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iisan さんのレビュー一覧

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レビュー数1167

全1167件 821~840 42/59ページ

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No.347:
(7pt)

ウェスタン・ハードボイルドの新星登場

ウェスタン・ミステリーの最優秀処女長編賞を受賞し、大型新人の登場との評判を呼んだという話題作。私立探偵ハードボイルドを軸に、ウェスタンとノワール風味が加わった、乾いたテイストのミステリーである。
ロデオ競技のスターだったロデオ(主人公)は、メキシコとの国境に近いアリゾナの僻地で私立探偵として生活していた。ある日、休暇から帰ってみると自分の敷地のそばにアメリカ先住民の死体が放置されていた。近くでは先住民が殺される事件が相次いでおり、この男が4人目の犠牲者で、どうやら先住民を狙う連続殺人鬼が出没しているようだった。そんなおり、友人のルイスから紹介されてインディオの少年が殺された事件の再調査を進めることになった。簡単に終わるはずの調査だったが、やがて先住民社会に隠された闇に足を取られて身動きできなくなってくる・・・。
主人公のロデオも先住民の血を引いており、主要登場人物もほとんどが先住民系で、ウェスタンといっても白人カウボーイ視点からのウェスタンではなく、インディオとメキシカンの世界をベースにした物語である。世界中から見捨てられた土地を舞台に、世の中の動きとは無縁のような人々が繰り広げる、一種殺伐とした人間ドラマが、砂漠の風のような乾いた文体でたんたんと綴られていく、徹底してドライな作品である。そんな中にちりばめられたハードボイルドなセリフと、ユニークで個性が際立つ登場人物たちが強い印象を残す。
誰にでもススメられる作品ではないが、ハードボイルドなノワールが好きな人にはオススメだ。
バッド・カントリー
C・B・マッケンジーバッド・カントリー についてのレビュー
No.346:
(8pt)

ちょっと尻すぼみだけど、読ませる

2001年に「著者略歴」でデビューし、高評価を受けながら、なかなか次作が発表されなかったジョン・コラピントの長編第二作である。
大して人気ではないミステリー作品シリーズを書き続けてきたウルリクソンだったが、娘の出産時に妻が脳卒中になり、車椅子生活を余儀なくされてからの日々を描いた自叙伝が大ヒットし、一躍、時の人となり、TVのインタビュー番組にも出て注目を集めるようになった。そんなある日、若き日に関係を持った女性が亡くなり、その娘である17歳の少女クロエから「親子関係の確認と保護」を求める召喚状が届いた。驚いたウルリクソンだったが、DNA鑑定の結果でも娘であることが証明され、クロエを新しい家族として迎え入れることを決心する。裁判所で初めて会ったクロエはあどけなさとコケティッシュな魅力を併せ持つ美少女で、ウルリクソンはしだいに心を奪われるようになり、とうとう最後の一線を越えてしまうことになってしまった・・・。
クロエの裏には弁護士崩れの悪人デズがいて、DNA鑑定も含めて全てがウルリクソンを陥れるための罠であることは最初から明らかにされており、ストーリーの中心は罠の仕組みを解くミステリーではなく、誠実で家族想いの好人物であるウルリクソンが壊されて行くプロセスのサスペンスに置かれている。
ウルリクソンが罠に気付き、自分を取り戻そうとする物語の最後の部分がやや急ぎ過ぎで尻すぼみな感なのが惜しいが、非情に良くできた心理サスペンス作品である。アメリカで賛否両論(というか、否定的論調の方が圧倒的に強かったようだが)を呼んだというが、巻末の解説にもあるように、近親相姦や未成年者との性愛というタブーがアメリカでは反感を招いたということで、日本の感覚からすると特に問題視するほどの内容ではない。多くのサスペンスファンにオススメだ。
無実 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ジョン・コラピント無実 についてのレビュー
No.345:
(8pt)

