半生の記

【この小説が収録されている参考書籍】

【この小説が載っている参考書籍】

評判

半生の記の評価:

4.57/5点 レビュー 47件。 A ランク

Amazon書評・レビュー点数毎のグラフです

平均点4.57pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全101件 81〜100 5/6ページ
No.21
(5pt)

意外な名著

本書は松本清張の私小説もしくは自伝であり、非常に興味深い書籍である。これを読むと氏の諸々の作品の背景がよくわかるのである。作品はいわば著者の経験と背景を前提とするものであることは間違いなく、その意味で氏の作品を読みすすめる上で必読の書といえよう。古本屋でたまたま手にとった本であるが、いい本を読んだ。
半生の記 Amazon書評・レビュー: 半生の記より
4309007880
No.20
(5pt)

意外な名著

本書は松本清張の私小説もしくは自伝であり、非常に興味深い書籍である。これを読むと氏の諸々の作品の背景がよくわかるのである。作品はいわば著者の経験と背景を前提とするものであることは間違いなく、その意味で氏の作品を読みすすめる上で必読の書といえよう。古本屋でたまたま手にとった本であるが、いい本を読んだ。
半生の記 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 半生の記 (新潮文庫)より
4101109125
No.19
(5pt)

稀有の自伝の一つ

如何なる訳で、人はある星の下に生まれるのであろうか?「半生の記」の、コメントを書く機会を、投稿者に与えたのは、この大地震で崩れた本棚の裏から出てきた、1993年10月の文芸春秋臨時増刊号「松本清張の世界」を見つけた事による。これを買ったのが18年前、「半生の記」は、読後33年の時間が過ぎ去った事になる。何と永い時間が過ぎ去ったのだろう。「半生の記」は題名の通り、松本清張が自ら歩いてきた道の記憶と、志を振り返った自伝である。もしも、大袈裟な表現が許されるとするならば、彼の生まれた星の下は、いわば辛酸に満ちた娑婆であった。それは又、苦しい世界であると同時に、ある意味では松本清張という作家の、根本的な性格を生んだ創造の場でもあったと思う。貧しい両親の下に生まれた彼は、高等小学校を出ると、すぐに家計の為に働きに出ねば為らなかった。その下積みの仕事の中で、彼の最大の楽しみは、寸暇を惜しんでの読書で有ったと書かれている。

もし、人が大いなる好奇心と高い志を持ち続けるのならば、恐らく知的高峰への登頂を、妨げる物は何もない。清張の驚異的な努力と精進は、この高峰への登頂を可能にした。ようやく40代半ばにして懸賞小説の当選と芥川賞によって、彼は作家と云う道で食べて行ける事になる。そして、それ以後の松本清張の快刀乱麻、博覧強記ぶりは、世人の知る所となる。その飽く事なき創作姿勢は、膨大な著作として結実し、広範な分野での彼の好奇心は、日本古代史や日本近代史の、歴史探求として実を結んでゆく事になる。確かに、彼がその学歴ゆえに、オーソドックスな、学術的方法論の訓練を受け得なかった為に、清張の主張する説が学会に無視されたり、蔑視されたりする経緯があった。学会の主張する反論は、清張が、現場の発掘参加や、一次資料を扱わず、主に、記紀や続日本紀などに代表される、出版された二次資料の根拠に依る説だからと云う事らしい。清張とアカデミズムとの対立は、その正統性とセクショナリズム故に、避け難い対立でもあり、且つ、学者と独学の小説家という、心理的軋轢でもあったのだろう。ただ、清張の歴史観、その生命線の視点から見る限り、彼は「俺は、彼らに負けない努力と心血を、歴史資料の解読と推理の方法を通じて問題をあぶり出し、事実の探求に心を注いできたのだ!」と云うだろう。

この本を読みながら、投稿者は、過去の歴史的事実に対する異分野からの挑戦として、フロイトの「モーセと一神教」や、梅原猛の「隠された十字架」を思わずには居られなかった。彼らの著作もある意味では、松本清張のように、歴史の襞に分け入り、隠された事実を推理する世界と繋がりがある。学問の世界で、最も大切な事の一つは、良き師、優れた師に出会う事だろう。もし、それが不可能ならば、読書による先師の業績の吸収以外にあるまい。良き師に出会う事は、ある確率で十分可能性はあるが、良き且つ優れた師に出会う事は、一個人の人生の中で、そう滅多には起こらない。清張の人生行路の中で、上記の様な機会は余り無かった、いや、それは皆無と言ってよいのではなかろうか。彼は常に、倦まず弛まず読む事に依って著作上の優れた師と出会う以外に、方法は無かったのだ。彼の稀に見るヴァイタリティーの源泉は、多分そこに在るのだと投稿者は感じている。

