六番目の小夜子

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六番目の小夜子の評価:

3.72/5点 レビュー 161件。 C ランク

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平均点3.72pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全289件 1〜20 1/15ページ
No.289
(4pt)

『Another』から

綾辻行人の『Another』を読んだら、あとがきで本書に影響を受けたというようなことが書いてあって、興味を持った。ある高校に伝わる奇妙な○○…といった基本的な設定に、相通ずるものがあるらしい。

結論から言えば、両者は似て非なるものだった。先の○○に入るワードが『Another』は「呪い」や「まじない」であるのに対して、本書は「ゲーム」や「ジンクス」であり、味わいはまったく異なっていた。

本書は完全に青春小説である。帯には「青春ミステリ」とあったが、どちらかというとファンタジーっぽいと思う。ちょっと文学的なよくできた少女漫画風、と言ってもいい。吉田秋生あたりにハマりそうだ。
六番目の小夜子 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 六番目の小夜子 (新潮文庫)より
4101234132
No.288
(4pt)

『Another』から

綾辻行人の『Another』を読んだら、あとがきで本書に影響を受けたというようなことが書いてあって、興味を持った。ある高校に伝わる奇妙な○○…といった基本的な設定に、相通ずるものがあるらしい。

結論から言えば、両者は似て非なるものだった。先の○○に入るワードが『Another』は「呪い」や「まじない」であるのに対して、本書は「ゲーム」や「ジンクス」であり、味わいはまったく異なっていた。

本書は完全に青春小説である。帯には「青春ミステリ」とあったが、どちらかというとファンタジーっぽいと思う。ちょっと文学的なよくできた少女漫画風、と言ってもいい。吉田秋生あたりにハマりそうだ。
六番目の小夜子 Amazon書評・レビュー: 六番目の小夜子より
4103971029
No.287
(4pt)

『Another』から

綾辻行人の『Another』を読んだら、あとがきで本書に影響を受けたというようなことが書いてあって、興味を持った。ある高校に伝わる奇妙な○○…といった基本的な設定に、相通ずるものがあるらしい。

結論から言えば、両者は似て非なるものだった。先の○○に入るワードが『Another』は「呪い」や「まじない」であるのに対して、本書は「ゲーム」や「ジンクス」であり、味わいはまったく異なっていた。

本書は完全に青春小説である。帯には「青春ミステリ」とあったが、どちらかというとファンタジーっぽいと思う。ちょっと文学的なよくできた少女漫画風、と言ってもいい。吉田秋生あたりにハマりそうだ。
六番目の小夜子 (新潮文庫―ファンタジーノベル・シリーズ) Amazon書評・レビュー: 六番目の小夜子 (新潮文庫―ファンタジーノベル・シリーズ)より
4101234116
No.286
(4pt)

まだ読んでいなかったデビュー作を読んでみた。

描き方が上手なのか、思わず不気味な情景が頭に浮かんでくる。設定もスピード感も好みでした。
六番目の小夜子 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 六番目の小夜子 (新潮文庫)より
4101234132
No.285
(4pt)

まだ読んでいなかったデビュー作を読んでみた。

描き方が上手なのか、思わず不気味な情景が頭に浮かんでくる。設定もスピード感も好みでした。
六番目の小夜子 Amazon書評・レビュー: 六番目の小夜子より
4103971029
No.284
(4pt)

まだ読んでいなかったデビュー作を読んでみた。

描き方が上手なのか、思わず不気味な情景が頭に浮かんでくる。設定もスピード感も好みでした。
六番目の小夜子 (新潮文庫―ファンタジーノベル・シリーズ) Amazon書評・レビュー: 六番目の小夜子 (新潮文庫―ファンタジーノベル・シリーズ)より
4101234116
No.283
(5pt)

流石に

ここから恩田さんの道が始まったのですか。
高校生の瑞々しい会話。それぞれの個性が際立っているのがすごい。
六番目の小夜子 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 六番目の小夜子 (新潮文庫)より
4101234132
No.282
(5pt)

流石に

ここから恩田さんの道が始まったのですか。
高校生の瑞々しい会話。それぞれの個性が際立っているのがすごい。
六番目の小夜子 Amazon書評・レビュー: 六番目の小夜子より
4103971029
No.281
(5pt)

流石に

ここから恩田さんの道が始まったのですか。
高校生の瑞々しい会話。それぞれの個性が際立っているのがすごい。
六番目の小夜子 (新潮文庫―ファンタジーノベル・シリーズ) Amazon書評・レビュー: 六番目の小夜子 (新潮文庫―ファンタジーノベル・シリーズ)より
4101234116
No.280
(4pt)

