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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1137

全1137件 601~620 31/57ページ

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No.537:
(8pt)

助け合うはずだったのに・・・

2007年〜08年、「小説推理」に連載された作品。現実にあったお受験殺人事件に触発されたと思われる、母親たちの不安な人間関係を描いたミステリー仕立ての心理劇である。
同じ幼稚園に通う子供たちのママ友3人と、少し年上、少し年下の2人を加えた5人の専業主婦たち。ちょっとしたきっかけで仲良くなり、お互いの違いを認め合い、助け合いながらずっと付合って行くつもりでいたのだが、子どもの小学校をどうするかをきっかけに泥沼のような人間関係に陥って行く。誰もが特別な悪意を持って行動した訳ではないのに、かすかに感じた違和感から修復できない亀裂が広がってしまう。とかく、女性、特に専業主婦にありがちなパターンとして扱われるが、これは何も主婦に限ったことではなく、組織に属する男性、年配者の間でも容易に起こることである。作者は、その苦さや苦しさを実に丁寧に、分かりやすく描写し、読者を共感の輪の中に引き込んで行く。おそらく誰もが、登場人物の誰彼に、部分的であっても感情移入せざるを得なくなるだろう。
犯人探しや謎の解明ではなく、心理的な緊張感を前面に出したサスペンスとして、ミステリーファン以外の方にもオススメしたい。
森に眠る魚
角田光代森に眠る魚 についてのレビュー
No.536:
(7pt)

癒し系探偵の現代人情話

2014年から16年にかけて雑誌掲載された杉村三郎シリーズの中短編4作を収めた作品集。犯人探しや謎解きが含まれているものの、スリルやサスペンスとは無縁の人情ミステリーである。
それぞれの作品ごとにミステリーとしての仕掛けは施されているのだが、ストーリーの重点は登場人物たちの情と主人公・杉村三郎の人間くささに置かれており、ミステリーを読んでいるという緊張感が無い。ただ、さすがに宮部みゆきというべきで、どの作品も話の面白さに引き込まれていく。
シリーズ作品ではあるが、杉村三郎の背景なども適宜説明されているので、前作を読んでいなくても本書だけで十分に楽しめる。
希望荘 (文春文庫)
宮部みゆき希望荘 についてのレビュー
No.535:
(8pt)

頑固刑事の真骨頂!

ピーター・ダイヤモンド警視シリーズの第3作。シルバー・ダガー賞を受賞した、味わい深い警察ミステリーである。
辞表を叩き付けてバースの後にしたものの思うようにいかず、ロンドンのスーパーマーケットの駐車場でカート集めを生業としていたダイヤモンドに、古巣のバース警察から深夜の呼び出しがかかった。4年前にダイヤモンドが逮捕した殺人犯マウントジョイが脱獄し、副署長の娘を人質に取り、ダイヤモンドとの会見を求めているという。不承不承、マウントジョイに会ったダイヤモンドが求められたのは、事件を再捜査し、マウントジョイの無実を証明することだった。事件当時の捜査に自信を持っていたダイヤモンドだったが、人質を解放するためと、自分が警察に戻れるのではという期待から事件の洗い直しをすることになった。信頼するハーグリーヴズ警部をパートナーに改めて関係者を訪ね歩くと、当時は見落としていたり重視していなかった事柄が新たな意味を持ち始めた。ひょっとして自分の捜査は間違っていたのか? ダイヤモンドはマウントジョイに対する責任感から周囲の反対を押し切って真実を追及するのだった。
冤罪を主張する犯罪者のために体を張って奮闘する老刑事の執念の物語に、4年前の事件の真相解明という謎解きが加わって何重にも楽しめる、シルバー・ダガー賞受賞も納得の傑作警察ミステリーである。骨の髄まで刑事というダイヤモンドが、アルバイト状態から警察活動に戻ったときの生き生きした姿が微笑ましく、シリーズ作品ならではのくすぐりが効いていて、英国ミステリーの王道を行く本格派でありながらユーモラスで楽しい作品である。
シリーズものだけに、第1作から読むことをオススメするが、本作だけでも読む価値は十分にある傑作ミステリーである。
バースへの帰還 (Hayakawa novels)
ピーター・ラヴゼイバースへの帰還 についてのレビュー
No.534: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

