海辺のカフカ

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海辺のカフカの評価:

3.76/5点 レビュー 521件。 D ランク

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平均点3.76pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全571件 261〜280 14/29ページ
No.311
(3pt)

概ね良好

それまでの村上春樹像というものを破壊しようとしたのかなぁ?という作品に思えました。

どこかで誰かが村上春樹のことを「ロックスター」と表現したのを眼にしたことがありますが、やっぱりどこか「かっこいい」だったり「おしゃれ」だったり「二枚目」だった作者(と作品)がナンセンスだったり下品だったり奇妙なことをあえて書いている感じがします。筒井康隆作品を抽象表現したような作品です。

ナカタさんや星野君のしゃべり方はそれまでの村上春樹のクールな会話の魅力を意図的に否定しているように見えます。お決まりの食事のシーンもパスタは登場しなくて白飯が頻繁に出てきます。

カフカ君の章はこの作品以前の村上春樹的な世界観をカフカ少年がさまようことによって、虚構性だったり薄っぺらさを自から暴いているような感じです。

このように村上春樹がどうして自己批判するようになったか?それはノンフィクション作品「アンダーグラウンド」がそのきっかけになっているような気がしてなりません。村上春樹は「アンダーグラウンド」によって、それまで嫌悪してきた日本的な一般大衆(と文化)を好きになったというようなことを述べています。一般大衆に対する嫌悪から生じる独立心は、村上春樹の原動力でもあったはずです。それがなくなった後の作品がこの海辺のカフカです。

そういうわけで、これまでの村上春樹ファンを突き放す作品でもあります。ただ多くのファンが突き放されても、それについてきてるようです。その結果をみると、それまでの作品の功績と、今作品がファンを突き放す性格を持ちながらも、高い完成度を持っていることがうかがい知れます。

きっと、古くからの村上春樹ファンはそれなりに覚悟を持って読んだほうが良いです。そして、この作品からはじめて村上春樹作品を読む方は、世間一般的な村上春樹像を捨てて、まっさらな気持ちで読まれたほうが良いのではないでしょうか。
海辺のカフカ (上) (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 海辺のカフカ (上) (新潮文庫)より
4101001545
No.310
(5pt)

自分の中で眠っていた想像力を目覚めさせる作品。

下巻に入って、ダムが決壊したように勢いよく物語が流れ始めました。
この物語の壮大なスケールが氷河の底に沈んでいたマンモス像の化石が浮かび上がるように見えてきます。
恐らく読む人毎に受け止め方に差異が生じるでしょう。
そのことを文中で語っているようにも思えます。
メタファーという言葉が繰り返し使われています。
暗喩といった意味かと思いますが、世界の出来事は何かの暗喩であり、この小説も暗喩になっているのでしょう。
自分の中で眠っていた想像力を目覚めさせる作品です。

想像力という人間に与えられた能力を世界は育んでゆかなければならない、という主張が込められているように思いました。
想像力の狭量は、やがて非寛容さを生み、テーゼが一人歩きし始め、理想は簒奪され、社会システムを破壊してゆきます。
その想像力が現代では急速にしぼんでいるという危惧。
文学(芸術)や恋(のような体験)は人間の想像力を養いうる最良の経験です。
これしかないと思いこんでいる現実を少し別の角度でみてみれば、それだけが現実ではないことが見えてくるのではないか、そんなことを感じ取りました。

何かを経験し、それによって僕らの中で何かが変わります。そのあと自分自身を点検し、そこにあるすべての目盛が一段階上にあがっていることを知ります。
自分の世界が一回り広がっていることに。それは恋と同じです。
文中で大島さんが語るセリフです。
そしてこれも大島さん「世界はメタファーだ、田村カフカくん」
海辺のカフカ (下) (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 海辺のカフカ (下) (新潮文庫)より
4101001553
No.309
(5pt)

ストーリーを楽しみました。

15歳の少年の家出の話と、第2次大戦中の出来事がどうからんでくるのか、戸惑いましたが、これが村上ワールドなのでしょうね。東京するめクラブを読んでから、小説家というイメージとは別に、普通の人目線もお持ちの方だなと見方が変わりました。その延長としてこの本を読むと、難しい建前はともかく、人物描写、会話のやり取り、音楽シーン、街中の風景などが、非現実的なストーリーと相反してとてもわかりやすく、楽しんで読みました。レビューの評価は両極端でそれもよくわかります。実際にあるのでしょうか、甲村図書館。本好きな私にとっても、図書館で暮すなんて、夢のような話です。ページが進むごとに、現実か、異次元なのか、不思議な世界に引き込まれ、時間を忘れてしまいました。とてもおもしろい本でした。
海辺のカフカ (上) (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 海辺のカフカ (上) (新潮文庫)より
4101001545
No.308
(5pt)

