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iisan さんのレビュー一覧
iisanさんのページへレビュー数1137件
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ハリー・ボッシュ・シリーズの第19作。私立探偵として、パートタイムの警官として、経験と体力にものを言わせて難事件を解決するボッシュの活躍を描いた傑作ハードボイルドである。
私立探偵免許を取り直して個人的な仕事をする一方、ロス市警時代の友人に誘われてロス近郊の小都市・サンフェルナンドで無給のパートタイマー刑事として働いていたボッシュのもとに、大富豪の老人・ヴァンスからの依頼が届けられた。極秘で依頼されたのは「学生時代に付き合い妊娠させたのに、親に仲を引き裂かれたメキシコ人の恋人か、その子供を捜して欲しい」というものだった。生涯独身を通したヴァンスには子孫がなく、死亡したときには莫大な遺産を巡って混乱する恐れがあるため、別れた恋人か子供が見つかれば全財産を遺贈したいという。ヴァンスのわずかな記憶を手がかりに調査を進めたボッシュは、別れた恋人には男の子がいたことを発見する。同じ頃、サンフェルナンド警察では連続女性暴行事件が発生しており、ボッシュは同僚の女性刑事・ベラとともに捜査をすすめていたのだが、同じ犯人によると思われる暴行未遂事件がおき、捜査が急展開する。二つの事案の板挟みになったボッシュは、気力を振り絞って奮闘するのだった。 私立探偵としての人探し、警官としての犯人探し、どちらにも手を抜かないのがボッシュで、文字通り寝る間も惜しんで走り回る。さらに、アクションシーンにも果敢に立ち向かい、正義を貫き通す。ボッシュ・シリーズの醍醐味を凝縮したようなエンターテイメント作品である。 リンカーン弁護士・ハラーが重要ポイントで協力するところも嬉しい限りで、コナリー・ファンには自信を持ってオススメする。 |
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2015年に書き下ろしで刊行された、著者の初長編。同年のミステリーランキングで上位に入り、各種の賞の候補作ともなった、意欲的なミステリー風の青春小説である。
アメリカ陸軍空挺師団に所属するティムは、生まれながらの食いしん坊で祖母の料理が大好きな少年だったが、周りの友人たちの空気に流されて17歳で陸軍に志願したものの、あまり兵士には向いていないと自覚し、特技兵(コック)になる。ティムたちの初陣はノルマンディー上陸作戦で、それから終戦まで、ヨーロッパ戦線で様々な体験をすることになる。兵隊仲間からは軽く見られるコックだが、いざ戦闘が始まれば武器を取って戦うため、常に死と隣り合わせの過酷な日々だった。そんな中、コック仲間をはじめ、同年代の兵士たちとの交流、敵との遭遇、戦場となった街や村の人々との出会いを通して、ティムは人生の意味を深く考えるようになった。 物語は主に5章に分けられ、それぞれの章でミステリーというか「謎解き」のエピソードがあるのだが、物語の本筋は人間性への信頼、人間同士の憎悪、絶望からの再生にある。あまり知的とは言えない19歳の少年が極限状況を経験することで、どのように変化していくのか。本書のメインテーマは、そこに置かれている。 日本人の女性がヨーロッパ戦線の物語をここまでリアリティを持って書けたことに驚愕した。ミステリーとしてはやや完成度が低いかもしれないが、少年の成長物語、戦争とは何かを追求した作品として一級品である。 ジャンル分けにはこだわらず、多くの人にオススメしたい傑作と言える。 |
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陽気なギャング・シリーズの第2弾。4人それぞれを主人公にした4本の短編とそれをベースにした長編で構成された、アップテンポで楽しいコン・ゲーム小説である。
嘘を見抜く名人・成瀬、天才スリ・久遠、演説の達人・響野、正確な体内時計を持つ女・雪子というおなじみの4人組は、またまた銀行を襲撃し、今回は邪魔が入ることもなく現金を手にしたのだった。しかし、強盗の現場に居合わせた若い男女が気になり、あとから検討してみると女性は成瀬の部下の婚約者で、しかも彼女は一緒にいた男に脅迫されているようだった。と言う訳で、頼まれもしないのに「社長令嬢誘拐事件」に関わることになった4人は、得意のチームプレイで怪しい誘拐犯や裏カジノ経営者たちと対決することになった・・・。 今回もまた、ストーリー展開、会話、事件解決の構成が緻密でシュール。とにかく読者を楽しませることに徹底したエンターテイメントで、冒頭の「著者のことば」にあるように「細かいことは気にせずに楽しんで」いけるコン・ゲーム小説である。 前作「陽気なギャングが地球を回す」を受けたエピソードや会話も多くあるので、前作から順番に読むことを強くオススメする。 |
