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(短編集)
パン屋再襲撃
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パン屋再襲撃の評価:
書評・レビュー点数毎のグラフです | 平均点4.03pt |
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Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全10件 1~10 1/1ページ
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大体高評価が多いが、ハルキストにつられている高くなってるような? 村上さんは、たぶんファンが思うほどには深く考えていないと思う。 | ||||
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僕の印象はタイトルの通り。面白く読めました。とくにパン屋〜は。 その他はなんだろう?村上氏の中身ってこんなものから構成されてるのかも。内的なものの吐露。 セックスしすぎで羨ましいけど?村上さんはセックス=愛ではないし、セックス=幸せとは捉えてないのかな?むしろ、しすぎてうんざりすることもあるのかしら。 | ||||
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たまたま村上春樹訳の『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を読んだ直後にこの短編集を読み返したが、収録されている『ファミリー・アフェア』の兄妹が『キャッチャー~』の主人公と妹の関係に似ていると思った。感受性が強く世の中をシニカルに見てしまう兄と兄に比べて現実的な妹という関係が似てなくもないのでは?もちろんまったく同じ関係とは言えないと思うが、それでもサリンジャーの影響を濃厚に感じるのは私だけ? | ||||
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何気なく非日常を書く。 それは、とても難しいと思うのだ。 動物が見る夢、というものがあるが、 夢の内容は、「夢」という字そのもので、曖昧で霞がかかった様でいて、はっきりとしない。脳の記憶の整合に走り、それぞれの記憶の断片が夢というものを見せる。 それぞれの共通性とか、意味など考えても無駄である。 表現に凝った文体なのは分かる。きっと自由に書いたのだろう。 起承転結があって、一本筋のストーリーがあって、最後にどんでん返しが待ってるような、 そういう系統のものではないと分かる。 どうしてマクドナルド? どうしてねじまき? 型に嵌ったままでは分かれどもつまらないが、型に嵌らないので逆に新鮮さを失わない。最後まで読みきってしまう。 そんなに明るい話ではなく、どこか暗い影を落とす。 意味不明に読めても、何かある。 個人的には、はじめの「パン屋再襲撃」と最後の「ねじまき島と火曜日の女たち」、それから「象の消滅」がいいと思ったな。 パン屋…は読むのが2回目だったけど、文章の表現で、突っかかってみるのも楽しい。 個人で色んな楽しみ方ができる本だと思った。短編集。 | ||||
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村上春樹さんの長編は賛否あれど否定するつもりはありません。実際面白いですから。ただ、この短編集はあんまりピンと来ませんでした。ハッとするオチがあるでもなく、フワッと終わってしまう作品ばかりです。長編はならそのフワッと感も心地良いのですが、短編はいつものように全編を通して浮かび上がってくるテーマや高揚感が薄く、クラッシック音楽を端折って聴かされているような心地でした。長編で読んでみたかったのは「象の消滅」。消えた象の謎を追いかけながらいつまでもフワフワしていたい。筒井康隆氏に書き直して欲しいなぁ~と思ったのは表題作の「パン屋再襲撃」。モヤモヤ感はあれど村上氏にとって短編は単なるモチーフに過ぎないのかな?とも思いました。 | ||||
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村上春樹の独特な世界観を感じられた。何度読み返してもさっぱり意味が分からない。頭がおかしくなりそう。しかし嫌みがない。 | ||||
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「パン屋再襲撃」「象の消滅」「ファミリー・アフェア」「双子と沈んだ大陸」「ローマ帝国の崩壊・一八八一のインディアン蜂起・ヒットラーのポーランド侵入・そして強風世界」「ねじまき鳥と火曜日の女たち」の6作品を収録した短篇集です。 「良い面だけを見て、良いことだけを考えるようにすれば、何も怖くないよ。悪いことが起きたら、その時点でまた考えればいいさ」 | ||||
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トレーディングの方は完全自動化に移行しつつあるので、本ばかり読んでいるが、 この短編集は、記憶では今回初めて読むものだと思う。しかし、爆笑の太田光に 触発されてヴォネガットの『タイタンの妖女』を途中まで読んだだけでレヴューを 送ってくるいい加減な連中と、同様、私も2編を読んだだけである。 少なくとも、今の所は。 『パン屋再襲撃』は、押井守の『立ち食い師列伝』に影響を与えたところ 大である事は大方の人の知る所だと思う。「食う」と言う行為が 「飢えを満たす」事と密接にリンクしていた時代が終わろうとしていた1985年の 日本を象徴しているかの様な作品。この後、「飽食の時代」と言うよりも 「グルメの時代」に為っていく訳だが作品で描かれているのは、「暴食の一夜」である。 正確には「暴食」へと駆り立てる「暴力性」と言っても良いかも知れないし、 バブル期の「狂熱」の先鞭とも読み取れる。