オイディプスの刃

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オイディプスの刃の評価:

4.56/5点 レビュー 16件。 B ランク

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平均点4.56pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全50件 1〜20 1/3ページ
No.50
(3pt)

赤江瀑の傑作長編小説。作品は星5、表紙は星0

赤江瀑の作品まで表紙をコミック的なイラストにするのはやめて頂きたい。本文を読めば作品のイメージにそぐわないことはわかるはずだ。出版業界も大変なのは理解出来ますが、小綺麗なイラストでオタクを釣る様なやり方はやめましょう。作者の美学に反する行為です。
オイディプスの刃 (河出文庫) Amazon書評・レビュー: オイディプスの刃 (河出文庫)より
4309417094
No.49
(3pt)

赤江瀑の傑作長編小説。作品は星5、表紙は星0

赤江瀑の作品まで表紙をコミック的なイラストにするのはやめて頂きたい。本文を読めば作品のイメージにそぐわないことはわかるはずだ。出版業界も大変なのは理解出来ますが、小綺麗なイラストでオタクを釣る様なやり方はやめましょう。作者の美学に反する行為です。
オイディプスの刃 (ハルキ文庫) Amazon書評・レビュー: オイディプスの刃 (ハルキ文庫)より
4894567024
No.48
(3pt)

赤江瀑の傑作長編小説。作品は星5、表紙は星0

赤江瀑の作品まで表紙をコミック的なイラストにするのはやめて頂きたい。本文を読めば作品のイメージにそぐわないことはわかるはずだ。出版業界も大変なのは理解出来ますが、小綺麗なイラストでオタクを釣る様なやり方はやめましょう。作者の美学に反する行為です。
オイディプスの刃 (1979年) (角川文庫) Amazon書評・レビュー: オイディプスの刃 (1979年) (角川文庫)より
B000J8GSGS
No.47
(3pt)

赤江瀑の傑作長編小説。作品は星5、表紙は星0

赤江瀑の作品まで表紙をコミック的なイラストにするのはやめて頂きたい。本文を読めば作品のイメージにそぐわないことはわかるはずだ。出版業界も大変なのは理解出来ますが、小綺麗なイラストでオタクを釣る様なやり方はやめましょう。作者の美学に反する行為です。
オイディプスの刃 (角川文庫 緑 376-3) Amazon書評・レビュー: オイディプスの刃 (角川文庫 緑 376-3)より
4041376033
No.46
(3pt)

赤江瀑の傑作長編小説。作品は星5、表紙は星0

赤江瀑の作品まで表紙をコミック的なイラストにするのはやめて頂きたい。本文を読めば作品のイメージにそぐわないことはわかるはずだ。出版業界も大変なのは理解出来ますが、小綺麗なイラストでオタクを釣る様なやり方はやめましょう。作者の美学に反する行為です。
オイディプスの刃 (1974年) Amazon書評・レビュー: オイディプスの刃 (1974年)より
B000J960DI
No.45
(5pt)

陶酔的な情念の〈呪い〉

赤江瀑は、呪う作家である。
その阿片にも似た濃厚な情念にとらわれた者は、赤江瀑を追いかけないでいられないであろう。その意味で、赤江瀑の呪いを知らない人は不幸であるし、幸福でもあろう。何も知らずに、明るく平凡な生活の中で、消費的な娯楽とその快楽に生きるというのも、それはそれで無難な幸福には違いないからだ。

赤江瀑を語る上で、「ホモセクシャル」というその属性を、語り落とすことは出来ない。
著者生前には、公然と語りづらい部分ではあったものの、デビュー短編集の『獣林寺妖変』初版単行本の帯には「妖艶! ホモセクシャルの世界!!」という惹句が踊っていたのだから、読む人が読めば、それは否定のしようもないことだったのである。

「ホモセクシャル」作家の系譜と言えば、だれでもまずは『仮面の告白』の三島由紀夫を思い出さずにはいられないだろう。そして、その盟友であった中井英夫が書いた、幻想ミステリの巨峰『虚無への供物』では、赤江瀑がモデルとして登場しているというのは有名な話である。その名も「氷沼紅司」。

また、赤江瀑周辺の「ホモセクシャル」作家と言えば、それはなにも小説家にとどまるものではない。赤江瀑の著作の装幀を担当した、人形作家の辻村ジュサブロー(講談社文庫版『獣林寺妖変』『罪喰い』等)、装幀画家の村上芳正(角川文庫版『海峡』『美神たちの黄泉』等)もまた、忘れがたい「魔の美神」的な存在だ。

彼らに共通するのは、その「耽美」性と、ホモセクシャルゆえの「疎外感と渇愛」であろう。
今のように、若い女性の間でBL(ボーイズ・ラブ)小説が当たり前に消費されても、あるいは社会的に性的少数者(LGBT=lesbian, gay, bisexual, and transgender)の権利が広く叫ばれるようになっても、まだまだ世間の「生理的偏見」までが薄れたわけではないのだから、まして赤江瀑世代の「疎外感」は、けっして尋常一様ものではなかったし、だからこそ逆に、それは消費社会における「ぬるま湯的な作品」には見られない、「赤黒い情念」の渦巻く、非凡な作品へと結晶し得たのである。

