蜜蜂と遠雷

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評判

蜜蜂と遠雷の評価:

4.00/5点 レビュー 747件。 S ランク

Amazon書評・レビュー点数毎のグラフです

平均点4.00pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全641件 161〜180 9/33ページ
No.481
(4pt)

音楽の素晴らしさを、文字だけでこんなにも伝えられるなんて。

恩田陸著『蜜蜂と遠雷』
競争激しいピアノコンクールが舞台。演奏者、審査員の別々の角度から、音楽の葛藤・喜び・哲学的思考が展開されて面白い。
爽やかな青春ドラマで、ピアノは弾けない&曲も知らない僕でも大満足な幸福感。
演奏の情景や物語がイメージで浮かんできて、表現力がすごい。
蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫) Amazon書評・レビュー: 蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫)より
4344428528
No.480
(4pt)

音楽の素晴らしさを、文字だけでこんなにも伝えられるなんて。

恩田陸著『蜜蜂と遠雷』
競争激しいピアノコンクールが舞台。演奏者、審査員の別々の角度から、音楽の葛藤・喜び・哲学的思考が展開されて面白い。
爽やかな青春ドラマで、ピアノは弾けない&曲も知らない僕でも大満足な幸福感。
演奏の情景や物語がイメージで浮かんできて、表現力がすごい。
蜜蜂と遠雷 Amazon書評・レビュー: 蜜蜂と遠雷より
4344030036
No.479
(5pt)

感動した

とても良い本と思います。
蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫) Amazon書評・レビュー: 蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫)より
4344428528
No.478
(5pt)

感動した

とても良い本と思います。
蜜蜂と遠雷 Amazon書評・レビュー: 蜜蜂と遠雷より
4344030036
No.477
(5pt)

蜂蜜と遠雷

音楽小説としては、秀逸。
蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫) Amazon書評・レビュー: 蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫)より
4344428528
No.476
(5pt)

蜂蜜と遠雷

音楽小説としては、秀逸。
蜜蜂と遠雷 Amazon書評・レビュー: 蜜蜂と遠雷より
4344030036
No.475
(5pt)

速くて商品もきれいでした。

迅速な対応で商品も速く着き、商品もとてもきれいでした。
蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫) Amazon書評・レビュー: 蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫)より
4344428528
No.474
(5pt)

速くて商品もきれいでした。

迅速な対応で商品も速く着き、商品もとてもきれいでした。
蜜蜂と遠雷 Amazon書評・レビュー: 蜜蜂と遠雷より
4344030036
No.473
(5pt)

Good book

Once I started, I couldn’t stop reading. I’m really curious about the ending.
蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫) Amazon書評・レビュー: 蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫)より
4344428528
No.472
(5pt)

Good book

Once I started, I couldn’t stop reading. I’m really curious about the ending.
蜜蜂と遠雷 Amazon書評・レビュー: 蜜蜂と遠雷より
4344030036
No.471
(5pt)

通販の書籍購入至って便利。

図書館で借りて、まだ読み終えてないのに期限が来てしまい、買って読む事にしました。これで自由に読める!初めて通販で
蜜蜂と遠雷(下) (幻冬舎文庫) Amazon書評・レビュー: 蜜蜂と遠雷(下) (幻冬舎文庫)より
4344428536
No.470
(5pt)

ホフマンの狙い通り、多くのギフトを生み出した

一気に読んだ

浜松国際ピアノコンクールをモデルにした「芳ヶ江国際ピアノコンクール」のフランス予選会から日本での第1次、第2次、第3次予選と本選までを主軸に描かれた、3人の天才ピアニストの物語
ずば抜けた天才はギフトなのか災厄なのかという問題提起から始まり、いくつかの心の葛藤や嫉妬などの心理描写を挟みながらも陰湿さの描写がほとんどない読みやすい作品だった

コンクールという優劣を付け勝者のみが残る戦いを描いているのに映画アマデウスのアントニオ・サリエリのような敵役も出てこないしアマデウスの様な品行で自分を持ち崩す輩も出てこない
どちらかというとあだち充のマンガに出てくる主人公たちのように戦う相手は自分の中にあるような味付けで描かれていて読みやすい
作者曰く「トラウマなしで。ドロドロなし」、だからとても心地よく読める

