真夜中の北京
評判
真夜中の北京の評価:
4.33/5点 レビュー 12件。 B ランク
Amazonレビュー一覧
Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全5件 1〜5 1/1ページ
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| | ||||
| ||||
|
真夜中の北京の評価:
4.33/5点 レビュー 12件。 B ランク
Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| | ||||
| ||||
|
小説の詳細ページを閲覧すると、ここに履歴が表示されます。最近閲覧した小説詳細ページへ簡単に戻る事が出来ます。
文中に頻繁に出てくるリゲ―ション・ストリートについても、(現在の中国語の漢字による道路名(東交民巷)を、巻頭の地図には付記しているのに)、文中は現在の中国名がなく英語の道路名(カタカナ)だけで、本を読んでいる人の多くはどこかをすぐには理解せず、不親切だ。
ワゴンリッツというホテル名がしばしば出てくるが、これはワゴンリーのことだろう。他の部分ではフランス語の固有名詞は、フランス語の発音によってカタカナにしているのに、日本人にもよく知られた世界的に有名なこの会社の名を、「ワゴンリー」としないのか。
翻訳には、このように不徹底、不親切な部分が散見される。文中では「モリソン・ストリート」が何度も使われるが、これも巻頭の地図には、「王府井大街」の注記があるが、これでは昔は「モリソン・ストリート」だが、現在は「王府井大街」と呼ばれているかのようにも見える。
実は昔から「王府井大街」はそのままであり、欧米人が主に「モリソン・ストリート」と呼んでいた別称なのであって、一般の中国人はそのような道路名は使わなかった。日本人も然りだろう。英語で書かれた東京に関する本で、いくら原本に「ミシシッピ ベイ」と書かれていても、日本語版では「東京湾」とすべきことと同じだ。
そのあたりの注記は中国語版は丁寧であり、気を使っている。つまり英語によって理解する読者に対してはこれでよくても、一端日本語に翻訳され、日本人にも馴染みがある北京の町についての本であるなら、そのような日本語版としての配慮は必要なのであって、手を抜いてはいけない。
例えば、江戸の町で起きた事件について英文で書かれた本が、「真夜中の江戸」(Midnight in Edo,あるいは"Yedo")とすべきか、「真夜中の東京」とすべきかについては議論があるだろうが、どちらにしても、注釈が欲しい。それが常識感覚であろう。そういった観点から、中国語版が書名に「北平」と当時の北京の「正称」を使用しているのにも、気が付くべきで、中国語版の注釈ではそこまで触れている。日本語版では「北平」は使えないかもしれないが、せめて注釈か後書きに何か書くべきではないか。それがまた、当時の北京の政治状態を説明することにも繋がり、読者の興味が増すのではないか。
20年ほど北京は北平だったのであり、北平だからこそ「宋哲元」が出てくるという歴史を無視してはいけない。
宋哲元は、通州事件や盧溝橋事件があったころの実力者だ。
つまり、ストーリーの面白さを云々するのはいいが、それではただの殺人事件になってしまう。歴史を語るノンフィクションにはそれなりの微妙な正確性と歴史認識が不可欠だろう。
翻訳ではないが、内容について付けくわええるなら、当時の北京の外国人の数が2000~3000人というのは正しいのか?「外国人」とは、日本人を含んでいるのか?細かな部分に日本語版の読者としては疑問が残るので、原本を調べてみたところ、「外国人」にあたる原本に英語は「foreigner」だった。中国語版は「洋人」だった。当時北京には、3000人以上の日本人が住んでいたと言われるから、この「外国人」には、日本人が含まれないのだろう。しかし中国語の「洋人」は、外国人を意味するが、辞書に「多くは西洋人を意味する」とあるように、中国語版を読む人は西洋人の居住者数と理解するだろう。
このように著者の知識・情報は日本に関しては、軽視あるいは本の随所で偏ったものと気が付く。日本人読者はそのことを認識すべきである。翻訳者はそういったことにまで注意を払うべきであり、そうでないと日本語版の読者は誤った理解をしてしまう。
その他、著者がイギリス人であるためか、大量の阿片を中国に持ち込んだのがイギリス人でありながら、日本人の責任ばかりを非難するかのような記述には疑問を覚える。