火の縄



    ※タグの編集はログイン後行えます

    【この小説が収録されている参考書籍】
    火の縄 (講談社文庫)
    (違う表紙に投票したい場合もこちらから)

    オスダメ平均点

    0.00pt (10max) / 0件

    0.00pt (10max) / 0件

    Amazon平均点

    4.00pt ( 5max) / 6件

    みんなの オススメpt
      自由に投票してください!!
    1pt
    サイト内ランク []B
    ミステリ成分 []
      この作品はミステリ?
      自由に投票してください!!

    0.00pt

    0.00pt

    0.00pt

    0.00pt

    ←非ミステリ

    ミステリ→

    ↑現実的

    ↓幻想的

    初公開日(参考)2001年02月
    分類

    長編小説

    閲覧回数2,591回
    お気に入りにされた回数0
    読書済みに登録された回数0

    ■このページのURL

    ■報告関係
    ※気になる点がありましたらお知らせください。

    火の縄 (講談社文庫)

    2001年02月01日 火の縄 (講談社文庫)

    鉄砲にかけては百発百中の名手稲富治介は風采のあがらない無骨者のため細川忠興・ガラシア夫妻にうとまれ出陣の機会も与えられず不愚の一生を終えた。戦乱の時代の非情を描く長編時代小説。 (「BOOK」データベースより)




    書評・レビュー点数毎のグラフです平均点0.00pt

    火の縄の総合評価:8.00/10点レビュー 6件。Bランク


    ■スポンサードリンク


    サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

    新規レビューを書く⇒みなさんの感想をお待ちしております!!

    現在レビューがありません


    ※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
    未読の方はご注意ください

    No.6:
    (3pt)

    ハイカラさんが通る

    清張の時代小説でも戦国ものは、皮相と云うかTV時代劇的と云うか読み応えに今一つ欠けることがしばしばあって、昭和34年の作である本作も、語り口で一応は読ませるものの、ドラマの焦点が次から次へとズレていく散漫さが大きな欠点。物語が進むにつれ、細川忠興&お玉(ガラシャ)夫妻のファナティックな確執に筆勢が傾いて本来の主人公・稲富治介の影がどんどん薄くなっていく他、忠興の妹・伊与姫も、比較的丁寧に性格描写される割りに位置付けがボンヤリし過ぎ。治介との関係も著者が途中で関心を失ったのがミエミエで、清張長編によくある尻切れトンボ感がここでも気になり、何だかんだで最後はストンとキレイに話を収める司馬遼太郎のストーリーテラーまたはドラマティストぶりにやはり一日の長ありとせざるを得ない(ホントは司馬の方が15歳ほども年下なのだが)。単なる技術者、機能としてしか遇されない治介の悲哀と絶望は昭30年の短編『特技』の殆ど引き写しだが、そのテーマも終盤で唐突に提出されて短編以上の掘り下げや膨らみはなく、単に脇スジ的な印象―それも座りの悪い―に終わる。司馬が好んで描く、カネにも名誉にも無関心、己が技術それ自体が生き甲斐と云う忍者たちの開き直った職業哲学が対照として否応なく思い浮かび、貧困の生まれで最終学歴は小学校、長じても差別的な扱いの中、非正規雇用の広告デザイナーなど不安定な生活が続いた清張と、大阪の中流家庭から大阪外大に進学、本人の実感は別としてさしたる苦労もなくノビノビ育った司馬、それぞれの人生体験が反映しているのが偲ばれたりもして、文ハ人ナリだなあ、と。