本書『オイディプスの刃』は、赤江瀑の長編代表作である。
赤江瀑は、基本的には短編型の作家で、長編は必ずしも得意ではない。というのも、情念をこめた緋文字で物語を綴るタイプの作家には、プロットの構築性が求められる長編は、不向きだったからであろう。
しかしまた、『オイディプスの刃』の場合は、赤江瀑がその個性を矯めることなく、むしろそれを過剰なまでに投入することで、「赤江瀑の長編」として成功した、例外的作品でもある。
本作は「宿命の兄弟」の物語として語られるが、それは「ホモセクシャル的な関係性」を「兄弟」いう形式にズラして描いた作品と考えても、間違いではないはずだ。だからこそ、この物語は「過剰に濃厚」なのである。

ちなみに、本作では「刀剣と香水」がテーマ的に扱われているが、これは容易に「男根と精液(とその匂い)」のメタファーであることが理解できよう。
また、こうした小道具の扱い方は、中井英夫の『虚無への供物』が「植物と色彩」をテーマにしたことと関係があるのかも知れない。中井が、構想して果たし得なかった三部作の残り2作は「鉱物と音」「動物と臭い」をテーマにしたものであった(『ケンタウロスの嘆き』所収「黒い水脈」)。

ともあれ、赤江瀑の作品は、残念ながら「読者を選ぶ」。
平凡で起伏のない日常を、パステル色の幸福を生きている人には、とうてい理解できない世界を、赤江瀑は描いているからだ。いや、描かざるを得ない生を歩んだ、「宿命」の作家だったからだ。

赤江瀑が読者へと突き出す、目に見えない妖刀。
その切っ先が、あっさりと空を切るかのように通り抜けてしまう、生きる世界を異にする人たちが多い中で、稀に、その刃が胸肉に立って、赤黒い血を噴き出させる読者がいる。
赤江瀑は、そんな読者のために、何度でも甦るだろう。
赤江瀑は、決して「代わり」の生まれて来ない、最初で最後の「宿命の小説家」なのである。
オイディプスの刃 (河出文庫) Amazon書評・レビュー: オイディプスの刃 (河出文庫)より
4309417094
No.44
(5pt)

陶酔的な情念の〈呪い〉

赤江瀑は、呪う作家である。
その阿片にも似た濃厚な情念にとらわれた者は、赤江瀑を追いかけないでいられないであろう。その意味で、赤江瀑の呪いを知らない人は不幸であるし、幸福でもあろう。何も知らずに、明るく平凡な生活の中で、消費的な娯楽とその快楽に生きるというのも、それはそれで無難な幸福には違いないからだ。

赤江瀑を語る上で、「ホモセクシャル」というその属性を、語り落とすことは出来ない。
著者生前には、公然と語りづらい部分ではあったものの、デビュー短編集の『獣林寺妖変』初版単行本の帯には「妖艶! ホモセクシャルの世界!!」という惹句が踊っていたのだから、読む人が読めば、それは否定のしようもないことだったのである。

「ホモセクシャル」作家の系譜と言えば、だれでもまずは『仮面の告白』の三島由紀夫を思い出さずにはいられないだろう。そして、その盟友であった中井英夫が書いた、幻想ミステリの巨峰『虚無への供物』では、赤江瀑がモデルとして登場しているというのは有名な話である。その名も「氷沼紅司」。

また、赤江瀑周辺の「ホモセクシャル」作家と言えば、それはなにも小説家にとどまるものではない。赤江瀑の著作の装幀を担当した、人形作家の辻村ジュサブロー(講談社文庫版『獣林寺妖変』『罪喰い』等)、装幀画家の村上芳正(角川文庫版『海峡』『美神たちの黄泉』等)もまた、忘れがたい「魔の美神」的な存在だ。

彼らに共通するのは、その「耽美」性と、ホモセクシャルゆえの「疎外感と渇愛」であろう。
今のように、若い女性の間でBL(ボーイズ・ラブ)小説が当たり前に消費されても、あるいは社会的に性的少数者(LGBT=lesbian, gay, bisexual, and transgender)の権利が広く叫ばれるようになっても、まだまだ世間の「生理的偏見」までが薄れたわけではないのだから、まして赤江瀑世代の「疎外感」は、けっして尋常一様ものではなかったし、だからこそ逆に、それは消費社会における「ぬるま湯的な作品」には見られない、「赤黒い情念」の渦巻く、非凡な作品へと結晶し得たのである。

本書『オイディプスの刃』は、赤江瀑の長編代表作である。
赤江瀑は、基本的には短編型の作家で、長編は必ずしも得意ではない。というのも、情念をこめた緋文字で物語を綴るタイプの作家には、プロットの構築性が求められる長編は、不向きだったからであろう。
しかしまた、『オイディプスの刃』の場合は、赤江瀑がその個性を矯めることなく、むしろそれを過剰なまでに投入することで、「赤江瀑の長編」として成功した、例外的作品でもある。
本作は「宿命の兄弟」の物語として語られるが、それは「ホモセクシャル的な関係性」を「兄弟」いう形式にズラして描いた作品と考えても、間違いではないはずだ。だからこそ、この物語は「過剰に濃厚」なのである。

