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iisan さんのレビュー一覧
iisanさんのページへレビュー数1137件
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大阪府警の元マル暴コンビ堀内・伊達シリーズの第三弾。二人の元刑事が暴力団対策で培った知恵と度胸と人脈を駆使して,パチンコ業界のトラブルに首を突っ込んで大金を引き出す、痛快なエンターテイメント作品である。
暴力団に刺された傷がもとで左足が不自由になり、無気力な生活を送っていた堀内に,元相棒の伊達から「脅迫されているパチンコ店オーナーのトラブル解決」の仕事を一緒にやらないかと声がかかった。脅迫して来たゴト師を脅して決着をつければ終わるはずの仕事だったのだが,依頼して来たオーナー側も何やら隠しているようで,二人がマル暴デカのテクニックを使って探って行くと、思いも寄らぬ大金につながるネタが手に入った。そのネタをもとにパチンコ業界の暗闇に切り込んで行った二人を待っていたのは・・・。 いや〜、疫病神シリーズに負けず劣らずの痛快悪漢小説である。とにかく、パチンコ業者,暴力団,警察、出てくる人物全員が悪人で、一癖も二癖もあるやつばかり。欲にまみれた騙し合いと暴力で、最初から最後まで気が抜けない。ストーリー展開も会話も歯切れがよく,徹頭徹尾楽しませてくれる。 黒川博行ファンはもちろん,クライムもの、犯罪アクションもの好きの方には絶対のオススメだ。 |
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スウェーデンを始めヨーロッパで人気の「エーランド島四部作」の第2作。厳しい冬のエーランド島を舞台に展開される、幽霊がらみのゴシックなミステリーである。
双子の灯台が建つ「うなぎ岬」の古い屋敷にストックホルムから移住して来たヨアキム夫妻は、趣味である屋敷の改造に精を出していたのだが、ある日,妻が溺死体で発見された。警察は事故として処理したのだが,納得しきれない女性新人警官ティルダは独自に調査を進めることにした。そのころ、冬場は人がいなくなる別荘を狙った空き巣が頻発し,警察は犯人を追い詰めて行く。そして、死者が戻ってくるというクリスマスの夜,激しいブリザードの中で激烈な戦いが繰り広げられることになった。 二つの事件が並行して展開され,最後には一つの大きなクライマックスを迎えるというのは、よくある手法だが、本作品でも好結果に結びついている。前半は幽霊話かと思わせてちょっと戸惑うが,中盤からはミステリーとして面白く読むことができた。 北欧ミステリーファンにはオススメだ。 |
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エーランド島四部作の第3作。3作品の中では最もファンタジー要素が強いミステリーである。
離婚後,エーランド島に引っ越して来て一人で暮らしているペールのもとに、性格が合わなくて疎遠になっていた父親から「迎えに来てくれ」と電話があった。認知症気味の様子に心配になって行ってみると、自分が経営する映画スタジオで腹に刺し傷を負っている父を発見。さらに、スタジオが放火で焼け,焼け跡から二つの焼死体が見つかった。派手好きの父は、ポルノ業界で成功し,悪名高かったのだが、その過去が引き起こした事件なのだろうか? 双子の子供の一人である娘が難病に苦しむ状況に父親として辛い思いをしながらも,警察の捜査とは別に、ペールが調べ始めると、忌まわしい過去が影を落としていた。 ペールのコテージの隣に豪華な別荘を建てて、流行作家の夫と遊びに来たヴェンデラはエーランド島出身で、島にはあまりよい思い出がなかった。かんしゃく持ちの夫との中は悪くなる一方で、ひっそりとエルフ(島に伝わる妖精)に様々な願いをかけるような日々だった。 あまり幸せな状態にはない二人の日常が重なり、島の民話の主役エルフとトロール(島に伝わる小鬼)が動き始めたとき,隠されていた過去が姿を現し,悲しい現実が明らかになる。 エルフやトロールなどの伝説の存在が現実に影響を及ぼすという点で、ファンタジー好きか嫌いかで評価が分かれる作品である(エルフやトロールがやったことも、実際には人間がやっていたのだが)。犯罪の動機などもいまいち納得しきれなくて,ミステリーとしては前2作品より低く評価するしかないが、シリーズとしてはぎりぎり合格点だろう。 |