あまり内容を紐解くのも無粋なので「面白かった」という感想に留めるが、亜夜の友人「浜崎奏」が映画版では存在していないことに一番驚いた・・・
亜夜のメンタルに大きな影響を与えたのは塵だけど、その背景には天才ではないけど天才を正確に判断できてそれを応援できる奏の存在が大きかったはずなのに非常に残念

物語の最初から世界を祝福する音符として登場する蜜蜂に対して、最後の方で微かに出てくる遠雷を合わせたタイトルが最後までよくわからなかった
遠雷が出てくるのは本選直前に塵がピアノの師匠であるホフマンとの約束の意味を求めて雨の中をさまようシーン
『遠いところで、低く雷が鳴っている。冬の雷。何かが胸の奥で泡立つ感じがした』

原作の1つのテーマでありタイトルと密接に絡んでいるのが塵の言葉「狭いところに閉じこめられている音楽を広いところに連れ出す」
遠雷を見た後、どのような解をもって塵が本選の演奏を行ったのか詳細は書かれていないのだけど、
蜜蜂と遠雷は対極するもので有りながら、どちらも広い世界に存在する音楽であることは共通しているという事を示したタイトルなのかな?
思うにホフマンの狙いは国際コンクールの審査員とコンテスタント双方へ「劇薬」を投入する事であり、それを効果的に反応させるため塵に与えたモチベーションが『音楽を広いところに連れ出す』だったのか
結果はホフマンの狙い通り、多くのギフトを生み出した
蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫) Amazon書評・レビュー: 蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫)より
4344428528
No.469
(5pt)

ホフマンの狙い通り、多くのギフトを生み出した

一気に読んだ

浜松国際ピアノコンクールをモデルにした「芳ヶ江国際ピアノコンクール」のフランス予選会から日本での第1次、第2次、第3次予選と本選までを主軸に描かれた、3人の天才ピアニストの物語
ずば抜けた天才はギフトなのか災厄なのかという問題提起から始まり、いくつかの心の葛藤や嫉妬などの心理描写を挟みながらも陰湿さの描写がほとんどない読みやすい作品だった

コンクールという優劣を付け勝者のみが残る戦いを描いているのに映画アマデウスのアントニオ・サリエリのような敵役も出てこないしアマデウスの様な品行で自分を持ち崩す輩も出てこない
どちらかというとあだち充のマンガに出てくる主人公たちのように戦う相手は自分の中にあるような味付けで描かれていて読みやすい
作者曰く「トラウマなしで。ドロドロなし」、だからとても心地よく読める

あまり内容を紐解くのも無粋なので「面白かった」という感想に留めるが、亜夜の友人「浜崎奏」が映画版では存在していないことに一番驚いた・・・
亜夜のメンタルに大きな影響を与えたのは塵だけど、その背景には天才ではないけど天才を正確に判断できてそれを応援できる奏の存在が大きかったはずなのに非常に残念

物語の最初から世界を祝福する音符として登場する蜜蜂に対して、最後の方で微かに出てくる遠雷を合わせたタイトルが最後までよくわからなかった
遠雷が出てくるのは本選直前に塵がピアノの師匠であるホフマンとの約束の意味を求めて雨の中をさまようシーン
『遠いところで、低く雷が鳴っている。冬の雷。何かが胸の奥で泡立つ感じがした』

原作の1つのテーマでありタイトルと密接に絡んでいるのが塵の言葉「狭いところに閉じこめられている音楽を広いところに連れ出す」
遠雷を見た後、どのような解をもって塵が本選の演奏を行ったのか詳細は書かれていないのだけど、
蜜蜂と遠雷は対極するもので有りながら、どちらも広い世界に存在する音楽であることは共通しているという事を示したタイトルなのかな?
思うにホフマンの狙いは国際コンクールの審査員とコンテスタント双方へ「劇薬」を投入する事であり、それを効果的に反応させるため塵に与えたモチベーションが『音楽を広いところに連れ出す』だったのか
結果はホフマンの狙い通り、多くのギフトを生み出した
蜜蜂と遠雷 Amazon書評・レビュー: 蜜蜂と遠雷より
4344030036
No.468
(5pt)

