シブミ

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評判

シブミの評価:

3.89/5点 レビュー 38件。 D ランク

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平均点3.89pt

Amazonレビュー一覧

Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です

※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
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全122件 61〜80 4/7ページ
No.62
(5pt)

今読むからこそ頷けるリアル・アメリカ

ドン・ウィンズロウの「サトリ」を読み、いたく感動して本書を手にとりました。日本では、1980年に早川ノヴェルズで刊行された後、2006年文庫版新装版が出たものが、改めて2011年に再版されています。「サトリ」の出版がなければ、本書も絶版のまま埋もれていた名作に数えられていたかもしれません。「サトリ」は本書の前日譚とよく紹介されていますが、上巻はむしろ、「サトリ」の前日譚と言ってもいいのではないでしょうか。ヘルが岸川将軍とであった経緯、なぜヘルは戦況を碁に見立てて分析するのか?近接感覚はどのように身についたのか?など、「サトリ」の疑問が上巻でほぼ明らかになっていきます。

本作品の執筆時は東西冷戦が時代背景としてあり、その中で日本は経済成長を謳歌していたころだと思います。その時代において、本書では日本が敗戦を経てテロ戦争後のイラクと同様の蹂躙を受けたことを、日本人ではない作者が嘆いていることは驚くべきことです。終戦後アメリカは日本にアメリカ的な正義、価値観、倫理観を移植され日本の文化を、教育を通して捨てさせることに成功しました。アメリカにとってそれは国民洗脳の大いなる成功例であるといえるでしょう。

そのことを執筆時に的確に指摘し日本文化の喪失を、ニコライ・ヘルを通じて嘆いていますが、当時それを自覚していた日本人が何人いたでしょうか。ニコライ・ヘルは日本文化と精神をシブミと総称して愛していましたが、これは現在私たちが持っている、文化、精神とは異なっている部分があります。それは作者の日本観への考察が不足しているのではなく、敗戦を通して日本人が変わってしまい、それ以前の日本には敬意を表しているものの、戦後の日本人はアメリカ人に蹂躙され自ら文化を放棄した日本人に対する大いなる批判が込められているように思います。

作中、作者はアメリカ的価値観を徹底的に否定しています。40年前これを読んだ日本人は意味が分からなかったのではないのでしょうか。作者はアメリカ人を、文化を持たない卑しい商人として描き、雑種で民族ですらない。ヨーロッパで生きていくことのできなくなった屑が集まってできた国だと表現しています。また、民主主義と資本主義を他国に押し付け、市場に変えてしまうことを善(正義)と考え、嬉々として実行している点を批判していますが、911以降イスラム圏にしてきた文化的蹂躙を経て初めて得心できるという意味で思想書としても読むことができます。

シブミ〈下〉 (ハヤカワ文庫NV) Amazon書評・レビュー: シブミ〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)より
4150404631
No.61
(5pt)

今読むからこそ頷けるリアル・アメリカ

ドン・ウィンズロウの「サトリ」を読み、いたく感動して本書を手にとりました。日本では、1980年に早川ノヴェルズで刊行された後、2006年文庫版新装版が出たものが、改めて2011年に再版されています。「サトリ」の出版がなければ、本書も絶版のまま埋もれていた名作に数えられていたかもしれません。「サトリ」は本書の前日譚とよく紹介されていますが、上巻はむしろ、「サトリ」の前日譚と言ってもいいのではないでしょうか。ヘルが岸川将軍とであった経緯、なぜヘルは戦況を碁に見立てて分析するのか?近接感覚はどのように身についたのか?など、「サトリ」の疑問が上巻でほぼ明らかになっていきます。

本作品の執筆時は東西冷戦が時代背景としてあり、その中で日本は経済成長を謳歌していたころだと思います。その時代において、本書では日本が敗戦を経てテロ戦争後のイラクと同様の蹂躙を受けたことを、日本人ではない作者が嘆いていることは驚くべきことです。終戦後アメリカは日本にアメリカ的な正義、価値観、倫理観を移植され日本の文化を、教育を通して捨てさせることに成功しました。アメリカにとってそれは国民洗脳の大いなる成功例であるといえるでしょう。

