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尋ねて雪か



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尋ねて雪かの評価: 7.00/10点 レビュー 1件。 Cランク
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No.1:
(7pt)

訪ねる先はいつも雪

志水辰夫氏最初期の長編で4作目に当たる。高知出身の彼はなぜか北国を舞台にした作品が多く、本書も舞台は札幌。しかしこの氷点下の気温で雪が降りしきる北の街が志水作品にはよく似合うのである。

物語は盗まれた土地売買の契約書を取り戻してほしいと依頼されたヤクザの佐古田史朗が弟分の島と共に犯人を追って札幌に向かうが、当の本人はマンションで既に殺され、目当ての書類も無くなり、地元のヤクザとの対決に発展していくという話である。

ただこの佐古田史郎には北海道に纏わる過去があった。それはかつて彼が親元を去っていった地だったのだ。

飲んだくれの父親とそれに従う母親、早死にした2人の兄に家を飛び出したきり帰ってこない兄の6人家庭に生まれた佐古田史郎こと鈴木四郎は、中学の時に母親を亡くし、父の再婚相手とその連れ子の妹になる娘と暮らすようになった。1人の弟が新しく出来、幸せになったかと思った矢先、父親が多額の借金を残して失踪し、継母方の親戚の家に移る。しかし居心地の悪さから東京で職を得て家族を東京に連れていくと宣言して17歳の頃に上京するが、上手くいくはずもなく、お金も無くなり、痩せた、小柄なおじさんを見つけ、金を奪い取ろうとしたところを返り討ちに遭う。そのおじさんこそが佐古田史郎の育ての親となる会長で、その後そのまま会長の妾の家に連れられ、住み込みで働くようになり、今の佐古田史郎に名前を変えて養子になったという経歴の持ち主。

彼が土地売買の書類を取り戻しに行ったのは捨てた故郷の北海道は札幌で、偶然にも捨てた継母とその娘、そして失踪した父親と出くわすという、昔ながらの運命の悪戯を絵に描いたようなお話である。

そんな偶然が佐古田史朗の心に変化を生む。自分が捨てた義理の妹と弟の苦難に一肌脱ぐことを決意するのだ。

数十年経ってからの贖罪。しかもこれは自分勝手な贖罪だ。自己満足にしか過ぎない贖罪だ。
東京へ逃げ、極道の世界に身を落とし、自分を慕う弟子もでき、養子になって組の看板を担うほどにもなった。そんな裏の世界でのし上がった男が久しぶりに故郷に帰ってみれば借金に食い物にされて困っているかつての妹と弟の姿に出くわす。
昔は逃げることしかできなかった自分だが今は曲がりなりにも力がある。捨てた負い目を癒すために彼は自分の素性を隠して妹と弟、そしてその恋人の力になることを決意する。

それはかつて自分たちを捨てて失踪した父が自分の姿と重なったことも大きな一因だろう。勝手気ままに生き、実の母親を苦労で死なせ、再婚して更正したかと思えば小豆相場に手を出して失敗し、新しい家族を捨てて行方知らずとなった父親を憎悪した迫田はその実、居心地が悪くなって東京へ出ていった自分もまた父親と同じなのであることを悟り、そして恥じたのだ。

その父親が今では目も見えなくなり、捨てた妹が世話をして生きている。親だから世話をするのは当然と云わんばかりの傲慢さを持って。
それを目の当たりにしたことで佐古田は妹と弟の窮地を救う手助けをすることで父親とは違うのだと証明したかったのだろう。

何とも身勝手な男だ。しかし昭和の男とはこんな身勝手に生き、そして不器用だったのだ。

そう、この小説の時代はまだ昭和なのだ。
佐古田や島のストイックな生き様、さびれた場末でスナックを営むすみれこと鈴木陽子の、いつかすすきのに店を持つことを夢見ながらも借金や悪い男に騙され続けてきた、人生にくたびれた女性象、鄙びたアパートで同棲する佐古田の弟哲也と恋人の節子。節子は哲也の子供を妊娠し、大学を辞めて働いて所帯を持つことを決意した哲也に反対し、逆に子供の生めない身体になってしまった節子。
これらはまさに昭和のメロドラマを感じさせる。

そして舞台は北海道は札幌。タイトルにもあるように物語全編に亘って雪が降りしきる。史朗が外に出る時は常に雪が降っている。

雪。
それは史朗の心に降り積もる過去の澱。
父親同然に自分を育ててくれた家族を捨てた後悔の念が強くなるにつれて雪の降る度合いも増えてくる。雪は史朗の行く手を阻むかのように降りしきるので、史朗は目指すところに常に遅れてしまう。大金をせしめて追われる弟を、その弟の行方を追う妹を、その恋人を探すのだが、常にその道行には雪が降りしきる。

訪ねる先は常に雪。
それは彼にとって過去を償うための障害だった。

それまで身元を隠したやくざ者として振る舞ってきた史朗が別れ際の最後になって自分の正体が知れた時、彼は逃げるように東京へ向かう。

もう1つの史朗の物語、自分を養子にした組の会長が亡くなったからだ。

過去を悔いるならば恥をかかなければならない。恰好ばかりを気にする極道者が善行をやるにはそれ相応の代償を払わなければならないのだ。
しかしこの恥はいい恥だ。なぜなら愛すべき者に認識してもらってかいた恥だからだ。
恥をかいてこそまた男は1つ上の階段を昇るのだから。

史朗の組の跡目問題など物語に散りばめた色々な話が回収されぬまま、佐古田史朗、即ち鈴木四郎の過去の償いの物語で終わってしまった。

もしかしたら作者は続編として佐古田の東京での物語を想定していたのかもしれない久々に読んだ志水作品は非常に泥くさく不器用な男と北の寒さと雪が終始舞う寂しい物語だった。
幾分消化不良気味だがそれもシミタツの味として今は余韻に浸ろう。が、結局今も書かれていない。


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