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1990年に発表された、宮部みゆきの第4長編ミステリー。文庫本で777ページという大作である。
謎の男がある使命を確認するハードボイルド風のプロローグから始まって、記憶を失った若い男女が同じ部屋で目覚め、自分たちが何者なのかを追求するストーリーと、失踪した女子高校生の行方を捜すストーリーが並行して進んで行く。やがて「レベル7」というキーワードとある男を媒介にして、二つのストーリーが合わさり、巨悪を倒すことになる。 全体の構成は良くできていて、謎が多い前半は非常にサスペンスが盛り上がる。しかし、時間にして4日間の物語を700ページを越える作品にしたせいもあるかもしれないが、中盤から後半は中だるみで、終盤は読者レビューにあるように「2時間ドラマ」的な平板さで、一気に盛り下がってしまう。事件の背景や犯罪動機も物足りない。それでも最後まで読み通せたのは、作中に生き生きしたエピソードをからめられる文章力が抜群だからと言える。 宮部みゆき作品としては物足りないが、それなりに楽しめる作品であることは間違いない。 |
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人気の連作短編「精神科医・伊良部」シリーズの第2弾。雑誌連載の5本を収めている。
今回の登場人物たちの悩みは、第1作より現実的で深刻なのだが、それだけに読者にとっては面白みが増している。ノーテンキなデブの精神科医、絶好調だ。 主人公のキャラクターが重要なので、第1作から読み進めることをオススメする。 |
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奥田英朗の人気短編連作「精神科医・伊良部」シリーズの5作を収めた、三部作の第一弾。鋭い観察眼で人間のおかしみを掬いとった、珠玉の短編集である。
立派な建物を持った伊良部総合病院の地下一階、見捨てられたような環境に診察室を構える精神科医・伊良部の下には、さまざまな患者が訪れる。それぞれに抱える病状は深刻なものの、訴えかける悩みはどこかユーモラスであり、それに輪をかけて、伊良部の対応が常識破りで驚かせ、笑わせる。果たしてこれで、大丈夫かと読者は心配になるのだが、それでもいつしか、患者たちは将来への希望を抱くようになる。 とにかく面白い。患者がそれぞれ、真剣で生真面目であるほど、世間からズレて行く様子がたまらなくユーモラスである。 ミステリーファンではなく、面白い小説、ユーモアのある話を読みたいという読者には文句無しにオススメだ。 |
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いきなりスウェーデンと英国で新人賞を受賞したという、スウェーデンの人気作家のデビュー作。秋、冬、春、夏と続く「エーランド島四部作」の第一作でもある。
濃霧に包まれたエーランド島で幼い少年が行方不明になってから二十数年後、夫とも別れ都会で一人暮らしをしていた少年の母親ユリアに、島の介護施設で暮らす少年の祖父から「あの子のサンダルが届けられた」という電話が来た。誰にも心を開かない生活を送っていたユリアだったが、勇気を振り絞って島に帰り、祖父と一緒に少年の失踪の謎を解こうとする。体力も金もコネも無い二人だったが、古くからの友人たちに助けられながら調査を進め、やがて第二次世界大戦直後の事件に起因する暗く、陰鬱な真実に向き合うことになった。 物語のスパンが少年の失踪から20年、その遠因となる事件から約50年という長さで、しかも探偵役が介護施設にいるリューマチに悩む老人とほとんど鬱状態の中年女性ということで、ストーリー展開は超スローペース。舞台となっているのも、夏のバカンスシーズンを除けばほとんど人の姿を見ない寂れた島の寒村ということで、とにかく暗くて重く、最初は読み続けるのがしんどい作品である。がしかし、その分だけ人物や情景の描写が丁寧で、事件の背景が判明してくる中盤以降は謎解きと濃厚な人間ドラマにぐいぐい引き込まれていく。最後のどんでん返しも、派手ではないが説得力があり、ミステリーとしての完成度を高めている。 北欧ミステリーファンはもとより、人間ドラマを重視したミステリーが好きな人にはオススメだ。 |