そのことを執筆時に的確に指摘し日本文化の喪失を、ニコライ・ヘルを通じて嘆いていますが、当時それを自覚していた日本人が何人いたでしょうか。ニコライ・ヘルは日本文化と精神をシブミと総称して愛していましたが、これは現在私たちが持っている、文化、精神とは異なっている部分があります。それは作者の日本観への考察が不足しているのではなく、敗戦を通して日本人が変わってしまい、それ以前の日本には敬意を表しているものの、戦後の日本人はアメリカ人に蹂躙され自ら文化を放棄した日本人に対する大いなる批判が込められているように思います。

作中、作者はアメリカ的価値観を徹底的に否定しています。40年前これを読んだ日本人は意味が分からなかったのではないのでしょうか。作者はアメリカ人を、文化を持たない卑しい商人として描き、雑種で民族ですらない。ヨーロッパで生きていくことのできなくなった屑が集まってできた国だと表現しています。また、民主主義と資本主義を他国に押し付け、市場に変えてしまうことを善(正義)と考え、嬉々として実行している点を批判していますが、911以降イスラム圏にしてきた文化的蹂躙を経て初めて得心できるという意味で思想書としても読むことができます。

シブミ〈上〉 (ハヤカワ文庫NV) Amazon書評・レビュー: シブミ〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)より
4150404623
No.60
(5pt)

今読むからこそ頷けるリアル・アメリカ

ドン・ウィンズロウの「サトリ」を読み、いたく感動して本書を手にとりました。日本では、1980年に早川ノヴェルズで刊行された後、2006年文庫版新装版が出たものが、改めて2011年に再版されています。「サトリ」の出版がなければ、本書も絶版のまま埋もれていた名作に数えられていたかもしれません。「サトリ」は本書の前日譚とよく紹介されていますが、上巻はむしろ、「サトリ」の前日譚と言ってもいいのではないでしょうか。ヘルが岸川将軍とであった経緯、なぜヘルは戦況を碁に見立てて分析するのか?近接感覚はどのように身についたのか?など、「サトリ」の疑問が上巻でほぼ明らかになっていきます。

本作品の執筆時は東西冷戦が時代背景としてあり、その中で日本は経済成長を謳歌していたころだと思います。その時代において、本書では日本が敗戦を経てテロ戦争後のイラクと同様の蹂躙を受けたことを、日本人ではない作者が嘆いていることは驚くべきことです。終戦後アメリカは日本にアメリカ的な正義、価値観、倫理観を移植され日本の文化を、教育を通して捨てさせることに成功しました。アメリカにとってそれは国民洗脳の大いなる成功例であるといえるでしょう。

そのことを執筆時に的確に指摘し日本文化の喪失を、ニコライ・ヘルを通じて嘆いていますが、当時それを自覚していた日本人が何人いたでしょうか。ニコライ・ヘルは日本文化と精神をシブミと総称して愛していましたが、これは現在私たちが持っている、文化、精神とは異なっている部分があります。それは作者の日本観への考察が不足しているのではなく、敗戦を通して日本人が変わってしまい、それ以前の日本には敬意を表しているものの、戦後の日本人はアメリカ人に蹂躙され自ら文化を放棄した日本人に対する大いなる批判が込められているように思います。

作中、作者はアメリカ的価値観を徹底的に否定しています。40年前これを読んだ日本人は意味が分からなかったのではないのでしょうか。作者はアメリカ人を、文化を持たない卑しい商人として描き、雑種で民族ですらない。ヨーロッパで生きていくことのできなくなった屑が集まってできた国だと表現しています。また、民主主義と資本主義を他国に押し付け、市場に変えてしまうことを善(正義)と考え、嬉々として実行している点を批判していますが、911以降イスラム圏にしてきた文化的蹂躙を経て初めて得心できるという意味で思想書としても読むことができます。

シブミ〈下〉 (ハヤカワ文庫NV) Amazon書評・レビュー: シブミ〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)より
4150411069
No.59
(5pt)

