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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1167

全1167件 541~560 28/59ページ

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No.627:
(7pt)

アメリカの宿痾は銃とキリスト教

本国アメリカを始め世界的にベストセラーを放っている作家の最新作かつ最初の邦訳作品。猛烈な寒波に襲われたニューヨークを舞台に、冷静沈着なスナイパーと天才的能力を持つFBI捜査官の戦いを描いたサスペンス・ミステリーである。
猛烈な吹雪と寒波に襲われたニューヨークで、停車しようとした車を運転していたFBI捜査官が狙撃され死亡した。一発で超長距離の狙撃を成功させた犯人に危機感を抱いたFBI主任捜査官は、魔法の目を持つ男・天才的な空間把握能力を持つ元FBI捜査官・ルーカスに協力を依頼する。捜査官時代に事故に遭って片腕、片足、片目を失い、今は大学教授として穏やかな家庭生活を送っているルーカスは協力をためらうのだが、撃たれたのが元相棒だったことを知らされ、現場を見たことから捜査への誘惑に負けて捜査に加わり、狙撃手のいた場所を特定する。しかし、犯人像を描くこともできないうちに次々に法執行機関の職員が狙撃された。被害者たちの共通点は何か、犯人の狙いは何か。ルーカスをはじめとするFBIと謎の狙撃犯は、時間に追われながら激しい戦いを繰り広げるのだった。
天才的なスナイパーと天才的な捜査官の対決はよくあるパターンだし、主人公が肢体不自由というのもすでにリンカーン・ライムがいるため目新しさは無いが犯人解明までのプロセスは緻密で、決して飽きさせない。さらに、事件の背景には銃社会とキリスト教原理主義の頑迷さが見据えられており、なかなか鋭い社会批評が表現されている。また、家族のあり方を問う側面もあって、単なるサスペンス作品ではない深さがある。ただ、ストーリーのポイントとなるいくつかのエピソードにややご都合主義があるのがちょっと残念。
スナイパーもの、冒険活劇、サスペンス・アクションのファンにオススメする。
マンハッタンの狙撃手 (ハヤカワ文庫NV)
ロバート・ポビマンハッタンの狙撃手 についてのレビュー
No.626: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

犯人探しの醍醐味が味わえる快作

日本でも安定した人気を誇る「刑事オリヴァー&ピア」シリーズの第7作。臓器移植の闇をテーマに、連続殺人の犯人と動機を解明する警察捜査の面白さを追求した傑作ミステリーである。
クリスマスを目前に控えたフランクフルト郊外の町で、早朝に犬を散歩させていた女性が射殺された。翌日、訪れた娘と孫のためにクッキーを焼こうとしていた女性が、自宅のキッチンで窓越しに射殺された。さらに数日後、一人暮らしの父親を訪ねてきた若い男性が父親宅の玄関前で射殺された。いずれも一発の弾丸で確実に殺害するという凄腕スナイパーの出現に町はパニックになり、オリヴァーとピアたち警察には早期解決のプレッシャーがかけられるのだが、被害者たちに共通点が見つからず、犯行動機すらつかめなかった。そんな捜査陣をあざ笑うかのごとく、「仕置き人」と名乗る犯人から謎めいた殺害理由を書いた死亡告知が届けられた。犯人の狙いは何か? 被害者たちを繋ぐ犯行動機とは何か? オリヴァーとピアは体力、気力を極限まで振り絞り犯人を割り出そうと奮闘するのだった・・・。
ここ数作は登場人物たちのヒューマン・ドラマの側面が強かった本シリーズだが、本作は久しぶりに警察による犯人探しのプロセスが充実し、緊張感のあるミステリーとなっている。背景となる臓器移植の問題は、まさに日本でも同じような状況が起きかねないだけにリアリティもあり、社会派サスペンスとして読み応えがある。また、シリーズの主役でありながら背景が不明だったピアの家族関係が明かされているのが、シリーズ愛読者には興味深い。
シリーズ愛読者には必読。シリーズ未読であっても十分楽しめる内容なので、本格警察小説ファンに自信を持ってオススメする。
生者と死者に告ぐ (創元推理文庫)
ネレ・ノイハウス生者と死者に告ぐ についてのレビュー
No.625:
(7pt)