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1998年〜99年の雑誌連載を加筆、訂正した長編小説。ロサンゼルスの日系保険会社に勤務する日本人PIが、残酷な日本人の殺人鬼を、その父親からの依頼で探し出す私立探偵小説である。
日本の保険会社のサービスとして、主に日本人が関わったトラブル処理にたずさわっているサム永岡が指示されたのは、隠し撮りされた写真に写った日本人青年を探し出すことだった。上司は簡単な仕事だと言ったのだが、いざ探し始めると青年は犯罪に手を染めており自ら姿を隠しているようだった。写真だけを手がかりに苦労して居場所を突き止め、接触しようとすると、その青年・安田信吾はいきなりサムを銃撃してきた。驚いたサムは上司に、安田信吾を探しているのは誰か、なぜ探すのかを教えてくれるように依頼するのだが、会社の上層部から詳細な説明を拒否された。不信感を募らせていたサムのところに、ある日、中年の日本人男性が現われ、自分は安田信吾の父親で、自分で信吾を探し出したいという。サムの手助けを断り、ひとりでメキシコとの国境に近い場所に行こうとする父親を危惧したサムは、一刻も早く安田信吾を見つけるために、荒れ果てた国境の街をめざして車を走らせるのだった・・・。 舞台はロサンゼルスやメキシコ国境の町とはいえ、主要な登場人物が日本人であり、普通ならいかにも日本の私立探偵ものらしいウェットな犯罪と解決方法になるのだろうが、犯罪と悪人を極端にドライにすることで、レベルが高いハードボイルドに仕上がっている。特に、子供のような無邪気な笑顔で接する人を魅了しながら握手をするように気軽に人を殺してしまう悪人・安田信吾の設定が効いている。さらに、アメリカに置ける人種差別、なぜ犯罪者が生まれるのか、親と子の関係のあり方はなど、背景となるテーマにもしっかり目が行き届いており、社会派エンターテイメントとしても評価できる。 真保裕一らしさが詰まったハードボイルドとして、真保裕一ファンにはもちろん、すべてのハードボイルドファンにオススメしたい。 |
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2006年に新聞連載され、2010年に単行本化、2013年に文庫化された長編小説。高校生の息子と四人の父親が作り出す不思議な家族の冒険を描いたファミリーミステリーである。
地方高校の2年生・由紀夫は6人家族。しかし、その中身は、四股を掛けた末に同時に4人と結婚した母親と4人の父親たちという面倒くさいものだった。ギャンブルが生き甲斐の「鷹」、大学教授で頭脳明晰な「悟」、元ホストで女性の扱い方の天才「葵」、バスケットボールと格闘技マニアの中学教師「勲」という個性的過ぎる父親たちに育てられた由紀夫は、学業成績がよく、スポーツ万能で女性に人気があり、しかもゲームや博打にも強い理想的な男子だった。ところが、不登校になった同級生が気になり自宅を訪ねたことから、思いもよらぬ事件に巻き込まれることになった。 とにかく最初の主人公の背景設定からして常識はずれ、しかも続々と登場する周辺人物も極めて個性的なキャラクターで、彼らの会話だけでも面白い。さらに、由紀夫が直面したトラブルを解決する父親たちの活躍をメインストーリーに、同級生たちとの高校生生活、県知事選挙を巡る陰謀など様々なサブストーリーが重なって、あれもこれもの賑やかなお話のパレード状態。まさに伊坂幸太郎ワールドである。 ミステリーとしてだけで成立している作品ではないので、犯人探しや謎解きを期待すると肩透かしを食う。奇想天外なお話の明るさ、個性的なキャラクターの奔放さを愛する人にオススメする。 |
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トマス・ハリスの13年ぶりの新作。麻薬王・エスコバルがマイアミに残した大豪邸の地下金庫に隠された2500万ドルの金塊争奪戦を描いた、レクター博士シリーズとは無関係なサイコ・ノワール・エンターテイメントである。
