個人的な体験

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個人的な体験の評価:

4.38/5点 レビュー 39件。 B ランク

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※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください

全159件 41〜60 3/8ページ
No.119
(3pt)

緻密な描写でつづられた大味な物語

のっけから、新生児よりアフリカ旅行!という主人公が、妻の出産に際し、勤務中でもないのに街を徘徊しゲーセンで暇つぶしという、現代人からすると異様な光景が展開されている。
子供の誕生後もまるで他人事、それどころか双頭の怪物呼ばわりしてこの障碍児の早世すら希求しちゃう始末。
とここまでは、当初の無責任ぶりからすれば決して不自然ではないし、障碍児を持つ親が決して持ちえない考えとまでは言い切れまい。
その後憂える産後の奥さんまでほったらかして女友達宅で淫蕩の限りを尽くし、もう彼が犯罪でも犯さなければ辻褄が合わないだろうという段階にまでエスカレートするのだが、結末は皆様ご存じの通り。
この結末自体に異論はない、というかあのまま坦々と物語が進行していたら、何とも後味の悪い悲惨な結末ということで、別の意味で文学史に残ってしまったかも知れない。
問題は、あの真逆の結末への変換プロセスが、ほんのわずかな、それも 訳もなく急に気が変わった という程度の描写だけで済まされていること。
本来であれば、もう少し紙面を費やして、あの結末に至るまでの話を盛る必要があっただろうし、またそうしなければそれまでの内容との矛盾は解消されないだろう。
どうもこの著者の作中人物って、何の前触れもなく、それも今までと全く相反する重大決断を平然とやらかす傾向があり、今回も唐突な変節ぶりに開いた口が塞がらなかった。
主人公が長年、バード(鳥)とあだ名されているくらいなので、身勝手で刹那的なのはある程度理解できるが、しかし同じ人間がこんなに簡単かつ瞬時に変節できるものなのか・・・少なくとも私には無理です。
うろ覚えだが、著者は、結末を決めてから筆を進めるという手法に懐疑的だったようなので、こういう内容になるのはむしろ自然な流れとも言えなくもないが、一方で矛盾や伏線未回収といった傷が残るのは如何ともしがたい。

例によって、微に入り細をうがった描写と豊饒な修辞が冴えわたり、こういう作風が好みの方にはたまらない作品なのでしょう。
しかし個人的には、映像だったら超絶スローモーション確定の詳細描写と、一つの情景に複数の修辞を重ねる手法には食傷してしまったし、また赤ん坊に対する「茹でたエビ(カニ?)のように赤い」といった形容には、首をかしげてしまった。
エログロ描写は本書にもふんだんに詰め込まれ、お取り込み中に女友達の肩を噛みしめて流血させるなど、読者が怖気立つような描写が当たり前のように披露されている。
もっと唖然とするのは嘔吐シーン。
女友達の家で1回、予備校の講義中にもう1回!・・・しかも予備校生の面前で大々的にやらかしたうえ、その結果物を、憧れのアフリカ大陸になぞって事細かに描写するに至っては、もうアッパレという他ない。
これが当時最先端の描写ということならば、それはそれで芸術的と見做されたのでしょうが、嘔吐の精密描写、しかもそれが複数回に渡ってお披露目されるなど前代未聞なため、面食らってしまった。

以前本書と類似した代表作の一つを読んだが、何でもカンでもごった煮の鍋料理みたいな、味も方向性も定まらぬ作風でしっくりこなかったこともあり、今回は仕切り直しの意味も込めて挑戦しました。
本書の方がテーマも釈然としているし、心理描写も秀逸で好感が持てました。
まあ最終的に、私の拙い感性ではこの偉大な作家の本質は理解不能、と判明しましたが、奇抜な描写や修辞を含め、他の作家なら批判を恐れて忌避するような深刻なテーマに取り組んだ意気込みは、素直に評価したい。
個人的な体験 Amazon書評・レビュー: 個人的な体験より
4103036168
No.118
(3pt)

