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銃・病原菌・鉄
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【この小説が収録されている参考書籍】
銃・病原菌・鉄の評価:
| 書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.07pt | ||||||||
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全358件 241~260 13/18ページ
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| まずは、けなすww 長い。表現的にも冗長じゃね?と思うことしきり。長々した事実の記述の一部なりとも、脚注に譲って、本文はすっきりさせろ、と読みながら思ってしまう部分が多し。「学術論文じゃない」とばかりに、脚注に頼らない書き方をしてるのだろうが、まったくいただけない。 膨大な参考文献のリストと、それらに関する解説が為されているのは大いにほめたいが、本文中に、「じゃあ、その中から、どの部分に具体的に言及してるのか、引用にした方がいい部分があるんじゃないのか、それらをよくわかるようにして欲しいよ、特に、邦訳されている文献については」とも、多々思ってしまう。 さらに、読み込めば読み込むほど、『銃、病原菌、鉄』は題名にふさわしくないのではないかと思ってしまう。本書の中にそれなりの記述の幅があるものを、自分が採っていいと言われたなら多少長くても『食糧生産、国家、大陸の空間の成り立ち』とし、これを以って冒頭に出てくるヤリへの回答とするだろうし、本書での扱いが軽いor言及がないものでもオッケーなら『宗教、ナショナリズム、外洋船』とでもし、それらについて特別な1章なり1部なりを割きたいくらいだ。 著者が、この中で言及されているいろいろな「科学」の分野での“門外”であり、学際的知識にあふれた人物であっても、取り上げたあらゆる分野で第一級ではないのだろうなという風にもうかがえるのだ。 だがしかし、この学際的知識の多様さ・多彩さに非常に感心させられる。1万3000年の人類史のダイジェストとしてみれば、デキはなかなかいい。しかも、破綻なく、著者の主張をまとめきっているあたりは流石。 西欧社会が優位を占め、このように富の偏在する世界となったのは、人種的優位の問題ではなく、文明を取り巻く環境上の説明変数のせいであるそれも相当に膨大で偶然の積み重ねでもあるという切り口は大いに気に入っている。 あと、付け足しておくと、大航海時代までのヨーロッパを、むしろユーラシア大陸の中でも遅れた文明であったことを、きちっと言い当ててくれているという点も好感が持てる。そう世界史上、ヨーロッパに至った人類が決して優秀だったわけでもなく、その文明は、ローマという地中海帝国の衰退期において、頑迷なる宗教的迷妄の下に置かれ、無益な争いを繰り返し、テクノロジー的にも遅れてきたこと中国やインドやイスラム世界やモンゴル帝国の方がはるかに進んだ社会であったのだ。そのことも、改めて確認できる。 恥ずかしながら、文庫化してようやくとこの本を手にしたが、正直、自分の怠惰をなじりたくなる。いろいろ欠点は多い本だと思うが、それなりに知的に刺激されるはずだ。特に、ある種のマンガなどで自民族優越主義のような考えにはまり込んでる人間に、蒙を啓くきっかけとなって欲しい本である。 | ||||
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| 中身は問題なく良かったですが、少し表紙が汚かったです。 消しゴムで消して頂くと気持ちよかったです。 | ||||
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| 人類の歴史は、分かっているようで、分かっていないことがたくさんある訳です。 近世の多くの歴史はよく言われるように戦争に勝った、勝者からみた歴史であるわけです。 古代の歴史は、考古学や、物理学などを駆使して想像したり、仮説を立てたりする部分が多いので、この点は近世、特に文字による資料がある場合とはまったく異なることになります。 どれが本当で、どこまでが真実なのか不明なところも多いのですが、それだけ、想像力をふくらませ読むことができまし。 (まだ上巻の半分ほどしか読んでいませんが・・・GWに読み終えるつもりです。 ) | ||||