初期作品らしい泥臭さが、いい味を出している

1985年、第2回サントリーミステリー大賞の佳作を受賞した作品。デビュー作で前年の同賞を受賞した「二度のお別れ」の続編である。
大阪府警の「黒マメ」コンビこと黒木と亀田は、行員2名が射殺され約1億円が奪われた現金輸送車襲撃事件の捜査に投入され、被害にあった銀行の聞き込みを担当した。ところが、昼間に事情聴取した行員がその夜、飛び降り自殺したのだった。自殺した行員は、共犯者だったのか? 事件そのものの様相も謎が多く、しかも何人か事件関係者は判明するものの動機や証拠があやふやで捜査は難航した。さらに、新たな犠牲者が出て、捜査はますます混迷して行くのだった。
現金輸送車襲撃事件の背景には銀行やサラ金など金融業界の問題点が描かれており、その意味では社会派ノワールとも言えるが、物語のメインは黒マメコンビによる警察小説である。真面目なのか不真面目なのか、規則に囚われない大阪の刑事たちの自由奔放な捜査活動や飛び跳ねるような会話が生き生きと描かれているのは、まさに黒川博行ワールドの原型と言える。初期作品だけあって、後の大阪府警シリーズなどの軽妙さには及ばないぎこちなさはあるものの、第一級のエンターテイメント作品であることは間違いない。
黒川博行ファンはもちろん、前作「二度のお別れ」を読んでいなくても十分楽しめるので、軽めのミステリーを読みたい方に自信を持ってオススメする。
雨に殺せば (角川文庫)
黒川博行雨に殺せば についてのレビュー
No.624: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

読むには体力・気力がいるが、それだけの価値あり

フレンチ・ミステリーのリーダーの一人であるグランジェの長編第9作(邦訳は4作目)。上下2段組みで700ページ、重さ670gという、最近では珍しい重厚長大な一冊だが、サスペンス・アクションの醍醐味が詰まった傑作である。
ボルドー中央駅構内でホームレスが殺害された現場近くにいた男が保護されたのだが、記憶喪失に陥っていたため、マティアス・フレールが医長を勤める精神病院に運ばれてきた。マティアスは、男が記憶を取り戻すための手助けをしようと治療に取りかかる。一方、事件を担当することになったボルドー警察の女性警部アナイス・シャトレは、これをチャンスとし、何としても事件を解決するべく強引な捜査を進めようとする。事件に対し反対方向から対応する二人は、激しくぶつかり合うのだが、アナイスはマティアスに惹かれるものがあった。しかし、事件現場で採取された指紋が、遠く離れたマルセイユで逮捕歴があるホームレスのものと一致し、さらにホームレスの写真がマティアスに似ていたことから事件は急展開を見せ、アナイスとマティアスは追う者と追われる者になる・・・。
解離性遁走と呼ばれる人格の分裂がメインテーマとなり、それにスパイ小説、犯人追走劇、政治的陰謀などが加わった、盛りだくさんの物語である。あっという間に人格が分裂して全くの別人として生きているという設定がやや気になるものの、アクションもサスペンスも非常にレベルが高く、700ページをまったく緩み無く疾走する作品である。
グランジェ・ファンはもちろん、フレンチ・ミステリーのファン、ミッション・インポッシブルのファンにオススメしたい。
通過者 (BLOOM COLLECTION)
ジャン=クリストフ・グランジェ通過者 についてのレビュー
No.623:
(7pt)

