日の名残り

【この小説が収録されている参考書籍】

【この小説が載っている参考書籍】

評判

日の名残りの評価:

4.45/5点 レビュー 402件。 A ランク

Amazon書評・レビュー点数毎のグラフです

平均点4.45pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全1,047件 121〜140 7/53ページ
No.927
(4pt)

渋い。

これは···、どの辺に主眼を置いたものなのだろうと気にもなったけれど、それはそれとして。民主主義の悪い面が目立つ昨今、歴史を辿れば昔から危惧されてきた面だったのだろうと気付かされた。
日の名残り (ハヤカワepi文庫) Amazon書評・レビュー: 日の名残り (ハヤカワepi文庫)より
4151200037
No.926
(4pt)

渋い。

これは···、どの辺に主眼を置いたものなのだろうと気にもなったけれど、それはそれとして。民主主義の悪い面が目立つ昨今、歴史を辿れば昔から危惧されてきた面だったのだろうと気付かされた。
日の名残り (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 日の名残り (中公文庫)より
4122020638
No.925
(4pt)

渋い。

これは···、どの辺に主眼を置いたものなのだろうと気にもなったけれど、それはそれとして。民主主義の悪い面が目立つ昨今、歴史を辿れば昔から危惧されてきた面だったのだろうと気付かされた。
日の名残り Amazon書評・レビュー: 日の名残りより
4120019470
No.924
(5pt)

偉大さの追求

品格とは何か?其れは「偉大さの追求」である。筆者は人間が追求すべきもの、其の明確な答を、繁栄を築いた大英帝国のある執事を通じて伝えている。文学は人々にある種の哲学的な答を与えるべきものだと思うが、本書は稀に見る格好の書である。
世界は歯車である。世界にどれだけ貢献したかどうかが今の世代の価値基準である。等、世界観が変わる端的なメッセージも印象深い。
淡々としかし端的で確かなメッセージは込み上げてくるものが多い。
人間一人一人が偉大さを追求することで国の繁栄は築かれていくのかもしれない。
日の名残り (ハヤカワepi文庫) Amazon書評・レビュー: 日の名残り (ハヤカワepi文庫)より
4151200037
No.923
(5pt)

偉大さの追求

品格とは何か?其れは「偉大さの追求」である。筆者は人間が追求すべきもの、其の明確な答を、繁栄を築いた大英帝国のある執事を通じて伝えている。文学は人々にある種の哲学的な答を与えるべきものだと思うが、本書は稀に見る格好の書である。
世界は歯車である。世界にどれだけ貢献したかどうかが今の世代の価値基準である。等、世界観が変わる端的なメッセージも印象深い。
淡々としかし端的で確かなメッセージは込み上げてくるものが多い。
人間一人一人が偉大さを追求することで国の繁栄は築かれていくのかもしれない。
日の名残り (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 日の名残り (中公文庫)より
4122020638
No.922
(5pt)

偉大さの追求

品格とは何か?其れは「偉大さの追求」である。筆者は人間が追求すべきもの、其の明確な答を、繁栄を築いた大英帝国のある執事を通じて伝えている。文学は人々にある種の哲学的な答を与えるべきものだと思うが、本書は稀に見る格好の書である。
世界は歯車である。世界にどれだけ貢献したかどうかが今の世代の価値基準である。等、世界観が変わる端的なメッセージも印象深い。
淡々としかし端的で確かなメッセージは込み上げてくるものが多い。
人間一人一人が偉大さを追求することで国の繁栄は築かれていくのかもしれない。
日の名残り Amazon書評・レビュー: 日の名残りより
4120019470
No.921
(4pt)

英国のこころのふるさと

物語で綴られたイギリスの田舎の風景。
先人の勝ちとった歴史の中から生まれた伝統や暮らし。一喜一憂にはつくられないこの風景こそが、イギリスをイギリスたらしめているものではないか。
執事の品格とはなにか。そして、真の偉大さとは何か。物語から語られる過去と現在のストーリーひとつひとつが、もう過ぎ去ってしまった良き時代を丁寧な描写と心地よい言葉で描かれている。知的なユーモア、イギリス的な皮肉、哀愁も素晴らしい。
読後はこの物語の余韻も心地よく、過去、現在、未来と物思いにふけることができる。
日の名残り (ハヤカワepi文庫) Amazon書評・レビュー: 日の名残り (ハヤカワepi文庫)より
4151200037
No.920
(4pt)