今読むからこそ頷けるリアル・アメリカ

ドン・ウィンズロウの「サトリ」を読み、いたく感動して本書を手にとりました。日本では、1980年に早川ノヴェルズで刊行された後、2006年文庫版新装版が出たものが、改めて2011年に再版されています。「サトリ」の出版がなければ、本書も絶版のまま埋もれていた名作に数えられていたかもしれません。「サトリ」は本書の前日譚とよく紹介されていますが、上巻はむしろ、「サトリ」の前日譚と言ってもいいのではないでしょうか。ヘルが岸川将軍とであった経緯、なぜヘルは戦況を碁に見立てて分析するのか?近接感覚はどのように身についたのか?など、「サトリ」の疑問が上巻でほぼ明らかになっていきます。

本作品の執筆時は東西冷戦が時代背景としてあり、その中で日本は経済成長を謳歌していたころだと思います。その時代において、本書では日本が敗戦を経てテロ戦争後のイラクと同様の蹂躙を受けたことを、日本人ではない作者が嘆いていることは驚くべきことです。終戦後アメリカは日本にアメリカ的な正義、価値観、倫理観を移植され日本の文化を、教育を通して捨てさせることに成功しました。アメリカにとってそれは国民洗脳の大いなる成功例であるといえるでしょう。

そのことを執筆時に的確に指摘し日本文化の喪失を、ニコライ・ヘルを通じて嘆いていますが、当時それを自覚していた日本人が何人いたでしょうか。ニコライ・ヘルは日本文化と精神をシブミと総称して愛していましたが、これは現在私たちが持っている、文化、精神とは異なっている部分があります。それは作者の日本観への考察が不足しているのではなく、敗戦を通して日本人が変わってしまい、それ以前の日本には敬意を表しているものの、戦後の日本人はアメリカ人に蹂躙され自ら文化を放棄した日本人に対する大いなる批判が込められているように思います。

作中、作者はアメリカ的価値観を徹底的に否定しています。40年前これを読んだ日本人は意味が分からなかったのではないのでしょうか。作者はアメリカ人を、文化を持たない卑しい商人として描き、雑種で民族ですらない。ヨーロッパで生きていくことのできなくなった屑が集まってできた国だと表現しています。また、民主主義と資本主義を他国に押し付け、市場に変えてしまうことを善(正義)と考え、嬉々として実行している点を批判していますが、911以降イスラム圏にしてきた文化的蹂躙を経て初めて得心できるという意味で思想書としても読むことができます。

シブミ〈上〉 (ハヤカワ文庫NV) Amazon書評・レビュー: シブミ〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)より
4150411050
No.58
(5pt)

今読むからこそ頷けるリアル・アメリカ

ドン・ウィンズロウの「サトリ」を読み、いたく感動して本書を手にとりました。日本では、1980年に早川ノヴェルズで刊行された後、2006年文庫版新装版が出たものが、改めて2011年に再版されています。「サトリ」の出版がなければ、本書も絶版のまま埋もれていた名作に数えられていたかもしれません。「サトリ」は本書の前日譚とよく紹介されていますが、上巻はむしろ、「サトリ」の前日譚と言ってもいいのではないでしょうか。ヘルが岸川将軍とであった経緯、なぜヘルは戦況を碁に見立てて分析するのか?近接感覚はどのように身についたのか?など、「サトリ」の疑問が上巻でほぼ明らかになっていきます。

本作品の執筆時は東西冷戦が時代背景としてあり、その中で日本は経済成長を謳歌していたころだと思います。その時代において、本書では日本が敗戦を経てテロ戦争後のイラクと同様の蹂躙を受けたことを、日本人ではない作者が嘆いていることは驚くべきことです。終戦後アメリカは日本にアメリカ的な正義、価値観、倫理観を移植され日本の文化を、教育を通して捨てさせることに成功しました。アメリカにとってそれは国民洗脳の大いなる成功例であるといえるでしょう。

そのことを執筆時に的確に指摘し日本文化の喪失を、ニコライ・ヘルを通じて嘆いていますが、当時それを自覚していた日本人が何人いたでしょうか。ニコライ・ヘルは日本文化と精神をシブミと総称して愛していましたが、これは現在私たちが持っている、文化、精神とは異なっている部分があります。それは作者の日本観への考察が不足しているのではなく、敗戦を通して日本人が変わってしまい、それ以前の日本には敬意を表しているものの、戦後の日本人はアメリカ人に蹂躙され自ら文化を放棄した日本人に対する大いなる批判が込められているように思います。

