拝み屋怪談 花嫁の家
登録されているタグ
0.00pt
5.50pt
Amazon平均点
4.40pt
楽天平均点
3.83pt
みんなの オススメpt 自由に投票してください!!
0pt
サイト内ランク[?]
C
↑現実的
0.00pt
0.00pt
←非ミステリ
0.00pt
ミステリ→
0.00pt
↓幻想的
初版刊行(参考)
種別
長編
閲覧回数
1,307回
お気に入りにされた回数
2回
読書済み登録回数
2回
- このページのURL
あらすじ
評判
拝み屋怪談 花嫁の家の評価:
0.00/10点 レビュー 0件。 C ランク
拝み屋怪談 花嫁の家の総合評価:
8.79/10点 レビュー 151件。
感想一覧
サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
Amazonレビュー
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| | ||||
| ||||
|
| ||||
| ||||
|---|---|---|---|---|
| | ||||
| ||||
|
その他、Amazon書評・レビューが 151件あります。
Amazon書評・レビューを見る
郷内心瞳『花嫁の家』は、恐怖の描写においても、物語構成においても、
一個の“作品”としての完成度を備えた稀有な一冊である。
作家は処女作に向かって成長するといわれている。
ここに、批判を承知で、言葉をひとつ加えたい。
真に才能のある作家に限り、処女作に向かって成長する。 と。
本作は、山深い村に伝わる旧家にまつわる因習を描いた実話怪談である。
視点や時代が複雑に交差しながら、一族に取り憑いた怨念の真相に迫っていく構成となっている。
この郷内心瞳氏の『花嫁の家』は、正確には氏の処女作ではない。
だが、恐らくこの作品に、郷内氏は今後の作家生命をかけたはずだ。
その意味では、本作は“作家としての処女作”と呼んで差し支えないだろう。
そしてその試みは、間違いなく成功している。
日本において、古くは小泉八雲や泉鏡花のように、怪異を文学に昇華させた例はあるが、
「実話怪談」というジャンルは、
一個の“作品”として真っ向から評価されることは、ほとんどなかった。
“恐怖”という感情を文章で正確に伝えることは至難の技だからである。
体験者の恐怖は、あくまで体験者にしか感じえない。
「怖かった」という事実は語れても、それを読む者の皮膚にまで響かせるには、
極めて高い筆力と構成力が求められる。
それゆえネタ勝負やショック重視、軽さを売りにした実話怪談は、
肩の凝らない読み物として楽しまれつつも、
他の文学ジャンルに比べれば、どうしても一段軽い扱いを受けてきた。
しかし本作は、その限界に真正面から挑み、
怪談ジャンルの壁を打ち破る真の“作品”として昇華している。
構成は一見、複雑だ。
断片的なエピソードが重なり、視点や時代が前後するため、読者は一時的に混乱するかもしれない。
だが、郷内氏の文章は極めて映像的で、輪郭の曖昧な場面にも像を結ばせる力がある。
開けた視野に安堵する間もなく、読者は、忌むべき物語の奔流に呑み込まれていることに気づく。
――そうした巧妙な仕掛けが、全編に張り巡らされている。
パズルのピースがぴたりと嵌まる快感はない。
むしろ、「このページを開かなければよかった」と、後悔したくなるような深い恐怖に身を浸すことになる。
そして、 “家”を軸に、人間の業と怨念が積層していく“文学構造”が、
本作を他の怪談作品と一線を画した存在にしている。
特筆すべきは、本作には命が光っているということだ。
暗い怨念の物語の底に、作家として生きることに一世一代の勝負をかけた気魄がある。
それは瑞々しい純粋さと詩情、何かに賭けた者にしか書けない爆発的な情熱として溢れ出している。
その一瞬の命のきらめきが、本作を“文芸”にまで押し上げている。
つまり、この作品ひとつで、今後の怪談ジャンルの基準のハードルを数段階引き上げたのだ。
怪談好きにはもちろん、本作は、「怖い話」が読みたい読者にはうってつけの作品だ。
そして、小難しい“名作”ではないものの、安っぽさのない、確かな読み応えを求める読者にも、
自信をもって薦められる一冊だ。
だが、この金字塔を打ち立てた事実は、作家にとって祝福であると同時に、重い枷となるはずだ。
サガンは『悲しみよこんにちは』で鮮烈なデビューを果たし、
“処女作に向かって成長した”数少ない作家のひとりである。
郷内氏がこの作品に向かって、さらに成熟した作品を生み出せるかどうか――
それは、氏の真の実力と、書き手としての覚悟にかかっているだろう。
私は郷内心瞳という作家が、この“呪われた処女作”を超えることを、心から願っている。
そして何より、この作品が生まれたこと、そこに出会えたことを、
今はただ、手放しで喜びたい。