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iisan さんのレビュー一覧
iisanさんのページへレビュー数608件
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2009年の日本推理作家協会賞受賞作。テンポよく読ませるコン・ゲームミステリーである。
ケチな詐欺を生業とする武沢とテツのくたびれた中年の2人組が、ふとしたことから18歳の少女・まひろと同居を始めると、さらにまひろの姉・やひろと恋人の貫太郎まで転がり込み、5人での奇妙な共同生活が始まった。ところが、それぞれに闇金がらみでの悲惨な過去を抱えていた彼らに、再び過去からの暗雲が襲いかかってきた。追い詰められた5人は命をかけて、闇金組織相手に逆襲のコン・ゲームを仕掛けていった・・。 とぼけた中年2人組の詐欺話と、つかみ所の無いまひろ・やひろ姉妹の生き方がテンポよく展開されて行く中盤までは非常に読みやすく、軽快である。また、武沢と姉妹との隠された因縁が適度な緊張感を醸し出し、どんどん話に引き込まれていく。闇金相手のコン・ゲームの仕掛けもまずまずで、クライマックスは盛り上がる。 それでも不満が残ったのは、最後のネタばらしがイマイチだったこと。文末の解説にあるように「相手が騙されたことに気付かせない」詐欺と「騙されたことを自覚させる」マジックの違いで、本作品はマジックを楽しむ作品ということなのだろう。 読みやすくて面白い、手軽なエンターテイメント作品を読みたいという読者にはオススメだ。 |
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エラリイ・クイーンの代表作にも挙げられる1942年の作品。新訳版での感想である。
ニューイングランドの田舎町・ライツヴィルを訪れたエラリイ・クイーン(なぜかエラリイ・スミスの偽名を使用)は、地元の名家ライト家の敷地に建つ空家を借りることにした。この家は、ライト家の次女ノーラが新婚で住むはずだったのだが、結婚式前日に花婿ジムが姿を消したために空いていたのだった。ところが、ほどなくジムが町に帰ってきたため、ノーラとジムは結婚し、この家で新婚生活をスタートさせた。幸せな生活を送っていた二人だったが、ジムの蔵書を整理していたローラが三通の未投函の手紙を発見したことから事態は暗転する。その手紙はジムの姉に宛てたもので、妻の発病、悪化、死亡を告げていた。そして手紙に書かれていた通り、大晦日のパーティーで悲劇が発生した。 ヒ素を使った毒殺事件の謎を解明する本格派の謎解きミステリーである。ストーリー展開の基本は殺害の動機と手段の解明にあるのだが、同時に被害者と加害者の人間性にも重点が置かれていて、単なる謎解きだけではない心理ミステリーにもなっている。ただいかんせん時代状況が古過ぎて、ミステリーとしては「これはないだろう」というのが事件のポイントになっているのが残念だ。 古典作品を古典として楽しめる読者にはオススメだ。 |
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1941年に発表されたヘレン・マクロイの第三長編で、精神科医ウィリング博士シリーズの第三作でもある。
美貌の資産家クローディアが知人の研究室から開発中の新しい自白促進剤を盗み出し、夫と友人を招いたパーティーで飲み物に入れて使用したことから、クローディアが殺害される事件が発生した。恋人とのデートの帰りに殺害現場に遭遇したウィリング博士は、自分の足音を聞きつけた犯人が現場から立ち去る音を聞いたのだが、警察の事情聴取に現われた友人たちの中から犯人を特定することは出来なかった。クローディアを中心とする人間関係から捜査を進めた警察と博士は、パーティー参加者全員にクローディア殺害の動機があることを確認したのだが、実行に移したのは誰なのか? 登場人物の紹介、人間関係、人々の言動など、犯人の特定に至る伏線はきちんと張られていて、とんでもない論理の飛躍やオカルト的なものはない、まさに正統派の謎解きミステリーである。 犯人探しで作者との知恵比べに挑戦したい人には、絶対のオススメだ。 |
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1954年に発表された古典的ノワール小説。謎解きやサスペンスとは無縁のノワール世界だが、人間の闇を描いて魅力的である。