緻密な描写でつづられた大味な物語

のっけから、新生児よりアフリカ旅行!という主人公が、妻の出産に際し、勤務中でもないのに街を徘徊しゲーセンで暇つぶしという、現代人からすると異様な光景が展開されている。
子供の誕生後もまるで他人事、それどころか双頭の怪物呼ばわりしてこの障碍児の早世すら希求しちゃう始末。
とここまでは、当初の無責任ぶりからすれば決して不自然ではないし、障碍児を持つ親が決して持ちえない考えとまでは言い切れまい。
その後憂える産後の奥さんまでほったらかして女友達宅で淫蕩の限りを尽くし、もう彼が犯罪でも犯さなければ辻褄が合わないだろうという段階にまでエスカレートするのだが、結末は皆様ご存じの通り。
この結末自体に異論はない、というかあのまま坦々と物語が進行していたら、何とも後味の悪い悲惨な結末ということで、別の意味で文学史に残ってしまったかも知れない。
問題は、あの真逆の結末への変換プロセスが、ほんのわずかな、それも 訳もなく急に気が変わった という程度の描写だけで済まされていること。
本来であれば、もう少し紙面を費やして、あの結末に至るまでの話を盛る必要があっただろうし、またそうしなければそれまでの内容との矛盾は解消されないだろう。
どうもこの著者の作中人物って、何の前触れもなく、それも今までと全く相反する重大決断を平然とやらかす傾向があり、今回も唐突な変節ぶりに開いた口が塞がらなかった。
主人公が長年、バード(鳥)とあだ名されているくらいなので、身勝手で刹那的なのはある程度理解できるが、しかし同じ人間がこんなに簡単かつ瞬時に変節できるものなのか・・・少なくとも私には無理です。
うろ覚えだが、著者は、結末を決めてから筆を進めるという手法に懐疑的だったようなので、こういう内容になるのはむしろ自然な流れとも言えなくもないが、一方で矛盾や伏線未回収といった傷が残るのは如何ともしがたい。

例によって、微に入り細をうがった描写と豊饒な修辞が冴えわたり、こういう作風が好みの方にはたまらない作品なのでしょう。
しかし個人的には、映像だったら超絶スローモーション確定の詳細描写と、一つの情景に複数の修辞を重ねる手法には食傷してしまったし、また赤ん坊に対する「茹でたエビ(カニ?)のように赤い」といった形容には、首をかしげてしまった。
エログロ描写は本書にもふんだんに詰め込まれ、お取り込み中に女友達の肩を噛みしめて流血させるなど、読者が怖気立つような描写が当たり前のように披露されている。
もっと唖然とするのは嘔吐シーン。
女友達の家で1回、予備校の講義中にもう1回!・・・しかも予備校生の面前で大々的にやらかしたうえ、その結果物を、憧れのアフリカ大陸になぞって事細かに描写するに至っては、もうアッパレという他ない。
これが当時最先端の描写ということならば、それはそれで芸術的と見做されたのでしょうが、嘔吐の精密描写、しかもそれが複数回に渡ってお披露目されるなど前代未聞なため、面食らってしまった。

以前本書と類似した代表作の一つを読んだが、何でもカンでもごった煮の鍋料理みたいな、味も方向性も定まらぬ作風でしっくりこなかったこともあり、今回は仕切り直しの意味も込めて挑戦しました。
本書の方がテーマも釈然としているし、心理描写も秀逸で好感が持てました。
まあ最終的に、私の拙い感性ではこの偉大な作家の本質は理解不能、と判明しましたが、奇抜な描写や修辞を含め、他の作家なら批判を恐れて忌避するような深刻なテーマに取り組んだ意気込みは、素直に評価したい。
個人的な体験(新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 個人的な体験(新潮文庫)より
B00IP4BYW6
No.117
(3pt)

