(短編集)

こちらあみ子

【この小説が収録されている参考書籍】

【この小説が載っている参考書籍】

評判

こちらあみ子の評価:

4.20/5点 レビュー 118件。 B ランク

Amazon書評・レビュー点数毎のグラフです

平均点4.20pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全235件 41〜60 3/12ページ
No.195
(5pt)

一気に読んでしまう

映画化されたものを観て引き込まれてしまいその日に一気読みです。
主人公に魅了されました。
こちらあみ子 Amazon書評・レビュー: こちらあみ子より
4480804307
No.194
(5pt)

タランティーノのレザボアドックス並みの衝撃作

強烈に心を抉られた。
衝撃のデビュー作という点ではタランティーノのレザボアドックスのような際立った傑作だ。
こちらあみ子 (ちくま文庫) Amazon書評・レビュー: こちらあみ子 (ちくま文庫)より
4480431829
No.193
(4pt)

Amiko is so charming!

Original story and the movie, both are so nice.
こちらあみ子 (ちくま文庫) Amazon書評・レビュー: こちらあみ子 (ちくま文庫)より
4480431829
No.192
(2pt)

表紙に破れが…

本の内容は読みやすく良かったのですが、新品のはずなのに表紙上部が少しめくれて破れてました。
包装する際に袋に引っかけて入れたのかもしれません。
目立ちませんが残念でした。
こちらあみ子 (ちくま文庫) Amazon書評・レビュー: こちらあみ子 (ちくま文庫)より
4480431829
No.191
(5pt)

「あみちゃん、あみちゃんな」

-
 寄る辺ないままあみ子はこの世界に投げ出されている。

 今村夏子の筆は、安直な希望や救いも、薄っぺらな絶望も提示しない。様々な軋轢のあげく、家庭からも学校からも疎外されて居場所はあやうく狭まってきているのに、その自覚もないままあみ子は覚束なくつっ立っている。

 小説の冒頭とラストで描かれるのは、不思議に静寂なシーンだ。祖母の家に引っ越してきて程ない頃のはなしなのだろうか。それとも少しとしつきのたった頃のはなしなのだろうか。中学を卒業する前に片想いののり君に前歯を折られたときの‘気分’は、“なにぶん祖母と一緒に暮らす前、ここからずっと遠くの家に住んでいたころの話だから、もうほとんど忘れてしまった。” と書かれているが、時間の経過について触れられているわけではない。距離は以前の生活との隔絶を表すのか。「忘れんなよう」と言ってくれた坊主頭もふくめて “たくさんのひとたちの顔を忘れた。”

 殆ど前進しているようにはみえない竹馬に乗って、小学生のさきちゃんがやってくるのが遠くに見える。さきちゃんのためにあみ子はすみれを摘んでいる。“友達を大切にしなくてはという思い” をあみ子はもつ。“ゆっくり動くことしかできない、やさしい祖母” が、“あみちゃん、あみちゃんな” と呼んでいるのが聞こえた。呼びかけに “はあい” とやわらかくこたえる。空気の読めなかったあみ子は少し成長したのだろうか。成長することはよろこばしいことか。それとも悲しいことか。

 ここは流刑地だろうか。あるいは桃源郷なのだろうか。あたかも永遠につづく夏休みに入ったかのように、時間はゆるやかに、しかしそれでもたしかに流れている。流れていくさきはどこだろうか。

      *
 この畏るべき小説を読む前に、これを原作とした映画を観た。
 映画も悪くない作品である。演技経験がないという主演の大沢一菜の小賢しさのない演技が素晴らしい。

 映画は原作のストーリーやエピソードをほぼ忠実になぞっている。だが原作とこの映画作品とは本質的に異なっている。
 映画でのあみ子は、その天衣無縫な行動でさまざまな問題を起こしながらも、それでもお化けたちと交歓し、蛙を咥えた蛇を捕まえて振り回し、‘地団太のようなスキップ’ どころか連続の側転をも決めてみせる。波打ち際に立つラストシーンでは “まだ冷たいでしょ” と声を掛けられたのに対して “大丈夫じゃ” と屈託なく返事をかえす。これらは映画に付け加えられたエピソードだ。さらにエンドクレジットで流れるのは亡くなっている(肉親の)母が呼びかけてくる唄だ(音楽担当の青葉市子の弁)。あみ子はこの世界に許容され、居場所を失ってはいない。

