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iisan さんのレビュー一覧
iisanさんのページへレビュー数1137件
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脳死を巡る家族と社会の物語。ミステリーではないが、どんどん引き込まれていく傑作エンターテイメントである。
離婚を前提に別居生活していた和昌、薫子夫婦は、娘、瑞穂がプールで溺れて緊急病院に運ばれ、意識不明のまま回復の見込みなしと診断され、臓器提供の意志を問われる。一晩話し合った二人は臓器提供を申し出るが、脳死判定のための最後のお別れの場面で、娘の手が動いたと感じたため、急遽、脳死判定を断った。莫大な費用と労力をかけてまったく意識のない娘を生かし続けることを選択した二人だったが、その選択は間違っていなかったかどうか、常に苦悩することになった。 「脳死」と「臓器移植」をテーマに、「人が死ぬとは、どういうことなのか」、医学的、生物学的、哲学的、人情的、法的、社会的な判断基準の多様性、曖昧さの間隙をついて、物語は思わぬ方向に展開され、クライマックスでは極めて重い問いかけを投げかけてくる。日頃何気なく新聞やテレビで目にする「脳死」、「臓器移植」について、もう一度、深く考える契機となる作品だ。 とは言え小説としてのレベルも高く、多くの読者にオススメしたい。 |
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幻冬者創立20周年記念の特別書き下ろし作品。200ページ弱と短めだが読み応えがあるミステリーである。
二人の女性を焼き殺したとして死刑判決を受けた写真家の男についての本を書くために、刑務所に面会に訪れたライターの「僕」は、被告の異様さに圧倒される。さらに、取材を進めるうちに、被告に大きな影響を与えた姉、謎めいた人形師など事件関係者たちが何かを隠しているような気がして、事件そのものに違和感を覚えるようになる。被告は本当に二人を殺したのか? 殺したのだとしたら動機は何なのか? ストーリーの途中で登場人物が入れ替わるような展開もあって、多少理解しづらい部分もあるのだが、最後まで読み切ると「なるほど」と腑に落ちる。被害者も加害者も人生を間違えてしまったことで引き起こされた事件だが、日常に潜む「狂気」は普通の人の中でもいつの間にか育てられているという恐さが伝わってくる。 中村文則作品の中ではミステリーとしての完成度が高く、多くのミステリーファンにオススメしたい。 |
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イギリスの冒険小説家として名声が高いボブ・ラングレーが1980年に発表したスパイ小説。英国スパイ小説ではあるが、ル・カレなどの正統派とは少し違い、冒険小説のテイストが濃い戦争小説である。
退官を間近に控えたCIAの老兵・タリーは、亡命を希望する東ドイツ諜報機関の大物から指名されて身柄引き受けのためにパリに赴いた。何故、現場から離れて久しい自分が指名されたのか疑問に思っていたタリーだったが、その大物から託されたという古いライターを見て、大戦末期に携わった極秘作戦の記憶が呼び覚まされた。それは、身分を隠してアメリカ軍の捕虜になったナチス・ドイツの情報将校の作戦意図を探るために、ドイツ兵に扮して米国内に設置された捕虜収容所に単身で潜り込むという、危険きわまりないものだった。 スパイ小説なので、騙しが一杯仕掛けられている上に、最後の最後にはあっと言わせる大仕掛けまで用意されており、騙される快感をたっぷり味わえる。さらに、アメリカ南部の湿地帯という自然を相手にした冒険にもハラハラドキドキ。最後までスリリングな展開が楽しめる。 英国正統派のスパイ小説ファンよりは、冒険アクション小説ファン向けではあるが、一級のエンターテイメント作品であることは間違いない。 |