気弱な始末屋の切ない逃避と再スタート

「刑事ハリー・ホーレ」シリーズで世界的な人気を持つジョー・ネスボのシリーズ外作品。「その雪と血を」に続く作品で、同じようなテイストの叙情的ノワール小説である。
北方少数民族サーミ族が住むノルウェー最北の田舎に、ウルフと名乗る男がやってきた。ウルフはオスロから逃げてきた犯罪組織の始末屋で、親分である麻薬業者から命を狙われている身だった。素性を隠したまま地元の狩猟小屋に住みつき、サーミ族の教会の堂守りであるレアとクヌートの母子と交わるようになったのだが、犯罪組織が差し向けた殺し屋の手は徐々に迫って来るのだった。極北の白夜の地でウルフは、自らの命を守り、レアとクヌートを守るために決死の戦いを決意する・・・。
ウルフが親分から追われるようになった理由、孤独な犯罪者の割には稚拙なサバイバル技能などにより、単純なスーパーヒーローの物語ではなく、人生と愛の物語になっている。犯罪者の悩める心情を丁寧に描写して行くところは「その雪と血を」と同様で、今回は夏には太陽が沈まないという地の果ての風景と独特の文化を持つサーミ族の暮らしとが、物語の陰影を深めている。
「その雪と血を」と同じ登場人物が出て来るが物語としては独立しており、前作を読んでいなくても不都合は無い。ノワール小説ファンに限らず、人間ドラマが中心のミステリーがお好きな方にオススメしたい。
真夜中の太陽 (ハヤカワ・ミステリ)
ジョー・ネスボ真夜中の太陽 についてのレビュー
No.533:
(8pt)

大人の女性の出会いと分かれと修復と(非ミステリー)

第132回直木賞を受賞した、30代女性の生きづらさと復活を描いた長編小説。女性同士の友情を描いているので女性にはより強く共感を呼ぶだろうし、もちろん男性が読んでも十分に楽しめる作品である。
職場の人間関係にうんざりして専業主婦になった35歳の小夜子は他者との関係性が上手くつかめず、3歳の娘とウチに引き蘢るように暮らしていたのだが、そんな自分を変えるために外に働きに出ようとする。そこで出会ったのが、同じ大学で面識は無かったものの同級生だったヴェンチャー企業の女社長・葵だった。自分とは正反対の性格の葵に魅了されて入社し、仕事を覚え、生き甲斐を感じ始めていた小夜子だったが、些細なことから、立場の違いから生まれる溝を感じるようになる。独身者と結婚した者、主婦と社会人、上司と部下などの差異がきっかけで生まれた溝は、やがては二人を分つ亀裂になって行った。
上記の小夜子の視点から語られる物語が中心なのだが、並行して語られる葵の視点からの過去の物語が重なって来ることで、単純な友情物語ではない、人間の成長物語になっている。ストーリーが進むほどに純真で脆かった青春時代が甦り、そのままストレートには成長できなかったことに対する後悔やもどかしさが胸を打つ。
男女の別なく、どなたにもオススメできる良質なエンターテイメント作品である。
対岸の彼女 (文春文庫)
角田光代対岸の彼女 についてのレビュー
No.532: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

血か、育ちか?

