朝のガスパール
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初版刊行(参考)
種別
長編
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あらすじ
評判
朝のガスパールの評価:
0.00/10点 レビュー 0件。 D ランク
朝のガスパールの総合評価:
8.24/10点 レビュー 17件。
感想一覧
サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
Amazonレビュー
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
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当時、リアルタイムで読んでいた自分としては、
30年後の評価が、これ程高くなっている事には驚きを禁じ得ない。
「パプリカ」と同時期で、筒井康隆円熟期、と言って良かった当時の、
この作品への評価は、今日ほど高くは無かった、と思う。
その予見性、メタ構造作品としての先見性、
いずれも30年後の今だからこその評価、と言える。
当時は寧ろ、失敗作だ、とすら思っていた。
というのは、
この作品の予告段階、「笑犬楼よりの眺望」その他で、
筒井御大自身が語っていた、ネット連動への期待が、
実現しなかった、という思いが強かったからだ。
作中で引用される「電脳筒井線」での、
まだ2ちゃんも無かった頃の「荒らし」、
罵倒、ネットの負の側面の断片達への印象は、
今日では、あまりに当然のモノと取られるだろうし、
それらを実名で晒して、罵倒返しで遣り込める、
筒井御大の腕力に皆、呆れ、驚嘆するのだろう。
しかし、開始前、筒井御大も、そして多くの読者も、
「ネット集合知」幻想、「ネット性善説」幻想、
と言うべきモノを抱いていて、
本当に、作者が思いもよらぬ展開で、先読み不能になる、、、、。
様な希望を持っていた。
蓋を開けると、建設的なモノよりは、破壊的な、
非難、罵倒、負の意思が、多勢を占めた、と言って良い。
また、建設的な提言を試みても、
筒井御大の知性に及ばず、事前に準備した枠組みを、大きく、
より建設的な方向へ動かす事は出来なかったのではないか?
(これは、投書の方でも大差無かった、と思われる)
登場人物の大量虐殺は、たしか中盤では無かったかと思うが、
「嗚呼、筒井さん、諦めたな、、、。」と感じた記憶がある。
そっから先は、小説としてはヤマ場ではあるのだが、
例えば、途中でヒロインの運命を、読者の意見で書き換える、
ルート分岐が登場するのだが、殆ど一発ギャグと言って良く、
大笑いした後で、
「本来はもっと繊細な事がやりたかったんじゃないかなぁ」
と複雑な気分になった。
読者罵倒にしても、先行短編の再利用の側面があり、
ヤクザとの最終決戦も、当時としては「懐かしの筒井ドタバタ」だったと言える。
言わば「手癖」で纏めてしまった、と感じた。
また「連載中は病気も出来ない、他の仕事もセーブする」と予告していたのが、
(たしかエッセイで)連載終了前に家族旅行に行った、内容が書かれて、
「あー、投げちゃった」と思った記憶がある。
自分の読者達、殊に若い連中が掲示板で露わにした、
負の意思の表出、への絶望と、
この作品での「挫折」が、
その数年後の断筆騒動に及ぼした影響は、
大きかったのではないだろうか。
追記)
上記の書き込み後、再読。
登場人物粛正と、ルート分岐の順番が逆であった。
と気がついたが、修正せず追記にしておく。
なぜ勘違いしたかというと、
ルート分岐が中盤、1992年1月掲載分なのだが、
前月下旬に「電脳筒井線」1巻が発売され、
若い読者達の「荒らし」が明らかになっていて、
その一部が、このルート分岐の章で作中にも登場したからだ。
更にその直前、二回目のパーティー終盤でも、
既に、筒井線での荒廃状況が反映されたような不穏な描写が始まっていた。
なので、「どうもこれは上手くいってないようだ」と感じ、
「本来はもっと繊細な」とか「諦めた」といった感想になったのだろう。
再読して、ルート分岐の部分は、おそらく当初構想の宿題、
「やっておきたい展開」を消化したんだなぁ、と感じた。
直後から怒濤の破滅的ドタバタで、終盤まで突き進む。
登場人物粛正に先んじてヤクザ達が登場するのだが、
彼らは実に痛快に下品に終盤を盛り上げる。
それはおそらく「筒井線」や投書を占めていただろう大多数、
当時既に「下流国民化」し始めていた読者達に対応しての、
登場人物交代、では無かったか、と思う。