ファンタジーではない。

1992年ファンタジーノベル大賞最終候補作。ファンタジーとはいえ、この物語には超自然らしきものは登場しない。幾つかのエピソードにおいて、超自然的な性質を読み込もうと思えばそれも可能だが、しかし一方で、すべてを合理的に解釈することもできるような周到な書き方がなされている。従ってこの物語は、ファンタジーとしても、そうでないものとしても読めるのである。そして、ファンタジーではないものとして読むときにこそ、この物語の優秀さに気付く。
 作中において黒川が的確な比喩を用いて示すように、教師の視点からすれば、毎年顔ぶれは変わっても、そこで起こる出来事はかつて起こった出来事と相似形であり、今年起こる出来事は去年起こった出来事の繰り返しである。しかし生徒の立場に立てば、出来事は一回性のものであって繰り返される性質のものではない。学校に留まる者と、学校を通り過ぎる者。その相違を意図的に操ることで生み出される怪しげな慣習。それは生徒の立場からは(繰り返しが見えない以上)突如として身近に出現した、ファンタジーとしか言いようのないものである。その不思議な出来事を巡る幾人かの生徒たちの共働と葛藤、疑惑と了解が好ましくも瑞々しい文体で描かれて行く。
六番目の小夜子 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 六番目の小夜子 (新潮文庫)より
4101234132
No.279
(4pt)

ファンタジーではない。

1992年ファンタジーノベル大賞最終候補作。ファンタジーとはいえ、この物語には超自然らしきものは登場しない。幾つかのエピソードにおいて、超自然的な性質を読み込もうと思えばそれも可能だが、しかし一方で、すべてを合理的に解釈することもできるような周到な書き方がなされている。従ってこの物語は、ファンタジーとしても、そうでないものとしても読めるのである。そして、ファンタジーではないものとして読むときにこそ、この物語の優秀さに気付く。
 作中において黒川が的確な比喩を用いて示すように、教師の視点からすれば、毎年顔ぶれは変わっても、そこで起こる出来事はかつて起こった出来事と相似形であり、今年起こる出来事は去年起こった出来事の繰り返しである。しかし生徒の立場に立てば、出来事は一回性のものであって繰り返される性質のものではない。学校に留まる者と、学校を通り過ぎる者。その相違を意図的に操ることで生み出される怪しげな慣習。それは生徒の立場からは(繰り返しが見えない以上)突如として身近に出現した、ファンタジーとしか言いようのないものである。その不思議な出来事を巡る幾人かの生徒たちの共働と葛藤、疑惑と了解が好ましくも瑞々しい文体で描かれて行く。
六番目の小夜子 Amazon書評・レビュー: 六番目の小夜子より
4103971029
No.278
(4pt)

ファンタジーではない。

1992年ファンタジーノベル大賞最終候補作。ファンタジーとはいえ、この物語には超自然らしきものは登場しない。幾つかのエピソードにおいて、超自然的な性質を読み込もうと思えばそれも可能だが、しかし一方で、すべてを合理的に解釈することもできるような周到な書き方がなされている。従ってこの物語は、ファンタジーとしても、そうでないものとしても読めるのである。そして、ファンタジーではないものとして読むときにこそ、この物語の優秀さに気付く。
 作中において黒川が的確な比喩を用いて示すように、教師の視点からすれば、毎年顔ぶれは変わっても、そこで起こる出来事はかつて起こった出来事と相似形であり、今年起こる出来事は去年起こった出来事の繰り返しである。しかし生徒の立場に立てば、出来事は一回性のものであって繰り返される性質のものではない。学校に留まる者と、学校を通り過ぎる者。その相違を意図的に操ることで生み出される怪しげな慣習。それは生徒の立場からは(繰り返しが見えない以上)突如として身近に出現した、ファンタジーとしか言いようのないものである。その不思議な出来事を巡る幾人かの生徒たちの共働と葛藤、疑惑と了解が好ましくも瑞々しい文体で描かれて行く。
六番目の小夜子 (新潮文庫―ファンタジーノベル・シリーズ) Amazon書評・レビュー: 六番目の小夜子 (新潮文庫―ファンタジーノベル・シリーズ)より
4101234116
No.277
(5pt)