アメリカでは発売のたびにベストセラー入りするという、ボストン市警の女刑事「D. D. ウォレン」シリーズの第7作。レクター博士ばりの女性サイコパスが登場する、サイコな警察ミステリーである。
自宅ベッドで殺された女性の体からは無数の皮膚片がはがされていた。現場の家を夜に再訪したD.D.は階段から転落し、左肩の剥離骨折という重傷を負い、さらに当時の記憶を失ってしまった。休職を余儀なくされたD.D.が復帰のために通い始めたペインコントロール専門の精神科医アデレインは、先天性無痛症という自身の遺伝に向き合うために痛みの専門医になったという。その独特の治療法に違和感を抱きながらも早期復帰をめざすD.D.だったが、なかなか職場復帰は叶わなかった。そうこうする内に同じ手口の第二の事件が発生し、D.D.とパートナーたちが事件のパターンを調べると、40年も前に同じような事件が起きていた。しかも、自殺したその犯人はアデレインの実父であり、さらにアデレインの姉シェイナも30年前、14歳のときに少年を殺害して逮捕され、刑務所内で連続殺人事件を起こし終身刑で服役中の悪名高い殺人鬼だと判明した。40年前、30年前の事件と現在の事件の関係は? 服役中のシェイナが関与しているのか? アデレインがD.D.の前に現われたのは果たして偶然か?
犯罪の態様は凄惨、D.D.の痛みに耐えながらの捜査が迫真的。あらすじだけ読めば、これぞサイコサスペンスだが、その実、サスペンス、スリラーというよりは犯人探しミステリーである。なかでもアデレイン、シェイナの姉妹の存在感が強烈。これほど対照的な立場になったのは成育環境の違いだが、では二人に共通する血はどんな影響を与えるのか、というのも読みどころ。ドラマチックな物語だが、ストーリー展開がやや遅いのと異常な犯行の割に動機が安直なのが、欠点といえば欠点である。
日本では、第8作「棺の女」が最初に翻訳出版されるというおかしな始まり方をした当シリーズだが、シリーズ展開とは関係なく読める作品なので、本作だけ読んでも十分に楽しめる。
無痛の子 (小学館文庫)
リサ・ガードナー無痛の子 についてのレビュー
No.531: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

読後感が良い、爽やかなミステリー

弁護士として25年間働いた後に引退しミステリー作家となったという年齢不詳の作家のデビュー作。各種新人賞を受賞するなど高評価を得た、正統派の青春ミステリーである。
自堕落な母親と自閉症の弟を実家に残して家を出て、一人暮らししながら大学に通っていたジョーは、授業の課題で年長者にインタビューし半生記を書く必要に迫られ、苦し紛れに訪れた老人介護施設でカールに紹介された。末期がんで余命幾ばくも無いカールは、三十数年前に14歳の少女を強姦殺害した罪で収容されていた元受刑者だった。カールの話を聞き、ヴェトナム戦争時のカールの戦友と話したりするうちに、ジョーはカールは無罪ではないかと疑問を持つようになった。カールが命あるうちに真実を探り出し、無罪を証明したいと思ったジョーは、隣に住む美人女子大生ライラとともに事件の真相解明に乗り出したのだったが・・・。
基本は犯人探しミステリーであり、フーダニットの本筋をキチンを抑えたストーリーである。それに加えて、主人公のキャラが、思わず応援したくなる鮮烈で爽やかでストレートなところが青春ミステリーとして際立っている。事件を解明する手法は不器用そのもの、ライラに対する恋心の表現も不器用だが、弟に対する一途な愛情は感動的である。さらに、ジョーやカールの秘めてきた過去の悲しみ、それぞれの正義感などがハートウォーミングで、読後感がとても清々しい。ストーリー展開もスピーディで、エンターテイメント作品としての完成度も極めて高い。
ミステリーファンならジャンルを問わず、どなたにも安心してオススメできる佳作である。
償いの雪が降る (創元推理文庫)
アレン・エスケンス償いの雪が降る についてのレビュー
No.530:
(8pt)