ドロドロの愛憎劇は2時間ドラマみたいだけど、傑作

米国ミステリー界の異色の才人、パット・マガーの1950年の作品。まったく古さを感じさせないエンターテイメント作品である。
人気コラムニストのラリーが、NYのコンドミニアムに4人の女性を招待して開いたディナー・パーティー。その4人とは、ラリーの先妻、現在の妻、年上の愛人、次に結婚しようとしている19歳の女性という、訳ありの面々。ラリーは、その中の一人を事故に見せかけて殺害するために、バルコニーの手すりに仕掛けを施していた。そして、深夜のNYの路上に誰かが落下した・・・。
冒頭に事件が起きたことが提示されるのだが、被害者が誰かが最後の最後まで明らかにされない「被害者捜し」は、デビュー作からのマガーお得意のパターンだという。前作は読んでいないのだが、本作は凝縮された時間の流れ、濃密な人間関係、登場人物のリアルな描写、意表をつく結末など、すべてにレベルが高い傑作だ。「被害者捜し」ミステリーとしてはもちろん、ハーレクイン(読んだこと無いけど)的なラブロマンス、主人公の成上がりの物語など、多面的な要素を含んだ作品として楽しめる。
戦後すぐの作品とは思えない、現代でも十分に楽しめる作品として、多くの人にオススメだ。
四人の女【新版】 (創元推理文庫)
パット・マガー四人の女 についてのレビュー
No.344:
(8pt)

狙われたのは、誰か?

1950年代のイギリスの「新本格派」とされているエリザベス・フェラーズの1955年の作品。謎解きミステリーであると同時に人間ドラマとしても面白く、古さを感じさせない作品である。
ロンドン近郊の村で暮らす元女優のファニーは、理解ある夫に支えられ、田舎の主婦として満ち足りた日々を送っていた。同居する歳の離れた弟が婚約し、その婚約者ローラが訪ねてくるというので、親しい友人たちへの紹介を兼ねてカクテルパーティーを開くことにした。当日、パーティーの時間になるとローラは頭痛を訴えてパーティーを欠席した。ファニーは得意料理のロブスター・パイを出したのだが、口にした参加者はみんな「苦い」といって食べるのを止めてしまった。そんな中、隣人のサー・ピーターは「美味い」といって食べ続けたのだが、食事の後で死亡し、パイにヒ素が混入されていたことが疑われた。
ヒ素を混入したのは誰か、なぜ引退したマスコミ界の大物サー・ピーターが狙われたのか。動機と手段を巡って、パーティーの参加者がさまざまな推理を展開し、それぞれの人物が抱える人間関係の問題が徐々にあらわになってくる。怪しい人物は二転三転し、最後の最後に思いがけない動機と犯人が判明する。
被害者が狙われた動機が不明で、ほとんどの登場人物にヒ素を混入するチャンスがあるため、全員が怪しく見えてくる。しかも、誰かが推理を語るたびに事件の様相がどんどん変化してしまう。登場人物のキャラクター設定が巧みで描写も優れているので、全員が生き生きとして立ち上がってくる。殺人の動機、犯人判明までのプロットもよくできていて、最後まで読者を引っ張っていく強さがある。
謎解きミステリーのファンはもちろん、ヒューマンドラマ好きの方にもオススメだ。
カクテルパーティ (論創海外ミステリ)
No.343:
(8pt)

期待を裏切らない、キングの意欲作

ホラー小説の巨匠・キングが挑戦した本格ミステリー。1015年度エドガー賞の最優秀長編賞に選ばれた実績が示すように、読み応え十分の傑作である。
2009年4月の霧の早朝、就職フェアに参加するために徹夜で集まっていた求職者の列にメルセデス・ベンツが襲いかかり、死者8名、負傷者多数を出す事件が発生。ピエロのマスクをかぶっていた運転者は、別の場所にベンツを放置して逃走した。凶行に使われたベンツは盗難車で、捜査は行き詰まり警察は犯人を捕らえることができなかった。
それから一年以上が経過した頃、当時の捜査を指揮したホッジスは警察を退職し、妻と娘が出て行った自宅で、一人寂しく、拳銃を口にくわえることを夢想するような日々を送っていた。ところがある日、メルセデス・キラーを名乗る人物から捜査の失敗を嘲笑し、ホッジスを負け犬とののしる手紙が届けられた。この手紙を契機に、ホッジスの刑事魂が蘇り、警察とは別に、単独で犯人を追い始めることになった・・・。
退職した警官とサイコキラーとの攻防という、よくあるパターンというか、あえてオーソドックスなハードボイルドの構成を取りながらまったく飽きさせないところは、さすがに希代のストーリーテラーである。さらに、犯人のキャラクター設定、ホッジスを助ける、ハーバードをめざしている黒人青年ジェローム、精神的に不安定な中年女性ホリーという助演者も効果的で、サイコもの、警察もの、私立探偵ものとして楽しめる。
本作は、ホッジス、ジェローム、ホリーのトリオが登場する三部作の第一部で、残りの二作もすでに刊行済みとのことで翻訳が待ち遠しい。
実は、ホラー嫌いなので、キング作品は初めて読んだのだが、これは多くのミステリーファンに自信を持ってオススメできる。
ミスター・メルセデス 上 (文春文庫)
No.342:
(8pt)

正義のための連続殺人?