ちなみに、本作では「刀剣と香水」がテーマ的に扱われているが、これは容易に「男根と精液(とその匂い)」のメタファーであることが理解できよう。
また、こうした小道具の扱い方は、中井英夫の『虚無への供物』が「植物と色彩」をテーマにしたことと関係があるのかも知れない。中井が、構想して果たし得なかった三部作の残り2作は「鉱物と音」「動物と臭い」をテーマにしたものであった(『ケンタウロスの嘆き』所収「黒い水脈」)。

ともあれ、赤江瀑の作品は、残念ながら「読者を選ぶ」。
平凡で起伏のない日常を、パステル色の幸福を生きている人には、とうてい理解できない世界を、赤江瀑は描いているからだ。いや、描かざるを得ない生を歩んだ、「宿命」の作家だったからだ。

赤江瀑が読者へと突き出す、目に見えない妖刀。
その切っ先が、あっさりと空を切るかのように通り抜けてしまう、生きる世界を異にする人たちが多い中で、稀に、その刃が胸肉に立って、赤黒い血を噴き出させる読者がいる。
赤江瀑は、そんな読者のために、何度でも甦るだろう。
赤江瀑は、決して「代わり」の生まれて来ない、最初で最後の「宿命の小説家」なのである。
オイディプスの刃 (ハルキ文庫) Amazon書評・レビュー: オイディプスの刃 (ハルキ文庫)より
4894567024
No.43
(5pt)

陶酔的な情念の〈呪い〉

赤江瀑は、呪う作家である。
その阿片にも似た濃厚な情念にとらわれた者は、赤江瀑を追いかけないでいられないであろう。その意味で、赤江瀑の呪いを知らない人は不幸であるし、幸福でもあろう。何も知らずに、明るく平凡な生活の中で、消費的な娯楽とその快楽に生きるというのも、それはそれで無難な幸福には違いないからだ。

赤江瀑を語る上で、「ホモセクシャル」というその属性を、語り落とすことは出来ない。
著者生前には、公然と語りづらい部分ではあったものの、デビュー短編集の『獣林寺妖変』初版単行本の帯には「妖艶! ホモセクシャルの世界!!」という惹句が踊っていたのだから、読む人が読めば、それは否定のしようもないことだったのである。

「ホモセクシャル」作家の系譜と言えば、だれでもまずは『仮面の告白』の三島由紀夫を思い出さずにはいられないだろう。そして、その盟友であった中井英夫が書いた、幻想ミステリの巨峰『虚無への供物』では、赤江瀑がモデルとして登場しているというのは有名な話である。その名も「氷沼紅司」。

また、赤江瀑周辺の「ホモセクシャル」作家と言えば、それはなにも小説家にとどまるものではない。赤江瀑の著作の装幀を担当した、人形作家の辻村ジュサブロー(講談社文庫版『獣林寺妖変』『罪喰い』等)、装幀画家の村上芳正(角川文庫版『海峡』『美神たちの黄泉』等)もまた、忘れがたい「魔の美神」的な存在だ。

彼らに共通するのは、その「耽美」性と、ホモセクシャルゆえの「疎外感と渇愛」であろう。
今のように、若い女性の間でBL(ボーイズ・ラブ)小説が当たり前に消費されても、あるいは社会的に性的少数者(LGBT=lesbian, gay, bisexual, and transgender)の権利が広く叫ばれるようになっても、まだまだ世間の「生理的偏見」までが薄れたわけではないのだから、まして赤江瀑世代の「疎外感」は、けっして尋常一様ものではなかったし、だからこそ逆に、それは消費社会における「ぬるま湯的な作品」には見られない、「赤黒い情念」の渦巻く、非凡な作品へと結晶し得たのである。

本書『オイディプスの刃』は、赤江瀑の長編代表作である。
赤江瀑は、基本的には短編型の作家で、長編は必ずしも得意ではない。というのも、情念をこめた緋文字で物語を綴るタイプの作家には、プロットの構築性が求められる長編は、不向きだったからであろう。
しかしまた、『オイディプスの刃』の場合は、赤江瀑がその個性を矯めることなく、むしろそれを過剰なまでに投入することで、「赤江瀑の長編」として成功した、例外的作品でもある。
本作は「宿命の兄弟」の物語として語られるが、それは「ホモセクシャル的な関係性」を「兄弟」いう形式にズラして描いた作品と考えても、間違いではないはずだ。だからこそ、この物語は「過剰に濃厚」なのである。

ちなみに、本作では「刀剣と香水」がテーマ的に扱われているが、これは容易に「男根と精液(とその匂い)」のメタファーであることが理解できよう。
また、こうした小道具の扱い方は、中井英夫の『虚無への供物』が「植物と色彩」をテーマにしたことと関係があるのかも知れない。中井が、構想して果たし得なかった三部作の残り2作は「鉱物と音」「動物と臭い」をテーマにしたものであった(『ケンタウロスの嘆き』所収「黒い水脈」)。

ともあれ、赤江瀑の作品は、残念ながら「読者を選ぶ」。
平凡で起伏のない日常を、パステル色の幸福を生きている人には、とうてい理解できない世界を、赤江瀑は描いているからだ。いや、描かざるを得ない生を歩んだ、「宿命」の作家だったからだ。

