戦火のバタフライ
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作者である伊兼源太郎の作品はこれが初読。今もなお続く戦災被害者への国家補償を巡る運動を題材にしたと伺い関心を持った次第。 物語は二人の人物の戦時中の体験から始まる。 衛生兵として南方に派遣されていた尾崎洋平は米軍に追い詰められた状況下で兵士の治療に上官である小曽根太郎軍医ともども追われていたが、まともな衛生材料すら尽きかけた状況では出来る事が限られていた。 部隊を率いる中佐から転進を促されも重傷者だらけで移動もままならない中、世話になった伍長がもはや助からない程の傷を負い「死なせてください」という懇願を受けた末に小曽根と尾崎は伍長にクレゾールを注射、死に至らしめる。 人を救うはずの軍医と衛生兵が人を殺めてしまったという想いを抱えながら移動中、投降を試みた小曽根と尾崎だったが米軍は白旗を無視して銃撃を開始、小曽根は尾崎に「逃げろ、お前は俺の希望だ」と言い残して絶命してしまう。 同じ頃、東京の下町で開業する小曽根医院の長女・さくらは南方に軍医として派遣された兄の小曽根太郎の身を案じながら乏しい配給とますます居丈高になる隣組の班長にげんなりしながら担任であり兄の婚約者でもある赤城つる「つる姉」の優しさだけを頼みに過ごしていた。 幼馴染で同級生である河内勝男との仲もどこかギクシャクしたまま迎えた昭和20年3月の風がやたらと強い夜、小曽根一家の住む下町はB29の大編隊による空襲を受け火の海に。ご近所中が避難者で大混乱となり共に逃げた父母は双子の妹とさくらを逃がしたまま消息不明に。 そして妹の片割れ・雅は機銃掃射に撃ち抜かれた挙句つる姉と共に火に飲まれてしまう。もう一人の妹・幸と祖父だけがギリギリ生き残り、さくら自身も二本の指がくっついて離れなくなる火傷を負ってしまう。 そして迎えた終戦とともに尾崎は南方から復員、地元神戸の悲惨な状況を目の当たりにした上で東京へと赴き再開した小曽根医院でさくらに兄の最後を伝える。戦後復員局へと入局した尾崎は戦地での経験や帰国した日本の凄惨な被害状況を胸に民間人への補償の問題に取り組むが、それは終わりの無い敗北の始まりであった…… ……予め申し上げるが、本作を読む上でフィクションにありがちな「なんだかんだと苦い思いを味わいながらも最終的には主人公が勝利を収める展開とそこからもたらされるカタルシス」みたいな物は最初から諦めて頂きたい。 本作の題材となっている民間人への戦災補償は1960年代から政府への訴えが続いていながら被爆者の様なごく一部の被災者を除き現在に至るまで退けられ続けているからである。ここにご都合主義が入り込む余地は一切無い。 要するに本作は敗北の歴史を記録した作品であり、主人公たちは何一つ叶える事が出来ない敗北を積み重ねただけの状態でラストシーンを迎える、そんな物語なのである。故に官僚となった尾崎の活動も草の根活動から始まった署名活動に加わったさくらも最初から最後まで負けっぱなしである……が、そうであるからこそ「人間の尊さ」みたいな物が浮かび上がってくる。 尾崎やさくらの負けっぷりはもう見事なほどで旧軍人に支持を受けた政府や旧軍関係者が多数入り込み実験を握り続ける復員局や厚生省において少数派である尾崎の活動は全てが反対派に筒抜けで、さくらが必死で集めた署名一つ受け取れず、署名活動に前向きに取り組んでいたさくらの仲間は失望のうちに自ら命を絶つという目を覆わしめるような場面が連続するので「主人公が辛い経験をする作品は苦手」という人には天敵みたいな内容かと。 だが、負け続けだからといって意味が無いわけではない……むしろ終わりの無い敗北を、権力に立ち向かう事への困難さを味わい続けるからこそ全体主義に流されず一人ぼっちになっても戦い続ける人間の尊さ、戦い続ける事で後に続く人間を産み出す種を残せるのだという希望の持ち方みたいなものが映える作品だし、それこそが作者が書きたかった部分なのでは無いだろうか? とかく全てが損得だけで測られて「勝ち馬に乗る」という浅ましさばかりが幅をきかす時代に対して本作が訴えている「敗れてもなお、」という精神性が突き刺さる読者も少なからずおられると思う。特にさくらが署名活動中に受けた戦後生まれの若者たちから受けた揶揄なんてのはネット上で幅を利かせる冷笑主義者の姿に作者が意図的に重ねようとしていた部分があるかと。 それじゃ諸手を挙げて称賛するべき作品であるかと言えば、そうとも言い切れない所が難しい。本作色々と中途半端な部分や「もう少し下調べをしてよ」というアラみたいな部分もちょいちょい見られる。 取りあえず冒頭とラストで描かれる尾崎と小曽根がいた場所が「南方」としか描写されないのにモヤッと。時代小説なのだからフィリピンなりニューギニアなり具体的な地名を挙げないと読者的にはイメージが明確化されずボンヤリとした架空の島で戦っている様な印象を受けてしまう。 下調べという部分ではもっと引っ掛かったのが言葉遣いで例えば昭和20年代に尾崎が上司と交わした会話に「ボランティア」なんて言葉が出てくるのだけど今ではお馴染みとなったこの言葉がいつ頃日本で広まったかと言えば広辞苑に登場したのが1969年とかなり新しい言葉であり、昭和20年代にホイホイ使われるかと言えば……時代小説なんだからこの辺のディテールは大切にして欲しいのだけど。 そして何より中途半端にミステリの要素を入れてしまった所に首を傾げたくなる。尾崎が組んで民間人の補償に動いていた上司の鏑木が不審な死を遂げ、退官後の1980年代まで尾崎はその謎を追い続けるのだけど……戦災補償の為に戦う人々の物語に徹した方が良かったんじゃ無かろうか? どうも話が尾崎の周りの小さな範囲に留まってしまい、物語の中盤ではそれなりに存在感を放っていたさくら達の署名活動みたいな民間での動きがフェイドアウトしてしまったのは頂けない。無力な人間が声を上げ続ける事の意味を訴えたいのであれば、もっと民間人の動きをピックアップした方が読者には伝わりやすくなったんじゃなかろうか?殺人事件の謎解きがどうにも本作の中では浮いていた様にしか思えなかった。 色々とケチをつけてしまったけれども、日本だけに限らず世界中が権威主義・全体主義へとますます傾斜していく時代にあって「一人になっても負け続けても声を上げよう」という訴えを負け続けながらも民間人への補償を訴え続けて来た人々の姿を通じて世間に投げ掛けた意味は小さく無いし、今も戦っている人には希望の灯となり得るかと。 取捨選択をもう少し突き詰めて、ディテール部分に拘ってくれればもう一段階ブラッシュアップできた作品だったんじゃないかな? | ||||
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