今や北欧を代表するミステリー作家となったジョー・ネスボの新作。オスロを舞台にした警察小説であるが、ハリー・ホーレ・シリーズ外の単発作品である。
尊敬していた警察官の父親が「自分は汚職警官である」と書き置きして自殺し、ショックを受けた母親も後を追うように亡くなってから息子・サニーは麻薬に溺れ、今は刑務所に収監されていた。刑務所では誰とも争わず、静かに囚人仲間の聴罪司祭のような役割りを果たしていたのだが、ある囚人からサニーの父は殺されたという秘密を聞き、刑務所を脱獄して、次々と敵を殺していく凄絶な復讐劇を開始した。
一方、サニーの父と仲の良い同僚だったケーファス警部は定年を目前にした殺人課の警部で、愛する妻が失明の危機にさらされており、その手術費用を工面するのに苦慮する日々を送っていたが、刑務所付き牧師の殺害事件を捜査しているうちに、連続して起きた殺人事件の裏にはサニーの復讐劇があることに気がついた。
本作は、一人の若者が犯罪組織や富豪を相手に復讐を果たすサスペンスアクションであり、頑固者のベテラン刑事が一匹狼的に捜査を進める警察小説であり、父と子、仲間たちの愛憎の物語でもある。いくつものストーリーが重なり合い、見事な伏線の回収があり、意表をつくどんでん返しがあり、最後まで楽しめる上出来のエンターテイメントである。
ノンシリーズなので、ジョー・ネスボは初めてという読者にもオススメだ。
ザ・サン 上 罪の息子 (集英社文庫)
ジョー・ネスボザ・サン 罪の息子 についてのレビュー
No.341:
(7pt)

古き良きハードボイルド

現役のパイロットという異色作家の作品。経歴を生かした飛行機乗りが主役のハードボイルド小説である。
1960年のカリフォルニア。太平洋戦争でも活躍した元海軍パイロットのジョーは、戦後、友人と民間航空輸送会社を経営し、パイロットとして生活していた。ある日、親友(!)であるフランク・シナトラから「新しい恋人をハリウッドに送り届けてくれ」と頼まれた。仕方なく引き受けたジョーの前に現われたのは、かつての婚約者ヘレンだった。その翌日、シナトラからヘレンが行方不明になったと連絡があり、ジョーが探し始めると、彼女の友人が殺され、ヘレンも追われていることが判明した。一度はヘレンを見つけたジョーだったが、ヘレンは再び行方が分からなくなる。やがて、シナトラの元にヘレンの身代金を要求する電報が届いた。ジョーはヘレンを救うため、メキシコに乗り込んでいった。
かつて愛した女性のために命をかけて突っ走るヒーローが中心の物語だが、事件の背景をなすのがシナトラ、マフィア、大統領をめざしているケネディという胡散臭い連中で、その中でヒーローの想いの純粋さはまさに、正統派のハードボイルドヒーローである。セリフや独白にも、古き良きハードボイルド風味がたっぷりで、2013年の作品なのに、チャンドラーでも読んでいるような懐かしさが感じられる。
正統派のハードボイルドファン、飛行機マニアにはオススメだ。


愛しき女に最後の一杯を (ハヤカワ・ミステリ文庫)
No.340: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