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作者のデビュー作で、2005年の江戸川乱歩賞受賞作。選考委員全員一致で選出されたというだけのことはある、レベルの高い社会派エンターテイメントである。
4年前、赤ん坊だった娘の目前で3人の少年に妻が刺殺された桧山は、娘を保育園に通わせながらカフェを営み、平穏に暮らしていたのだが、店の近くで殺人事件があり刑事が訪ねてきた。殺人事件の被害者は、妻を殺した3人のうちの1人だという。事件を起こしたとき少年らが13歳だったため、逮捕もされず、補導と更生施設送りだけで済まされたことに憤慨し、テレビの前で「彼らを殺したい」と叫んだ桧山だったが、少年を殺してはいない。更生施設を出た彼らは、本当に更生したのか、何を考え、どう行動しているのかを知りたくなった桧山は、一人で関係者を訪ね歩くことにした。そこで出会った少年と被害者である妻を巡る真相は、思いも掛けないものだった・・・。 裁判では裁かれない少年犯罪の罪と罰というテーマは珍しくなく、ややもすると平板で理屈っぽくて退屈な物語になりがちだが、本作は読み応えのあるミステリーに仕上がっている。特に、終盤に掛けての展開の意外性と伏線の張り方の上手さは抜群で、この構成力の高さはとても新人作家とは思えない。この作品を書くきっかけになったのが、高野和明の「13階段」だったというエピソードがあるが、「13階段」の社会性にミステリーとしての面白さが加わった、第一級のエンターテイメント作品である。 社会派ミステリーファンにはオススメだ。 |
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2003年に発表された長編小説。表4の紹介文には「痛快クライム・ノベルの傑作」とあるが、「クライム・ノベル」というより「アクション・コメディ」の方がしっくりくる、痛快なエンターテイメント作品である。
出会い系パーティーを主催するヨコケン、一流商社のダメ社員ミタゾウが、ヤクザの賭場から現金を盗もうとして、それを阻止した謎の美女クロチェと出会う。奇妙な関係に陥った三人だったが、クロチェの父親が企む美術品詐欺で集まる10億円を一緒に横取りする計画を立てた。クロチェの父親の詐欺師、賭場を開いているヤクザ、賭場の客の中国人二人組など、悪過ぎる奴らを相手に、三人の完全犯罪計画は成功するのだろうか? 二十代半ばの三人とドーベルマン1頭が、若さと気合いとちょっぴりの頭脳を武器に大胆な犯罪を実行する痛快なアクション小説である。さらに、ところどころにちりばめられたユーモアと三人の友情物語がスパイスとなり、甘酸っぱい青春小説にもなっている。殺しや残忍なシーンも無く、爽やかな読後感で、青年漫画の原作にぴったりな作品である。 コアなクライムノベルのファンには物足りないだろうが、アクション・エンターテイメントのファンにはオススメだ。 |
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御茶ノ水警察署保安係シリーズの第二弾。シリーズ愛好者には説明の要が無い、斉木と梢田のコンビに、今回は女性の五本松巡査部長が加わった三人組の緩くてユーモラスで、ちょっぴり人情的な捕物帳が展開される6本の連作短編集である。
警察とは言え、保安係(生活安全課)が舞台なので捜査そのものは付属的で、斉木と梢田を中心にした署内の人間関係、とぼけた会話、御茶ノ水、神保町界隈の街並や蘊蓄のお話がメインテーマである。同じ作者の警察小説では、これまた人気が高い「禿鷹」シリーズがあるが、それとは好対照。逢坂剛のサービス精神が溢れるコメディとして楽しむことをオススメする。 |
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「人間嘘発見器」キャサリン・ダンスシリーズの第4作。今回は、人間の恐怖心を操って大量殺人を目論む殺人鬼を相手にしたパニック・サスペンス作品である。