50年代のサンフランシスコ。ハンパ仕事で食いつないでいたカフェのカウンター係ハリーの前に、酔っぱらった美女ヘレンが現われた。コーヒーを飲んだあと文無しだと言うヘレンの面倒を見、ホテルまで連れて行ったハリーは、翌日、金を返しに来たヘレンに触発され、衝動的に店を辞めヘレンと行動をともにすることになる。ヘレンが家出するときに持ってきた200ドルを頼りに、酒浸りの日々を送っていた二人だったが、やがて金が底を尽き、絶望の果てに心中を図ることになった・・・。 物語の構成は人生に希望を見出せない男女の破滅型の恋愛であるが、ストーリーは恋愛部分と破滅衝動の部分で、前後半に分かれている。全編にわたって「死の誘惑」が充満して重苦しいのだが、特に前半での二人の救いの無さが印象的である。かといって、悪辣な犯罪や目を背けるような暴力があるわけではなく、むしろたんたんと破滅して行くプロセスが恐いといえる。 詳しいストーリーは紹介しない方が良いだろう。とにかく、最後の二文でガツンと衝撃を受け、最初から読み直す誘惑に駆られること間違い無し。古さを感じさせない傑作である。 |
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ウェスタン・ミステリーの最優秀処女長編賞を受賞し、大型新人の登場との評判を呼んだという話題作。私立探偵ハードボイルドを軸に、ウェスタンとノワール風味が加わった、乾いたテイストのミステリーである。
ロデオ競技のスターだったロデオ(主人公)は、メキシコとの国境に近いアリゾナの僻地で私立探偵として生活していた。ある日、休暇から帰ってみると自分の敷地のそばにアメリカ先住民の死体が放置されていた。近くでは先住民が殺される事件が相次いでおり、この男が4人目の犠牲者で、どうやら先住民を狙う連続殺人鬼が出没しているようだった。そんなおり、友人のルイスから紹介されてインディオの少年が殺された事件の再調査を進めることになった。簡単に終わるはずの調査だったが、やがて先住民社会に隠された闇に足を取られて身動きできなくなってくる・・・。 主人公のロデオも先住民の血を引いており、主要登場人物もほとんどが先住民系で、ウェスタンといっても白人カウボーイ視点からのウェスタンではなく、インディオとメキシカンの世界をベースにした物語である。世界中から見捨てられた土地を舞台に、世の中の動きとは無縁のような人々が繰り広げる、一種殺伐とした人間ドラマが、砂漠の風のような乾いた文体でたんたんと綴られていく、徹底してドライな作品である。そんな中にちりばめられたハードボイルドなセリフと、ユニークで個性が際立つ登場人物たちが強い印象を残す。 誰にでもススメられる作品ではないが、ハードボイルドなノワールが好きな人にはオススメだ。 |
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現役のパイロットという異色作家の作品。経歴を生かした飛行機乗りが主役のハードボイルド小説である。
1960年のカリフォルニア。太平洋戦争でも活躍した元海軍パイロットのジョーは、戦後、友人と民間航空輸送会社を経営し、パイロットとして生活していた。ある日、親友(!)であるフランク・シナトラから「新しい恋人をハリウッドに送り届けてくれ」と頼まれた。仕方なく引き受けたジョーの前に現われたのは、かつての婚約者ヘレンだった。その翌日、シナトラからヘレンが行方不明になったと連絡があり、ジョーが探し始めると、彼女の友人が殺され、ヘレンも追われていることが判明した。一度はヘレンを見つけたジョーだったが、ヘレンは再び行方が分からなくなる。やがて、シナトラの元にヘレンの身代金を要求する電報が届いた。ジョーはヘレンを救うため、メキシコに乗り込んでいった。 かつて愛した女性のために命をかけて突っ走るヒーローが中心の物語だが、事件の背景をなすのがシナトラ、マフィア、大統領をめざしているケネディという胡散臭い連中で、その中でヒーローの想いの純粋さはまさに、正統派のハードボイルドヒーローである。セリフや独白にも、古き良きハードボイルド風味がたっぷりで、2013年の作品なのに、チャンドラーでも読んでいるような懐かしさが感じられる。 正統派のハードボイルドファン、飛行機マニアにはオススメだ。 |
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【ネタバレかも!?】
(1件の連絡あり)[?]