3作目にしてマンネリだけど、笑える

「ワニ町シリーズ」の第3作。前2作と同じメンバーが同じような騒動を繰り返すのでややマンネリではあるが、しっかり笑えるユーモアミステリーの傑作である。
身分を隠したCIA工作員・フォーチュンが仲良くなった町の老女のリーダーであるアイダ・ベルが町長選挙に立候補。対立候補・テッドと公開討論会を開いたのだが、その直後、テッドが毒殺された。アイダ・ベルたちが作っている「咳止めシロップ」(実は密造酒)を飲んで死んだという。犯人扱いされて身柄を拘束されたアイダ・ベルを救うためにフォーチュンは、老婦人仲間のガーティの力も借りて、アイダ・ベルの無実を証明しようと立ち上がる。その結果、南部のワニ町・シンフルは大騒動になる・・・。
シリーズ愛読者ならすぐに展開が読めてくるワンパターンの話なのだが、エピソード、会話が軽快で人物のキャラが強烈なのでやっぱり面白い。良質なコメディを見るように、話の流れに身をゆだねているだけで満足できる。
シンフルの町にすっかり溶け込んでるように見えるフォーチュンだが、この町に移ってきてからまだ二週間しか経っていないという設定にビックリ。たった二週間で3つの作品になってしまうスピード感こそ、本シリーズの魅力である。さらに、本作ではフォーチュンが猫を飼うようになり、シリーズはまだまだ続いて行きそうなので楽しみにしたい。
ユーモラスで楽しいミステリーを読みたい方に、自信を持ってオススメする。
生きるか死ぬかの町長選挙 (創元推理文庫)
No.622:
(8pt)

いつもながら抜群のテンポの良さと会話の面白さ

夕刊紙連載に加筆・修正した長編小説。大阪府警シリーズには分類されていないが、大阪府警の刑事二人を主人公にしたクライム・アクションである。
府警麻薬対策課の桐尾と上坂は34歳の同期生。同じ班に配属されている二人が覚せい剤取引捜査中に、容疑者が借りていたガレージで中国製のトカレフを発見した。本部長表彰も貰えるのではないかと期待したのだが、その拳銃が迷宮入りした和歌山県での銀行副頭取射殺事件で使用されたものであることが判明し、二人はその事件への専従捜査を命じられる。事件を担当した和歌山県警に赴くと、二人を迎えたのは定年間近でやる気が無い、ハグレ刑事の満井だった。やってるフリだけの捜査を進めていた三人だったが、満井は桐尾と上坂に「事件に関係したと目される暴力団幹部に、偽って別のトカレフを売りつけよう」と持ちかけてきた。刑事が暴力団に拳銃を売るという、とんでもない犯罪行為だが、金に釣られた二人は誘いに乗って危険なおとり捜査に加担することになった・・・。
とてつもなく無茶な話だが、前半の麻薬常習者との内偵捜査の駆け引き、後半のやくざたちとの取引ともに、黒川節でテンポよく語られて行くと妙なリアリティがあり、どんどん引き込まれていく。また、大阪弁での会話の躍動感がストーリーを生き生きと彩って飽きさせない、一級品のエンターテイメントである。
黒川博行ワールドにどっぷり浸れる作品として、自信を持ってオススメできる。
落 英
黒川博行落英 についてのレビュー
No.621:
(7pt)

強過ぎる! 鷹匠・ネイトの無敵伝説

ワイオミング州猟区管理官ジョー・ピケット・シリーズの第12作。今回は、名脇役ネイトを主役に据えたアクション・サスペンスである。
ハヤブサを連れて鴨狩りをしていたネイトは、地元のハンターだと思って油断した三人組に襲われた。ネイトは反撃し三人とも射殺したのだが、肩を負傷してしまう。身の危険を感じたネイトは、家を焼き払い、行方をくらましてしまった。法執行機関の一員として仕方なくネイトの捜索に加わったジョーだったが、本音ではネイトの無罪(正当防衛)を信じ、何とか助けられないだろうかと悩んでいた。親しくしているインディアンや昔の仲間を頼って逃亡を続けるネイトだったが、ネイトの過去に繋がる闇の組織はネイトの関係者を次々に襲い、執拗に追跡し、ついにはジョーの家族にまで脅迫の手が迫って来た・・・。
いつも通りの森林地帯での冒険劇なのだが、今回はネイトの過去にまつわる政治的謀略が加えられており、ネイトの隠された過去が明かされる点でシリーズ中でも重要な作品となっている。それにしても、ネイトの強さは凄い、凄過ぎる。ブルース・リーやランボーに負けず劣らずである。対照的に、本来の主人公であるジョーの弱さが際立っている。それでも主役はジョーであり、彼の誠実さ、愚直さが勝利を収める時、読者は安心する。
シリーズ愛読者には必読。アクション・サスペンス愛好家にもオススメしたい。
鷹の王 (講談社文庫)
C・J・ボックス鷹の王 についてのレビュー
No.620:
(8pt)