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世界的ベストセラー「ミレニアム」が作者の急死によって三部作で途切れ、第4部の未完の構想が残されているという話はあったものの、様々な事情から刊行は無理だと思われていたのだが、勇気ある出版社と書き手によって続編が登場した。前三部作の人気、完成度の高さを考えると、作者が代わってどうなるのか、不安の方が大きかったのだが、なかなか完成度が高い新シリーズが誕生した。
雑誌「ミレニアム」は経営危機に陥ったことから、ノルウェーの大手メディア企業の支援を受け、編集方針にまで口を挟まれる事態を迎えていた。看板記者ミカエルも「時代遅れ」と揶揄されるようになっていたのだが、ある男から「世界的な大スクープになる」情報がもたらされる。超高度な人工知能開発の鍵を握っている大学教授バルデルに会えというのである。その話の中でミカエルは、ずっと音信不通だったリスベットが絡んでいることを知り、俄然、やる気を出すのだった。 というところでシリーズの主役が揃い、世界的な悪を相手に、緊張感あふれる戦いが繰り広げられていく。 想像していた以上に、これまでのテイストを崩さない、見事な続編である。主要人物だけでなく、周辺のキャラクターもよくできている。ただひとつだけ不満を述べるなら、悪のキャラクター造形がやや物足りないでもないが、それは欲張り過ぎだろう。 すでに第5部、第6部も刊行予定が発表されており、今後の展開が楽しみである。 |
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リンカーン弁護士シリーズの第4作。徹頭徹尾、裁判に焦点を絞りながら最後までハラハラドキドキが止まらない、傑作リーガル・サスペンスである。
不況の影響で(笑)刑事弁護案件が激減したことから民事、住宅差押え案件を取り扱うようになったミッキー・ハラーは、差押えの依頼人のひとりであるリサ・トランメルから殺人事件の弁護を頼まれた。リサは、彼女の家を差し押さえようとしていた銀行の担当重役を撲殺した疑いで逮捕されたのだが、徹底的に無実を主張し、無罪判決を求めていた。次々と彼女には不利な証拠が見つかるのだが、どれも状況証拠ばかりで、決定的なものではなかった。優秀なスタッフの助力を得ながら、リンカーン弁護士は驚くべき戦術で困難に挑戦する。 いつものことながら、アメリカの裁判のドラマチックな展開に驚かされる。弁護士も検察官も、裁判官さえも個性的で、徹底的に論理で争うところから生じるドラマが面白い。同じ証拠が、弁護側と検察側の主張によって正反対の意味を持つようになり、有罪か無罪かの印象が刻々と変化して行くところは、まさにリーガル・サスペンスの真骨頂といえる。 シリーズ物としては、事務所を構えたり、無罪判決を勝ち取る以外に社会的正義を考えたりといった、ハラーが見せはじめた従来とは異なる側面が次回作以降、どう展開していくのか楽しみである。 絶対に退屈させないリーガル・サスペンスとして、多くの方にオススメだ。 |
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カーソン・ライダーシリーズの第3作。前2作に比べるとやや劣るものの、緊迫感があるサイコミステリーである。
カーソンとハリーのコンビが遭遇したのは、地元ラジオ局のレポーター女性の惨殺死体。被害者はカーソンの恋人・ダニーの知り合いで、ある精神科医師がガラの悪い地域の酒場で殺害された事件を調査していたらしいことを知り、カーソンとハリーは事件を再捜査する。すると、刑務所に面会に行ったハリーの目の前で、医師殺害犯が毒殺された。一連の事件の裏には、何が隠されているのか? 本作の前2作品との一番の違いは、強烈な存在感を放つ兄・ジェレミーが登場しないこと。その分、事件の謎解きに力が入れられていて、真相解明までのプロセスの複雑さは本格ミステリーのレベルに達している。ただ、動機の部分が常識はずれというか、荒唐無稽な印象で、読者の評価が分かれるところだろう。 シリーズ物なので第1作から読むことをオススメするが、本作だけでも十分楽しめることは間違いない。 |
