(短編集)
相死相愛
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日本が、高度成長期の波に差し掛かる、時代の雰囲気が詰め込まれた短編集で、その頃に思いを馳せながら、拝読しました。テンポ良く読み進められて、作者の力量に唸らされました。 | ||||
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本書は1979年8月に新書サイズで12話を収めて出版されました。本書が1983年に文庫化するのに伴い「相死相愛」「解体死書」の二冊に分冊されて出版されました。「相死相愛」のタイトルで新書版は12話、文庫版は6話の収録です。注意が必要です。 「相死相愛」 S県郊外の沼縁でアベックの心中死体が発見された。男は、市内の銀行に勤める佐伯敏夫(二十五才)。女は、女子大学四年生の水沢昌子(二十二才)だった。佐伯家と水沢家は、市政を巡って確執があり、両家とも二人が結婚したい、と言ったことを認めなかった。親の許しが得られず、前途を悲観しての心中という状況であった。現代版のロミオとジュリエットに捜査員も哀れみ誘われた。そんな時、一人の刑事が、女の顔に茨の枝が引っかかっているのを見つけ不審に思った。死ぬ前に、こんな物を付けたまま死ぬだろうか。近くには茨の木は無い。死体が何処からか運ばれて来た可能性がでてきた。一挙に偽装心中の疑いがもたれ殺人事件の捜査本部が立ち上げられた。 「天の配線」 末松利行と妻の美保は、大晦日の夕食に久しぶりの贅沢をして、近くのレストランで食事をした。気の利いた店で、料理も美味しかった。一緒に飲んだワインも芳醇な香りで、十分、二人を満足させた。それでいて、値段もそれほど高くなかった。また、来たいねと言いながら、最後のコーヒーを飲んで、レジスターへ向かった。その時、美保は、財布を忘れているのに気が付いた。家は、近くなので、美保が取りに行き、末松は、レストランで待った。ところが、いくら経っても美保は、帰って来ないのだ。その時はまだ、末松は、これが妻、美保との最後の別れになるとは思っていなかった。美保は、家へ戻る途中に車にひき逃げされ死亡していたのである。実は、末松は、レストランの食事代金を賄うだけの金は、持っていた。だが、そのお金の出所は絶対正直に答えられないものだったのだ。しかし、失ったものの価値の方が大き過ぎてしまった。正直に話せば、美保は、決して怒らなかっただろう。 「致死歩道」 小園美智子は、入院中の病室の二階で、窓から見える交差点の風景を毎日見ていた。そこには、人々の会社や学校へ行き帰りする生活の様子があった。行きは勇ましく、帰りは、ほどほどに弛緩して帰って来る。毎日見ていると、何人か同じ顔を覚えるようになった。元々、病室にいても何もすることが無かったことと、自分が社会から隔てられてはいけないという意識から、朝、晩、一枚ずつ写真を撮るようになった。美智子は、市役所に勤める二十八才のハイミスである。その美智子が、この冬、役所で女子吏員から圧倒的な人気の秋吉からスキーツアーに誘われたのだ。秋吉から勧誘されて、内心得意であった。年寄りの冷や水と囁かれたが、美智子は、参加することにした。そして、雪山でケガをして入院することになってしまったのである。だが、それだけで無く、その雪宿で秋吉は、美智子に甘い言葉を連ねた。恋愛の機会の無いまま二十八才まで男を知らなかった美智子は、その言葉をすべて額面通り受け取った。そして、一夜の契りの愛が、効率よく実となってしまった。轢き逃げ交通死亡事故の捜査で、美智子が、毎日、交差点の様子を撮影していることを聞いた刑事から、写真を見たいと言われた時は、何のことか分からなかった。そんな時、秋吉が久し振りに見舞いに来てくれた。入院した当日、申し訳程度に、一日来てくれただけで、その後は、一回も来なかったので、嬉しかった。だが、怪我の心配より、美智子のカメラを気にしている。その時、刑事たちが来てくれなければ、美智子は、秋吉に殺されていたのだ。美智子の写真は、お腹にいる、父親の犯した轢き逃げ事故を告発する写真だったのだ。 「飢餓連環」 御代田利夫は、栄立企業の社長である。社長と言っても、社員は数名で、あとは歩合のセールスマンばかりである。会社の中身も曖昧で、取扱商品も怪しげな物ばかりであった。精力剤と称して、ウドン粉に草木の根を混ぜたもの売って、良い儲けをした。