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デビュー作でエドガー賞処女長編賞を受賞し、2作目の本書が2014年度エドガー賞長編賞にノミネートされたという、新進作家の注目作。坦々とした展開の中、じわじわと不安感が積み重なってゆく静かなサスペンス作品である。
長期的な不況への入口に立っている1958年のデトロイト郊外の小さな白人コミュニティに暮らす主婦たち。繁栄した50年代のアメリカ中産階級の典型のような彼女たちも、自動車産業の衰退、近隣に進出してきた黒人たちなどの不安を抱えるようになっていた。そんなある日、夫たちが働く工場の近くで黒人娼婦が殺害される事件が発生、さらに数日後、コミュニティの一員で知的障害がある若い白人女性が行方不明になった。黒人娼婦の事件には無関心だったコミュニティも、白人女性の捜索には地域の全力を挙げて取り組むことになる。 ストーリー展開の中心は行方不明者の捜索なのだが、作品のテーマは、時代の影響を受けて変化して行く主婦たちの心理である。満ち足りた、平凡な生活を送っているように見える主婦たちだが、それぞれに不安や心の闇を抱えており、それが互いに影響し合って、複雑な心理ドラマが展開される。そして最後、もうあの時代は戻って来ないことが明らかになる。 静かなストーリー展開にも関わらず、じわじわとサスペンスが高まって行く上手さは新人離れしたテクニックである。殺人、行方不明ともに、解決方法にあいまいさが残るのは、本作品のメインはそこには無いということだろう。 謎解き、本格ミステリーファンには不満が残るだろうが、社会派作品、心理ドラマ好きの方にはオススメだ。 |
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力作「闇に香る嘘」で注目を集めた下村敦史の書き下ろし作品。入国管理局で難民認定のための調査を担当する難民調査官を主人公にした社会派エンターテイメントである。
難民調査官・如月玲奈は、担当するイラク国籍のクルド人ムスタファの判断に迷っていた。迫害を受けたという証言は真実と思えるのだが、履歴や入国の説明に矛盾点が多いのである。調査を進めるうちに、イラク国籍ではなくトルコ国籍であること、しかも正規パスポートで合法的に入国していたことが判明した。さらに、如月に接触してきた公安調査庁の職員は「ムスタファはテロリストだ」と告げ、難民認定しないように圧力をかけてきた。 一方、ムスタファの逮捕のきっかけを作った「不法滞在者撲滅委員会」のメンバー西嶋耕作は、ムスタファが不法滞在者ではなく難民であると知らされ、残されたムスタファの妻と娘に対して罪悪感を抱き、彼女たちを援助するようになっていった。 トルコからのクルド人難民を、日本は受け入れるべきか否か。国家の安全、国民の安全、人道上の正義と不正義など、様々な視点からの難民問題の捉え方が繰り返し論議される。移民・難民問題に対する作者の思い入れの強さがひしひしと伝わってくる、熱い作品であり、また日本の入国管理の制度、機能、問題点を丁寧に教えてくれる作品である。 が、エンターテイメント作品としては構成も、ストーリー展開も、キャラクターもちょっと物足りない。テーマの着眼点が優れているだけに、その点が残念である。 ミステリーとしてではなく、これまで取り上げられることが少なかった入国管理や難民問題について知るための面白い教科書として読むことをオススメする。 |
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アメリカの本格謎解き派の巨匠(by訳者あとがき)ヘレン・マクロイの1942年の作品。精神科医ウィリング博士シリーズの長編第4作である。
ニューヨークのクラブ歌手フリーダは、婚約者アーチーの実家があるウィロウ・スプリングに行く日の朝、匿名の電話で「ウィロウ・スプリングには行くな」と警告された。警告を無視して出発したフリーダだったが、ウィロウ・スプリングに到着して間もなく、彼女の部屋が荒らされた。さらに、アーチーの縁戚で隣に住むリンゼイ上院議員の邸で開かれたパーティー後、アーチーの母の従兄弟の男性が毒殺され、再度、フリーダに警告の電話がかかってきた。アーチーの要請で調査に乗り出したウィリング博士は、事件の背後にはポルターガイストがあると判断した。 限られた場所と時間、限られた人数の関係者での真相解明という点では、まさに本格謎解きの王道を行く作品である。ただメインテーマが多重人格、ポルターガイストという点で、多少マイナスの評価になった。しかし、多重人格で安易に謎解きするのではなく、犯罪の動機、登場人物のキャラクターなどで十分に納得させる解決にしてあるところはお見事。 物語の構成、ストーリー展開の上手さは抜群で、本格ミステリーファン、非暴力的ミステリーファンには十分に楽しめるだろう。 |