作中、作者はアメリカ的価値観を徹底的に否定しています。40年前これを読んだ日本人は意味が分からなかったのではないのでしょうか。作者はアメリカ人を、文化を持たない卑しい商人として描き、雑種で民族ですらない。ヨーロッパで生きていくことのできなくなった屑が集まってできた国だと表現しています。また、民主主義と資本主義を他国に押し付け、市場に変えてしまうことを善(正義)と考え、嬉々として実行している点を批判していますが、911以降イスラム圏にしてきた文化的蹂躙を経て初めて得心できるという意味で思想書としても読むことができます。

シブミ〈下〉 (ハヤカワ文庫NV) Amazon書評・レビュー: シブミ〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)より
4150412359
No.57
(5pt)

今読むからこそ頷けるリアル・アメリカ

ドン・ウィンズロウの「サトリ」を読み、いたく感動して本書を手にとりました。日本では、1980年に早川ノヴェルズで刊行された後、2006年文庫版新装版が出たものが、改めて2011年に再版されています。「サトリ」の出版がなければ、本書も絶版のまま埋もれていた名作に数えられていたかもしれません。「サトリ」は本書の前日譚とよく紹介されていますが、上巻はむしろ、「サトリ」の前日譚と言ってもいいのではないでしょうか。ヘルが岸川将軍とであった経緯、なぜヘルは戦況を碁に見立てて分析するのか?近接感覚はどのように身についたのか?など、「サトリ」の疑問が上巻でほぼ明らかになっていきます。

本作品の執筆時は東西冷戦が時代背景としてあり、その中で日本は経済成長を謳歌していたころだと思います。その時代において、本書では日本が敗戦を経てテロ戦争後のイラクと同様の蹂躙を受けたことを、日本人ではない作者が嘆いていることは驚くべきことです。終戦後アメリカは日本にアメリカ的な正義、価値観、倫理観を移植され日本の文化を、教育を通して捨てさせることに成功しました。アメリカにとってそれは国民洗脳の大いなる成功例であるといえるでしょう。

そのことを執筆時に的確に指摘し日本文化の喪失を、ニコライ・ヘルを通じて嘆いていますが、当時それを自覚していた日本人が何人いたでしょうか。ニコライ・ヘルは日本文化と精神をシブミと総称して愛していましたが、これは現在私たちが持っている、文化、精神とは異なっている部分があります。それは作者の日本観への考察が不足しているのではなく、敗戦を通して日本人が変わってしまい、それ以前の日本には敬意を表しているものの、戦後の日本人はアメリカ人に蹂躙され自ら文化を放棄した日本人に対する大いなる批判が込められているように思います。

作中、作者はアメリカ的価値観を徹底的に否定しています。40年前これを読んだ日本人は意味が分からなかったのではないのでしょうか。作者はアメリカ人を、文化を持たない卑しい商人として描き、雑種で民族ですらない。ヨーロッパで生きていくことのできなくなった屑が集まってできた国だと表現しています。また、民主主義と資本主義を他国に押し付け、市場に変えてしまうことを善(正義)と考え、嬉々として実行している点を批判していますが、911以降イスラム圏にしてきた文化的蹂躙を経て初めて得心できるという意味で思想書としても読むことができます。

シブミ〈上〉 (ハヤカワ文庫NV) Amazon書評・レビュー: シブミ〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)より
4150412340
No.56
(5pt)

2011初めて出会いました

濃厚です。ウィンズロウのサトリから入ったのですが、そちらに比べると、本家らしくものすごく濃いです。濃いのに、しつこくなく、まさにシブミの極地です。日本の風俗も、無理に付け足した風も無く、自然に受け止められ、それが、ストーリをしっかり盛り上げてます。今まで知らずにいたのが、無念です。'80年代に出会いたかった。
シブミ〈下〉 (ハヤカワ文庫NV) Amazon書評・レビュー: シブミ〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)より
4150404631
No.55
(5pt)