また、パチンコ必勝機と言う名の、ただの磁石を腕時計のバンド状に付けた物を売った時は、物科学的根拠は皆無だが、何故か、全国のパチンコ族の間で大人気となった。さらに、現在は、ガス節約機ガスコンである。これを取り付けると、エネルギーが二倍に増幅され、ガス消費量が半分になるというコマーシャルで大々的に売り出した。折からの石油危機を背景に、忽ち引っ張りだこになった。こうして、栄立企業の業績は、順調に伸びた。順風満帆とみえたが、暗雲が立ち込めた。それは、世田谷で一家五人がガス中毒で死亡した事件である。取り付けられたガス器具を調べると、通常の物より、二~三倍の一酸化炭素が発生することが分かり、ガスの消費量も節約するどころか増えてしまう事が分かったからだ。 「死媒樹」 千葉県のゴルフ場に隣接する松林の中で、縊死者がぶら下がっているのが発見された。身許は、生徒手帳から、地元の高校に通う木谷弘美(十七才)さんと判明し、遺書も発見された。遺書の筆跡も彼女のものであった。自殺と思われたが不自然なところがあり、断定できなかった。それは何故かというと、死体は、死後七~八時間経過していて、自殺したのは、昨夜の十~十一時と推定された。だが、この地域は、昨夜、その時間帯には、かなり激しい雨が降った。それにも関わらず、衣服は濡れていない。また、彼女の手や足、及び衣類には、松の枝が付着していた。その枝を分析すると、この松林の松ではないことが分かった。すると、この死体は、雨が上がってから、ここへ来たことになる。死体が自ら移動する訳はない。死ぬ場所として、ゴルフ場を選んだのも納得できない。どうして、松の木で首を吊った死体が移動したかを、解明しなければならなくなった。 「凶隣関係」 水沢野枝は、閑静な都下に良いマンションを見つけて移って来た。値段も割安で、外観も瀟洒な造りで満足していた。ひとつ悩んだ事は、一匹の三毛猫である。前のアパートで家族のように飼っていたペットである。ペットの飼育は、入居規定で禁止されていたが、規約を無視して連れて来た。初めのうちは、はらはらしたが、近所から苦情が出ないので、次第に慣れてきた。他にも飼っている家があるらしい。そして、初めての夏が来た。気密性満点のマンションでは、騒音が内攻した。その諸騒音の中で、一番堪えるのが風鈴であった。すぐ隣では、極めて高音の風鈴を下げている。風鈴は、風がある限り四六時中絶え間なく鳴り続ける。仕切り一枚で繋がっているテラスに下げているので、その金属音が、もろに野枝の部屋へ飛び込んでくる。野枝は、耐えかねて燐家へ頼みに行った。一応、謝ったが風鈴は、外さなかった。そして、数日後、迷惑かけて申し訳ないと言って、小さな包みを持って来た。野枝は、中を見て顔色を変えた。それは、ウレタンで出来た、小さな耳栓だった。それから、また数日して、野枝の三毛猫が姿を消してしまった。 「砂塵」 N県七里ケ原の県道で、近くの七十二才の農夫、北村平七が畑からの帰途、何者かの車によって轢き逃げされた。かなり強く衝撃を受けたため即死の状態だった。死体は、解剖に付され、死因は、検視の通りであったが被害者の衣服に植物の花粉が付着していた。植物生理学の教授に鑑定を依頼すると、ニッコウキスゲ、コバイケイソウ、キンポウゲ、キンバイソウなどの高山植物の花粉である事が判明した。この事故の少し前に、高山植物を盗掘したとして栗村初男と三田公子のアベックが逮捕されていた。高山植物を片っ端から盗んでいるのを発見した人物が、山岳公園管理人に届けて発覚したのであった。北村の衣服に付いていた花粉は、七里ケ原の山岳国定公園に場所を変えて広く分布しているものであった。北村の畑では、それらの花粉すべてを付着するのは不可能だった。そこで、このアベックが何かしら関連していることが疑われる。 「モルジアナの犬」 中屋民男は英会話学校の教師である。商社で海外駐在していた語学を認められて拾われた。この仕事に運動不足はつきものである。それを解消するためにマラソンを始めた。帰りが遅くなるのでマラソンは深夜になった。住宅街の一角を走り抜け、円形の児童公園まで来た時に、闇の奥から激しく犬に吠えられた。次の瞬間、黒い塊が踊り掛かってきた。それは、子牛ほどもある大きな犬だった。牙を閃かして飛び掛かってくる。このままでは、噛み殺されてしまうかもしれない。窮地に追い込まれた時、一本の角材が指先に触れた。武器を得た中屋は、果然反撃にでて、犬を角材で殴り始めた。その時、背後から飼い主と思われる女性が現れた。