赤江瀑が読者へと突き出す、目に見えない妖刀。
その切っ先が、あっさりと空を切るかのように通り抜けてしまう、生きる世界を異にする人たちが多い中で、稀に、その刃が胸肉に立って、赤黒い血を噴き出させる読者がいる。
赤江瀑は、そんな読者のために、何度でも甦るだろう。
赤江瀑は、決して「代わり」の生まれて来ない、最初で最後の「宿命の小説家」なのである。
オイディプスの刃 (1979年) (角川文庫) Amazon書評・レビュー: オイディプスの刃 (1979年) (角川文庫)より
B000J8GSGS
No.42
(5pt)

陶酔的な情念の〈呪い〉

赤江瀑は、呪う作家である。
その阿片にも似た濃厚な情念にとらわれた者は、赤江瀑を追いかけないでいられないであろう。その意味で、赤江瀑の呪いを知らない人は不幸であるし、幸福でもあろう。何も知らずに、明るく平凡な生活の中で、消費的な娯楽とその快楽に生きるというのも、それはそれで無難な幸福には違いないからだ。

赤江瀑を語る上で、「ホモセクシャル」というその属性を、語り落とすことは出来ない。
著者生前には、公然と語りづらい部分ではあったものの、デビュー短編集の『獣林寺妖変』初版単行本の帯には「妖艶! ホモセクシャルの世界!!」という惹句が踊っていたのだから、読む人が読めば、それは否定のしようもないことだったのである。

「ホモセクシャル」作家の系譜と言えば、だれでもまずは『仮面の告白』の三島由紀夫を思い出さずにはいられないだろう。そして、その盟友であった中井英夫が書いた、幻想ミステリの巨峰『虚無への供物』では、赤江瀑がモデルとして登場しているというのは有名な話である。その名も「氷沼紅司」。

また、赤江瀑周辺の「ホモセクシャル」作家と言えば、それはなにも小説家にとどまるものではない。赤江瀑の著作の装幀を担当した、人形作家の辻村ジュサブロー(講談社文庫版『獣林寺妖変』『罪喰い』等)、装幀画家の村上芳正(角川文庫版『海峡』『美神たちの黄泉』等)もまた、忘れがたい「魔の美神」的な存在だ。

彼らに共通するのは、その「耽美」性と、ホモセクシャルゆえの「疎外感と渇愛」であろう。
今のように、若い女性の間でBL(ボーイズ・ラブ)小説が当たり前に消費されても、あるいは社会的に性的少数者(LGBT=lesbian, gay, bisexual, and transgender)の権利が広く叫ばれるようになっても、まだまだ世間の「生理的偏見」までが薄れたわけではないのだから、まして赤江瀑世代の「疎外感」は、けっして尋常一様ものではなかったし、だからこそ逆に、それは消費社会における「ぬるま湯的な作品」には見られない、「赤黒い情念」の渦巻く、非凡な作品へと結晶し得たのである。

本書『オイディプスの刃』は、赤江瀑の長編代表作である。
赤江瀑は、基本的には短編型の作家で、長編は必ずしも得意ではない。というのも、情念をこめた緋文字で物語を綴るタイプの作家には、プロットの構築性が求められる長編は、不向きだったからであろう。
しかしまた、『オイディプスの刃』の場合は、赤江瀑がその個性を矯めることなく、むしろそれを過剰なまでに投入することで、「赤江瀑の長編」として成功した、例外的作品でもある。
本作は「宿命の兄弟」の物語として語られるが、それは「ホモセクシャル的な関係性」を「兄弟」いう形式にズラして描いた作品と考えても、間違いではないはずだ。だからこそ、この物語は「過剰に濃厚」なのである。

ちなみに、本作では「刀剣と香水」がテーマ的に扱われているが、これは容易に「男根と精液(とその匂い)」のメタファーであることが理解できよう。
また、こうした小道具の扱い方は、中井英夫の『虚無への供物』が「植物と色彩」をテーマにしたことと関係があるのかも知れない。中井が、構想して果たし得なかった三部作の残り2作は「鉱物と音」「動物と臭い」をテーマにしたものであった(『ケンタウロスの嘆き』所収「黒い水脈」)。

ともあれ、赤江瀑の作品は、残念ながら「読者を選ぶ」。
平凡で起伏のない日常を、パステル色の幸福を生きている人には、とうてい理解できない世界を、赤江瀑は描いているからだ。いや、描かざるを得ない生を歩んだ、「宿命」の作家だったからだ。

赤江瀑が読者へと突き出す、目に見えない妖刀。
その切っ先が、あっさりと空を切るかのように通り抜けてしまう、生きる世界を異にする人たちが多い中で、稀に、その刃が胸肉に立って、赤黒い血を噴き出させる読者がいる。
赤江瀑は、そんな読者のために、何度でも甦るだろう。
赤江瀑は、決して「代わり」の生まれて来ない、最初で最後の「宿命の小説家」なのである。
オイディプスの刃 (角川文庫 緑 376-3) Amazon書評・レビュー: オイディプスの刃 (角川文庫 緑 376-3)より
4041376033
No.41
(5pt)

陶酔的な情念の〈呪い〉

赤江瀑は、呪う作家である。
その阿片にも似た濃厚な情念にとらわれた者は、赤江瀑を追いかけないでいられないであろう。その意味で、赤江瀑の呪いを知らない人は不幸であるし、幸福でもあろう。何も知らずに、明るく平凡な生活の中で、消費的な娯楽とその快楽に生きるというのも、それはそれで無難な幸福には違いないからだ。

