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おれは非情勤



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【この小説が収録されている参考書籍】
おれは非情勤 (集英社文庫)

おれは非情勤の評価: 5.00/10点 レビュー 2件。 Dランク
書評・レビュー点数毎のグラフです平均点5.00pt

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(7pt)

“あの頃”を思い出させる好短編集

非常勤講師“おれ”が活躍するシリーズ短編6編と小学生の小林竜太が活躍するショートミステリ2編を含む短編集。

まずシリーズ『おれは非情勤』の冒頭を飾るのは「6×3」。
表題の数式の意味があるヒントで蒙が啓かれるかの如く、パッと一気に真相が閃くのは見事。またいじめ問題も物語に絡めるあたり、今日的だ。

2作目の「1/64」は長期病欠の教師の非常勤講師として招かれた二階堂小学校での事件。
この真相は中学校が舞台であればギリギリ理解できるものの、やはり小学5年生の子を持つ親からしてみれば、同学年の子供らがこのようなゲームをしているのは甚だ疑問。しかも学習雑誌に連載されていたことも勘案するとちょっとこれはやり過ぎかと。

ここまでくればもはや題名自体が謎。「10×5+5+1」はおれが派遣された事情が物語の謎となっている。
新任教師の死の裏に新任教師が陥りやすい過ちが明るみに出る皮肉な一編。
教師生活の始まりと云う期待と不安に胸を膨らませて踏み出した一歩が些細なことから生徒との歯車を狂わせ、いつしか生徒に嫌われたくないと主従関係が崩れ、生徒の要求に従う構図が出来上がる。通常我々の社会生活であれば大の大人が10歳前後の子供に手玉に取られること自体が荒唐無稽なのだが、小学校ではこのようなことがあり得るのだ。

続く「ウラコン」では四季小学校が赴任先。

これまた意味不明な題名、「ムトタト」では五輪小学校でおれは運動会の準備に勤しんでいる。
運動会に修学旅行。小学校のみならず学校生活の花形行事。皆が楽しみにしている一大イベントなのだが、必ずしも全ての生徒が楽しみにしているわけではない。斯くいう私も子供の頃は修学旅行は苦手な行事の1つだった。本作の題名になっているムトタトの意味はすんなり解ってしまった。

シリーズ最終作の「カミノミズ」は音楽の授業の後で机のペットボトルの水を飲んだ生徒が急変し、救急車で病院に運ばれてしまうのが事件の発端。
こんな事件は昨今の町内ではどこでもありそうなものである。お互いの事情を優先するがために起きた悲劇。しかしそこに別段特別な関係性は無い。つまり我々の日常にもこのような悲劇の種は潜んでいるのだ。

最後の2編は小学生小林竜太が主人公のショートミステリ。1編目の「放火魔をさがせ」は近所で起きているボヤ騒ぎをきっかけに父親と夜回りすることになった竜太少年が集合場所の家で火事に出くわすという物。
2編目の「幽霊からの電話」は間違って自宅の電話に吹き込まれていた別の母親からのメッセージ。ところが学校に行ってみると同じメッセージが吹き込まれた子供が複数いるという。しかも調べてみるとその母親は1週間前に交通事故で亡くなっていたことを知る。電話は幽霊からかかってきたのか?

いずれも竜太少年の1人称叙述で恐らく高学年と思われる竜太少年のぶつくさいう台詞回しが実に面白い。そんなジュヴナイル・ミステリながらしっかりとしたトリックを用意しているのが東野圭吾氏という作家の仕事の質の高さを物語っている。


本書は小学生の学習雑誌に連載された非常勤講師“おれ”が探偵役を務める6編と小学生の小林竜太が活躍するショートミステリ2編を収めた文庫オリジナルの短編集。

まずは「おれは非情勤」について。

25歳独身。ミステリ作家を目指す非常勤講師“おれ”は今日も学校を渡り歩いては事件に出くわし、解決を強いられる。おれにとっては教師と云う職業は単なる生活の糧を得るに過ぎなく、限られた期間をそつなくこなせばいいくらいにしか思っていない。しかしさほど熱心な教師ではないにもかかわらず行く先々で起こる事件で生徒たちと関わらざるを得ない。

通常の常識的観念から見れば首を傾げざるを得ない真相も学校と云う閉鎖空間と意志持つ集団が多く介在するところでは個の力よりも弱者でありながらも小学生と云う集団の力が凌駕する場合がある。特に今の教師は何かにつけ教育委員会に報告され、肩身の狭い思いをしながら教鞭を取っているのが実状。

また大人になった今では遠い記憶の彼方かもしれないが、自分たちが子供の頃に抱いたクラス内の階級制度の存在、学校行事に対する苦手意識、クラス独自のルールや秘密のゲームなどが織り込まれ、実は自分たちの小学校時代を思い出せば本書の謎はさほど難しくないのが解る。

東野氏はこのような特異な学校という空間が持つ集団意識を見事物語に溶け込ませてミステリに仕上げている。

題名は非常勤ならぬ“非情”勤とフィリップ・マーロウを髣髴とさせるサラリーマン教師を想像させるが、実は意外にも熱血漢。
“おれ”の一人称で語られる地の文では素っ気ない無気力な口調でやる気のなさを強調しているが、いざ事件が起こればすぐに駆けつけ、業務時間外でも生徒たちの自宅や病院まで訪問し、ケアもする。そして休み時間の生徒たちの振る舞いを観察し、クラスにおける生徒たちの階級制度を理解し、子供たちの心を掴み、真相に迫る。

また特徴的なのは非常勤の名の如く、一作一作で舞台となる学校は違うところだ。通常学園物は同じ学校の面々をストーリーを追うごとにそれぞれのキャラクターを掘り込み、深化させて濃密な物語世界と読者が経験した学生生活の追体験をさせるのが習いなのに対し、本書は特別だ。

そして短期間しかその学校に属さない非常勤講師だからこそ、学校という空間でいつ知れず形成される異質な常識や通念に囚われずに生徒たちとぶつかり、真実を探求できるというところに主人公の設定の妙味がある。

もう一つの小林竜太少年が活躍する2編も実に興味深い。高学年だと思われる小林竜太少年が大人のやり方に対する不平不満を交えた文章が面白いし、また世の中の仕組みや大人たちのルールが解ってきた年齢だからこそ紡がれる物語がここにはある。

子供の視点や考え方は非常に柔軟で、刑事が介在する事件でさえ小学生の閃きで解決する。しかもそれが不自然でなく東野作品に特徴的な主人公の日常的なエピソードに謎を解くヒントが隠されているのだ。そしてそんな事件を解決する小林少年は決して天才型の少年ではなく、ごく普通の、どこにでもいるちょっぴり悪いガキンチョであり、そんな子供が謎を解くことが全く以て不自然でないストーリー運びが実に上手い。

しかし生き生きとした小学校生活の描写が大人の私にも懐かしく思えるし、現在進行形で学校生活を送っている小学生にもこれらの短編は実に面白く読めるだろう。
本当に何でも書ける作家だなぁ、東野圭吾氏は。


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