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| 「あなたが白人は、たくさんのものを発達させてニューギニアに持ち込んだが、私たちニューギニア人には自分たちのものといえるものがほとんどない。それはなぜだろうか?」 上記の質問をニューギニアの現地人ガイドから聞かされたことが本書の執筆の切っ掛けだそうだが・・・ 私を含めこの本を読む多くの人は歴史や考古学や遺伝子といった分野での素人であろう・・・ だから専門家から見れば、批判すべき点は大いにあるだろうことも理解できるが・・ ただ素人の私からすればこの本は説明はスットンと自分の中に落ちていった・・・ もちろん近代資本主義は、プロテスタントティズムが必要不可欠であろうが、それを生み出したもっと先の話を理解することができた 南アメリカが少人数のスペイン人でいとも簡単に征服された歴史についてもそうだ・・・ この本が批判されるべき本であるなら、もっと別な視点からの良書を読みたい・・・ そういった本が今は出版されているのだろうか??? | ||||
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| 上巻での論述では、文明の発達の程度や速さは、その地域の栽培化可能野生品種の質や数、家畜化可能動物種の質や数、大陸の形状や気候分布(文明間の交流の容易さ)などの地理的理由が主な原因で、優生思想に基づくものではないとしている。 下巻では、その論述の検証をオセアニア、南北アメリカ大陸、アフリカ大陸を例に行っている。 | ||||
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| 翻訳本のlせいか 回りくどい表現が少々多い 尚、同本(下)はいつ発売ですか? | ||||
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| 単純に面白かった。 世間的には「今日と欧米が主導する世界においての差は、人種的な差ではなく、単に地理的な要因が大きい」とする説を客観的な証拠の積み重ねによってピューリッツァー賞を取った人と言う印象である。 もちろんそうなのだが、私的に感じたのは別に これは上下巻を通じた感想だが、 「文字や文化の発達には”いかにして農業化社会に入れたか否かが必要条件だが絶対条件ではない”(例えば農業化社会の中には文字を持たない文化もあった。また文字が出現してから消えている文化もあったなど)」と言うことであったり、 中国のように必要条件が整いすぎている(一定の広さ、農業用地、移動)国ではなく中規模の条件だったヨーロッパでこそ産業革命が発展した 「イタリア人のコロンブスは4ヶ国目で初めて望む王様に出会えた=仮に欧州が中国のように1カ国に統一されていれば大航海時代は無かったかもしれない」と言う点は非常に興味深かった。 また「あなたが1500年以前の人間なら欧州が世界の覇権を取るなど思いもしなかったはずだ。当時もっとも進んでいたのは中東と中国である」と言う記述。 これはIT化が進んだ現在や、大国のアメリカ、次世代の大国、中国と言う現実社会においても痛感できるメッセージにもなっていると感じる。 「数百人のスペイン人に数万人の兵士を持つインカ・アステカが負けて滅ぼされてしまったこと」についても 「武器(道具)の重要性」や「情報(スペイン側は事前の相手側の情報と戦略があったが、インカ・アステカ側には鉄製品や馬の知識、銃の強さや使い方を知らなかった)の重要性」を再三再四、痛感した。 また 日本などの近年の東アジアの復興が欧米と同じように農耕化社会とそれによる文字の発達、常駐兵士を持っていることが基盤になっていることを、対比として今後しばらくそういうモノを持たないアボリジニなどが世界の覇権を取る可能性が少ないことと関連して述べている。 著者は親は医師であり、ハーバードで生物学を習得したインテリの白人(ユダヤ系)ではあるが20年以上もニューギニアにフィールドワークをしているなど、非常にアジア寄りの人だとも言える。 そういった方が「なるべく中立を保つように慎重に」書かれた本として、興味深い。 | ||||
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| 本書が結論づける、各地域の文明進化の度合いに差異をもたらした根源的要因は次の三つ。 ・在地の野生動植物が栽培飼育化に向いていたか不向きだったか ・栽培植物や家畜が伝播可能な方向にいたか(緯度が同じ東西なら容易で南北なら困難) ・周辺から孤立してしまいがちな環境にいたか否か(海や砂漠や大山脈などにより) さるグローバル・ヒストリー学者からは「超唯物的な書物」と揶揄される所以でもあるが、 個人的には10〜15世紀頃時点までに関しては、大きな流れとしてなら相応の納得感がある。 ディテール(特に有史以降)については専門領域でないせいかやや粗略な点もあるようで、 歴史学者からの批判を何冊かの本で目にしたことがある。 ただ、細部がダメだから本書全体が無価値だというのは早計な話であろうし、 一般に新たな視座を提供したことは、やはり評価されてしかるべきであろう一冊だと思う。 作者はニューギニアに深く関与したことのある経歴の持ち主だが、その寄与は大きそうだ。 語族は別になるが、オーストロネシア語族研究者のピーター・ベルウッドがやや近似した 人類史を書き上げていることが思い起こされる。 議論をシンプル化できる民族の研究から人類全体に話を拡げる手法は有効なのだろう。 | ||||