コンクールの臨場感を読書で味わう

辛口のレビューも多いようだが、素直に読んで楽しめた。
ショパンコンクールなどの有名なピアノコンクールはテレビ・ドキュメンタリーで演奏者に焦点を合わせたドラマ仕立てなものを見たし、最近ではスタインウェイやヤマハなどの有名ピアノメーカーがショパンコンクールに技術者と調律師をチームで送り込んで演奏者に張り付き、熾烈な争いを展開するドキュメンタリー番組も興味深く見た。
編集担当者の解説によると、この小説は作者が浜松国際ピアノコンクールを何年も取材して、10年がかりの連載で書き上げたものだそうだが、主人公となる複数の演奏者〔コンテスタント)の視点だけでなく、審査員や演奏者をサポートする友人らの視点も加え、コンクールの予選から1次、2次、3次予選、そして本選と時系列に沿ってコンクールを再現する作品となっており、読者はあたかもコンクールの現場に居合わせたような臨場感と緊迫感を味わうことができる。
クラシックのピアノコンクールなので、作曲家や曲の知識はある程度は必要だが、専門的で小難しい楽曲解説のような部分はなく、曲のイメージが様々な比喩を交えて一般読者にわかりやすく語られているのは作者の苦心したところだろう。ただ、同じような説明の繰り返しや冗長な部分があるのは連載小説だからであろうか。
物語としては、かつて天才少女として活躍しながら母の死で演奏をドタキャンして活動をやめていたアヤの復帰への挑戦、ジュリアード音楽院の若きスターとして飛躍をめざすマサル、キャリアは全く未知ながら亡き大ピアニストの推薦状付きで彗星のごとく登場した天才少年ジンの3者を軸に展開され、ジンが文字通りトリックスターのような役割を果たしてコンクールを劇的に盛り上げていく。このあたりは少年漫画チックだが、若者らしいみずみずしさと友情が微笑ましく描けていると思う。
クラシック音楽のファンとしては、作曲者の意図や楽譜の忠実な再現という考え方と演奏者の自由な解釈とのせめぎ合いが音楽思想や音楽史的に興味をひくところであり、本書では前者に傾く審査員が型破りなジンの演奏を最初は拒絶しつつ受け入れていく過程と「音楽を外に連れ出す」と繰り返しジンに語らせるところに作者の関心が表現されている。
蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫) Amazon書評・レビュー: 蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫)より
4344428528
No.467
(5pt)

コンクールの臨場感を読書で味わう

辛口のレビューも多いようだが、素直に読んで楽しめた。
ショパンコンクールなどの有名なピアノコンクールはテレビ・ドキュメンタリーで演奏者に焦点を合わせたドラマ仕立てなものを見たし、最近ではスタインウェイやヤマハなどの有名ピアノメーカーがショパンコンクールに技術者と調律師をチームで送り込んで演奏者に張り付き、熾烈な争いを展開するドキュメンタリー番組も興味深く見た。
編集担当者の解説によると、この小説は作者が浜松国際ピアノコンクールを何年も取材して、10年がかりの連載で書き上げたものだそうだが、主人公となる複数の演奏者〔コンテスタント)の視点だけでなく、審査員や演奏者をサポートする友人らの視点も加え、コンクールの予選から1次、2次、3次予選、そして本選と時系列に沿ってコンクールを再現する作品となっており、読者はあたかもコンクールの現場に居合わせたような臨場感と緊迫感を味わうことができる。
クラシックのピアノコンクールなので、作曲家や曲の知識はある程度は必要だが、専門的で小難しい楽曲解説のような部分はなく、曲のイメージが様々な比喩を交えて一般読者にわかりやすく語られているのは作者の苦心したところだろう。ただ、同じような説明の繰り返しや冗長な部分があるのは連載小説だからであろうか。
物語としては、かつて天才少女として活躍しながら母の死で演奏をドタキャンして活動をやめていたアヤの復帰への挑戦、ジュリアード音楽院の若きスターとして飛躍をめざすマサル、キャリアは全く未知ながら亡き大ピアニストの推薦状付きで彗星のごとく登場した天才少年ジンの3者を軸に展開され、ジンが文字通りトリックスターのような役割を果たしてコンクールを劇的に盛り上げていく。このあたりは少年漫画チックだが、若者らしいみずみずしさと友情が微笑ましく描けていると思う。
クラシック音楽のファンとしては、作曲者の意図や楽譜の忠実な再現という考え方と演奏者の自由な解釈とのせめぎ合いが音楽思想や音楽史的に興味をひくところであり、本書では前者に傾く審査員が型破りなジンの演奏を最初は拒絶しつつ受け入れていく過程と「音楽を外に連れ出す」と繰り返しジンに語らせるところに作者の関心が表現されている。
蜜蜂と遠雷 Amazon書評・レビュー: 蜜蜂と遠雷より
4344030036
No.466
(4pt)

面白い!!