小説のたくらみ、知の楽しみ。

抜群に面白い小説です。
小説というジャンルの醍醐味が味わえる作品だと思います。
フィクションを読むためには想像力が必要であるということを自覚させられました。
その想像力は生きてゆく上でとても重要なものなのではないか、ということを考えさせられました。

小説、物語は人間の歴史とともに存在します。
物語は間違いなく人に必要なものなのですが、具体的に何の役に立っているのかと尋ねられてもはっきりと答えられません。
人間の想像力と関係しているのかもしれない、という主張が感じられました。
社会は、想像力という人間の力によって成り立っていることがこの作品を通じて感じられるようになりました。

上巻は23章で構成されています。
ゆっくりとした曲想で始まる交響曲のように、徐々に主旋律と副旋律が交わり壮大に奏でられてゆきます。
これからお読みになる方のためにストーリーは省きますが、筋立てが意表を突いていて、話がどこに進んでゆくのかワクワクしながら読み進めることになるでしょう。
著者の知的なたくらみによってもたらされた小説の楽しみが詰め込まれた作品です。
海辺のカフカ (上) (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 海辺のカフカ (上) (新潮文庫)より
4101001545
No.307
(5pt)

小説の楽しみ、知のたくらみ。

抜群に面白い小説です。
小説というジャンルの醍醐味を味わえる作品です。
フィクションを読むための想像力が必要であるということを自覚させられることになるでしょう。
その想像力は人生において物凄く重要なものだったのじゃないか、ということを考えさせられました。
小説、物語は古代から常に人間の歴史とともに存在します。
物語は人に必要なものなのですがそれが何の役に立っているのかはっきりわかりません。
もしかすると、人間の想像力と関係しているのかもしれない、というテーゼを著者は示しているようにも感じられました。

上巻は23章で構成されています。
ゆっくりとした出だしの交響曲のようで、徐々に主旋律と副旋律が重なりながら壮大に奏でられてゆきます。
これからお読みになる方もおられますので、ストーリーは省きますが、筋立てが面白くて、話がどこに進んでゆくのかワクワクしながら読み進めます。
著者の知的なたくらみによってもたらされた小説の楽しみが詰め込まれた作品です。
海辺のカフカ (上) (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 海辺のカフカ (上) (新潮文庫)より
4101001545
No.306
(5pt)

ふっひふほひほふ

村上作品の中で一番しっくり来たのがこれだなあ。それまでの作品では、クラシックから60年代の洋楽まで、ただその名前を挙げるだけだったり、「カラマーゾフの兄弟」の兄弟の名前を言って「今の日本にどれかけ言える人がいるだろうか」などとうそぶいたり、要するに知識をひけらかすところが鼻についてしょうがなかった。この「海辺のカフカ」でようやく、ホシノさんがベートーベンの「大公トリオ」に感動する心を通じて、作家の音楽論というか、批評眼を目にした気がした。ベルグソンの古典的名著「物質と記憶」を、さくらがカフカ君のイチモツをくわえながら「ふっひふほひほふ」という場面は大爆笑した。ベルグソンも形なしだ。
 途中で大島さんがカフカ君を高知の別荘みたいなところに連れて行く場面。大島さんの「自然というのはある意味では不自然なものだ。安らぎというのは、ある意味では威嚇的なものだ。その背反性を上手に受け入れるにはそれなりの準備と経験が必要なんだ。だから僕らはとりあえず街にもどる。社会と人々の営みの中に戻っていく」(p324)というセリフはずっとぼんやりと感じていたことをずばり言われた気がした。
 それからナカタさんは村上春樹の小説の中でも、ずば抜けてすばらしい人物だと思った。村上氏が理想とする「カラマーゾフ」のアリョーシャを描くことに成功していると思った。
海辺のカフカ (上) (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 海辺のカフカ (上) (新潮文庫)より
4101001545
No.305
(5pt)

