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冷血
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冷血の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.26pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全35件 21~35 2/2ページ
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半世紀前の作品。発表当時、たぶんこうしたニュージャーナリズムの手法は衝撃的だったと思うが、今となっては古いという気がする。事件に関係するさまざまな人間模様が書かれているが、それも小説(ノンフィクション・ノベル)としての焦点がぼけて、話が冗長になっている原因だと思う。 また、こうした実名のノンフィクションだと、登場人物の心理に立ち入るにしても限界がある。よって心理描写は浅く類型的なものになりがちで、内面の叫びといったものがない。たくさんの人が登場するが、どの人物も書き割りのようだ。作者が思い入れを持っていたというペリーにしても、何を考えているのかよくわからず、存在感が感じられない。 自分にはよくできたレポートとしか読めなかった。この手法は、賞味期限が切れてるんじゃないのかな。 | ||||
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これは事実に基づいた小説。そう、フィクションではない。 一度読んだ時は、被害者がありふれた日常を送っていること。犯人の残虐性が目に付く。 だが二度目を読むと、どれだけに取材をしているんだと、驚いてしまう。 被害者、加害者の過去や事件当時の心境など、詳細に書かれてあることはもちろんの事、 袖が触れあっただけの人物も、過去がしっかりと書かれてある。一行二行ではない。数ページだ。 そこまでするのか…と敬服してしまう。どっぷりと当時の世界に入り込める作品です。 | ||||
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銃規制のないアメリカでの非情な殺人事件を、最初から終わりまで、 5年も掛けて取材した作品です。 息をつかせぬ進行で、思わず犯人を追って 10,000マイルの旅をしました。 最後の死刑の光景も初めてですし、犯人の 最後も、死刑廃止も考えられる事件でした。 | ||||
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殺人事件は重大な犯罪だ。 テレビ・新聞でも取り上げられ、大勢の人がネットで検索する。 だが、他の事件や事故が起これば、段々忘れられ風化する。 まるで無かったかのように。 本書は、事件の被害者サイド・加害者サイド・さらに警察関係などに丹念に取材し 事件の背景、顛末を「小説」化した。 執筆当時、実際の事件や実名を小説にする事は無く非難もあったというが、 事件が風化しないための一つの手段だと感じる。 これ以降ノンフィクションノヴェルは多く出たが、まずはこの一冊を読むことをお勧めする。 | ||||
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程度良好。全体にフイルム・カバーされており、読んでいて汚れに心配しなくて済む。 | ||||
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映画では犯人の二人を中心に描いていますが、本書ではそれ以外のこと、とりわけ事件を取り巻く様々な事柄が精密に描かれています。 そのため、誰に感情移入したものかわからなくなると思います。つまりこの事件はこういうことが起こり、そして周りの人間はこんなことを思った、ということが、ありのままの人間として(人間味という意味をはるかに超越して)描かれています。 もしあなたが映画を見て心ひかれたなら(僕は後日談も知ったうえで見たので何度も泣きましたし、様々な個所に人間味を見て感動しました)この本はいわゆるスピンオフ、もしくは別視点を交えた物語に映るでしょう。その点で、あなたが本書を良い悪いと思うことになるでしょう、そういう本です。 | ||||
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初めて本書を読んだときは,読者をこんなにも惹きつけるその文体の力に衝撃を受けました。 カポーティの自伝的短編小説も好きで,本書の内容はそういったこれまでのカポーティ作品に対する印象とは大きく異なるものでしたが,これほどまでにぐいぐいと読者を惹きつけてやまないながらも文学的技法が駆使された文章というのはいったいどうすれば書けるのだろう,どこが他の文章と違うのだろう,と不思議に思い感心してしまいました。 取り扱っている内容は,現実に起こった殺人事件を綿密に調査し,加害者との信頼関係ができるまで時間をかけてじっくりと執筆しています。 加害者の一人ペリー・スミスは事件を振り返ってこう言います。 「あの人に手出ししたくはなかったんです。立派な紳士だと思ったし。ものいいの穏やかな。