ダンスが無罪と判断した男が麻薬組織の殺し屋であることが分かり、ダンスは刑事事件捜査から外された。失意のダンスにまかされたのは、満員のコンサート会場に煙が流れ込み、火事だと思ってパニックになった人々が将棋倒しになって死傷した事件だった。実際には、会場の外のドラム缶で何かが燃やされて煙が発生しただけで、しかも会場には非常口があったのだが、大型トレーラーが停めてあり開けなくなっていた。単なる事故ではないと気付いたダンスだったが、犯人を捕らえる前に、第二、第三の事件を引き起こされてしまった。卑劣で狡知な犯人との知恵比べに、ダンスは勝利することができるのだろうか・・・。 犯行の形態、犯人像、犯罪の背景などは非常に興味深く、どんでん返しが続くストーリー展開もいいのだが、どうも今ひとつ喰い足りない。リンカーン・ライムシリーズに比べると緻密さが足りないというか、ミステリーとしての重要ポイントでご都合主義が顔をのぞかせ過ぎる。本の帯の惹句にある「読者に背負い投げを食わせる」という表現が(悪い意味で)ぴったりしすぎる気がした。特に、犯人逮捕後の2つのエピソードが語られる最後の章は「おいおい、それはないよ〜」という印象だった。 ディーヴァー・ファンにはオススメだが、サスペンスファン、サイコミステリーファンには物足りないかもしれない。 |
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2015年の直木賞作品。しっかりした構成と巧みな文章力が印象的な骨太の青春小説であり、傑作エンターテイメントである。
国共内戦で国民党兵士として戦い、台湾に逃れてきた祖父を持つ主人公・秋生は、17歳の高校生のとき、自分を寵愛してくれた祖父が殺されているのを発見する。秋生は、誰が祖父を殺したのか、何故殺されたのかを知りたいと思うのだが、自分が成長して行くことに精一杯で、その疑問は心の中でずっと引きずったままだった。やがて青年となり、結婚を決意し始めた時、秋生は疑問の答えを求めて祖父の故郷である中国・青島を訪れた。そこで発見した真実の物語とは・・・。 祖父の殺害から始まって、犯人が判明して終わるという構成だが、ストーリーの比重は犯人探しミステリーより、17歳の高校生の成長物語に置かれている。頭はいいのだが無鉄砲で一本気な若者が、個性的な周囲の人々と触れ合う中で、様々な愛と人生を学んで行くという、絵に描いたような青春小説である。ただし、その中味が凡百の青春小説とは大違いで、実に読み応えがあり、味わい深い。 読後感も爽やかで、ミステリーファンに限らず、多くのエンターテイメント小説ファンにオススメしたい。 |
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すでに映画でもテレビドラマでも高評価を得ている、角田光代の代表作。幼児誘拐の話ではあるが、ミステリーではない。
不倫相手の子どもをおろした希和子は、男の家族が住むアパートを隠れて訪れているうちに夫婦の行動パターンを知り、二人が留守の間に衝動的に忍び込み、生後6ヶ月の娘を誘拐した。薫と名付けた子どもと、実の親子と偽って学生時代の友人宅に緊急避難したのを皮切りに、名古屋、奈良、小豆島へと逃避行を続けることになる。薫が5歳になり、小豆島での生活も落ち着いていたある日、アマチュアカメラマンが撮った写真から居場所がバレて、希和子は逮捕され、薫は実の両親の下に戻されることになった。 それから16年、大学生になった薫はアルバイト先から帰る途中で、奈良の女性団体にかくまわれていた時代の幼なじみに声をかけられた。千草と名乗った彼女は、薫の誘拐事件のことを本にしたいという。乗り気ではなかった薫だったが、千草の熱意に負けて自分の半生をたどってみることにした・・。 子どもを産み、育てることと、結婚し家庭を維持することのどちらが大事で、どちらが人間的なのか? 生物としての本質と社会制度の間で軋みが生じたとき、尊重されるべきはどちらなのか? 簡単に優劣がつけられる問題ではなく、いつの時代にあっても人間の苦悩の素になる問題だが、特に女性にとってはよりリアルで深刻なテーマである。 周りの蝉がみんな七日で死んでしまう中、八日目まで生き延びた蝉は何を感じるのか? 幸せなのか、不幸なのか? 希和子と薫、血のつながらない「親娘」の奇妙な類似性が暗示しているのは何か? ミステリーではないがサスペンスフルな傑作である。 |
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疫病神シリーズの最新作。やっぱり面白いシリーズだ。