とても静かに必然へ

久しぶりに読んだなこれ。
というかここのレビューに酷評多くて驚きました。

オレの個人的な意見ですが、謎が全部キッチリ明かされなくてもこの話の主題にとっては問題ない気します。
この謎はいつ明かされるのか?さっきのアレは何やったのか?みたいな読み方するとよくわからん事なるし、その読み方では確かにこの小説はつまらんです。それが合う小説もあるやろうけど。

それより想像した方がおもろい。
突飛な展開、露骨な性描写、全部何かの象徴として機能して、最後に向かって緩やかな必然を描いていきます。

気持ちいい謎解きもいらん。
どんでん返しもいらん。
ただここに少年カフカを中心とした物語があるだけ。

オレらの世界とはまた別の、「海辺のカフカ」って小説世界の中で彼が失い、得たモンの中から、オレらは皆1人1人違ったものを学びとれる。

想像力やと思います。
素っ頓狂な春樹さん批判をするのは簡単やけど、書き手の想像力にちゃんと真摯に向かい合ってこその読書の楽しさです。斜に構えて、なめてかかって読めば、それなりのものしか返ってこないです。
まぁ文体が苦手とかはもう仕様がないと思いますが。

オレは大好きです。
これから先も読み続けると思います。
海辺のカフカ。お薦めです。
海辺のカフカ (下) (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 海辺のカフカ (下) (新潮文庫)より
4101001553
No.304
(5pt)

難解な割にすらすら読める

読み終わり感じたのは、やはり難解な作品であったということ。とはいえ、起承転結がはっきりしているこれまで読んだことのある作品と比べて魅力が劣っているかといわれればさにあらず。むしろ相当に面白い作品だった。抽象的で夢の中を漂っているかのような世界観が強く魅了する。その世界にどっぷりとはまり込んでしまい、熟読してしまった。この世界観に入ってこれるかこれないかで評価が分かれているのかもしれない。
海辺のカフカ (下) (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 海辺のカフカ (下) (新潮文庫)より
4101001553
No.303
(5pt)

人間の基礎心理とファンタジーのダンス

ストーリーの枠組みは、田村カフカを中心に描かれるストーリーAと、ナカタサトルを中心に描かれるストーリーBが同時に展開され、それらは上巻ではほぼ交わらない構成になっている。ストーリーAは人間が成長していくうえで通る心理の葛藤や成長があり、ストーリーBはどこか掴みきれないファンタジーのような世界観があった。Aだけだとありきたりだし、Bだけだと意味不明になる。両ストーリーが絶妙に触れ合いながら話が展開していくところが魅力的だった。

お気に入りの一節

「人が何かを求める時、それはまずやってこない。人が何かを懸命に避けようとするとき、それは自然にやってくる。」
海辺のカフカ (上) (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 海辺のカフカ (上) (新潮文庫)より
4101001545
No.302
(2pt)

『1Q84 』のときに比べると、私との相性はよくなかった。

カフカという不思議な名の15歳の少年は東京から四国へと出奔する。
 戦時中の少年時代に記憶を失った初老の男ナカタさんも、何かに導かれるように四国へと向かう。
 二人の奇妙な物語が交互に紡がれながら、やがて交錯する時を迎えることになる…。

 上巻486頁、下巻528頁、合計1000頁超のなんとも不可思議でつかみどころのない物語が延々と続きます。
 少し前に大変話題になった『1Q84』はシステムに人間が対峙することの緊迫感を、村上春樹としてはかなり分かりやすく描いていたように私は感じました。
 しかしこの『海辺のカフカ』については、何かを感じたという確かな手ごたえが私の中には生まれませんでした。
 
 確かに『1Q84』の中でも取り上げられた構成要素がいくつも『海辺のカフカ』に既に置かれていたことが分かります。
 想像力の欠如が生む狭量さ。硬直したシステム。(ともに上巻385頁)
「チェーホフの銃」。(下巻127頁)
 想い出や記憶が与える生きるための温もり。(下巻355頁)
 こうしたトピックやアイテムの反復が村上春樹の小説世界の特徴だといわれてしまえばそれまでですが、それを難解かつ奇異な物語の中から拾い出す作業に終始する読書が心底楽しいかと問われれば、答えるのに窮してしまうのです。