緊張感あり。

読み終わってみれば、いろいろと突っ込みどころもあると思いますが、結構夢中になって読みました。特に前半戦の緊張感と怖さは、夜トイレに行くのが怖くなったレベルです。高校生たちが生き生きしているのも良かった。何よりもこの本は表紙とタイトルが秀逸ですね。もう一度、ゆっくり考察しながら読み返そうと思います。
六番目の小夜子 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 六番目の小夜子 (新潮文庫)より
4101234132
No.276
(5pt)

緊張感あり。

読み終わってみれば、いろいろと突っ込みどころもあると思いますが、結構夢中になって読みました。特に前半戦の緊張感と怖さは、夜トイレに行くのが怖くなったレベルです。高校生たちが生き生きしているのも良かった。何よりもこの本は表紙とタイトルが秀逸ですね。もう一度、ゆっくり考察しながら読み返そうと思います。
六番目の小夜子 Amazon書評・レビュー: 六番目の小夜子より
4103971029
No.275
(5pt)

緊張感あり。

読み終わってみれば、いろいろと突っ込みどころもあると思いますが、結構夢中になって読みました。特に前半戦の緊張感と怖さは、夜トイレに行くのが怖くなったレベルです。高校生たちが生き生きしているのも良かった。何よりもこの本は表紙とタイトルが秀逸ですね。もう一度、ゆっくり考察しながら読み返そうと思います。
六番目の小夜子 (新潮文庫―ファンタジーノベル・シリーズ) Amazon書評・レビュー: 六番目の小夜子 (新潮文庫―ファンタジーノベル・シリーズ)より
4101234116
No.274
(5pt)

恩田陸の原点、何度読んでも引き込まれます

最近再放送されたドラマを見て、久々に原作を再読しました。1992年第4回ファンタジーノベル大賞最終候補に残った作品です。あとがきで恩田さん本人が書いていらっしゃいますが「酷評されてあっさり落選」したということ。けれどこの大賞を受賞した作家で消えてしまった人の多いこと。また2017年から恩田さんが選考委員になっておられて、先のことはわからないものだなと思います。
もうほとんど30年前の作品ですが古い感じはまったくしません。一部忘れていましたが、以前と同じように引き込まれました。それはたぶん自分自身の高校時代のキラキラした思い出と重なって、あの頃の幸福感や切なさがよみがえるからでしょう。

ある高校で3年ごとに受け継がれているゲーム”サヨコ”。その年のサヨコが卒業する日に次のサヨコとなるべき者にメッセージと鍵が手渡されます。もしそれを受けるのなら、サヨコは4月の始業式の朝に自分の教室に赤い花をいけねばなりません。そして1年の間、自分がサヨコであることを絶対にまわりに悟られてはいけない。全校が薄々知っていながら誰もあえて口にしようとしない不思議なゲーム。これにはいったいどういう意味があるのか?
お話は春、夏、秋、冬、そしてまた春と季節感豊かな章に区切られていて、読んでいると自然に、高3というその不安定な1年間を自分の経験を重ねながら追っていくことになります。
前半は高2の延長なんだけど、後半は受験が入ってきて集中しないといけない、けれどもう二度と戻らないこの時間がとても惜しい、先には輝かしい大学生活と未来が開けているかもしれない、でもそうじゃないかもしれない、その漠然とした不安感。そんな雰囲気が作品全体に満ちています。
以下、惹かれた文章をあげてみると、

「学校というのはなんて変なところなのだろう。同じ歳の男の子と女の子がこんなにたくさん集まって、あの狭く四角い部屋にずらりと机を並べているなんて。なんと特異で、なんと優遇された、そしてなんと閉じられた空間なのだろう」

「彼らはすでに社会の一部であるかのように見える。けれども高校生は中途半端な端境の位置にあって、自分たちの一番弱くてもろい部分だけで世界と戦っている特殊な生き物のような気がする。この3年間の時間と空間は奇妙に宙ぶらりんだ」

「あのあざとくてせこいルール探しみたいな受験勉強ってなんか嫌いじゃないよ。学歴社会とかみんなけなしたりしてるけど、いきなり明日からさ、じゃあ君の好きで得意なことやって君の個性を見せてくださいなんて言われたら困るよな。そんな、僕、点数で判断してもらわなきゃ困りますって言い出す奴がいっぱいいるんだろうな」

「必死になって勉強しているこの時期、もう来年の自分の運命は決まっているのだろうか。決まっているに違いないと苦し紛れに思う。もう決まっているのならば、あがいても焦っても仕方ないのではないか?(中略)しかもこれは完全に1人っきりの戦いであるということを、彼らはようやく理解するのだった。他人は蹴落とさねばならないし、頭がいいと言われてきた自分のちっぽけな自尊心を守らなければならない。今まで失敗することが少なかった彼らも、今度は失敗するかもしれないのだということをひしひしと感じるようになる」