2011初めて出会いました

濃厚です。ウィンズロウのサトリから入ったのですが、そちらに比べると、本家らしくものすごく濃いです。濃いのに、しつこくなく、まさにシブミの極地です。日本の風俗も、無理に付け足した風も無く、自然に受け止められ、それが、ストーリをしっかり盛り上げてます。今まで知らずにいたのが、無念です。'80年代に出会いたかった。
シブミ〈上〉 (ハヤカワ文庫NV) Amazon書評・レビュー: シブミ〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)より
4150404623
No.54
(5pt)

2011初めて出会いました

濃厚です。ウィンズロウのサトリから入ったのですが、そちらに比べると、本家らしくものすごく濃いです。濃いのに、しつこくなく、まさにシブミの極地です。日本の風俗も、無理に付け足した風も無く、自然に受け止められ、それが、ストーリをしっかり盛り上げてます。今まで知らずにいたのが、無念です。'80年代に出会いたかった。
シブミ〈下〉 (ハヤカワ文庫NV) Amazon書評・レビュー: シブミ〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)より
4150411069
No.53
(5pt)

2011初めて出会いました

濃厚です。ウィンズロウのサトリから入ったのですが、そちらに比べると、本家らしくものすごく濃いです。濃いのに、しつこくなく、まさにシブミの極地です。日本の風俗も、無理に付け足した風も無く、自然に受け止められ、それが、ストーリをしっかり盛り上げてます。今まで知らずにいたのが、無念です。'80年代に出会いたかった。
シブミ〈上〉 (ハヤカワ文庫NV) Amazon書評・レビュー: シブミ〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)より
4150411050
No.52
(5pt)

2011初めて出会いました

濃厚です。ウィンズロウのサトリから入ったのですが、そちらに比べると、本家らしくものすごく濃いです。濃いのに、しつこくなく、まさにシブミの極地です。日本の風俗も、無理に付け足した風も無く、自然に受け止められ、それが、ストーリをしっかり盛り上げてます。今まで知らずにいたのが、無念です。'80年代に出会いたかった。
シブミ〈下〉 (ハヤカワ文庫NV) Amazon書評・レビュー: シブミ〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)より
4150412359
No.51
(5pt)

2011初めて出会いました

濃厚です。ウィンズロウのサトリから入ったのですが、そちらに比べると、本家らしくものすごく濃いです。濃いのに、しつこくなく、まさにシブミの極地です。日本の風俗も、無理に付け足した風も無く、自然に受け止められ、それが、ストーリをしっかり盛り上げてます。今まで知らずにいたのが、無念です。'80年代に出会いたかった。
シブミ〈上〉 (ハヤカワ文庫NV) Amazon書評・レビュー: シブミ〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)より
4150412340
No.50
(5pt)

大傑作。読まなければわからないし、読んだ所でわかるかどうかは別。

シブミ上巻。

『夢果つる街』とともに、タイトルは知っていたが未読だった本。この本に対しては、既存の枠組みでとらえるという行為は、意味がないどころか、却ってわからなくさせてしまうと思う。この作品がある面において「冒険」小説的な性格を有していることは、確かにそうだと思うが、それはこの作品のあくまでもごく一部を表しているに過ぎない。別の面を見れば、青春小説のようにも見え得るし、また、スリラーともいえる。そして、そのような言葉に還元することが困難な面をも有している。

だからこそ、敢えて既存の枠組みにあてはめることは、この作品に対しては適当ではない。この作品は、それ自体が一つのジャンルといっても良いほど、独特な立ち位置にあるといえる。この作品が「世界中を熱狂させた」とある。それ自体はそうかもしれないし、そうなのだろうと思う。ただ、その内のどれだけが、この作品を理解し得たのか。この作品は読まねばわからないのは勿論だが、読んだ所で理解出来る保証はない。人によっては、何度読んでもダメだろう。

基本的に、作品それ自体が面白ければ良いと思う。したがって、通常作者が誰であるとか、どういうつもりで書いたのか、といった国語の設問にあるようなことを考えるのは、どうでも良いことだと思っている。しかし、この作品に限っていえば、この作品の周囲にあるもの、背後に潜むものも気になる。こういう傾向の作家なのか。それとも、この「シブミ」が異端なのか。少し調べてみたいと思った。
シブミ〈下〉 (ハヤカワ文庫NV) Amazon書評・レビュー: シブミ〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)より
4150404631
No.49
(5pt)

