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容疑者Xの献身
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容疑者Xの献身の評価:
| 書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.19pt | ||||||||
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全96件 61~80 4/5ページ
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| 星をゼロにしたいほどです。本格か非本格かは問題ではありません。トリックにかかわるので、詳しくはかけませんが、読後に「不愉快」な気持ちが残ります。初期の作品にはそういったものを感じなかったので、どこかで東野氏が変わったのかもしれません。ほかの作家を出して申し訳ないですが、湊かなえ氏の『告白』にも同じような「不愉快」さを感じました。こういった「不愉快」さが平然と受け入れられるのが、現在の傾向なのでしょうか。なお、直木賞の受賞についてですが、しょせんは一出版社が自社の営業の観点を“無視”することができないでいる文学賞だと思っていますので、仕方のないことです(芥川賞も同様です)。 | ||||
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| まずトリックありき。その後、都合のいいように登場人物を配置していった感じです。 湯川と石神以外はすべて「与えられた役割をこなしているだけ」って感じで、セリフにもなんの意外性もないし魅力もない。だから全然感情移入できません。 ラストの部分も、読んでいて「あれ、ここって感動すべきシーン?」と冷静に思ってしまったくらいです。 無理やり感動させるように書かなくても、トリックがすごい!だけでよかったのに・・・。 東野圭吾さんは好きな作家ですが、この作品よりもっともっと良い作品がたくさんあります。 | ||||
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| 外出先で時間を潰す為に購入。 以前、映画の予告を見て 面白そうだなぁ…と思っていたので「秘密」と迷った末に こちらを購入。 読みやすく、ぐんぐん読める。 なんとなく、福山雅治演じる湯川が頭に浮かぶ感じで まあ面白かったのですが 低評価の皆さんおっしゃるとおり、 「え、ラストこれ?」という感じはしました。 期待しすぎたのかなぁ。 謎ときというより、もう少し人間性とか踏み込みたかった。 泣くに泣けない。 悪くはないですが、残念なキモチ。 今度は手紙読んでみようっと。 | ||||
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| ミステリー小説として読めば、ページをめくる手がとまらなくなる面白さ。 読みやすくわかりやすい文章によく練られたトリックはさすがという感じでした。 が、涙無しでは読めないと評価されるような「愛の物語」としては かなり疑問が残ります。 モテない男の一方的な片思いが高じた偏執的な愛は 「気持ち悪い」のひとこと。 さらに、そのストーカーのような押し付けがましい愛情によって 罪のない人を殺めるという時点で、こんな愛情が美化されることに 危惧さえ感じました。 いたるところに、心に残る秀逸なフレーズがある作品ですが、 感動というよりも、ホームレスなど弱者の命を軽んじ、 非常にイヤな気分になりました。 | ||||
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| 全く関係のない人間を巻き込んで殺しておいて、純愛も献身もないでしょ。 ただの自己満。なにか勘違いしてるとしか思えない。 殺人とはいかなる場合も肯定されるものではないと思います。 被害者や遺族はかわいそうで、加害者(殺人者)はあくまでも「悪」として描く、 同じミステリーなら宮部みゆきの小説の方が心に響く。 | ||||
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| これが究極の愛などとは噴飯物。 究極のストーカーと女の身勝手な犯罪に過ぎないが、 「セカチュー」に熱狂したような“愛されたい女性”には非常に心地のよいのだろう。 身勝手な者たちのエゴに犠牲になられた浮浪者さんのご冥福を心よりお祈りします。 | ||||