「こうして4人で過ごせる最高の時間がほんの少ししかないことも彼は心のどこかで承知していた。たとえ4人が大学生になって再会したとしても、もう二度とこんな一体感、この4人がいるべき場所にいるという、世界の秩序の一部になったような満足感を味わうことはないだろう。」

特に秋の章の学園祭で、全校生徒で行うことになった「六番目の小夜子」の朗読劇はその迫力と不吉さが圧巻でした。
また、この作品は雅子と秋の目から描かれているので主人公は一応彼らだと思いますが、なんといっても転校生沙世子の魅力が圧倒的で、以下のような文章で表現されていました。
「ずば抜けて美しいということは権力を持つということだった。彼女が何もしなくとも、さまざまなモノが彼女の周りに集まってくるのだ。なぜ人は素晴らしいもの、美しいものに惹かれるのだろう。」
ドラマでは栗山千明さんが演じていましたが、まさにはまり役でした。

このデビュー作にはその後の恩田作品の要素が詰まっています。不穏さ、さわやかさ、みずみずしさ、謎めいた設定、そしていつも賛否両論になるオチの曖昧さも(苦笑)。後の作品でこれよりすぐれているものはたくさんありますが、自分にとってはインパクトの強烈さという意味ではこれを超えるものはいまだにありません。
今回読み直してみて、タイトルの”小夜子”と転校生の”沙世子”の字が違うことに今頃気がつきました(汗)。変えてあるのはどうしてなんでしょうね。
六番目の小夜子 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 六番目の小夜子 (新潮文庫)より
4101234132
No.273
(5pt)

恩田陸の原点、何度読んでも引き込まれます

最近再放送されたドラマを見て、久々に原作を再読しました。1992年第4回ファンタジーノベル大賞最終候補に残った作品です。あとがきで恩田さん本人が書いていらっしゃいますが「酷評されてあっさり落選」したということ。けれどこの大賞を受賞した作家で消えてしまった人の多いこと。また2017年から恩田さんが選考委員になっておられて、先のことはわからないものだなと思います。
もうほとんど30年前の作品ですが古い感じはまったくしません。一部忘れていましたが、以前と同じように引き込まれました。それはたぶん自分自身の高校時代のキラキラした思い出と重なって、あの頃の幸福感や切なさがよみがえるからでしょう。

ある高校で3年ごとに受け継がれているゲーム”サヨコ”。その年のサヨコが卒業する日に次のサヨコとなるべき者にメッセージと鍵が手渡されます。もしそれを受けるのなら、サヨコは4月の始業式の朝に自分の教室に赤い花をいけねばなりません。そして1年の間、自分がサヨコであることを絶対にまわりに悟られてはいけない。全校が薄々知っていながら誰もあえて口にしようとしない不思議なゲーム。これにはいったいどういう意味があるのか?
お話は春、夏、秋、冬、そしてまた春と季節感豊かな章に区切られていて、読んでいると自然に、高3というその不安定な1年間を自分の経験を重ねながら追っていくことになります。
前半は高2の延長なんだけど、後半は受験が入ってきて集中しないといけない、けれどもう二度と戻らないこの時間がとても惜しい、先には輝かしい大学生活と未来が開けているかもしれない、でもそうじゃないかもしれない、その漠然とした不安感。そんな雰囲気が作品全体に満ちています。
以下、惹かれた文章をあげてみると、

「学校というのはなんて変なところなのだろう。同じ歳の男の子と女の子がこんなにたくさん集まって、あの狭く四角い部屋にずらりと机を並べているなんて。なんと特異で、なんと優遇された、そしてなんと閉じられた空間なのだろう」

「彼らはすでに社会の一部であるかのように見える。けれども高校生は中途半端な端境の位置にあって、自分たちの一番弱くてもろい部分だけで世界と戦っている特殊な生き物のような気がする。この3年間の時間と空間は奇妙に宙ぶらりんだ」

「あのあざとくてせこいルール探しみたいな受験勉強ってなんか嫌いじゃないよ。学歴社会とかみんなけなしたりしてるけど、いきなり明日からさ、じゃあ君の好きで得意なことやって君の個性を見せてくださいなんて言われたら困るよな。そんな、僕、点数で判断してもらわなきゃ困りますって言い出す奴がいっぱいいるんだろうな」