だが、反撃を止めれば、こちらが負けてしまう。そこへ幸にも、パトロールの警官が来てくれた。中屋は、これで助かったと思った。ところが、事情を聴かれた警官に、女性は、中屋がいやらしい事をしたので、犬が吠えたら、いきなり角材で殴り始めたと警官に言うのだ。運動不足解消のために始めたマラソンだったが、とんでもない冤罪に巻き込まれてしまう。 「死海の廃船」 プロボクシング・バンタム級の、世界チャンピオンを賭けた試合で、挑戦者の矢代敬は、有利な試合を行っていた。八代は、前年にも世界チャンピオンに挑戦したが、その時は、蛇に睨まれた蛙の様になってしまい、なすすべも無く試合開始早々にノックアウト負けしていた。だから、ファンもこの試合には、期待していなかった。昨年の余りにも無様な負け試合が、記憶に残っていたからだ。今回の相手も、すべてノックアウト勝ちで、五回連続防衛に成功しているチャンピオンだったので、ファンも昨年同様、あっけなく八代が倒されると思っていた。ところが、この試合で、八代は、フットワークも軽く、繰り出すパンチが悉くチャンピオンの顔面を捉えた。第1ラウンドから優位に試合を運び、最終ラウンドになってチャンピオンは、戦意を失い、力学的なバランスによって立っているだけだった。あとは、八代が止めの一発を加えれば、チャンピオンは、マットに沈むはずだった。ファンも、その一撃を見逃すまいと驚喜に満ちた視線をリング上に送っていた。そして、その時がきた。八代のラストパンチ。ところが、何があったのか、八代の動きが一瞬停止した。それを狙っていた訳ではない。立っているだけのチャンピオンが突き出したパンチが八代の顔面を捉えた。その瞬間、八代がマットに沈んでしまった。世紀の大逆転試合として全国から世界にまで、この試合の様子が報道された。何故か?八代は、その時、客席の中に、二か月前、自分が殺して死体を山中に埋めたはずの女が、居ることに気が付いたからだった。 「解体死書」 大倉愛一郎には奇妙な趣味がある。それは、廃品を集めては、再生することである。別に金に困ってやっている訳ではない。近頃は、新品同様の品物が粗大ゴミとして捨てられている。数年前に地元のクリーン作戦に参加したのが切っ掛けだった。今では、ゴミが喜んでいると、周囲の人に自慢話をしていた。大倉は、最近になって、変なゴミの捨て方をする人物がいるのに気が付いた。それは、一つの化粧台や本棚、コタツなどの家具が細かく断裁されゴミの集積所に出されることである。不自然なのは、それが一か所に出されるのではなく、周囲の集積所に分散されて出されることだった。そのままの形でも粗大ゴミとして回収してもらえる。大倉は、どんな人物が、何の目的でそんな面倒臭いゴミの捨て方をするのだろうかと不審に思い始めた。そして、大倉は、そのゴミの主をどうしても調べなければならないと思った。そして、調べた結果、まだ発覚していない一件の殺人事件があった事を発見してしまった。人間を殺害してバラバラにする事件はある。所有物をバラバラにして処分し、人間が住んでいた痕跡を償却していたのである。 「歯刑」 朝田美根子は、夜間学校の帰りに、その老人と犬にいつも同じ時刻に出会った。犬の名は、ゴンだった。始めは敬遠していたが、ゴンが美根子を覚えていて、尾を振りながら寄って来るので、挨拶を交わすようになった。老人も落ち着いた優しい声調だったので警戒を解いた。口をききあうようになってから、女一人の夜歩きは危険だと言って、散歩の通り道なので、ついでに送ってもらうことになった。しかし、その日は、ゴンしかいなく老人の姿は無かった。ゴンを放っておけないので、警察に通報し事情を話すと、ゴンの鑑札番号から老人の住居が分かった。住居へ行ってみると、そこに、老人はいなかった。ゴンを残して老人は、行方不明になってしまったのだ。それからは美根子が、ゴンの飼い主の代わりとなった。その日もいつものように夜間学校を終えてアパートへ向かっていた時、後ろに何かの気配がする。危険を感じた時は遅かった。大きな男の体が美根子を押し倒し蹂躙し始めた。その時、痴漢の背後から黒い影が襲い掛かった。痴漢は悲鳴をあげ、黒い影と一体になって地上を転げまわった。その黒い物体はゴンだった。ようやくゴンの鋭い歯を振りほどいた痴漢は、這う這うの体で逃げ出したゴ。ゴンは美根子を救ったばかりでなく、老人を殺した犯人も捕まえてしまった。ゴンは老人の仇も討ったのだった。 