スプートニクの恋人

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評判

スプートニクの恋人の評価:

3.95/5点 レビュー 190件。 B ランク

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平均点3.95pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全386件 161〜180 9/20ページ
No.226
(4pt)

ひとりひとりがスプートニク

警備員が教職を羨ましがる場面が印象的だった。どれだけ多くの人間(自分も)が、同じようにぐれてるだろうと考えてしまった。まあ、ある意味、この警備員が一番まともであるともいえるけど。
そして、この人と、ミュウを見比べてしまう。
社会的に見れば成功者だが、彼女も、実際にはピアニストの道を諦めた挫折人間であり、今の生活も、親の会社があってのものであって、本質的には、警備員とたいして変わらないのかもしれない。
空虚感で満たされたような作品だが、最後の展開は中々意外だった。というか、これがなかったらあまりに救いようがないか。ねじまき鳥クロニクルとは逆の展開といっていいのかな?対照的な希望の残し方だと思う。
スプートニクを中心とした一連の構成も、素人が読んでもかっちり噛み合うように、良くできていると思う。でも個人的には、こういった純文学作品より、ファンタジーアクション的側面を出した村上春樹の方が好き。
スプ-トニクの恋人 Amazon書評・レビュー: スプ-トニクの恋人より
4062096579
No.225
(5pt)

ネジを極限まで締めた文章

インタビュー集の中で筆者は「文章のネジを締めるだけ締めた作品」というようなことを語っていました。
筆者の文章への強いこだわりがこの作品となって現れている。

どこまでも実験的な作品を書き続ける村上春樹さん。
この「スプートニクの恋人」はストーリはあまり重要じゃない気がする。
すみれは結局どうなったのか、といった問いは不必要なのかもしれない。

「風の歌を聴け」でハートフィールドという架空の作家を
”ストーリは出鱈目だが、文章で戦うことのできる作家”と設定していた気がするが、
今回の村上春樹はまさしくそのハートフィールドになりきってみたのかもしれない。

気が向いたら適当なページを開いて、その洗練された文章に身を預けています。
スプートニクの恋人 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: スプートニクの恋人 (講談社文庫)より
4062731290
No.224
(5pt)

ネジを極限まで締めた文章

インタビュー集の中で筆者は「文章のネジを締めるだけ締めた作品」というようなことを語っていました。
筆者の文章への強いこだわりがこの作品となって現れている。

どこまでも実験的な作品を書き続ける村上春樹さん。
この「スプートニクの恋人」はストーリはあまり重要じゃない気がする。
すみれは結局どうなったのか、といった問いは不必要なのかもしれない。

「風の歌を聴け」でハートフィールドという架空の作家を
”ストーリは出鱈目だが、文章で戦うことのできる作家”と設定していた気がするが、
今回の村上春樹はまさしくそのハートフィールドになりきってみたのかもしれない。

気が向いたら適当なページを開いて、その洗練された文章に身を預けています。
スプ-トニクの恋人 Amazon書評・レビュー: スプ-トニクの恋人より
4062096579
No.223
(5pt)

手をとるたびに変わる

はじめて読んだのは、10年くらい前。タイトルに惹かれて古本屋で2冊300円で買った「羊をめぐる冒険」を読むにあたり、作品発表順に読んだ方がよいかも、と思い、「風の歌を聴け」から順々に読んで、鼠シリーズが終わり、ノルウェイの森も靄にかかったまま終わり、ここまで来た時で。
はじめて読んだときはとても鮮烈で爽やかに感動したのを憶えている。
ひとえに、「僕」である主人公の、すみれへのまっすぐな気持ち所以だろう。だって、ここまで一人の女性を一途に好きだった主人公は、村上春樹の小説にはこれまで出てこなかったように思うのだ。
そして、「すみれ」という世間一般からはみ出た女性になりきれてない女性像、書くことへの渇望のみが血管に流れているような突き抜け方が、私にはまぶしく見えた。
もっと、率直に言えば、村上春樹の小説ばかりかこれまで読んだ何よりも、「これは私だ」と思ったのだ。
次に読んだときは、「私はKだ」と思った。
だけど、次に読んだとき、「私はミュウなのでは」と思って、人知れず震えた。
今は、、どうだろう。
手にとる度に変わる印象。感動。
でもひとつだけ言えるのは、この小説に書かれている奇妙なことがほんとに起きることなんだ、って、私は今は思う。
だから、この作品を“小説”と割り切って読める人は、どうかお願いだから、
自分は幸せな人間なんだと、今ある居場所を大切にしてほしい。
わたしもできうるかぎり、今を大切にしていこうとおもっている。