      *
 言わずもがなの蛇足ながら、原作と映画作品は当然に別物である。
 今村夏子は映画のパンフレットにユーモラスな文を寄せている。
 “小説を書いている時、私はあみ子そのものだったように思います。あみ子と同じ視点で物を見、泣き、笑い、怒ったり傷ついたりしていました。”
 “今回、映画『こちらあみ子』を通して、初めてあみ子から見つめ返された私は、思いのほか、たじろぐことになります。鑑賞中は、あみ子そのものではなく、あみ子の家族や周囲の人々と同じように、あみ子に振り回され、困惑し続けました。あみ子の加減を知らない大声にびくっとさせられ、射るような眼差しから逃げるように目を逸らし、時には存在そのものをうっとおしく思う。困り顔で立ち尽くす私の元へ、裸足のあみ子がすたすたと近寄ってきて、「あんた誰」と問いかけます。こちらの答えを待たずに、「オセロしよう」と、強引に私の手を引っ張って、敷きっぱなしの布団の上に座らせるのです。(後略)”

      *
 あみ子はこれからどうなるのか。寡作の今村夏子が描き出す小説のいくつかが、その変奏のようにも思われるのだが…。
こちらあみ子 (ちくま文庫) Amazon書評・レビュー: こちらあみ子 (ちくま文庫)より
4480431829
No.190
(5pt)

タランティーノのレザボアドックス並みの衝撃作

強烈に心を抉られた。
衝撃のデビュー作という点ではタランティーノのレザボアドックスのような際立った傑作だ。
こちらあみ子 Amazon書評・レビュー: こちらあみ子より
4480804307
No.189
(4pt)

Amiko is so charming!

Original story and the movie, both are so nice.
こちらあみ子 Amazon書評・レビュー: こちらあみ子より
4480804307
No.188
(2pt)

表紙に破れが…

本の内容は読みやすく良かったのですが、新品のはずなのに表紙上部が少しめくれて破れてました。
包装する際に袋に引っかけて入れたのかもしれません。
目立ちませんが残念でした。
こちらあみ子 Amazon書評・レビュー: こちらあみ子より
4480804307
No.187
(5pt)

「あみちゃん、あみちゃんな」

-
 寄る辺ないままあみ子はこの世界に投げ出されている。

 今村夏子の筆は、安直な希望や救いも、薄っぺらな絶望も提示しない。様々な軋轢のあげく、家庭からも学校からも疎外されて居場所はあやうく狭まってきているのに、その自覚もないままあみ子は覚束なくつっ立っている。

 小説の冒頭とラストで描かれるのは、不思議に静寂なシーンだ。祖母の家に引っ越してきて程ない頃のはなしなのだろうか。それとも少しとしつきのたった頃のはなしなのだろうか。中学を卒業する前に片想いののり君に前歯を折られたときの‘気分’は、“なにぶん祖母と一緒に暮らす前、ここからずっと遠くの家に住んでいたころの話だから、もうほとんど忘れてしまった。” と書かれているが、時間の経過について触れられているわけではない。距離は以前の生活との隔絶を表すのか。「忘れんなよう」と言ってくれた坊主頭もふくめて “たくさんのひとたちの顔を忘れた。”

 殆ど前進しているようにはみえない竹馬に乗って、小学生のさきちゃんがやってくるのが遠くに見える。さきちゃんのためにあみ子はすみれを摘んでいる。“友達を大切にしなくてはという思い” をあみ子はもつ。“ゆっくり動くことしかできない、やさしい祖母” が、“あみちゃん、あみちゃんな” と呼んでいるのが聞こえた。呼びかけに “はあい” とやわらかくこたえる。空気の読めなかったあみ子は少し成長したのだろうか。成長することはよろこばしいことか。それとも悲しいことか。

 ここは流刑地だろうか。あるいは桃源郷なのだろうか。あたかも永遠につづく夏休みに入ったかのように、時間はゆるやかに、しかしそれでもたしかに流れている。流れていくさきはどこだろうか。

      *
 この畏るべき小説を読む前に、これを原作とした映画を観た。
 映画も悪くない作品である。演技経験がないという主演の大沢一菜の小賢しさのない演技が素晴らしい。

 映画は原作のストーリーやエピソードをほぼ忠実になぞっている。だが原作とこの映画作品とは本質的に異なっている。
 映画でのあみ子は、その天衣無縫な行動でさまざまな問題を起こしながらも、それでもお化けたちと交歓し、蛙を咥えた蛇を捕まえて振り回し、‘地団太のようなスキップ’ どころか連続の側転をも決めてみせる。波打ち際に立つラストシーンでは “まだ冷たいでしょ” と声を掛けられたのに対して “大丈夫じゃ” と屈託なく返事をかえす。これらは映画に付け加えられたエピソードだ。さらにエンドクレジットで流れるのは亡くなっている(肉親の)母が呼びかけてくる唄だ(音楽担当の青葉市子の弁)。あみ子はこの世界に許容され、居場所を失ってはいない。