犯人より捜査側の複雑さが印象的だが

2001年のCWA賞にノミネートされた、カリン・スローターのデビュー作。ジョージア州の田舎町の検死官サラ・リントンシリーズの第一作である。
街のダイナーのトイレで発見された盲目の女性教授シビルの惨殺死体には腹部に大きく斬りつけられた十字の傷があった。発見した小児科医で検死官のサラ・リントンは検屍解剖のとき、さらにおぞましい現実に直面する。サラの別れた夫である警察署長ジェフリーを中心に事件に取り組む捜査チームには、シビルの双子の姉で署の最年少女性刑事であるリナも加わった。犯行の様態や使用された薬物、凶器などは判明したものの犯行の動機や背景が全く分からず、捜査が難航しているうちに、さらに第二の被害者が出てしまった。静かな田舎町を恐怖に陥れた連続殺人犯は、隣人の中にいる・・・。
残虐な殺害シーンが印象的なサイコ・サスペンスで、犯人の異常性は同種の作品と比べてもかなり際立っており、犯人探しのストーリーだけでも十分に楽しめる作品である。それに加えて、本作の主要登場人物たちが織り成す人間ドラマが複雑で面白い。分かれた夫婦であるサラとジェフリーの関係、サラの秘められた過去、被害者シビルと刑事リナの家族の関係性などが微妙に重なり、絡み合い、単なるサイコ・サスペンスでは終わらない深みがある。
異常な犯罪と犯人探しのサイコもののファンはもちろん、残虐シーンが嫌いでなければ、幅広いジャンルのミステリーファンにオススメできる。
開かれた瞳孔 (ハーパーBOOKS)
カリン・スローター開かれた瞳孔 についてのレビュー
No.529:
(7pt)

濃厚過ぎるアクション・ノワール

2017年のカンヌ映画祭で高評価を得た同名映画の原作。文庫本110ページのすべてに緊迫感がある、中身の濃いノワール小説である。
元海兵隊員、FBI捜査官で、現在は売春を強要されている少女たちの救出を生業としているジョーのもとに、誘拐された13歳の上院議員の娘を助け出すという依頼があった。救出を妨害するものは躊躇無く金槌をふるって排除する凄腕のジョーは無事に少女を取り戻し、上院議員の待つホテルへ連れて行ったのだが、なぜかそこに上院議員はおらず、待ち構えていた悪徳警官たちに襲撃された。自らは傷を負わされ、助けた少女を再びさらわれてしまったジョーは、猛烈な反撃を開始した・・・。
あっという間に読みきれる中編小説だが、最初から最後まで、いかにも映画の原作らしい映像的で徹底的にハードボイルドな作品である。あらゆる周辺エピソードを削った、まさにノワールの極致のすごみがある。普通にエンターテイメント作品として楽しむには短か過ぎるし、息苦しさを覚えるだろうが、独特の味わいを持った作品である。
アンドリュー・ヴァクスのファンならオススメだ。
ビューティフル・デイ (ハヤカワ文庫NV)
No.528:
(8pt)

人情味のある刑事もの

1992年のアンソニー賞最優秀長編賞を受賞した、警察ミステリー。英国の古都バースを舞台にしたダイヤモンド警視シリーズの第一作である。
バース近郊の湖で全裸の女性遺体が発見された。捜査を担当するのは、コンピュータや科学捜査が嫌いな、昔かたぎの頑固刑事ピーター・ダイヤモンド。聞き込みや推理を重視した捜査は難航し、身元の割り出しにも苦労していたのだが、地元の大学教授ジャックマンが妻の失踪を届け出たことから身元が判明。当初は夫であるジャックマン教授が最重要容疑者として取り調べられたのだが、確かなアリバイがあった。さらに、元テレビ女優だった妻の奔放な私生活、教授が川で溺れた少年を助けた出来事などが重なり、事件の真相解明は混迷を深めてゆくばかりだった・・・。
デブで頑固者の老刑事(ダイヤモンドは41歳だが、雰囲気は老刑事である)という、欧州の警察小説では王道のパターンで目新しさは無いが、舞台となったバースの情景、登場人物の性格描写などが丁寧で、じっくりと面白さが伝わって来る。著者が得意としてきた時代ミステリーとは異なり、もっと幅広い読者に受け入れられる作品である。
警察ミステリーファンには文句無しにオススメだ。
最後の刑事 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ピーター・ラヴゼイ最後の刑事 についてのレビュー
No.527:
(7pt)

良くできた話ではあるが(非ミステリー)