緻密な描写でつづられた大味な物語

のっけから、新生児よりアフリカ旅行!という主人公が、妻の出産に際し、勤務中でもないのに街を徘徊しゲーセンで暇つぶしという、現代人からすると異様な光景が展開されている。
子供の誕生後もまるで他人事、それどころか双頭の怪物呼ばわりしてこの障碍児の早世すら希求しちゃう始末。
とここまでは、当初の無責任ぶりからすれば決して不自然ではないし、障碍児を持つ親が決して持ちえない考えとまでは言い切れまい。
その後憂える産後の奥さんまでほったらかして女友達宅で淫蕩の限りを尽くし、もう彼が犯罪でも犯さなければ辻褄が合わないだろうという段階にまでエスカレートするのだが、結末は皆様ご存じの通り。
この結末自体に異論はない、というかあのまま坦々と物語が進行していたら、何とも後味の悪い悲惨な結末ということで、別の意味で文学史に残ってしまったかも知れない。
問題は、あの真逆の結末への変換プロセスが、ほんのわずかな、それも 訳もなく急に気が変わった という程度の描写だけで済まされていること。
本来であれば、もう少し紙面を費やして、あの結末に至るまでの話を盛る必要があっただろうし、またそうしなければそれまでの内容との矛盾は解消されないだろう。
どうもこの著者の作中人物って、何の前触れもなく、それも今までと全く相反する重大決断を平然とやらかす傾向があり、今回も唐突な変節ぶりに開いた口が塞がらなかった。
主人公が長年、バード(鳥)とあだ名されているくらいなので、身勝手で刹那的なのはある程度理解できるが、しかし同じ人間がこんなに簡単かつ瞬時に変節できるものなのか・・・少なくとも私には無理です。
うろ覚えだが、著者は、結末を決めてから筆を進めるという手法に懐疑的だったようなので、こういう内容になるのはむしろ自然な流れとも言えなくもないが、一方で矛盾や伏線未回収といった傷が残るのは如何ともしがたい。

例によって、微に入り細をうがった描写と豊饒な修辞が冴えわたり、こういう作風が好みの方にはたまらない作品なのでしょう。
しかし個人的には、映像だったら超絶スローモーション確定の詳細描写と、一つの情景に複数の修辞を重ねる手法には食傷してしまったし、また赤ん坊に対する「茹でたエビ(カニ?)のように赤い」といった形容には、首をかしげてしまった。
エログロ描写は本書にもふんだんに詰め込まれ、お取り込み中に女友達の肩を噛みしめて流血させるなど、読者が怖気立つような描写が当たり前のように披露されている。
もっと唖然とするのは嘔吐シーン。
女友達の家で1回、予備校の講義中にもう1回!・・・しかも予備校生の面前で大々的にやらかしたうえ、その結果物を、憧れのアフリカ大陸になぞって事細かに描写するに至っては、もうアッパレという他ない。
これが当時最先端の描写ということならば、それはそれで芸術的と見做されたのでしょうが、嘔吐の精密描写、しかもそれが複数回に渡ってお披露目されるなど前代未聞なため、面食らってしまった。

以前本書と類似した代表作の一つを読んだが、何でもカンでもごった煮の鍋料理みたいな、味も方向性も定まらぬ作風でしっくりこなかったこともあり、今回は仕切り直しの意味も込めて挑戦しました。
本書の方がテーマも釈然としているし、心理描写も秀逸で好感が持てました。
まあ最終的に、私の拙い感性ではこの偉大な作家の本質は理解不能、と判明しましたが、奇抜な描写や修辞を含め、他の作家なら批判を恐れて忌避するような深刻なテーマに取り組んだ意気込みは、素直に評価したい。
個人的な体験 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 個人的な体験 (新潮文庫)より
4101126100
No.116
(3pt)

緻密な描写でつづられた大味な物語

のっけから、新生児よりアフリカ旅行!という主人公が、妻の出産に際し、勤務中でもないのに街を徘徊しゲーセンで暇つぶしという、現代人からすると異様な光景が展開されている。
子供の誕生後もまるで他人事、それどころか双頭の怪物呼ばわりしてこの障碍児の早世すら希求しちゃう始末。
とここまでは、当初の無責任ぶりからすれば決して不自然ではないし、障碍児を持つ親が決して持ちえない考えとまでは言い切れまい。
その後憂える産後の奥さんまでほったらかして女友達宅で淫蕩の限りを尽くし、もう彼が犯罪でも犯さなければ辻褄が合わないだろうという段階にまでエスカレートするのだが、結末は皆様ご存じの通り。
この結末自体に異論はない、というかあのまま坦々と物語が進行していたら、何とも後味の悪い悲惨な結末ということで、別の意味で文学史に残ってしまったかも知れない。
問題は、あの真逆の結末への変換プロセスが、ほんのわずかな、それも 訳もなく急に気が変わった という程度の描写だけで済まされていること。
本来であれば、もう少し紙面を費やして、あの結末に至るまでの話を盛る必要があっただろうし、またそうしなければそれまでの内容との矛盾は解消されないだろう。
どうもこの著者の作中人物って、何の前触れもなく、それも今までと全く相反する重大決断を平然とやらかす傾向があり、今回も唐突な変節ぶりに開いた口が塞がらなかった。
主人公が長年、バード(鳥)とあだ名されているくらいなので、身勝手で刹那的なのはある程度理解できるが、しかし同じ人間がこんなに簡単かつ瞬時に変節できるものなのか・・・少なくとも私には無理です。
うろ覚えだが、著者は、結末を決めてから筆を進めるという手法に懐疑的だったようなので、こういう内容になるのはむしろ自然な流れとも言えなくもないが、一方で矛盾や伏線未回収といった傷が残るのは如何ともしがたい。