ブラジル的結末

ブラジルの女性作家の本邦初訳作品。なぜかドイツミステリ大賞の翻訳作品部門で一位に選ばれたという異色のミステリーである。
ボリビアとの国境の田舎町でしょぼくれた生活を送っていた「俺」は、釣りに出かけたパラグアイ川で自家用飛行機の墜落に遭遇し、パイロットの青年を助けようとするが、青年は死んでしまった。機内にリュックサックと1キロほどのコカインを見つけた「俺」は、それを盗み出し、下宿先のインディオの男と組んでコカインを売りさばいて小金を稼いでいたのだが、欲を出したインディオの男に引っ張られてギャングと取引して失敗し、ギャングに借金の返済を迫られることになった。窮地に陥った「俺」は、警官でもある恋人を説得して、死体を使った詐欺を計画する・・・。
偶然見つけた墜落機から盗みを働いたことで人生が大きく狂ってくるというのは、かつてのベストセラー「シンプル・プラン」などでもおなじみの設定だが、さすがブラジルのミステリーだけあって、結末の付け方が意表をつく。良くも悪くも人間的というか、すべてに泥臭いのである。
スリルj、サスペンス、アクションや謎解きより、犯罪者心理が中心の作品を好む方にオススメだ。
死体泥棒
パトリーシア・メロ死体泥棒 についてのレビュー
No.339: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

「被害者探し」ミステリー

オーストラリアのベストセラー作家の本邦初訳。「誰が、誰を殺したのか?」を解いて行く、ユニークなエンターテイメント作品である。
シドニー近郊の幼稚園での資金集めのパーティー会場で騒動が起き、父兄の一人が死亡した。この事件の被害者、犯人は誰か? 動機は?
騒動の背景には、6ヶ月前の子供同士のトラブルが原因で、幼稚園ママの派閥間の対立が激化したことがあった。さらに、それぞれの家庭には表に出せない秘密があり、ストレスにさらされ続けてきたママたちが、パーティーで出された強力なカクテルの影響もあって一気に爆発したのだった。
冒頭に殺人事件が起きたことがほのめかされ、背景となったトラブルから事件当時までの出来事が主要登場人物の視点で徐々に明らかにされ、さらに所々で関係者の証言が挿入されるのだが、最後の最後まで、犯人も被害者も秘密のままという、なかなかに意地の悪い構成で読者をぐいぐい引き込んで行く。さらに、人物のキャラクター、細かなエピソードがリアルかつユーモラスで飽きさせない。世界的なベストセラーを記録したというのも納得の面白さである。
ホームドラマに隠された暗い秘密系のミステリーが好きな方には絶対のオススメだ。
ささやかで大きな嘘<上> (創元推理文庫)
No.338: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(7pt)
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じわじわ来る、イヤな感じ

デビュー作でエドガー賞処女長編賞を受賞し、2作目の本書が2014年度エドガー賞長編賞にノミネートされたという、新進作家の注目作。坦々とした展開の中、じわじわと不安感が積み重なってゆく静かなサスペンス作品である。
長期的な不況への入口に立っている1958年のデトロイト郊外の小さな白人コミュニティに暮らす主婦たち。繁栄した50年代のアメリカ中産階級の典型のような彼女たちも、自動車産業の衰退、近隣に進出してきた黒人たちなどの不安を抱えるようになっていた。そんなある日、夫たちが働く工場の近くで黒人娼婦が殺害される事件が発生、さらに数日後、コミュニティの一員で知的障害がある若い白人女性が行方不明になった。黒人娼婦の事件には無関心だったコミュニティも、白人女性の捜索には地域の全力を挙げて取り組むことになる。
ストーリー展開の中心は行方不明者の捜索なのだが、作品のテーマは、時代の影響を受けて変化して行く主婦たちの心理である。満ち足りた、平凡な生活を送っているように見える主婦たちだが、それぞれに不安や心の闇を抱えており、それが互いに影響し合って、複雑な心理ドラマが展開される。そして最後、もうあの時代は戻って来ないことが明らかになる。
静かなストーリー展開にも関わらず、じわじわとサスペンスが高まって行く上手さは新人離れしたテクニックである。殺人、行方不明ともに、解決方法にあいまいさが残るのは、本作品のメインはそこには無いということだろう。
謎解き、本格ミステリーファンには不満が残るだろうが、社会派作品、心理ドラマ好きの方にはオススメだ。
彼女が家に帰るまで (集英社文庫)
ローリー・ロイ彼女が家に帰るまで についてのレビュー
No.337:
(7pt)