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| 今のりにのっている東野圭吾。 でも僕はやっぱり彼の作品を「文学」として認めない。 以前も「手紙」のレビューで書いたような気がするが、彼の文章は「小説」の真髄である「比喩」がほとんどない。 あったとしてもそれは決してレベルの高いものではない。つまり文章が直接的なのだ。 だから読みやすい。 小説の真髄である「比喩」がないってことは、その分、読み手である僕らの想像力は喚起されない。 だって表現が直接的だから、間接的である比喩表現が施された文章を読むよりもはるかに脳みそを回転させずに読むことが出来る。 僕はそんな小説を「小説」だと思えないし、思いたくない。 そういう直接的な小説って言うのは得てして映像化(ドラマ化・映画化)されやすい。 ガリレオシリーズや百夜光、流星の絆が良い例だ。 それよりも何よりも、この作品でよーく出てくる「論理的」という言葉。 ところがどっこい全然論理的じゃない。 なぜ石神(堤真一)が狂気ともいえる愛を貫けるほどの感情を靖子(松雪やすこ)に持ちえたのか。 そんな超重要ポイントが全く描写されていない。 背景もクソもない。 恐らく村上春樹ならば最も文字数を裂くであろうキーポイントに全く触れていない。 それを不思議に思わない読者が日本中に散らばっていることを悲しく思う。 僕が思う文学っていうのは、読者に想像力を喚起させ、何かの「きっかけ」を与えるものだ。 この小説は何も残らない。 それは何度もいうように表現が直接的だからだ。 ただ文字を読んでいるという感覚に限りなく近い。 色んな人がレビューにも書いているが、ミステリーとしてのトリックもつめが非常に甘い。 まぁ僕的にはそういう点で東野氏を批判するつもりは毛頭にないので書かないが。 ドラマは結構面白かったし、直木賞も取って、映画もヒットしてるって事で読んでみたけど、やっぱり僕は彼を認めることが出来ない。 でもストリーテラーとしての観点で見るならば非凡だとは思う。 でも登場人物の心理描写を直接的に書いてしまうような作家をやっぱり僕は認めない。 僕が「小説家」だと思っている村上龍や阿部和重や村上春樹や舞城王太郎らは、少なくとも読者に登場人物の心理を読み取らせる。 それが僕が思う「小説」だ。 | ||||
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| ストーリーやトリックなどは素晴らしいですが いかに愛情を持ったとしても 見ず知らずの人間を殺すのかと どうしても思ってしまいます。 それを人生における犠牲と言うならば ラスト以外にもっと犯人の苦悩や葛藤を生生しく 描くべきではないでしょうか? | ||||
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| 直木賞受賞作だが、「テロリストのパラソル」や「柔らかな頬」といった過去のミステリの受賞作と比較すると見劣りは否めないのと同時に、選考会は商業主義に走り過ぎでは?との疑念を禁じ得ない。 この作品には欠陥が二つある。まずは、小説というよりは脚本といった趣の作品構造である。着想やキャラクター造形はユニークであり、エンターテイメントとしては快作かもしれない。だが、魅力あるプロットを用意するのはよしとして、その肝心の中身が余りにも羊頭狗肉に尽きるのだ。 次に、本作は天才数学教師が片想いで、元ホステスの為に、自分の生涯を雲散霧消させてまで「犯罪を以て献身」するというストーリーであるが、正直言って、展開が極端にご都合主義過ぎる。とりわけ、ラストの愁嘆場は殺人という犯罪を美化する道具にしか見えなくて落胆してしまった。ヒロインの罪と自らの罪を同時に背負う主人公、その主人公と罪を分かち合おうとするヒロイン。かたや、彼の手にかけられた罪もないホームレスの無念やいかに…? この作品は確かに面白い。だが、著者本人が悦に入っているだけの娯楽小説であることもまた確かなのである。 | ||||
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| なぜ石神は自殺しようとしたのか?自殺を決意するまでの悩みはどのようなものだったのか? その悩みは、誰にも理解できない高度の?異質の?悩みなのか? ひとりの罪のないホームレスの命まで犠牲にして献身に努めた背景となる石神の死の決意は、「自分なんてこの世に存在していても意味がない」などという薄っぺらで、ありきたりでだれもが時に抱くような感情の揺れの描写で片づけられた。 この作品の最も大切な部分だと思うのだが・・・ | ||||
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| まあミステリ小説ですから、殺人を軽く扱うのは仕方ないと思いますが、ホームレスといえども殺人を犯すことと、愛している人を出頭させることとの軽重を比較するとどうでしょうか。最初の殺人は正当防衛でしょう。ホームレスの殺人は、愛している人を守るためとはいえ、利己的です。自分の利益のために行ったことで、決して庇護すべきではありません。天才の頭から発したとは到底思えません。腑に落ちません。納得がいきません。涙なんか到底流れません。愛している人を救うために何の関係もない人を殺す人に同情はできません。 | ||||