英国のこころのふるさと

物語で綴られたイギリスの田舎の風景。
先人の勝ちとった歴史の中から生まれた伝統や暮らし。一喜一憂にはつくられないこの風景こそが、イギリスをイギリスたらしめているものではないか。
執事の品格とはなにか。そして、真の偉大さとは何か。物語から語られる過去と現在のストーリーひとつひとつが、もう過ぎ去ってしまった良き時代を丁寧な描写と心地よい言葉で描かれている。知的なユーモア、イギリス的な皮肉、哀愁も素晴らしい。
読後はこの物語の余韻も心地よく、過去、現在、未来と物思いにふけることができる。
日の名残り (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 日の名残り (中公文庫)より
4122020638
No.919
(4pt)

英国のこころのふるさと

物語で綴られたイギリスの田舎の風景。
先人の勝ちとった歴史の中から生まれた伝統や暮らし。一喜一憂にはつくられないこの風景こそが、イギリスをイギリスたらしめているものではないか。
執事の品格とはなにか。そして、真の偉大さとは何か。物語から語られる過去と現在のストーリーひとつひとつが、もう過ぎ去ってしまった良き時代を丁寧な描写と心地よい言葉で描かれている。知的なユーモア、イギリス的な皮肉、哀愁も素晴らしい。
読後はこの物語の余韻も心地よく、過去、現在、未来と物思いにふけることができる。
日の名残り Amazon書評・レビュー: 日の名残りより
4120019470
No.918
(5pt)

日本語訳がよい

オリジナルがいいのでしょうが、非常に読みやすかった。
日の名残り (ハヤカワepi文庫) Amazon書評・レビュー: 日の名残り (ハヤカワepi文庫)より
4151200037
No.917
(5pt)

日本語訳がよい

オリジナルがいいのでしょうが、非常に読みやすかった。
日の名残り (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 日の名残り (中公文庫)より
4122020638
No.916
(5pt)

日本語訳がよい

オリジナルがいいのでしょうが、非常に読みやすかった。
日の名残り Amazon書評・レビュー: 日の名残りより
4120019470
No.915
(4pt)

古書店で探してました。

きれいでした。
順調に受け取りれました。
日の名残り (ハヤカワepi文庫) Amazon書評・レビュー: 日の名残り (ハヤカワepi文庫)より
4151200037
No.914
(4pt)

古書店で探してました。

きれいでした。
順調に受け取りれました。
日の名残り (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 日の名残り (中公文庫)より
4122020638
No.913
(4pt)

古書店で探してました。

きれいでした。
順調に受け取りれました。
日の名残り Amazon書評・レビュー: 日の名残りより
4120019470
No.912
(5pt)

伝統の裏にあった誇り

ほとんどの人が誰かに仕えている、何者かの下にあって振る舞う姿という言外の意味があるような、英国執事の謙虚さに人としての姿があるようなメッセージを、本書から受け取った。現代は平等主義の下に人の間に上下はない。法律的、道徳的、倫理的にはまさしくその通りだが、心理的にはどうだろう。社会の現実はどうだろう。必ずしも全てが平等ではなく、どこにでも頭の上がらない人はいるし、尊敬して仰ぎ見る人はいる。常に人の上に立っていないと気が済まない人もいる。人の下で虐げられたようになって社会の底辺にいる気持ちに陥る人もいる。
本書は第二次世界大戦の前から戦後にかけて、英国貴族に仕える執事がその当時を振り返る形で話は進む。執事の謙虚さ、誇り、洞察がそのまま文体に現れている。その一人称の視点が読み手にも移るような意図があるのだろうか。主人に仕えることで存在意義を示すが、その主人がいない屋敷の外ではどのように振る舞うべきか。個人として認められたい、他者からの尊敬を受けたいという承認欲求が芽生えるのか。何者かの下で誇りを持って生きて満足していても、そのルールの外に出て、また別の社会規範の下にいけば満足の形も変わる。本書を読んでいないと何のことかさっぱりわからないと思うが、人間の心は一面、そういうところがあるのだろう。