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ドイツの新人作家のデビュー作。第二次世界大戦末期のベルリンを舞台にした、異色のミステリーである。
1944年5月のベルリン。ユダヤ人であるが故に職を追われた元警部のオッペンハイマーは、ある夜、居住するユダヤ人アパートに侵入してきたナチス親衛隊に連行された。収容所送りを覚悟したオッペンハイマーだったが、意外にも、親衛隊大尉のフォーグラーから猟奇殺人事件捜査を担当するように命じられた。もう警察とは無縁のはずなのに、なぜ自分が選ばれたのか? 疑問を抱きながらも拒否するという選択肢は考えられず、捜査に取りかかったオッペンハイマーは、複雑に入り組んだナチスの官僚機構に苦戦しながらも、ついに犯人にたどり着いたのだが・・・。 空襲で荒廃したベルリン、圧倒的なナチスの恐怖、ユダヤ人としての苦悩など、通常のミステリーに加えられた特殊な状況が重苦しいサスペンスとなってストーリーを盛り上げる。猟奇殺人の謎解きだけに終わらない、重厚な作品である。 社会派ミステリーファンをはじめ、北欧系ミステリーファンや戦争ミステリーファンにもオススメだ。 |
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著者の初めての短編集。軽くて読みやすい恋愛小説10編が収められている。
どれも一工夫があり、読後感は悪くない。電車や飛行機の待ち時間、移動中などに読むのに最適だ。 |
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東日本大震災、津波、原発事故で影響を受けた日本人と日本社会のダークサイドを描いた、桐野夏生の「震災履歴」。あれだけの被害を出しながら誰も責任を取らず、被爆も津波被害もなかったことにして、オリンピックや復興特需に狂奔する社会への怒りの告発でもある。
40代を迎えて独身の木下沙羅は、大学の同級生・田島優子と一緒にドバイの幼児密売マーケットに出かけて東洋系の女の子「バラカ」を購入し、「光」と名付けたが、養女は一向に沙羅に懐かなかった。沙羅の母親の死を契機に、かつて田島優子の恋人だった同級生の川島雄祐と結婚することになった沙羅は、「光」を優子に預けて川島の転勤先である宮城県名取市に移住し、津波で命を落とすことになった。 「光」ではなく「バラカ」と呼んで可愛がっていた優子だが、震災の日、突然訪ねてきた川島にバラカを連れ去られてしまった。数日後、被災地で遺棄された犬猫保護活動に従事していた「爺さん決死隊」がバラカを発見し、身元不明の少女として、決死隊のメンバー・豊田老人が育てることになった。 震災から8年後、小学生になった豊田薔薇香は豊田老人とともに、決死隊のメンバーだった村上老人の農園を訪ね、地元の学校に通いながら穏やかな日々を過ごしていたのだが、甲状腺ガンの手術を受けたバラカを反原発の象徴として、あるいは原発被害は無くなっていることの象徴として利用しようとする、さまざまな大人たち、さらにバラカの行方を追い続けている実の父親、いつでもバラカを第一に考え、保護してくれる豊田老人など、バラカの周辺では敵味方が入り乱れて激しい争いが繰り広げられる・・・。 原発事故の詳細が公開されず、その影響についても曖昧なまま、何ごとも無かったように再稼働を進める社会に対し警鐘を鳴らす作品であるが、社会派サスペンスとしても十分に楽しめるエンターテイメント作品でもある。 |
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逢坂剛のライフワークであるイベリアシリーズの完結編。ほぼ16年の歳月をかけて書き継いで来た、7作品、約4000ページもの大河ドラマのクライマックスである。