     斯様に小説としては中途半端な感が拭えない―巻末「解説」では歴史家の洞富雄が「見事な人間ドラマ」と絶賛しているけれど―本作だが、個人的に面白かったのがガラシャの人間性へのネガティヴな眼差し。彼女を冷淡でヒステリック、エリート意識の強いエゴイストとして描くのは芥川龍之介『糸女覚え書』(大正13年)の先達があるが、他にも森田草平に山田風太郎、遠藤周作と、時々ある「ガラシャ=ヤな女」小説がそろって男性作家の手になるものの感を持つのは評者だけか。キリスト教解禁以前の我が国において彼女の知名度や評価、人気がどうだったのか寡聞にして知らないが*、芥川、森田あたりがこのガラシャ・ディスリスペクトのハシリであるとしたら、彼らと同じ漱石門下の平塚らいてうを始めとする我が国フェミニズムの勃興―『青鞜』創刊が明治44年―への違和感と反発が契機としてあったのは確か(『糸女~』に「私のことじゃない!?」とフンガイする向きが当時一人もいなかった、とは思えない。ガラシャの「鼻が高過ぎ・顔にはソバカス・お説教好き」なる描写からすると、布教家だか教師だかの外国人女性で具体的なモデルがいたのかも)。異色なのが、「ま、しょせん女ってモノはね…」のオヤジイズム―当今ハヤリのマンスプレイニングがコレか―とは無縁に信仰の立場からガラシャを鋭く批判した遠藤の短編『日本の聖女』(昭55年。新潮文庫『夫婦の一日』所収)で、同じカトリック信者ならではの視点が斬新かつショッキングだったが、そちらと比べると本作の、芥川または菊池寛風の通俗的・露悪的リアリズムは、今となってはやはりいささか古びた観は否めない。これら男性作家陣が「ったく、女ってヤツはよー… 」と片腹痛く、こう云う形で留飲を下げていたのかと想像すると、ちょっと微笑ましいけれど。

       *寛文年間に著された『本朝列女伝』なる書に彼女についての記述があるが、その最期は飽くまで儒教的・武士道的価値観による「自害」、とされているそう(金子拓『記憶の歴史学 史料に見る戦国』(講談社選書メチエ)より)。キリスト教解禁でガラシャ殉教説がようやく国内一般に広まった明治半ば、「細川の奥方」を描いた歌舞伎『関原神葵葉』『烈婦敷浪』が製作・上演されたが、これもやはりと云うか信仰についてはスルーの内容で、逆にそちらを強調した藤沢周次(古雪)の戯曲『史劇 がらしあ』または『伽羅舎』は未上演に終わった由。彼女が苦悩の末に戒律に背き、武士の妻として自害する=信仰を捨てる結末が現代の眼には意外な岡本綺堂『細川忠興の妻』は大正元年作・同5年初演(青蛙房『岡本綺堂戯曲選集 第四巻 一幕物前編』の岡本経一「解説」より)。

     反面、三浦綾子、永井路子に代表される女流作家(に限らないが)による「聖女」ガラシャの肖像、こちらはちょっと美化し過ぎじゃないか―例えば、自殺ではなく家臣の手によって命を絶ったのは飽くまで信仰の故、との記録はイエズス会宣教師の報告の中にしかないのに、全き史実と前提されているなど―と首をヒネることもしばしばで、他にも小説・演劇・映画・TV・漫画等々、現在ではこちらのガラシャ像のみがすっかり定着してしまったのはやはり戦後日本の民主化=アメリカナイズと教会勢力の復活、それに伴って日本人特有のハイカラ好き・西洋カブれがいささか野放図に発露され、彼女の一面のみが極端に誇張あるいは偏向・曲解の上でさんざん流布―この点、吉川英治の宮本武蔵、司馬遼太郎の坂本龍馬や土方歳三ソックリなパターンで―されてきたが故。彼女がカトリックではなく例えば回教や拝火教、小乗仏教の徒だったとしたらこれほどの人気は考えにくく、所詮は「ツタの絡まるチャペルで♪」の類の少女趣味的ファッション感覚と宗教上の無定見さ―現・上皇后陛下ご婚約発表時の修道女風ポートレイト(昭33年11月27日付朝日新聞号外)も思い出される―の表れに過ぎない。そのあたりを踏まえて『フィクションにおける細川ガラシャ像の変遷・受容史』みたいな研究を誰かしてくれると面白いのだが、何せ人気のキャラなだけに、彼女の登場する小説だけで一体幾つになることやら。

     それにしても、三月に東京文化会館で予定されていた『勇敢な婦人―細川ガラシャ Mulier fortis』公演がコロナ禍で中止となったのは、かえすがえすも残念。宣教師の報告をもとにヨハン・バプティスト・アドルフ台本&ヨハン・ベルンハルト・シュタウト作曲―どちらの名前も初耳だが―で17世紀末ウィーンにおいて初演されたバロック・オペラ(と云うより教会カンタータに近いか)。なにしろバッハもまだ少年の頃の作なので『マタイ受難曲』並みの聴き応えと云うわけにはいかないだろうが、かねてからぜひ一度聴いてみたい―2013年の上智大学主催公演も聴き逃した―と思っていただけに何ともはや。そのうちスタジオ上演&BS放送の形ででもやってくれないものか。
    火の縄 (講談社文庫)Amazon書評・レビュー:火の縄 (講談社文庫)より
    4062730812
    No.5:
    (3pt)

    清張も筆の誤り?