ねじを締め上げて書いたと本人が語るとおり、無駄というものがなく、
だからこそ、これはほんとにあったことだ、と感じさせる前に、ぐいぐいと引っ張っていってくれる。
スプートニクの恋人 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: スプートニクの恋人 (講談社文庫)より
4062731290
No.222
(5pt)

手をとるたびに変わる

はじめて読んだのは、10年くらい前。タイトルに惹かれて古本屋で2冊300円で買った「羊をめぐる冒険」を読むにあたり、作品発表順に読んだ方がよいかも、と思い、「風の歌を聴け」から順々に読んで、鼠シリーズが終わり、ノルウェイの森も靄にかかったまま終わり、ここまで来た時で。
はじめて読んだときはとても鮮烈で爽やかに感動したのを憶えている。
ひとえに、「僕」である主人公の、すみれへのまっすぐな気持ち所以だろう。だって、ここまで一人の女性を一途に好きだった主人公は、村上春樹の小説にはこれまで出てこなかったように思うのだ。
そして、「すみれ」という世間一般からはみ出た女性になりきれてない女性像、書くことへの渇望のみが血管に流れているような突き抜け方が、私にはまぶしく見えた。
もっと、率直に言えば、村上春樹の小説ばかりかこれまで読んだ何よりも、「これは私だ」と思ったのだ。
次に読んだときは、「私はKだ」と思った。
だけど、次に読んだとき、「私はミュウなのでは」と思って、人知れず震えた。
今は、、どうだろう。
手にとる度に変わる印象。感動。
でもひとつだけ言えるのは、この小説に書かれている奇妙なことがほんとに起きることなんだ、って、私は今は思う。
だから、この作品を“小説”と割り切って読める人は、どうかお願いだから、
自分は幸せな人間なんだと、今ある居場所を大切にしてほしい。
わたしもできうるかぎり、今を大切にしていこうとおもっている。

ねじを締め上げて書いたと本人が語るとおり、無駄というものがなく、
だからこそ、これはほんとにあったことだ、と感じさせる前に、ぐいぐいと引っ張っていってくれる。
スプ-トニクの恋人 Amazon書評・レビュー: スプ-トニクの恋人より
4062096579
No.221
(3pt)

世にでない事=死と同じ ?

スプートニックのライカ犬が宇宙を廻り続けている光景は、世に出ないのに夢を追い続けることを、ドンキホーテ的な空回りなむなしさととらえる目線からだと感じる。

世の経済システムに乗り、プロとして夢を生業にしている者は、他人とのコミュニケーションの中に生き、地上に生きていると表現され、
生産性もないのにまだ諦めず夢を追い続けている者は、たった一人で夢想の世界で遊ぶ、足のないものの世界に行くようなものだと。

それは、小説家というある種の夢をこの世に実現し生業としている作者からすれば、それくらい厳しい仕事なのだと言っているように感じる。
作者自身もまた、スプートニックのライカ犬に自分がいつなるやもしれないという「恐れ」と「孤独」の中にいるということだろう。
まだ世に出ない文章をいくつも夢想の中に持っているはずだ。