赤江瀑を語る上で、「ホモセクシャル」というその属性を、語り落とすことは出来ない。
著者生前には、公然と語りづらい部分ではあったものの、デビュー短編集の『獣林寺妖変』初版単行本の帯には「妖艶! ホモセクシャルの世界!!」という惹句が踊っていたのだから、読む人が読めば、それは否定のしようもないことだったのである。

「ホモセクシャル」作家の系譜と言えば、だれでもまずは『仮面の告白』の三島由紀夫を思い出さずにはいられないだろう。そして、その盟友であった中井英夫が書いた、幻想ミステリの巨峰『虚無への供物』では、赤江瀑がモデルとして登場しているというのは有名な話である。その名も「氷沼紅司」。

また、赤江瀑周辺の「ホモセクシャル」作家と言えば、それはなにも小説家にとどまるものではない。赤江瀑の著作の装幀を担当した、人形作家の辻村ジュサブロー(講談社文庫版『獣林寺妖変』『罪喰い』等)、装幀画家の村上芳正(角川文庫版『海峡』『美神たちの黄泉』等)もまた、忘れがたい「魔の美神」的な存在だ。

彼らに共通するのは、その「耽美」性と、ホモセクシャルゆえの「疎外感と渇愛」であろう。
今のように、若い女性の間でBL(ボーイズ・ラブ)小説が当たり前に消費されても、あるいは社会的に性的少数者(LGBT=lesbian, gay, bisexual, and transgender)の権利が広く叫ばれるようになっても、まだまだ世間の「生理的偏見」までが薄れたわけではないのだから、まして赤江瀑世代の「疎外感」は、けっして尋常一様ものではなかったし、だからこそ逆に、それは消費社会における「ぬるま湯的な作品」には見られない、「赤黒い情念」の渦巻く、非凡な作品へと結晶し得たのである。

本書『オイディプスの刃』は、赤江瀑の長編代表作である。
赤江瀑は、基本的には短編型の作家で、長編は必ずしも得意ではない。というのも、情念をこめた緋文字で物語を綴るタイプの作家には、プロットの構築性が求められる長編は、不向きだったからであろう。
しかしまた、『オイディプスの刃』の場合は、赤江瀑がその個性を矯めることなく、むしろそれを過剰なまでに投入することで、「赤江瀑の長編」として成功した、例外的作品でもある。
本作は「宿命の兄弟」の物語として語られるが、それは「ホモセクシャル的な関係性」を「兄弟」いう形式にズラして描いた作品と考えても、間違いではないはずだ。だからこそ、この物語は「過剰に濃厚」なのである。

ちなみに、本作では「刀剣と香水」がテーマ的に扱われているが、これは容易に「男根と精液(とその匂い)」のメタファーであることが理解できよう。
また、こうした小道具の扱い方は、中井英夫の『虚無への供物』が「植物と色彩」をテーマにしたことと関係があるのかも知れない。中井が、構想して果たし得なかった三部作の残り2作は「鉱物と音」「動物と臭い」をテーマにしたものであった(『ケンタウロスの嘆き』所収「黒い水脈」)。

ともあれ、赤江瀑の作品は、残念ながら「読者を選ぶ」。
平凡で起伏のない日常を、パステル色の幸福を生きている人には、とうてい理解できない世界を、赤江瀑は描いているからだ。いや、描かざるを得ない生を歩んだ、「宿命」の作家だったからだ。

赤江瀑が読者へと突き出す、目に見えない妖刀。
その切っ先が、あっさりと空を切るかのように通り抜けてしまう、生きる世界を異にする人たちが多い中で、稀に、その刃が胸肉に立って、赤黒い血を噴き出させる読者がいる。
赤江瀑は、そんな読者のために、何度でも甦るだろう。
赤江瀑は、決して「代わり」の生まれて来ない、最初で最後の「宿命の小説家」なのである。
オイディプスの刃 (1974年) Amazon書評・レビュー: オイディプスの刃 (1974年)より
B000J960DI
No.40
(5pt)

赤江美学の初期の代表であり耽美ミステリの嚆矢

まずは、先のレビュワー様にお礼を!
私も同感です。
最近やっとオンデマンドやアンソロジー収録などで復刊されてますが、是非とも全集をお願いいたします!

地方都市の素封家と美しい後妻、その屋敷に滞在中の若い研ぎ師。
そして、突然起こる惨劇。
物語は、妻の連れ子である次男の目線で進んで行きますが、彼は飽くまで進行役であり狂言廻しに過ぎません。
主役は正に「オイディプスの刃」です。
同性への憧憬、複雑な血縁関係に依る近親相姦的感情を刀剣や調香をモチーフに描いた赤江美学の代表格であり、耽美ミステリの嚆矢と言えます。
クライマックスは静謐にして妖美華麗、ちょっと奮えが来ます!