大豪邸の管理のバイトとして働くコロンビア出身の25歳の美貌の女性・カリは、屋敷に隠された金塊を狙うコロンビアの犯罪集団と接触するのだが、金塊の強奪を狙っているのは彼らだけではなかった。偏執的な臓器密売商人・シュナイダーは映画撮影を装って屋敷に居座り、金庫を掘り出そうとする。一方のコロンビア側も強硬手段をとり、互いに殺し合う壮絶な戦争が始まり、屋敷の事情に詳しいカリは否応なく抗争に巻き込まれていく・・・。 ヒロインのカリは祖国コロンビアの反政府ゲリラで少年兵として育てられた過去を持ち、さまざなサバイバル技術を身に付けたタフな女性であり、また一方で、傷付いた動物を助けるために獣医を志している心優しい女性でもある。そんな彼女を騒動に巻き込む悪党たちはかなりの特異性を持った奴ばかりで、しかも行動は荒っぽい。そしてストーリー展開はスピーディーで息つく暇もない、まさにエルモア・レナードの世界である。 時代性を加味したストーリー、軽快な場面展開など、これまでのトマス・ハリス作品にはない良さは評価できるのだが、いかんせん奥行きがない。全体に薄っぺらな印象で、ところどころでは「あらすじ」を読まされているようなのが残念である。 レクター博士シリーズの重厚を期待すると裏切られる。レナード・タッチのアップテンポなノワールのファンにオススメする。 |
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第5回新潮ミステリー倶楽部賞を受賞した、伊坂幸太郎のデビュー作。シュールな設定のファンタジーであり、殺人事件の謎を解くサスペンスであり、軽快でスピーディーな会話が楽しい、完成度の高いエンターテイメント作品である。
衝動的にコンビニ強盗を働いて逮捕されたのだが、連行するパトカーが事故を起こしたために逃走した伊藤は、気が付くと全く知らない部屋にいた。訪ねてきた男・日比野が言うには、ここは仙台の沖にあるのだが、江戸時代から外界から遮断されている島だという。島の住人は奇妙な人物ばかりで、さらに、人語を解し未来が見えるというカカシは優午という名前を持ち、島の人々から信頼と尊敬を得ていた。伊藤が島に来た翌日、カカシの優午がバラバラにされているのが発見される。誰が、何のために優午を殺害したのか? 伊藤と日比野たちは事件の謎を解くために、島の人々に話を聞き回るのが、人に会えば会うほど謎は深まるばかりだった・・・。 舞台の設定、登場人物の設定がとにかく型破り。現実離れしたお話が展開されるのだが、ストーリー展開には妙なリアリティがあり、読者は現実世界のことを想起しながらストーリーを追うことになる。しかも、犯人探しミステリーとしても破綻しておらず、新潮ミステリー倶楽部賞を受賞したのも納得できる。 その後の伊坂幸太郎ワールドの原点として、伊坂ファンには絶対のオススメだ。 |
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2017年から一年間、毎日新聞に連載された長編ミステリー。7年ぶりの合田雄一郎シリーズ作品である。
現場を離れ警察大学の教授になっていた合田雄一郎は、12年前に捜査指揮をとり未解決のまま終わった元美術教師の老女殺害事件について、コールドケース担当部署から問い合わせを受ける。池袋で同棲相手に殺された28歳の女性が、老女殺害事件現場から拾ってきた絵の具を持っていたとの情報が入ったのだという。さらに、その女性は事件当時、美術教師が開いていた絵画教室に通っており、合田たち捜査陣が調べた関係者の一人だったのだ。未解決のまま心に残っていた事件が再び脚光を浴びたとき、合田はやり残していた宿題と直面することになる。 老女殺害事件の真犯人は誰か? 28歳の女性が犯人なら動機は何なのか? ストーリーの本筋は犯人探しだが、事件の背景や動機を解明していくのが捜査側だけでなく、事件関係者たちの記憶の振り返り、思い出しにも頼っているため、オーソドックスな警察小説ではない。むしろ、当時高校生だった少女とその友人関係、それぞれの親や家庭環境にまつわるエピソードが重要な役割りを果たす、社会派のヒューマンドラマの色が濃い作品である。事件の謎が解明されてすっきりするというより、漠然とした不全感が最後まで残る、時代の不安を反映したような作品と言える。 合田雄一郎ファンにはもちろん、近年の難解な高村薫に付いていけなかったオールドファンにも安心してオススメする。 |