ちょっと幻想的な7本のお話を集めた短編集。
それぞれに特徴的な仕掛けがある話ばかりで、どれも長編になればきちんとしたホラー、ファンタジー、サスペンス作品になるのだろうが、短編のため、そこまでの完成度は無い。表4の解説にある「ストーリーテリングの才に酔う」というのが、この本の楽しみ方である。宮部みゆきのミステリーを期待すると、肩透かしされた気分になるだろう。
地下街の雨 (集英社文庫)
宮部みゆき地下街の雨 についてのレビュー
No.526:
(7pt)

密室ミステリーへの郷愁

ピーター・ラヴゼイの代表作である「ダイヤモンド警視」シリーズの第4作。密室ミステリーの面白さをテーマにした、軽めの警察ミステリーである。
世界最古と言われる切手「ペニー・ブラック」が、バースの郵便博物館から盗まれた。数日後、ミステリー愛好者の集まり「猟犬クラブ」の会合で会員のマイロが読み上げようとしたディクスン・カー「三つの棺」の中に、「ペニー・ブラック」がはさまれていた。さらに、運河に浮かぶボートで暮らしているマイロが帰宅してみると、船内では猟犬クラブの会員であるシドの死体が横たわっていた。死体があった船室は施錠されており、1本しかない鍵はマイロが所持しており、しかもマイロには完璧なアリバイがあった。どうやって密室での犯行が可能だったのか? ダイヤモンド警視たちと猟犬クラブ会員たちは、知識と推理を総動員して密室トリックの解明に挑戦し、犯人との知恵比べに乗り出した・・・。
犯行の動機や背景は二次的で、もっぱらミステリーの歴史と密室トリックにまつわるあれこれを楽しむ物語である。今どきはそれほど人気があるとは言えない密室ものだが、ミステリーファンならだれもが通過儀礼として一度ははまる面白さを持っていることが再確認できた。さらに、バースという街の情景、登場人物たちの個性が見事に描かれており、シンプルな物語ながら読み応えがある。
シリーズ読者であるか否かを問わず、多くのミステリーファンにオススメできる傑作エンターテイメント作品である。
猟犬クラブ (Hayakawa Novels)
ピーター・ラヴゼイ猟犬クラブ についてのレビュー
No.525:
(7pt)

二転三転が面白いんだけど、現実感が無い

ドイツでは警察ミステリーのシリーズで人気が高い作家の日本初登場。凄腕の女性刑事弁護士が主役という、これまでにない設定のエンターテイメント・ミステリーである。
20人の職員を抱える弁護士事務所の代表で刑事事件が専門のラヘル・アイゼンベルクのもとを、ホームレスの少女が助けを求めて訪れた。ホームレス仲間の男が若い女性を殺害した容疑で逮捕されたので弁護して欲しいという。金にはならないだろうがマスコミの注目を集めるのではないかという思惑で弁護を引受けたラヘルが拘置所で出会った容疑者は、彼女の元恋人で優秀な物理学教授だった。彼は何故ホームレスになり、容疑者になったのか? 検察側が持ち出した証拠は万全に見え、これを覆すのは至難のわざと思えたのだが、ラヘルは違法スレスレの調査も辞さず、あらゆる手段で元恋人を救い出そうとする・・・。
元恋人を救出する裁判劇がメインストーリーで、それに絡んで来るのがコソボから脱出しドイツに避難しようとした女性が襲撃された事件。二つの事件は、意外なカタチでつながり、二転三転しながら衝撃的なクライマックスを迎えることになる。どんでん返しというより、一筋縄では行かない話のねじれが面白いのだが、逆転を重視するあまり逆転の背景や理由がややおろそかになっている。ヒロインのラヘルを始め、主要登場人物のキャラクターは上手く造形されているのだが、その言動に深みが無いのが惜しい。
これまでのドイツ・ミステリーにはないスピーディーで波乱に富んだストーリー展開で読ませる作品であり、英米系の弁護士もののファンにも十分に楽しめるエンターテイメント作である。法廷ものファンというより、サイコ・ミステリーファンにオススメだ。
弁護士アイゼンベルク (創元推理文庫)
No.524:
(7pt)