ある社会では特権を持ち高い位置にあったとしても、社会が変われば立場は微妙にずれていき、ひどいときには全く無用のものになっていく。しかし広いこの世の現象としては、切り捨てるようなものでもない。そこには哀愁があり、ノスタルジーがあり、誇りがある。例えば日本では、江戸時代まであった武士階級は確かになくなってしまったが、後世の人々の生き方や誇りとして残っている。イギリスの執事という職業も、抑圧の中で最高まで可能性を高められた精神だったのかもしれない。後世に語り継ぐに値する精神。それは服従という形の中でも最高の位置付けにあった。服従の中で卑屈に陥ることなく、自己を保ち、その姿勢に誇りさえまとっているのである。
現代においてこの精神にどのような意味があるのかと考えてしまうのは、読者の悲しい性である。主人公スティーブンスの示す職業意識には感嘆する。この仕事への誇り、徹底ぶりは、昨今の職業に照らした時にどれだけ存在するだろうか。マニュアル通りに動けば成り立つような仕事、理想も大義もない無駄でしかない仕事、意義も見出だせない多くの仕事があり、現代人を骨抜きにしていく。いや、それはスティーブンスの仕事もまた無意味に満ちているように見える。銀器をどれだけきれいに磨くか。現代の視点では意味がなさそうだが、伝統的な貴族社会では銀器がきれいに磨かれているかでその家の状況、格式がわかるという重要な意味があった。さらに国の政治を動かすような人物の仕事を背景で補佐することで、スティーブンスは無駄に見える様々な仕事に意味を見出だしていた。そうみると現在無意味な仕事に辟易していても現代的な深い意味が隠されているかもしれない。誰かの役に立っているんだと自分で自分を信じ込ませるのも、生活を充実させていくには必要だろう。

丸谷氏は最後の解説で大英帝国の落日を手厳しく批評した。しかしこの小説からは、著者が執事に一人称で語らせた主観には、批判めいたものはなく、繁栄の落日に心地よさを感じている。思いがけない自由のためか、繁栄を身分相応に謳歌できたためか。斜陽の帝国に批判的な目を向けたくなるが、著者の視座はもっと別のところにあると感じてしまう。落日をあるがままに受け入れるような、旧きはいずれ消えゆくのをじっと見つめるような、一人一人の生活者にとっては時代の大きな流れなど思いも及ばないことでなおかつ重大ではないかのような、目の前の生活こそ関心事であるとほのめかすような。
インターネット、SNSが発達した昨今、市民の政治参加が容易になったことに水をさすような向きもある。この現象は市民が高度な知識を持ち得た証拠だと思う。これはこれで新しい時代の展開だ。一方、そういううねりとは外れたところで目の前の生活に向き合っていたい人々もいる。この小説で描かれる市民の姿が思い浮かび、現代の多くのそのような人々の姿と重なるのである。

主人公の執事の目から見た世界、この人物の誠実で勤勉で高尚な精神が見せる世界は、揺るぎない平穏をたたえているように見える。第二次世界大戦の激動、権謀渦巻く国際社会、国内の批判の目。このあまりに不安定な世も、この人物の目を通して見れば、確固たるものとして見えてくるから不思議である。誇りとか誠実さ、自らを高く据える心持ち、つまり高い自尊心というものは、世界の見方すらも変えるのかもしれない。他者の承認も確かに一時的に気分を高めてくれるが、それはあくまで一過性だ。一つのことに固執することもまた趣旨とは違う。旧き良き伝統には揺るがない心がセットとしてあったことを伝えようとしているのかもしれないと考えると、この読後に湧き上がった奥ゆかしい郷愁の裏付けがとれたように思った。
日の名残り (ハヤカワepi文庫) Amazon書評・レビュー: 日の名残り (ハヤカワepi文庫)より
4151200037
No.911
(5pt)