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2003年に発表された長編第三作で、陽気なギャング・シリーズの第1作。アップテンポで楽しい、銀行強盗小説である。
嘘を見抜く名人・成瀬、天才スリ・久遠、演説の達人・響野、正確な体内時計を持つ女・雪子という特異な4人組は、狙った銀行の金は必ず頂戴するスマートな銀行強盗団だった。ところが、横浜の銀行を襲い見事に4000万円を奪った帰り道、現金輸送車強奪犯たちと遭遇し、奪った金を強奪されてしまう。このまま泣き寝入りするはずもなく4人は金を奪い返す作戦に取りかかったのだが、強奪犯のメンバーのひとりの部屋を探ろうとして、その男が殺されているのを発見する。さらに、雪子の息子がいじめに巻き込まれるというトラブルが発生。しかも、強奪犯たちに素性を知られてしまった。そんな苦境の中、成瀬を中心に奇想天外なプランを立てた4人は、さらなる銀行強盗を実行するのだった。 どこをどうやれば「こんな面白い話を作り上げられるのか」と感嘆するほど奇想天外な話である。だが、物語の構成としてはきちんとしているし、伏線の回収も見事でまさに完成された犯罪小説である。さらに主要登場人物だけでなく周辺人物のキャラクターも鮮明で、会話やエピソードもいちいちおしゃれで、第一級のエンターテイメント作品と言える。 伊坂幸太郎ファンには絶対のオススメ、テンポが良くて楽しい物語が好きな方にもオススメする。 |
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2013年に発表された「ウィル・トレント」シリーズの邦訳第7弾。ジョージア州の学園都市・メイコンを舞台に麻薬密売人と警察の対決を描いた警察小説である。
メイコン警察の刑事・レナが白バイ警官である夫・ジャレドと住む家に男たちが押し入り、ジャレドが射たれて重体になり、レナは強盗のひとりを殺害し、もうひとりに重傷を負わせた。犯人たちが家に押し入るとすぐに夫婦二人に発砲していたことから、強盗目的ではなく二人の命を狙っていたのではないかと思われた。ところがそのとき、事件現場には別の事件で潜入捜査中だったジョージア州捜査局の特別捜査官ウィル・トレントがいたのだった。事件の解明のためにジョージア州捜査局が乗り出したのだが、自分の縄張りを侵されたメイコン警察は激しく反発した。ウィルが潜入捜査に苦心する一方、レナの同僚刑事たちが襲撃される事件が発生し、麻薬犯罪組織と警察との対決が深まってくる。さらに、捜査のためには規則を無視して突っ走るレナ刑事とウィルの過去の関係も絡み合い、ストーリーは二転三転するのだった・・・。 ウィル・トレント特別捜査官が主役のされるシリーズだが、本作では刑事・レナとウィルの恋人のサラがフィーチャーされており、正統派の警察小説であるとともにサバイブする女性たちの物語にもなっている。麻薬組織のボスを洗い出す捜査小説としてだけでも十分に面白いのだが、さらに女性の強さを描いたドラマとしても楽しめる。 暴力シーンがかなり激しいので衝撃を受ける読者もいるかと思うが、ヒロインが際立つミステリーが好きな方にはオススメしたい。 |
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殺し屋シリーズの第3弾。雑誌掲載の3作に書き下ろし2作を合わせた連作短編集のような構成だが、長編として読めるエンターテイメント作品である。
本作の主人公は凄腕の殺し屋「兜」。仲介人である「医師」の指示で仕事をしてきたのだが、愛する子供と妻のために引退したいと思い、その意思を伝えるものの受け入れてもらえず、渋々仕事を続けていた。そんなある日、兜は自分が狙われていることに気が付いた・・・。 家族を愛しながら家族に内緒で殺し屋を続けているという設定自体が笑いを誘うのだが、さらに兜が徹底した恐妻家だというのが面白い。息子に呆れられるほど妻の機嫌をうかがい、妻を怒らせないための傾向と対策のメモを作成し、日々、妻の機嫌を悪くさせないためだけに生きている様子が、とてもリアルに描かれている。世の恐妻家たちはほとんどが大きくうなずくであろう。 ミステリーというよりエンターテイメント作品であり、本シリーズのファンはもちろん、伊坂幸太郎作品のファンには安心してオススメできる。 |
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2004年に発表された「殺し屋シリーズ」の第1作。3人の殺し屋と「妻を殺した男への復讐を横取りされた」男の群像劇である。