世にでない事、世に評価されないこと、売れないことを、死の世界と同等に扱うほどの「恐れ」として抱いている。

しかし、本来、したいことをするのに世に出ないことなどどうでもいいのだ。
身体がうごくなら、世に出ないからやめる事などない。
夢にみていたものと違うものを生業にしたところで、
どうしてそこで夢を全く諦める必要があるのか。
いくらだって続ける方法はあるはずだ。
しかも、それで続けている人がそんなに悲壮感があるのか?
それでも続けているような人は、それでヨーロッパを豪遊できなくても、誰よりも生き生きしているように見える。
世に出なくても好きな事を目一杯して生きている人は、この小説の中では地球上にいない扱いになる。

だから私はミューが嫌いだし、世に出ている村上春樹がミューのような主人公を書くこともいけすかないし、プロとして生活している人がこの本が好きだと言うのもいけすかない。
ミューのようになりたくないわけだ。

ミューは音楽では世に出ないから音楽をやめた。
ミューにとって世に出る音楽しか音楽じゃないからだ。
そして同時に村上春樹自身にとっても世に出る小説しか小説じゃない。
村上春樹自身も、世に出なかったら小説を辞めていたのか…という疑問を持たせる小説。

自身の半身をミューと重ねて描いている。
そして、そこに熱烈なすみれの愛。
それは救いというか、もはや強烈な自己愛だろう。
作家はそれくらいの自己愛と自己批判が同居できるような器がないと勤まらない。
だからこそ陥ってしまう裏の世界、死の世界をすぐ近くに感じ続けている。
夢の実現は、決して安心のない孤独の世界と表裏一体なのだ。

しかしまだ世に出ない者へはあわれみにしかならない。情けは無用と言いたくなる。

と、私は読みました。
いろんな読み方がありますね。
スプートニクの恋人 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: スプートニクの恋人 (講談社文庫)より
4062731290
No.220
(3pt)

世にでない事=死と同じ ?

スプートニックのライカ犬が宇宙を廻り続けている光景は、世に出ないのに夢を追い続けることを、ドンキホーテ的な空回りなむなしさととらえる目線からだと感じる。

世の経済システムに乗り、プロとして夢を生業にしている者は、他人とのコミュニケーションの中に生き、地上に生きていると表現され、
生産性もないのにまだ諦めず夢を追い続けている者は、たった一人で夢想の世界で遊ぶ、足のないものの世界に行くようなものだと。

それは、小説家というある種の夢をこの世に実現し生業としている作者からすれば、それくらい厳しい仕事なのだと言っているように感じる。
作者自身もまた、スプートニックのライカ犬に自分がいつなるやもしれないという「恐れ」と「孤独」の中にいるということだろう。
まだ世に出ない文章をいくつも夢想の中に持っているはずだ。

世にでない事、世に評価されないこと、売れないことを、死の世界と同等に扱うほどの「恐れ」として抱いている。

しかし、本来、したいことをするのに世に出ないことなどどうでもいいのだ。
身体がうごくなら、世に出ないからやめる事などない。
夢にみていたものと違うものを生業にしたところで、
どうしてそこで夢を全く諦める必要があるのか。
いくらだって続ける方法はあるはずだ。
しかも、それで続けている人がそんなに悲壮感があるのか?
それでも続けているような人は、それでヨーロッパを豪遊できなくても、誰よりも生き生きしているように見える。
世に出なくても好きな事を目一杯して生きている人は、この小説の中では地球上にいない扱いになる。

だから私はミューが嫌いだし、世に出ている村上春樹がミューのような主人公を書くこともいけすかないし、プロとして生活している人がこの本が好きだと言うのもいけすかない。
ミューのようになりたくないわけだ。

ミューは音楽では世に出ないから音楽をやめた。
ミューにとって世に出る音楽しか音楽じゃないからだ。
そして同時に村上春樹自身にとっても世に出る小説しか小説じゃない。
村上春樹自身も、世に出なかったら小説を辞めていたのか…という疑問を持たせる小説。

自身の半身をミューと重ねて描いている。
そして、そこに熱烈なすみれの愛。
それは救いというか、もはや強烈な自己愛だろう。
作家はそれくらいの自己愛と自己批判が同居できるような器がないと勤まらない。
だからこそ陥ってしまう裏の世界、死の世界をすぐ近くに感じ続けている。
夢の実現は、決して安心のない孤独の世界と表裏一体なのだ。