例によって、微に入り細をうがった描写と豊饒な修辞が冴えわたり、こういう作風が好みの方にはたまらない作品なのでしょう。
しかし個人的には、映像だったら超絶スローモーション確定の詳細描写と、一つの情景に複数の修辞を重ねる手法には食傷してしまったし、また赤ん坊に対する「茹でたエビ(カニ?)のように赤い」といった形容には、首をかしげてしまった。
エログロ描写は本書にもふんだんに詰め込まれ、お取り込み中に女友達の肩を噛みしめて流血させるなど、読者が怖気立つような描写が当たり前のように披露されている。
もっと唖然とするのは嘔吐シーン。
女友達の家で1回、予備校の講義中にもう1回!・・・しかも予備校生の面前で大々的にやらかしたうえ、その結果物を、憧れのアフリカ大陸になぞって事細かに描写するに至っては、もうアッパレという他ない。
これが当時最先端の描写ということならば、それはそれで芸術的と見做されたのでしょうが、嘔吐の精密描写、しかもそれが複数回に渡ってお披露目されるなど前代未聞なため、面食らってしまった。

以前本書と類似した代表作の一つを読んだが、何でもカンでもごった煮の鍋料理みたいな、味も方向性も定まらぬ作風でしっくりこなかったこともあり、今回は仕切り直しの意味も込めて挑戦しました。
本書の方がテーマも釈然としているし、心理描写も秀逸で好感が持てました。
まあ最終的に、私の拙い感性ではこの偉大な作家の本質は理解不能、と判明しましたが、奇抜な描写や修辞を含め、他の作家なら批判を恐れて忌避するような深刻なテーマに取り組んだ意気込みは、素直に評価したい。
個人的な体験 (1964年) Amazon書評・レビュー: 個人的な体験 (1964年)より
B000JAFA5Q
No.115
(5pt)

鳥(バード)と言う名の主人公が成長する物語

主人公はバード。彼女は火見子。重たい内容の小説であるにもかかわらず、この名前のためにほどよい軽みがあり、ハッピーエンドで充実した読後感を得られます。少し甘いかな、と思わなくもないですが、バッド・エンドよりはずっとよいと思います。
「バード」という名のジャズマンがいることを、わたしは全く知りませんでした。本当です。
個人的な体験 Amazon書評・レビュー: 個人的な体験より
4103036168
No.114
(5pt)

鳥(バード)と言う名の主人公が成長する物語

主人公はバード。彼女は火見子。重たい内容の小説であるにもかかわらず、この名前のためにほどよい軽みがあり、ハッピーエンドで充実した読後感を得られます。少し甘いかな、と思わなくもないですが、バッド・エンドよりはずっとよいと思います。
「バード」という名のジャズマンがいることを、わたしは全く知りませんでした。本当です。
個人的な体験(新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 個人的な体験(新潮文庫)より
B00IP4BYW6
No.113
(5pt)

鳥(バード)と言う名の主人公が成長する物語

主人公はバード。彼女は火見子。重たい内容の小説であるにもかかわらず、この名前のためにほどよい軽みがあり、ハッピーエンドで充実した読後感を得られます。少し甘いかな、と思わなくもないですが、バッド・エンドよりはずっとよいと思います。
「バード」という名のジャズマンがいることを、わたしは全く知りませんでした。本当です。
個人的な体験 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 個人的な体験 (新潮文庫)より
4101126100
No.112
(5pt)

鳥(バード)と言う名の主人公が成長する物語

主人公はバード。彼女は火見子。重たい内容の小説であるにもかかわらず、この名前のためにほどよい軽みがあり、ハッピーエンドで充実した読後感を得られます。少し甘いかな、と思わなくもないですが、バッド・エンドよりはずっとよいと思います。
「バード」という名のジャズマンがいることを、わたしは全く知りませんでした。本当です。
個人的な体験 (1964年) Amazon書評・レビュー: 個人的な体験 (1964年)より
B000JAFA5Q
No.111
(4pt)