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| 人類の文明が何故その場所に、その時代に興ったのか、様々な分野の研究を網羅的にまとめて、優性思想に基づかない文明史観を展開している。科学的に妥当かどうかは議論になったり、根拠に乏しいことや、明らかな著者の思い違いがありますが、下記の主論点については興味深く読ませてもらいました。仮説としても面白い考え方だと思う。 上巻の主な論点は、 1:食料生産(農耕)の発達は、栽培技術の革新でなく、有用な特性の野生植物の取捨選択とそれらの偶然の遺伝特性の変化の蓄積によるものである。従って、その地域に栽培化に適した特性を持つ野生植物がどれだけ多く存在するかが重要でることを論じている。また家畜についても同様に、その地域での家畜化の成功は、家畜化に適した野生動物の存在の如何による確率的必然であると論じており、比較的丁寧に野生植物や野生動物の特性を栽培化や家畜化の点から説明している。 2:文明の伝播の特徴について、農耕の広がりを例に、地球の大陸の形態や気候特性から説明している。 3:疫病が文明の盛衰に重要で、コルテスやピサロの新大陸征服等における伝染病の役割を説明した後、文明への影響を論じている。医学的に破綻のない蓋然性の高い議論だと思った。 | ||||
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| 文明の衝突と相克について書かれた部分は結構凡庸で、「知ってた」の域を出ないところもありました。たぶん、本書の核心はNative Americanやニューギニアの農業畜産史を、フィールドワークを含めて掘り下げているところでしょう。ただ、人肉食も畜産の一種ということになっちゃうところが凄惨ではあります。作物の起源から文明の型を規定していく筆遣いはどことなく中尾佐助の「照葉樹林文化圏」を彷彿とさせたりしました。特にアメリカの読者から見ると、アメリカ大陸のコロンブス以前の文明がわかったりして、お得感が倍増されている気配です。印象深かったのは、植物の種を拾ってきたり、そこらの動物を拾ってきたりして、飼っちゃう人間の「園芸飼育の趣味」の性を農業や畜産の起源とシームレスでつないじゃうところで、そのあたりは、「人間」という種のユニークネスを浮き彫りにしていると思いました。 | ||||
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| 感激!!!最近読んだ本で、最高です!! 目から鱗!!の本です。 私の歴史観が再構築されました。 | ||||
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| 感激!!かなり多くの本を読んでいますが、こんな歴史書は初めて読みました。 最高です。 | ||||
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| なぜピサロがペルーにやってきて、インカ皇帝アタワルパを捕虜にしたのか、なぜアタワルパがスペインにやってきて、カール一世を捕虜にすることにはならなかったのか・・・。 西洋が世界を圧していた時代には、「彼らは遅れていて蒙昧だったので、先進国の民が啓蒙したのだ」と考えていれば良かった。遅れていたのは事実だとして、その差が何故発生したのか、環境要因か、そもそもの民族の資質の差なのか、の問いに答える一冊。相当に読み応えがある。 1億3千万年前の氷河期の終り、現生人類は世界の五大陸に達した。その時点では同じだった、と筆者は強調する。そこからコルテスとアステカ人が出会うまでの永い時間の流れはどう違ったのか。まず、西ユーラシアに文明の灯をもたらしたメソポタミアには育てやすい一年草の小麦が自生していた。その後長く人間のパートナーになる牛や豚の祖先も住んでいた。しかしメキシコには、栽培化の難しかったトウモロコシしか生えていなかった・・・ こうして人類の文明化への永い旅が始まった。病原菌の話も面白かったし、下巻には文字とか鉄が登場するのだろう。楽しみ。 | ||||
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| やっと上巻を読み終えました。これは本当に深い本ですね。じっくり読める本ですし、じっくり読めば読むほど、面白いです。1度読み終えた後に序章を再度読むと、理解がぐっと深まります。 本書の特色は著者が自分の説に対してこれでもかというくらい質問をぶつけていることです。AとBという現象がみられる。ではその背景にある理由は何か?可能性としてはDとEがあり、どちらが正しそうかということで1つずつ可能性をつぶしていくという作業が延々続きます。 21世紀は情報世紀と呼ばれるくらいですから、ある国が画期的な武器を開発しても、世界のほかの国々もそれをまねするのにさほど時間はかかりませんが、これが15世紀くらいの世界ではまだまだ情報格差があった。そして農業生産や武器生産、病原菌への免疫などで数千年の先をいっていたのが欧州大国であった訳です。「なぜ〜だったのか?」という質問に対する著者の検証作業は非常に引き込まれました。下巻も楽しみです。 | ||||