しかしまだ世に出ない者へはあわれみにしかならない。情けは無用と言いたくなる。

と、私は読みました。
いろんな読み方がありますね。
スプ-トニクの恋人 Amazon書評・レビュー: スプ-トニクの恋人より
4062096579
No.219
(1pt)

目立たない主人公が実は一番歪んでます

すみれとミュウという登場人物に比べて主人公の影が薄いです。がしかし、実は彼が一番問題ある人物です。主人公はさして理由も無く小学校の教師になります。また主人公は片思いながら、すみれという愛する女性がいるにも関わらず、生徒の母親と不倫関係にあるというなかなかの鬼畜野郎です。

生徒はいつしか、母親と担任である主人公の不倫関係に意識適にしろ無意識的にしろ気付いて、心を病んでしまいます。そして、万引きという犯罪を犯すようになります。

ある日、その生徒はついに万引きが見つかり警備員に保護されます。そして担任教師である主人公が呼び出され、監督不行届きを警備員にとがめられます。しかし主人公は全く聴く耳を持ちません。そればかりか、その警備員をむしろ軽蔑するかのような描写がされます。

主人公は、生徒である子供の常習的な万引きには犯罪性よりは精神的な歪みからきている、と自ら警備員に説明します。しかしその精神的な歪みがどこから来ているのか、、、。主人公と母親の不倫から来ていることは想像に難しくないのですが、主人公にはあまり自覚がありません。生徒と主人公が二人きりになっても生徒に対して謝罪の言葉はなく、自分の片思いついてなどの、頓珍漢な話を自分の生徒に話します。

主人公は母親に、不倫が気付かれているのかも、と話を持ちかけられて、ようやく母親と別れ話をしますが、それはむしろ母親と別れられて、厄介払いができて喜んでいるようにも見えます。しかしながら主人公は終始こうした自分の歪んだ性格に対して無自覚です。

主人公の片思いの相手であるすみれは、父親が誰もが認める美形であり、容姿にコンプレックスを抱いています。また母親を若くして亡くしており、また母親がつけた自分の名前に対してもコンプレックスを抱いています。そうした影響でレズビアンに走るという布石のようなものが前半に描かれていますが、それよりもむしろ主人公の歪んだ性格に絶望してレズビアンに走ったのではないでしょうか。

村上春樹さんのインタビューを読むと、どうやら村上さんは物語をあらかじめ構成してから書き始めるのではないようです。無意識的に物語を作っているといっても、良いような感じです。そうして出来た作品は作者の主張よりも、読み手がどう捉えるかの自由があると言っています。

この作風は読者にとってとても都合が良いので、人気があるのもわかります。でも無意識だからといって、こんな歪んだ性格の主人公を、その異常性を気付かれにくいような影の薄い形で描写するのはどうなんでしょうか?なんか現実の教師の不祥事事件のことを考えると、複雑な心境です。村上春樹さんはそういうニュースに影響されているんでしょうか?実は逆に教師が村上春樹さんの小説に影響されていたりして、、、。
スプートニクの恋人 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: スプートニクの恋人 (講談社文庫)より
4062731290
No.218
(1pt)

目立たない主人公が実は一番歪んでます

すみれとミュウという登場人物に比べて主人公の影が薄いです。がしかし、実は彼が一番問題ある人物です。主人公はさして理由も無く小学校の教師になります。また主人公は片思いながら、すみれという愛する女性がいるにも関わらず、生徒の母親と不倫関係にあるというなかなかの鬼畜野郎です。

生徒はいつしか、母親と担任である主人公の不倫関係に意識適にしろ無意識的にしろ気付いて、心を病んでしまいます。そして、万引きという犯罪を犯すようになります。

ある日、その生徒はついに万引きが見つかり警備員に保護されます。そして担任教師である主人公が呼び出され、監督不行届きを警備員にとがめられます。しかし主人公は全く聴く耳を持ちません。そればかりか、その警備員をむしろ軽蔑するかのような描写がされます。