伝統の裏にあった誇り

ほとんどの人が誰かに仕えている、何者かの下にあって振る舞う姿という言外の意味があるような、英国執事の謙虚さに人としての姿があるようなメッセージを、本書から受け取った。現代は平等主義の下に人の間に上下はない。法律的、道徳的、倫理的にはまさしくその通りだが、心理的にはどうだろう。社会の現実はどうだろう。必ずしも全てが平等ではなく、どこにでも頭の上がらない人はいるし、尊敬して仰ぎ見る人はいる。常に人の上に立っていないと気が済まない人もいる。人の下で虐げられたようになって社会の底辺にいる気持ちに陥る人もいる。
本書は第二次世界大戦の前から戦後にかけて、英国貴族に仕える執事がその当時を振り返る形で話は進む。執事の謙虚さ、誇り、洞察がそのまま文体に現れている。その一人称の視点が読み手にも移るような意図があるのだろうか。主人に仕えることで存在意義を示すが、その主人がいない屋敷の外ではどのように振る舞うべきか。個人として認められたい、他者からの尊敬を受けたいという承認欲求が芽生えるのか。何者かの下で誇りを持って生きて満足していても、そのルールの外に出て、また別の社会規範の下にいけば満足の形も変わる。本書を読んでいないと何のことかさっぱりわからないと思うが、人間の心は一面、そういうところがあるのだろう。

ある社会では特権を持ち高い位置にあったとしても、社会が変われば立場は微妙にずれていき、ひどいときには全く無用のものになっていく。しかし広いこの世の現象としては、切り捨てるようなものでもない。そこには哀愁があり、ノスタルジーがあり、誇りがある。例えば日本では、江戸時代まであった武士階級は確かになくなってしまったが、後世の人々の生き方や誇りとして残っている。イギリスの執事という職業も、抑圧の中で最高まで可能性を高められた精神だったのかもしれない。後世に語り継ぐに値する精神。それは服従という形の中でも最高の位置付けにあった。服従の中で卑屈に陥ることなく、自己を保ち、その姿勢に誇りさえまとっているのである。
現代においてこの精神にどのような意味があるのかと考えてしまうのは、読者の悲しい性である。主人公スティーブンスの示す職業意識には感嘆する。この仕事への誇り、徹底ぶりは、昨今の職業に照らした時にどれだけ存在するだろうか。マニュアル通りに動けば成り立つような仕事、理想も大義もない無駄でしかない仕事、意義も見出だせない多くの仕事があり、現代人を骨抜きにしていく。いや、それはスティーブンスの仕事もまた無意味に満ちているように見える。銀器をどれだけきれいに磨くか。現代の視点では意味がなさそうだが、伝統的な貴族社会では銀器がきれいに磨かれているかでその家の状況、格式がわかるという重要な意味があった。さらに国の政治を動かすような人物の仕事を背景で補佐することで、スティーブンスは無駄に見える様々な仕事に意味を見出だしていた。そうみると現在無意味な仕事に辟易していても現代的な深い意味が隠されているかもしれない。誰かの役に立っているんだと自分で自分を信じ込ませるのも、生活を充実させていくには必要だろう。

丸谷氏は最後の解説で大英帝国の落日を手厳しく批評した。しかしこの小説からは、著者が執事に一人称で語らせた主観には、批判めいたものはなく、繁栄の落日に心地よさを感じている。思いがけない自由のためか、繁栄を身分相応に謳歌できたためか。斜陽の帝国に批判的な目を向けたくなるが、著者の視座はもっと別のところにあると感じてしまう。落日をあるがままに受け入れるような、旧きはいずれ消えゆくのをじっと見つめるような、一人一人の生活者にとっては時代の大きな流れなど思いも及ばないことでなおかつ重大ではないかのような、目の前の生活こそ関心事であるとほのめかすような。
インターネット、SNSが発達した昨今、市民の政治参加が容易になったことに水をさすような向きもある。この現象は市民が高度な知識を持ち得た証拠だと思う。これはこれで新しい時代の展開だ。一方、そういううねりとは外れたところで目の前の生活に向き合っていたい人々もいる。この小説で描かれる市民の姿が思い浮かび、現代の多くのそのような人々の姿と重なるのである。

主人公の執事の目から見た世界、この人物の誠実で勤勉で高尚な精神が見せる世界は、揺るぎない平穏をたたえているように見える。第二次世界大戦の激動、権謀渦巻く国際社会、国内の批判の目。このあまりに不安定な世も、この人物の目を通して見れば、確固たるものとして見えてくるから不思議である。誇りとか誠実さ、自らを高く据える心持ち、つまり高い自尊心というものは、世界の見方すらも変えるのかもしれない。他者の承認も確かに一時的に気分を高めてくれるが、それはあくまで一過性だ。一つのことに固執することもまた趣旨とは違う。旧き良き伝統には揺るがない心がセットとしてあったことを伝えようとしているのかもしれないと考えると、この読後に湧き上がった奥ゆかしい郷愁の裏付けがとれたように思った。
日の名残り (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 日の名残り (中公文庫)より
4122020638
No.910
(5pt)