人間は何をしても、いつだって失敗なんだ

ヴァイオリン職人シリーズの第3作で、なんと日本向けの特別書き下ろし作品だという。北欧ノルウェーを舞台に人間の愚かさ、切なさ、愛しさを描いた人間味豊かな傑作ミステリーである。
20年前にイタリア・クレモナのヴァイオリン製作学校でジャンニの教え子だったノルウェー人・リカルドが母校を訪れ講演をした夜、殺害され、ノルウェーから持ってきていた古い弦楽器ハルダンゲル・フィドルが消えてしまった。大した市場価値がある訳でもない楽器が、殺人の動機になるのだろうか? クレモナ警察の刑事で友人のアントニオの捜査に協力するためにジャンニは、真相解明のためアントニオ、恋人のマルゲリータと一緒にリカルドの葬儀に参列することになったのだが、雨の日ばかりが続くフィヨルドの港町・ベルゲンで三人が出くわしたのは、新たな殺人事件だった・・・。
前2作と同様、本筋は犯人探しなのだが、本作でもヴァイオリンや音楽にまつわるエピソードが重要な役割りを果たしており、殺人事件ながら血腥いところや暴力的なところはほとんどない。だからといって退屈ではなく、謎解き、サスペンスはたっぷり堪能できる。さらに、老練な職人であるジャンニの深い人間観察から発せられる含蓄に富んだコメントが味わい深く、ヒューマン・ドラマとしても傑作と言える。
幅広いミステリーファンが満足できる作品だが、シリーズ物なので、先に前2作を読むことをオススメする。
ヴァイオリン職人と消えた北欧楽器 (創元推理文庫)
No.619:
(8pt)

単純で面白い、アクション・ノワール

テレビドラマ脚本家の長編デビュー作で、2018年エドガー賞最優秀新人賞の受賞作。無法者の父親と11歳の娘がギャング団に報復する、暴力的で痛快なアクション・ノワールである。
刑務所でギャング団とトラブルを起こしたネイトは、出所したときに自分はもちろん、元妻と娘にも抹殺指令を出されたことを知る。元妻と娘を守るために駆けつけたのだが、元妻は既に殺害されていた。残された娘・ポリーを何が何でも守ろうと、ネイトはポリーを連れてロサンゼルスへ逃げ込んだのだが、最終的にギャング団の抹殺指令を解除させるには反撃するしかないと決心し、ポリーと二人で命を賭けた戦いを挑むことになる・・・。
11歳の娘と組んで強盗をやりギャング団をやっつけるという荒唐無稽な話であり、作者が「レオン」や「子連れ狼」にインスパイアされたと語っている通り、映像的、漫画的な作品で、ストーリーや場面の華やかさ、スピード感を楽しむ作品である。物語の背景やテーマがどうのこうのではない、シンプルなエンターテイメントとして楽しめる。
まさに「レオン」や『子連れ狼」、タランティーノ作品がお好きな方にオススメだ。
拳銃使いの娘 (ハヤカワ・ミステリ1939)
ジョーダン・ハーパー拳銃使いの娘 についてのレビュー
No.618:
(8pt)