本作の舞台はドイツの敗戦後から北都昭平の日本への帰還まで、1945年7月から46年4月までである。日本の敗戦がほぼ確実となり、スペインが日本と断交したこともあってやることがなくなり、精神的にも挫折した北都だったが、愛するヴァジニアが英国情報部から裏切りを疑われ、しかも英国内で行方不明になったことで気力を取り戻し、ヴァジニアを救出するために単身、英国に潜入することにした。 拉致されていたヴァジニアを発見し、二人で国外脱出をはかるのだが、最後の土壇場でヴァジニアは英国にとどまって情報部の疑惑を解くことになり、北都はアメリカ情報部によってスペインに送られ、日本に強制帰還させられることになる。 前6作品のような情報戦の面白さは無く、敗戦国のスパイの心情のドラマに力点が置かれている。その点で、歴史ミステリーという本シリーズの魅力が十分に発揮されているとは言えないのが残念。しかし、大河ドラマの完結編としてのパワーは十分に持っている。 シリーズ読者は必読。シリーズ未読の方は1作目から読むことをオススメしたい。 |
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1993年から95年にかけて発表された7作品を収めた短編集。軽く読める作品ばかりだが、それぞれのテーマや構成に創意工夫があり読者を飽きさせない佳作ぞろいである。
7作品中、3作品でいじめがテーマになっているのは、時代性を象徴しているが、他の作品も現代の都会では誰でも遭遇する可能性があるような出来事で、そこから問題点を発見し、物語を紡いでいく作者の上手さにはいつもながら感心するしか無い。 宮部みゆきファンはもちろん、軽めのミステリー、人情ものファンに安心してオススメできる。 |
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東野圭吾がデビュー30周年を迎えて「新しい小説に挑戦した」というふれこみだが、ちょっと期待外れ。
温泉地で硫化水素による死者が出たことから調査を依頼された青江教授は、疑問を抱きながらも事故死だろうと結論づけた。しかし、さほどの時間を置かず、別の温泉地でも同様の事故が起き、調査に赴いた青江は、前の事故現場でも見かけた謎の少女に遭遇する。羽原円華と名乗るその少女は、何かを探しているようだった。 一方、最初の事故の被害者の母親から「息子は嫁に殺された」という告発を受けた中岡刑事は、調査を始めて事件の匂いを感じるようになり、ヒントを求めて青江に接触した。 二つの事故が事件としてつながったとき、その背景には想像を絶する悲劇が隠されていた。 本格ミステリーを期待して読むと裏切られるけど、物語の構成やストーリー展開はよくできていて、それなりに楽しめる。 |
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ブラックユーモア・シリーズの第3弾。お得意の文壇ものから童話のアレンジまで、バラエティに富んだ13作品を収録した短編集である。
なかでは、売れない作家と編集者の文学賞を巡るせめぎ合いがテーマの前半の4作品が面白い。デビューをしたものの長く不遇の時代を過ごした売れっ子作家ならではの冷静な目と乾いたユーモアが秀逸。 売れないお笑い芸人とホテルマンの一夜の攻防を描いた「笑わない男」も、オチが効いていて面白い。 |
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2001年度の日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞した、畠中恵の出世作。ごぞんじ「しゃばけ」シリーズの第一作である。
江戸の大店の一人息子だが身体が弱くて、17歳になっても過保護に育てられている一太郎は、思い切って一人で外出した先で殺人事件に遭遇する。周りの妖怪たちに助けられて逃げ帰った一太郎だったが、周辺で奇怪な殺人事件が連続し、否応無く事件解決に乗り出すことになった。病弱で満足に外出も出来ない一太郎を助けるのは、二人の手代(実は妖怪)を始めとする家族同然の妖怪と幼なじみの友だちだった。 八百万の神、森羅万象に神が宿るという江戸の庶民のファンタジーを謎解きミステリーで味付けした、優しくてのんびりしたテイストに癒される。スリルやサスペンスとは無縁の大江戸推理小説である。 人情もの、恐くない奇譚もの好きの方にはオススメだ。 |