あの人の喉を掻っ切る瞬間までそう思ってました」 今回,十数年ぶりに読み返してみて思ったのは,取り扱った内容は確かにこれまでのカポーティのイノセントな短編小説とは違っていても,その実,本書にはいくつもの家族が登場し,その家族の関係や繋がりを脇役まで含め詳しく描写しており,カポーティの関心は,過去の作品同様,他者との繋がりを描くことにあったのではないかと思いました。 前述のペリー・スミスの発言が,どのような生い立ちを経ることで出てくるものなのかを解き明かすために,加害者の過去における家族との関係を描くのは,こういった実際の犯罪を取り扱ったノンフィクション作品の定番だと言えますが,本書がノンフィクションノベルと呼ばれる所以は,加害者のみならず,本書に登場するあらゆる家族を丹念に描いている点が上げられるでしょう。 特に,事件が発生するまでの被害者側の家族関係を文庫で100ページ以上をかけてじっくり描くことで,何の落ち度もない幸福な家庭が一瞬に消えてしまうという現実の理不尽さが強調される形になっています。 事件が発生したカンザス州西部の小麦畑がひろがるホルカムという村の描写から本書は始まり,そこに住む被害者家族の構成へと流れていく。家族の長であるクラッター氏がかかえる妻に対する心配の種や美しい娘に対する誇りと愛情が描かれる。その娘ナンシーは人柄が良く村の人々の誰からも愛され信頼される美しい女性で,将来に対する夢があります。家族はお互いのことを心配しあい,お互いを信頼している。 このような家庭の絆は,辛い少年時代を過ごしたカポーティにとって理想の形だったのではないでしょうか。 そんな求めても得ることのなかった理想的な家庭の絆が,一瞬にして理不尽になくなってしまうことに対する恐怖といったものがカポーティに本書を執筆させる原因となったのかもしれません。 本書を読んで犯罪をテーマにしたカポーティ作品に興味を持たれた方は,短編集「カメレオンのための音楽」に収録された「手彫りの柩」をお奨めします。そちらも本書同様実際の事件をもとに,カポーティ自身を登場させる形で物語りを再構成させたもので,読み出したらとまらなくなる見事な文体を披露してくれています。家族との繋がりを求めるイノセントな作品に興味を持たれた方には村上春樹が翻訳編集した「誕生日の子どもたち」(文春文庫)をお奨めします。 | ||||
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実際に起こったクラッター一家殺人事件を追いかけたノンフィクション作品だが、 ただの事件の発生から逮捕までを追いかけたものではない。 事件の全容だけでなく、裁判から刑の執行まで、 さらには、クラッター家をとりまく人々、犯人の家族、 事件に係わった人々の人間模様が描写されていて、とても面白い。 読み進めていくうちに、凶悪犯の生い立ちを知り、同情する読者もいることだろう。 ぜひ、読んで頂きたい一冊。 | ||||
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新潮のノンフィクション「凶悪」の後書に この作品の名前が出てきたので読みました。 様々な意味でたいへん不謹慎な感想で申し訳ないのですが あえて明記すれば「面白かった」です。 「世紀の名小説家が書いたノンフィクション」なので まずストーリーものとして優れている。 そして人物が被害者・犯人などの中心人物から ちょっとだけの目撃者など末端の人物にまで及ぶのだが ノンフィクションというジャンル上嘘を書くわけにはいかないので 三年かけて取材、さらに三年かけて ノベルとして再構成するという 膨大な労力をかけて書かれている。 これは、やっぱり、面白いという感想に値すると思うのですが。 いかがでしょうか。 他レビュアーさんも触れていらっしゃるように カポーティはこの作品を完成させた後 長編をひとつも完成させることなく亡くなっています。 2人の犯人のうちの1人の生い立ちに精神的に共鳴し、 「同じ家で生まれた。一方は裏口から、もう一方は表玄関から出た。」 という言葉を残しているそうです。 彼を通して自分を見つめるという作業は疲れただろうし 「出版するには彼の死刑執行が必要」というジレンマは 作者をさぞかし消耗させたと推測できます。 どこから出ようがみんな同じところへ辿り着くのだから、 そんなに悩まなくもよかったのにね。 ただし本文だけではカポーティが どちらに肩入れしていたのかはわからないようになっています。 自分の思いをあえて排除し事件の全貌を描ききろうとするあたり、 やはりストイックな天才だったのだなあと敬意を表さずにはいられません。 | ||||
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1959年11月15日深更、カンザスの片田舎で起きた一家四人惨殺事件。事件発生以前から犯人の絞首刑までを綿密に再現したノンフィクション・ノヴェルである。 1965年に発表された作品だが、カポーティは本書の執筆に先立ち、3年を費やしてノート6000ページに及ぶ資料を収集し、さらに3年近くをかけてそれを整理したといわれている。 この作品の価値は、著者の主観を一切排除して、事件を、事件前夜から、犯人二人組が絞首台を上り詰めるまで詳細に、そして多角的に再現し、あくまで客観的にひとつの物語として編み上げた点にあると思う。実際、物語は加害者、被害者、捜査官はもちろんのこと、関係する家族など周辺の人々の会話や証言、手紙など三人称多視点で成り立っている。その多層に織り込まれたドラマは、それだけでも、読むものを圧倒する。 私はセンセーショナルな犯罪もののドキュメンタリーを予想していたが、そこにあったのは、繰り返し描かれる“家族の絆”のようなものであった。 そのあたりが本書を、40年近くたった今でも圧倒的な迫力を携えながら、読む者の心の奥底に迫ってくる名著にしているのだろう。 | ||||