 世界幻想文学大賞を受賞したと聞き、かなりの期待をもって頁を繰り始めたのですが、私自身がこの小説を受け付けなかったのか、それともこの小説のほうが私という読者を受け入れてくれなかったのか、とにもかくにも相性はよくありませんでした。
海辺のカフカ (下) (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 海辺のカフカ (下) (新潮文庫)より
4101001553
No.301
(1pt)

読むだけ時間の無駄

一般常識参考書に現代を代表する文学作品であるとこの本が紹介され興味をもち読みました。

各章に分かれているのですが、最後にまとまり盛り上げるのかと思いきやクソったれ本でした。
読者にカッコつけたいがため自分に酔ったキザな文章、気持ち悪い性表現(官能小説より陳腐)、そして○○しました的小学生の作文表現。人気があるのはミルク、レッドツエッペリン、など固有名詞がこれでもかと表現する所がお洒落な本といった印象を与えるんでしょう。

現代の常識作家はこんな程度なんですかね?
間違いなく武者小路実篤、夏目漱石、時代の文学小説より作家水準が下がっている感想をもちました。
海辺のカフカ (上) (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 海辺のカフカ (上) (新潮文庫)より
4101001545
No.300
(5pt)

この世の中をつらぬいていること

白と黒があること。それを受け入れながら人は成長して愛する心を持って生きてゆくことなんだよ、というメッセージをもっと感じたくて読みました。
海辺のカフカ (上) (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 海辺のカフカ (上) (新潮文庫)より
4101001545
No.299
(3pt)

単なる感想です

作品の分析、といった事はできませんので、素直な感想だけ書きます。

カフカ少年と佐伯さんはナルシストすぎて疲れました。佐伯さんは大変つらい経験をしたので同情はしますが。

一方、ナカタさんとホシノ青年の章は楽しめました。ナカタさんは、通称ジョニー ウォーカーというものに操られて、「結果的」にはカフカ少年と佐伯さんに癒しを与えるために利用されたんだ、という憤慨は感じますが、ホシノ青年に巡り会え、最後まで彼の必死の助力(本当に、必死の!)を受けられ、そして最後にはナカタさん自身が本当に求めていたものを知ることができた(そして、多分手に入れたんだと思います)ことが救済でした。

あと、私は猫が好きなので、ねこさんとナカタさんの会話は楽しかったですね。カワモトさんとミミのやり取りなどは、本当の猫同士によくありそうな光景でした。ミミが「ウオー」というすごみのある声で鳴き、カワモトさんが首をすくめてむにゃむにゃ反応していたんでしょうね。
海辺のカフカ (上) (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 海辺のカフカ (上) (新潮文庫)より
4101001545
No.298
(5pt)

トリガーの発動装置

この作品は文中にメタファーとともに、多くのテーマが内包されている印象を持った。

それだけに、散漫な印象を持つ人もいるかもしれないが、

その内包されたテーマの中に、自分に置き換えられる要素があれば、この作品は重要な意味を持って動き出す。

それはある種のトリガのように作用して、自分に内在する問題や葛藤と向き合い、答えを出すことを求めてくるだろう。

田村カフカ君と同じ15才の少年が読んだ場合において、それはより顕著に現れると思う。
海辺のカフカ (下) (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 海辺のカフカ (下) (新潮文庫)より
4101001553
No.297
(5pt)

謎を追い求める

面白かった。
虚構性の度合いが強くて、荒唐無稽な所へ踏み込んで行く。

まぁ神話・寓話的なリアリティのレベルを許容しうるかにより、評価は違うので。
評者の内実が明らかになってしまう。
トラップは仕掛けられている。

絵を眺めるように、味わうべきもの。
テキストをそのまま受け取ること。

海辺のカフカ (上) (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 海辺のカフカ (上) (新潮文庫)より
4101001545
No.296
(4pt)

わしの言ってることがわかるか、このメッキしゃちほこボケ

確かに、僕も、この薄っぺらい高尚さが漂う文章に嫌悪を感じなくはないですが、村上節で展開されるワンダーランドな世界観には、やはり魅力を感じます。作中に登場するベートーベンやハイドンの音楽とはイメージが違いますが、視覚的な表現の中に、音楽を感じることができます。そういうところが好きです。
何が言いたいとか、哲学的な部分は別にシカトしても構わないと思います。万人が氏の思想に順応出来るわけではありませんし、メタファーとか言ってる時点でぴしゃりと分からせる気もないでしょう。それが小説というものなのでは。
海辺のカフカ (上) (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 海辺のカフカ (上) (新潮文庫)より
4101001545
No.295
(1pt)