大傑作。読まなければわからないし、読んだ所でわかるかどうかは別。

シブミ上巻。

『夢果つる街』とともに、タイトルは知っていたが未読だった本。この本に対しては、既存の枠組みでとらえるという行為は、意味がないどころか、却ってわからなくさせてしまうと思う。この作品がある面において「冒険」小説的な性格を有していることは、確かにそうだと思うが、それはこの作品のあくまでもごく一部を表しているに過ぎない。別の面を見れば、青春小説のようにも見え得るし、また、スリラーともいえる。そして、そのような言葉に還元することが困難な面をも有している。

だからこそ、敢えて既存の枠組みにあてはめることは、この作品に対しては適当ではない。この作品は、それ自体が一つのジャンルといっても良いほど、独特な立ち位置にあるといえる。この作品が「世界中を熱狂させた」とある。それ自体はそうかもしれないし、そうなのだろうと思う。ただ、その内のどれだけが、この作品を理解し得たのか。この作品は読まねばわからないのは勿論だが、読んだ所で理解出来る保証はない。人によっては、何度読んでもダメだろう。

基本的に、作品それ自体が面白ければ良いと思う。したがって、通常作者が誰であるとか、どういうつもりで書いたのか、といった国語の設問にあるようなことを考えるのは、どうでも良いことだと思っている。しかし、この作品に限っていえば、この作品の周囲にあるもの、背後に潜むものも気になる。こういう傾向の作家なのか。それとも、この「シブミ」が異端なのか。少し調べてみたいと思った。
シブミ〈上〉 (ハヤカワ文庫NV) Amazon書評・レビュー: シブミ〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)より
4150404623
No.48
(5pt)

大傑作。読まなければわからないし、読んだ所でわかるかどうかは別。

シブミ上巻。

『夢果つる街』とともに、タイトルは知っていたが未読だった本。この本に対しては、既存の枠組みでとらえるという行為は、意味がないどころか、却ってわからなくさせてしまうと思う。この作品がある面において「冒険」小説的な性格を有していることは、確かにそうだと思うが、それはこの作品のあくまでもごく一部を表しているに過ぎない。別の面を見れば、青春小説のようにも見え得るし、また、スリラーともいえる。そして、そのような言葉に還元することが困難な面をも有している。

だからこそ、敢えて既存の枠組みにあてはめることは、この作品に対しては適当ではない。この作品は、それ自体が一つのジャンルといっても良いほど、独特な立ち位置にあるといえる。この作品が「世界中を熱狂させた」とある。それ自体はそうかもしれないし、そうなのだろうと思う。ただ、その内のどれだけが、この作品を理解し得たのか。この作品は読まねばわからないのは勿論だが、読んだ所で理解出来る保証はない。人によっては、何度読んでもダメだろう。

基本的に、作品それ自体が面白ければ良いと思う。したがって、通常作者が誰であるとか、どういうつもりで書いたのか、といった国語の設問にあるようなことを考えるのは、どうでも良いことだと思っている。しかし、この作品に限っていえば、この作品の周囲にあるもの、背後に潜むものも気になる。こういう傾向の作家なのか。それとも、この「シブミ」が異端なのか。少し調べてみたいと思った。
シブミ〈下〉 (ハヤカワ文庫NV) Amazon書評・レビュー: シブミ〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)より
4150411069
No.47
(5pt)

大傑作。読まなければわからないし、読んだ所でわかるかどうかは別。

シブミ上巻。

『夢果つる街』とともに、タイトルは知っていたが未読だった本。この本に対しては、既存の枠組みでとらえるという行為は、意味がないどころか、却ってわからなくさせてしまうと思う。この作品がある面において「冒険」小説的な性格を有していることは、確かにそうだと思うが、それはこの作品のあくまでもごく一部を表しているに過ぎない。別の面を見れば、青春小説のようにも見え得るし、また、スリラーともいえる。そして、そのような言葉に還元することが困難な面をも有している。