「死原香」 川崎市多摩区生田地区で連続空き巣事件が発生していた、狙われたのは、隣人の関心が薄い新興住宅街であった。家人の留守を狙って侵入する手口に、まだ、人身殺傷事件こそ起きていないが、住民たちの不安は増していた。その日の警戒にあたっていたパトロールカーが一人の不審な人物を発見した。パトロールカーを見て逃げ出したのだ。すぐに追跡して追いつき警官がタックルして身柄を取り押さえた。多摩署に連行して男の身元を捜検したところ、財布が二個でてきた。一個は人工皮革の小銭入れで、もう一個は、西陣織の女物の財布だった。鼻を近付けるとお香の様な良い匂いがした、男の持ち物としては不自然だった。どうみても男は怪しいのだが、男は黙秘したまま、さめざめと泣くばかりで、いくら説得しても身許を名乗らなかった。男を留置してから空き巣の被害はでていない。男の容疑は濃くなる一方だった。取り調べに業を煮やした警察は、財布から持ち主を捜して犯罪の確証を得ようと考えた。ここで頼りになるのが警察犬である。科学的な捜査手法が幅をきかせる今日、甚だ非科学的な捜査であるが、犬の嗅覚は、人間の五千倍から一万倍と言われている。出動してきた犬は、シェパード種、牡六才ウシワカマル号である。財布は、香の匂いがする。その匂いをウシワカマルに嗅がせて、男を確保した地点から放し、追跡が始まった。捜査員もウシワカマルの後を追った。古い道や新しい道が入り乱れており地図も頼りにならない。その時、ウシワカマルは、いきなり道を逸れて山村の中へ駆け込み激しく吠えた。灌木の繁みの中に首を突っ込んで啼いている。捜査員がウシワカマルの先を見ると、仰向けに倒れている人間の死体があったのだ。ウシワカマルが連続空き巣事件と殺人事件、その二つを解決してしまうのだ。 | ||||
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1987年8月講談社から新書サイズで「相死相愛」のタイトルで12編の短編集が出版されました。本書は、それが、文庫化されるのに伴い「相死相愛」「解体死書」の2冊に分冊されたものの一冊です。二冊とも1983年に講談社文庫から出版されました。各書6を話収録しています。購入の際には注意が必要。この文庫版は角川文庫が2015年2月にkindle化しました。 「相死相愛」 S県郊外の沼縁でアベックの心中死体が発見された。男は、市内の銀行に勤める佐伯敏夫(二十五才)。女は、女子大学四年生の水沢昌子(二十二才)だった。佐伯家と水沢家は、市政を巡って確執があり、両家とも二人が結婚したい、と言ったことを認めなかった。親の許しが得られず、前途を悲観しての心中という状況であった。現代版のロミオとジュリエットに捜査員も哀れみ誘われた。そんな時、一人の刑事が、女の顔に茨の枝が引っかかっているのを見つけ不審に思った。死ぬ前に、こんな物を付けたまま死ぬだろうか。近くには茨の木は無い。死体が何処からか運ばれて来た可能性がでてきた。一挙に偽装心中の疑いがもたれ殺人事件の捜査本部が立ち上げられた。 「天の配線」 末松利行と妻の美保は、大晦日の夕食に久しぶりの贅沢をして、近くのレストランで食事をした。気の利いた店で、料理も美味しかった。一緒に飲んだワインも芳醇な香りで、十分、二人を満足させた。それでいて、値段もそれほど高くなかった。また、来たいねと言いながら、最後のコーヒーを飲んで、レジスターへ向かった。その時、美保は、財布を忘れているのに気が付いた。家は、近くなので、美保が取りに行き、末松は、レストランで待った。ところが、いくら経っても美保は、帰って来ないのだ。その時はまだ、末松は、これが妻、美保との最後の別れになるとは思っていなかった。美保は、家へ戻る途中に車にひき逃げされ死亡していたのである。実は、末松は、レストランの食事代金を賄うだけの金は、持っていた。だが、そのお金の出所は絶対正直に答えられないものだったのだ。しかし、失ったものの価値の方が大き過ぎてしまった。正直に話せば、美保は、決して怒らなかっただろう。 「致死歩道」 小園美智子は、入院中の病室の二階で、窓から見える交差点の風景を毎日見ていた。そこには、人々の会社や学校へ行き帰りする生活の様子があった。行きは勇ましく、帰りは、ほどほどに弛緩して帰って来る。毎日見ていると、何人か同じ顔を覚えるようになった。元々、病室にいても何もすることが無かったことと、自分が社会から隔てられてはいけないという意識から、朝、晩、一枚ずつ写真を撮るようになった。