「必死になって勉強しているこの時期、もう来年の自分の運命は決まっているのだろうか。決まっているに違いないと苦し紛れに思う。もう決まっているのならば、あがいても焦っても仕方ないのではないか?(中略)しかもこれは完全に1人っきりの戦いであるということを、彼らはようやく理解するのだった。他人は蹴落とさねばならないし、頭がいいと言われてきた自分のちっぽけな自尊心を守らなければならない。今まで失敗することが少なかった彼らも、今度は失敗するかもしれないのだということをひしひしと感じるようになる」

「こうして4人で過ごせる最高の時間がほんの少ししかないことも彼は心のどこかで承知していた。たとえ4人が大学生になって再会したとしても、もう二度とこんな一体感、この4人がいるべき場所にいるという、世界の秩序の一部になったような満足感を味わうことはないだろう。」

特に秋の章の学園祭で、全校生徒で行うことになった「六番目の小夜子」の朗読劇はその迫力と不吉さが圧巻でした。
また、この作品は雅子と秋の目から描かれているので主人公は一応彼らだと思いますが、なんといっても転校生沙世子の魅力が圧倒的で、以下のような文章で表現されていました。
「ずば抜けて美しいということは権力を持つということだった。彼女が何もしなくとも、さまざまなモノが彼女の周りに集まってくるのだ。なぜ人は素晴らしいもの、美しいものに惹かれるのだろう。」
ドラマでは栗山千明さんが演じていましたが、まさにはまり役でした。

このデビュー作にはその後の恩田作品の要素が詰まっています。不穏さ、さわやかさ、みずみずしさ、謎めいた設定、そしていつも賛否両論になるオチの曖昧さも(苦笑)。後の作品でこれよりすぐれているものはたくさんありますが、自分にとってはインパクトの強烈さという意味ではこれを超えるものはいまだにありません。
今回読み直してみて、タイトルの”小夜子”と転校生の”沙世子”の字が違うことに今頃気がつきました(汗)。変えてあるのはどうしてなんでしょうね。
六番目の小夜子 Amazon書評・レビュー: 六番目の小夜子より
4103971029
No.272
(5pt)

恩田陸の原点、何度読んでも引き込まれます

最近再放送されたドラマを見て、久々に原作を再読しました。1992年第4回ファンタジーノベル大賞最終候補に残った作品です。あとがきで恩田さん本人が書いていらっしゃいますが「酷評されてあっさり落選」したということ。けれどこの大賞を受賞した作家で消えてしまった人の多いこと。また2017年から恩田さんが選考委員になっておられて、先のことはわからないものだなと思います。
もうほとんど30年前の作品ですが古い感じはまったくしません。一部忘れていましたが、以前と同じように引き込まれました。それはたぶん自分自身の高校時代のキラキラした思い出と重なって、あの頃の幸福感や切なさがよみがえるからでしょう。

ある高校で3年ごとに受け継がれているゲーム”サヨコ”。その年のサヨコが卒業する日に次のサヨコとなるべき者にメッセージと鍵が手渡されます。もしそれを受けるのなら、サヨコは4月の始業式の朝に自分の教室に赤い花をいけねばなりません。そして1年の間、自分がサヨコであることを絶対にまわりに悟られてはいけない。全校が薄々知っていながら誰もあえて口にしようとしない不思議なゲーム。これにはいったいどういう意味があるのか?
お話は春、夏、秋、冬、そしてまた春と季節感豊かな章に区切られていて、読んでいると自然に、高3というその不安定な1年間を自分の経験を重ねながら追っていくことになります。
前半は高2の延長なんだけど、後半は受験が入ってきて集中しないといけない、けれどもう二度と戻らないこの時間がとても惜しい、先には輝かしい大学生活と未来が開けているかもしれない、でもそうじゃないかもしれない、その漠然とした不安感。そんな雰囲気が作品全体に満ちています。
以下、惹かれた文章をあげてみると、

「学校というのはなんて変なところなのだろう。同じ歳の男の子と女の子がこんなにたくさん集まって、あの狭く四角い部屋にずらりと机を並べているなんて。なんと特異で、なんと優遇された、そしてなんと閉じられた空間なのだろう」

「彼らはすでに社会の一部であるかのように見える。けれども高校生は中途半端な端境の位置にあって、自分たちの一番弱くてもろい部分だけで世界と戦っている特殊な生き物のような気がする。この3年間の時間と空間は奇妙に宙ぶらりんだ」