      *
 言わずもがなの蛇足ながら、原作と映画作品は当然に別物である。
 今村夏子は映画のパンフレットにユーモラスな文を寄せている。
 “小説を書いている時、私はあみ子そのものだったように思います。あみ子と同じ視点で物を見、泣き、笑い、怒ったり傷ついたりしていました。”
 “今回、映画『こちらあみ子』を通して、初めてあみ子から見つめ返された私は、思いのほか、たじろぐことになります。鑑賞中は、あみ子そのものではなく、あみ子の家族や周囲の人々と同じように、あみ子に振り回され、困惑し続けました。あみ子の加減を知らない大声にびくっとさせられ、射るような眼差しから逃げるように目を逸らし、時には存在そのものをうっとおしく思う。困り顔で立ち尽くす私の元へ、裸足のあみ子がすたすたと近寄ってきて、「あんた誰」と問いかけます。こちらの答えを待たずに、「オセロしよう」と、強引に私の手を引っ張って、敷きっぱなしの布団の上に座らせるのです。(後略)”

      *
 あみ子はこれからどうなるのか。寡作の今村夏子が描き出す小説のいくつかが、その変奏のようにも思われるのだが…。
こちらあみ子 Amazon書評・レビュー: こちらあみ子より
4480804307
No.186
(5pt)

味方だよ

あみ子の味方はいないことはない。おにいちゃんや、クラスの男の子。
さきちゃん、おばあちゃん。

私はこの父親嫌だ。お兄ちゃんがぐれたのもわかる。この父親は、再婚相手が一番で、死産した赤ちゃんが二番に大事で、あみ子を追いやる。

お母さんももっとやだ。

大人になったあみ子は、前歯のない口で、どんな風に生きているんだろう、おばあちゃん亡き後は?

桃作れるのかな。

前歯失ったのに殴られたのにのり君を全く責めていない、悲しいあみ子。
同級生の男の子は、その悲しさに気づいた。

この小説は、大事なもの、大事にしたいことが書かれてる。
作者が一番書きたかった大事なものをあみ子は潜めている。

それは涙のしょっぱさです。
悲しみの養分です。
あみ子は喜んでもらいたかっただけ。

あみ子、守られて。
あなたを大切に思う人はここにもいるよ。
こちらあみ子 (ちくま文庫) Amazon書評・レビュー: こちらあみ子 (ちくま文庫)より
4480431829
No.185
(5pt)

魂を持ってかれました

読み始めてすぐに、自分のいる空間も時間も忘れて物語世界に入り込みました。確かにすぐ近くにあるような日常のはずなのですが、感想を言語化出来ません。リアリティバイツな本物の小説だと思いました。陳腐な理想論でこの思いを穢したくないです。町田康のあとがきが、その点をうまくまとめてくれたような秀逸な内容でした。
作者の力量に絶句です。
こちらあみ子 (ちくま文庫) Amazon書評・レビュー: こちらあみ子 (ちくま文庫)より
4480431829
No.184
(3pt)

登場する人みんなどこか変わってる…

表題作でなく、ピクニックを読みたくて購入。
「花束みたいな恋をした」の映画で、有村架純ちゃんが「今村夏子先生のピクニックを読んでも何も感じない大人にはなりたくない」的なことを言っていて、気になりました。

登場する人物が、みんなどこか変わってます。本当は馬鹿にしているのでは?と感じる場面も数知れず。でも優しい。個人的には、逆にこんな世界は少し生きづらいかもな、と思います。
こちらあみ子 (ちくま文庫) Amazon書評・レビュー: こちらあみ子 (ちくま文庫)より
4480431829
No.183
(5pt)

「おいしいじゃろ」「しけっとるし」

今村夏子の作品を読むのは、本作が初めてだったのですが、本作読了後、さっそくAmazonで彼女の本を注文しました。
 今村夏子は、彼女の作り上げた文体に魅了され、別の作品も読んでみたい、と思わせる、そんな作家の一人となりました。
 本作に収録された三作品はいずれも、誰もが書いてこなかった今村夏子にしか書けないオリジナルな視点と文体だと感じます。
 このオリジナル感を味わえる文体で読ませる作家を見つけると、とても嬉しくなり、その作家の他作品を次から次へと読んでみたくなります。
 文体に魅力があれば、ストーリーが何であれ作品を楽しめるのですが、そこに更に物語性が付加されると、それはもう傑作というしかない凄みをもった作品になります。
 たとえば、本文庫で解説を書いている町田康も、初めて読んだ彼の第一作目『くっすん大黒』の文体に超衝撃を受け、それからすっかり彼の作品にどっぷりハマることになった作家の一人ですが、そんなオリジナルな印象を今村夏子からも感じます。
こちらあみ子 (ちくま文庫) Amazon書評・レビュー: こちらあみ子 (ちくま文庫)より
4480431829
No.182
(4pt)