雪深い森で弱者を守る、古き良きアメリカン・ヒーロー

「ワイオミング州猟区管理官・ジョー・ピケット」シリーズの第2作。猛烈な雪嵐が襲う深い森林を舞台に、正義を貫き、弱者を守ろうとする心優しきヒーローを描いた情感豊かなミステリー・アクションである。
ジョーは、何頭ものエルクを射殺した違法ハンターを逮捕したものの連行中に逃げられ、激しく降り始めた雪の中でようやく追い付いてみると、ハンターは無惨に殺されていた。日ごろから対立している保安官と折り合いを付けて犯人探しに加わったジョーだったが、殺されたハンターが森林局の役人だったことから乗り出してきた政府の役人たちに振り回されることになる。さらに、反政府主義グループが地元の国有林にキャンプを張り、状況は一段と悪化していった。しかも、そのグループにはジョー夫妻が養女にしようとしているエイプリルの母親がいて、エイプリルの親権を主張し、取り戻そうとする問題も発生した。理不尽な法律や邪悪で卑劣な人々に対し、家族を愛する実直な正義漢・ジョーは限界まで戦いを挑んでいく・・・。
古き良きウェスタンを思わせる主人公と悪役との対立という構成が成功している。さらに、ジョーの人柄の良さが読者を引きつけるし、悪役の狡猾さが際立っているので、窮地に陥ったジョーが反撃に出た時は思わず拍手喝采、まるで高倉健の唐獅子牡丹のような爽快さを覚える。猟区管理官という、武器を携帯する役人ながら大した権力を持たない主人公の設定が、単なる銃撃戦だけのアクション小説とは一線を画し、自然や家族に対する愛情が伝わる味わい深い物語となっている。
本作以降の作品では重要な役割りを果たすことになる鷹匠・ネイトが登場する、シリーズ的に重要な作品として、シリーズ愛読者には必読。さらに、現実感のあるヒーローもののファンにもオススメする。
凍れる森 (講談社文庫)
C・J・ボックス凍れる森 についてのレビュー
No.617: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

ヤクザ以上に外道になる警官の狂熱

「狐狼の血」シリーズの第2弾。ヤクザ相手の捜査でヤクザ以上に外道の道を歩むことになる、若き警察官の成長物語である。
先輩刑事・大上の不祥事の余波で広島の田舎の駐在に左遷された日岡は、久しぶりに立ち寄った小料理屋「志乃」で旧知のヤクザ幹部たちが接待している男が、対立する組織の首領を暗殺して逃亡し指名手配中の国光であることに気が付いた。旧知のヤクザたちへの迷惑を考えてその場を去った日岡だったが、彼が駐在する町のゴルフ場建設現場に国光たちが潜伏しているのを発見した。指名手配犯を逮捕すれば元の刑事に戻れるのではないかと考えた日岡だったが、国光と接触するうちに彼の男気に感化され、逮捕をためらうようになった・・・。
無軌道な暴力刑事だった大上に教育され、捜査のためなら違法行為も辞さない日岡が、男心に惚れたヤクザにどう対処して行くのか。予想を覆す日岡の行動が刺激的で、正義や法規より筋を通すことを重視する、ある種の狂気の世界に誘われる物語である。「仁義なき戦い」のように映画化されたら面白いだろう。
全体に前作のトーンを継承しており、前作を読んでいればすんなり物語世界に入って行けるため、ぜひ前作から順を追って読むことをオススメする。
凶犬の眼
柚月裕子凶犬の眼 についてのレビュー
No.616:
(7pt)

体を流すのか、心を流されるのか(非ミステリー)

2016年から17年にかけて雑誌連載された中編小説。沖縄の夜の底辺を舞台に居場所を移動させながら生きて行く女の一瞬の夢を描いた、ダウナーな風俗小説である。
北海道生まれで現在は那覇の安直な風俗店に住み込んでいるツキヨは、健康保険無しで治療してくれる歯医者を探して元歯医者で今は閉店したバーに身を潜めている万次郎、そこに同居しているヒロキに出会い、誘われるままに同居生活を送ることになる。それぞれに訳ありの二人と、ただ流されるままに生きてきたツキヨはお互いに干渉し合わないままゆったりとした日々を過ごしていたのだが・・・。
救いようがないようで、本人的には救われているツキヨの生き方にどれだけの共感を感じられるか? 釧路から沖縄の那覇に舞台を移したとはいえ、桜木紫乃の世界は薄曇りの霧に覆われている。その陰翳に面白みを見出せれば、本作は読むに値する。
光まで5分 (光文社文庫)
桜木紫乃光まで5分 についてのレビュー
No.615:
(8pt)

