狼たちの宴
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あらすじ
歴史×スパイ×名探偵傑作『狼たちの城』待望の続編登場。ゲシュタポ捜査官になりすましたユダヤ人の元古書店主が、女性絞殺魔の謎にふたたび挑む!イザーク・ルビンシュタインの新たなる闘い!ニュルンベルク、1942年。ユダヤ人の元古書店主イザーク・ルビンシュタインの悪夢は続いていた。逃走中にゲシュタポ犯罪捜査官アドルフ・ヴァイスマンと間違われたまま、女優密室殺人の謎を見事に解明してみせた彼は、街からの脱出をぎりぎりまで延ばして機密文書の奪取を試みるが、そこで新たに発生した女性絞殺事件の謎に捜査官として再び立ち向かうことに。正体が露見すれば即「死」という究極の状況下で、「狼たちのなかの羊」は生き残ることができるのか? 『狼たちの城』の続編登場!(「BOOK」データベースより)
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評判
狼たちの宴の評価:
0.00/10点 レビュー 0件。 - ランク
狼たちの宴の総合評価:
6.67/10点 レビュー 3件。
感想一覧
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その途上である女優の殺害事件の捜査を任されたイザークはヴァイスマンとして犯人をなんとか突き止め、解決後にニュルンベルクを後にしようとします。ここから続編『狼たちの宴』が始まるのですが、ここでさらなる殺人事件が発生します。有力者の若く美しい娘が絞殺体で発見されたため、イザークはベルリンのゲシュタポ長官ルドルフ・ヘスに捜査を命じられて街を出られなくなってしまいます。地元ニュルンベルク警察の刑事パウル・ケーラーとコンビを組まされますが、ケーラーはがさつなうえ、ヴァイスマンことルビンシュタインの素性にかすかに疑いの目を向け始めていくのです。
このようにゲシュタポ捜査官に偽装したユダヤ人の主人公が怪異な事件の解決を求められ、その一方で自らの素性が暴かれる危険と背中合わせでニュルンベルクを疾駆する筋立ては前作を踏襲しています。さらにはウルスラというゲシュタポ高官の秘書で、なおかつヴァイスマンに熱を上げた女性が登場してイザーク・ルビンシュタインにしつこくつきまとう様子は、緊張感と微苦笑を伴う物語としてこの小説に一層の興趣を加えてくれています。なかなか読ませます。
ただし、前作に比べると少しばかり首をかしげるところも残りました。
まず、この物語は初期段階で、マリアンヌという若い女性と、素性が明かされない男との実を結ばない恋物語が紹介されます。マリアンヌはなぜか結婚を渋り、男はその理由を知らされない事態に焦燥感を募らせていきます。この下りを読んで、私は「まさかマリアンヌが結婚を渋る理由はあれじゃないだろうな」とある程度の予測を立てたのですが、その予測どおりの展開で物語が着地したので拍子抜けしてしまいました。つまり驚きがないのです。
また最終盤で<ニュルンベルガー・オーバハター>紙にある記事が掲載されますが、街の有力人物の名誉を大いに傷つける恐れのある文章を、一人の記者が書き上げた翌日の朝刊に大手地方紙が掲載するのは無理ではないでしょうか。裏取りが一切されていないのですから、記者の上司や法務部が内容を吟味しないうちに掲載に踏み切るのは現実味がありません。
そんなわけで少々食い足りない思いがしましたが、ここまで来た以上、この『狼たちの宴』で宙ぶらりんな状況に取り残されたイザーク・ルビンシュタインの命運を確認するためにも、シリーズ第3作の邦訳を期待したいところですが、今日2022年8月7日現在、第3作は作者アレックス・ベールの本国オーストリアでも物語の舞台のドイツでもまだ出来(しゅったい)していません。第1作が2020年11月、第2作が2021年11月に出ていますから、彼女が第3作を出すのは今年2022年11月でしょう。だとすると、邦訳は来年の夏でしょうか。
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*62頁:「マグダ・ゲッベルス」という表記が出てきますが、正しくは「マクダ・ゲッベルス」です。ドイツ語では「Magda」の「g」は母音が後続しない場合、無声子音の/k/ですから。
*249頁:「ラインゴールト」というレストラン名が出てきますが、「Rheingold」はワーグナー作曲「ラインの黄金(Das Rheingold)」で知られていて、日本では「ラインゴルト」のカタカナ表記のほうが使われることが多いでしょう。
*257頁:「やつは障害罪で何度も逮捕されている」という訳文がありますが、正しくは「やつは傷害罪で何度も逮捕されている」です。「傷害」が「障害」と誤変換されています。
*259頁:「失策を冒した」という訳文がありますが、正しくは「失策を犯した」です。「犯した」が「冒した」と誤変換されています。
*271頁:「まるで誰がが水晶を撒き散らしたかのように」という訳文がありますが、正しくは「まるで誰かが水晶を撒き散らしたかのように」です。「誰かが」が「誰がが」となってしまっています。
*291頁:引退した警察官が暮らす田舎家を見てイザークが「われわれは今、ヘンゼルとグレーテルみたいに立っている」と言い、それに対してケーラーが「レープクーヘンは無いがね」と応える場面があります。「レープクーヘン」という言葉に割注で「ニュルンベルク名物の焼き菓子」と説明がされていて、その事自体には誤りはないものの、この割注だけでは何が面白いのかが日本の読者には伝わりにくいかもしれないので補足しておきます。
原文の「レープクーヘンは無いがね」にあたるドイツ語「Nur ohne den Lebkuchen.」は「レープクーヘンは(供され)ないがね」ということではなく「(この家は)レープクーヘンは(使ってい)ないがね」ということです。
ヘンゼルとグレーテルの物語に由来するお菓子の家、Pfefferkuchenhäuschenがレープクーヘンで作られることを背景知識として知る必要があります。ですからケーラーは、「この田舎家は確かにあなたが言うようにヘンゼルとグレーテルに出てくる家みたいだが、材質はさすがにレープクーヘンじゃないな」と気の利いた切り返しをしているのです。
偏屈者だと思われてきたケーラーからこんなセリフが出てくると、彼が意外とユーモアを解する男に見えてきて、思わず笑みがこぼれます。
*337頁:「エリザベス」という女性名が出てきますが、この人物はどうみてもドイツ人なのでElisabethと綴る場合、英語名の「エリザベス」ではなくドイツ語名の「エリザベート」となるはずです。ドイツ系のElisabethといえば、オーストリア=ハンガリー帝国の皇后エリザベートが日本人には最も知られている名前でしょう。
345頁では「Martha」を「マルタ」とドイツ語読みしたカタカナ表記をしているのですから、Elisabethも「エリザベート」とドイツ語読みしておけば統一感があったと思います。
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*38頁にナチス政権下では月に一度、日曜日に質素な煮込み料理を食べることを義務付けられていた話が出てきます。これは下記の書によれば、「アイントプフ(Eintopf)」というようです。
◆藤原 辰史『 ナチスのキッチン―「食べること」の環境史 』(共和国)
*176頁や194頁に代用コーヒーの話題が出てきます。戦時中のドイツの代用コーヒーに関しては、下記の書籍が参考になるので紹介しておきます。
◆臼井 隆一郎『 アウシュヴィッツのコーヒー―コーヒーが映す総力戦の世界 』(石風社)
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