愛妻を寺尾の長男に轢き殺された「鈴木」は復讐のため寺尾が経営する怪しげな会社に入社し、長男殺害の機会をうかがっていたのだが、長男は交差点で道路に出て車にはねられた。これは事故ではなく、殺し屋の「押し屋」が仕掛けた殺人であると判断した会社は、鈴木に押し屋の尾行を命じる。仕事中に偶然この事件を目撃した殺し屋「鯨」は、かつて押し屋に苦杯をなめさせられたことがあり、押し屋を追跡することになった。もうひとりの殺し屋「蝉」は、鯨に殺人を依頼した政治家から鯨を殺すことを依頼されたのだが、仕事を完了する前に、寺尾の会社が押し屋を探していることを知り、自分が押し屋を抑えれば有名になれると考えて、押し屋の追跡劇に参入した。かくして、3人の殺し屋の三つ巴の戦いと平凡な若者である鈴木の身の程知らずの復讐が絡み合い、物語は予測不能のドラマを展開することになる・・・。 誰が主役なのか? 最初は鈴木のように見えるのだが、次第になかなか正体を現さない押し屋のようになり、最後には3人の殺し屋と鈴木を操る神のような存在、運命論が主役かと思わされる。こうした予想を裏切るような、しかもスピード感のある展開とキレがよくユーモラスでありながら意味深い会話が相まって、最初から最後まで楽しめる物語である。 伊坂幸太郎ファンはもちろん、軽快なエンターテイメント作品を読みたい人には自信を持ってオススメしたい。 |
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フランスを代表する人気作家になったグランジェの長編第4作。ジャン・レノが主演した映画「エンパイア・オブ・ザ・ウルフ」の原作である。
フランスの高級官僚の妻・アンナは、夫の顔が突然見知らぬ人に見えたり、周囲の人の顔が溶けてしまったりする記憶障害に悩まされていた。夫とその友人である脳神経科医は脳の生検をすすめるが、何か納得できないアンナは検査を先延ばしにして逃れようとする。その頃、パリの貧民街で暮らす不法滞在のトルコ人女性が殺害される事件が、3ヶ月ほどの間に3件発生し、しかもどの被害者も顔に徹底的な暴力を加えられていた。連続殺人を担当することになった警部・ポールは、トルコ人社会に精通していた退職警部・シフェールに協力を求めたのだが、シフェールは現役時代からとかくの噂がある危険な男だった。アンナは夫の説明に疑惑を抱き、記憶障害の真相を解明しようする。ポールは自分勝手なシフェールに手を焼きながら事件の真相を探っていく。そして、二人の道は奇妙なところで交錯し、やがてトルコの麻薬密売組織が絡む国際的な陰謀が明らかになる・・・。 アンナを主人公と考えれば、夫を信頼できず、ひとりで謎の解明に立ち向かうヒロインの物語であり、ポールを主人公と考えれば、猟奇殺人事件捜査の物語である。つまり、それぞれ独立した作品として成立するような二つの物語が上手く組み合わされ、思いがけない展開が続出するスリリングなサスペンス作品になっている。 サイコファン、ノワールファン、サスペンスファンなど、幅広いジャンルのファンにオススメできる作品である。 |
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小役人シリーズとしてくくれば第3作。気象庁の研究官を主人公にした、国際謀略小説である。
気象庁の地震と火山の研究官・江坂たちは、海上保安庁と合同で南西諸島沖の海底を観測するために鹿児島に着いたのだが、海上保安庁から一方的に準備に時間がかかると告げられた。待機するしかない状態になり、その時間を利用して、鹿児島気象台にいる福岡時代の同僚・森本を訪ねることにした。ところが、森本は退職し、アパートも引き払って所在が確認できなくなっていた。森本らしからぬ行動に疑問を抱いた江坂が行方を探っていると、森本と親しい地震研究の大学教授も行方不明になっていることが判明した。二人は、なぜ姿をくらませなければいけないのか? 警察がとりあってくれないため、江坂は単独で調査を始めたのだが、そこで明らかになったのは、小役人の力では何ともし難い事態だった・・・。 気象庁の研究者というアンチ・ヒーローが国家や公安を相手に闘うという設定がユニーク。両者の力の差が大きすぎるため、ところどころ展開に無理が出ているが、ストーリーはよく練られている。ただ、伏線と回収に齟齬があるというか、物語の中心がどこなのかが定まっていない感じを受けた。単純にストーリーを追っていれば面白いのだが、動機や背景を深読みしていくとやや物足りない。 緻密な取材に基づいた、しっかりしたミステリーが読みたい方にオススメする。 |