主人公は、生徒である子供の常習的な万引きには犯罪性よりは精神的な歪みからきている、と自ら警備員に説明します。しかしその精神的な歪みがどこから来ているのか、、、。主人公と母親の不倫から来ていることは想像に難しくないのですが、主人公にはあまり自覚がありません。生徒と主人公が二人きりになっても生徒に対して謝罪の言葉はなく、自分の片思いついてなどの、頓珍漢な話を自分の生徒に話します。

主人公は母親に、不倫が気付かれているのかも、と話を持ちかけられて、ようやく母親と別れ話をしますが、それはむしろ母親と別れられて、厄介払いができて喜んでいるようにも見えます。しかしながら主人公は終始こうした自分の歪んだ性格に対して無自覚です。

主人公の片思いの相手であるすみれは、父親が誰もが認める美形であり、容姿にコンプレックスを抱いています。また母親を若くして亡くしており、また母親がつけた自分の名前に対してもコンプレックスを抱いています。そうした影響でレズビアンに走るという布石のようなものが前半に描かれていますが、それよりもむしろ主人公の歪んだ性格に絶望してレズビアンに走ったのではないでしょうか。

村上春樹さんのインタビューを読むと、どうやら村上さんは物語をあらかじめ構成してから書き始めるのではないようです。無意識的に物語を作っているといっても、良いような感じです。そうして出来た作品は作者の主張よりも、読み手がどう捉えるかの自由があると言っています。

この作風は読者にとってとても都合が良いので、人気があるのもわかります。でも無意識だからといって、こんな歪んだ性格の主人公を、その異常性を気付かれにくいような影の薄い形で描写するのはどうなんでしょうか?なんか現実の教師の不祥事事件のことを考えると、複雑な心境です。村上春樹さんはそういうニュースに影響されているんでしょうか?実は逆に教師が村上春樹さんの小説に影響されていたりして、、、。
スプ-トニクの恋人 Amazon書評・レビュー: スプ-トニクの恋人より
4062096579
No.217
(4pt)

軽くて重い孤独

ぼく・すみれ・ミュウ。このメインの登場人物三人は、それぞれ孤独を抱えている。
ぼくはすみれのことが好きで、すみれはミュウのことが好きで、ミュウはすみれのことがちょっと好き。
でも、それぞれはすれ違い続ける。結びつけば楽なのに、孤独ではなくなるのに、くっつきそうでくっつかない。
何かが起きそうで起きない、終始、切なくもどかしい。
なのに、おもしろくてすらすら読めてしまう不思議な小説。

荒野の中に一人いるような誰からも孤絶した孤独ではなく、
友達はいるけど、孤独。セックスフレンドはいるけど、孤独。夫はいるけど、孤独。
この「軽い孤独」が現代にあっているのかな。
舞台のギリシアの描写もとてもいい。孤独だけど。
スプートニクの恋人 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: スプートニクの恋人 (講談社文庫)より
4062731290
No.216
(4pt)

軽くて重い孤独

ぼく・すみれ・ミュウ。このメインの登場人物三人は、それぞれ孤独を抱えている。
ぼくはすみれのことが好きで、すみれはミュウのことが好きで、ミュウはすみれのことがちょっと好き。
でも、それぞれはすれ違い続ける。結びつけば楽なのに、孤独ではなくなるのに、くっつきそうでくっつかない。
何かが起きそうで起きない、終始、切なくもどかしい。
なのに、おもしろくてすらすら読めてしまう不思議な小説。

荒野の中に一人いるような誰からも孤絶した孤独ではなく、
友達はいるけど、孤独。セックスフレンドはいるけど、孤独。夫はいるけど、孤独。
この「軽い孤独」が現代にあっているのかな。
舞台のギリシアの描写もとてもいい。孤独だけど。
スプ-トニクの恋人 Amazon書評・レビュー: スプ-トニクの恋人より
4062096579
No.215
(4pt)

