琥珀の城の殺人
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初版刊行(参考)
種別
長編
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あらすじ
評判
琥珀の城の殺人の評価:
4.00/10点 レビュー 2件。 D ランク
琥珀の城の殺人の総合評価:
6.00/10点 レビュー 7件。
感想一覧
サイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
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Amazonレビュー
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
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本書は篠田真由美氏のデビュー作。鮎川哲也賞の最終選考まで残り、受賞は逃したがその後改稿の上に刊行された作品だ。
異色なのは18世紀の東ヨーロッパという日本ではなく異国、しかも現代ではなく中世を舞台にしている点だろう。
この頃の価値観は現在とは全く違い、疑わしき者を公然と犯人に仕立て上げ、処刑する事が罷り通っていた時代である。それはカーの『エドマンド・ゴッドフリー卿殺害事件』でも理不尽な裁判の様子が詳細に描かれており、冤罪などは当たり前だった。
そういう風潮ゆえに成し得うる、このシチュエーション。つまり身元不明の部外者を犯人に仕立て上げ、その無実を晴らすために探偵役を買って出る事になる状況はなかなかに斬新である。
またデビュー作の本書では既に稀代の吸血夫人エリザベート・バートリが既に物語を飾るガジェットとして使われている。
先に読んだ『ドラキュラ公』では吸血鬼ドラキュラのモデルとなったヴラド・ツェペシュの伝記的歴史小説を著していることからも、作者が中世の、特に東ヨーロッパに伝わる忌まわしき負の歴史に大いに興味を示しているのが解る。ロンドン、フランス、イタリア、ドイツ、スペインといった一般的に知られている国々ではなく、ほとんどの日本人がその歴史に疎い東ヨーロッパにスポットを当てているのがこの作者の特徴だろうか。
その頃多く刊行された本格ミステリの例に洩れず、本書でも1つだけでなく、連続殺人事件が発生する。
先に述べた吸血夫人バートリ・エルジェベトから引き継がれたという呪われし深紅の琥珀の首飾り、夜な夜な館の周囲を徘徊する亡き前妻の亡霊、消失した伯爵の死体と、甲冑を着た伯爵に襲われ、瀕死の重傷を負う侍従などなど、幻想味溢れる謎の応酬に作中に散りばめられた奇行と伝説めいた逸話が最後に謎の因子の1つ1つとなって表層からは見えなかった真のブリーセンエック伯爵家の姿、犯人解明、そしてさらに真犯人の解明、更に本書でしきりにその存在を謳われた琥珀の存在意義が溶け合って明らかに真相と、本格ミステリのコードに実に忠実に則った作品である。
しかし何故かそれらは上滑りで物語は流れていくように感じた。
中世、しかも東ヨーロッパという馴染みのない時代及び世界ゆえなのかと思ったが、坂東眞砂子氏の中世のヨーロッパを舞台にした『旅涯ての地』という上下巻800ページを超える作品に没頭し楽しめたのだから、そこに原因はない。やはり両者の作品と決定的に違うのは「物語の力」だろう。
デビュー作と坂東氏の傑作の1つを比べるというのはいささか酷ではあるが、人の心に物語を浸透させるフックのような物を感じなかった。ベルンシュタインブルクという古の塔を囲んだように造られた古城という魅力的な舞台を設定しながらもその魅力が刻まれるような勢いを感じなかった。
更に忌まわしき言い伝えをもつ琥珀の首飾り、そして今では静電気で知られる当時未知の力であったエレクトリシタスなど、知的興味に尽きる題材には事欠かない。しかし読了後感じたのは、そこに城があり、湖があり、庭園があり、別邸があり、それらの舞台を使って事件を起こしてみました、それだけだ。忌まわしき逸話もステレオタイプでどこかで聞いたような話でしかない。没入する魔力に欠けているのだ。
そう、何となく一昔前の低迷期の少女マンガを読んでいるよう、そこまで云うと酷だろうか。
しかし、本書ならびに『ドラキュラ公』で見せた中世の東ヨーロッパという他の作家の例を見ない舞台を活用して物語を紡ぐのはこの作者の長所である。この知識を活かして、もっと行間から匂い立つような物語の世界に酔わせてくれることを願う。