差別、排外主義、移民、難民の啓蒙書

力作「闇に香る嘘」で注目を集めた下村敦史の書き下ろし作品。入国管理局で難民認定のための調査を担当する難民調査官を主人公にした社会派エンターテイメントである。
難民調査官・如月玲奈は、担当するイラク国籍のクルド人ムスタファの判断に迷っていた。迫害を受けたという証言は真実と思えるのだが、履歴や入国の説明に矛盾点が多いのである。調査を進めるうちに、イラク国籍ではなくトルコ国籍であること、しかも正規パスポートで合法的に入国していたことが判明した。さらに、如月に接触してきた公安調査庁の職員は「ムスタファはテロリストだ」と告げ、難民認定しないように圧力をかけてきた。
一方、ムスタファの逮捕のきっかけを作った「不法滞在者撲滅委員会」のメンバー西嶋耕作は、ムスタファが不法滞在者ではなく難民であると知らされ、残されたムスタファの妻と娘に対して罪悪感を抱き、彼女たちを援助するようになっていった。
トルコからのクルド人難民を、日本は受け入れるべきか否か。国家の安全、国民の安全、人道上の正義と不正義など、様々な視点からの難民問題の捉え方が繰り返し論議される。移民・難民問題に対する作者の思い入れの強さがひしひしと伝わってくる、熱い作品であり、また日本の入国管理の制度、機能、問題点を丁寧に教えてくれる作品である。
が、エンターテイメント作品としては構成も、ストーリー展開も、キャラクターもちょっと物足りない。テーマの着眼点が優れているだけに、その点が残念である。
ミステリーとしてではなく、これまで取り上げられることが少なかった入国管理や難民問題について知るための面白い教科書として読むことをオススメする。
フェイク・ボーダー 難民調査官 (光文社文庫)
下村敦史フェイク・ボーダー 難民調査官 についてのレビュー
No.336:
(7pt)

本格謎解きとホラーの融合

アメリカの本格謎解き派の巨匠(by訳者あとがき)ヘレン・マクロイの1942年の作品。精神科医ウィリング博士シリーズの長編第4作である。
ニューヨークのクラブ歌手フリーダは、婚約者アーチーの実家があるウィロウ・スプリングに行く日の朝、匿名の電話で「ウィロウ・スプリングには行くな」と警告された。警告を無視して出発したフリーダだったが、ウィロウ・スプリングに到着して間もなく、彼女の部屋が荒らされた。さらに、アーチーの縁戚で隣に住むリンゼイ上院議員の邸で開かれたパーティー後、アーチーの母の従兄弟の男性が毒殺され、再度、フリーダに警告の電話がかかってきた。アーチーの要請で調査に乗り出したウィリング博士は、事件の背後にはポルターガイストがあると判断した。
限られた場所と時間、限られた人数の関係者での真相解明という点では、まさに本格謎解きの王道を行く作品である。ただメインテーマが多重人格、ポルターガイストという点で、多少マイナスの評価になった。しかし、多重人格で安易に謎解きするのではなく、犯罪の動機、登場人物のキャラクターなどで十分に納得させる解決にしてあるところはお見事。
物語の構成、ストーリー展開の上手さは抜群で、本格ミステリーファン、非暴力的ミステリーファンには十分に楽しめるだろう。
あなたは誰? (ちくま文庫 ま 50-1)
ヘレン・マクロイあなたは誰? についてのレビュー
No.335: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

ギャングに成功者はいない?

「運命の日」、「夜に生きる」に続く三部作(アメリカでは「コグリン・シリーズ」と呼ばれているらしい)の完結編。一作目の「運命の日」とはほとんど関連が無いが、前作「夜に生きる」の続編である。
前作から約10年が経過した、第二次世界大戦時のフロリダ州タンパでギャングファミリーの実権を親友のディオンに譲り、自らは顧問として裏稼業からは距離を置き、表のビジネスでも成功し、9歳の息子の良き父として生活していたジョー・コグリンだが、彼の命を狙う計画が進められているという噂を耳にする。自分のファミリーだけでなく、全米の同業者に利益をもたらしているはずのジョーが、なぜ狙われるのか? 根拠の無い噂と否定しつつも、ジョーは疑心暗鬼に陥っていく。時を同じくして、平穏だったタンパの街でジョーのファミリーと、友好的だった黒人ギャングとの間で抗争が勃発。ジョーは個人の問題だけでなく、組織の問題でも頭を悩ますことになった。
時代とともに変わってゆくファミリーの論理や人間関係に戸惑いながらも、持ち前の知恵と度胸で難局を乗り切ろうとするジョーの非情で孤独な戦いが、本書のメインテーマ。血で血を洗う暴力シーンに直面しながらも「善き父親」であろうとするジョーの息子への思いが、主要なサブテーマとなっている。その部分が前作と違い、ノワール小説でありながらハードボイルドのテイストが強く感じられる。
三部作ではあるが、「夜に生きる」を読んでいれば、「運命の日」が未読でも十分に理解できるだろう。サスペンス、ノワールのファンはもちろん、「父と息子」系のハードボイルドが好きな方には絶対のオススメだ。