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家庭裁判所調査官の武藤と陣内を主人公にした短編集「チルドレン」に続く、シリーズ第2作。今回は、無免許運転で死亡事故を起こした19歳の少年の事件をベースに、罪と罰と更生について問いかける長編小説である。
異動先でまたまた陣内と同じ班に配属された武藤が担当することになった少年は、両親と小学校時代に親友が交通事故で死亡するという二度の悲劇に見舞われていた。車に対する警戒心が強いはずの少年が、なぜ無免許運転していたのか? 全く心を開かない少年に手を焼きながら、なんとか背景を探りだそうとする武藤は関係者と接触するうちに、少年が何かを隠していることに気が付いた。真相を解明したいと望みながら、その結果が怖くもある武藤に対し、何ものにも動じない陣内は、まるでバックドアから侵入するがごとく少年の心を揺さぶり、正解の無い答えを強引に提示してみせるのだった。 少年事件では罰することより更生させることを目的とする。この大原則を守るために地道な努力を続ける家裁の調査官たちの苦悩を描いた物語だが、そこは熟練の技を持つ伊坂幸太郎のこと、読者をさまざまに考えさせながらユーモラスなストーリーですいすいと読ませていく。ただただ厳罰化だけを要求するような現在の社会風潮に対し、立ち止まり再考することを訴えている。 シリーズ作品だが、本作だけを読んでも問題ない。社会派エンターテイメントがお好きな方にオススメする。 |
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雑誌掲載の4作品を収めた、著者の第二短編集。要人警護のSP、海難救助の潜水士、自衛隊の不発弾処理隊員、消防士という、常に命がけの仕事に取り組む4人のプロフェッショナルの4つの物語で構成されている。
それぞれに独立した作品だが、共通するのは危険と隣り合わせの仕事にも怯むことが無い主人公たちの高い職業倫理であり、それと同時に、常に命を賭けているが故に起きる、安全を願う恋人や妻との葛藤である。緻密な取材に基づくリアリティがあるサスペンス・アクションと、愛する人と平穏な日々を築けない人間的な苦悩のドラマが見事に対比され、単純なヒーローものではない深みがある作品集となっている。 現実感のあるサスペンス小説、人間的なヒーローの物語を読みたい方にオススメする。 |
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バンクーバーの底辺の街で、狼の血を引く野良犬だった雌犬ウィスパーと暮らす調査員ノラ・ワッツを主人公にするシリーズ三部作の第一作。作者のデビュー作だけにやや荒削りだが骨太の女性ハードボイルドである。
冬の早朝5時、ノラに「15歳の少女が行方不明になったので探して欲しい」という電話がかかってきた。依頼人に会ったノラは「失踪したボニーは、あなたが15年前に養子に出した子供だ」と告げられる。ノラには確かに、15年前にレイプされて妊娠し、生まれた子供を腕に抱くことも無く養子に出した過去があった。母親としての自覚は全く無かったノラだったが、警察が本気では捜査していないこともあり、少女を捜すことを決心する。単なるティーンエイジャーの家出かと思われた事態だったが、調べを進めるうちにノラの過去にも関わってくる邪悪な陰謀の影が濃くなってきた・・・。 本作の魅力の第一は、ヒロインのキャラが異色なこと。先住民の血を引く姉妹の姉で、幼い頃に両親と別れ、連れて行かれた里親や施設になじめずに家出し、ホームレスや軍隊を経験し、現在は私立探偵とジャーナリストの共同事務所で調査員として働きながら無断で事務所のビルの地下室で暮らしているという複雑さ。しかもアルコール中毒の過去があり、恩を仇で返すような倫理観が欠如した部分もある、いわば壊れた女である。それでも、周辺人物たちからは助けの手を差し出され、一途に正義を貫こうとする強さも併せ持っている。誰かの書評に「ミレニアムのリスベットみたい」という表現があったが、その通り。ストーリーがどうこうよりも、ヒロインの言動に共感できるか否かが、本作の評価を決めるだろう。 ハードボイルド・ファン、ノワール・ファン、女性が主人公のサスペンスがお好きな方にオススメしたい。 |
