魔性の殺人
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魔性の殺人の総合評価:
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全1件 1~1 1/1ページ
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ディレイニー署長がブランクを追い詰めるくだりがとても良かったです。 | ||||
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ニューヨークで殺人が起こり・・・というお話。 以下はネタわりなので未読の方は読まないでください。 という上記だけでは何の説明にもなっておりませんが、実際本質的な所はそれだけの小説だと思いました。ただ、殺人犯が、人を殺す事によって万物や神と一体になれるという思想の持主で、仏教でいう所の解脱を殺人で行うという恐ろしい考え方をするキャラで、こんな人が現実にいたら迷惑千万ですが、小説なので許されると思いました。 圧倒的な迫力で押しまくるサイコスリラーですが、叙述で50~100ページくらい切れ目なく進行していく所等は読みずらかったです。それと、ディレイニー署長が犯人の住居に違法に侵入して調べるあたりは、今なら問題だと思いました。この頃だから許される所も色々ありました。 圧倒的迫力で迫るサイコスリラーの力作。機会があったら是非。 | ||||
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所謂サイコ・キラーものの先駆けの作品として名高い作品だが、作者としては高い文学性をも意識している様で、巻頭に「悪霊」からの引用がある。この「悪霊」や「罪と罰」等を意識した"超越者"としての悪漢(サイコ・キラー)と、重篤の妻のために長期休暇を取りながらも、(名目上)単身で犯人に立ち向かうディレイニーという警察署長との対決を細微かつ重厚に描いた作品。ディレイニーが世界に美と調和を求めると同時に、自身が"神"の代行人の務めを行なっている事に罪悪感を感じているという設定も、「罪と罰」の構造を重層的に描こうとの意匠を強く感じさせる。原題「The first deadly sin(第一の大罪(=高慢の罪))」がこの辺の事情を良く映している。信仰上の問題で、「神と悪魔(黒)」との相克を描いている様にも見えるし、犯人をサイコ・キラーへと誘った女性が「black is beautiful」という言葉を否定するのも却って不気味さを増長している。 また、通常のサイコ・キラーものだと、捜査陣側の視点を中心に犯人捜しを描くか、サイコ・キラーの視点で自身の心理(隔絶感、倒錯、優越感、殺人による自己救済等)や捜査陣との駆け引きを描くものだが、本作ではその双方をカットバックでほぼ等分に、しかも極めて丹念に描いている点が新鮮に映った(これが上下巻合わせて1000頁を越す大作となっている理由でもある)。ディレイニーが警察上層部の権力闘争に悩まされのはルーティンだが、その代り、善意の人々の好意に助けられる事によってバランスを取っているのも「善と悪」の相克の象徴に映った。その善意の人々の小物語を創っている点や、ディレイニー夫妻、サイコ・キラーと導師(?)の女性、その友人夫妻、被害者夫妻といった様々な男女の愛の形を随所で意識して描いている点も印象に残った。サイコ・キラーという孤独(本人にとっては孤高)の物語であると共に、"人の繋がり"の物語ともなっている。 この調子で進めて、ディレイニーとサイコ・キラーの接近過程をもう少し巧みに描けば掛け値なしの傑作になっていたと思う。残念ながら、この調子は下巻の1/4程度までしか続かない。誠に残念。続きは下巻で。 | ||||
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上巻に続いて下巻の1/4程度までは非常に良い出来。しかし、そこからが宜しくない。 (1) ディレイニーがサイコ・キラーの目星を付けるのが早過ぎる。もしこの設定なら、残りの3/4程度に丁々発止の駆け引きを用意してしかるべきだが、その工夫が見られない。 (2) ディレイニーが署長に復帰してしまう。ここからは通常の警察小説で、犯人がサイコ・キラーである必然性が希薄な上に、そこまであった"人の繋がり"の物語が雲散霧消してしまった。 (3) (1)とも絡むが、読者はディレイニーとサイコ・キラーの頭脳戦を期待しているのに、提示されるのは、アクション映画や西部劇風のアメリカ流活劇である。 サイコ・キラーの影が非常に薄くなってしまい、完全にディレイニーの物語になってしまっている。しかも、その言動は常軌を逸していると言って良い程に不自然で違和感を覚えた。結局、予想はしていたが、「The first deadly sin」を犯していたのはディレイニーの方だったというオチでモヤモヤ感が残った。 サイコ・キラーであっても、警察官であっても、あるいは一般市民であっても、誰しも「魔性」を持ち得るのが人間社会との意匠なのであろうか。卓見だとは思うが、下巻中盤以降の"つまらなさ"加減は如何ともし難い。竜頭蛇尾の作品との印象を免れなかった。 | ||||
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