息子が生まれて鳥として魂がやっと入る。

鳥(バード)という男の個人的体験についての物語である。
妻が妊娠そして出産。生まれたのは 脳疾患を持った赤ん坊だった。
バードは、飼育されていた。社会の当たり前のルールに沿って生きていた。
なぜ飼育されるようになったのか?誰に飼育されているのか?
大学院の中退後アルコールを飲み過ぎていた。バードは社会と、義父、義母、妻に、常識的に飼育されていた。
バードは頭の中では、この現実から逃げ出すことを考える。アフリカへの冒険旅行を夢見る。でも、アフリカにはいくほどの現実的な勇気はなかった。そして、妻以外のヒミコと性の快楽におぼれようとする。妻と子供から、現実の事態を逃れようとする。そして、子供の死を願う。随分と身勝手な父親なのだ。寄るべきところがどこにもない。性の快楽に溺れても、現実は変わらない。
ヒミコとの共同作業。殺すことへの共同策謀。ソビエトの核実験とのかかわり合いなど。
結果としてバードは脳疾患の子供を、たとえ植物的な存在になろうとも命を大切にしようとする意志を持ち、アフリカへの冒険旅行を断念する。この自分の置かれた現実に生きようとする決意をもつ。
現実を受け止める勇気で立ち向かう。この子の将来がどうなるか?ということよりも、自分の素直に現実に向きあうことによって、大きく世界が変わる。違うことを受け入れることで、世界が成り立つ。脳疾患の子供は、鳥の声を聞き分けて、音の世界に自由に飛び立つ。やっと、親と子は、鳥(バード)であることでコミュニケーションできることに気がつくのだ。精神的にさまよう中で、現実を受け入れるということは、勇気が必要だという個人的な体験が、物語となった。
大江健三郎に突きつけられた現実に、事実を受け入れて、生きていくしかなかったのだ。
個人的な体験 Amazon書評・レビュー: 個人的な体験より
4103036168
No.110
(4pt)

息子が生まれて鳥として魂がやっと入る。

鳥(バード)という男の個人的体験についての物語である。
妻が妊娠そして出産。生まれたのは 脳疾患を持った赤ん坊だった。
バードは、飼育されていた。社会の当たり前のルールに沿って生きていた。
なぜ飼育されるようになったのか?誰に飼育されているのか?
大学院の中退後アルコールを飲み過ぎていた。バードは社会と、義父、義母、妻に、常識的に飼育されていた。
バードは頭の中では、この現実から逃げ出すことを考える。アフリカへの冒険旅行を夢見る。でも、アフリカにはいくほどの現実的な勇気はなかった。そして、妻以外のヒミコと性の快楽におぼれようとする。妻と子供から、現実の事態を逃れようとする。そして、子供の死を願う。随分と身勝手な父親なのだ。寄るべきところがどこにもない。性の快楽に溺れても、現実は変わらない。
ヒミコとの共同作業。殺すことへの共同策謀。ソビエトの核実験とのかかわり合いなど。
結果としてバードは脳疾患の子供を、たとえ植物的な存在になろうとも命を大切にしようとする意志を持ち、アフリカへの冒険旅行を断念する。この自分の置かれた現実に生きようとする決意をもつ。
現実を受け止める勇気で立ち向かう。この子の将来がどうなるか?ということよりも、自分の素直に現実に向きあうことによって、大きく世界が変わる。違うことを受け入れることで、世界が成り立つ。脳疾患の子供は、鳥の声を聞き分けて、音の世界に自由に飛び立つ。やっと、親と子は、鳥(バード)であることでコミュニケーションできることに気がつくのだ。精神的にさまよう中で、現実を受け入れるということは、勇気が必要だという個人的な体験が、物語となった。
大江健三郎に突きつけられた現実に、事実を受け入れて、生きていくしかなかったのだ。
個人的な体験(新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 個人的な体験(新潮文庫)より
B00IP4BYW6
No.109
(4pt)