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フェルディナント・フォン・シーラッハの新作は、読む者の倫理と遵法精神に問いかける問題提起である。作者が得意とする法廷劇ではあるが、これまでの作品のようなエンターテイメントではなく、ストレートに読者の判断を迫ってくる。
2013年、ドイツ上空で旅客機がハイジャックされ、犯人は満員のサッカー競技場に墜落させて7万人の観客を殺害しようとした。戦闘機で緊急発進した空軍のコッホ少佐は、7万人の命を救うため、196人が乗った飛行機を独断で撃墜した。果たして、コッホ少佐は犯罪者なのか、英雄なのか? 検察側、弁護側の論告、関係者の証言が終わったあと、なんと有罪と無罪の二つの判決が提示され、最終判断は読者にゆだねられるという、異例のエンディングを迎える。犯罪の事実関係は争われず、法と正義だけが問われることになる。 読んでいる間も読み終わってからも、ただただ「自分ならどう判断するか」を問われ続ける、非常にヘヴィーな作品であることを覚悟して読み始めることをオススメする。 |
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キャシー・マロリーシリーズの第8作は、古風な大邸宅での58年前の大量殺人事件の謎が絡んでくるという、シリーズの中では異色の謎解きミステリーである。
NYの中心街にある大邸宅ウィンター邸で男が殺された。被害者は保釈中の連続殺人犯で、ハサミで胸を刺されており、そばにはアイスピックが落ちていた。強盗目的で侵入した男が住人にハサミで刺された事件として処理されようとしたが、この男を逮捕したことがあり、いつもナイフを使うという手口を良く知っているマロリーは納得できなかった。だが、当時屋敷にいたのは70歳の老婦人ネッダ・ウィンターと、その姪で小柄できゃしゃなビッティ・スミスの二人だけ。どちらかが正当防衛で殺したのだろうか? ところが、この屋敷では58年前に9人が殺されるという未解決の大量殺人事件あり、ネッダは事件後に行方が分からなくなっていた当時12歳の少女であることが判明する。ネッダはあの事件の犯人なのか、58年間、どこにいたのか? 過去の事件と現在の事件は関係があるのだろうか? マロリーとライカーのコンビは、過去と現在を行き来しつつウィンター家の複雑な謎を解くことになった・・・。 本作は、大邸宅での大量殺人事件、関係者の失踪と再登場、富豪一族の家族の確執など、古典的な舞台設定でシリーズ読者を驚かせる。また、マロリーの言動が妙に大人しいというか、辛抱強いのも、これまでの作品とは異なっている。しかし、最後には自らの信念に基づいて突っ走るという、いつものマロリーに戻るのでご安心を。 本作はシリーズからの独立性が高いので、シリーズ読者以外の幅広いミステリーファンにもオススメできる、良くできた謎解きミステリーである。 |
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これは珍しいオーストラリアのミステリー。作者のデビュー作であると同時にシドニーを舞台にした警察小説シリーズの第一作である。
シドニー州都警察殺人捜査課に異動してきたフランク刑事は、管内きっての敏腕と言われる女性刑事エデンとペアを組む。謎めいたエデンに興味を深めるフランクだったが、同じ捜査課に所属するエデンの兄エリックから「必要以上にエデンに近づくな」と警告を受ける。コンビを組んで早々、シドニーのマリーナの海底で死体が入ったスチール製のボックスが20個も見つかった。しかも、死体はいずれも臓器を抜き取られていた。まれに見る凶悪な大量死体遺棄事件を追い始めたフランクとエデンのコンビは、事件の裏に隠された罪深い事情に愕然とすることになる・・・。 オーストラリアだから「カンガルー」ミステリーかと想像していたのだが、予想を裏切る暗くて暴力的な内容は「タスマニアデビル」ミステリーと呼ぶ方がふさわしい。事件の凄惨さ、主人公が抱える闇の深さ、救いの無い結末など、かなりヘビーな読後感が残るため、警察の活躍で悪が滅ぶという単純明快な警察小説を期待する読者にはオススメできない。サイコもの、ノワールもの好きの方にオススメだ。 作者は、本作でオーストラリア推理作家協会の最優秀デビュー長編賞を、翌年にはシリーズ第二作で最優秀長編賞を、2年連続で受賞したという。現在、第三作まで発表されていて、順次邦訳の予定とのことなので楽しみに待ちたい。 |