ある人間が、ある星の下に生まれる事は、それは当人が選んだ事では無いにしても、当人に取っては、その中で最大限の努力をする以外に、その星の与えた運命を全うする方法はない。彼をして偉大な作家としている原因は、その飽くことを知らぬ、好奇心に他ならないと思う。純粋な好奇心こそ、世界の謎に立ち向かう根源的な力となる。「松本清張」の人生の物語は、その逆境を見事に跳ね返した、最も素晴らしい事例のひとつであろう。
半生の記 (1977年) Amazon書評・レビュー: 半生の記 (1977年)より
B000J8V1N8
No.18
(4pt)

タイトルに偽りはないが、作品と違って期待を裏切る自叙伝に仕上げたのではないか。

松本清張の自叙伝を読むことで、彼が数々の名作をどうして生みだすことができたのか、その秘訣のようなものを得られるのではないかと思い、大量買いの中の1冊に忍ばせた。私はなぜか本書をあとがきから読んだ。文芸から(半生記を書くことを)執筆をすすめられて連載したが、「やはり気に入らなかった。書くのではなかったと後悔した。自分の半生がいかに面白くなかったかが分った。変化がないのである。」また、「連載中、編集部では私が小説家になったところまで書けといった。私は断った。」とある、結局どこまで書いているかというと、小説家になる手前で終わっているのである。とにかく小学校しか出ていないことによる差別的な待遇や苦しい生活がひたすら描かれている。「両親の商売はますますいけなくなった。私は嫌でも、何とかしてこの職を手につけなければならなかった。残業も忙しいときは十二時近くまでやらされた。それが毎晩のように続く。」その後、「朝日新聞社に勤めている間、私は概して退屈であった。」という。「仕事の無気力は、生活を空虚にした。大きな機構の中の片隅の職場に居ると、実力の評価は顧みられない。というよりも、存在そのものが認められないのだ。このような下積みの者は絶対に浮かび上ることはない。」「建設的なものをもてと言っても、一体、私に何が出来るだろうか。仮に些少の才能があるとしても、それを生かす機会はない。貧乏な私は商売をする資金もなく、今さら、転職もできなかった。このまま転職を迎えるかと思うと私は真暗な気持ちなった。」ところが、最終章の「絵具」だけが全く異なった記述となっている。朝鮮戦争中に起こった黒人兵による殺人事件や強姦事件をかなり詳しく扱っているのだ。著者は一言も「黒地の絵」という作品との関連には触れていないが、当該作品のモチーフが事実に即したものだということを、記さずにはいられなかったのであろう。
半生の記 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 半生の記 (新潮文庫)より
4101109125
No.17
(4pt)

タイトルに偽りはないが、作品と違って期待を裏切る自叙伝に仕上げたのではないか。

松本清張の自叙伝を読むことで、彼が数々の名作をどうして生みだすことができたのか、その秘訣のようなものを得られるのではないかと思い、大量買いの中の1冊に忍ばせた。私はなぜか本書をあとがきから読んだ。文芸から(半生記を書くことを)執筆をすすめられて連載したが、「やはり気に入らなかった。書くのではなかったと後悔した。自分の半生がいかに面白くなかったかが分った。変化がないのである。」また、「連載中、編集部では私が小説家になったところまで書けといった。私は断った。」とある、結局どこまで書いているかというと、小説家になる手前で終わっているのである。とにかく小学校しか出ていないことによる差別的な待遇や苦しい生活がひたすら描かれている。「両親の商売はますますいけなくなった。私は嫌でも、何とかしてこの職を手につけなければならなかった。残業も忙しいときは十二時近くまでやらされた。それが毎晩のように続く。」その後、「朝日新聞社に勤めている間、私は概して退屈であった。」という。「仕事の無気力は、生活を空虚にした。大きな機構の中の片隅の職場に居ると、実力の評価は顧みられない。というよりも、存在そのものが認められないのだ。このような下積みの者は絶対に浮かび上ることはない。」「建設的なものをもてと言っても、一体、私に何が出来るだろうか。仮に些少の才能があるとしても、それを生かす機会はない。貧乏な私は商売をする資金もなく、今さら、転職もできなかった。このまま転職を迎えるかと思うと私は真暗な気持ちなった。」ところが、最終章の「絵具」だけが全く異なった記述となっている。朝鮮戦争中に起こった黒人兵による殺人事件や強姦事件をかなり詳しく扱っているのだ。著者は一言も「黒地の絵」という作品との関連には触れていないが、当該作品のモチーフが事実に即したものだということを、記さずにはいられなかったのであろう。
半生の記 Amazon書評・レビュー: 半生の記より
4309007880
No.16
(4pt)