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イベリア・シリーズの第4弾。連合軍の北アフリカ上陸作戦の成功からシシリー島上陸までの時代が舞台である。
対ソ連軍との戦いでも劣勢に立ち、追い詰められ始めたドイツ。最後の望みは地中海での上陸作戦を敢行する連合国軍を返り討ちにすること。そのためには、上陸地点がどこになるのかを探り出すことが最重要課題であり、イギリスに送り込んだスパイを使って連合国軍の作戦情報を必死に収集しようとする。一方、イギリス側ではドイツに真意を悟られないように、死体を使った大胆不敵な偽装情報作戦が立案された。ナチスドイツは、この偽情報を見破れるのか? スペインでの情報戦の焦点がヨーロッパでの戦争に移ったため、本作では北都昭平よりヴァジニアが主役となっている。祖国への忠誠と恋人への思いで揺れるヴァジニアの苦悩が延々と続くのがちょっと食傷気味になってくる。また、同僚、同盟国はもちろん敵対国の情報機関関係者までヴァジニアに理解を示し、協力的なのが、ご都合主義な気がしてストーリーに集中できないのが残念。スパイ小説より恋愛小説になってきたようで、シリーズの初めのようなサスペンスは期待できない。 |
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イベリア・シリーズの第3弾。真珠湾攻撃から連合国軍の北アフリカ上陸までの時代を描いている。
相変わらず日和見を決め込むフランコ・スペインを味方に付けるため、英独の情報戦が繰り広げられているスペインを舞台に日系ペルー人で日本のために諜報活動を行っている北都昭平と、英国情報部員ヴァジニアの抜き差しならぬ関係に強烈な波風を立てる日系アメリカ人女性が登場。二人の女性が繰り広げる恋のバトルが加わって、登場人物全員が誰を信用していいのか疑心暗鬼が募るばかりの混乱状態になるのだが、それでも世界情勢は刻々と変化し、連合国側の反攻が始まり、スペインは枢軸国側から連合国側に軸足を移すことになる。 本作では、情報収集より、カウンターエスピオナージというか、情報かく乱戦が中心となり、その分だけ手に汗を握るようなサスペンス要素は薄くなっている。また、敵側の人間に恋してしまったヴァジニアの苦悩が前面に出てきて、何となく2時間ドラマ的な居心地の悪さを感じてしまった。 これが、シリーズ物では避けられない中だるみで、次作から元の緊張感あふれるスパイ小説に戻ることを期待したい。 |
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ロサンゼルス市警のはぐれデカ「ハリー・ボッシュ刑事」シリーズの第一作。ストーリーの面白さもさることながら、主人公ハリーが鮮烈な印象を残す傑作ミステリーである。
ジャンキーの死体が発見された現場に駆けつけたハリーは、被害者がベトナム時代の同僚メドーズであることを知る。ヘロインの過剰摂取による事故死と判断されたが、納得できないハリーは上層部の指示を無視して独自に捜査を進めようとしたが、銀行強盗事件に関連してメドーズを追跡していたというFBIが関与してきて、女性捜査官エレノアと組んで捜査に当たることになる。その銀行強盗事件とは、地下トンネルを掘って金庫室に侵入するという手口であり、ハリーとメドーズはベトナム時代はベトコンのトンネルを捜索する専門部隊に属していたのだった。 銀行強盗を実行したグループの手がかりも得られず、捜査が難航する中、ハリーとエレノアはメドーズの死体が遺棄されるのを目撃した少年を見つけ出すのだが、確たる証拠を掴めないうちに、少年が殺害されてしまう。捜査陣の中に情報を漏らしている者がいるらしい・・・。 一匹狼の刑事が、周囲と軋轢を起こしながら突っ走るという話はありがちなパターンだが、主人公のハリーはけっして暴力的な訳でも、やたらと法を無視したり銃をぶっ放したりする訳でもなく、捜査手法は警察捜査の王道を行く地道なものである。さらに、戦争の後遺症に苦しみながらも弱者への共感を持ち続けている、なかなか高感度の高いキャラクターであり、その点で、単なるアクションものに終わらない良質なハードボイルドミステリーに仕上がっている。 警察小説、ハードボイルド、社会派ミステリーのファンにオススメだ。 |