スプートニクを繋ぐもの

この物語に登場してくる人物は、主に僕とすみれ、そしてミュウだ。
アンバランスな人物ミュウの出現により、僕とすみれの運命は巡り出す。結果僕とすみれは成長し結ばれるのだが、ミュウは…

私は三人の中でミュウに一番自分を重ねてしまいました。
喪失や不全を抱えているために、自分にはこれ以上望むべくもない何か…
ミュウという存在は僕とすみれを再び巡り会わせる為のトリガーに過ぎなかったのでしょうか。

とはいえ、若い男女がささやかだけれど真の絆を見つける事が出来たのだから、素敵な物語だとも思いました。
二人の絆の結合が地球を、ミュウがスプートニクを現しているのかな、と私は解釈しました。

「素直に生きる」というのは、なんて孤独で儚いのでしょう。
スプートニクの恋人 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: スプートニクの恋人 (講談社文庫)より
4062731290
No.214
(4pt)

スプートニクを繋ぐもの

この物語に登場してくる人物は、主に僕とすみれ、そしてミュウだ。
アンバランスな人物ミュウの出現により、僕とすみれの運命は巡り出す。結果僕とすみれは成長し結ばれるのだが、ミュウは…

私は三人の中でミュウに一番自分を重ねてしまいました。
喪失や不全を抱えているために、自分にはこれ以上望むべくもない何か…
ミュウという存在は僕とすみれを再び巡り会わせる為のトリガーに過ぎなかったのでしょうか。

とはいえ、若い男女がささやかだけれど真の絆を見つける事が出来たのだから、素敵な物語だとも思いました。
二人の絆の結合が地球を、ミュウがスプートニクを現しているのかな、と私は解釈しました。

「素直に生きる」というのは、なんて孤独で儚いのでしょう。
スプ-トニクの恋人 Amazon書評・レビュー: スプ-トニクの恋人より
4062096579
No.213
(4pt)

「トラヴェリング」の物語

日本人離れした巧みな比喩とユーモアが全編を覆っている。どのページを無作為に開いても気の利いたセンテンスが必ずあって、これらは翻訳によってスポイルされることがないだろうから、村上春樹があらゆる言語で愛されている理由のひとつになっていると思う。
彼が大きな影響を受けたトルーマン・カポーティも比喩の巧みな作家だった。そして、本書に出てくる女性すみれは、カポーティの『ティファニーで朝食を』の主人公ホリー・ゴライトリーに少し似ている。ホリーが自分の名刺に「トラヴェリング(旅行中)」と刷っているように、すみれは家の留守電に「旅行中です」とメッセージを吹き込んでいる。すみれは同性のミュウを「スプートニクの恋人」と呼ぶ。スプートニクは英語で「トラヴェリング・コンパニオン」の意味。ふたりは文字通り、長い旅行に出かける。
ギリシャのある島の別荘で、引き上げるタイミングを計って「わたしとしてはいつまでもこうしていたいけれど」というミュウに、すみれが答える台詞が暗示的だ。「でも仕方ないわね。すてきなことはみんないつか終わるもの」
断定的なことをいうと熱烈な春樹ファンに怒られるかもしれないけれど、これは「トラヴェリング」の小説であり、トラヴェリングとは「揺らぎ」なのだと思う。ドッペルゲンガーやパラレルワールドの描写を幻想譚としてとらえることもできるが、僕は人間が持つみずみずしい(そして厄介な)揺らぎを描いているのだと読んだ。
物語の語り手である「ぼく」は、本や音楽を最良の友として、とりたてて寂しさも感じず、「人間というのは、結局のところ一人で生きていくしかないもの」と諦観していた。それが、すみれに会い、「ひとりぼっちであるというのは、ときとして、ものすごくさびしいことなんだって思うようになった」。ここにも人生の「揺らぎ」、魂の「トラヴェリング」がある。
「ひとりぼっちでいるというのは、雨降りの夕方に、大きな河の河口に立って、たくさんの水が海に流れ込んでいくのをいつまでも眺めているときのような気持ちだ」。村上春樹を読む喜びと哀しみは、こうした比喩にこそある。
人生は何度でも揺らぐ。そのたびごとに、僕たちは出会いや別れを繰り返し、理解や共感や諦観や寂寥を味わう。決して同じところにはとどまれない。とどまりたければ、ひとつの夢を延々と見つづけるしかない。
「ぼくらはこうしてそれぞれに今も生き続けているのだと思った。どれだけ深く致命的に失われていても、どれほど大事なものをこの手から簒奪(さんだつ)されていても、あるいは外側の一枚の皮膚だけを残してまったく違った人間に変わり果ててしまっていても、ぼくらはこのように黙々と生を送っていくことができるのだ。手をのばして定められた量の時間をたぐり寄せ、そのままうしろに送っていくことができる。日常的な反復作業として――場合によってはとても手際よく。そう考えるとぼくはひどくうつろな気持ちになった」。生きていくとは、そういうことなのかもしれない。
スプートニクの恋人 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: スプートニクの恋人 (講談社文庫)より
4062731290
No.212
(4pt)