79年にこの作品を読み、中学生だった私はすっかり赤江先生の虜になりました。以来、新刊はもちろん、装幀違い、版元違い、アンソロジーまで赤江 瀑の名があればついつい買ってしまい、かなりのダブりもあります。
赤江ファンはこのタイプが多く、漫画家の辻村弘子さんが同じことをお書きになってました。
確かに今では会話文など少し古く感じるかも知れませんが、嵌まったら最後、すべての作品を読まずにはいられなくなると思います。

若いファンが増えれば、全集刊行の可能性も高くなりますよね
オイディプスの刃 (ハルキ文庫) Amazon書評・レビュー: オイディプスの刃 (ハルキ文庫)より
4894567024
No.39
(5pt)

赤江美学の初期の代表であり耽美ミステリの嚆矢

まずは、先のレビュワー様にお礼を!
私も同感です。
最近やっとオンデマンドやアンソロジー収録などで復刊されてますが、是非とも全集をお願いいたします!

地方都市の素封家と美しい後妻、その屋敷に滞在中の若い研ぎ師。
そして、突然起こる惨劇。
物語は、妻の連れ子である次男の目線で進んで行きますが、彼は飽くまで進行役であり狂言廻しに過ぎません。
主役は正に「オイディプスの刃」です。
同性への憧憬、複雑な血縁関係に依る近親相姦的感情を刀剣や調香をモチーフに描いた赤江美学の代表格であり、耽美ミステリの嚆矢と言えます。
クライマックスは静謐にして妖美華麗、ちょっと奮えが来ます!

79年にこの作品を読み、中学生だった私はすっかり赤江先生の虜になりました。以来、新刊はもちろん、装幀違い、版元違い、アンソロジーまで赤江 瀑の名があればついつい買ってしまい、かなりのダブりもあります。
赤江ファンはこのタイプが多く、漫画家の辻村弘子さんが同じことをお書きになってました。
確かに今では会話文など少し古く感じるかも知れませんが、嵌まったら最後、すべての作品を読まずにはいられなくなると思います。

若いファンが増えれば、全集刊行の可能性も高くなりますよね
オイディプスの刃 (1979年) (角川文庫) Amazon書評・レビュー: オイディプスの刃 (1979年) (角川文庫)より
B000J8GSGS
No.38
(5pt)

赤江美学の初期の代表であり耽美ミステリの嚆矢

まずは、先のレビュワー様にお礼を!
私も同感です。
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地方都市の素封家と美しい後妻、その屋敷に滞在中の若い研ぎ師。
そして、突然起こる惨劇。
物語は、妻の連れ子である次男の目線で進んで行きますが、彼は飽くまで進行役であり狂言廻しに過ぎません。
主役は正に「オイディプスの刃」です。
同性への憧憬、複雑な血縁関係に依る近親相姦的感情を刀剣や調香をモチーフに描いた赤江美学の代表格であり、耽美ミステリの嚆矢と言えます。
クライマックスは静謐にして妖美華麗、ちょっと奮えが来ます!

79年にこの作品を読み、中学生だった私はすっかり赤江先生の虜になりました。以来、新刊はもちろん、装幀違い、版元違い、アンソロジーまで赤江 瀑の名があればついつい買ってしまい、かなりのダブりもあります。
赤江ファンはこのタイプが多く、漫画家の辻村弘子さんが同じことをお書きになってました。
確かに今では会話文など少し古く感じるかも知れませんが、嵌まったら最後、すべての作品を読まずにはいられなくなると思います。

若いファンが増えれば、全集刊行の可能性も高くなりますよね
オイディプスの刃 (角川文庫 緑 376-3) Amazon書評・レビュー: オイディプスの刃 (角川文庫 緑 376-3)より
4041376033
No.37
(5pt)

赤江美学の初期の代表であり耽美ミステリの嚆矢

まずは、先のレビュワー様にお礼を!
私も同感です。
最近やっとオンデマンドやアンソロジー収録などで復刊されてますが、是非とも全集をお願いいたします!

地方都市の素封家と美しい後妻、その屋敷に滞在中の若い研ぎ師。
そして、突然起こる惨劇。
物語は、妻の連れ子である次男の目線で進んで行きますが、彼は飽くまで進行役であり狂言廻しに過ぎません。
主役は正に「オイディプスの刃」です。
同性への憧憬、複雑な血縁関係に依る近親相姦的感情を刀剣や調香をモチーフに描いた赤江美学の代表格であり、耽美ミステリの嚆矢と言えます。
クライマックスは静謐にして妖美華麗、ちょっと奮えが来ます!

79年にこの作品を読み、中学生だった私はすっかり赤江先生の虜になりました。以来、新刊はもちろん、装幀違い、版元違い、アンソロジーまで赤江 瀑の名があればついつい買ってしまい、かなりのダブりもあります。
赤江ファンはこのタイプが多く、漫画家の辻村弘子さんが同じことをお書きになってました。
確かに今では会話文など少し古く感じるかも知れませんが、嵌まったら最後、すべての作品を読まずにはいられなくなると思います。

若いファンが増えれば、全集刊行の可能性も高くなりますよね
オイディプスの刃 (1974年) Amazon書評・レビュー: オイディプスの刃 (1974年)より
B000J960DI
No.36
(5pt)

赤江美学の初期の代表であり耽美ミステリの嚆矢

まずは、先のレビュワー様にお礼を!
私も同感です。
最近やっとオンデマンドやアンソロジー収録などで復刊されてますが、是非とも全集をお願いいたします!