伝統の裏にあった誇り

ほとんどの人が誰かに仕えている、何者かの下にあって振る舞う姿という言外の意味があるような、英国執事の謙虚さに人としての姿があるようなメッセージを、本書から受け取った。現代は平等主義の下に人の間に上下はない。法律的、道徳的、倫理的にはまさしくその通りだが、心理的にはどうだろう。社会の現実はどうだろう。必ずしも全てが平等ではなく、どこにでも頭の上がらない人はいるし、尊敬して仰ぎ見る人はいる。常に人の上に立っていないと気が済まない人もいる。人の下で虐げられたようになって社会の底辺にいる気持ちに陥る人もいる。
本書は第二次世界大戦の前から戦後にかけて、英国貴族に仕える執事がその当時を振り返る形で話は進む。執事の謙虚さ、誇り、洞察がそのまま文体に現れている。その一人称の視点が読み手にも移るような意図があるのだろうか。主人に仕えることで存在意義を示すが、その主人がいない屋敷の外ではどのように振る舞うべきか。個人として認められたい、他者からの尊敬を受けたいという承認欲求が芽生えるのか。何者かの下で誇りを持って生きて満足していても、そのルールの外に出て、また別の社会規範の下にいけば満足の形も変わる。本書を読んでいないと何のことかさっぱりわからないと思うが、人間の心は一面、そういうところがあるのだろう。

ある社会では特権を持ち高い位置にあったとしても、社会が変われば立場は微妙にずれていき、ひどいときには全く無用のものになっていく。しかし広いこの世の現象としては、切り捨てるようなものでもない。そこには哀愁があり、ノスタルジーがあり、誇りがある。例えば日本では、江戸時代まであった武士階級は確かになくなってしまったが、後世の人々の生き方や誇りとして残っている。イギリスの執事という職業も、抑圧の中で最高まで可能性を高められた精神だったのかもしれない。後世に語り継ぐに値する精神。それは服従という形の中でも最高の位置付けにあった。服従の中で卑屈に陥ることなく、自己を保ち、その姿勢に誇りさえまとっているのである。
現代においてこの精神にどのような意味があるのかと考えてしまうのは、読者の悲しい性である。主人公スティーブンスの示す職業意識には感嘆する。この仕事への誇り、徹底ぶりは、昨今の職業に照らした時にどれだけ存在するだろうか。マニュアル通りに動けば成り立つような仕事、理想も大義もない無駄でしかない仕事、意義も見出だせない多くの仕事があり、現代人を骨抜きにしていく。いや、それはスティーブンスの仕事もまた無意味に満ちているように見える。銀器をどれだけきれいに磨くか。現代の視点では意味がなさそうだが、伝統的な貴族社会では銀器がきれいに磨かれているかでその家の状況、格式がわかるという重要な意味があった。さらに国の政治を動かすような人物の仕事を背景で補佐することで、スティーブンスは無駄に見える様々な仕事に意味を見出だしていた。そうみると現在無意味な仕事に辟易していても現代的な深い意味が隠されているかもしれない。誰かの役に立っているんだと自分で自分を信じ込ませるのも、生活を充実させていくには必要だろう。

丸谷氏は最後の解説で大英帝国の落日を手厳しく批評した。しかしこの小説からは、著者が執事に一人称で語らせた主観には、批判めいたものはなく、繁栄の落日に心地よさを感じている。思いがけない自由のためか、繁栄を身分相応に謳歌できたためか。斜陽の帝国に批判的な目を向けたくなるが、著者の視座はもっと別のところにあると感じてしまう。落日をあるがままに受け入れるような、旧きはいずれ消えゆくのをじっと見つめるような、一人一人の生活者にとっては時代の大きな流れなど思いも及ばないことでなおかつ重大ではないかのような、目の前の生活こそ関心事であるとほのめかすような。
インターネット、SNSが発達した昨今、市民の政治参加が容易になったことに水をさすような向きもある。この現象は市民が高度な知識を持ち得た証拠だと思う。これはこれで新しい時代の展開だ。一方、そういううねりとは外れたところで目の前の生活に向き合っていたい人々もいる。この小説で描かれる市民の姿が思い浮かび、現代の多くのそのような人々の姿と重なるのである。

