晩鐘
評判
晩鐘の評価:
4.51/5点 レビュー 65件。 A ランク
Amazonレビュー一覧
Amazonサイトに投稿されている書評・レビュー一覧です
※以下のAmazon書評・レビューにはネタバレが含まれる場合があります。
未読の方はご注意ください
全130件 21〜40 2/7ページ
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晩鐘の評価:
4.51/5点 レビュー 65件。 A ランク
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★新聞記者である建部の視点で描かれる、犯罪の加害者と被害者、それらの近親者の現状・後悔・苦しみ。このあたりはさすがの内容で、取材も作者自身の問題意識も充実しているのだろう。逆に言えば、乃南アサという作家はドキュメントを書くことには長けているが、小説という「現実を削ったり飾ったりした、現実よりも楽しく面白いもの」を描く才覚は、その実績に見合うほどのものは持っていない気がする。もちろん並の作家の次元ではないにせよ、もう少し「魅力的に創作する」ということに力を入れてほしいとも思う。それが面倒なら「小説家」の看板を外し、ドキュメンタリー作家やジャーナリストを名乗るべきだ。頭脳と取材力と、情緒には欠けるが精密な文章力で、充分に一線でやっていけるだろう。なんだか「小説家のほうが儲かるから小説家を名乗っている」という卑しさすら、現状からは感じてしまう。
★真裕子サイドの登場人物。この作者は「物語の展開都合上、善人もしくは悪人に描く必要性がなければ、基本的に嫌な人間として描く」という姿勢なのだろうか。真裕子当人は別として、読んでいて好感よりも嫌悪感を感じることがはるかに多い人間ばかり。死んだ実母にさんざん迷惑をかけた父と姉、父の後妻とその連れ子の少年、姉の夫と赤ん坊の娘……彼らが一堂に会し、父と後妻から重大発表があり、家族関係のギスギスが表面化して……という展開は本当にうまく、このへんは「腹黒かったりバカだったり感情的だったりする奴らを高みの見物で嘲笑する」楽しみが味わえる。真裕子は本当に誠実で優しい娘なのに、この時点ではなぜこんなに意固地さばかりが目立つのか。人間的再生の感動をより大きくするための意図的な描写だとしたら、やはり周到な作家さんである。そのくせ意地の悪さも感じる。姉の夫というのが「絵に描いたような爽やかな善人」で、家族間の確執を笑顔で説得して鎮めようとするのだが、実に薄っぺらいのだ。彼がその場面以降登場していないことを考えれば、作者も「善人だけど役割は薄い」と割り切って登場させたのかもしれない。真裕子の父は傲慢だったくせに妻の死で気落ちし、還暦まであと数年のところで40歳過ぎの連れ子持ちの後妻を迎え、なんと妊娠させる。避妊もできない中年バカップルに、真裕子の姉が祝福せずに「生まれた子が20歳になるとき、父さんは80歳近い」「その子が大学に行きたいと言い出したら経済的には?」と現実を突きつけるシビアさが爽快。真裕子は真裕子で「両親とも血の繋がった弟か妹ができてしまう」連れ子の気持ちを考えろと怒る。能天気に「男としてうらやましいですよ」などと言っているのが姉の夫。後妻は基本的に悪い人ではないが、別のところで息子可愛さに発狂する。的外れな怒り方ではないのだが、ここまで嫌な態度を描く必要あるのか?とも思う。真裕子は父のことも姉のことも人として信頼していないくせに、ウジウジしてなかなか見限りをつけないのがよくも悪くも人間的というか。