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「幻の女」と並び称される、1944年発表のウィリアム・アイリッシュの代表作。1940年代の青春のドラマをわずか5時間25分の間に凝縮した、タイムリミットものの傑作である。
NYでの成功を夢見ながら孤独な生活を送るブリッキーは、ある夜、務めていたダンスホールで客のクィンと出会う。挙動不審なクィンをグリッキーが問いつめると、彼は失業して自暴自棄になり、泥棒を働いてきたと告白した。さらに、クィンが同じ街の出身であることを聞いたブリッキーは、再出発のために、盗んだ金を返して二人で故郷に帰ることを提案する。バスが出発する朝までに間に合うように、すぐに窃盗の現場に戻った二人だが、そこには男の死体が転がっていた。クィンの潔白を証明するために、二人は残された時間で犯人探しをすることになった・・・。 とにかく、わずか5時間ほどの間に二人の出会いから犯罪の解明までが一気に進行するスピードが効果をあげている。まさにタイムリミット・ミステリーのお手本である。また、本物の犯人にたどり着くまでのプロセスに、内容のあるサブストーリーが挿入されていて、話が広がっているのも読み応えがある。さらに、都会で挫折した若い男女の再出発ストーリーが、犯人探しと同等の重みを持っているのも、古典的な魅力と言える。 タイムリミットものには不可欠なサスペンスが不足しているものの、読みやすくて分かりやすいミステリーとして多くの人にオススメできる名作である。 |
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心理ミステリーの巨匠マーガレット・ミラーが1952年に発表した長編第10作。とはいえ、ミステリーやサスペンスというよりロマンティックな要素が勝った作品である。
泥酔したあげく嫉妬から愛人を刺殺したとして逮捕された娘ヴァージニアを救うために、ミセス・ハミルトンはデトロイト近郊の町にやってきた。ヴァージニアの夫に依頼された弁護士ミーチャムが、ヴァージニアの釈放を求めて活動していたがなかなか容疑が晴れず、ヴァージニアは拘置されたままだった。そんなとき、ロフタスという青年がミーチャムに近づき、「自分がやった」と告げた。さらに、ロフタスは告白書を持って警察に出頭し、ヴァージニアは釈放されることになった。これで一件落着と見えたが、ロフタスと被害者の関係がよく分からず、ミーチャムは納得できないでいた。 ヴァージニアは事件当時の記憶がなく、不利な状況証拠ばかり。一方のロフタスは犯行を認めているものの犯行動機に説得力がない。果たして、どちらが犯人なのか? あるいは第三者の真犯人がいるのか? ミーチャムを主人公にフーダニット、ワイダニットの物語が展開され、最後は意外な結末を迎えることになる。 本作の魅力は、捜査プロセスのサスペンスやスリルではなく、優しくて愚かな登場人物たちの悲喜こもごものドラマにある。1950年代のメロドラマを見ているような、やるせなさ、切なさが強い印象を残す。まさに「心理ミステリー」である。 |
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1983年の「ベルリン・ゲーム」から始まった超大河スパイ・ミステリーの完結編。全7冊(「ヴィンター家の兄弟」を含む)、日本語訳400字詰めで約8100枚という「史上最長のスパイ小説」のさまざまな謎が解き明かされている。
本書は、主人公バーナード・サムソンの一人称で語られてきた「ゲーム」「セット」「マッチ」「フック」「ライン」の5作品とは異なり、第三者視点から壮大なスパイ・ストーリーの全貌を明かしているのが最大の特徴。前5作品で展開された作戦の裏側、誰が何を目的に、どう仕掛けていったのか、その過程でどんなドラマが生まれたのかを教えてくれる。 従って、前5作を読んでいないと面白さは半減してしまうが、逆に言うと、前5作を読んでさまざまな疑問を抱えてきた読者は明快な答えが得られて、すっきりするだろう。 |
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ダシール・ハメットの遺作でありながら未完成のため単行本未収録だった「チューリップ」を始めとする、11篇の中短編作品が収められている。
作品の出来にはばらつきがあり、さほど評価できないものもあるが、各作品の解説、作品リストを含めて資料価値は高い。 |
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中村文則の6冊目の作品。刑務官が主人公だが、ミステリーではない。