だからこそ、敢えて既存の枠組みにあてはめることは、この作品に対しては適当ではない。この作品は、それ自体が一つのジャンルといっても良いほど、独特な立ち位置にあるといえる。この作品が「世界中を熱狂させた」とある。それ自体はそうかもしれないし、そうなのだろうと思う。ただ、その内のどれだけが、この作品を理解し得たのか。この作品は読まねばわからないのは勿論だが、読んだ所で理解出来る保証はない。人によっては、何度読んでもダメだろう。

基本的に、作品それ自体が面白ければ良いと思う。したがって、通常作者が誰であるとか、どういうつもりで書いたのか、といった国語の設問にあるようなことを考えるのは、どうでも良いことだと思っている。しかし、この作品に限っていえば、この作品の周囲にあるもの、背後に潜むものも気になる。こういう傾向の作家なのか。それとも、この「シブミ」が異端なのか。少し調べてみたいと思った。
シブミ〈上〉 (ハヤカワ文庫NV) Amazon書評・レビュー: シブミ〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)より
4150411050
No.46
(5pt)

大傑作。読まなければわからないし、読んだ所でわかるかどうかは別。

シブミ上巻。

『夢果つる街』とともに、タイトルは知っていたが未読だった本。この本に対しては、既存の枠組みでとらえるという行為は、意味がないどころか、却ってわからなくさせてしまうと思う。この作品がある面において「冒険」小説的な性格を有していることは、確かにそうだと思うが、それはこの作品のあくまでもごく一部を表しているに過ぎない。別の面を見れば、青春小説のようにも見え得るし、また、スリラーともいえる。そして、そのような言葉に還元することが困難な面をも有している。

だからこそ、敢えて既存の枠組みにあてはめることは、この作品に対しては適当ではない。この作品は、それ自体が一つのジャンルといっても良いほど、独特な立ち位置にあるといえる。この作品が「世界中を熱狂させた」とある。それ自体はそうかもしれないし、そうなのだろうと思う。ただ、その内のどれだけが、この作品を理解し得たのか。この作品は読まねばわからないのは勿論だが、読んだ所で理解出来る保証はない。人によっては、何度読んでもダメだろう。

基本的に、作品それ自体が面白ければ良いと思う。したがって、通常作者が誰であるとか、どういうつもりで書いたのか、といった国語の設問にあるようなことを考えるのは、どうでも良いことだと思っている。しかし、この作品に限っていえば、この作品の周囲にあるもの、背後に潜むものも気になる。こういう傾向の作家なのか。それとも、この「シブミ」が異端なのか。少し調べてみたいと思った。
シブミ〈下〉 (ハヤカワ文庫NV) Amazon書評・レビュー: シブミ〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)より
4150412359
No.45
(5pt)

大傑作。読まなければわからないし、読んだ所でわかるかどうかは別。

シブミ上巻。

『夢果つる街』とともに、タイトルは知っていたが未読だった本。この本に対しては、既存の枠組みでとらえるという行為は、意味がないどころか、却ってわからなくさせてしまうと思う。この作品がある面において「冒険」小説的な性格を有していることは、確かにそうだと思うが、それはこの作品のあくまでもごく一部を表しているに過ぎない。別の面を見れば、青春小説のようにも見え得るし、また、スリラーともいえる。そして、そのような言葉に還元することが困難な面をも有している。

だからこそ、敢えて既存の枠組みにあてはめることは、この作品に対しては適当ではない。この作品は、それ自体が一つのジャンルといっても良いほど、独特な立ち位置にあるといえる。この作品が「世界中を熱狂させた」とある。それ自体はそうかもしれないし、そうなのだろうと思う。ただ、その内のどれだけが、この作品を理解し得たのか。この作品は読まねばわからないのは勿論だが、読んだ所で理解出来る保証はない。人によっては、何度読んでもダメだろう。

