秘仏の扉
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永井紗耶子の作品は基本的にマジメな顔をして読むべきであるとは思うんだが……読んで仰け反りそうになったのがこの一冊。何に驚いたかって登場人物がことごとく「クズ」なのよ、それも圧倒的「どクズ」。 マジメな人が多そうな永井紗耶子ファンの中には尊敬する作家の描いた登場人物をクズ呼ばわりとは何事かと気色ばむ方もおられるかもしれないが事実なのだから仕方ない。というか史実の上でも歴然たるクズなんである(なんせWikipediaにもそのクズ行為が紹介されているくらいだし) 物語は明治初期の奈良は法隆寺に政府の宝物調査という名目で鎌倉時代以降千年以上に渡って秘仏として寺僧ですらその姿を拝する事が出来なかった秘仏を世に広めようとする男たちが集う所から始まる。 集ったのは東京美術学校の岡倉覚三(天心)、御雇外国人であるアーネスト・フェノロサ、宮内省官僚である九鬼隆一といった面々だったが、写真家である小川一眞によって撮影までしようという一行に対して法隆寺の僧たちは不平の声を上げる。 不穏な空気になったその場に姿を見せた法隆寺の総代・千早定朝が現れ僧たちを宥め覚三たちを秘仏が納められた夢殿へと案内する。かくして夢殿内に置かれた黒い厨子は開かれ秘仏とされた救世観音像が姿を現すが…… ……御仏は慈悲深いというけれど、この作品の核となる救世観音が浮かべた微笑は何に対しての慈悲だったのだろうなあ、とそんな事を読み終えた後に思わされた。慈悲というと勿体ぶった感じになるけど、人間のどうしようもなさを見通した上での「しょうがねえなあ、こいつら」という赦しみたいなものだったのではなかったのかと。 構成の方は全六章から成る連作短編形式。上でご紹介させて頂いた法隆寺の宝物調査に関わった面々の「それまで」と「それから」を重ね合わせる様なスタイルを取っている。「重ね合わせる」というと妙な事を言っている様に思われるかもしれないが、この法隆寺での調査の場面を軸に一つの状況を多視点から描く事でその場で起きていた状況を浮かび上がらせる様な手法といった方が伝わりやすいだろうか? 例を挙げると公開された救世観音像の笑みを見たフェノロサは「これはアルカイックスマイルではないか」という評を覚三に対して漏らすのだけれども、フェノロサを主役に据えた章では実はまるで異なる事を想っていた事が明かされるなど、一つの会話にも重層的な意味が込められている事が浮かび上がってくるのである。 多角的に捉えられるのは会話だけでなく人物像についても同じ事が言えるわけで、それぞれの章で主役を務める人物も他の章では高潔で深い哲学を備えた人物の様に描かれながら、いざ主役を務める章になるとその弱さと言うか人間的にどうしようもない部分が浮かび上がってくるのだから面白い。 冒頭でも触れたのだけど、この作品に登場する明治初期において危機に瀕していた仏教を救った男たちは業績だけを見れば間違いなく大人物なのだけど、一人の男として見た場合には割とどうしようもないというか女性視点で見たら呆れかえるしかない最低な連中ばかりなんである。 九鬼隆一は明治初期の政争において自分に期待してくれた福沢諭吉をあっさり裏切って官僚としての地位を守ろうとするわ渡米に際して奥方を連れていったのはいいけどやっている事は完全にモラ夫で奥方に見限られるし、本国じゃ移民扱いされて居場所が無かったフェノロサはアイデンティティを日本に引っ張られ過ぎて奥方を捨てた挙句に理解ある女性と日本に戻っちゃうし、岡倉天心に至っては九鬼隆一の嫁を寝取っただけに留まらず「関係を清算するか別れてくれ」と迫る奥方に人間とは思えない発言で応じるなど「明治クズ男列伝」と題した方が良かったのではと思わされた次第。 法隆寺の住職である定朝は比較的まともな人物であるのだけど、彼が対峙せざるを得なかった廃仏毀釈に乗っかった大衆の暴力性や苦しさに耐えかねた僧の行状、壬申調査で法隆寺を訪れた文部官僚である町田久成のえげつなさには「これが人か」と頭がクラクラしてきた。この作品、人間の弱さ・醜さを描くという部分においては一切容赦が無いんである。 ……なので救世観音御開帳にあたって登場人物が悉く「ハッ」と全てを見抜かれた様な感慨を抱くのも無理は無いと言うか、それこそ「仏様の前で反省しろバーカ」と切り捨てたくなっちゃうのである。そしてそんな度し難い衆生の行状が全編にわたって描かれるからこそお釈迦様の慈悲の深さが感じ取れるというか。 繰り返しになってしまうのだけど、この呆れた連中がいなければ日本の美術品の海外流出は酷い事になっていたし、仏教だって滅んでしまっていた可能性がある。業績から言えば岡倉天心もフェノロサも間違いなく偉人であるわけで、そんな大人物でありながら一方では……みたいな人間存在の多面性や複雑さを本作は徹底して浮き彫りにしている。 こういった人間の抱える矛盾みたいなものが大好きな読者の一人としては終始苦笑いを浮かべながら楽しませて頂いたし、連作短編という事で肩が凝らない程度にサクサク読めるスタイルもあってストレスフリーな一冊であったという印象が残った。いずれにしても人間の面白さを煮詰めた様な作品である。 | ||||
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