「トラヴェリング」の物語

日本人離れした巧みな比喩とユーモアが全編を覆っている。どのページを無作為に開いても気の利いたセンテンスが必ずあって、これらは翻訳によってスポイルされることがないだろうから、村上春樹があらゆる言語で愛されている理由のひとつになっていると思う。
彼が大きな影響を受けたトルーマン・カポーティも比喩の巧みな作家だった。そして、本書に出てくる女性すみれは、カポーティの『ティファニーで朝食を』の主人公ホリー・ゴライトリーに少し似ている。ホリーが自分の名刺に「トラヴェリング(旅行中)」と刷っているように、すみれは家の留守電に「旅行中です」とメッセージを吹き込んでいる。すみれは同性のミュウを「スプートニクの恋人」と呼ぶ。スプートニクは英語で「トラヴェリング・コンパニオン」の意味。ふたりは文字通り、長い旅行に出かける。
ギリシャのある島の別荘で、引き上げるタイミングを計って「わたしとしてはいつまでもこうしていたいけれど」というミュウに、すみれが答える台詞が暗示的だ。「でも仕方ないわね。すてきなことはみんないつか終わるもの」
断定的なことをいうと熱烈な春樹ファンに怒られるかもしれないけれど、これは「トラヴェリング」の小説であり、トラヴェリングとは「揺らぎ」なのだと思う。ドッペルゲンガーやパラレルワールドの描写を幻想譚としてとらえることもできるが、僕は人間が持つみずみずしい(そして厄介な)揺らぎを描いているのだと読んだ。
物語の語り手である「ぼく」は、本や音楽を最良の友として、とりたてて寂しさも感じず、「人間というのは、結局のところ一人で生きていくしかないもの」と諦観していた。それが、すみれに会い、「ひとりぼっちであるというのは、ときとして、ものすごくさびしいことなんだって思うようになった」。ここにも人生の「揺らぎ」、魂の「トラヴェリング」がある。
「ひとりぼっちでいるというのは、雨降りの夕方に、大きな河の河口に立って、たくさんの水が海に流れ込んでいくのをいつまでも眺めているときのような気持ちだ」。村上春樹を読む喜びと哀しみは、こうした比喩にこそある。
人生は何度でも揺らぐ。そのたびごとに、僕たちは出会いや別れを繰り返し、理解や共感や諦観や寂寥を味わう。決して同じところにはとどまれない。とどまりたければ、ひとつの夢を延々と見つづけるしかない。
「ぼくらはこうしてそれぞれに今も生き続けているのだと思った。どれだけ深く致命的に失われていても、どれほど大事なものをこの手から簒奪(さんだつ)されていても、あるいは外側の一枚の皮膚だけを残してまったく違った人間に変わり果ててしまっていても、ぼくらはこのように黙々と生を送っていくことができるのだ。手をのばして定められた量の時間をたぐり寄せ、そのままうしろに送っていくことができる。日常的な反復作業として――場合によってはとても手際よく。そう考えるとぼくはひどくうつろな気持ちになった」。生きていくとは、そういうことなのかもしれない。
スプ-トニクの恋人 Amazon書評・レビュー: スプ-トニクの恋人より
4062096579
No.211
(5pt)

よく出来てるね(^.^)b

これ、一番完成度が高かった気がします。
てか、今がこれ?