ただただ純粋

ただただ純粋な人故に気づいてしまいう。
弟が妹が欲しかったんよね。
こちらあみ子 (ちくま文庫) Amazon書評・レビュー: こちらあみ子 (ちくま文庫)より
4480431829
No.181
(1pt)

破れていました。

到着予定日をかなり過ぎて到着した挙げ句に、表紙が破れていました。
最初から破れていることも商品説明に記載してくれてたらと思いました。
こちらあみ子 (ちくま文庫) Amazon書評・レビュー: こちらあみ子 (ちくま文庫)より
4480431829
No.180
(5pt)

味方だよ

あみ子の味方はいないことはない。おにいちゃんや、クラスの男の子。
さきちゃん、おばあちゃん。

私はこの父親嫌だ。お兄ちゃんがぐれたのもわかる。この父親は、再婚相手が一番で、死産した赤ちゃんが二番に大事で、あみ子を追いやる。

お母さんももっとやだ。

大人になったあみ子は、前歯のない口で、どんな風に生きているんだろう、おばあちゃん亡き後は?

桃作れるのかな。

前歯失ったのに殴られたのにのり君を全く責めていない、悲しいあみ子。
同級生の男の子は、その悲しさに気づいた。

この小説は、大事なもの、大事にしたいことが書かれてる。
作者が一番書きたかった大事なものをあみ子は潜めている。

それは涙のしょっぱさです。
悲しみの養分です。
あみ子は喜んでもらいたかっただけ。

あみ子、守られて。
あなたを大切に思う人はここにもいるよ。
こちらあみ子 Amazon書評・レビュー: こちらあみ子より
4480804307
No.179
(5pt)

魂を持ってかれました

読み始めてすぐに、自分のいる空間も時間も忘れて物語世界に入り込みました。確かにすぐ近くにあるような日常のはずなのですが、感想を言語化出来ません。リアリティバイツな本物の小説だと思いました。陳腐な理想論でこの思いを穢したくないです。町田康のあとがきが、その点をうまくまとめてくれたような秀逸な内容でした。
作者の力量に絶句です。
こちらあみ子 Amazon書評・レビュー: こちらあみ子より
4480804307
No.178
(3pt)

登場する人みんなどこか変わってる…

表題作でなく、ピクニックを読みたくて購入。
「花束みたいな恋をした」の映画で、有村架純ちゃんが「今村夏子先生のピクニックを読んでも何も感じない大人にはなりたくない」的なことを言っていて、気になりました。

登場する人物が、みんなどこか変わってます。本当は馬鹿にしているのでは?と感じる場面も数知れず。でも優しい。個人的には、逆にこんな世界は少し生きづらいかもな、と思います。
こちらあみ子 Amazon書評・レビュー: こちらあみ子より
4480804307
No.177
(5pt)

「おいしいじゃろ」「しけっとるし」

今村夏子の作品を読むのは、本作が初めてだったのですが、本作読了後、さっそくAmazonで彼女の本を注文しました。
 今村夏子は、彼女の作り上げた文体に魅了され、別の作品も読んでみたい、と思わせる、そんな作家の一人となりました。
 本作に収録された三作品はいずれも、誰もが書いてこなかった今村夏子にしか書けないオリジナルな視点と文体だと感じます。
 このオリジナル感を味わえる文体で読ませる作家を見つけると、とても嬉しくなり、その作家の他作品を次から次へと読んでみたくなります。
 文体に魅力があれば、ストーリーが何であれ作品を楽しめるのですが、そこに更に物語性が付加されると、それはもう傑作というしかない凄みをもった作品になります。
 たとえば、本文庫で解説を書いている町田康も、初めて読んだ彼の第一作目『くっすん大黒』の文体に超衝撃を受け、それからすっかり彼の作品にどっぷりハマることになった作家の一人ですが、そんなオリジナルな印象を今村夏子からも感じます。
こちらあみ子 Amazon書評・レビュー: こちらあみ子より
4480804307
No.176
(4pt)

ただただ純粋

ただただ純粋な人故に気づいてしまいう。
弟が妹が欲しかったんよね。
こちらあみ子 Amazon書評・レビュー: こちらあみ子より
4480804307