息子が生まれて鳥として魂がやっと入る。

鳥(バード)という男の個人的体験についての物語である。
妻が妊娠そして出産。生まれたのは 脳疾患を持った赤ん坊だった。
バードは、飼育されていた。社会の当たり前のルールに沿って生きていた。
なぜ飼育されるようになったのか?誰に飼育されているのか?
大学院の中退後アルコールを飲み過ぎていた。バードは社会と、義父、義母、妻に、常識的に飼育されていた。
バードは頭の中では、この現実から逃げ出すことを考える。アフリカへの冒険旅行を夢見る。でも、アフリカにはいくほどの現実的な勇気はなかった。そして、妻以外のヒミコと性の快楽におぼれようとする。妻と子供から、現実の事態を逃れようとする。そして、子供の死を願う。随分と身勝手な父親なのだ。寄るべきところがどこにもない。性の快楽に溺れても、現実は変わらない。
ヒミコとの共同作業。殺すことへの共同策謀。ソビエトの核実験とのかかわり合いなど。
結果としてバードは脳疾患の子供を、たとえ植物的な存在になろうとも命を大切にしようとする意志を持ち、アフリカへの冒険旅行を断念する。この自分の置かれた現実に生きようとする決意をもつ。
現実を受け止める勇気で立ち向かう。この子の将来がどうなるか?ということよりも、自分の素直に現実に向きあうことによって、大きく世界が変わる。違うことを受け入れることで、世界が成り立つ。脳疾患の子供は、鳥の声を聞き分けて、音の世界に自由に飛び立つ。やっと、親と子は、鳥(バード)であることでコミュニケーションできることに気がつくのだ。精神的にさまよう中で、現実を受け入れるということは、勇気が必要だという個人的な体験が、物語となった。
大江健三郎に突きつけられた現実に、事実を受け入れて、生きていくしかなかったのだ。
個人的な体験 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 個人的な体験 (新潮文庫)より
4101126100
No.108
(4pt)

息子が生まれて鳥として魂がやっと入る。

鳥(バード)という男の個人的体験についての物語である。
妻が妊娠そして出産。生まれたのは 脳疾患を持った赤ん坊だった。
バードは、飼育されていた。社会の当たり前のルールに沿って生きていた。
なぜ飼育されるようになったのか?誰に飼育されているのか?
大学院の中退後アルコールを飲み過ぎていた。バードは社会と、義父、義母、妻に、常識的に飼育されていた。
バードは頭の中では、この現実から逃げ出すことを考える。アフリカへの冒険旅行を夢見る。でも、アフリカにはいくほどの現実的な勇気はなかった。そして、妻以外のヒミコと性の快楽におぼれようとする。妻と子供から、現実の事態を逃れようとする。そして、子供の死を願う。随分と身勝手な父親なのだ。寄るべきところがどこにもない。性の快楽に溺れても、現実は変わらない。
ヒミコとの共同作業。殺すことへの共同策謀。ソビエトの核実験とのかかわり合いなど。
結果としてバードは脳疾患の子供を、たとえ植物的な存在になろうとも命を大切にしようとする意志を持ち、アフリカへの冒険旅行を断念する。この自分の置かれた現実に生きようとする決意をもつ。
現実を受け止める勇気で立ち向かう。この子の将来がどうなるか?ということよりも、自分の素直に現実に向きあうことによって、大きく世界が変わる。違うことを受け入れることで、世界が成り立つ。脳疾患の子供は、鳥の声を聞き分けて、音の世界に自由に飛び立つ。やっと、親と子は、鳥(バード)であることでコミュニケーションできることに気がつくのだ。精神的にさまよう中で、現実を受け入れるということは、勇気が必要だという個人的な体験が、物語となった。
大江健三郎に突きつけられた現実に、事実を受け入れて、生きていくしかなかったのだ。
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B000JAFA5Q
No.107
(5pt)

「鳥(バード)」という名の主人公が成長する物語

再読。テーマが明確でメッセージがはっきりしているので比較的読みやすい方です。主人公の名がバード(鳥)という、どことなく童話的で、外国文学を読んでいるみたいで、「ね、バード」などと言うところが妙に印象的です。また、「火見子」こちらは神話のように響きます。作者は深刻な重苦しさの中に、希望のようにほんの少しの軽みを、そしてこの作品がフィクションとして読まれることを意図していると思います。
唐突なエンディングにはたしかに驚きましたが、ホッとしたことも確かです。この結末でよかったと思います。
個人的な体験 Amazon書評・レビュー: 個人的な体験より
4103036168
No.106
(5pt)