18禁のエロコメディー集(非ミステリー)

各作品の周辺登場人物が別の作品の主人公になっていくという構成の短編集。全作品すべて下ねたで笑わせる、古い言葉で言えば艶笑作品ばかりである。
登場人物がみんな下流というか、しょぼくれた人物ばかりで、そこに面白みを感じれば楽しめる作品である。
個人的には面白かったが、オススメ作品かと言われれば躊躇せざるを得ない。
ララピポ (幻冬舎文庫)
奥田英朗ララピポ についてのレビュー
No.523:
(7pt)

マロリーの父親探しの旅

キャシー・マロリーシリーズの第9作。子供が被害者になるという、いつもの犯罪捜査パターンだが、舞台をルート66に設定してアメリカ大陸を横断し、マロリー自身のルーツを辿る物語でもある。
マロリーの自宅で女の死体が発見され、しかもマロリーの行方が知れない。女性は自殺したのか、マロリーが殺害したのか? 居ても立っても居られないライカーはクレジットカードの利用歴から、チャールズと一緒にマロリーの後を追いかけることにした。改造したフォルクスワーゲン・ビートルでルート66を走るマロリーの目的は、顔も知らない父親が書き残した手紙を元に父の旅路を辿ることだったのだが、ルート66上で子供たちの遺骨が発見された事件に遭遇したことから、その捜査に巻き込まれて行った。捜査現場では、無能なFBI捜査官と地元警察との軋轢があり、さらに行方不明の子供たちを探したい親たちのキャラバンは無秩序に膨張し、次第に状況は混沌として来るのだったが、氷の女・マロリーはそんな周囲とは関係なく犯人を追い詰めていく。
アメリカのマザー・ロードと言われるルート66を舞台に、新旧さまざまな家族の物語が展開されるのだが、基本はスーパー刑事・マロリーの超人的な活躍という、いつものパターンである。今回は、それに「父親探し」という、ややウェットな部分が加えられ、マロリーの人間性に多少の変化が見られるところが新しい。
マロリーのルーツを巡る物語だけに、これまでのシリーズを読んでいないとストーリーが理解しにくいし、登場人物のキャラクターも前作までの背景を前提にして描かれているので、シリーズ読者以外にはオススメできない作品である。逆に言えば、シリーズ読者には必読の作品と言える。
ルート66〈上〉 (創元推理文庫)
キャロル・オコンネルルート66 についてのレビュー
No.522:
(8pt)

働く女子は男前(非ミステリー)

30代の働く女性を主人公にした、2006年発売の短編集。
5作品それぞれに、職場でも人生でも踊り場に差しかかった女性たちの生きづらさと心意気が生き生きと描かれていて飽きさせない。
改めて、奥田英朗の人間観察力と物語作りの上手さに感嘆した。
ガール (講談社文庫)
奥田英朗ガール についてのレビュー
No.521:
(8pt)

改めて、ノワールは犯人次第と感じた

大阪府警シリーズの第5作。1989年の作品だが、2018年に読んでも全く古くささを感じさせない、傑作なにわノワール作品である。
殺害された入院中の暴力団幹部は右耳を切り落とされ、そこには他人の小指が差し込まれていた。次に死体が発見されたバッタ屋のオーナーは舌を切り取られ、口には暴力団幹部の耳が押し込まれていた。問題の小指が行方不明の贈答品販売業者のものと判明し、事件は暴力団がらみの連続殺人事件と判断した大阪府警捜査一課の刑事たちが関係者の周辺を洗っていくと、さらなる犯行が危惧された。捜査側が警戒を強める中を、犯人は最終目的に向かって一直線に進んでいくのだった・・・。
冒頭からラストシーンまでゆるみが無く、どんどん引き込まれていく、密度の濃い作品である。基本的には犯人探しの警察ミステリーだが、正体不明(途中で正体は判明するが)の犯人側からのストーリーが挟まれることで、一気にサスペンスが高まって来る。やっぱり、ノワール小説は犯人像次第ということを再確認した。
黒川節というのだろうか、テンポのいい大阪弁の会話も楽しく、黒川作品ファンなら大満足すること間違いない。ハードボイルド、サイコミステリーのファンにもオススメしたい。
切断 (角川文庫)
黒川博行切断 についてのレビュー
No.520: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