「あのあざとくてせこいルール探しみたいな受験勉強ってなんか嫌いじゃないよ。学歴社会とかみんなけなしたりしてるけど、いきなり明日からさ、じゃあ君の好きで得意なことやって君の個性を見せてくださいなんて言われたら困るよな。そんな、僕、点数で判断してもらわなきゃ困りますって言い出す奴がいっぱいいるんだろうな」

「必死になって勉強しているこの時期、もう来年の自分の運命は決まっているのだろうか。決まっているに違いないと苦し紛れに思う。もう決まっているのならば、あがいても焦っても仕方ないのではないか?(中略)しかもこれは完全に1人っきりの戦いであるということを、彼らはようやく理解するのだった。他人は蹴落とさねばならないし、頭がいいと言われてきた自分のちっぽけな自尊心を守らなければならない。今まで失敗することが少なかった彼らも、今度は失敗するかもしれないのだということをひしひしと感じるようになる」

「こうして4人で過ごせる最高の時間がほんの少ししかないことも彼は心のどこかで承知していた。たとえ4人が大学生になって再会したとしても、もう二度とこんな一体感、この4人がいるべき場所にいるという、世界の秩序の一部になったような満足感を味わうことはないだろう。」

特に秋の章の学園祭で、全校生徒で行うことになった「六番目の小夜子」の朗読劇はその迫力と不吉さが圧巻でした。
また、この作品は雅子と秋の目から描かれているので主人公は一応彼らだと思いますが、なんといっても転校生沙世子の魅力が圧倒的で、以下のような文章で表現されていました。
「ずば抜けて美しいということは権力を持つということだった。彼女が何もしなくとも、さまざまなモノが彼女の周りに集まってくるのだ。なぜ人は素晴らしいもの、美しいものに惹かれるのだろう。」
ドラマでは栗山千明さんが演じていましたが、まさにはまり役でした。

このデビュー作にはその後の恩田作品の要素が詰まっています。不穏さ、さわやかさ、みずみずしさ、謎めいた設定、そしていつも賛否両論になるオチの曖昧さも(苦笑)。後の作品でこれよりすぐれているものはたくさんありますが、自分にとってはインパクトの強烈さという意味ではこれを超えるものはいまだにありません。
今回読み直してみて、タイトルの”小夜子”と転校生の”沙世子”の字が違うことに今頃気がつきました(汗)。変えてあるのはどうしてなんでしょうね。
六番目の小夜子 (新潮文庫―ファンタジーノベル・シリーズ) Amazon書評・レビュー: 六番目の小夜子 (新潮文庫―ファンタジーノベル・シリーズ)より
4101234116
No.271
(5pt)

本質はジュブナイル

表層的なカテゴリーとしては「ホラー」とされているけれど、この作品の本質は「ジュブナイル」なのだろう。
すなわち、学校という「場」が持つ不可思議な力。子供と大人の端境期に置かれた「高校3年生」の心の不安定さ、脆さ、儚さ、そしてそれらに裏付けられた美しさ。そういったものを著者は描きたかったのではないかと思う。

伏線が回収しきれていなかったり、各登場人物の行動原理(目的)とその帰結の描写が曖昧だったりする箇所があり、それが発表当初の酷評に繋がったのかもしれないが、もうはるか昔に「青春」を置いてきてしまった一読者としては、少し胸が締め付けられるような、それでいてこの若者たちに幸あれと素直に祈ることできるような、爽やかな読後感を味わうことができた作品だった。
六番目の小夜子 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 六番目の小夜子 (新潮文庫)より
4101234132
No.270
(5pt)

本質はジュブナイル

表層的なカテゴリーとしては「ホラー」とされているけれど、この作品の本質は「ジュブナイル」なのだろう。
すなわち、学校という「場」が持つ不可思議な力。子供と大人の端境期に置かれた「高校3年生」の心の不安定さ、脆さ、儚さ、そしてそれらに裏付けられた美しさ。そういったものを著者は描きたかったのではないかと思う。

伏線が回収しきれていなかったり、各登場人物の行動原理(目的)とその帰結の描写が曖昧だったりする箇所があり、それが発表当初の酷評に繋がったのかもしれないが、もうはるか昔に「青春」を置いてきてしまった一読者としては、少し胸が締め付けられるような、それでいてこの若者たちに幸あれと素直に祈ることできるような、爽やかな読後感を味わうことができた作品だった。
六番目の小夜子 Amazon書評・レビュー: 六番目の小夜子より
4103971029