代表する人気シリーズ「カミーユ警部」三部作の番外編。連続爆破を仕掛けた犯人とカミーユ警部の攻防を描いた「ワイダニット」中編ミステリーである。
パリ市内で爆弾事件が発生、直後に警察に出頭した28歳の青年ジャンは、あと6個の爆弾を一日に一個ずつ爆発するように仕掛けたと告げ、爆弾の設置場所を明かす条件として、殺人事件で留置されている自分の母親の釈放、自分と母親の二人でオーストラリアに脱出できること、500万ユーロの金を用意することを要求する。ジャンから指名されて取り調べることになったカミーユ警部は、青年の頑な態度の裏に隠された真の動機を探るべく必死で説得するのだが、彼の心を開くことが出来ないうちに2つ目の爆弾が爆発。カミーユと警察、政府は窮地の追い込まれるのだった・・・。 次の爆発が起こるまでに、爆弾を設置した場所を聞き出せるのか? ポイントが大きく行間が広い上に、たった200ページほどなので一気に読めるのだが、最後まで手に汗握るタイムリミット・サスペンスである。また、事件の背景もルメートルならではの複雑さで読み応えがある。 シリーズファンはもちろん、サスペンス・ファンには自信を持ってオススメする。 |
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アメリカではミリオンセラーを記録したという歴史ミステリー。史実に基づくものだけが持つ力強いエンターテイメント作品である。
ナチスドイツの空襲の傷跡が残る1947年のロンドン。戦時下のフランスで連絡が取れなくなったフランス人の従姉・ローズを探していたアメリカ人女学生・シャーリーは、手がかりを持っているはずの人物を訪ねるのだが、現われたのは両手の指が醜く潰れた酔っ払いの老女・イブだった。始めは全く関わろうとしなかったイブだったが、シャーリーが洩らしたローズの関連情報に興味を示して、ローズ探しを手伝ってもいいと言い出し、イブの運転手として雇われている元軍人のフィンとともに3人でフランスに渡った・・・。 実はイブは第一次世界大戦時、ドイツ占領下のフランス北部でイギリスのために諜報活動を行っていたスパイ組織「アリスネットワーク」の一員で、若さを武器に優秀な働きをしていたのだが、同時に、凄惨な経験もしてきた過去を持っていた。一方のシャーリーはアメリカの裕福な家庭で育った19歳の女学生だが、戦場から帰った兄が拳銃自殺するという経験があり、さらに自身も望まぬ妊娠により両親からプレッシャーを受けて自信喪失し、幼い頃から慕っていたローズを探し出すことで自分を取り戻そうとしていた。全く異なる背景を持つ二人だったが、それぞれの物語がフランスで交錯したことから、互いに影響し合いながら共通の目的に向かっていくことになる。 イブの視点から見れば復讐の物語であり、シャーリーの視点からは一人の女性として自立していく成長物語である。さらに、過去と現在を繋ぎながらフランスを旅するロードノベルであり、共通の目標に向かって力を合わせるバディ物語でもある。実在したスパイ組織をベースにしているだけに歴史小説としての完成度が高く、また逃げる人物を追いかけるマンハント・ミステリーとしてもよくできている。特に、敵役であるフランス人のレストラン経営者の悪辣ぶりが秀逸で、物語に深みを加えている。 007をはじめとするスーパースパイものとは一線を画す、リアルなスパイ小説として、また女性が主人公のミステリーとして、幅広いジャンルのミステリーファンにオススメしたい。 |
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【ネタバレかも!?】
(1件の連絡あり)[?]
ネタバレを表示する
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2016年〜19年に雑誌連載された長編ミステリー。昭和38年の吉展ちゃん誘拐殺人事件を下敷きに、社会性を欠いた孤独な男の衝動的な犯罪と時代の変化に翻弄される刑事警察の苦闘を描いた社会派ミステリーの傑作である。
一年後の東京オリンピックを控えて沸き立っていた東京下町で豆腐屋の子供・6歳の男児が誘拐され、身代金を要求する電話がかかってきた。同じ下町で起きた強盗殺人事件を捜査中だった警視庁捜査一課刑事・落合は、聞き込みの中で子供達から「莫迦」と言われている北国訛りの若者がいることに引っ掛かった。身代金要求の電話をしてきた男がつい口に出した訛りが気になっていたのである。警視庁は身代金受け渡しでの逮捕に失敗し、誘拐された子供の安否が気遣われるばかりで、犯行の全体像をつかめない警察は焦りの色を濃くして行くのだった・・・。 現実の事件をベースにしているだけあって事件の背景となる社会状況の描写はリアリティーがあり、捜査の進展にはサスペンスがある。さらに、犯人の人物像が緻密で心理描写に迫力があり、まさに社会派ミステリーの王道を行く作品と言える。 奥田英朗ファンのみならず、社会派ミステリーファンには自信を持ってオススメする。 |
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1981年に発表された、レナードらしさがあふれた作品。どこか壊れた登場人物たちが繰り広げる救いのないドラマ、病めるアメリカを味わい深いエンターテイメント作品に仕上げた軽快なアクション・サスペンスである。
フロリダの豪邸で、ハイチ人移民の男が射殺された。大富豪である豪邸の持ち主・ロビーは物盗りに入った男が山刀で襲ってきたので射ったと言う。捜査を担当した刑事・ウォルターは、以前、デトロイト警察に勤務していた時に事件を起こしてフロリダに移住してきた悪徳警官だった。ガン・マニアのロビーはウォルターにある計画を持ちかけ、ウォルターを運転手兼ボディガードとして雇い入れた。 デトロイト時代の事件でウォルターが裁判を受けた時、法廷で彼に不利な証言をした刑事・ハードは、同じ法廷でジャーナリストのアンジェラと出会い、付き合い始めたのだが、アンジェラは富豪をテーマにした記事の取材でロビーと接触しており、射殺事件のときには豪邸に滞在していたのだった。さらに、ウォルターを訴えた男性がデトロイトで射殺される事件が発生。ロビー、ウォルター、ハード、アンジェラは、複雑で滑稽な追跡ゲームを繰り広げることになる。 どれだけ凄惨な乱射事件が起きようと、年間数万人単位で射殺事件が起きていようと、決して銃規制しようとしないアメリカ社会の宿痾というべきガン・カルチャーを浮き彫りにした作品である。しかも、スピーディーなストーリー展開、軽妙な会話、陰影に富んだ人物像など、エンターテイメント作品としての完成度が非常に高く、30年以上前の作品とは思えない現実感がある。 レナード作品のファン、ユーモアのあるハードボイルドのファンに、自信を持ってオススメする。 |
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