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| トリックはすぐにわかり、その後だらだらひっぱっる割りには目新しいネタは出てきません。完璧なトリックと本人は言っていますが、その実、偶然と幸運に助けられた穴だらけのトリックで、これを解明する側も論理的思考といいつつも、ほとんどを勘で解いていきます。 トリックについては細かく描写しすぎて、かえってそのトリックの甘さが目立ちます。(被害者や浮浪者の指紋が警察に登録されていたらどうするのか?浮浪者がレンタルアパートに入るところを目撃されていたらどうするのか?服を着替えるといっても下着まで人の物に変えるのは不自然ではないか?)ミステリーとしては三流です。 ラブストーリーとしての心理的描写は皆無で、そのくせ最後は感情で物語が終わります。 他の方も書いていますが、細かいことを描かずに短編でアイデアだけを楽しめたら面白かったと思います。 | ||||
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| 友達がトリックがアリかナシかと問うて置いておった本。 トリックとしては昔からある手段なので一応アリなんでしょう。 小説というか「読み物」としては、殆どト書き文なのでナシというか 「よく出版できたね」と思いました。ダルマという男の好きな相手の 水商売勤務らしき子連れの女性の性格や風貌、雰囲気などはまったく描かれず (どんな服装、どんな顔つき、柔らかいのか/しっかりした雰囲気なのかまでも) よって「女」という以外の何の人物像も浮かんでこない。 ここはダルマという男が犯罪を犯すきっかけになった女として、 最後に誰もが感動するらしきヶ所、キモにあたるところだと思うので これじゃ酷すぎます。 ここまで何も書かれていない人物もはじめて読みました。 よって「女が描かれていない」というより「余分な人を描く気がない」。 この読み物の最後に用意されてる「女への崇高な愛」というオチがあるから、 そこですべてまかなえる、だからあえて「女の中身」を描き込む必要が無い ...てことなんすかね。 と、こんなことくらい書いてる側は解ってるはずで、これが確信的な手抜きだったら 「小説家ならず」推理小説だから許されると思ったのなら「読み手を舐めてる」 ということだと私は考えます。読み物系新幹線本だった東野圭吾さん、分不相応な 評価がついたなあというのが正直なとこ。 売文とは書かないけど限りなくコストを削減してリーダビリティのみに特化してる シビアな職業作家ですね。 これが直木賞とはあきれます。選考員を見直す必要があるんではないでしょうか。 | ||||
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| 人気作家東野圭吾の作品は初めてで、しかも直木賞受賞作なので期待して読んだが、結果はがっかりだった。まず隣に住んでいるというだけのことで自分を犠牲にするまで深くその女性を愛するというのが釈然としない。そういうことはあり得ることだが、そうなる心の過程は描かれていない。一歩間違えるとストーカーともいいかねない思いこみではないか。また湯川が乏しいデータから事件の全貌を鮮やかに暴き出すのも不自然である。作者がトリックを作っているのだから、名探偵がそのトリックを完全に解明するように書くのは簡単だが、名探偵がどんなことから謎を解く鍵を得たかが説明されていない。さかんに「論理的」という言葉が出てくるが、事件解明の道筋は論理的でない。安直な作品の作り方だと思った。なぜこれが直木賞に選ばれたのかが謎である。その鍵はこの本が直木賞のパトロンである文藝春秋から出版されたことにある。90年代はまだ他の出版社が結構あったが、最近数年間の直木賞受賞作はほとんどが文藝春秋からの出版物である。 | ||||
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| 話題になっているから、手に取ってみた作品です。 皆さんも書かれていらっしゃいますが、面白い作品です。トリックや結末は楽しめました。 しかし、文学を勉強中の私には、作品が容易に感じました。表現があまりにも直接的で、登場人物の心中がそのまま描かれてしまっています。これでは、想像するにも想像しようがないというか…。 例えば、夏目漱石や芥川龍之介、等々の文豪は、登場人物の心中を直接描いていません。描くとしたら、その登場人物の行動や行為を描写し、読者に登場人物の心中を読み取らせるのです。そして、結論はひとつではありません。必ず二通り以上の解釈があり、それを読者に委ねるのです。読者である私たちも、彼ら文豪に惑わされ、実際のところは何が本当だろうかと思うこともありますが、その解釈しても考察しても想像しても、しきれないのが、文豪の作品の素晴らしいところだと思います。 長くなってしまいましたが、被害者Xの献身には、そこが欠けていると感じました。心中が書かれ、解釈が既に決まっているので、文学作品としては楽しめないと感じました。 ドラマや映画で、ストーリーを楽しむというのならいい作品なのではないでしょうか。 | ||||