地方都市の素封家と美しい後妻、その屋敷に滞在中の若い研ぎ師。
そして、突然起こる惨劇。
物語は、妻の連れ子である次男の目線で進んで行きますが、彼は飽くまで進行役であり狂言廻しに過ぎません。
主役は正に「オイディプスの刃」です。
同性への憧憬、複雑な血縁関係に依る近親相姦的感情を刀剣や調香をモチーフに描いた赤江美学の代表格であり、耽美ミステリの嚆矢と言えます。
クライマックスは静謐にして妖美華麗、ちょっと奮えが来ます!

79年にこの作品を読み、中学生だった私はすっかり赤江先生の虜になりました。以来、新刊はもちろん、装幀違い、版元違い、アンソロジーまで赤江 瀑の名があればついつい買ってしまい、かなりのダブりもあります。
赤江ファンはこのタイプが多く、漫画家の辻村弘子さんが同じことをお書きになってました。
確かに今では会話文など少し古く感じるかも知れませんが、嵌まったら最後、すべての作品を読まずにはいられなくなると思います。

若いファンが増えれば、全集刊行の可能性も高くなりますよね
オイディプスの刃 (河出文庫) Amazon書評・レビュー: オイディプスの刃 (河出文庫)より
4309417094
No.35
(5pt)

刀剣の魔力で読ませる耽美ミステリ(ネタに触れます)

由緒ある刀剣で不可解な殺人が起こり・・・というお話。

以下のレビューでこの小説のサワリとD・K・ブロスターという人の短篇「超能力」のネタに触れるので読んでない人は読まないでください。

恥ずかしながら、赤江さんの小説を読むのはこれが初めてでして、背徳的、耽美的という話は聞いておりましたが、実際にその通りで、その耽美的な所に中毒性を感じました。また、平成に入ってなくなった昭和の雰囲気も感じとれました。推理小説としての意外性もあり、個性的で良く出来た作品だと思いました。

昔のイギリスで書かれたゴースト・ストーリーにD・K・ブロスターという人の「超能力」という短篇がありまして、内容は、色々な国の刀が飾ってある館で日本の刀剣を握った少女がその刀剣の魔力に憑かれ、周囲にいる人を切りつけるという気味の悪い話でしたが、昔から日本の刀剣にはそういう魔力があったらしいのが判ります。この作品もそういう刀剣を所蔵したが為に惨劇に見舞われた家族の悲劇に思えました。

あと、靖国神社が昔は刀剣を鋳造する為の所だったそうで、戦争で亡くなった人を埋葬するのに使われるのはそういう理由があったのかとか思いました。

同性愛、今でいうLGBTも出てきますが、この頃は異常で背徳的、国によっては犯罪だったせいか、却って魅惑的に描写されている様にも思えました。いかにもこの時代らしい雰囲気でした。

この人や山田風太郎氏は出来れば全集にしてほしいです。日影丈吉さんは全集になった事を鑑みれば不可能ではないかも。

刀剣の魔力で読ませる耽美ミステリ。是非ご一読を。
オイディプスの刃 (ハルキ文庫) Amazon書評・レビュー: オイディプスの刃 (ハルキ文庫)より
4894567024
No.34
(5pt)

刀剣の魔力で読ませる耽美ミステリ(ネタに触れます)

由緒ある刀剣で不可解な殺人が起こり・・・というお話。

以下のレビューでこの小説のサワリとD・K・ブロスターという人の短篇「超能力」のネタに触れるので読んでない人は読まないでください。

恥ずかしながら、赤江さんの小説を読むのはこれが初めてでして、背徳的、耽美的という話は聞いておりましたが、実際にその通りで、その耽美的な所に中毒性を感じました。また、平成に入ってなくなった昭和の雰囲気も感じとれました。推理小説としての意外性もあり、個性的で良く出来た作品だと思いました。

昔のイギリスで書かれたゴースト・ストーリーにD・K・ブロスターという人の「超能力」という短篇がありまして、内容は、色々な国の刀が飾ってある館で日本の刀剣を握った少女がその刀剣の魔力に憑かれ、周囲にいる人を切りつけるという気味の悪い話でしたが、昔から日本の刀剣にはそういう魔力があったらしいのが判ります。この作品もそういう刀剣を所蔵したが為に惨劇に見舞われた家族の悲劇に思えました。

あと、靖国神社が昔は刀剣を鋳造する為の所だったそうで、戦争で亡くなった人を埋葬するのに使われるのはそういう理由があったのかとか思いました。

同性愛、今でいうLGBTも出てきますが、この頃は異常で背徳的、国によっては犯罪だったせいか、却って魅惑的に描写されている様にも思えました。いかにもこの時代らしい雰囲気でした。

この人や山田風太郎氏は出来れば全集にしてほしいです。日影丈吉さんは全集になった事を鑑みれば不可能ではないかも。

刀剣の魔力で読ませる耽美ミステリ。是非ご一読を。
オイディプスの刃 (1979年) (角川文庫) Amazon書評・レビュー: オイディプスの刃 (1979年) (角川文庫)より
B000J8GSGS
No.33
(5pt)

刀剣の魔力で読ませる耽美ミステリ(ネタに触れます)

由緒ある刀剣で不可解な殺人が起こり・・・というお話。

以下のレビューでこの小説のサワリとD・K・ブロスターという人の短篇「超能力」のネタに触れるので読んでない人は読まないでください。

恥ずかしながら、赤江さんの小説を読むのはこれが初めてでして、背徳的、耽美的という話は聞いておりましたが、実際にその通りで、その耽美的な所に中毒性を感じました。また、平成に入ってなくなった昭和の雰囲気も感じとれました。推理小説としての意外性もあり、個性的で良く出来た作品だと思いました。