母なる存在の重さ

ご存知、フランスを代表する人気シリーズ「カミーユ警部」三部作の番外編。連続爆破を仕掛けた犯人とカミーユ警部の攻防を描いた「ワイダニット」中編ミステリーである。
パリ市内で爆弾事件が発生、直後に警察に出頭した28歳の青年ジャンは、あと6個の爆弾を一日に一個ずつ爆発するように仕掛けたと告げ、爆弾の設置場所を明かす条件として、殺人事件で留置されている自分の母親の釈放、自分と母親の二人でオーストラリアに脱出できること、500万ユーロの金を用意することを要求する。ジャンから指名されて取り調べることになったカミーユ警部は、青年の頑な態度の裏に隠された真の動機を探るべく必死で説得するのだが、彼の心を開くことが出来ないうちに2つ目の爆弾が爆発。カミーユと警察、政府は窮地の追い込まれるのだった・・・。
次の爆発が起こるまでに、爆弾を設置した場所を聞き出せるのか? ポイントが大きく行間が広い上に、たった200ページほどなので一気に読めるのだが、最後まで手に汗握るタイムリミット・サスペンスである。また、事件の背景もルメートルならではの複雑さで読み応えがある。
シリーズファンはもちろん、サスペンス・ファンには自信を持ってオススメする。
わが母なるロージー (文春文庫)
No.614: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

良くも悪くも予想を裏切らない

刑事・加賀シリーズの新作というか、従弟の松宮刑事を主役にしたスピンオフ作品。シリーズの持ち味を裏切らない、現代人情ミステリーである。
一人でカフェを経営していた50代の女性が殺害された。松宮刑事が捜査を進める中で浮かび上がってきた容疑者は、カフェの常連客の男性・汐見、被害者の元夫・綿貫など、数人いたのだが、犯行を決定付ける証拠が見つからなかった。そんな中、松宮の調べをヒントにした加賀刑事が犯人に接触し、自白を引き出したのだった。事件は一件落着と思われたのだが、割り切れない思いをかかえた松宮が独自に周辺調査を進めると、解き明かされたのは家族の絆とは何かに苦悩する普通の人々の出口のない葛藤だった。
あっさりと犯人が判明してしまうため、犯人探しミステリーとしては物足りないが、物語のメインテーマは現代版人情話で、その点では成功している作品である。登場人物が善人ばかりなので、気楽に読み進めることができ、読後感もいい。
シリーズのファンはもちろん、軽めのミステリー、人情ものファンにオススメだ。
希望の糸 (講談社文庫)
東野圭吾希望の糸 についてのレビュー
No.613:
(7pt)

話の発端と結末の落差にびっくり

「クリムゾン・リバー」の大ヒットで知られるグランジェのデビュー作。ヨーロッパとアフリカを往復する渡り鳥・コウノトリが帰って来なかったという環境保護のような話から残虐な殺人事件につながっていく、驚くべき構成のアクション・ミステリーである。
32歳のモラトリアム青年・ルイは両親の紹介で渡り鳥研究家のマックスから「毎年春に欧州に帰って来るはずのコウノトリが、今年はかなりの数が帰って来なかった。その理由を調べたい」と言われ、助手を務めることになった。コウノトリの渡りの道をたどって行く旅に出る直前、打ち合わせのためにマックスを訪ねると、マックスはコウノトリの巣で無惨に殺害されていた。さらに検死解剖の結果、マックスは心臓移植を受けた痕跡があるのに医療記録が存在せず、しかも巨額の出所不明金を持っていることが判明した。単なる愛鳥家ではなかったマックスは何者なのか? ルイはバルカン半島からトルコ、イスラエル、アフリカへと南下するコウノトリを追い始めるのだが、その行く先々で残虐な殺人に遭遇することになる・・・。
数々の殺人事件は、誰が、何のために起こしているのか? 素人探偵・ルイが犯人と犯行動機を探るためにヨーロッパからアフリカ、最後はインドまでを旅するロード・ノワールであり、またルイ自身が何度も危機に陥るサスペンス小説でもある。渡り鳥が帰って来ないという牧歌的な発端が血みどろの陰惨な事件につながるという落差の大きさが印象的で、インパクトがある作品である。
ホラー作品ではないがかなり血腥い描写も多いので、心して読むことをオススメする。
コウノトリの道 (創元推理文庫)
No.612: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