疫病神・桑原は二蝶会を破門され、堅気になっているのだが、二宮が受けた地方議会選挙と極道がらみのトラブルを、いつものコンビでさばくことになる。代紋を失い、自称「素っ堅気」になった桑原だが、その本質はまったく変わっておらず、地方政治家やヤクザを相手ににイケイケどんどんで突っかかって、どうにもならない状況を切り開いて行く。そして最後には、それなりのシノギを得て、二宮にもおこぼれが回ってくることになる。 いや〜、このシリーズはまだまだ好調で、期待に違わない面白さだ。特に今回は、悪役がヤクザより品が無い地方政治家とその周辺の有象無象で、彼らが桑原にしてやられるところは、胸がすっとする。暴対法や暴排条例で、楽な仕事では無くなった暴力団の切なさもリアルで、このシリーズも先は桑原の破壊的な暴力一辺倒ではいかないだろうと予感させるが、どうやら破門をとかれそうな桑原の暴れん坊ぶりはまだまだ続きそうだ。 疫病神シリーズのファンはもちろん、ノワール、ヤクザアクション系が好きなミステリーファンにオススメだ。 |
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現実の事件をベースにした5作品を収めた短編小説集。
どれも「ああ、あの事件」と想起できるものばかりで、謎解きやサスペンスを楽しむミステリーというより、社会派小説の趣きが強い作品ばかりである。もちろん、事件ルポではなく吉田修一的世界が展開される作品なのだが、いかんせん短か過ぎて、「悪人」や「怒り」のような恐さ、奥深さがないのが残念。どの作品も吉田修一ならではの独自の視点があり、長編になればもっと面白いだろうなぁ〜と。 短編としての完成度は高く、吉田修一ファン、社会派ミステリーファンには十分に楽しめるだろう。 |
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週刊現代に連載された長編小説。男女の愛憎と悪人を描かせたら抜群の冴えを見せる桐野夏生の本領が発揮された、初老男の悶々滑稽小説である。
大手銀行から町の中小企業に転籍したものの、その会社が大成功して、今や一部上場企業の財務担当取締役になった薄井は、妻と愛人の間を上手く渡り歩いているつもりだったのだが、自分を引っ張ってくれた会長から「社長のセクハラスキャンダルを処理して欲しい」と頼まれたことから、思いもよらぬトラブルに巻き込まれることになる。まあ、巻き込まれる理由の半分以上は、小心なクセに女性にもてたい、自分はモテると妄想して先走ってしまう薄井本人にあるのだが、その言動のスケールの小ささは、まさに週刊現代読者のカリカチュアとして上出来。こういう底意地の悪さは、さすがに桐野夏生である。 主人公の敵役として登場する占い師のばあさんの胡散臭さが、ちょっとだけミステリー、ノワールっぽいが、全体としては滑稽話(ユーモアではない)である。定年を前にさまよう男たちの哀感を、厳しくもおかしく描いた風俗小説として読むことをオススメする。 |
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2008年に単行本が刊行され、吉川英治文学賞を受賞した、奥田英朗の代表作。昭和39年の東京オリンピックを題材に、当時の社会状況をサスペンスに表現した傑作エンターテイメントである。
昭和39年(1964年)夏、アジア初のオリンピックを開催し、敗戦国から一等国に成り上がろうとする日本の首都東京。次々と建設される競技場や高速道路、新幹線などに、日本人は感動し、うきうきした気分で沸き上がっていた。しかしその裏には、人権も人格も無視して奴隷か牛馬のように働かされている地方からの出稼ぎ労働者の大群が隠されていた。そんな出稼ぎ者の一人がヒロポンで死亡し、種違いの弟で東大大学院生の島崎国男は遺骨を引き取り、葬儀のために故郷に帰ることになった。そこで見た現実は、東京の復活とは全く無縁の、敗戦時から一つも変わっていない貧困な故郷の姿だった。東京と故郷の格差に打ちのめされた島崎は、オリンピックを人質に国家権力から身代金を奪う計画を立てた・・・。 スケールの大きな計画犯罪なのに、島崎には思的な主張も金銭欲も名誉欲もなく、淡々と計画を実行して行くところがアナーキーでサスペンスフルである。政治的な主張を掲げるテロリストであれば、その主張に対する賛否があり、好悪が生まれてくるのだが、島崎国男の場合はすべてが虚無の塊のようで、物語の主人公でありながらキャラクターに対する共感や反発が生まれて来ない。ただひたすら、犯罪計画が実行されるプロセスのタイムリミットのサスペンスで読者を引っ張って行く。 当時の時代状況を物語るエピソードがノンフィクションのようなリアリティをもってちりばめられているのも、社会派ミステリーとして成功している。貧困と格差を抑圧した「繁栄の神話としてのオリンピック」という構図は、2020年もまったく同じではないのだろうか? 社会派ミステリーファンには絶対のオススメだ。 |