駄作。駄作。駄作。

海辺のカフカという題名からして、ドイツの有名な作家であるカフカと何らかの関係がある小説かと思いきや、読んでみて、ほとんど関係の無いこが知れた。無論、村上春樹は、かねてよりカフカの作品を偏愛しているみたいなので、題名には、そのことが反映したのだろうが、ストーリーはカフカのそれとは全くもって趣を異にしている。ところで、この作品の読後の感想を述べたいと思う。読み初めて、すぐにつまらないと感じたが、村上春樹がノーベル文学賞の受賞候補者に挙がっていることもあってか、よほど素晴らしい才能のある作家であるという固定観念の縄に縛られていたので、つまらない、つまらないと感じながらも、集中して、読むことに努めたのだが、やはり、つまらないものはつまらない。幼稚で、ファンタジックで、観念的な妄想から産み出されたようなストーリー。究極的に云えば、意味不明なストーリーだ。この人は、まず、ストーリーテラーの才能が皆無である。それに、使い古された常套句の連綿、これは、私を、大層辟易せしめた。もちろん、特別、難しい言葉を使う必要もないし、また凝った言葉を使う必要もないのだが、少しく幼稚な言葉、というよりむしろ軽薄な言葉が多く散見せられるので、こやつは本当にプロの作家なのかと疑ってしまった。一体全体、村上春樹ファンは、何が面白くて、彼の作品を読むのだろうかと、いささか疑問を感じてしまうのだが、元来何を読もうが、誰のファンであろうが、これはもはや個人の自由なので、別に、どうでもよいことであろう。最後になるが、村上春樹さんに、勝手ながら、一言云いたいことがある。よしんば、あなたが本当にカフカを愛しているのならば、今でも遅くはないので、カフカ作品を熟読玩味して、より面白い、読者を引き付ける力をもった小説を書いて頂きたい!安部公房氏の作品を見習うのも悪くはないでしょう! まぁ、村上春樹の作品が、これから、如何に進化しようとも、私はもう読まないのだが。もはや、彼には、彼の作品には、興味を喪失した。
海辺のカフカ (下) (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 海辺のカフカ (下) (新潮文庫)より
4101001553
No.294
(1pt)

読むのも馬鹿馬鹿しい!

海辺のカフカという題名からして、ドイツの有名な作家であるカフカと何らかの関係がある小説かと思いきや、読んでみて、全く無関係であることが知れた。無論、村上春樹は、かねてよりカフカの作品を偏愛しているみたいなので、題名には、そのことが反映したのだろうが、ストーリーはカフカのそれとは全くもって趣を異にしている。ところで、この作品の読後の感想を述べたいと思う。読み初めて、すぐにつまらないと感じたが、村上春樹がノーベル文学賞の受賞候補者に挙がっていることもあってか、よほど素晴らしい才能のある作家であるという固定観念の縄に縛られていたので、つまらない、つまらないと感じながらも、集中して、読むことに努めたのだが、やはり、つまらないものはつまらない。幼稚で、ファンタジックで、観念的な妄想から産み出されたようなストーリー。究極的に云えば、意味不明なストーリーだ。この人は、まず、ストーリーテラーの才能が皆無である。それに、使い古された常套句の連綿、これは、私を、大層辟易せしめた。もちろん、特別、難しい言葉を使う必要もないし、また凝った言葉を使う必要もないのだが、少しく幼稚な言葉、というよりむしろ軽薄な言葉が多く散見せられるので、こやつは本当にプロの作家なのかと疑ってしまった。一体全体、村上春樹ファンは、何が面白くて、彼の作品を読むのだろうかと、いささか疑問を感じてしまうのだが、元来何を読もうが、誰のファンであろうが、これはもはや個人の自由なので、別に、どうでもよいことであろう。最後になるが、村上春樹さんに、勝手ながら、一言云いたいことがある。よしんば、あなたが本当にカフカを愛しているのならば、今でも遅くはないので、カフカ作品を熟読玩味して、より面白い、読者を引き付ける力をもった小説を書いて頂きたい!安部公房氏の作品を見習うのも悪くはないでしょう! まぁ、村上春樹の作品が、これから、如何に進化しようとも、私はもう読まないのだが。もはや、彼には、彼の作品には、興味を喪失した。
海辺のカフカ (上) (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 海辺のカフカ (上) (新潮文庫)より
4101001545
No.293
(3pt)