主人公の執事の目から見た世界、この人物の誠実で勤勉で高尚な精神が見せる世界は、揺るぎない平穏をたたえているように見える。第二次世界大戦の激動、権謀渦巻く国際社会、国内の批判の目。このあまりに不安定な世も、この人物の目を通して見れば、確固たるものとして見えてくるから不思議である。誇りとか誠実さ、自らを高く据える心持ち、つまり高い自尊心というものは、世界の見方すらも変えるのかもしれない。他者の承認も確かに一時的に気分を高めてくれるが、それはあくまで一過性だ。一つのことに固執することもまた趣旨とは違う。旧き良き伝統には揺るがない心がセットとしてあったことを伝えようとしているのかもしれないと考えると、この読後に湧き上がった奥ゆかしい郷愁の裏付けがとれたように思った。
日の名残り Amazon書評・レビュー: 日の名残りより
4120019470
No.909
(5pt)

少し違った観点から

本書の筋書きについては多くの評者の方々が書かれていますので、私が追加するようなことはありません。ただ、他の方々が言及されていない点について少し違った観点から感想を述べさせて頂きたいと思います。それは、著者のカズオ・イシグロが主人公の執事ステーィブンスについて多少「嫌な奴」という意味を込めた性格設定をしていることです。主人のダーリントン卿に対する忠誠心と執事としての仕事に全力を込めているのはいいのですが、例えばミス・ケントンが親切心で部屋に飾る花を持ってきたのにあの様に頑固に断る必要は無いと思いますし、何かと言うと「執事の品格」を持ち出して昔の名執事の話をしたがるのはちょっと嫌味です。また、ダーリントン卿の亡くなった後、新しい主人の許しを得て小旅行に出ますが、その途中で戦後売国奴扱いされたダーリントン卿のもとで働いていたことを否定するようなことを言ったり、立ち寄ったパブで自分が執事であるのを隠して紳士であるように振る舞い、有名な政治家達と顔見知りであったようなことを言います。そして次の日にパブで知り合った医師にそのことを指摘されてしまいます。ただ、これらの「多少嫌な性格」は人間として誰でも持っているものですので、主人公を否定するようなものではありません。しかし、このような「少し嫌な性格」は著者が意図して主人公に付与したものと思います。そのことでこの小説に複雑な深み(陰影)が出ていると私は理解します。これにより「仕事に忠実な執事と若い女中頭との秘めた恋物語」というような平板なストーリーを脱しているのではないかと思います。

また、別の見方では、人間の持つ弱みを描いているとも言えます。ステーィブンスには上記のような性格の弱み(欠点)がありますし、ダーリントン卿に関してはドイツ人の友に対する友情からベルサイユ条約の過酷さ(紳士的でない条約)に対して怒りを覚え、その弱みをナチに握られて付け入れられることになります。ミス・ケントンはユダヤ人の少女達が解雇されることに激怒し屋敷を辞めると言いますが、自分の生活のことを考えて結局辞めないことになります。

頑迷なステーィブンスに対してミス・ケントンは実に素直で優しい女性です。二人の間に恋愛感情があったかどうかについては分らないとしか言いようがないのではないでしょうか。ミス・ケントンがお屋敷を辞めたのはステーィブンスに対する恋心が実る可能性が無いと諦めたのか、仕事に対する集中力をもはや持続出来なくなったためか判りません。ステーィブンスが旅行に出た際には彼女に対するある程度の期待というのがあったのかもわかりません。しかし、最後のバス停での別れは英国人らしくさっぱりしたものです。ミス・ケントン(ミセス・ベン)は愛してもいない夫のもとに帰り、ステーィブンスはあまり気の合わないアメリカ人の主人に仕えるためにお屋敷へ帰ります。二人ともこれから最後の日まで今の生活を続けるしかないという宿命を前向きにとらえているように思えます。ある意味では感動的な別れです。「日の名残り」とはこれから先の彼らの生涯のことでしょう。