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「百舌」シリーズの第7作。もう終わったかと思っていたシリーズだが、不死鳥のごとく百舌を蘇らせて新展開が始まった。
新聞記者・残間は、右翼系オピニオン誌の編集長をしている先輩から「百舌」についての記事を依頼された。しかし、その先輩は在職中に「百舌」に関連する残間の記事を握りつぶした人物であり、胡散臭さを感じていた。同じ頃、残間は武器の不法輸出を巡る内部告発のネタを掴み、大杉に内部告発者の身辺調査を依頼する。調査を始めた大杉が倉木美希警視に接触した直後、倉木が何者かに襲われ、コートの襟に百舌の羽根が残されていた。また、残間に記事を依頼した先輩が殺害され、その歯には百舌の羽根がかまされていた。 不法な武器輸出と封印された「百舌」スキャンダル、二つの異なるエピソードはやがてひとつの醜悪なスキャンダルに発展し、死んだはずの殺し屋「百舌」が再登場することになる。 「百舌」の復活が話の重要なキーになるので、これまでのシリーズを読んでいないと面白さが半減する。また、これまでの「百舌」の神出鬼没、必殺技の凄さを堪能して来た読者は、復活した「百舌」にかなりの物足りなさを覚えるだろう。ということで、残念ながらシリーズの中では一番出来が良くない作品である。 エピローグでは、復活した「百舌」の次の仕事が強く示唆されているので、次回作での再度のパワーアップを期待したい。 |
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タイトルはあまり感心しなかったが、罪と罰の難問に真摯に取り組んだ、硬質で面白い社会派ミステリーである。
フリーライターの女性が帰宅途中の路上で刺殺された。犯人が2日後に自首し、金目当ての短絡的な犯行だと自供した。しかし、被害女性が過去に、仮釈放されて間がない強盗犯に自分の娘を殺害された経験があったことから、警察から被害者の元夫・中原に連絡があり、犯行動機に疑問を持った中原は元妻の取材活動に本当の動機があったのではないかと調べ始める。一方、有名大学病院の小児科医・仁科は、この事件の犯人が妻の父親であったことから、周囲からさまざまな圧力を受けるようになる。 中原と仁科、被害者の遺族と加害者の親族という二人の人物を中心に、裁判や量刑に対する被害者と加害者の思いの違い、死刑という刑罰の犯罪抑止効果、罪を償うとはどういうことか、罪は償えるのか、などの重い課題が議論される。誰が考えても正解は出ないけれど、誰もが考えなくてはならない難問を、見事なエンターテイメントで提起する作者の力量に舌を巻いた。 多くのミステリーファンにオススメしたい。 |
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大阪一の極道と弱気な(実はけっこうしぶとい)コンサルタントの疫病神シリーズの第4弾。ストーリーもキャラクターも脂が乗り切ったようで、500ページを一気読みの面白さである。
今回、桑原が金のにおいを嗅ぎ付けたのは、巨大宗教の内紛に起因する絵巻物の争奪戦。宗教内部の権力争いが引き起こした宝物と大金のやり取りに、強引に首を突っ込んだ桑原と、桑原に引きずり込まれた二宮が東京のヤクザを相手に大活躍を見せる。知恵と度胸の突っ張り合いで、最後に勝利するのは誰か? いつもの二人に加えて、今回は若頭の島田がさすがの貫禄を示すのだが、その「若いものは意地を通して弾けるが、幹部はいつでも金勘定で駆け引きする」という考え方が、現代ヤクザの本質を表しているようで、本シリーズの通奏低音にもなっている。 本作では、二宮に淡い恋の予感が・・・と思わせながら、最後はいつも通りの「浪速の寅さん」というオチもお約束で楽しめる。 主役の二人の関係の面白みを堪能するために、ぜひ第一作から読むことをオススメする。 |
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