過ぎ去りし世界 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
デニス・ルヘイン過ぎ去りし世界 についてのレビュー
No.334:
(8pt)

真実と嘘、嘘と真実

ドイツのベテラン脚本家の長編ミステリーデビュー作。ドイツ推理作家協会の新人賞を受賞した他、世界25カ国で出版され、映画化権も売れたというのも納得できる良質なエンターテイメント作品である。
ベストセラー作家のヘンリーには、妻マルタとだけ共有している重大な秘密があった。実は、ヘンリー名義で書かれた作品はすべてマルタが執筆したものであり、ヘンリーはひと文字たりとも書いたことは無かった。外見が良く、社交性に優れたヘンリーと内向的で独自の世界を生きているマルタは、お互いにその状態に満足し、穏やかに愛し合って生活していた。
新作長編小説が完成間近となったある日、ヘンリーは愛人関係にある編集者ベティから妊娠を告げられる。最初は妻に真実を告げて別れてもらおうと考えたヘンリーだったが気が変わり、ベティとの関係を清算しようと考えるようになる。そして、ベティーとの待ち合わせ場所で崖の縁に停まっているベティの車を見たとき、ヘンリーの中で眠っていた悪魔が目を覚ました・・・。
犯罪者となったヘンリーは、あるときは罪を告白しようとし、またあるときは罪を隠蔽しようとし、真実と嘘、嘘と真実の境界が溶けあう世界に暮らすようになる。同時に読者も、ヘンリーが語る嘘と真実のどちらを信じれば良いのか迷うことになる。
ヘンリーの犯罪は暴かれるのか、どう証明されるのかというストーリ展開の面白さに加え、主人公のヘンリーをはじめ登場人物が全員と言っていいほど個性的で、非常にドラマチックな物語に仕上がっている。幅広いミステリーファンに安心してオススメできる秀作だ。
悪徳小説家 (創元推理文庫)
ザーシャ・アランゴ悪徳小説家 についてのレビュー
No.333:
(7pt)

法をどこまで信頼するか?

フェルディナント・フォン・シーラッハの新作は、読む者の倫理と遵法精神に問いかける問題提起である。作者が得意とする法廷劇ではあるが、これまでの作品のようなエンターテイメントではなく、ストレートに読者の判断を迫ってくる。
2013年、ドイツ上空で旅客機がハイジャックされ、犯人は満員のサッカー競技場に墜落させて7万人の観客を殺害しようとした。戦闘機で緊急発進した空軍のコッホ少佐は、7万人の命を救うため、196人が乗った飛行機を独断で撃墜した。果たして、コッホ少佐は犯罪者なのか、英雄なのか?
検察側、弁護側の論告、関係者の証言が終わったあと、なんと有罪と無罪の二つの判決が提示され、最終判断は読者にゆだねられるという、異例のエンディングを迎える。犯罪の事実関係は争われず、法と正義だけが問われることになる。
読んでいる間も読み終わってからも、ただただ「自分ならどう判断するか」を問われ続ける、非常にヘヴィーな作品であることを覚悟して読み始めることをオススメする。
テロ
No.332: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