サディスティックなナルシストのマスターベーション

遅ればせながら、「ねじまき鳥クロニクル」に続き、村上氏の長編を読んでみました。著者がドストエフスキーとカフカから特に影響を受けたと語っていること。本作がフランツ・カフカ賞を受賞していること。村上春樹が世界に多くの読者を獲得していること。以上の情報に接してのことです。読むと、賛否両論がよくわかる内容でした。気になったことだけを書きます。先ず、主人公について。典型的な中年のおじさんの発想が見え隠れした後で、僕にはわからないことが多いと弁解して15歳の少年を演出する。読んでいて楽しくありません。しつこい性描写の場面では、田村カフカよりも田村ボッキの方が相応しい。著者は、主人公の文章は一人称にこだわりたいようですが、三人称で書けばもう少し読みやすくなると思います。主人公と平行して語られるナカタさんの話が読みやすいのは、内容の特異性を上回る三人称の文章力にあると思うからです。次に、思想について。安全な自分の城の中から世界を見回して、世界に攻撃をしかけようとする。他者の自分に対する想像力の欠如は赦せないが、自分の他者に対する想像力の欠如には能天気。現在の若者に多く見られる発想で、好きになれなせん。また、ドストエフスキーやカフカの世界には、神の存在が大きな重しとして君臨していますが、ここには神はいません。深刻を装っても内容は軽い。クラシック音楽の世界で、指揮者の小澤征爾氏が、日本以上に欧米の聴衆から高く評価されていることが連想されますが、村上氏の作品が小澤氏の指揮と似ているのか全然違うのか、その辺は未だわかりません。本作には、古代ギリシャ悲劇、シェイクスピア、日本の古典文学、ベートーヴェンなどが賑やかに引用されていて、登場人物の成長を支援する教養小説の趣もあります。しかし、神や集合無意識のように全体をまとめて上げるコンセプトがないため、雑然とした印象を拭えません。メタファーがあるじゃないか、という見方もありますが、そういう妖怪趣味はなんだか気持ち悪い。結局は好みの問題なのでしょうが。いずれにせよ、私の素朴な関心は、ドストエフスキーやカフカとはずいぶん違う(父親殺しから『カラマーゾフの兄弟』を連想することもできますが、背景が全然違う)本作が世界に多くの愛読者を獲得しているらしいこと、その要因は何か、ということです。「サディスティックなナルシストのマスターベーション」という要素が支持されているのであれば、心配になります。世界一タフな少年を目指すのもいいが、自分の外の世界に対して、もう少し愛情を注いでほしいと思う次第です。世界と自分はつながっているのですから。
海辺のカフカ (下) (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 海辺のカフカ (下) (新潮文庫)より
4101001553
No.292
(5pt)

再び読み返してみても

時間を忘れて読み耽ってしまった。

初めて拝見したのは本書が刊行当初の頃だったかな。春樹氏の作品はどうも生理的に苦手意識があったため冷やかしのつもりで読んだのだけれど、意外や意外に夢中になるくらいおもしろくて、著者に対する評価が一辺してしまうくらいだった。

ストーリーに関しては入り組んでいるわりに、そんなに難しい内容ではないだろうし、深く考えて読む感じでもない。これは単純に合うか合わないかだけだろうな。

ちなみに私はナカタさんとホシノ青年のエピソードに尽きる。田村カフカや甲山図書館もいいのだが、過去の著者の作品になかったキャラクターとストーリーに気持ち良く裏切られた感じが心地良かったのもあって。

もう一つは著者の構成力の凄さかな。これは娯楽なのか文学的なのかよくわからない内容かもしれないが、そんな余計なことがどうでも良くなるような感じ。
なので娯楽作品と捉えてるのかも。

余談で申し訳ないですが、春樹さんの熱烈なファンは『ノルウェイの森』が最高って人が多いのかな。

私は『風の歌を聴け』以来に凄く良かったと思えたのが本書でした。
そして『1Q84』も何も考えずに単純にスラスラ読めて楽しかったんだよな。

実は、春樹さんの作品は、あれこれ考えながら読むようには出来てないのかも。
海辺のカフカ (上) (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 海辺のカフカ (上) (新潮文庫)より
4101001545