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| 読み終わった直後(ホントにラスト1行読後)、「またか、東野圭吾!」。次に「何故、直木賞?最近のご褒美賞化の流れ?」。ほんっとに人物描写が薄っぺらいし、石神はキャラ立ちしているのに背景描写が薄いので「なぜ、その状況に自身を追い込んだのか」が全く釈としない。湯川と警察の関係も自然に書いているつもりで不自然極まりなく、例えば警察関係の友人が一人でも筆者に居るなら、こんな関係は発生し得ないことも判るはずだし。未読の方のために詳述できないが隣に越してきた女性に惹かれて生きる縁を得る行も納得感がない。女性の何が魅力的で石神を惹きつけたのか、皆目描かれていない。(単に好みの女性を見かけただけなら、それは良かったねという話)感情移入が出来ない分、ラストの場面の畳込みの性急さと置いてけぼり感が「手紙」と重なり、正直、あまり「人間描写」に移らずに「広義のミステリ作家」として居る方がいいと思う作家さんです。オペラは書けなくても偉大な作曲家は沢山いますので、是非得意なフィールドで深みを増して欲しいなあ。「名探偵の掟」なんか捌けてて良かったですよ。 | ||||
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| 東野作品はどうも人間の描写が平板で深みが無く、文章に味が乏しいので、敬遠していましたが、この作品はあまりに評判が高いので、読みました。やはりダメでした。 | ||||
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| いくつもの賞を受賞したベストセラー作品というのだが、私にはそうした賞賛に値する作品とは思えない。 まず、確かにトリックはよく練られていると思う。私も最後までトリックの仕掛けにきづかなかった。しかしいくら小説の中の出来事だとはいえ、あまりに必然性がない。冒頭で起きる偶発的な殺人事件を隠すために、あのような複雑で、しかも自分自身ではコントロールできない人物に負荷をかけるようなアリバイ作りをする意味はない。事実そのために破綻する。 もう一つ、これはトリックの中身にふれそうなのでぼかすしかない(ぼかしようもないとは思う)が、殺人事件の被害者の無念だとか、生命の尊厳を全く無視している容疑者を「献身」だとか「純愛」だとかで呼ぶことへのとまどいがある。罪科のない被害者は、容疑者によって道具のように殺され、さらに犯人を追い詰める側からも被害者にではなく容疑者に情けをかけられて、虫けらのように二度殺される。私にはそれが死ぬほど恐ろしい。 | ||||
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| これまで自分がいいと思う作品にしかレビューを書きませんでした。 でも、この作品に対する評価は私なりにきちんと記したいと思います。 トリックは素晴らしいと思いました。 ただ殺人の動機が私には一種の「押し付けがましさ」に思えてしょうがなかった。 コミュニケーションがほとんどない相手を勝手に好きになって、 勝手にその人の身を守ろうと、罪のない人を殺めてしまう。 これが無条件の愛、「献身」とはとても思えないです。 人の命を軽く扱っているような印象さえ受けました。 何で直木賞を受賞したのかまったく解せません。 読んだ後、すぐにブックオフに売ってしまいました。 ただ、映画は面白くなる可能性はあると思います。 | ||||
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| 古典ばかり読んでいてはバランスに欠ける。 現代のトップを走る作家がどんな本を書くのか。 何かと騒がしい『容疑者X…』を思い切って買ってみた。 一つのセンテンスが短いことにいやでも気づかされる。 「彼は〜外へ出た」「彼は〜曲がった」「彼は〜教師だった」 主語と動詞で構成されている見事な作家を私は知っている。アゴタ・クリストフの 『悪童日記』である。だがそれは練りに練られた最小の表現で最大のインパクトを与える 優れた叙述である。 東野圭吾が書く文章は人に説明を与える事が第一義に考えられているらしい。 ゆえに物語の何かを伝えるメッセージや説明と説明の間の情景と読者がそれによって感じる 高揚感、登場人物たちの会話の様子などすべてわれわれ読者が補わなければならない。 このかったるい体験を私は中学生の読書創作文で味わった。 それならば、彼の書く文章は中学生並みか。 編集者によって意図的に作らされたのか、これが彼の技量か(直木賞を取っている のだからこれはおそらくうそであろう)、はたまた村上春樹のようにわざと容易に書こうと 努めているのか。私には判断が出来ない。 よって、私はこの本をまともに評価することが出来ない。 おそらく、この本を読むためには相当の訓練が必要だろう。 逆に始めからこういう形態の本を知った人には違和感がないのではないだろうか。 普遍的な日本語はまだたくさんあるが、文章のスタイルにはまだ改良の余地がある。 おそらくそこに編集者たちは目をつけたのではないか。 これが新しい文章スタイルならば私は受け入れることが出来ない。 コミュニケーションの世代間ギャップが本の中でも行われている事を初めて知った、 驚愕の一冊。 今後の出版会の動向に注目である。 | ||||
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