基本的に、作品それ自体が面白ければ良いと思う。したがって、通常作者が誰であるとか、どういうつもりで書いたのか、といった国語の設問にあるようなことを考えるのは、どうでも良いことだと思っている。しかし、この作品に限っていえば、この作品の周囲にあるもの、背後に潜むものも気になる。こういう傾向の作家なのか。それとも、この「シブミ」が異端なのか。少し調べてみたいと思った。
シブミ〈上〉 (ハヤカワ文庫NV) Amazon書評・レビュー: シブミ〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)より
4150412340
No.44
(4pt)

まだまだ書いて欲しかった

トレヴェニアンには思い入れがある。もう10年以上前、いや20年近く前になるだろうか、「夢果つる街」を読んだ時、そのリリシズムに唸ったものだった。今でも私の海外ミステリベスト3に入っている作品だ。

ふつう、それだけ良い作品にあたると、その作家の他の作品も読みたくなるもので、次に見つけたのが「シブミ」だった。梗概をざっと読むと、どうやら日本を舞台にしているようである。こう言っては何だが、いくらトレヴェニアンでも、外国の作家の日本を舞台にした小説は荒唐無稽になってしまっているのではないか――。そういう危惧感から、読むに至らなかった。

そのトレヴェニアンが亡くなった事を知り、重い腰を上げた。

「渋み」とは――ごくありふれた外見の裏にひそむきわめて洗練されたものを示している。

この上なく的確であるが故に目立つ必要がなく、激しく心に迫るが故に美しくある必要がなく、あくまで真実であるが故に現実のものである必要がない。

シブミの精神が〈寂〉の形をとる芸術においては風雅な素朴さ、シブミが〈侘〉として捉えられる哲学においては消極性を伴わない静かな精神状態、そして、人の性格の場合には支配力の伴わない権威とでもいうか―― 。

1972年のミュンヘンオリンピックで、イスラエルの選手がテロリストに射殺され、復讐を期したミュンヘン5のメンバーもローマ空港で凶弾に倒れた。

仲間でひとり生き残ったハンナは、世界有数の暗殺者ニコを頼るべく、彼の住むバスクへ向かうが――。この暗殺者ニコの過去と現在が錯綜して物語は展開する。

日本を舞台にした場面は多少の違和感はあるものの、荒唐無稽さはない。よくぞここまで書けたなという感がする。
シブミ〈下〉 (ハヤカワ文庫NV) Amazon書評・レビュー: シブミ〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)より
4150404631
No.43
(4pt)

まだまだ書いて欲しかった

トレヴェニアンには思い入れがある。もう10年以上前、いや20年近く前になるだろうか、「夢果つる街」を読んだ時、そのリリシズムに唸ったものだった。今でも私の海外ミステリベスト3に入っている作品だ。

ふつう、それだけ良い作品にあたると、その作家の他の作品も読みたくなるもので、次に見つけたのが「シブミ」だった。梗概をざっと読むと、どうやら日本を舞台にしているようである。こう言っては何だが、いくらトレヴェニアンでも、外国の作家の日本を舞台にした小説は荒唐無稽になってしまっているのではないか――。そういう危惧感から、読むに至らなかった。

そのトレヴェニアンが亡くなった事を知り、重い腰を上げた。

「渋み」とは――ごくありふれた外見の裏にひそむきわめて洗練されたものを示している。

この上なく的確であるが故に目立つ必要がなく、激しく心に迫るが故に美しくある必要がなく、あくまで真実であるが故に現実のものである必要がない。

シブミの精神が〈寂〉の形をとる芸術においては風雅な素朴さ、シブミが〈侘〉として捉えられる哲学においては消極性を伴わない静かな精神状態、そして、人の性格の場合には支配力の伴わない権威とでもいうか―― 。

1972年のミュンヘンオリンピックで、イスラエルの選手がテロリストに射殺され、復讐を期したミュンヘン5のメンバーもローマ空港で凶弾に倒れた。

仲間でひとり生き残ったハンナは、世界有数の暗殺者ニコを頼るべく、彼の住むバスクへ向かうが――。この暗殺者ニコの過去と現在が錯綜して物語は展開する。

日本を舞台にした場面は多少の違和感はあるものの、荒唐無稽さはない。よくぞここまで書けたなという感がする。
シブミ〈上〉 (ハヤカワ文庫NV) Amazon書評・レビュー: シブミ〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)より
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