草の竪琴
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初版刊行(参考)
種別
長編
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あらすじ
評判
草の竪琴の評価:
0.00/10点 レビュー 0件。 A ランク
草の竪琴の総合評価:
9.23/10点 レビュー 13件。
感想一覧
サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
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ドリーは、樹の家で、「コリン、いまこの機会に知っておいた方がいいわ。わたしみたいに年をとらないうちにね。世界は悪いところ、いやなところなのよ」(p99)と忠告する。彼女にとって、樹の家とは、悪に染まった地上よりも「五、六ヤードだけ」神様に近い場所だった(p51)。ドリーと行動をともにしたコリンは、控えめな物腰と古風な倫理を身につけた頭のよい少年だったが、事実上、狂言回しの役割を担うにすぎないから、この小説の真の主人公はドリーだったといえよう。彼女は、自分の部屋を好きなピンク色に塗り上げ、水腫薬を鉄の釜で調合する秘法に熟練し、屋根裏の箱に大切な品物を隠している。その大切な品物とは、「からからになった蜜蜂の巣、空っぽの熊蜂の巣、それから、丁子の蕾(つぼみ)を差したオレンジや、カケスの卵なんか」(p78)といった金銭的な価値のない物ばかりだった。そんな彼女に対し、同じ町に住む男やもめのクール判事は、「ドリーさん、あなたを知ってからずいぶん長くなるが、あなたがどんな人間なのか、今やっとわかりましたよ、妖精なんだ、それとも異教徒かな?」(p68)と冗談めかしていう。クール判事は、なぜこんな発言をしたのか。彼もまたハーバード大学卒のインテリという外面の下に、アラスカの13歳の少女と文通するようなエキセントリックな素顔を隠していたからだ(以下、この小説の結末に触れるのでご注意ください)。
ドリーが家を出たとき、コリン以外に、彼女の幼馴染みのみなし児で、いつも金魚鉢を手放さないキャサリンが同伴したが、さらに、クール判事と、18歳の青年ライリーが樹の家での宿泊に加わる。ライリーは、母親から風変わりな虐待を受けた過去を持ち、自宅の壁の棚に、「アルコール漬けの蛇、蜜蜂、蜘蛛、瓶の中で形の崩れかけた蝙蝠、あるいは船の模型など」(p169)を飾るような青年だった。クール判事は、5人が揃って同じような「本性」を隠し持っていることを見抜き、「ああ、自分の本性を見すかされまいと、お互いに身を隠すのに費やすエネルギーときたら! でも、ここでは大丈夫、みんなお互いをよくわかっている。樹上の五人の愚者だ。」(p69)と発言する。おそらく、この「愚者」とは、一般社会の規範に抵触することがあっても、神に祝福され、世俗的な欲望とは無縁に生きるキリスト教的なholy fool(聖なる愚者)を意味する。この逆説的な思考は、新約聖書の「この幼な児のように、自分を低くする者が天国で一番偉いのである」というイエスの言葉を想起させる。ドリーは「あたしは愛したことなんてないんですもの。人を…」(p77)と告白するが、彼ら5人の「本性」とは、不幸な生い立ちを抱え、母親の愛を求めてしまう「幼な児」的な性向だといってよいだろう。物語は、ドリーとクール判事の恋愛に発展するが、最終的に、タルボー姉妹の共依存的な関係性が明らかにされ、宿命的な悲しい結末を迎える。
出世作の『遠い声、遠い部屋』以来、カポーティが生涯追い求めたテーマは、おとなの論理と子どもの素朴な欲求との不幸な対立関係であり、その原因となった母親の愛の不在だったが、その構図は、この小説にも精密かつ叙情的に描かれている。不幸な対立関係なのに、叙情的だって? そうなのだ、あのドリーが語る「草の竪琴」のエピソードが象徴するように、カポーティの作品はどれも叙情的なのだ。母親の愛に執着するあまり、作者はいつもイノセントな子どもの側にいて、不幸の代償のような美しい叙情詩を紡ぎ続けた。ドリー・タルボーのモデルは、両親の離婚により少年カポーティを引き取って育てた年上の従姉(いとこ)だったとされるが、母親代わりだった彼女を作中で過剰に美化することもなく、第三者的で冷静な描写に徹しており、また、タルボー姉妹の共依存的な関係性も創作だったのだろうから、20代の小説家・カポーティの力量には敬服するしかない。妹のヴェリーナは自らの宿命に抗おうとしたが、ドリーは、彼女らしく信念に忠実な一生を送ったのだと思いたい。