伏線の回収が・・・

本国はもちろん、ヨーロッパ、日本でも人気が高まっている「刑事オリヴァー&ピア」シリーズの第6作。少女殺害遺棄事件をきっかけに、テレビや警察をも巻き込んだ凶悪犯罪を暴いていく社会派警察小説である。
フランクフルトの街中を流れる川で長期間にわたって虐待されていたと思われる少女の死体が発見された。オリヴァーのチームの懸命の捜査にも関わらず身元不明のままで二週間が過ぎた頃、テレビの女性人気キャスターが何者かに激しく暴行され、瀕死の重傷を負うという事件が発生。キャスターは独善的で敵の多いキャラクターだっただけに、犯人探しは混迷する。さらに、今度は人気キャスターの相談相手になっていた心理療法士が襲撃された。一連の事件は、同一犯によるものなのか? ピアを中心とするメンバーたちが捜査の結果行き着いたのは、想像を絶する巨悪の存在だった。
少女殺害事件の捜査から始まったストーリーは、あちらこちらに飛び火し、最後に無理やりまとめられたような落ち着かなさがある。前半でいろいろ張られていた伏線が、いつの間にやら回収されてしまっていた。全体に話を広げ過ぎた感じで、警察ミステリーとしては落ち着きが悪い作品である。
ただ、主要登場人物たちの人間関係の変化という意味では見逃せない一作であり、シリーズ読者には絶対のオススメ。北欧系の警察小説ファンにも、安心してオススメできる。
悪しき狼 (創元推理文庫)
ネレ・ノイハウス悪しき狼 についてのレビュー
No.519:
(7pt)

事件の背景、動機が粗雑かな?

ジャン・レノ主演で日本でもヒットしたフランス映画の原作。派手な事件と個性的な登場人物でどんどん突っ走っていく、サスペンス作品である
フランス東北部の山間の大学町で発生した、残酷な連続殺人事件。そこから300キロほど離れた田舎町で発生した、小学校への盗難事件と墓荒し。無関係に見えた二つの事件捜査が、それぞれに個性的な二人の刑事の執念深い捜査によって交わり、忌まわしい真実が明らかにされるという、ありがちな構成のミステリーだが、二人の刑事の個性が際立ち、しかもストーリー展開が早いのでぐんぐん引き込まれていく。そのスピードとサスペンス、アクションはまさに映画向きである。
主人公の一人、ニエマンス警視正はまさにジャン・レノをイメージしながら造形したのではないかと思うぐらいぴったり。映画を見た後に読むのでも、読んだ後に見るのでも、どちらでも楽しめるだろう。ただ、派手な事件の様相の割に、犯罪の動機や背景が粗雑で、ミステリー小説としてはやや評価を下げたくなった。
ピエール・ルメートルなど、近年人気のフレンチ・ミステリーの先駆けとして一読しておいて損は無い。
クリムゾン・リバー (創元推理文庫)
No.518:
(7pt)

寂れゆく北の街の人情話(非ミステリー)

北海道の田舎町(夕張市をイメージした)を舞台にした連作短編集。いつまでたっても何も起きないような、寂れる一方の町でも起きる人々の交流を暖かく描いた人情話である。
田舎ゆえの生きづらさと田舎ならではの優しさが、ちょっとしたエピソードと細やかな心情描写で丁寧に描かれており、まさに流行らない理髪店で渋茶を飲みながらの井戸端会議をしているような読後感である。
宮部みゆきの人情話などがお好きな方にはオススメだ。
向田理髪店
奥田英朗向田理髪店 についてのレビュー