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| 仮にヨーロッパ人の祖先がオーストラリアに産まれ、アボリジニの祖先がヨーロッパに産まれていたとしても、やはりヨーロッパに産まれた側がオーストラリアへと侵略しただろう。 下巻では筆者はヨーロッパに蹂躙された側の歴史を語っていく。ニューギニアとかオーストラリアについてはさすがに専門だけあって詳しい。進化生物学、考古学、民俗学の成果を縦横に動員した語りはやはり面白いのだけど、これだけ大胆に語れば論考が弱いところも出てくる。中国を中心とする東アジア史は専門外みたいだし、インドについてはほとんど語られない。 人類史の大きな分水嶺を植物の栽培化と動物の家畜化に求める筆者の発想は私は良いと思うが、歴史の全ての動力源を銃と病原菌と鉄に求めるのは無理があろう。鳥類学者が人間の歴史の何を語るか、と批判する向きもあるかもしれない。しかし西側世界に根強く残ってた人種優位論を環境決定論で葬り去った筆者の功績は認められてしかるべきと思う。 | ||||
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| 重厚な内容だったがとても楽しめた。 物事を分析する上での設問の徹底具合なども参考になる。 しつこいくらい、なぜ、なぜを繰り返して積み上げていく過程は圧巻である。 現在の持てるものと持たざるものの格差は決して民族間の生物学的差異によるものではない、ということを明確に謳っていることにも注目したい。 | ||||
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| 歴史を科学的にとらえようとした本で、ユニークです。 地理学的、生物学的、生態学的観点からの歴史の必然性を見出だそうとした本です。 前評判の高い本だったので、読みましたが、長いのと、それほど面白くなかったので、少し読んでいていて、がっかりはしました。 | ||||
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| 重厚な内容だったがとても楽しめた。 物事を分析する上での設問の徹底具合なども参考になる。 しつこいくらい、なぜ、なぜを繰り返して積み上げていく過程は圧巻である。 現在の持てるものと持たざるものの格差は決して民族間の生物学的差異によるものではない、ということを明確に謳っていることにも注目したい。 | ||||
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| 興味あれば、一読しましょう ※ゲーム「シヴィライゼーション」好きな僕は、より妄想してゲームを楽しめますw 現代の侵略した側(西洋など)、侵略/淘汰された側(アフリカなど)が、 存在することを皆さん否定しないと思います。 なぜそのようになったかも、漠然と知っているともおもいます。 どれが真実なのか、正しいのかはわかりませんが、 それを考える上で一読することをオススメします。 本書に書かれていることは、僕は漠然とどこかで聞いたことがありましたので、 すんなりと読めました。 ◆本書を読むことの価値は、その論拠や考察の過程を丁寧に読んで行く事だと思います。 時系列で1万3000年の人類の歴史を、その地勢状況から生じる結果を追っていくことは、大変おもしろかったです。 地勢状況が、「食料」から始まり「社会体制」を経て、「技術」の違いをこれほど生じるとは考えていませんでした。 途中、言語に関することなど、細かい考察の部分などは、文字だけで考えるのは難しかったりします。 読む方は、深く考えず、まずは通読すればよいと思います。 だって、何度も同じことを述べますので、そのうち理解できるかもしれませんし、概略だけでも価値ありです。 | ||||
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| 本書には、図解といえば、地図しかない。 多くの植物や動物が登場するのに、一切、生物の図解がない。 生物の話をするには、形態学的な情報が必要不可欠なのに、図解がないのだ。 印刷術が今とは比較にならないほど粗末だった江戸時代でも、解体新書には図解があった。 それほど、図は大事なのだ。 文字でくどくどと説明するより、簡単な模式図1枚の方が、はるかにましだ。 | ||||
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