ピアノは全く弾けませんが、面白かったです。
読む前は結構長い物語で、途中飽きるかなって思ったけど、全くそんな事なかったです。先が気になってあっという間に読んじゃいました。久しぶりに面白い本でした。

でも、何度も読み返すって感じではないですね。
蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫) Amazon書評・レビュー: 蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫)より
4344428528
No.465
(4pt)

面白い!!

ピアノは全く弾けませんが、面白かったです。
読む前は結構長い物語で、途中飽きるかなって思ったけど、全くそんな事なかったです。先が気になってあっという間に読んじゃいました。久しぶりに面白い本でした。

でも、何度も読み返すって感じではないですね。
蜜蜂と遠雷 Amazon書評・レビュー: 蜜蜂と遠雷より
4344030036
No.464
(5pt)

音楽が美しい

音楽とはいったい何なのだろうか。あらゆる文化文明の中で、おそらく音楽を持たない民はいない。近年のグローバル化の影響で多少均一化されつつあるものの、それぞれの歴史の中で磨かれ、洗練された音楽は世界中にあまねく響き渡っている。それを想像すると私はセルバンデスの「音楽のあるところに真の悪は存在できない」という言葉を思い出す。多くの動物と人間を分けているものは、芸術という生存に不必要なものを愛する力なのだと思うが、その広く深い「音楽」をテーマにしたこの小説は、いったい何を描き出すのだろうか。
 この小説は2016年の秋に刊行されるやいなや話題をさらい、その勢いに乗って直木賞と本屋大賞をW受賞した名作であるから、もうすでに読まれている方の方が多いだろうと思う。
しかしそれでもまだ手にしておらず、今回文庫化にあたって買うか買うまいか迷っている幸運な方々のために、私なりの感想をまとめておきたいと思う。
舞台は一般の人々が生涯無関係で過ごす“音楽コンクール”。実際に何度も浜松国際ピアノコンクールを取材しただけあって、そこに関わる選考委員、報道陣、ステージマネージャー、調律師をはじめとした舞台関係者、市民などが一体となってその数日間のコンクールを作り上げている様子が小説の土台をしっかりと固めている。そしてそこに集まってくる多様な背景を持つコンテスタント(コンクール出場者)たち。年齢も国籍もバラバラな彼らの中から著者は主に四人にスポットライトを当てる。それは今までコンクール出場経験がなく、何もかも未知数の風間塵一六歳、かつて天才少女としてデビューしたものの突然舞台を去った栄伝亜夜二四才。選考委員の一人の愛弟子で完璧な技術と優れた音楽性から一番の優勝候補と見なされているマサル・カルロス・レヴィ・アナトール一九歳。そして楽器店勤務のサラリーマン高島明石二八歳である。
 音楽が好きな人は多いが、クラシックとなるとハードルが高くなる。ほとんどはつまらない学生時代の授業で興味を失い、歌詞のない長い曲にも、よくわからない番号のついた曲名にも、クラシック好きの人々の小難しい蘊蓄にも一つ一つ躓いてしまうかもしれない。大人になってそんなことを抜きにいろいろ聞く機会がありさえすれば、同じ作曲家の同じ作品でも演奏者によってこれほどまでに違う聴こえ方がするのかと驚くことだろう。もしかしたら何となくこの本を手に取っていなかった私と同じように心が沸き立つような体験がそこに待っているのかもしれない。
 本書はまるで熟練した作曲家のオーケストラ曲のようだ。まず初めはごくさりげなく始まる。音楽になる以前の調弦のざわめきのような。そして突然恐ろしいほどに美しい旋律が流れ出す。その時にはもう頁をめくる手を止めることができなくなっている。「止めてしまえばこの音楽が消えてしまう」という気がするのだ。全編通して半分は演奏シーンという本書。音楽を言語化するというだけでも神業だが、著者は四者四様(+α)の演奏を描き分け、読者は自分の中に鳴り響いてくる「聴こえないはずの音楽」に感動することになる。そして予選から最終選考へと進む中でテーマの主旋律が徐々に大きくなっていくように物語は展開し、美しく集約されていく結末に向かって予想もしなかった波紋を投げかける。
 音楽は言語の違いも時代も超えて人々の心に届く。演奏者と聴衆が「何かを共有しているという確信と高揚(下p422)」に包まれる時、そこには「命」という最上のギフトが純粋に輝いているのだ。
蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫) Amazon書評・レビュー: 蜜蜂と遠雷(上) (幻冬舎文庫)より
4344428528
No.463
(5pt)