実話をベースにした女スパイたちへの讃歌

アメリカではミリオンセラーを記録したという歴史ミステリー。史実に基づくものだけが持つ力強いエンターテイメント作品である。
ナチスドイツの空襲の傷跡が残る1947年のロンドン。戦時下のフランスで連絡が取れなくなったフランス人の従姉・ローズを探していたアメリカ人女学生・シャーリーは、手がかりを持っているはずの人物を訪ねるのだが、現われたのは両手の指が醜く潰れた酔っ払いの老女・イブだった。始めは全く関わろうとしなかったイブだったが、シャーリーが洩らしたローズの関連情報に興味を示して、ローズ探しを手伝ってもいいと言い出し、イブの運転手として雇われている元軍人のフィンとともに3人でフランスに渡った・・・。
実はイブは第一次世界大戦時、ドイツ占領下のフランス北部でイギリスのために諜報活動を行っていたスパイ組織「アリスネットワーク」の一員で、若さを武器に優秀な働きをしていたのだが、同時に、凄惨な経験もしてきた過去を持っていた。一方のシャーリーはアメリカの裕福な家庭で育った19歳の女学生だが、戦場から帰った兄が拳銃自殺するという経験があり、さらに自身も望まぬ妊娠により両親からプレッシャーを受けて自信喪失し、幼い頃から慕っていたローズを探し出すことで自分を取り戻そうとしていた。全く異なる背景を持つ二人だったが、それぞれの物語がフランスで交錯したことから、互いに影響し合いながら共通の目的に向かっていくことになる。
イブの視点から見れば復讐の物語であり、シャーリーの視点からは一人の女性として自立していく成長物語である。さらに、過去と現在を繋ぎながらフランスを旅するロードノベルであり、共通の目標に向かって力を合わせるバディ物語でもある。実在したスパイ組織をベースにしているだけに歴史小説としての完成度が高く、また逃げる人物を追いかけるマンハント・ミステリーとしてもよくできている。特に、敵役であるフランス人のレストラン経営者の悪辣ぶりが秀逸で、物語に深みを加えている。
007をはじめとするスーパースパイものとは一線を画す、リアルなスパイ小説として、また女性が主人公のミステリーとして、幅広いジャンルのミステリーファンにオススメしたい。
戦場のアリス (ハーパーBOOKS)
ケイト・クイン戦場のアリス についてのレビュー
No.611: 3人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)
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「とらえどころのない犯罪」の捜査の難しさ

2016年〜19年に雑誌連載された長編ミステリー。昭和38年の吉展ちゃん誘拐殺人事件を下敷きに、社会性を欠いた孤独な男の衝動的な犯罪と時代の変化に翻弄される刑事警察の苦闘を描いた社会派ミステリーの傑作である。
一年後の東京オリンピックを控えて沸き立っていた東京下町で豆腐屋の子供・6歳の男児が誘拐され、身代金を要求する電話がかかってきた。同じ下町で起きた強盗殺人事件を捜査中だった警視庁捜査一課刑事・落合は、聞き込みの中で子供達から「莫迦」と言われている北国訛りの若者がいることに引っ掛かった。身代金要求の電話をしてきた男がつい口に出した訛りが気になっていたのである。警視庁は身代金受け渡しでの逮捕に失敗し、誘拐された子供の安否が気遣われるばかりで、犯行の全体像をつかめない警察は焦りの色を濃くして行くのだった・・・。
現実の事件をベースにしているだけあって事件の背景となる社会状況の描写はリアリティーがあり、捜査の進展にはサスペンスがある。さらに、犯人の人物像が緻密で心理描写に迫力があり、まさに社会派ミステリーの王道を行く作品と言える。
奥田英朗ファンのみならず、社会派ミステリーファンには自信を持ってオススメする。
罪の轍
奥田英朗罪の轍 についてのレビュー
No.610: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