タイトルに偽りはないが、作品と違って期待を裏切る自叙伝に仕上げたのではないか。

松本清張の自叙伝を読むことで、彼が数々の名作をどうして生みだすことができたのか、その秘訣のようなものを得られるのではないかと思い、大量買いの中の1冊に忍ばせた。
私はなぜか本書をあとがきから読んだ。
文芸から(半生記を書くことを)執筆をすすめられて連載したが、「やはり気に入らなかった。書くのではなかったと後悔した。自分の半生がいかに面白くなかったかが分った。変化がないのである。」
また、「連載中、編集部では私が小説家になったところまで書けといった。私は断った。」とある、
結局どこまで書いているかというと、小説家になる手前で終わっているのである。
とにかく小学校しか出ていないことによる差別的な待遇や苦しい生活がひたすら描かれている。
「両親の商売はますますいけなくなった。私は嫌でも、何とかしてこの職を手につけなければならなかった。残業も忙しいときは十二時近くまでやらされた。それが毎晩のように続く。」
その後、「朝日新聞社に勤めている間、私は概して退屈であった。」という。「仕事の無気力は、生活を空虚にした。大きな機構の中の片隅の職場に居ると、実力の評価は顧みられない。というよりも、存在そのものが認められないのだ。このような下積みの者は絶対に浮かび上ることはない。」
「建設的なものをもてと言っても、一体、私に何が出来るだろうか。仮に些少の才能があるとしても、それを生かす機会はない。貧乏な私は商売をする資金もなく、今さら、転職もできなかった。このまま転職を迎えるかと思うと私は真暗な気持ちなった。」
ところが、最終章の「絵具」だけが全く異なった記述となっている。朝鮮戦争中に起こった黒人兵による殺人事件や強姦事件をかなり詳しく扱っているのだ。著者は一言も「黒地の絵」という作品との関連には触れていないが、当該作品のモチーフが事実に即したものだということを、記さずにはいられなかったのであろう。
半生の記 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 半生の記 (新潮文庫)より
4101109125
No.15
(4pt)

タイトルに偽りはないが、作品と違って期待を裏切る自叙伝に仕上げたのではないか。

松本清張の自叙伝を読むことで、彼が数々の名作をどうして生みだすことができたのか、その秘訣のようなものを得られるのではないかと思い、大量買いの中の1冊に忍ばせた。
私はなぜか本書をあとがきから読んだ。
文芸から(半生記を書くことを)執筆をすすめられて連載したが、「やはり気に入らなかった。書くのではなかったと後悔した。自分の半生がいかに面白くなかったかが分った。変化がないのである。」
また、「連載中、編集部では私が小説家になったところまで書けといった。私は断った。」とある、
結局どこまで書いているかというと、小説家になる手前で終わっているのである。
とにかく小学校しか出ていないことによる差別的な待遇や苦しい生活がひたすら描かれている。
「両親の商売はますますいけなくなった。私は嫌でも、何とかしてこの職を手につけなければならなかった。残業も忙しいときは十二時近くまでやらされた。それが毎晩のように続く。」
その後、「朝日新聞社に勤めている間、私は概して退屈であった。」という。「仕事の無気力は、生活を空虚にした。大きな機構の中の片隅の職場に居ると、実力の評価は顧みられない。というよりも、存在そのものが認められないのだ。このような下積みの者は絶対に浮かび上ることはない。」
「建設的なものをもてと言っても、一体、私に何が出来るだろうか。仮に些少の才能があるとしても、それを生かす機会はない。貧乏な私は商売をする資金もなく、今さら、転職もできなかった。このまま転職を迎えるかと思うと私は真暗な気持ちなった。」
ところが、最終章の「絵具」だけが全く異なった記述となっている。朝鮮戦争中に起こった黒人兵による殺人事件や強姦事件をかなり詳しく扱っているのだ。著者は一言も「黒地の絵」という作品との関連には触れていないが、当該作品のモチーフが事実に即したものだということを、記さずにはいられなかったのであろう。
半生の記 Amazon書評・レビュー: 半生の記より
4309007880
No.14
(5pt)