「鳥(バード)」という名の主人公が成長する物語

再読。テーマが明確でメッセージがはっきりしているので比較的読みやすい方です。主人公の名がバード(鳥)という、どことなく童話的で、外国文学を読んでいるみたいで、「ね、バード」などと言うところが妙に印象的です。また、「火見子」こちらは神話のように響きます。作者は深刻な重苦しさの中に、希望のようにほんの少しの軽みを、そしてこの作品がフィクションとして読まれることを意図していると思います。
唐突なエンディングにはたしかに驚きましたが、ホッとしたことも確かです。この結末でよかったと思います。
個人的な体験(新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 個人的な体験(新潮文庫)より
B00IP4BYW6
No.105
(5pt)

「鳥(バード)」という名の主人公が成長する物語

再読。テーマが明確でメッセージがはっきりしているので比較的読みやすい方です。主人公の名がバード(鳥)という、どことなく童話的で、外国文学を読んでいるみたいで、「ね、バード」などと言うところが妙に印象的です。また、「火見子」こちらは神話のように響きます。作者は深刻な重苦しさの中に、希望のようにほんの少しの軽みを、そしてこの作品がフィクションとして読まれることを意図していると思います。
唐突なエンディングにはたしかに驚きましたが、ホッとしたことも確かです。この結末でよかったと思います。
個人的な体験 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 個人的な体験 (新潮文庫)より
4101126100
No.104
(5pt)

「鳥(バード)」という名の主人公が成長する物語

再読。テーマが明確でメッセージがはっきりしているので比較的読みやすい方です。主人公の名がバード(鳥)という、どことなく童話的で、外国文学を読んでいるみたいで、「ね、バード」などと言うところが妙に印象的です。また、「火見子」こちらは神話のように響きます。作者は深刻な重苦しさの中に、希望のようにほんの少しの軽みを、そしてこの作品がフィクションとして読まれることを意図していると思います。
唐突なエンディングにはたしかに驚きましたが、ホッとしたことも確かです。この結末でよかったと思います。
個人的な体験 (1964年) Amazon書評・レビュー: 個人的な体験 (1964年)より
B000JAFA5Q
No.103
(3pt)

個人的な体験=自叙伝? 読み進むのが辛い

大江健三郎の小説はいつも読み辛い。
しんどい、辛い、思考がぐるぐるとぐろを巻いているようで、
こっちも呑み込まれて行ってしまいそうで、大変。
障害児の問題は、このご時世、この時代、安易に口にすることができない。
それとも、当事者だから言えること、感じることなのか。
大江健三郎だから、作品にできることなのか。
読みながら、とにかく複雑な気持ちになり、重苦しい気分になる。
個人的な体験 (1964年) Amazon書評・レビュー: 個人的な体験 (1964年)より
B000JAFA5Q
No.102
(3pt)

個人的な体験=自叙伝? 読み進むのが辛い

大江健三郎の小説はいつも読み辛い。
しんどい、辛い、思考がぐるぐるとぐろを巻いているようで、
こっちも呑み込まれて行ってしまいそうで、大変。
障害児の問題は、このご時世、この時代、安易に口にすることができない。
それとも、当事者だから言えること、感じることなのか。
大江健三郎だから、作品にできることなのか。
読みながら、とにかく複雑な気持ちになり、重苦しい気分になる。
個人的な体験 Amazon書評・レビュー: 個人的な体験より
4103036168
No.101
(3pt)

個人的な体験=自叙伝? 読み進むのが辛い

大江健三郎の小説はいつも読み辛い。
しんどい、辛い、思考がぐるぐるとぐろを巻いているようで、
こっちも呑み込まれて行ってしまいそうで、大変。
障害児の問題は、このご時世、この時代、安易に口にすることができない。
それとも、当事者だから言えること、感じることなのか。
大江健三郎だから、作品にできることなのか。
読みながら、とにかく複雑な気持ちになり、重苦しい気分になる。
個人的な体験(新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 個人的な体験(新潮文庫)より
B00IP4BYW6
No.100
(3pt)

個人的な体験=自叙伝? 読み進むのが辛い

大江健三郎の小説はいつも読み辛い。
しんどい、辛い、思考がぐるぐるとぐろを巻いているようで、
こっちも呑み込まれて行ってしまいそうで、大変。
障害児の問題は、このご時世、この時代、安易に口にすることができない。
それとも、当事者だから言えること、感じることなのか。
大江健三郎だから、作品にできることなのか。
読みながら、とにかく複雑な気持ちになり、重苦しい気分になる。
個人的な体験 (新潮文庫) Amazon書評・レビュー: 個人的な体験 (新潮文庫)より
4101126100