昔のイギリスで書かれたゴースト・ストーリーにD・K・ブロスターという人の「超能力」という短篇がありまして、内容は、色々な国の刀が飾ってある館で日本の刀剣を握った少女がその刀剣の魔力に憑かれ、周囲にいる人を切りつけるという気味の悪い話でしたが、昔から日本の刀剣にはそういう魔力があったらしいのが判ります。この作品もそういう刀剣を所蔵したが為に惨劇に見舞われた家族の悲劇に思えました。

あと、靖国神社が昔は刀剣を鋳造する為の所だったそうで、戦争で亡くなった人を埋葬するのに使われるのはそういう理由があったのかとか思いました。

同性愛、今でいうLGBTも出てきますが、この頃は異常で背徳的、国によっては犯罪だったせいか、却って魅惑的に描写されている様にも思えました。いかにもこの時代らしい雰囲気でした。

この人や山田風太郎氏は出来れば全集にしてほしいです。日影丈吉さんは全集になった事を鑑みれば不可能ではないかも。

刀剣の魔力で読ませる耽美ミステリ。是非ご一読を。
オイディプスの刃 (角川文庫 緑 376-3) Amazon書評・レビュー: オイディプスの刃 (角川文庫 緑 376-3)より
4041376033
No.32
(5pt)

刀剣の魔力で読ませる耽美ミステリ(ネタに触れます)

由緒ある刀剣で不可解な殺人が起こり・・・というお話。

以下のレビューでこの小説のサワリとD・K・ブロスターという人の短篇「超能力」のネタに触れるので読んでない人は読まないでください。

恥ずかしながら、赤江さんの小説を読むのはこれが初めてでして、背徳的、耽美的という話は聞いておりましたが、実際にその通りで、その耽美的な所に中毒性を感じました。また、平成に入ってなくなった昭和の雰囲気も感じとれました。推理小説としての意外性もあり、個性的で良く出来た作品だと思いました。

昔のイギリスで書かれたゴースト・ストーリーにD・K・ブロスターという人の「超能力」という短篇がありまして、内容は、色々な国の刀が飾ってある館で日本の刀剣を握った少女がその刀剣の魔力に憑かれ、周囲にいる人を切りつけるという気味の悪い話でしたが、昔から日本の刀剣にはそういう魔力があったらしいのが判ります。この作品もそういう刀剣を所蔵したが為に惨劇に見舞われた家族の悲劇に思えました。

あと、靖国神社が昔は刀剣を鋳造する為の所だったそうで、戦争で亡くなった人を埋葬するのに使われるのはそういう理由があったのかとか思いました。

同性愛、今でいうLGBTも出てきますが、この頃は異常で背徳的、国によっては犯罪だったせいか、却って魅惑的に描写されている様にも思えました。いかにもこの時代らしい雰囲気でした。

この人や山田風太郎氏は出来れば全集にしてほしいです。日影丈吉さんは全集になった事を鑑みれば不可能ではないかも。

刀剣の魔力で読ませる耽美ミステリ。是非ご一読を。
オイディプスの刃 (1974年) Amazon書評・レビュー: オイディプスの刃 (1974年)より
B000J960DI
No.31
(5pt)

刀剣の魔力で読ませる耽美ミステリ(ネタに触れます)

由緒ある刀剣で不可解な殺人が起こり・・・というお話。

以下のレビューでこの小説のサワリとD・K・ブロスターという人の短篇「超能力」のネタに触れるので読んでない人は読まないでください。

恥ずかしながら、赤江さんの小説を読むのはこれが初めてでして、背徳的、耽美的という話は聞いておりましたが、実際にその通りで、その耽美的な所に中毒性を感じました。また、平成に入ってなくなった昭和の雰囲気も感じとれました。推理小説としての意外性もあり、個性的で良く出来た作品だと思いました。

昔のイギリスで書かれたゴースト・ストーリーにD・K・ブロスターという人の「超能力」という短篇がありまして、内容は、色々な国の刀が飾ってある館で日本の刀剣を握った少女がその刀剣の魔力に憑かれ、周囲にいる人を切りつけるという気味の悪い話でしたが、昔から日本の刀剣にはそういう魔力があったらしいのが判ります。この作品もそういう刀剣を所蔵したが為に惨劇に見舞われた家族の悲劇に思えました。

あと、靖国神社が昔は刀剣を鋳造する為の所だったそうで、戦争で亡くなった人を埋葬するのに使われるのはそういう理由があったのかとか思いました。

同性愛、今でいうLGBTも出てきますが、この頃は異常で背徳的、国によっては犯罪だったせいか、却って魅惑的に描写されている様にも思えました。いかにもこの時代らしい雰囲気でした。

この人や山田風太郎氏は出来れば全集にしてほしいです。日影丈吉さんは全集になった事を鑑みれば不可能ではないかも。

刀剣の魔力で読ませる耽美ミステリ。是非ご一読を。
オイディプスの刃 (河出文庫) Amazon書評・レビュー: オイディプスの刃 (河出文庫)より
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