Kの曾孫です。

わたしはいま、
探しております。
アイデン&ティティを。
半生の記 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 半生の記 (新潮文庫)より
4101109125
No.13
(5pt)

Kの曾孫です。

わたしはいま、
探しております。
アイデン&ティティを。
半生の記 Amazon書評・レビュー: 半生の記より
4309007880
No.12
(5pt)

なるほど・・・

松本清張のあのテンポが良くて、ズシリズシリとくる、それでいて要点をわかりやすく伝えるあのなんともいえない文章はきっと、40すぎて作家としてデビューするまでの、今の人間(自分も含めて)では、絶対にありえない苦労、そして40年なかで考えたであろう様々な事が土台になっているんじゃないのかなぁ・・と思いました。
半生の記 Amazon書評・レビュー: 半生の記より
4309007880
No.11
(5pt)

なるほど・・・

松本清張のあのテンポが良くて、ズシリズシリとくる、それでいて要点をわかりやすく伝えるあのなんともいえない文章はきっと、40すぎて作家としてデビューするまでの、今の人間(自分も含めて)では、絶対にありえない苦労、そして40年なかで考えたであろう様々な事が土台になっているんじゃないのかなぁ・・と思いました。
半生の記 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 半生の記 (新潮文庫)より
4101109125
No.10
(4pt)

作家になる前の苦労と貧乏の記録

■【芥川賞受賞 】
著者は、44歳で芥川賞を受賞。その後3年経過した47歳
の時、朝日新聞出版局を退社して作家活動に専念。
■【55歳頃の半生記 】
本著書は、作家生活に入ってから凡そ10年経過した
頃、出版社の勧めで「小説家になる迄の半生を」との元
に著されたもの。作者によると、はじめから小説家志願
ではなかったし、そもそもの始まりは、生活費稼ぎの懸
賞募集の応募だと言う。(1992年82歳で没)
■【詳細を極める貧乏記 】
確かに、この著書で自らの半生の中身、それは作家生
活に入る前までが本当に詳しく書かれている。そしてそ
れは、天下の三大全国誌の朝日を堂々と退社し、と言う
有様ではないのである。彼は、朝日のエリートではな
い。朝日が九州進出時に、彼自らが版下職人として売り
込んで給仕として雇われたのである。故あってか、貧し
い両親のもと、小学校を卒業しただけで、そこから版下
職人として腕を磨き、結婚して3人の子供を抱え、かつ、
両親と同居し、挙句、33歳の時に稼ぎ主(町の零細事業
主)、かつ、一人っ子であるに拘わらず召集され南方派
遣の召集の赤紙を受けて、軍隊に入り韓国で敗戦を迎
えるのである。「私には、面白い青春があるわけではな
かった。濁った暗い半生だった。」と清張は白い絵本の
章で著わしている。
■【幸運の女神は微笑む 】
清張は、半生の記を見る限り、決して要領のいい方でも
無い。軍隊でも南方送りにならずに済んだのは、運とし
か言いようがない。敗戦を韓国南部で迎えたのも幸運だ
ろう。帰国して、朝日の社員でいながら内職のホオキの
仲介が商売と旅行という一石二鳥を彼に与え、生来の
好奇心(多分に、父親の影響か?)を掻き立てている。
誠に、若い時の苦労が、作品に花開いている。
半生の記 Amazon書評・レビュー: 半生の記より
4309007880
No.9
(4pt)

