黒い本
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種別
長編
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8.50/10点 レビュー 4件。
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古今東西の記号とその象徴するものがてんこ盛りの古都イスタンブール。深い見識に裏づけられたジェラールのコラム「信じるも信じないもあなた次第」は、アタテュルクとエルドアンぐらいしがトルコ人そのものを知らない私にとってはかなりハードルが高かった。というよりも、その記述(記号)が象徴するものまで実際たどり着けなかったというのが正直な感想である。この自分の無知を思い知らされるなんともいえない敗北感は.....そう、ナボコフを読んだ時と同じ感覚をおぼえたのである。
この小説、段落ないしチャプターの冒頭一文字を縦読み(日本語の場合は横読み)することによって、ある文章が浮かび上がるしかけになっているらしい。プロットというよりもむしろ、ジェラールが過去に認めた国内政治・文化・宗教に関する鋭い批評が主といえる構成も、詩そのものよりも膨大な注釈や言葉遊びに重点を置いたナボコフの『青白い炎』にとても似ている。パムクの本タイトルに色(黒、赤、白)が使われた著作が多い理由は、もしかしたらこのナボコフのこの超問題作に由来しているのかもしれない。
そこで語られるテーマは一貫して、「自分になることの難しさ」である。著名人であるジェラールに対する憧れが高じて、自分をジェラール自身であると思い込む主人公ガーリップやストーカー読者、そしてそんな世間の目をストレスに感じ夜の街を別人に変装して徘徊するジェラールの生態が、トルコ歴史上の人物とオーバーラップしながら綴られるのである。パムク自身がそうなりたいと願ったナボコフやウンベルト・エーコの体裁を真似て。
かつては世界征服も夢ではなかったほどの栄華に酔いしれたトルコも、欧米覇権国家の影に隠れいつのまにか歴史の隅に追いやられてしまった。世俗化政策によりアイデンティティを失ってしまったから?トルコ人の内面にくすぶり続けるそんな忸怩たる思いを炙り出すかのごとく、ジェラールという他者の筆を借りて、パムクは切れ味鋭く読者の前にその“証拠”をさらけ出すのである。アタテュルク公の悪口を書くといまだに罪に問われるというトルコ国内で、パムク自身も実際国粋主義者たちに睨まれながらの執筆活動だという。それが、売名を欲する“自己がなりすました他者”ではないことを祈るのだが。