すごくよくわかるよ。

ある種の人間にとっては救いになる場面があります。ある映画で私も救われましたが、ああそういえばこの作品でも救われてた、と思い出しました。

出逢って良かった一品でした(^-^)
スプートニクの恋人 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: スプートニクの恋人 (講談社文庫)より
4062731290
No.210
(5pt)

よく出来てるね(^.^)b

これ、一番完成度が高かった気がします。
てか、今がこれ?

すごくよくわかるよ。

ある種の人間にとっては救いになる場面があります。ある映画で私も救われましたが、ああそういえばこの作品でも救われてた、と思い出しました。

出逢って良かった一品でした(^-^)
スプ-トニクの恋人 Amazon書評・レビュー: スプ-トニクの恋人より
4062096579
No.209
(4pt)

ミュウの存在

この本の題名に、主人公とその想い人の名前を挙げるのではなく、第三者を使っている事がおもしろい。
でも、読んだ後に印象に残っているのは、あの奇妙なミュウのイタリアでの経験と、その後のミュウ。
彼女は、主人公とすみれが、社会を遠く感じているよりも、もっともっともっと遠くに感じているのではないかな?と思う事ができる。一番悲しいのはミュウ。
ミュウは、あっちの世界ととても近い所にいる。
かろうじて生の世界に残って繋がることのできた二人、主人公とすみれ。
すみれはミュウに惹かれた。ミュウが、その消えてしまった猫に惹かれるように。
主人公が、ギリシャの小島ですみれが小さな井戸に落ちて出られないのではないかと心配したように。
しかし、すみれは、生と死の世界をダイナミックに行き来して、結局主人公の前に姿を現す。

ミュウのストーリーがあれば、読みたい。
なぜ彼女はそうなったのか? とても不吉でした。
スプ-トニクの恋人 Amazon書評・レビュー: スプ-トニクの恋人より
4062096579
No.208
(4pt)

ミュウの存在

この本の題名に、主人公とその想い人の名前を挙げるのではなく、第三者を使っている事がおもしろい。
でも、読んだ後に印象に残っているのは、あの奇妙なミュウのイタリアでの経験と、その後のミュウ。
彼女は、主人公とすみれが、社会を遠く感じているよりも、もっともっともっと遠くに感じているのではないかな?と思う事ができる。一番悲しいのはミュウ。
ミュウは、あっちの世界ととても近い所にいる。
かろうじて生の世界に残って繋がることのできた二人、主人公とすみれ。
すみれはミュウに惹かれた。ミュウが、その消えてしまった猫に惹かれるように。
主人公が、ギリシャの小島ですみれが小さな井戸に落ちて出られないのではないかと心配したように。
しかし、すみれは、生と死の世界をダイナミックに行き来して、結局主人公の前に姿を現す。

ミュウのストーリーがあれば、読みたい。
なぜ彼女はそうなったのか? とても不吉でした。
スプートニクの恋人 (講談社文庫) Amazon書評・レビュー: スプートニクの恋人 (講談社文庫)より
4062731290
No.207
(3pt)

久しぶりに読んだ

発売当初に読んで捨ててしまって、また読みたくなって再購入。
あまり好きではない部分はそのままなのですが、全体の印象は少し変わりました。
こういうのもいいのではないか、と。
あまり村上春樹が好きではなかったけど、ほかの作品も読み返してみようと思います。
スプ-トニクの恋人 Amazon書評・レビュー: スプ-トニクの恋人より
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