カズオ・イシグロの作品には一つとして同じようなものは無いのですが、本書は彼の多くの作品の中でも傑作だと思います。深く味わって読む小説です。お薦めです。

追記:カズオ・イシグロは5歳から英国で暮らし英国籍を持つ小説家です。英語を母国語とし、日本語は基本的に話せません。ノーベル賞をもらったことから、あたかも日本人が賞をもらったような騒ぎがありましたが、彼は日本人のルーツを持ち、それを大切にする英国人です。彼を取り巻く文化はあくまでも英国のものですので、そこを誤解してはいけないと思います。
日の名残り (ハヤカワepi文庫) Amazon書評・レビュー: 日の名残り (ハヤカワepi文庫)より
4151200037
No.908
(5pt)

少し違った観点から

本書の筋書きについては多くの評者の方々が書かれていますので、私が追加するようなことはありません。ただ、他の方々が言及されていない点について少し違った観点から感想を述べさせて頂きたいと思います。それは、著者のカズオ・イシグロが主人公の執事ステーィブンスについて多少「嫌な奴」という意味を込めた性格設定をしていることです。主人のダーリントン卿に対する忠誠心と執事としての仕事に全力を込めているのはいいのですが、例えばミス・ケントンが親切心で部屋に飾る花を持ってきたのにあの様に頑固に断る必要は無いと思いますし、何かと言うと「執事の品格」を持ち出して昔の名執事の話をしたがるのはちょっと嫌味です。また、ダーリントン卿の亡くなった後、新しい主人の許しを得て小旅行に出ますが、その途中で戦後売国奴扱いされたダーリントン卿のもとで働いていたことを否定するようなことを言ったり、立ち寄ったパブで自分が執事であるのを隠して紳士であるように振る舞い、有名な政治家達と顔見知りであったようなことを言います。そして次の日にパブで知り合った医師にそのことを指摘されてしまいます。ただ、これらの「多少嫌な性格」は人間として誰でも持っているものですので、主人公を否定するようなものではありません。しかし、このような「少し嫌な性格」は著者が意図して主人公に付与したものと思います。そのことでこの小説に複雑な深み(陰影)が出ていると私は理解します。これにより「仕事に忠実な執事と若い女中頭との秘めた恋物語」というような平板なストーリーを脱しているのではないかと思います。

また、別の見方では、人間の持つ弱みを描いているとも言えます。ステーィブンスには上記のような性格の弱み(欠点)がありますし、ダーリントン卿に関してはドイツ人の友に対する友情からベルサイユ条約の過酷さ(紳士的でない条約)に対して怒りを覚え、その弱みをナチに握られて付け入れられることになります。ミス・ケントンはユダヤ人の少女達が解雇されることに激怒し屋敷を辞めると言いますが、自分の生活のことを考えて結局辞めないことになります。

頑迷なステーィブンスに対してミス・ケントンは実に素直で優しい女性です。二人の間に恋愛感情があったかどうかについては分らないとしか言いようがないのではないでしょうか。ミス・ケントンがお屋敷を辞めたのはステーィブンスに対する恋心が実る可能性が無いと諦めたのか、仕事に対する集中力をもはや持続出来なくなったためか判りません。ステーィブンスが旅行に出た際には彼女に対するある程度の期待というのがあったのかもわかりません。しかし、最後のバス停での別れは英国人らしくさっぱりしたものです。ミス・ケントン(ミセス・ベン)は愛してもいない夫のもとに帰り、ステーィブンスはあまり気の合わないアメリカ人の主人に仕えるためにお屋敷へ帰ります。二人ともこれから最後の日まで今の生活を続けるしかないという宿命を前向きにとらえているように思えます。ある意味では感動的な別れです。「日の名残り」とはこれから先の彼らの生涯のことでしょう。

カズオ・イシグロの作品には一つとして同じようなものは無いのですが、本書は彼の多くの作品の中でも傑作だと思います。深く味わって読む小説です。お薦めです。

追記:カズオ・イシグロは5歳から英国で暮らし英国籍を持つ小説家です。英語を母国語とし、日本語は基本的に話せません。ノーベル賞をもらったことから、あたかも日本人が賞をもらったような騒ぎがありましたが、彼は日本人のルーツを持ち、それを大切にする英国人です。彼を取り巻く文化はあくまでも英国のものですので、そこを誤解してはいけないと思います。
日の名残り (中公文庫) Amazon書評・レビュー: 日の名残り (中公文庫)より
4122020638