「呪い」を払拭して「無気力」と 「怠惰」をブレイクスルーするものが、アナーキーな「暴力性」とも言えるか。 1980年代当時のオブローモフが、彼の妻の「オーヴァー・ドライヴする欲望」に 付き合わされて引きずり回される話とも、読める。バブル期の女性の行動パターンが 既にこの時点で、主人公の妻に其の儘、表れている感がある。 『象の消滅』は、象と初老の飼育係が「異界」へと姿を消してしまう話。 やはり、1985年の作品だが、数年後に書かれた諸星大二郎『妖怪ハンター』の 『異界の客人』を髣髴とさせる。個人的には、稗田礼二郎のシリーズでは この『異界の』が最も好きだが、『象』の主人公は「便宜的な此の世」に残って 日常をやり過ごし、唯、時が流れ季節が移り行く様を表して、本編は 終わる。日本的無常観を書き表した作品として読むと、「時の流れの無常」と言った 陳腐な事、この上ない一品に為ってしまう。この作品で「異界」を垣間見せる程度でも 良いから、描いて見せて欲しかったものである。若しかしたら、諸星大二郎も押井守同様、 本編にインスパイアされて、『異界の客人』を描いたのかも知れない。 『ファミリー・アフェア』は、私の知る限りでは、村上作品の中で最も阿呆臭い一作。 「やれやれと僕は思った」と言う決まり文句が頻発するので、村上春樹作品の語り手は 冗長的で自分の事ばかり一人称でダラダラ語りすぎると言うイメージは 恐らく、この作品によって定着して仕舞ったと言えよう。 They are what they are. 他人の人生の事は自分には関係ないと考えて生きている主人公は 成り行き上、血の繋がった妹と暮らしている。5年間も、である。 「家」「血縁」「血族」が片方にありながら、其れを断ち切る事無く 「個人主義」に徹しようとする「滑稽なる1985年のオブローモフ」の 姿。こういう人間は、「やれやれ」所ではなく、もっと死ぬほど「ウンザリするぜ!!」と 言う生活を5−7年位送った方が、本当の個人主義が身に付くし、一人で 生活しなくては駄目である。そうなって初めて、孤独が「通常状態」の 人生を「謳歌・享受」出来るのだ。しかし、実に「くだらねー!」一作だ。 世代論的に言えば、85年の時点で27歳の主人公は、1958年生まれか、 1957年生まれである。旧人類と新人類との境界線上の世代だが、 如何にも、「駄目なタイプの新人類モドキ」のカリカチュアの姿を 具現化している。『駄目になった王国』に倣って言えば、『最初から 駄目だったし、王国にすらならなかった、共同体だか何だか 判らない様な、有象無象の集合体』と言うべき「人生」、或いは そう言う「生き方」。昨今の社会状況を鑑みると、「烏合の衆」と言うより 「学級崩壊」的な人生、と言えよう。 『双子と沈んだ大陸』について。『ファミリー』が「楽園の向こう側」なのに 対して「楽園の此方側」の情景から始まる。キヨサキ風に言えば、『ファミリー』の 「僕」がEクワドラント、『双子と』の「僕」はBクワドラントに属する。 しかし、笠原メイと一緒にオフィスを出た後、例に拠って例の如く 「一人称のグダグダ」が始まる。正確にはメイと分かれた後、より顕著に なり、何度か訪れた事のある小さなバーでバーボンを飲み始めると 完全に「酔っ払いの戯言」。「やれやれと僕は思った」が、この時点で登場。 本書に収録されている先の三作の時代背景が1985年と言えるが、 本作は二部構成になっていて、1974年と、その3年後。 1977年の11月の時点で「僕」が語る夢がポーの『黒猫』を 思い出させる。4部作との「不吉なリンケイジ」を暗示している。 字数制限があるので他は一括してレヴュー。『ローマ帝国』は冷風ドライヤーの 風の様にドライな作品なのに対して『ねじまき鳥』は女性の胎内の様に ウェット。前者の媚薬の象徴が「牡蠣鍋」と言う日本的日常に密着した メタファ。それ程エッチではない。後者で繰り返し登場する「女達」が 「僕」の人生をどこかで狂わせた「死角」が自分自身の頭の中ではなく、 「女の中のどこか」である事を暗示する。 更に、続きのレヴューは、気が向いた時に、また書く「予定」である。 | ||||
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大学の先生お勧めの「羊をめぐる冒険」を探していたが、どの古本屋にも置いてなかったので仕方なくこの6作品からなる短編集「パン屋再襲撃」を買った。村上春樹の作品を読むのはこれが初めてである。 読んでみると意外に面白く、え?え?え?という感じで1日で読み終えてしまった。私的には「象の消滅」が1番よかった。恥ずかしいことにワタナベ・ノボルが「象の消滅」にも登場してる事に気づいたのは「双子と沈んだ太陽」を読み始めた時だったが。 ワタナベ・ノボルは他の村上春樹作品にも出てくる(使われている)のだろうか?非常に興味深い。 読み終えた後、コーヒーが無性に飲みたくなった不思議な作品。 | ||||
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私は村上春樹の作品を読むのはこれで2作目です。 (ちなみに初めて読んだのはノルウェイの森です) 友達が教育実習でこの本を紹介したのがきっかけで読みました。この本は短編集です。 一番読み返すことが多いのが「ファミリー アフェア」です。兄(主人公)と2人暮らしの妹が、恋人ができたことによってきちんと家事をするようになったり、服にも神経を使うようになったという場面があるのですが、 その場面の説明がすごくコミカルな上に的確で、読むたびにいつも笑ってしまいます(そしてどきっとしてしまいます)。 若い女性、また男性なら思い当たるふしがあるのではないでしょうか。また、表題作の「パン屋再襲撃」もときどき読み返したくなります。題を見てわかるとおり不思議な話です。襲撃された店員と客の脱力感がよく描かれています。その他の作品も、現実にはありえないだろうということと、妙に現実的なこと(主に心理状態)が混ざっていて不思議な気分になります。 | ||||
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