音楽が美しい

音楽とはいったい何なのだろうか。あらゆる文化文明の中で、おそらく音楽を持たない民はいない。近年のグローバル化の影響で多少均一化されつつあるものの、それぞれの歴史の中で磨かれ、洗練された音楽は世界中にあまねく響き渡っている。それを想像すると私はセルバンデスの「音楽のあるところに真の悪は存在できない」という言葉を思い出す。多くの動物と人間を分けているものは、芸術という生存に不必要なものを愛する力なのだと思うが、その広く深い「音楽」をテーマにしたこの小説は、いったい何を描き出すのだろうか。
 この小説は2016年の秋に刊行されるやいなや話題をさらい、その勢いに乗って直木賞と本屋大賞をW受賞した名作であるから、もうすでに読まれている方の方が多いだろうと思う。
しかしそれでもまだ手にしておらず、今回文庫化にあたって買うか買うまいか迷っている幸運な方々のために、私なりの感想をまとめておきたいと思う。
舞台は一般の人々が生涯無関係で過ごす“音楽コンクール”。実際に何度も浜松国際ピアノコンクールを取材しただけあって、そこに関わる選考委員、報道陣、ステージマネージャー、調律師をはじめとした舞台関係者、市民などが一体となってその数日間のコンクールを作り上げている様子が小説の土台をしっかりと固めている。そしてそこに集まってくる多様な背景を持つコンテスタント(コンクール出場者)たち。年齢も国籍もバラバラな彼らの中から著者は主に四人にスポットライトを当てる。それは今までコンクール出場経験がなく、何もかも未知数の風間塵一六歳、かつて天才少女としてデビューしたものの突然舞台を去った栄伝亜夜二四才。選考委員の一人の愛弟子で完璧な技術と優れた音楽性から一番の優勝候補と見なされているマサル・カルロス・レヴィ・アナトール一九歳。そして楽器店勤務のサラリーマン高島明石二八歳である。
 音楽が好きな人は多いが、クラシックとなるとハードルが高くなる。ほとんどはつまらない学生時代の授業で興味を失い、歌詞のない長い曲にも、よくわからない番号のついた曲名にも、クラシック好きの人々の小難しい蘊蓄にも一つ一つ躓いてしまうかもしれない。大人になってそんなことを抜きにいろいろ聞く機会がありさえすれば、同じ作曲家の同じ作品でも演奏者によってこれほどまでに違う聴こえ方がするのかと驚くことだろう。もしかしたら何となくこの本を手に取っていなかった私と同じように心が沸き立つような体験がそこに待っているのかもしれない。
 本書はまるで熟練した作曲家のオーケストラ曲のようだ。まず初めはごくさりげなく始まる。音楽になる以前の調弦のざわめきのような。そして突然恐ろしいほどに美しい旋律が流れ出す。その時にはもう頁をめくる手を止めることができなくなっている。「止めてしまえばこの音楽が消えてしまう」という気がするのだ。全編通して半分は演奏シーンという本書。音楽を言語化するというだけでも神業だが、著者は四者四様(+α)の演奏を描き分け、読者は自分の中に鳴り響いてくる「聴こえないはずの音楽」に感動することになる。そして予選から最終選考へと進む中でテーマの主旋律が徐々に大きくなっていくように物語は展開し、美しく集約されていく結末に向かって予想もしなかった波紋を投げかける。
 音楽は言語の違いも時代も超えて人々の心に届く。演奏者と聴衆が「何かを共有しているという確信と高揚(下p422)」に包まれる時、そこには「命」という最上のギフトが純粋に輝いているのだ。
蜜蜂と遠雷 Amazon書評・レビュー: 蜜蜂と遠雷より
4344030036
No.462
(4pt)

ピアノの森みたい

コミックの一巻を読んで原作を読みました。
コミックのピアノの森がダブって来ます。
キャラクターも結局才能と言うかの一言で済んじゃうのが残念。
蜜蜂と遠雷(下) (幻冬舎文庫) Amazon書評・レビュー: 蜜蜂と遠雷(下) (幻冬舎文庫)より
4344428536