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北アイルランドの刑事ショーン・ダフィが主人公のシリーズ第三作。IRAのテロリスト・ハンティングに古典的密室殺人を練り込んだ二重構造の警察・ノワール・ミステリーである。
上層部に対する反抗的態度が問題になって警察を首になり、無為の日々を送っていたダフィの下をMI5が訪れ、ダフィの旧友でIRAの大物ダーモットを探して欲しいと言う。警察への復職を条件に依頼を引受けたダフィは、自分の知人でもあるダーモットの親族を訪ね、情報を得ようとするが、イギリスを嫌悪する彼らからはまともな返答を得られなかった。そんななか、ダーモットの別れた妻の母親であるメアリーから「4年前に起きた娘・リジーの殺人事件の真相を解明してくれればダーモットの居場所を教える」という取引を持ちかけられた。しかし、その事件は完全な密室で起きた事件であり、謎を解く手がかりは全く見つけることができなかった・・・。 本シリーズははぐれ狼の刑事を主人公にした警察小説だが、本作は紛争まっただ中の北アイルランドで大物テロリストを追うという、フォーサイスばりの政治謀略小説であり、また密室殺人の謎を解くという古典的ミステリーでもある。ふつうであれば2本の作品になるような贅沢な構成になっている。本筋のテロリスト・ハンティングは実際に起きた出来事をベースにしているため時代背景、登場人物ともに真に迫っている。さらに密室殺人は古典のルールに忠実で謎解きとして面白い。ただ、それぞれに完成度が高い二つが主張し合った結果、物語全体としては落ち着かない部分がある。 自分の趣向に合わせていろいろな読み方ができるので、どなたにもオススメできる作品と言える。 |
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1998年から2000年にかけて週刊誌に連載された長編冒険小説。組織を追われたヤクザが逃亡先のベトナムで知り合った若者たちの日本への密航に命を賭けて挑む、派手なアクション小説である。
恩義のある親分の謀略で海外逃亡を余儀なくされたヤクザ者の坂口修司は、組織から指示された潜伏先のバンコクで命を狙われ、ひとりでベトナムに逃げ込んだ。何の後ろ盾も無く異国で生き延びようとする修司が出会ったのは、サイゴンの最下層で暮らすシクロ乗りの青年たちだった。ベトナムに移っても正体不明の刺客の存在や地元警察の腐敗警官の脅迫に危険を感じた修司は、青年たちの助けを借りて潜伏するとともに、彼らの「黄金の島・日本」への密航という憧れを手助けするようになる。そして、ベトナムの社会に追いつめられた若者たちと日本のヤクザに追いつめられた男は、決死の覚悟でベトナムの海岸から船出したのだった・・・。 一方にはバブルの恩恵で肥え太ったヤクザたち、それに寄生する女たち。一方には祖国統一の恩恵には恵まれず、血眼になって生きる道を開いていくベトナムの若者たち。その狭間で揺れる良心的ヤクザ。それぞれの立ち位置で身に付けた思考と行動がリアルに絡まって、思いがけないドラマに広がっていく様が非常に説得力がある。登場人物たちが善人・悪人という軸だけでは判断できない複雑さを抱えているのもいい。ベトナムという異境の雰囲気も非常に迫真的で、ぐいぐいと読者を引っ張っていく。さらに、最後の密航シーンのスリルとサスペンスは、真保裕一ならではの迫力がある。 ヤクザもの小説ファン、冒険小説ファンはもちろん、「熱量がある小説を読みたい」という人にオススメだ。 |
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作者のデビュー作と第2作を想起させる短編集。実際の事件に想を得て、人間の愚かさ、不可解さ、悲しさを巧みに描いた、短編の名手シーラッハの面目躍如の作品集である。
わずか213ページに12作品が収められた文字通りの短編ばかりだが、単なる真相解明や裏話ではなく、人間の実相とそのおかしさ、悲しみが巧みなストーリーで語られており、それぞれに味わい深い。犯罪者ばかりが出て来るのだが、読み終わったあと、それまでより人間に優しくなっているような気がするヒューマンな読後感がいい。シーラッハは長編も力強いが、やっぱり短編の方が独自性があって素晴らしい。 シーラッハファンはもちろん、ツイストの効いた短編集のファンにオススメだ。 |
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