アルゼンチンの暗黒の現代史が爆発する

フランスの人気ミステリー作家による、アルゼンチン現代史の暗部をテーマにした強烈な怒りと復讐の物語。全編に渡って作者の激しい憤りが伝わってくる、熱気ある作品である。
主人公は、かつて軍事独裁政権下で父と妹を逮捕・拷問・殺害され、自身も逮捕・拷問された経験を持ち、現在では軍事政権下で行方不明になった人々の捜索をしている私立探偵のルペンと、スペイン人に迫害されたマプチェ族の血を引くインディオの彫刻家ジャナの二人。ある日、ジャナは親友である女装家のパウラから「友人のルスと連絡が取れなくなった」と相談され、探しているうちにルスが惨殺されているのを発見した。オカマやインディオの事件には冷淡な警察に業を煮やしたジャナは、ルペンに調査を依頼する。自分の専門外であるとして気乗りのしなかったルペンだが、自ら調査中の事件との関連が見つかり、またジャナの心の奥に存在する深い怒りと悲しみに共感したことから、二人は協力して二つの事件の真相を究明しようとする。
これまで軍事独裁政権下で暴虐の限りを尽くした軍人、政治家、経済人、キリスト教関係者が今なお隠然たる勢力を誇っているアルゼンチンでは、過去の罪を暴こうとする者には容赦ない暴力が加えられ、命の危険にさらされる。それでもなお、ルペンとジャナは怒りをパワーに変え、巨大な敵に立ち向かって行った・・・。
ストーリーのあちらこちらから、アルゼンチンを始めとする南米の軍事独裁政権に対する作者の怒りがほとばしり、また全編を覆う暴力の凄まじさに顔色を失い、さらに650ページというボリュウムにも圧倒され、読み通すには体力・気力が要求される。それでも、読む価値がある傑作であることは間違いない。
アクション系、社会派系、サスペンス系ミステリーファンには、自信を持ってオススメだ。
マプチェの女 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
カリル・フェレマプチェの女 についてのレビュー
No.331: 1人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

酒と鎮痛剤が正義を支える、北欧ノワール

フィンランドの傑作ミステリー「カリ・ヴァーラ」シリーズの第4弾。作者の急逝によりシリーズ最終作となった本作は、前作よりさらに暴力的で、完全にノワール小説の世界に入っている。
前作の事件での負傷が原因で体がガタガタになった上に、愛妻ケイトがPTSDで家を飛び出し、家庭も崩壊状態になったカリ。不自由な体で娘アヌの世話に孤軍奮闘していたのだが、何者かにカリのみならず家族の安全まで脅迫されたため、追い詰められたカリはミロ、スイートネス、ミルヤミ、イェンナの助けを求めて対抗することになった。そんな中、エストニア人の女性から売春組織にさらわれた娘を助けて欲しいと依頼される。家族と自分の命を守るため、正義を実行してケイトとの関係を修復するため、カリと仲間は強大な敵に全身でぶつかって行くことになった。
ほとんど半身不随状態で杖を手放せないにも関わらず、アルコールと鎮痛剤でごまかしながら動き回るカリを支えるのが、これまたアルコール依存のスイートネスと薬物依存のミロなので、全編、アルコールと薬が切れることが無い。さらに前作以上に法規を無視した暴力で問題を解決して行く強引さ。貫かれているのはカリ自身の正義感なのだが、その行動は完全に警察活動の域を脱しており、ノワールの世界というしか無い。
シリーズ読者には必読。先に「解説」を読んでから本編を読めば十分にストーリーを追えるので、シリーズ未読のノワールファンにもオススメだ。
血の極点 (集英社文庫)
ジェイムズ・トンプソン血の極点 についてのレビュー
No.330:
(7pt)

古典的な謎に挑む氷の天使

キャシー・マロリーシリーズの第8作は、古風な大邸宅での58年前の大量殺人事件の謎が絡んでくるという、シリーズの中では異色の謎解きミステリーである。
NYの中心街にある大邸宅ウィンター邸で男が殺された。被害者は保釈中の連続殺人犯で、ハサミで胸を刺されており、そばにはアイスピックが落ちていた。強盗目的で侵入した男が住人にハサミで刺された事件として処理されようとしたが、この男を逮捕したことがあり、いつもナイフを使うという手口を良く知っているマロリーは納得できなかった。だが、当時屋敷にいたのは70歳の老婦人ネッダ・ウィンターと、その姪で小柄できゃしゃなビッティ・スミスの二人だけ。どちらかが正当防衛で殺したのだろうか?
ところが、この屋敷では58年前に9人が殺されるという未解決の大量殺人事件あり、ネッダは事件後に行方が分からなくなっていた当時12歳の少女であることが判明する。ネッダはあの事件の犯人なのか、58年間、どこにいたのか? 過去の事件と現在の事件は関係があるのだろうか? マロリーとライカーのコンビは、過去と現在を行き来しつつウィンター家の複雑な謎を解くことになった・・・。
本作は、大邸宅での大量殺人事件、関係者の失踪と再登場、富豪一族の家族の確執など、古典的な舞台設定でシリーズ読者を驚かせる。また、マロリーの言動が妙に大人しいというか、辛抱強いのも、これまでの作品とは異なっている。しかし、最後には自らの信念に基づいて突っ走るという、いつものマロリーに戻るのでご安心を。
本作はシリーズからの独立性が高いので、シリーズ読者以外の幅広いミステリーファンにもオススメできる、良くできた謎解きミステリーである。
ウィンター家の少女 (創元推理文庫)
No.329: 2人の方が下記のレビューは「ナイスレビュー!!」と投票しています。
(8pt)