作家になる前の苦労と貧乏の記録

■【芥川賞受賞 】
著者は、44歳で芥川賞を受賞。その後3年経過した47歳
の時、朝日新聞出版局を退社して作家活動に専念。
■【55歳頃の半生記 】
本著書は、作家生活に入ってから凡そ10年経過した
頃、出版社の勧めで「小説家になる迄の半生を」との元
に著されたもの。作者によると、はじめから小説家志願
ではなかったし、そもそもの始まりは、生活費稼ぎの懸
賞募集の応募だと言う。(1992年82歳で没)
■【詳細を極める貧乏記 】
確かに、この著書で自らの半生の中身、それは作家生
活に入る前までが本当に詳しく書かれている。そしてそ
れは、天下の三大全国誌の朝日を堂々と退社し、と言う
有様ではないのである。彼は、朝日のエリートではな
い。朝日が九州進出時に、彼自らが版下職人として売り
込んで給仕として雇われたのである。故あってか、貧し
い両親のもと、小学校を卒業しただけで、そこから版下
職人として腕を磨き、結婚して3人の子供を抱え、かつ、
両親と同居し、挙句、33歳の時に稼ぎ主(町の零細事業
主)、かつ、一人っ子であるに拘わらず召集され南方派
遣の召集の赤紙を受けて、軍隊に入り韓国で敗戦を迎
えるのである。「私には、面白い青春があるわけではな
かった。濁った暗い半生だった。」と清張は白い絵本の
章で著わしている。
■【幸運の女神は微笑む 】
清張は、半生の記を見る限り、決して要領のいい方でも
無い。軍隊でも南方送りにならずに済んだのは、運とし
か言いようがない。敗戦を韓国南部で迎えたのも幸運だ
ろう。帰国して、朝日の社員でいながら内職のホオキの
仲介が商売と旅行という一石二鳥を彼に与え、生来の
好奇心(多分に、父親の影響か?)を掻き立てている。
誠に、若い時の苦労が、作品に花開いている。
半生の記 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 半生の記 (新潮文庫)より
4101109125
No.8
(5pt)

清張の博識の源泉は? 

 松本清張は推理作品のみならず、古代史や政治の世界にも通じ、それらにかかわる大量の作品を著すなど、まさに学研肌の大作家であった。その無尽蔵な博識はどこから得られたものであろうか。それとも生まれながらの素質があったのであろうか。
              
 父親の人生も不遇だった。その貧しい家庭に生まれた。貧困は戦前と戦中の日本全国に及んでいとはいえ、清張は町工場での工員を転々とし、学歴が低かったがゆえに新聞社での勤務も閑職に甘んじざるを得なかった。また敗戦直後の一時期は勤務のかたわらに副業として、ほうきを売り歩くなどの苦労を重ね続けた。作家として本格的にデビューするまで貧しさから解放されなかった。
                       
 しかも、厳しい労働の合間に、いつど、こで、いかにして膨大な知識を身につけ、ひとかどならぬ博学の大作家として名を成すまでになったのであろうか。だが、本書を読んでいても少年時代から始まり年齢を重ねていく過程において、いつまでたっても作家になる様子が見えてこないのだ。なんとも不思議だ。その秘密を深く知りたくなる衝動に駆られる彼の自伝的な逸品だ。
        
半生の記 Amazon書評・レビュー: 半生の記より
4309007880
No.7
(5pt)

清張の博識の源泉は? 

 松本清張は推理作品のみならず、古代史や政治の世界にも通じ、それらにかかわる大量の作品を著すなど、まさに学研肌の大作家であった。その無尽蔵な博識はどこから得られたものであろうか。それとも生まれながらの素質があったのであろうか。
              
 父親の人生も不遇だった。その貧しい家庭に生まれた。貧困は戦前と戦中の日本全国に及んでいとはいえ、清張は町工場での工員を転々とし、学歴が低かったがゆえに新聞社での勤務も閑職に甘んじざるを得なかった。また敗戦直後の一時期は勤務のかたわらに副業として、ほうきを売り歩くなどの苦労を重ね続けた。作家として本格的にデビューするまで貧しさから解放されなかった。
                       
 しかも、厳しい労働の合間に、いつど、こで、いかにして膨大な知識を身につけ、ひとかどならぬ博学の大作家として名を成すまでになったのであろうか。だが、本書を読んでいても少年時代から始まり年齢を重ねていく過程において、いつまでたっても作家になる様子が見えてこないのだ。なんとも不思議だ。その秘密を深く知りたくなる衝動に駆られる彼の自伝的な逸品だ。
        
半生の記 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 半生の記 (新潮文庫)より
4101109125
No.6
(5pt)