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この作品が発表され、最初に映画化された40年ほど前から、ずーっと読みたいと思いながら、何となく読めずじまいのままだったが、今回やっと読んでみた。 内容としては、もっと冷徹な叙述を期待していたのだが、やはりというか何というか、いかにもアメリカ的なセンチメントに流れすぎていて、事件の重みというか真相が充分に掘り起こされていない感がある。そのため星1つマイナス。 もうひとつ星を減らしたのは、この翻訳がお粗末だから。新訳ということだが、余りにも翻訳調が鼻につく。また Report for duty(出勤する)を「任務を報告する」と誤訳していたりするのは、ちょっと酷すぎる。このような有名な作品を訳させるには、この翻訳者は能力不足だろう。 | ||||
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読後、最初の感想は『冷血』とは、当事者であるふたりの犯人(ペリーとディック) のみならず、犯人の家族や村の人々、裁判の関係者をふくめて『冷血なるものを共有』 していないか、ということでした。 このように読ませるのは、どちらか片方に肩入れすることなく、まんべんなく書き分け ているからでしょう。そのために、相当の取材の蓄積があったんだろうと伺われます。 この本を読み「ノンフィクション・ノベル」に、はまりそうです。 | ||||
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1950年代にアメリカ・カンザス州、平穏な町で実際に起こった 一家4人惨殺事件を題材にしたノンフィクション小説、カポーティの代表作です。 被害者の家族の描写から始まり、併行するように、加害者や周りの人々の生活や感情に触れながら物語はすすんでいきます。被害者の死の後は、中心となるのは加害者であるディックとペリー、そして併行するのは、加害者の家族であり、捜査機関や町の住民の物語です。 綿密な調査にもとづいた二人のその後の行動と巧みな登場人物の心理描写はこれだけ長い小説であるにも関わらず、読者をどんどん惹き付けて行きます。 感心するのは、どの登場人物にも感情を過分に移入する事なく冷静に第三者の目でつづったカポーティの手腕です。それによって読む人も善人、悪人と隔てる事なく加害者の内面に迫っていく事ができます。 あえてあくまでも客観的な心理描写をする事により、この本の読者がこの事件をとりまく様々な社会問題、そして司法制度や死刑制度など様々な事について自らの見解を深める事ができると思います。 | ||||
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殺人者の生涯を描いた出色のノンフィクション「心臓を貫かれて」(文春文庫)を彷彿とさせる、というか同一人物がモデルだと思っていたら、実は別の話だったクライム・ノベル。取材ノートが6000ページ近くに及んだだけあって、加害者、被害者の言動・内面がかなり詳細に描かれている。ノンフィクション、フィクションの垣根を取っ払って、融合させたことにより成立している世界だろう。「冷血」というタイトルから想像するほど、血も涙もないという印象は受けないが、だからこそ逆に虚無の闇の深さにたじろぐ。緻密な大書である本書を読了しても「なぜ殺されなくてはいけないのか」「なぜ殺すことになったのか」は永遠に理解できない。「死刑」によって償われるのかも。 | ||||
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ティファニーで朝食をなどで有名なカポーティの作品。田舎町で起きた 事件を人々の話を基にして再構成したノンフィクションノベル。 田舎町の描写からこの作品は始まる。地域住民から尊敬を集める農場主。 その家族と友人、使用人。当たり前の日常を送る人々。 その一家が惨殺されるという事件が起こり、その日常は失われてしまう。 疑心暗鬼になった人々は滅多に掛けない家の鍵を掛け、仲間を疑い、噂をする。 紆余曲折の末、男たちが逮捕される。彼らはどのような心理で事に 当たったのか。彼らが絞首台へ上がるまでの取材を元に迫る・・・ というのがあらすじ。 この小説の主題ともいえる’なぜ彼らは?’という問いに、確固たる 正解は用意されていない。幼年時の貧しさ、虐待、事故、性質、嘘、 身内との関係など、単純に読めば理由と取れることはいくつか上げられて いるが、そのどれもが正しいのだろう。彼ら(というか彼)の供述によれば、 それは犯人同士の心理的なことにあるのだが、ただそれだけで殺意が発露 するものではなく、上述したものが関っているという考え方も出来る。 人が殺人にいたるまでの、心の動きのひとつのケースを丹念に書き あらわした作品として興味深く読むことが出来た。彼らの旅路や過去の 回想、田舎の人々の話が多少蛇足的に感じられたが、逮捕から供述に進む あたりからは勢いよく読むことが出来たし、必要なことだったともわかった。 | ||||
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