刑務官である「僕」が担当している中に、18歳を過ぎたばかりで夫婦を殺害し死刑判決を受けた男「山井」がいた。控訴期限が迫っているにも関わらず何もしない山井は、何を考えているのか。何を隠そうとしているのか? 山井に接するうちに僕はいやおうなく、児童養護施設で育った自分や施設仲間で自殺した友人が抱えてきた混沌に直面させられることになった。自分とは何か、命とはなにか、生きて行くことの意味は何か・・・。 本作も、文庫版で200ページ弱の短い作品ながら軽く読み飛ばすことは出来ない、ずっしりと重い読後感を残す作品である。 |
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フィンランド発の人気ミステリー「カリ・ヴァーラ警部」シリーズの第3弾。前2作とは全く異なるテイストが衝撃的な、シリーズの分岐点となりそうな作品である。
国家警察長官からの秘密指令を受けて非合法活動も辞さない特殊部隊を設立・指揮するようになったカリは、国内の麻薬組織を襲撃して金も麻薬も奪い取るという、荒っぽい活動に携わっていた。そんなある日、移民擁護派の政治家が殺害され、その頭部が移民支援組織に送りつけられるという事件が発生、それに対する報復と見られる事件が続発し、フィンランド国内は人種差別を巡る緊張状態に陥っていた。事態を憂慮した内務大臣は、警察のエースであるカリに捜査を命じた。IQ170の天才でITと武器おたくのミロ、超人的な肉体派のスロという2人の部下とともにカリは、ネオナチを始めとする移民排斥組織に力勝負を挑んで行く・・・。 本作は、これまでのシリーズとは全く異なっていることに驚かされる。まず、主人公のカリは脳腫瘍の手術の後遺症で感情を失ってしまい、妻やまだ赤ん坊の娘にさえ「義務的な」愛情を見せることしか出来なくなっている。さらに、非合法活動に従事することで「正義感」が独善的になり、犯罪者は容赦なく征伐するという警察官というより冷血な悪のヒーローのような行動を見せる。 殺人事件の謎を解くという基本線は押さえているので、警察ミステリーのジャンルに治まることは治まっているのだが、全編に暴力の匂いが色濃く、北欧警察小説というよりアメリカン・ノワールという印象だ。 これからシリーズは、どう展開して行くのか。興味が尽きないところだが、2014年8月に著者が急逝したため、残されているのはあと1作品だというのは、実に残念だ。 |
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カーソン・ライダーシリーズの第3作。前2作に比べるとやや劣るものの、緊迫感があるサイコミステリーである。
カーソンとハリーのコンビが遭遇したのは、地元ラジオ局のレポーター女性の惨殺死体。被害者はカーソンの恋人・ダニーの知り合いで、ある精神科医師がガラの悪い地域の酒場で殺害された事件を調査していたらしいことを知り、カーソンとハリーは事件を再捜査する。すると、刑務所に面会に行ったハリーの目の前で、医師殺害犯が毒殺された。一連の事件の裏には、何が隠されているのか? 本作の前2作品との一番の違いは、強烈な存在感を放つ兄・ジェレミーが登場しないこと。その分、事件の謎解きに力が入れられていて、真相解明までのプロセスの複雑さは本格ミステリーのレベルに達している。ただ、動機の部分が常識はずれというか、荒唐無稽な印象で、読者の評価が分かれるところだろう。 シリーズ物なので第1作から読むことをオススメするが、本作だけでも十分楽しめることは間違いない。 |
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ドイツの新人作家のデビュー作。第二次世界大戦末期のベルリンを舞台にした、異色のミステリーである。
1944年5月のベルリン。ユダヤ人であるが故に職を追われた元警部のオッペンハイマーは、ある夜、居住するユダヤ人アパートに侵入してきたナチス親衛隊に連行された。収容所送りを覚悟したオッペンハイマーだったが、意外にも、親衛隊大尉のフォーグラーから猟奇殺人事件捜査を担当するように命じられた。もう警察とは無縁のはずなのに、なぜ自分が選ばれたのか? 疑問を抱きながらも拒否するという選択肢は考えられず、捜査に取りかかったオッペンハイマーは、複雑に入り組んだナチスの官僚機構に苦戦しながらも、ついに犯人にたどり着いたのだが・・・。 空襲で荒廃したベルリン、圧倒的なナチスの恐怖、ユダヤ人としての苦悩など、通常のミステリーに加えられた特殊な状況が重苦しいサスペンスとなってストーリーを盛り上げる。猟奇殺人の謎解きだけに終わらない、重厚な作品である。 社会派ミステリーファンをはじめ、北欧系ミステリーファンや戦争ミステリーファンにもオススメだ。 |
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