感銘を受けました

少年時代から始まり年齢を重ねていく過程において、いつまで経っても作家になる様子がなく、不思議に思いながら読み進みました。第二次大戦前後の日本の厳しい生活環境もあってのことだと思いますが、松本清張氏が作家になるまでの度重なる苦難は想像以上だという印象を受けました。また、そんな境遇にもかかわらず、作家になってからあれ程多数の著書を残し、またそれらに関する知識も膨大なものであったことを考えると、ただ驚くばかりです。
半生の記 Amazon書評・レビュー: 半生の記より
4309007880
No.5
(5pt)

感銘を受けました

少年時代から始まり年齢を重ねていく過程において、いつまで経っても作家になる様子がなく、不思議に思いながら読み進みました。第二次大戦前後の日本の厳しい生活環境もあってのことだと思いますが、松本清張氏が作家になるまでの度重なる苦難は想像以上だという印象を受けました。また、そんな境遇にもかかわらず、作家になってからあれ程多数の著書を残し、またそれらに関する知識も膨大なものであったことを考えると、ただ驚くばかりです。
半生の記 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 半生の記 (新潮文庫)より
4101109125
No.4
(5pt)

それが、その頃の私の道であった

松本清張の有名な自叙伝。「濁った、暗い半生であった」という一文は有名です。今回、新しい版で再読しました。「暗い半生であった」の前の文は「私に面白い青春があるわけはなかった」だったと記憶していましたが、再読すると「私に面白い青春があるわけではなかった」になっていました。随分印象が違います。私の記憶違いだったのでしょうか。ともかく、本書は巨匠の苦い回顧録として永遠に読者をつかむ作品でしょう。最近、文芸春秋で長い間清張担当の編集者であった藤井康栄氏の回想録『松本清張の残像』が出ました(文春新書)。藤井氏の回想によると松本清張は「半生の記」を書いたことを後悔していたようですし、親族もあれは小説であろうと思っていたということです。そう指摘されて本書を冷静に再読してみると、松本家は極貧というほど極貧ではなかったようです(日本全体が貧しい時代だった)。だから「極貧伝説」は考え直す必要があるのかもしれません。しかし、これほど才能のある人が、大学を出ていないというただそれだけのことで朝日新聞社で冷遇されたのは事実です。そのルサンチマンが巨匠を育てたことはいうまでもありません。事実がどうであれ、何回読んでも本書から得る感動は変わりません。最後の一文「それが、その頃の私の道であった」は今でも鮮烈に記憶しています。
半生の記 Amazon書評・レビュー: 半生の記より
4309007880
No.3
(5pt)

それが、その頃の私の道であった

松本清張の有名な自叙伝。「濁った、暗い半生であった」という一文は有名です。今回、新しい版で再読しました。「暗い半生であった」の前の文は「私に面白い青春があるわけはなかった」だったと記憶していましたが、再読すると「私に面白い青春があるわけではなかった」になっていました。随分印象が違います。私の記憶違いだったのでしょうか。ともかく、本書は巨匠の苦い回顧録として永遠に読者をつかむ作品でしょう。最近、文芸春秋で長い間清張担当の編集者であった藤井康栄氏の回想録『松本清張の残像』が出ました(文春新書)。藤井氏の回想によると松本清張は「半生の記」を書いたことを後悔していたようですし、親族もあれは小説であろうと思っていたということです。そう指摘されて本書を冷静に再読してみると、松本家は極貧というほど極貧ではなかったようです(日本全体が貧しい時代だった)。だから「極貧伝説」は考え直す必要があるのかもしれません。しかし、これほど才能のある人が、大学を出ていないというただそれだけのことで朝日新聞社で冷遇されたのは事実です。そのルサンチマンが巨匠を育てたことはいうまでもありません。事実がどうであれ、何回読んでも本書から得る感動は変わりません。最後の一文「それが、その頃の私の道であった」は今でも鮮烈に記憶しています。
半生の記 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 半生の記 (新潮文庫)より
4101109125
No.2
(5pt)

想像を絶する凄まじい清張の過去

松本清張の私小説です。 数奇な運命の元に生まれ、学歴という劣等感に強く悩まされ、自己嫌悪に落ちながらも極貧の中で、8人の家族のためにと身を犠牲にして道を歩む清張。 文学志望ではなかった清張が40を過ぎて小説デビュ―するまでの凄まじい人生が描かれています。想像を絶する試練の過去、清張を知るのには、必読です。
半生の記 Amazon書評・レビュー: 半生の記より
4309007880