美智子は、市役所に勤める二十八才のハイミスである。その美智子が、この冬、役所で女子吏員から圧倒的な人気の秋吉からスキーツアーに誘われたのだ。秋吉から勧誘されて、内心得意であった。年寄りの冷や水と囁かれたが、美智子は、参加することにした。そして、雪山でケガをして入院することになってしまったのである。だが、それだけで無く、その雪宿で秋吉は、美智子に甘い言葉を連ねた。恋愛の機会の無いまま二十八才まで男を知らなかった美智子は、その言葉をすべて額面通り受け取った。そして、一夜の契りの愛が、効率よく実となってしまった。轢き逃げ交通死亡事故の捜査で、美智子が、毎日、交差点の様子を撮影していることを聞いた刑事から、写真を見たいと言われた時は、何のことか分からなかった。そんな時、秋吉が久し振りに見舞いに来てくれた。入院した当日、申し訳程度に、一日来てくれただけで、その後は、一回も来なかったので、嬉しかった。だが、怪我の心配より、美智子のカメラを気にしている。その時、刑事たちが来てくれなければ、美智子は、秋吉に殺されていたのだ。美智子の写真は、お腹にいる、父親の犯した轢き逃げ事故を告発する写真だったのだ。 「飢餓連環」 御代田利夫は、栄立企業の社長である。社長と言っても、社員は数名で、あとは歩合のセールスマンばかりである。会社の中身も曖昧で、取扱商品も怪しげな物ばかりであった。精力剤と称して、ウドン粉に草木の根を混ぜたもの売って、良い儲けをした。また、パチンコ必勝機と言う名の、ただの磁石を腕時計のバンド状に付けた物を売った時は、物科学的根拠は皆無だが、何故か、全国のパチンコ族の間で大人気となった。さらに、現在は、ガス節約機ガスコンである。これを取り付けると、エネルギーが二倍に増幅され、ガス消費量が半分になるというコマーシャルで大々的に売り出した。折からの石油危機を背景に、忽ち引っ張りだこになった。こうして、栄立企業の業績は、順調に伸びた。順風満帆とみえたが、暗雲が立ち込めた。それは、世田谷で一家五人がガス中毒で死亡した事件である。取り付けられたガス器具を調べると、通常の物より、二~三倍の一酸化炭素が発生することが分かり、ガスの消費量も節約するどころか増えてしまう事が分かったからだ。 「死媒樹」 千葉県のゴルフ場に隣接する松林の中で、縊死者がぶら下がっているのが発見された。身許は、生徒手帳から、地元の高校に通う木谷弘美(十七才)さんと判明し、遺書も発見された。遺書の筆跡も彼女のものであった。自殺と思われたが不自然なところがあり、断定できなかった。それは何故かというと、死体は、死後七~八時間経過していて、自殺したのは、昨夜の十~十一時と推定された。だが、この地域は、昨夜、その時間帯には、かなり激しい雨が降った。それにも関わらず、衣服は濡れていない。また、彼女の手や足、及び衣類には、松の枝が付着していた。その枝を分析すると、この松林の松ではないことが分かった。すると、この死体は、雨が上がってから、ここへ来たことになる。死体が自ら移動する訳はない。死ぬ場所として、ゴルフ場を選んだのも納得できない。どうして、松の木で首を吊った死体が移動したかを、解明しなければならなくなった。 「凶隣関係」 水沢野枝は、閑静な都下に良いマンションを見つけて移って来た。値段も割安で、外観も瀟洒な造りで満足していた。ひとつ悩んだ事は、一匹の三毛猫である。前のアパートで家族のように飼っていたペットである。ペットの飼育は、入居規定で禁止されていたが、規約を無視して連れて来た。初めのうちは、はらはらしたが、近所から苦情が出ないので、次第に慣れてきた。他にも飼っている家があるらしい。そして、初めての夏が来た。気密性満点のマンションでは、騒音が内攻した。その諸騒音の中で、一番堪えるのが風鈴であった。すぐ隣では、極めて高音の風鈴を下げている。風鈴は、風がある限り四六時中絶え間なく鳴り続ける。 仕切り一枚で繋がっているテラスに下げているので、その金属音が、もろに野枝の部屋へ飛び込んでくる。野枝は、耐えかねて燐家へ頼みに行った。一応、謝ったが風鈴は、外さなかった。そして、数日後、迷惑かけて申し訳ないと言って、小さな包みを持って来た。野枝は、中を見て顔色を変えた。それは、ウレタンで出来た、小さな耳栓だった。それから、また数日して、野枝の三毛猫が姿を消してしまった。 | ||||
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