★後妻の連れ子の俊平。真裕子の義理の弟で、次第に心を通わせていく過程は心温まるが、どうもこの少年の人物描写がピンと来ない。いつも真裕子視点で描かれ、真裕子の感じる心理的距離によって「生意気なガキ」から「可愛い義弟」まで幅があるのは当然だが、当初は内にこもった少年かと思いきや、学校ではお調子者の姿を見せるし(明るく快活、ではなくお調子者としか思えないのが乃南さんの人物造形)塾でも同年代の子供たちから見ると明るい子である様子(大輔談。もっと悪意ある見方をしていたが)。なんだか「描写」と「説明」が乖離し過ぎている。そういえば、この子が真裕子の作ったカレーを建部と一緒に食べるところ。なんで「大食い競争」にするのかなあ。たまに明るい場面があったと思ったら、必然性もなく育ち悪そうな描き方して。
★殺人者の元妻・香織の人物像は不愉快極まるが、これは人物造形が大成功ということだろう。乃南小説の登場人物の傾向でいちばんムカつくのは「人なみに冷淡で狡猾なくせに、妙に善良ぶってる」ところで、香織ほどクズっぷりが突き抜けているのはむしろ気持ちいい。それでもわざとらしいまでの「人に厳しく、自分に甘い」物言いに、本を破りたいぐらいイラつかされることはあったが(愚かだから犯罪の被害者になるのだ、みたいな)、それも含めて鉄人的なクズっぷり。作中で建部が似たようなことを考えていたが、夫が殺人犯になり自分も世間から謗られる立場になったというのに、ここまで開き直って利己的に生きていられる図太さには、ある意味憧れてしまう。
★大輔は可哀相な少年だが、殺人者と香織の遺伝子を受け継いだようなクソガキなので、こいつの不幸に心を痛めることなく読み進めることができた。乃南小説全般における長所かもね、登場人物が不愉快な奴だからどんな過酷な状況になっても「ざまあみろ」と気持ちよく読んでいられるのは……小学校高学年にして身長170cm、成績優秀で狡猾で常に人を見下しているが表面は優等生、そして小学生のくせに、ヤリチン。あえてモンスターっぽく描いてあるのかな? 妹に対する真摯な優しさは立派な魅力なんだけど、あまりにも嫌な奴なので目立たない。その妹がまた知恵遅れと同等の描き方されてて、可愛いとか健気とか1ミクロンも思わせないのも大きいと思うけど。そうそう、なにげに「遺伝子」と上記したけど、乃南さんって冷静なリアリストだね。「クズの子はクズ」とまで書かないにしろ、親がクズなんだから子供はこんな境遇で当たり前、と切って捨ててるような。そこに憐憫や救いをあえて持ち込まない……展開上、必然性があれば別なのだろうが、俺の読んだ限り、乃南さんの小説で「遺伝や血の繋がりなんて、人間性や幸せには関係ない」という書き方がされているのは見たことがない気がする。『犯意』という短編集のなかのひとつで、主人公の女が、連れ子がいる金持ちのやもめ男と結婚したものの、その男がDV狂いの本性を現し、義理の娘も成長するとクソ生意気になって主人公は不幸のどん底という話があるんだが(これぞ乃南アサ!って感じの内容だわ)、夫はDVしながら、娘のことは真面目に案じる主人公を「どうせ血の繋がった娘じゃないんだもんなあ、どう育とうが知ったこっちゃないよなあ」と罵倒する……
★小説家ではないけど漫画家で渡千枝さんという方がいて、俺は大好きなんだけど、この人ってよく血の繋がらない親子関係を描くのね、それがすごく平和。物語の都合上、確執が必要ならそれを描くけど、基本的に「母の再婚相手の男性=新しい父さんにすごく可愛がってもらった」とか「父子家庭で淋しかったけど、父の再婚で母さんと妹ができてすごくうれしかった」とか、亡くなった両親と血が繋がっていないことをはじめて知ったのに、そのことに関しては何の感想もなく、変わらず「自分を愛してくれた両親」と思い続けているとか……ここまで来ると牧歌的すぎる嫌いもあるんだけど、乃南さんのような暗さ、救いのなさばかりを見せられてたら病気になりそう。宮部みゆきも初期の傑作『魔術はささやく』のなかで、遺伝に関する否定的見解をとても粋に読ませてくれたなあ、そういえば。