    国民的大作家の作品にケチをつけるようで恐縮ですが、
    結論から言うと、あまり面白くはありませんでした。
    当初予想していたストーリーとは、かけ離れていました。

    主人公は鉄砲名人の稲富治介ということですが
    実際に読んでみると、細川忠興・ガラシア夫妻の夫婦喧嘩が「主役」みたいで
    肝心の稲富と忠興の相克といったものは脇役みたいな扱いです。

    そもそもなぜこの二人が、そんなに不仲になったのか、が
    中途半端にしか描かれていませんし、正直よく分かりません。
    よく分からないままストーリーが進行していきます。

    卑怯な手段で滅ぼした旧一色家の元家臣だったから、
    性格的に合わなかったから、というだけではあまりにも弱いです。
    何か具体的な決定的なエピソードが欲しかったです。
    (例えば、稲富の誤射によって忠興の子供が死んだ、といかいう)

    稲富が忠興の下から脱走した後、諸藩から引く手あまたの誘いの声が
    かかるわけですが、それをことごとく邪魔する忠興。
    むしろこの辺をもっとフォーカスして描いてくれれば面白いと思うのですが
    残念ながらそれも中途半端に終わってしまっています。

    清張の歴史小説は面白いのが多いので、これはちょっと残念です。
    火の縄 (講談社文庫)Amazon書評・レビュー:火の縄 (講談社文庫)より
    4062730812
    No.4:
    (4pt)

    異色の時代小説

    昔読んだのは「松本清張時代小説集」で「無宿人別帳」なども収納されていました。字が細かく上下2段のハードカバーでしたが、この文庫は字が大きく非常に読みやすかった。読みやすい反面、時代小説の風格のようなものは、字面の後ろから全くにじみ出てこないので、以前読んだ印象とかなり違ったものとなりました。とは言え、一色氏謀殺の場面は非常に迫力あり、また、細川忠興、玉夫妻の一種偏執狂的な関係性は極めて現代的な側面も持っています。稲富一夢斎を主人公に据えながら、一夢斎の内面には余り入って行かず実際はその周辺の人々の心理描写を通して一夢斎が浮かび上がってくるような異色の時代小説だと思います。
    火の縄 (講談社文庫)Amazon書評・レビュー:火の縄 (講談社文庫)より
    4062730812
    No.3:
    (4pt)

    面白い

    一気に読みました。細川がラシャはイメージが壊れるほど気位の高い女に描かれていてビックリした。
    火の縄 (講談社文庫)Amazon書評・レビュー:火の縄 (講談社文庫)より
    4062730812
    No.2:
    (5pt)

    主人と家来の弁証法

    松本清張の傑作です。
    戦国時代、鉄砲の名人であった稲富伊賀守をモデルとした珍しい時代小説。
    という体裁になっていますが、稲富の目から見たこの時代の知的奇形種、細川忠興と
    妻、ガラシャを描き上げた興味深い小説です。史実では稲富、実戦での鉄砲の戦果は
    賛否両論あるようなのですが、この小説内では超人的技術を持つ異能の人と描かれています。
    この素朴、朴訥な天才と、当時としても度を超したDV、衝動性人格障害とも看做しうる細川忠興との
    確執。互いに相手の姿のうちに己の心性の醜形を見出し、憎みあう姿が緊迫感を持って描かれています。
    とかく殉教的死、実際は夫忠興の独占欲からの殺害でしたが、美談で捉えられがちのガラシャの姿を、
    マゾ的なしたたかさ、その不気味さも十分に描かれており、今日見直されるて然るべき作品ではないでしょうか。
    火の縄 (講談社文庫)Amazon書評・レビュー:火の縄 (講談社文庫)より
    4062730812



    その他、Amazon書評・レビューが 6件あります。
    Amazon書評・レビューを見る     


    スポンサードリンク