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巨匠スティーブン・キングが挑んだ、タイムトラベルものの超大作。ケネディ大統領暗殺阻止という重大な任務に挑戦する高校教師の大冒険を描いた、上下合わせて1000ページを越えるボリューム満点のエンターテイメント大作である。
2011年の世界に暮らす高校教師ジェイクは、友人であるダイナーの経営者アルから「オズワルドによるケネディ大統領の暗殺を阻止して欲しい」と依頼された。アルの話では、ダイナーの倉庫には過去につながる「兎の穴」があり、1958年9月19日に行くことができ、また現在に戻ってくることもできるという。半信半疑で「穴」を通ってみたジェイクは本当に1958年を体験し、アルの依頼を受けて「11/23/63」の運命の日まで過去に滞在して、悲劇を防ぐために死力を尽くすのだった・・・。 タイムトラベルと言っても、自由に過去を移動するのではなく、常に1958年9月19日に行き、どれだけ長く過去に過ごしても、現在に戻ると2分しか経過していないという設定が面白い。この不自由さから生み出される過去と現在の因果関係が、物語をどんどん複雑で味わい深いものにしている。さらに、「過去は改変を好まない」、「歴史はバタフライ効果で無限に変化する」という2つの大きな命題に縛られるところも、単なるハッピーエンドに終わらせない、重みのある作品につながっている。 週刊文春、翻訳ミステリー大賞をはじめ、日本国内でも数々のベストテンに選ばれているだけのことはある傑作エンターテイメントとして、ホラー以外のミステリーファンにオススメだ。 |
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2001年に発表された書き下ろし長編。ヴィクトルという元KGBの殺し屋が主役のシリーズの第一作である。
日本人とのハーフでKGBの工作員として日本で活動し、ソ連崩壊後KGBを解雇され、貧窮にあえいでいたヴィクトルは、かつての上司でロシアンマフィアのボス・オギエンコから日本人ヤクザの組長暗殺を依頼される。高額の報酬に惹かれて仕事を引き受けたヴィクトルは、日本に潜入し、単独で任務を果たそうとする。そのヴィクトルの前に立ちはだかったのが、組長のボディーガードの兵藤、警視庁公安部の倉島警部補だった・・・。 ゴルゴ13以来のプロのヒットマンの伝統を受け継いだヴィクトルの見事な仕事っぷりが、第一の読みどころ。それに触発されて、それぞれに鬱屈を抱えていた兵藤と倉島が、人生や仕事に対する情熱を取り戻し、人間として再生への道を歩み始めることになるというのが、第二の読みどころ。安全な社会に安住して危機感を失っている日本人に対する作者の苛立ちが、全編を貫く通奏低音である。 日本を舞台にしたサスペンスアクション、警察小説のファンにオススメだ。 |
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著者の長編ミステリーデビュー作で、2012年の日本ミステリー文学大賞新人賞の受賞作。壮大な問題意識を魅力的なミステリーに仕上げた、社会派ミステリーの傑作である。
2016年に日本中を震撼させた「津久井やまゆり園」事件を想起させる「要介護老人連続殺人事件」をテーマに、犯人、検事、被害者家族、介護関係者それぞれの視点から事件の背景と真相が語られて行く。そこに表われるのは、「そうなることは分かっていたのに」何も手を打って来なかった、真剣に考えることを逃げてきた社会の無責任と、それが引き起こした生きづらさ、矛盾、不幸、絶望、善悪の基準の崩壊である。 「全国民への問題提起」と言いたくなる重い社会性を持ちながら、ミステリーとしても非常に完成度が高い。「介護と殺人」という紹介文で読むのを回避するのはもったいない。ミステリーファンに限らず、多くの人にオススメしたい。 |
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