アメリカの病いは治療不可能だな

1981年に発表された、レナードらしさがあふれた作品。どこか壊れた登場人物たちが繰り広げる救いのないドラマ、病めるアメリカを味わい深いエンターテイメント作品に仕上げた軽快なアクション・サスペンスである。
フロリダの豪邸で、ハイチ人移民の男が射殺された。大富豪である豪邸の持ち主・ロビーは物盗りに入った男が山刀で襲ってきたので射ったと言う。捜査を担当した刑事・ウォルターは、以前、デトロイト警察に勤務していた時に事件を起こしてフロリダに移住してきた悪徳警官だった。ガン・マニアのロビーはウォルターにある計画を持ちかけ、ウォルターを運転手兼ボディガードとして雇い入れた。
デトロイト時代の事件でウォルターが裁判を受けた時、法廷で彼に不利な証言をした刑事・ハードは、同じ法廷でジャーナリストのアンジェラと出会い、付き合い始めたのだが、アンジェラは富豪をテーマにした記事の取材でロビーと接触しており、射殺事件のときには豪邸に滞在していたのだった。さらに、ウォルターを訴えた男性がデトロイトで射殺される事件が発生。ロビー、ウォルター、ハード、アンジェラは、複雑で滑稽な追跡ゲームを繰り広げることになる。
どれだけ凄惨な乱射事件が起きようと、年間数万人単位で射殺事件が起きていようと、決して銃規制しようとしないアメリカ社会の宿痾というべきガン・カルチャーを浮き彫りにした作品である。しかも、スピーディーなストーリー展開、軽妙な会話、陰影に富んだ人物像など、エンターテイメント作品としての完成度が非常に高く、30年以上前の作品とは思えない現実感がある。
レナード作品のファン、ユーモアのあるハードボイルドのファンに、自信を持ってオススメする。
スプリット・イメージ (創元推理文庫)
No.609: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

すれ違いながらぶつかり合う、不器用さがいい(非ミステリー)

単行本を改定した文庫版に、さらに書き下ろし短編を加えた増補版(2019年)。東京湾を挟む品川ふ頭とお台場で働く若い男女の不器用な愛の物語である。
品川ふ頭で肉体労働に従事する亮介が25歳の誕生日に羽田空港で待ち合わせたのは、出会い系で見つけた涼子というOLだった。浜松町駅のキオスクで働いているという涼子に亮介は、また会いたいというのだが、涼子からは連絡が来なくなった。会社の同僚の彼女の紹介で真理と付合うようになった亮介だったが、ふと送ったメールをきっかけに再び涼子と会い、お互いに不安をいだきながら関係を深めていく。やがて、涼子が隠していた本名や職業などが判明し、亮介の過去の出来事も明らかになり、二人の関係は脆く、しかも激しくなっていく・・・。
揺れ動き、戸惑い、それでも止められない恋愛が見事な筆力で描かれており、ずしんと来る読み応えである。
吉田修一ファンはもちろん、現代的な恋愛小説のファン、若者が主役のエンターテイメント作品のファンにオススメする。
東京湾景 (新潮文庫)
吉田修一東京湾景 についてのレビュー
No.608: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)

平成の「三匹の侍」かな(非ミステリー)

テレビドラマにもなった「三匹のおっさん」シリーズの第1作。街の自警団を結成し、ご近所の悪を退治する3人のアラ還おやじの活躍をユーモラスに描いたアクション作品である。
全6話からなる連続もので、それぞれに窃盗、詐欺、痴漢、動物虐待など現代的な事件が中心になっているのだが、主眼となっているのは事件の解明ではなく、事件の背景を巡る人情話であり、ミステリー要素は薄い。だが、話の設定が面白く、登場人物たちのキャラ作りも上手いので、何の引っ掛かりもなくどんどん読み進められる。例えて言えば、お酒やコーヒーと一緒に過ごす自由時間に、あるいは旅に持っていくのに最適なタイプのエンターテイメント作品である。
ほのぼのとした読後感を楽しみたい方にオススメする。
三匹のおっさん
有川浩三匹のおっさん についてのレビュー