捜査のために職を辞した刑事の執念

今、円熟期を迎えているといって差し支えないであろう巨匠・ウィンズロウの新作ミステリー。事件捜査の面白さ、主人公のキャラクター、サスペンスフルな構成など、すべてに一級品のエンターテイメント作品である。
ネブラスカの田舎町の刑事・デッカーは、5歳の女の子・ヘイリーの失踪事件を担当する。誘拐された子どもは時間が経つにつれて生きて発見される可能性が低くなるめ、必死で探しまわるのだが、時間が経つにつれ周りは遺体の発見と犯人逮捕を重視するようになり、あくまで少女の発見にこだわるデッカーは周囲から浮き上がってしまう。そんな中、第二の少女誘拐が発生し、被害者は遺体で発見された。事件の責任を感じ、また警察の捜査方針に納得がいかないデッカーは、刑事を退職し、単独でヘイリーを探し始める。
雲をつかむような情報を頼りに全米を走り回ること一年、ニューヨークに近いある田舎町のガソリンスタンドでの目撃情報から、事件の鍵を握ると思われる二組の人物を発見し、あらゆる手段を使って事件の真相に迫ってゆく・・・。
前半は、中西部の田舎の素朴で濃密な人間関係に及ぼす事件の波紋、デッカー刑事のキャラクター設定が中心で、後半は一転して、大都会ニューヨークの金と権力が生み出す醜悪な人間関係を中心に物語が展開する。その間、一貫しているのがデッカーの単純明快な正義感(作中の表現を用いれば「昔かたぎ」)であり、最後の解決方法もシンプルすぎるほどの勧善懲悪で、読者を安心させる。
ストーリーも文章もすっきりして読みやすく、誘拐された少女が生きたまま発見されるかどうかのサスペンスも効果的で、多くのミステリーファンに安心してオススメできる。
失踪 (角川文庫)
ドン・ウィンズロウ失踪 についてのレビュー
No.328:
(7pt)

カンガルー?、いやいやタスマニアデビルだ

これは珍しいオーストラリアのミステリー。作者のデビュー作であると同時にシドニーを舞台にした警察小説シリーズの第一作である。
シドニー州都警察殺人捜査課に異動してきたフランク刑事は、管内きっての敏腕と言われる女性刑事エデンとペアを組む。謎めいたエデンに興味を深めるフランクだったが、同じ捜査課に所属するエデンの兄エリックから「必要以上にエデンに近づくな」と警告を受ける。コンビを組んで早々、シドニーのマリーナの海底で死体が入ったスチール製のボックスが20個も見つかった。しかも、死体はいずれも臓器を抜き取られていた。まれに見る凶悪な大量死体遺棄事件を追い始めたフランクとエデンのコンビは、事件の裏に隠された罪深い事情に愕然とすることになる・・・。
オーストラリアだから「カンガルー」ミステリーかと想像していたのだが、予想を裏切る暗くて暴力的な内容は「タスマニアデビル」ミステリーと呼ぶ方がふさわしい。事件の凄惨さ、主人公が抱える闇の深さ、救いの無い結末など、かなりヘビーな読後感が残るため、警察の活躍で悪が滅ぶという単純明快な警察小説を期待する読者にはオススメできない。サイコもの、ノワールもの好きの方にオススメだ。
作者は、本作でオーストラリア推理作家協会の最優秀デビュー長編賞を、翌年にはシリーズ第二作で最優秀長編賞を、2年連続で受賞したという。現在、第三作まで発表されていて、順次邦訳の予定とのことなので楽しみに待ちたい。
邂逅 (シドニー州都警察殺人課) (創元推理文庫)