桃色浄土



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桃色浄土 (角川文庫)
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初公開日(参考)2009年10月
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長編小説

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桃色浄土 (角川文庫)

2009年10月24日 桃色浄土 (角川文庫)

大正中期、四国の隔絶された漁村に突如、白い異国船が現れた。目的は高価な桃色珊瑚。乱獲により珊瑚は採れなくなって久しかったが、イタリア人のエンゾは海深く潜り珊瑚を探し続ける。そんな彼に強く惹かれていく海女のりんを、幼なじみの健士郎は複雑な気持で見つめていた。やがて採れないはずの珊瑚が発見されたことから、欲望にとり憑かれた若者たちが暴走し始める―。自然の厳粛さと人間の愛憎を描いた、傑作伝奇小説。(「BOOK」データベースより)




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No.1:
(10pt)

ホラーでありつつ人生劇場

時は大正時代。まだ西洋文化が日本に入りだして間もない頃、高知市の高等学校で学んでいた健士郎はある決意を胸に夏休みを利用して故郷の櫻が浦に帰省した。
そんな中、1隻の真っ白な異人船が舞い込んできた。それは村の中では災い事の兆候だと云われていた。村で海女をしているりんはいつもの漁の最中に異人船の船長イタリア人エンゾと知り合う。彼は桃色珊瑚を求めて櫻が浦までやってきたと告げ、実際に彼女の眼の前で一財産作れるほどの大きな桃色珊瑚を捕獲する。
一方、櫻が浦の外れにある古びた寺、月夜見寺では流浪の僧侶、映俊が住みついていた。彼はかつて流れ着いた紀州熊野の補陀落山寺で聞いた南にある楽園、補陀落浄土に辿りつくと言い伝えられている補陀落渡海を決行しようと日夜修行に励んでいた。
ある日、りんはいつものように海に潜っていると、海中に漂う白骨を発見する。それは彼女が幼い頃に溺死した母の亡き骸だった。長い間探し求めていた母の骨を引き上げようとしたが、その先にある珊瑚に宿る亡霊の姿を見て、溺れそうになる。
間一髪でりんを助けたのはエンゾだった。しかし、それこそが珊瑚を取り巻く人間の欲望と愛憎が織り成す悲劇の始まりだった。

物語の海原に呑み込まれる、そんなダイナミズムを感じた作品だった。今までの作品が文庫本にして約300ページ強だったのに対し、本作は600ページ弱と約2倍の長さを費やされているが、全く無駄が無い。全てが物語に寄与されている。
全ての登場人物、エピソードが濃厚なため、上の梗概を書くのにどれを語らずにいればよいのかものすごく迷い、かなり時間が掛かった。

物語の主軸となるのはやはり健士郎とりん、イタリアから来た海の男エンゾ、そして櫻が浦の若い漁師連中を束ねる多久馬の4人か。
鰹節工場で一財を成した父親の庇護の下で学問に勤しみながら、父の望む代議士ではなく世界を見ることを望む健士郎。
村で唯一の海女をしながらもやがては誰かの妻となり家を守る将来に違和感を感じつつ、村を捨てる決心がつかないりん。
イタリアの商人に雇われ、世界の港を転々とする人生に嫌気がさし、終の棲家を南の島に求めるために珊瑚を探すエンゾ。
村の若者漁師連中の長としてりんと櫻が浦の海を牛耳ろうと野心を燃やす多久馬。
これらのキャラクターの生命力が行間から溢れ、躍動している。

本作の主人公とされる健士郎は、聖人君子ではなく、己の主張とわがままの境が曖昧な青さの残る若者であり、今回の物語のメインとなる悲劇の原因を起こすのもまた彼だ。決して読者の共感を得られるような人物ではない。
この小説は一種、彼の成長小説だとも云えるが、あくまで若さゆえのエゴ―親の金を使って学問に励み、海外へ出ることの夢を実現しようとしたり、憧れの君であるりんをどうにかして自分の方へ目を向けさせようとする―に任せて突っ走る。特にりんが慕う燻製となったエンゾの死骸を打ち砕くところは、己の愛情の深さとはいえ、決して許される、他人の共感を得られるものではない。しかし、だからこそ、ここにリアルがある。

そして死もまた運命と云うエンゾ―かなりの確率でこのキャラクターは映画『グラン・ブルー』の主役2人をミックスさせてるに違いない―は、個人的にはもっと物語で動いて欲しかったキャラクターだ。しかし、作者はこの人物を後の悲劇のファクターとして使い、再三再四に渡り、かなり酷い使い方をする。
溺れた女性を助けたのを、強姦したと勘違いされ、それがきっかけとなって自身の船を襲われ、仲間を全て殺され、瀕死の重傷を負い、傷が癒えそうになったら、介抱されていた健士郎の嫉妬で逆上した攻撃を受け、傷が再発し、坊主の代わりに海に生贄に出され、終いには死体すら燻製にされ、その死体も健士郎にバラバラにされるのである。ここまで物語の“道具”として使うのかと終始驚いた。

二人の関係の中心となるりんもまた強い女性である。男に負けないほどの気性を持ちながらも男の魅力に負けるりんが、エンゾに対してあれほど深い愛を持つのも頷ける。強い女ほど、惚れた男に尽くすのだ。

そしてこの物語の悪の首領ともされる多久馬。漁師として自然の弱肉強食の摂理を自らの信条として行動する多久馬。他人の物であろうが手に入れれば自分のものであると欲望のままに動く彼もまた印象強い。彼がいたからこそ、この物語がこれほどまでに濃厚となったのだろう。

しかし、忘れてはならないのは本作の陰の主役とも云うべき破戒僧、映俊である。補陀落渡海にかこつけて村人から施しを受け、いざとなったら生贄を差し出し、まんまと逃げ出すしたたかさを持つ。
このキャラクターを最後まで生き残らせたのは作者としてもどこか憎めない性格を気に入っていたのではないだろうか。皆の周りに必ずいる誰かであるとも云うべき存在。そしてこの物語のテーマである浄土の鍵を握る人物である。彼が最後に本当に改悛したのかは怪しいが、またそれも彼の魅力である。

他にも健士郎の父、喜佐衛門や映俊との情事に耽るさえ、りんの父親で船大工の寅蔵など脇を固めるキャラクターも魅力的で、本作はキャラクターに尽きるといってもいい。
もちろん坂東得意のドラマ作りの技量はますます冴え渡っている(特に嵐の中を映俊が多久馬から逃げまどう最中に多久馬の家に迷い込み、妹の八重に見つかるシーン、そして嵐の中で遭難しかかった多久馬が健士郎に打ち砕かれたエンゾの燻製の生首に遭遇するシーンなどはその構成の見事さに唸らされた)。
しかしこれらも全てこのキャラクター達が縦横無尽に動き出したからこの物語が出来たのだと思わずにいられない。題名ともなっている補陀落渡海の方法など、もちろん作者の取材の賜物なのだろうが、まるで物語があり、それを坂東氏が掘り当てたのだとさえ思わずにはいられない。それほど全てが有機的に結びついている。

今まで坂東氏がテーマとして掲げていた伝奇色は確かにある。海で不慮の事故、または虐殺され、無念の思いで死んだ遺体たちが亡霊となって珊瑚にしがみつき、漁師達へ復讐を狙っているという話だ。
しかし今回はそれはあくまで物語の終焉へと向かうべきメインテーマではなく、登場人物たちの行動原理の一因になっているに過ぎない。だから怪奇小説という色合いは薄い。今回は珊瑚が織り成す人生劇場、そういう風に呼びたい。

Tetchy
WHOKS60S
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