★大輔・香織サイドの登場人物。普通の善人すらどこかイライラさせる造形ができてしまうのは才能だな。香織の父であり大輔の祖父であるじいちゃん。大輔と妹の絵里は経済的に裕福な祖父母によって普通に手厚く育てられるんだけど、このじいちゃん、大輔を空港に送って行く場面が印象的だった。意味もなく笑いながら、わざと陽気そうに「頑張れ」と大輔の肩を叩く……すごいな、これだけの描写でここまで頭の悪そうな人間に見せてしまうのは。妹の絵里は病弱であまり学校に行っておらず勉強が遅れて、まわりの子供についていけないしそもそも頭も身体も成長が遅れている様子。乃南さん特有の「読者をイラつかせる描写」は輝くばかりで、舌足らずのガキの口調で「へんなの! へーんなの!」と必要以上に騒いだり、鼻に皺を寄せた表情が「老人に見えた」などと書いてあったり、後半はタガが外れたように親類の不幸を「わあ、怖ぁい」と大笑いで茶化したり……子供ってこんなに可愛くないものだったんですね。乃南さんって正直だよな。物語の発端となる、大輔の殺された従兄と、その両親。大輔と絵里が香織に放置されている経緯を当人たちは知らないが、この伯父夫婦は知っていて(従兄はどうだったけ? 中1だから教えられてないのかな)、兄妹を殺人犯の子供で穀潰しと邪険にするわけだが、安定の底意地の悪さ。この従兄の「殺されてざまあみろ」としか思えない卑しい性格と、そんなんでも大切だった息子を殺された伯父夫婦が心を病んで家庭崩壊に向かって全力疾走する痛快さと来たら。
★めちゃくちゃ細かいことだけど、もっと読者に配慮してほしいと感じた部分。真裕子の友達が「充子」という名前で、真裕子は彼女のことを「みっつ」と呼んでいるのだが、セリフの最初に「みっつ」という呼びかけがあるたびに、あれ? ひとつめとふたつめはー?と戻って探してしまう(←大げさ)。せめて「ミッツ」と片仮名にすりゃいいのにな(そうすると、マツコの1割も才覚のないオカマタレントになっちゃうか)。乃南さんの短編『夜離れ』のなかにも、同じようにカチンと来るところがあった。主人公の女が「あれ」と感じたというやつ……これって正確には、自分の現状に関して怪訝さと疑問を抱いて「あれ?」と思ったということなのだが、「?」がないせいで指示代名詞に読めてしまい、読むたびに頭のなかで文章の流れが停滞する感じ。ちょっとしたことだけど、だからこそ気に留めてくれないかなあ……と思った次第。
★終盤で建部の一族が怒涛の勢いで登場する。建部の父親は、息子が新聞記者になるときに「野次馬になるなよ」と諭したという。普通にいい場面だが、ここに至るまでにさんざんドロドロした世界観を見せつけられただけに、このセリフが作者のええかっこしいに読めてしまう。「登場人物はアホが多いけど、作者あたしは本来、こういうセリフが似合う聡明な人格者なんですよ!」とアピールしているみたいな……ああ、俺、本当に乃南アサが嫌いなんだな。たくさん買って読んでるのに。
★真裕子サイドの結末は妥当かな。いい娘だから幸せになってほしい。でもこれ、やがて心のカサブタを無理やり剥がして不幸のどん底に堕ちる続編が書かれても全然おかしくない気配がする。今まで出版されてないからもうないだろうけど。大輔サイドに救いがないと悲しむ感想が多いけど……べつにいいじゃん、こんなクソガキ一家がどうなろうが。そういう感情論は置いといて、大輔の一線を越える行為に至った動機に関する描写は見事なものだった。最後の最後で、はじめてこの少年に少しだけ心を寄せてしまった。
濃密で緻密で、人間が我を張って争ってちょっと譲歩して、全体に暗くてイライラ、そんな乃南作品の真骨頂がこの作品。乃南さんを称賛するにしても批判するにしても、この作品と前段である『風紋』は読んでおくべきだろう。